素敵な空間、豊かな生活。

HOME > Nice Spaces II

#2-069 新しいNice Spaceのために 025

原点に帰って考える 我が家の惨状からの脱出 10

小手先に頼る 


片付けたと思ったらすぐに散らかって、また同じところを整理するという具合でなかなか進まない。1回片付けたら、2度と散らかさないように、出したものはしまう、使ったらその度に必ず元の状態に戻すということを習慣づけなければなりません。わかってはいるのですが、言うほど容易いことじゃないのだよ。我ながら情けない(とほほ)。


廃品利用のスタンドライト

で、少しでも気を紛らわそうと、うんと昔に空き缶とソケット、そして和紙を使って手作りしたスタンドライト(円錐形に巻かれたシェードが欲しかったのだ)に、シルキークリスマスのイベントで作成した球形のカバーをかけてみた。ソファの横に置いたが、案外(間に合わせとしては)悪くないと悦に入っているところ。こういうことに喜びを見出さないとね……。


プラダンの衝立

その前には、台所とリビングを分けるカウンターに置いたオーブントースターの背面を隠すために、プラダンを立てた(それだけでは寂しいので、支えのブックエンドを隠すことを兼ねて『男と女』の時のアヌーク・エーメの写真を貼った)。

ところで、これに限らずたいていの家電製品は背面が見られることを意識していないのはなぜだろう(たとえば台所は、だんだん開放的になってきているのに)。ジョブスが言ったように、日本の職人たちは見えるところのみならず、見えないところまで気を配ってものを作ってきたはずなのだけれど(でも、これももはや遠い昔のことなのかもしれません)。

テーブルの上の小物を隠そうとして設置した、ミースとコルビュジエのいる衝立も同様。

本質的な解決にはなっていないのです。重々承知しているのです。なぜこういうことになるのか。もしかしたら、根本的な欠陥があるのではないかと、ちょっと不安になります……。

他にも、袋が掛けられなくなったゴミ袋ハンガーには受け皿(?)がついていたので、逆さまにして受け皿を上に置いて、トランクを載せるバゲッジラック(と言うようです)のようにして、明日着る服を畳んでおくようにしてみたり(なんだか、みみっちいことをしているような気になったりもするのですが、……)。

次回の定期掲載日の土曜日は事情があるため、ちょっと早めに短いものを掲載することにしました。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。


2022.11.26 夕日通信



#2-068 Nice Spaceのために 003

散歩の途中で思うこと 01

街の景観について、ひとつふたつ 


このところは毎日近所を歩いていることはすでに書いた通りですが、目にする住宅は百花繚乱。和風、洋風、そして折衷、さらに屋根の形や日本瓦やスペイン風のものから平らなスレート瓦があり、外壁も色や材料は様々。外観は、一つとして同じものがない。ごく稀に、建売住宅と思われるものが並んで建っていることがあるけれど、これも屋根の形やバルコニーの付き方等が少しずつ異なっている。しかも、例えば日本瓦を載せたた和風住宅のそばには平瓦の洋風住宅があるといった具合で、隣り合うもの同士ほとんど共通点がないようなのだ。何れにしても、隣との関係や景観を意識して建てられているとはとても思いにくい。

良くも悪くもこれが我が国の一般的な住宅地、いや都市全般の有り様の現状なのだろうという気がします。好みを言うなら、いいなあと思うようなものはなかったけれど、でも、不思議なことにそんなに嫌な気もしない(中には、えっこんな色で塗るのか、というようなものもありましたが)。もう見慣れてしまったということなのだろうか。


公園の眼前に広がる風景

ウロウロと歩き回っていたら、少し切り立ったところにある小さな公園に行き着いた。そこから見る景色は、彼方に見える海はいいいいのですが、眼下に広がる民家の屋根の景色はいいとは言い難かった。すぐ眼前のマンションの屋上は、何の工夫もなく、醜い姿をさらしているだけ。これに限らず、こんな場所にというところで遭遇する公園は、たいていつまりません。空いたスペースの平らなところに、遊具とベンチを適当に配置しておしまいというのが多いようだと思わざるを得ない気がしてきてしまうのです。たぶん、使われたときの情景を想像していないのではあるまいか。でもこうしたことは、公共的なものか私的なものかを問わないようです。珍しく平屋建ての住宅が建設中だったので、気にして見ていたら、エアコンの室外機2台がむき出しで道路際に設置されていました。やっぱり、自分のうちの中から目に入らないものは気にしないということなのだろうか(その後に、室外機とほぼ同じ高さの支柱が立てられていたので、低い塀が巡らされるのかも)。


空中を横切る電線

ところで、住宅地の景観といえば、僕も、イギリスで住宅地のすっきりとした美しさに見入って感心したことがあります。と言っても、特に有名な地区でもないし、建物自体も取り立てて立派なものではなく、むしろ質素なもの。だけどそこには、日本で見慣れたものがなかった。そう、電柱と電線がなかったのです。それで、ずいぶんすっきりして見えた。一方で、その悪名高い電信柱と電線も、鬱陶しく感じるのですが、その反面、美しいと思う瞬間があると書けば、正統派の景観論者にあっというまに糾弾されそうですが、青空とこれを横切るピンと張った電線が作り出す景色が綺麗だなあと思ったりすることがあるのです。また、電柱が一定間隔で並ぶ様や電信柱の上部の造形や鉄塔も、美しいと思う時もある。

夕方、外を眺めていたら、向かいの建物に夕日が当たってあかるい黄金色に輝いてとても美しかった*。そういえばこの時間帯のことを黄昏時と言ったりもする。ここに黄という文字が使われているのはなぜだろうと思った。そこで、ウィキペディアを見てみると、

「たそかれ(たそがれ)」の語源は、「誰そ彼」である。
薄暗くなった夕方は人の顔が見分けにくく、「誰だあれは」という意味
「黄昏**」は当て字で、本来は「こうこん」と読むとあった(語源由来辞典

とあった。漢字の方はよくわかりませんが、黄を当てたのはやっぱり光が黄色みを帯びるということがありそうに思うのですが、どうでしょうね。ともあれ建物自体はどうってことはないし、おまけにこの場合はすぐ目の前の太い電線が邪魔だが、色合いがとても綺麗だと思ったのだ。念のために家の外に出て見たけれど、うちから見るよりよく見える場所はなかった。でも、美しい時というのはほんの束の間。あっという間に、ただの灰色になってしまった(秋の日は釣瓶落とし)。

街の景観は、単に統一性があるとか、質の高い建物で構成されているとか、余計なものがないといったことが満たされたものだけがいいというわけではなく、それとは別の美しさというものもありそうな気がしたのでした。

個々の住宅のデザインについても、いちおう僕なりの意見はあるのですが、写真を添えるのはプライバシーのことがあるのでちょっと憚られるし、写真なしで語るのはちょっと手に余るのです。ただ、庭があって花木が植えられているのはもちろん、テラスも見えたりするのですが、内部空間の延長としての外部空間での生活は考えられていないというか、ほとんどなされていないようです。これも、うちでの生活は人に見られたくない、家にいれば外の社会とは関係のない、全くの私的空間であるとする、日本人の暮らし方によるものだろうか。


* 前回、朝の写真とともに掲載しました。
**『黄昏』という映画(ヘンリーとジェーン・フォンダ親子の方)を思い出したので、探して見たのですが、これも見当たりませんでした。ないと、いっそう見たくなります(不思議ですね、ないものねだり?)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。


2022.11.26 夕日通信



#2-067 新しいNice Spaceのために 024

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 09

番外編 日の光がもたらす四景


朝起きて窓辺の机に置いていたコップをみたら、小さな黄色い花が咲いていた。小菊に似た花で、花は摘んで来て水切りをしていけた後にすぐに枯れてしまったが、蕾をつけていたので水だけ換えながらそのままにしていたら、ガラスの中の蕾が数日後に花をつけたというわけ。ちょっと嬉しい。ただ、芙蓉の方はうまくいきません。


眩しいコルビュジエ

朝は、太陽の位置が下がったせいで、部屋の奥まで日が届く(冬が近づいてきたことがわかる。今年も秋が短かかった、というか季節の変わり目がわかりにくくなった気がする)。テーブルの上にも細い光と陰を作り出して、素敵だ(教科書に背いて、真ん中の部屋にあるために、夏は日が届かない)。僕は、馬鹿の一つ覚えのようですが、こうした光と陰のコントラストが作り出す景色が好き(光を浴びて眩しそうなコルビュジエと同じ、たぶん)。

谷崎の言う、「陰翳」を愛した日本の伝統とはちょっと違うようです。なぜだろう。母方の祖父母の家は大きな藁葺き屋根が架けられていて、土間も、通り抜けた先の居室も薄暗かった。一方、小・中学生の頃を過ごした家は小さなアパートだったから、日差しがたっぷり入ったのではあるまいか(ほとんど覚えていないのです)。


棚の上で移動する光

反対側の窓の方に目をやると、棚の上部が光っている。日は射さないはずなのにどうしたことかと思って色々と目をやり、手をかざしたりするうちにわかりました。対面する棚の上に置いた額装したポスターを覆うプラスチックのカバー、これに反射した光を受けたものらしい。しかも、古くなって平滑性を失い、うねっているために複雑な模様を生み出すことになって、なかなか面白い。

しかし、太陽の動きは夕日のそれと同じで、とても素早い。日の光のあたる場所はすぐに変わるし(コルビュジエの隣のミースがすぐに眩くなった)、作り出される模様も変化してしまうのだ。前もって準備していないと写真を撮るのには向かないが、眺めていると楽しい。今は、周りに日が当たる大きな壁面がないので寂しいのですが、こういうことがあるとちょっと嬉しくなります。


朝日を受けて輝く建物

黄昏の中で光る建物

外を眺めてみると、遠くの建物が光っている。夕方も同じようなことがあるけれど、こちらが黄金色に輝くのに対し、朝はそれよりやや白い光を受けて、少し趣を異にするようだ。写真でそれが出ているものかどうか(何しろ10年ほども前のごく普通のコンデジだし、これを補う技術もない。『デジカメはオート+プログラム主義で撮るべし』という田中長徳先生の教えをずっと頼りにしてきたのです)。

朝早く目が覚めたら、たいていはもう少し布団の中にいようと思うのですが、思い切って起きた時に、こうした場面に遭遇するとちょっと得したようで、なんとか1日を乗り切れそうな気がしてきます。当分の間は、こうした小さな喜びに頼るしかなさそうです。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。


2022.11.19 夕日通信



#2-066 新しいNice Spaceのために 023

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 08

飾り棚をしつらえる 3 


このところは、毎朝散歩の時に花ばさみを持って出るようにしている。というのは、もちろん道端に咲く花を摘んでこようというわけです。先日の芙蓉以来、テーブルの上には毎日花があります。で、ある時不思議なことに気づいた。濃いピンクのオシロイバナでしたが、ガラス瓶の中の花が閉じたり咲いたりするのだ。食卓のある場所は、朝以外は日が差さないから、照明をつけない限り暗くなる。それで花は閉じるようなのですが、しばらく点灯しているとまた開くのです(ちょっと面白い)。それで、念のためにと思って水を入れ替え、蕾のついた茎を生けておいたら、何日か後に花が咲いたのでした(これには驚いたな。今度、芙蓉の蕾で試してみようか)。ちょっと形を変えようとして花びらに触れると、たちまちひらひらと落ちてしまう花もある。

さて、今回は「飾り棚」シリーズの第3弾。ふだん使わない折敷があったので、これを使って床の間の原型を再現してみようと思いついた。もともとのスチール棚に置いていた木の板を押板に見立て、折敷を小さな台とする。そこに三具足(みつぐそく。花瓶、航路、燭台*)を飾ろうというものです。この小さな台のことをなんというのか調べようとして本を探したところ、持って帰ってきたはずなのに見つけられなかった(やれやれ)。この卓(というようでした)には高さがないといけないので、食器棚を整理していた時に出てきたお碗を脚に使うことにした。なぜ家にあるか分からないのですが、正直なところ気に入ったものではなかったので、奥の方に隠れていた。

このところはこうした小さな作業ばかりを数時間ほど、なかなか抜本的な解消には至りません。作業をやり続けることができないのです。でも少しずつ、毎日やるのが肝心と言い聞かせています(もうお馴染みの「大盛り焼きそば理論」)。燭台もろうそくも、別のところから出てきたもの(片付けていると、行方不明になるものがある一方で、いろいろなものが出てきます)。


卓を設置した

で、出来上がったのがこちら。はじめは花瓶も口が細くて高さのあるものとしようとしていました。花は近所の石垣の上に垂れ下がっている薄紫のランタナを。一本だけ摘もうとしてハサミを入れようとした時に、車のクラクションが鳴ったような気がした。まさか自分に対するものとは思わず、そのままハサミを入れていたら、またクラクションの後で声がした。振り向くと、車の窓から妙齢のご婦人が声をかけていたのでした。一瞬、咎められるかと思ったけれど、「一本だけじゃなくて、どうぞ」と言うのだった。どうやら、石垣の上の家の住人のようでした。恐縮して、訳を話すと、再び三度「すぐに増えるから、たくさんどうぞ」と言ってくれたのでした(ほっとしたけれど、ちょっとばつが悪かったな)。

家に戻るとさっそく水切りをして挿してみたけれど、予定していた花瓶は合わないようだったので、コスタ・ボダのグラスで代用することに。これと燭台がガラス製というのが、モダンに見えるかも(?)。脚に使ったお碗はやっぱり別のものに変えなくてはいけなかった(気に入らないものをなんとか再利用しようとしたら、やっぱり気に入らない、残念だけれど、間に合わせはたいていうまくいきません)。それでガラスのカップ(モロゾフ製)に変えてみたのですが、ちょっと大きすぎた(形はちょっとポストモダン風?)。マイユ製のものがちょうど良さそうなので、これが4つ揃ったらまた試してみることにしよう。豆皿には落ち葉を数枚足した。


*並べ方にも決まりがあって、左から順に、花瓶、香炉、燭台とするようですが、『慕帰絵詞』の床の間には香炉、花瓶、燭台の順になっています。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.11.12 夕日通信



#2-065 新しいNice Spaceのために 022

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 07

テーブルランナーをしつらえる 


もはや11月。すっかり秋らしくなりました。外気温も下がってきたせいで、9月に入った頃から長い間楽しませてくれた芙蓉(冬と春に2度も刈り取られたのに、短い期間で見事に復活したのだ)も、いよいよおしまい。蕾はつけているものの、花は咲ききれない日が増えた。

ある時、急に食卓にテーブルランナーを敷いてみることを思い立った。せっかくあるのだから使ってみようと思ったのだ(もったいない病ですね)。これまでも何回か試みたことがあったのだけれど、どうもしっくりこなかった。たぶん、長すぎたのが一番、それに幅もやや広すぎた(というのも、食卓が1500×750とちょっと小ぶりなのだ)。それでもなんとか工夫して、やってみようと思ったのは、気分転換のため(うまくいけば、何枚かあるはずだから、季節に合わせて変えるのも役立つかもしれない)。


テーブルランナーを敷いてみた

やってみたら、意外にもそんなに悪くないような気がしたのですが、さてどうでしょう(少なくとも写真で見る限りは。ま、写真は何倍もよく見えるのが常だけれど)。ただ、このせいで使い方は制限される、というかほぼ飲食のためだけに限定されるわけですが、存在感が増したよう。食卓自体はもちろんですが、その周りの空間を含めてそんな気がします。無職となってからは、飲食はもちろん、書き物までたいていこの食卓でやってきたのですが、2年目に入る頃からは窓際でやることが多くなった(文字通り窓際族)ので、特に問題はないはず、しばらく試して見ることにしよう。使いながら、不都合があれば元に戻せば良い。

こういうことをやりながら、あたりを改めて見直してみると、気づくことも少なくありません。しかし、それがいいことばかりではないことが問題。まずは、食器棚を整理しなくては……。そして埃を払わなくてはいけません(『八月の鯨』のリリアン・ギッシュ、当時90歳もそうしていたし、とあるパブのオーナーはお店のボトルを全部自分で拭くと言うのだから(やっぱり、毎日の基本的な取り組みが大事なのだ)。

紺のテーブルランナーの上に、芙蓉のピンクの花を置くと映えそうです(もう咲いていないかもしれないけれど)。明日の朝見てくることにして、もし咲いていたら、初めてだけれど持ち帰らせてもらうことにしよう。


テーブルランナーの上に芙蓉

と思っていたところ、幸い翌日は朝から晴れて暖かかったので出かけてみたら、ちょっと小ぶりだったけれど運良く咲いているのを見つけることができた。で、摘んで帰って、大急ぎで水切りをして、ガラスのコップに挿したのが上の写真。なかなか美しいと思ったけれど、どうでしょう(ミースもコルビュジエもつかの間、日本の芙蓉の花を楽しんだのではあるまいか)。

テーブルの上が散らかっていないと、気持ちがいい(できれば、テーブルの上からものを無くしたいのですが)。でも、これだけのことを維持するのも案外むづかしいのです。放っておくと、すぐにものが散乱してしまう。だから、食事以外のことがしにくくなったのはいいことなのかも。それでも、やっぱり散らかりやすいのですが(どうしてなのだろうか。ものには、僕には見えないけれど、手足を出して動き回る秘密の時間があるのかもしれない⁉︎)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.11.05 夕日通信



#2-064 新しいNice Spaceのために 021

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 06

飾り棚をしつらえる 2


散歩の帰り、坂道の先の方を歩いていた人が立ち止まった。僕よりもさらに少しばかり年配の男性のようだ。そして腰を折って、腕を伸ばした。ああ、植え込みの間から伸びた花を手折っているのだ、と気づいた。アパートの入り口の前の道路沿いのツツジの間からは、いろいろな花が顔を出す。今はアサガオに似ていて、小さなテッポウユリのようでもある白い花のほか、ピンクと黄色のちいさな花などいくつかが咲いていて、彼はこの花を持ち帰ったのに違いない。それから、僕はいつから花を飾らなくなったのだろうと思って、軽いため息をついた(もちろんお金のこともあるけれど、それよりも気持ちの余裕がないのだ)。

そういえば宮脇檀が〇〇よりも花を買って帰ろうと書いていたのではなかったかと思い出したけれど、〇〇がなんだったかわからなかったので、探してみた(こういうことが、むやみに気になってしまうのです)。すぐ手元にあった本の中で見つかったのは、やっぱり花を買わなかったという話*。入院している時にもらった花を見た時の幸福感を維持するべく、花いっぱい運動を決意するも、退院時に持ち帰った鉢も残らず枯らしてしまい、結局続かなかったというものだった(やれやれ。でも、大家と言えども同じだということがわかりました)。

しかも同じコラムに、「いや本当にポケーとしていると一日ってものすごく早く過ぎんですネェ。(中略)。何かした実感がないのに二日、三日アッと云う間に過ぎてしまう」、とあった。僕の毎日がまさにその通りなのだ。ということは、気持ちに余裕がないばかりか、入院しているのと同じってことなのか、と呆然(そんな場合じゃないのに)。


飾り棚にろうそくの灯り

飾り棚にろうそくの灯り Ver 2

さて、今回も前回に引き続き飾り棚のことについて。前回に課題としてあげた高さの関係ではなく、ボリュームのことを考えて少し試してみた。すなわち、左の蝋燭の方にもうひとつ、ずっと前に海外からのお土産でもらった、香りのための蝋燭を置いた。まずは、左側にこちら向きに置いてみたけれど、奥や前に横置きするのもいいかもしれないので、ついでに試してみたのが下の写真。小鳥の位置を変えて、香炉も右に寄せた。

全体に暗いので、灯りが欲しいと思ったのだけれど、電源がないので、とりあえず小さな蝋燭を配して灯してみることにした。でもちょっとあかるさが足りない上に、炎の高さも不足(無印のものですが、どうしてかすぐにこうなってしまう)。これを、もう少し高さのあるものに変えてみるのもいいかもしれない(上の板に炎が当たるとまずいけれど)。これは次回以降の課題。

今回試したものは小手先のことで、前回のものとほんのわずかな違いしかないし(でも、楽しい)、抜本的な解決からの逃避のような気がしないでもないのですが、まあできることから。それに、『神は細部に宿る』と言うし(負け惜しみです……)。ま、少しずつ。完全を求めて躊躇するよりも、家の中を片付けるという大問題にはほとんど関わらない小さなことでもやる方が、まだマシなのだと言い聞かせているのです。


*『住まいとほどよくつきあう』新潮社、1986年



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.10.29 夕日通信



#2-063 新しいNice Spaceのために 020

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 05

飾り棚をしつらえる


ここ数日は、それまでとは打って変わって素晴らしい秋晴れが続いていますね(今日、土曜の朝はあいにく雲が多いけれど、これから晴れ間が出る予報)。文字通り雲ひとつない青空の日があったり、薄い雲が浮かんだり。空気は澄んでいるけれど、さほど冷たくもなく、日差しは暖かで気持ちがいい。

一方、その後の片付けがいっこうに進まない。ぼんやりとしているばかりで、起きてから食べて寝るまでの間は、音楽を聴いたりちょっとした書き物をしたり、たまにDVDを見たりなどしていると、何にもしないうちに1日が終わってしまう(おまけに、朝はなかなか起きられないし、昼間はすぐに眠くなってしまう)。これは歩かなくなって、体力が落ちているせいだろうか。それも無気力になっているのか(いうまでもないこと?刺激もないしね)。おまけに、むやみに情緒的な対応をすることもあるようだし……。そんな折、新聞に『老害の人』の広告が。当てはまりそうなことが、いくつかありそうです。もしかして、……⁉︎

これではいくら何でも困るから(というか、あまりにも情けないので)、本や雑誌その他を処分したり、移動したりして空いたスチール棚の一画を飾るスペースとすることを思い立った(狭い家における床の間の日常化の試み?)。小さなものを飾るスペースは、というかわずかに余った場所は他にもちょこちょこあるけれど、常に自分の目に入るところにもあればいいかもと思った次第でした。これを実行するにあたって、気をつけることは、次の3点。

1 余白を大事にする。
2 季節感を取り入れたものとする。
3 複数のものを配する。

1つめは、何と言ってもわれわれ日本人が古来大事にしてきた美意識。僕自身は、ちょっとこれに欠けるようです。で、今回は、これをめざしてみようと思う。

2つめも同様。しかし、環境の変化や空調機器の普及等々で、あまり気にすることが少なくなったようです。僕には、これもちょっとハードルが高いかも。

3つめは、利休の1点主義*もいいけれど、複数のものの配置の仕方で、見え方がどう変わるか、ものとものの関係について学習の機会とするのも面白そうです。

この他、スペースは床のように固定するのか、それとも桂離宮の月見台を間仕切る障子のように伸縮自在とするのか、まあこれはやりながら考えることにしよう。そして、何を並べるかということも問題(ほかのスペースとの差別化)。好きなものというわけだから、ガラス瓶かと思ったけれど、これはすでに似たようなことを試したことがある**ので、パス。はじめはあんまり考えすぎないようにして、まずは手近にあるものを使って実践してみることに。


空いたスペースを利用した飾り棚

で、その第1弾、というか練習編。見ての通り、真ん中少し奥に青磁の香炉を置いて、左に3色のロウソク、右手には豆皿と親子の小鳥3羽を配した(小皿の中には、拾ってきたドングリを入れた)のですが、どうでしょうね。そして、その部分を明確に区画するために、左には歳時記(『秋』の巻というのは言わずもがな。これも、気分の問題ですが)、右はセザンヌの画集を立ててあります。

ちょっと高さの変化が足りないようだし、真正面から見ることができないので、このことも考慮しなければいけない。課題はいろいろとありそうです。

冒頭に掲げた意気込みとは違って、たいしたことはしていないので恥ずかしいのですが、千里の道も1歩から。ま、少しずつ整えることを続けていれば、そのうちにペースも上がるかもしれないし、片付けに取り組む癖もつくかもしれない。


*豊臣秀吉が訪問を楽しみにしていた利休邸の庭の朝顔を、利休は全部刈り取ってしまい、そのうちの1輪だけを生けて迎えた、という逸話が有名ですね。
** 『モランディに倣う』というタイトルで何回か続けました。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.10.22 夕日通信



#2-062 新しいNice Spaceのために 019

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 04

棚は、生きざま


無職になって以来、メールの数はめっきり減ったけれど、時には、大学の同級生たちが腎臓やら膵臓やら肝臓やらあちこちの不具合を抱えていることを知らせも入ってくる(既に亡くなった同期生を含めると、かなりの割合です)。先日定期検診の時に、ずっと肋骨の下あたりが痛むので、このことと一緒に医者に伝えたら、「70歳の壁は越えたから、今度は80の壁だね」などと脳天気なことを言うのでした。

なんの時だったかアマゾンを見ていたら、『BRUTUS』のバックナンバーの紹介が目に止まった。だいたい、最近のメールはアマゾンからのものがほとんどなのだ(メールが多いのも閉口するけれど、これはこれでちょっと寂しい)。だから、きっと「お客様におすすめの商品」かなんかを見たかしたのだろう。


『BRUTUS』2022年8月15日号

2022年8月15日号の特集は棚、「棚は、生きざま」のコピーが添えられていた。まさに、僕のことを言っているような気がした(ただ、もともと「死にざま」という言葉はあっても、「生きざま」という言葉はないようなのですが)。だから、さっそくボタンを押しました。勤めをやめてから、なぜか雑誌を買わなくなっていたのだ(社会の流行に無関心になったのだろうか。だとしたら、まずい)。その近くにあった『居住空間学2022』も気になったけれど、もしかしたらこちらは手に入れたのかどうか*(これって、買うだけで満足しているってことなのか?ますます、まずい気がしてきます)。

僕はこれまで、ずいぶんたくさんの棚をしつらえてきました(大学院の時には、壁一面が本棚の住宅を設計したりしたけれど、たいていは、自分のために)。そのほとんどは、ありあわせというか手元にあったものを利用したものですが、中にはちゃんとデザインして作ってもらったものもある)。これらのほとんどはもう掲載済みなのですが、、使い方が変わったり、ものが増えたりして違う姿になっているものもある(しかも、片付かないままで、恥ずかしい)。


食器棚と本棚

既成の棚2つの組み合わせ

自分のためのもので、いちばん大がかりなものは(と言うのは、ちょっと大げさ)、いまの住まいに越してきてからつくった、壁一面の食器棚と本棚。そして、しばらく後のダイニングキッチンと居室を分けるためのカウンターくらい。あとは、大学生の時に製作したロの字型の箱もいまだに使っています。こちらはただの箱だけれど、工房があったので、組み継ぎになっています(友人たちの中には、リートフェルトのレッド・アンド・ブルー・チェアを作るものも何人かいました)。

もともと不器用な上にめんどくさがりなので、それからはだんだん簡素になるばかりで、板とブロックの組み合わせがほとんど。ある時に思い立って、オーディオ機器のために1辺が2枚重ねになった箱状のものをつくろうとしたけれど、治具がないためにどうしてもずれてしまうのでした。だから、半ば必然的に板とブロック(端材や発泡スチロール製の時もある)の組み合わせにならざるを得ないのです。これの欠点は、見栄えがしないことがありますが、それよりも何よりも、簡便なためにいつのまにか増殖してしまうということがあるのです。

でもまあ、こうして考えてみると、僕の棚と人生は、ほとんど間に合わせのような気がしてくる(ああ……)。棚は、まさに『BRUTUS』が言うように、暮らし方、生き方を正しく反映したものなのかもしれない(ちょっと寂しい。いや、かなり寂しい)。

こんなふうな生き方は、今からでも変えなくちゃと思うけれど、棚は変えられないかも。これは、もちろん経済的な理由が大きいことは言うまでもないのですが、やっぱり好きなのだと思います。とくに、置き家具や解体できる棚は、当然のことながら動かせるので、軽みを感じさせて好ましい。家にあるものは決して褒められたものではありませんが、もはやすっかり馴染んでしまったようなのです。


* 探してみたら、ありました(ま、安心したけれど、果たしてこれって喜ぶべきことかどうか)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.10.15 夕日通信



#2-061 Nice Spaceのために 002

「折々のことば」から

例外をつくり出す


急に寒くなりましたね。気温は、一挙に2ヶ月ほど進んだようで、外に出たら寒いのにびっくりしました。一気に気温が下がった木曜の朝は、毎日咲いていた芙蓉の花も驚いたのに違いなく、完全には開ききれずに、半開きのままでした。今日は、また最高気温が20度台になるようですが。

今回は、このところ気になった言葉からです。

私たちは未来を植民地してきたのだ(ローマン・クルツナリック)*
現代人は「現在時制の中毒」と英国の思想家が言っているそうです。時制の「今」だけ主義は我が国の伝統ですね。日本の国語は時制があるにもかかわらず、今だけ。一方、中国語は時制がなのにも関わらず過去と未来も重要なようです。

我々は先祖から土地を受け継ぐのではない。子供たちから土地を借りるのだ」(アパッチの格言5**
R・クルツナリックは、北米のこの民族の言い伝えを引き、私たちが「よき祖先」であったかを最終的に評価するのは、未来のすべての子どもたちなのだと言う。遺産とはつまり、「残す」ものでなく、家族や労働者、市民皆で「育てるものだ」ということだと鷲田清一は解説している。

すごいですね。昔の人たちの思想、というのか生きるための知恵という方がいいかもしれないけれど、本当にたいしたものだと思う。すごいといえば、8月に読んだ記事を今取り上げるというのもなかなかです(とほほ)。

プロジェクトという概念は……例外状態をコンスタントにつくり出すことです。(磯崎新)***
人が陥りやすい思い込みや慣行からいったん離れて、いわば空白地帯に立ち返って考えることが必要で、それを実現するための仕掛けについて語ったもののようです。

なるほどと思って、やっぱりかつて世界のスーパースターとして活躍した人の言うことは常人のそれとは一味違う、と今さらながら感心しました。プロジェクトは、単なる大規模事業や計画ということではなく、実験的試み、すなわち、これまでと違う新しさや例外を生み出す計画ということなのだね。

ウィキペディアのプロジェクトの項を見てみると、語源はラテン語の pro + ject であり、意味は「前方(未来)に向かって投げかけること」である、とあったが、磯崎の定義からすれば、これももはや慣行化した言い方ということだろうか。


『ザ・ピーク』案

その一つが、ザハ・ハディドを見い出した香港のビクトリア・ピークに建設されるはずだった高級レジャー・クラブのためのコンペではなかったか。このコンペにおいて、磯崎は落選案の中からハディドをすくい上げたと言われているけれど、事業者の都合で、結局実現しなかった。それでも、超モダンというべきか、ポストモダンというべきか、いずれにせよそれまでの建築のあり方をそのまま引き継いだものとは様相を異にしていた。すなわち、時の常識から外れた、「例外」をつくり出そうとするものを選ぼうとしたのだということだろうと思います。


ただ、だからと言って、デザインに求められることが、常に、全てにおいて革新的な新しさを優先するというものではないだろう、とも思います。実験的な住宅がそこに住む人々に喜びを与えるものとなるかどうかは不確実、というかむしろ苦痛を強いるものになることが多いようでもある。しかし、実験的な試みがなされない限り、変化もまたないのだ。どちらの立場に立つかは、デザイナー(あるいは、住まい手においても)の志向によるのだろう。

革新的な変化をめざさない者にあっても、ただ「過去」を繰り返しなぞるばかりではつまらないはずだし、デザインするということはそういうものではないだろうと思う。「過去」にごく小さな工夫を盛り込みながらつくろうとしないなら、続けることは困難なのではあるまいか。(このことは、天才も凡才も、確信をめざす者も快適さを求める者も変わらない)。

ということは、この二つの立場は、デザイン、または創作する際の意図や意志の行方の違いによって異なるものの、基本的な取り組みの姿勢は変わらないのではないか。すなわち、天才や野心家は革新的な変化を与えようとするのに対し、誠実な凡才は小さな改善をつくり出そうとするのだ。

こうしてみると、クルツナリックの見方も、常識的な枠組みから離れたからこそ生まれたものだということがわかる気がします。僕のようなものでさえも、このことを忘れるわけにはいきません。


*  朝日新聞朝刊2022.08.04
** 朝日新聞朝刊2022.08.05
*** 朝日新聞朝刊2022.09.29
**** 画像は、WEBサイトCINRAから借りました。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.10.08 夕日通信



#2-060 Nice Spaceのために 001

新しいカフェ2つ

おしゃれじゃない!


自宅の片付けは遅々として進みません……(とほほ)。僕が取っている新聞には月末近くになると一枚の月間カレンダーが入ってくるのですが、久しぶりに晴れた日の朝の新聞を開くと、もう入っていました、10月(!)のカレンダー。驚きました。そして今日は、まさしく正真正銘の10月。それにしても早い。このところことあるごとにそう書いているようですが、本当に早い。残りのカレンダーは3枚。この調子だったら、1年はおろか、うかうかしていたら10年だってあっという間に終わってしまいそうです。

その少し前のこと。テレビを眺めていたら、人口300人の島にカフェを作ろうという取り組みが紹介されていました。島民と観光客が交流する場所がなかったので、無いのなら作ろうということで農協が発案した。オープン前の室内を映して、ナレーターは興奮気味に、「おしゃれー!どこだと思いますか?代官山?自由丘?」というようなことを叫んでいたのでしたが……。

企画から運営、料理と接客の全てを任された3人の女性スタッフが心配しながら迎えた開店当日、すでに何組かのお客の姿があった。その中にはHPを見て来たという観光客も。心配は杞憂に終わって、無事にスタートを切れたということですね(よかった)。何よりでした。ただ、お客がご飯を食べる姿が映し出された時は、ちょっと残念だったな。テーブルとソファの組み合わせのようだったのですが、テーブルが低くて、食べる姿が美しくないのです。思わず「おしゃれじゃなーい!」と、まるで今時の若者のように口にしてしまいました(ああ恥ずかしい)。


お腹がくっつく!


何がいけないと思ったかというと、テーブルが低すぎるために、お皿と食べる人の距離が遠くなって、料理をお箸で取ろうとすると、腕を伸ばしながら腰を浮かせたり、体ごと伸ばさないといけないのだ。お腹が太ももにくっついて、いかにも窮屈で、苦しげなのだよ(ダメですね)。少し前から家庭でもソファに座って食べるのを見かけるようになりましたが、紀行番組やドキュメンタリーなんかを見る限りは、ヨーロッパでよく見られるようです(狭いせいですね)、アレと同じです。おしゃれを追求するあまり、ちょっと視野が狭くなってしまったね。

その翌日だったか翌々日だったかに見た、北陸の港町の元網元の住宅を引き継ぐために開店したというカフェでも、同じような光景が出現していました。和室に合わせたローテーブルと、たぶん楽に座れるようにという配慮から置かれたに違いないソファ、この二つの高さが合っていないのだ。このため、卓上の食べ物をとって食べようとすると、やっぱり体ごと伸ばさなければならない。お年寄りは「こんな(おしゃれな)ところで食べられるなんて、幸せ」というようなことを言っていましたけれど。

おしゃれで素敵な空間にしよう、あるいは楽に座れるようにしてあげようという、その志やよし。とは思うけれど、空間のデザイン、というか家具の選択を誤った。残念ながら、NICE SPACEとは言えないようです。室内の見た目や雰囲気には留意したけれど、実際に使われた時のお客の姿のことにまでは想像が及んでいなかったのだね。デザインする際に陥りやすいワナだ、という気がします。気をつけなければいけません。「差尺」という言葉があることを思い出して欲しいね。

そもそも、食事用の椅子とくつろぐためのそれとは、作り方が違うのだ。全く別物です。食事用の椅子は座面はほぼ平ら、背もたれもほとんど垂直で、背中がまっすぐになるようにできています。一方、ソファはこれに対して、座面は奥の方が少し低くなっていて、背もたれも斜めになっていて、くつろぎやすい姿勢になるように出来ているのが普通です(コルビュジエのLC2・3などは例外)。だから、ソファは食事をするには向かないというわけ。さらにテーブルが低いとなれば、食事用としては最悪の組み合わせ。

カフェブーム以来、レトロやらモダンやら様々な「おしゃれー」なカフェが人気で、いたるところに存在しているようです(と言いつつ、僕自身は外でコーヒーや紅茶を飲む習慣がないので、聞きかじりなのですが)。外観やインテリア空間のありようだけじゃなく、お客のの食べたり飲んだりする時の姿、佇まいまでを含めて考えられていたらいいのですが。

それで、歩き疲れた時はどうするのかといえば、もちろんビールに決まっている。そして席はといえば、ゆったりとくつろげるテント席かテラス席、それがなければできるだけ窓際を目指すのであります。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.10.01 夕日通信



#2-059 新しいNice Spaceのために 18

まずは自宅から 12

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 番外編 03



自分の家の状況の報告を読んでもらうだけでは申し訳ない気がするので、インテリアを考えるときに幾らかでも役に立つかもしれない(?)ことを。まあ、本編で書いたことの繰り返しに近いのですが(やっぱり教師の時の癖が抜けないままのよう……)。一つは、家具の足元と床の関係、二つ目が家具とガラスの窓や壁との関係です。

家具の足元と床の関係というのは、面で接するのか、それとも点または線で接するか。すなわち、家具と床の間に隙間があるかないかということ。

前回、長年の懸案がようやく解決したと書いたのはこのことで、最近までは自作のオーディオラックの底面が床に直置きされていました。これはこれで理由がなくはなかった。すなわち安定性の確保と、板鳴りの防止を考えたせいでした。


ラックの底面と床が密着

ラックの底面と床の間に隙間

しかし、これがどうにも気になって仕方がなかった。すなわち、軽みが感じられない。すっきりして見えないのです。当然、広がりも感じにくい。ラックと床の間に隙間を設ければ、解消するのはわかっていたのですが、何しろ動かすのに手間がかかる。重いし、配線をやり直すのも面倒(やれやれ。こんなことではいけません)。それが、専用のラックが手に入ることになって、ようやく重い腰を上げたというわけでした。そのせいで、ずいぶんすっきり見えるようになった(と思う。本当ならば、コンクリートブロックではなく、ちゃんとデザインできればよかったのですが……)。

ただ、いいことばかりではありません。隙間があるせいで、塵やホコリは溜まりやすくなる。こまめに掃除しなくてはなりません。どちらを優先するかということですね。大昔、学生の頃に住宅の内装をデザインする機会があった時に、棚の上部に幕板を張るか張らないかで建主と意見が分かれたことを思い出しました。建主の気持ちとしては、少しでも掃除の手間を減らしたいということがあったわけです。

このことについてスティーブ・ジョブスは、初期のiPodのステンレスの背面が指紋が付きやすいというクレームがあった時、「毎日愛でるように拭けばいい」と言ったそうです。まあ、程度にもよるかもしれないし、人それぞれでしょうが、僕は基本的にジョブス派です。手間と見た目の両立を狙うなら、幕板や台輪をできるだけ中に入れることになるでしょうか。

二つ目は、ガラスの窓や壁の前に家具を接して置いてはいけない、ということについて。これは、例えば学生の課題の講評の時には必ずと言っていいほど指摘されることです。せっかくの透明のガラスの良さを殺すなということですね(ここに家具を置くつもりなら、なぜガラス面にしたのでしょうね)。外側からも家具の背面、たいていの場合、見られることを考えてデザインされていません、が見えて好ましくない。家具を置くときは、少し離しておかなければいけません。というのが、教科書の教えるところです。そうすることで、ガラス面を家具で塞ぐことを避けられるというわけです。

掃き出し窓の前に置かれた机

にも関わらず、僕の家では、小さなテーブルのみならず、棚までが置いてある。間違い?もちろん置かないで済むならそれが一番いいのですが、背に腹は変えられないのです。屋外で食事をしたり、飲んだりするのが好きなのですが、テーブルを置くにはベランダはあまりにも狭いし、出しっ放しというわけにもいきません。そこで、上記のようになったという次第。窓を開け放てば、ほぼ外です。

棚を置いたのは、外を見ながら本を読んだり書き物をするため。これは仕事としてではなく、楽しみとしてするのだから、壁に向かってやりたくはない。食卓でやるのもいいのですが、気分も変えたいということで、そのために棚まで置くことになってしまったというわけです(おかげで、本来のワークスペースはほとんど使わずじまい)。ただ、足の入るところの奥行きが狭くなってしまったのは、例のごとくあるものを利用したせい。

こちらもやっぱり、どちらの利点を取るかということですね。どちらを優先するにせよ、そのことによって生じる欠点は、できるだけ小さくすることを考えればよい。僕の場合、そのための工夫というと、掃き出し窓の下の部分を視界を遮らない高さで、防湿のためのシートを貼って、ブラインドは机の上までとして、いつでも全開にできるようにしてあります(カーテンは、スピーカーに直接日差しが当たらないようにするため)。とはいうものの、できれば棚の部分は最小限にとどめて、もう少しすっきりさせるのと快適さを向上させたい(次の課題です)。

たいていのものには、利点があれば、欠点もあります。したがって、さまざまな場面で、住まい手はどちらを優先するか決めなければなりません。だからこそ、住まいに対する関心を持って、そのありように意識的であることが大事だという所以です。

定石は尊重する方が良いと思うけれど、絶対としてはいけない。なんと言っても、インテリアはそこで暮らす人こそが主役なのだから(と考えるのです)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.09.24 夕日通信



#2-058 新しいNice Spaceのために 17

まずは自宅から 11

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 02


片付けに取り掛かったばかりだけれど(とはいうものの、撤去が完了してからもう2週間以上が経った、早い!)、こうやって改めて比べてみていると、物が増えたことに今更ながら驚きます。

それにしても、増えすぎではあるまいか。なぜ、こういう状況になってしまったのか。

増えただけじゃなく、いつの間にか整理や掃除に手をかけなくなってしまっていたのだろう。それでなくては、いくらなんでもこんな風にはならなかったはず。そうなった理由は、いくつか思い当たらないないわけでもないのですが(やれやれ)。

で、初心に戻って考え直すシリーズの第2弾は、オーディオとビデオ(AV)を楽しむ場所。僕は映画やドラマ、ドキュメンタリー、そして音楽をいつも身近に楽しめるような環境が欲しいのです。やっぱり前回と同じ画角の写真が撮れませんが、これは、カウンターの上がものに占められているせい。カウンターを作った時から比べてみても、変化が大きい。A&Vや料理を楽しむために設備機器類が増えるのは、まあ仕方ないけれど、不要なもので占められてしまうのは困る。「取っておきたがる病」は早く治さないといけません。命取りになってしまいそう。


最初期

中期

現在(暫定)

当初は動かないものは奥の棚だけだったのが、今では3方を(掃き出し窓の面でさえ)什器で占められるようになってしまった(ただ、写真ではわからないけれど、ずっと気になっていたオーディオラックと床の関係は、最近になってようやく解消した)。

それぞれの機器類については、配置換えや機種の入れ替えは、これからもいくらかはあるかもしれない。しかし、もうこれ以上増えることはないはず、というか増やしたくない(いや、減らさなければいけない)。これは自分の年齢を考えてということもあるけれど、それよりもものとの向き合い方の変化が大きい。新しいものよりも、使いこなすということの方が重要な気がするのです。

例えば、スピーカーはテクニクスの平面スピーカー、タンノイ、BW、譲り受けたKEF、そして今はハーベス。テクニクスを除くと英国製、新しい製品ばかりというわけでは無いけれど、だんだんウーファのサイズも大きくなってきた。最近になってまた、レコードを聴くことが増えてきたが、盤面に傷がない時の音はCDに比べると温かく柔かみがあるようで、とても心地よい。

テレビが無い時もしばらく続いていたのだけれど、大きい画面のものになった(たまに昼間でも映画を観たくなるときがあるし、世界旅行に出かけたりもしなくてはならないのです)。

もう一つ、これを楽しむ時の椅子は、現在はMRチェア。最初は、貰いもののNYチェアだった。ついで、モーエンス・コッホの折りたたみ椅子、LC3(ソファ)、ハードイチェアもどき、そして今のMRチェア。これが実は、ちょっと上手くない。座面が高く、平らであることに加えて革が硬いし、おまけにアームレストがない。くつろいで音楽や映画を楽しむのにはちょっと不向き。LC3をなだめることを目指すべきなのか。こちらも、座面が高く(もしかして、足が短いのか?)、ちょっと硬く馴染みが悪い上に、深く座って寛ぐことがむづかしいのです。

自分の要望にあった新しい空間を手にれることはもちろん望ましいことだけれど、いまの空間を使いこなせなければ、結局同じことではないかという気もする(負け惜しみもありますが、本心でもあります)。

若い時ならば、自分の生活に合った空間を新規に手に入れる方が早いかもしれない、しかし歳を取ったらならば、空間を自分の生活に合わせるべく変えていくしかないのではあるまいか。もちろん、新しいものを手に入れることがむづかしくなることもあるけれど、変化も少ないのだからその分、工夫で乗り越えられるのではないか、その余地があるのではないか、(というか、そうすることが現実的なのかもしれない)という気がするので、頑張ろうと思います(ま、生きている限り。今のところは、そうするよりない……)。

さて、どのくらいできるのか。だいたい、我ながら呆れるほど、整理整頓や掃除が大の苦手なのだよ……。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.09.17 夕日通信



#2-057 新しいNice Spaceのために 16

まずは自宅から 10

原点に帰って考える、我が家の惨状からの脱出 01


『海ちか』プロジェクトからの撤退作業は、周りの人々の助けのおかげでなんとか終えることができたものの、当たり前のことですが、その分我が家にはモノが溢れることに(ただでさえ多いのに!)。いっぺんには無理なので、毎日少しずつ、片付けていかなければいけません(頼りといえば、例の『大盛り焼きそば理論』だ)。

それで、初心に帰るべくちょっと恥ずかしいけれど、職を得てここに越してきた時のこと(実は、それ以来、一度も引っ越していないのです。怠け者のせい⁉︎)を振り返ってみることから始めようと思った。

引っ越してきた時には、初めて自分の好きなように手を入れられると思って、嬉しくてつい調子に乗ってしまったところがある。前橋から車を飛ばしてきてくれた友人とその仲間が、1日でやってくれた*。何と言っても、家賃1万5千円の木賃アパートから、7万4千円のRC造のテラスハウスに移ってきたのだ(不動産屋さんからもらった図面には、鹿島建設とあったけれど、もしかしたら鹿鳥建設だったのか?)。インテリアにかけられるお金はなかったけれど、モノも少なかった。


最初期

まずは、窓際の部分(一部)から。当初は、宮脇理論に従って、朝食は朝日の当たるところでと思っていたので、窓際のゾーンに作ってもらったテーブルを置いた(いわゆるDKですね。その頃は、天板をできるだけ薄く見せようとしていた)。モノも家具も今とは違って、圧倒的に少ない。それにしてもずいぶんさっぱりしている(30数年の澱は、やっぱり手強いね。案外、文章もそうなっているのかも。警戒しなくてはいけません)。


現在**

いまは、モノが増えたこともあって(もはや住まいに占めるものの量の多さでは、あの名作『中心のある家』にも負けてないかも⁉︎)。テーブルは移動したかわりに、簡単な食事や書き物ができるような、もともとは外に持ち出すつもりだった小さな机を置いています(外を見ながら、というのは何かと楽しいし、嬉しい)。正面の棚の上の照明は、カスティリオーニよりもEGGSを。しかも、長い間ソファ不要派だったのに、置くことになってしまった(イタリア製のLC3のレプリカ)。相変わらず、「あるものを流用しながら」になってしまっているけれど(これは、たぶん、経済と性格の問題ですね。なかなか解消しません)。

とにもかくにも急いで、一部屋(というか、一画)だけ、せめて目に入るところだけでも、片付いて見えるようにしなければなりません。そう思って、せっせと片付けなければならない。まずは、リビングというかAV用のゾーンから始めることにした。その時の音楽は、やっぱり元気な曲の方が合っているようです。で、毎度おなじみのペット・ショップボーイズのCD(ふだんは、まず聴くことがありません)をかけながら。

でも、ずっとやっていると、飽きるし、疲れます。で、映画を観たくなる時がある。

そして、元気を出したい時の映画は、断然ハッピーエンドのもの。底抜けにあかるくて楽しめるものに限る。ただ、そうした映画というのは、ありそうでなかなか見当たらない気がする。こないだは、そうした貴重な定番の一つの『踊れトスカーナ』、トスカーナのひまわり畑のような映画を観て気を晴らしました。

まあ、CDDVDも手元にたくさんあるけれど、手に取るのはだいたい決まっているのだね。だから、所有するというのは、常に参照する必要があったり、系統立てて聴いたり観たりする必要がない限り、ただの所有欲を満たすだけなのかもしれません。少なくとも、僕の場合、無くては困るというものはほとんどないようです。

少しずつ、頑張ります。何もしないままになることを避けるための宣言、であります(目指すぞ、有言実行)。


* 後からわかったのですが、元々の施工が悪かったらしくて、どこも床が傾いているのですが、この時は急いでいたせいで、十分な下地を作らないでやってしまった。今となってはもはや遅いのですが、もう少し時間をかけてやればよかった。
**上の写真と画角が異なるのは、モノが多すぎて同じようには撮れないせい(やれやれ)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.09.10 夕日通信



#2-056 新しいNice Spaceのために 15

まずは自宅から 09

番外編 翌朝は驟雨


朝は雨

 完全撤退を終えた翌日9月1日の朝は、曇りからにわかに空が暗くなり、雨が降りだした。あたりはみるみるうちに濃い灰色となって、時折、雷鳴の轟く音も聞こえる。いかにも驟雨という呼び方がふさわしいようだ。しかし、かなたには、白く光る雲も見える。やがて、雨はやみ、雲間から青空がのぞいた。それから、陽も射すようになっていった。

 31日はガスの停止に立ち会うために約束の3時より少し前に到着した。当然のことながら、椅子も飲み物も何もないから、退屈を紛らわせるために階段に腰掛けて、思いついたことを手帳に書き付けるくらいしかすることがない。それにも飽きた頃、待つこと45分、3時30分頃にガス屋さんが到着。

「こんにちは」
「どうもありがとうございます」
「裏に回っていいですか」
「どうぞ」
 彼はすぐさま裏に回って、メーターのところで作業を始めた。たいてい、彼らの動きは素早く、無駄がない。
「終わりました」
「もうおしまい?」
「ええ」
 あっという間に完了したのだった。その間、およそ5分。

 それでも立会いが必要なわけは、敷地に勝手に入ることが出来ない(特に、門扉がある場合はそうでしょうね)、もう一つは稀に、外での作業だけでは完了しない場合があるらしい。

 ガス屋さんが帰ってしまうと、また退屈になる。それで、何か忘れているものがないかと思って、もう一度冷蔵庫やシンク周りを点検した。すると、冷蔵庫には練りからしとおろしニンニクのチューブが、そしてシンクにはスポンジが1個残っていた(やれやれ)。

「こんにちは」
 K先生がやってきた。なんでも、朝から4時まで会議だったという。
「こんにちは」
「大家さんは、まだですね?」
「はい」
 K先生は、状態を確認するでもなく、所在無さげに歩き回る。
「一応、念のために確認しておきました。冷蔵庫とシンクに忘れ物がありました」
「はあ」
「もう一度、見えるところだけでも綺麗にしましょうか?」
「そうしますか」
 で、2人で確認しながら、床のゴミを拾ったり、もう一度掃除機をかけたりした。その気になれば、案外見落としていたところがあるものだ。

 しばらくそんなことをやっていると、外から声が聞こえた。約束の4時30分ぴったり、大家さんが到着したようだ。玄関ホールで出迎えると、大家さん夫妻ともう一人。
「お世話になりました……」
 と挨拶をしたが、返事がない。奥さんが、すぐにもう一人の人に
「まず3階から」
 と声をかけて上っていく。皆で状況を確認するのかと思い、K先生共々ついていった。


白く塗った壁

 まず3階の部屋(痛んだ壁紙を剥がしてペンキを塗って、僕が借りていた)を見ながら、不動産屋さんだかリフォーム屋さんらしき人には「ここはリフォームされてますけど」とかなんとか色々と説明するのだが、我々には相変わらず目もくれない。2階に下りても、変わらない。まるで、我々はそこに居ないかのようだ。1階に降りて全てを見終わったあとで、ようやく
「それでは、鍵を…」
 と声がかかった。しかし、そのあとはやっぱり何もなし。これだけ。我々は戸惑いながら、鍵を渡した。これでおしまい。この間、旦那さんの方は一言も発しなかった。その後奥さんは、また業者との話に戻っていった(メールでは、「(5年契約のはずが僅か1年ほどで解約となったことに対して)ご迷惑をおかけすることになりすみませんでした」あったのは、なんだったのだろう?)。

 しかたなく、2人共に顔を見合わせて、退散することにしたのだった。外に出ると、
「ひどかったですね。何か一言あるかと思っていたのですが、……」
 とたまらず、K先生が言う。
「確かに、ちょっとあんまりでしたね」
 と僕。残念ながら、最後の最後になって、ダメを押すかのように、極めて気分の悪い思いをさせられたのだった。おまけに、大きなレクサスも、駐車スペースは余裕があったにも関わらず、我々の車の出やすさのことは全く考えていないような停め方だった。
「もう少し下げとけよ」
 思わず、僕は小さく毒づいた(坊主憎けりゃ……、という感じでしょうか。人間ができていないね。反省)。

 だから、その翌朝の雨は、恵みの雨のようで、ありがたい気がしたのだ。部屋を借りてから昨日までの必ずしも愉快なことばかりじゃなかったこと(とくに大家さんの対応)が、これで綺麗に洗い流されるだろうという思いだったのだ。これからはさっぱりした気持ちで、新しい生活に取り組めそうだ。さあ、やろう(ただし、少しずつ)、という気持ちになった。

 その後、空模様は結局、快晴というまでには至らなかった。それでも青空が広がった。まあ、このくらいが、ちょうどいいのかもしれない。その夜僕は、『八月の鯨』を取り出した(90歳のリリアン・ギッシュがバラの花を摘み、埃を払う場面を観るために)。



* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.09.03 夕日通信



#2-055 新しいNice Spaceのために 14

まずは自宅から 08

撤退作業はほぼ完了か⁉︎


ニュースを聞いていたら、オオタニサンが所属するエンゼルスの売却の話があるらしい。現在のオーナーが2003年に取得した時の買収金額はおよそ1.9億ドル、そして現在の価値は22.9億ドルに上るという。まあ、経済優先、今が売り時ということでしょうか。それにしても、アメリカの球団の市場価値も選手の年俸も桁違いで、ちょっと不思議(というか、とくに個人の所得としてはいくらなんでも、行きすぎではあるまいか、という気がしますが)。

今週の水曜日には、予告通り約束していた強力な男性2人組が片付けボランティアとして参戦してくれた(もはや戦いなのだ)。一人は引越しに慣れた名人で、率先して自ら動くだけでなく、次々に指令を出してぼんやりしている僕がやるべきこと教えてくれる(くたびれていて、いつも以上に判断力が働かず、何をすれば良いのかわからなくなって、ぼんやりと立ちつくしてしまうのです)。もう一人は若いせいか、とにかく動きが軽快だし、自発的に進めてゆく(若いというのはいいなあ。重いものも苦にしない)。


1階に下されたもの(一部)*

おかげでその日のうちに、たいていのものが1階に降ろされ、持ち帰るものと不要物との仕分けもほぼ済んだ。あとは、粗大ゴミをはじめとする不用品の処分と、運び込むものを収容するスペースを家の中に作り出すことができるかどうかだ。まずは一旦収容し、快適に暮らせるようにしつらえるのはその次だ。徐々に取り組めばいい(焦りは禁物。闇雲に急いでも、いいことはない。悠々として急ぐのだ)。

できるだけものを減らし、所有するものはきちんと使い切るという姿勢で臨みたい、というのがただいまの気持ちなのであります。ものを捨てるというのは、常に何が大事で何がそうでないかということを意識するということで、相対的な自分の価値観の位置を自覚しながら暮らすということになるだろう、と思います。


ほぼ運び出された後

そして金曜には、本棚のような大物の粗大ゴミを、助けを借りながら集積場へ持ち込んで、処分した。残りの粗大ゴミは、適宜回収してもらって捨てていくようにすればいい(これは自分一人でもできそうだ)。実際のところ捨てるのにもけっこう物入りだし、規則もあんがい厳しいのです。ゴミ以外のものも、無事に家の中になんとか収めることができた。これで、引き取られていくものと少しの積み残し分があるだけで、撤退作業はほぼ終えることができた(と思う)。やっと一安心。たぶん、今晩からはゆっくりと眠れるのではあるまいか(そうあってほしい)。

ただ、家の中は大混雑。足の踏み場もないほどものが溢れています。ここには、収集日を待つゴミも含まれているのですが、それにしても、まだまだ減らす必要がありそうです。本でいうなら、ほぼ本棚8本分の量をほぼ1本分にして、それでもいくらか余裕がある(もう少しとっておけばよかった)。

ともあれ、やることはまだまだあります。家での作業は、基本的に一人でやることになるから、今まで以上に忙しい日々が続く。たぶん、ボケる暇もないはず。しかも今度は、その分の見返りがある。お楽しみはこれからだ、という気持ちで頑張りたいと思います。

木曜日には頭の再検査に出かけてきましたが、幸い前回に比べてとくに変わったところはないということだった。ついでに、まったく暗算ができないこととの関係を訊いてみたのですが、やっぱり関係ないらしいです(ま、大きな問題がなくてよかった。ちょっと、安心)。


* またまたカメラを忘れたので、写真は金曜日に撮ったもの。



まだまだ募集中ですが、残りの仕事は最終仕上げ。いよいよ残るところあと数日です。有終の美を飾るべく、やさしい心と時間のある方はぜひ、こちらまで、確認がてら気楽にどうぞ。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.08.27 夕日通信



#2-054 新しいNice Spaceのために 13

まずは自宅から 07

幸福度と住まい


まだまだ暑いですが、昨日は湿度が低くてよかった。赤帽さん2台の助けを借りて、本棚の搬出・搬入作業を終えることができました(大いに助かるけれど、その分出費は大きい。とほほ)。それにしても疲れた……。

その数日前のこと。

「幸福度の高い国は、必ずしも経済力や物質的に豊かな国じゃないですよね」
「たしかに。一時はブータンが1番だったよね」
「ええ」
「何が幸せだと思う?」
 僕たちはその時、どういう弾みだったのか、幸福について話していたのだった。
「同じような価値観を持っている人たちの中で暮らせればいいなあ、と思っています」
「うん。物質的に豊か、あるいは経済力ということじゃなくて?」
「はい」
「へえ」


幸福度を高める要因*

「こないだ、幸福について何十年も研究しているというハーバード大学(注:もしかしたら、スタンフォードだったかも)の論文を読んだんです」
「へえ」
「まだ、日本語の抄訳しか読んでいないんですけど」
「うん」
「価値を共有する人々とともにあることが幸福度が高い、というようなことが書いてありましたが、私も同感なんです」
「なるほどね。ひとりじゃないって思えるような、互いに理解し合える仲間がいるといいよね」

 そして僕は、後輩が退職した後に言っていた言葉を思い出して、伝えた(彼はそれまで、5分で決断しなくてはいけないことが続くような、厳しい役職の生活をしていた)。
「毎日ちゃんと掃除をする、植物を育てる、散歩もするというように、日常のなんでもないことを手を抜かずにきちんと続けることが喜びになるし、ていねいに暮らすということじゃないですかね」と、彼は言ったのだった。
「ルーティーンを大事にするということでしょうかね」
「特別に何かをする、人にできないことをやる、というようなことじゃなくてね」
「ええ。私も、ささやかな幸福が得られれば、それでいいように思います」
 僕は、若いのに……と思って、大いに感心した。

 それから、ふと能力や才能のことが思い浮かんで、付け加えた。
「ふーん。そういえば、辻調理師専門学校の創始者の辻静雄が、『能力というものは、自分が持っているものと考える筋合いのものではない』と言っているらしいよ。『能力は、その人の仕事ぶりを見ている人が測ってくれるものなのに、人はそこを勘違いして、努力が報われないとつい他人や社会のせいにすると』**も」。似たようなことは、かつて日本一の鮨職人と謳われた名人小野二郎も言っている。
「はい」
 素直に、賛同した様子だった。

 ただそういった言葉を紹介しながら、僕自身はそのこと自体には感心もし、素晴らしいとは思うけれど、なかなかそういう気持ちになれない心境で過ごしてきた。
「でもね、あの『短編画廊』の編者のローレンス・ブロックは、多くの人は『あなたの自己規律が羨ましい』とは言うけれど、誰ひとりとして『あなたの才能が羨ましい』とは言わない***、と言っているんだよ」
「はい」
 またも、素直にうなづいた。
「僕は、この歳になって恥ずかしいけれど、才能がある人や経済力がある人が羨ましいと思うんだよね」
「はあ」
「もし経済力があれば、この本を処分しなくてもいいし、人が集まれるサロンだって運営できるかもしれない」
「ええ」

 その時僕は、これからの可能性に満ちた人生をいよいよ始めようとする、若さに対する嫉妬心があったのかもしれない。

 僕は、聞きかじりのことをただ伝えるだけで、独創性に欠けるし、理解するのも遅い。見かけもさえない。愛嬌もない等々、人に好かれるような利点に乏しいので、これを少しでも補おうとして、たぶんこうしてせっせとブログなんかも書いている気がするのだ。そう思いながら、こうした思いを振り払おうと、最後に言った。
「それからね、ある評論家がね、『シャワーだけで済ませる人は、幸福度が低い』と言うのを聞いたことがある。余計なお世話だよ。そんなことは、知ったことじゃない」
「あら」

他者と交流し、理解しあって幸せな気分を得るためにも、まずはささやかでも、自分自身が不平不満を言わずに暮らせるような住空間に育てるというのが急務だ。そうすると、暮らし方もていねいになるはずだし、気持ちの余裕も生まれるだろう。負の雰囲気を出さずに済むだろうし、明るい気分で付き合うこともできるだろう(そうすると、うまくいきやすくなるのではあるまいか)。本を読むことでも自分が「ひとりじゃない」ことを感じることができるけれど、実際に会って話すことでそれが得られたなら、悦びや愉しさはさらに増す。

撤退作業が完了したら、少しずつ、しかし着実に住まいを育てることに真剣に取り組むことにしよう(それが、手伝ってくれた人たちの好意に報いることにもなるに違いない)。

さてどうなるものか。少しずつここで報告することにしようと思います。その顛末を期待して待たれよ(と、いちおう宣言しておきます)。


* 写真はPRESIDENT Online のサイトから借りたものを加工しました。
** 朝日新聞「折々のことば」2022.8.11
*** ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門、2003年1月、株式会社原書房



まだまだ募集中ですが、まだ不安。これから出かけてきます。残るところあと1週間余りです。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.08.20 夕日通信



#2-053 新しいNice Spaceのために 12

まずは自宅から 06

備忘録として



立秋を過ぎたとはいえ、相変わらず日中は暑いですね。33度、4度がごく当たり前という感じになってしまった。それでも、朝夕は時折、秋の気配も。

今回は、話の種を忘れないために少し(ちょっと忙しいのです)。いずれも、このところの撤退準備をしていて、気づいた、というか改めて思ったことです。

計画しているときは、こうあるのがいい、こうありたいということが先立つ。
実際にやってみると、こうならざるを得ない、こうするのが実際的だということに気づきやすい。

たくさんのものを保管するために、つい収納スペースを探したり、新たに作り出そうとする。
これが、やがて適切な容量以上のものを溜め込んでしまうことになりかねない。

片付けをやっていると、一時的には逆に散らかりやすくなるが、どうせまた同じことになるのだからとそのままにしがちだ(僕の場合)。
そうすると、散らかっていることに対する許容の閾値が上がるし、後で整理しようとした時の苦痛のたねになりやすい。

現実にはたいてい、いろいろな場面でそれぞれに制約があるけれど、一方で新しい発見の契機にもなる。
制約があることを自由を妨げる足枷としてでなく、新しい発見のためのヒントと考えるのが良さそうです。


阿部勤自邸の回廊の一部*

先日も手伝いに来てくれた卒業生は、阿部勤邸『中心のある家』を実際に見学してきた(いいなあ)。ものがたくさんあって、整然としているわけではないけれど、不快ではない。物の置き方には、ゾーニングや高さに緩やかなルールが存在しているようだったという。それが、開放感と居心地の良さにつながっているのに違いない。

たくさんの好きなものに囲まれて暮らす。いいですねえ。羨ましい。でも、心から楽しむためには、間に合わせではなくほんとうに好きなものを選択しなければいけないようです(その時は間に合わせのつもりでも、長く使うことになりやすいのだ)。


自宅の片付けも遅まきながらようやく少しずつ進んで、搬入への備えができつつあるけれど、それにしても驚くほどの廃棄物が出る(まだ、途中なのだ)。流行りの言葉で言うなら、住まいの「デトックス」と考えて、思い切ってさらに捨てることにしよう。その中にいて気持ちがいいと感じられるような生活空間をめざして、頑張ります(ああ、やってよかった、と思えるように)。


いよいよ残すところ2週間あまり。寺前の「来てね!片付けボランティア」週間は、継続中。連絡を待っています。


* マガジンハウスのウェッブサイ”100%LiFE”所収の「中心のある家 正しく古いものは永遠に新しい 41年の歳月が育んだ心地良さ」。



まだまだ募集中ですが、苦戦中。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.08.13 夕日通信



#2-052 新しいNice Spaceのために 11

まずは自宅から 05

家を育てる


朝から暑い日が続きます。夏真っ盛り、文字通り盛夏です。ゴミを出しただけでも汗がにじみます。クマゼミもワシワシと盛大に鳴いていた。ミンミンゼミも聞こえた。家の中に、大きなトンボが飛び込んできた時もあった。

この建物に点数をつけるとしたら?
と訊かれて、
「建てたばかりの41年前は30点だったけど、時間がいい家に育ててくれました。今は97点かな?……ほぼ満点の家です」*
と答えたのは、前回にも触れた「中心のある家」の住み手であり設計者でもある阿部勤。

家は「育てる」ものなのだ、ということを改めて思い出させられました。少し前までは、日本人の少なからぬ数の人たちは住宅は出来上がった時が一番で、あとは劣化するばかりだと(まるでパンか何かみたいに)考えていたようです。例えば、間取りを変えることのできる形式の住宅では、入居前にはいろいろと注文がつくけれど、その後5年だったか10年だったか経った時に再び調査したら、多くの家が変っていなかったという報告を読んだことがある。住宅を設計した時でも似たようなことを経験したし、たぶん、住宅を手にするまでとそのあとの熱意の落差はよく見られたことではあるまいか。インテリアに関する情報も乏しかったし、所有すること以上の関心を持つ人も少なかったのだ。いまは古い住宅を手に入れて、好きなように手を入れて住むことも、リノベーション(「リノベ」?)という言葉もごく普通になってきたし、インテリア体験も増えてきたから、変わったかもしれない)。


手入れされないままの前庭** 

はじめはたった30点の住宅でも(といっても、阿部勤設計ですが)、育て方が良ければほぼ満点をつけるくらい気に入ったものになりうる。ということは、逆の場合もあるということだ。せっかく手に入れた望みを詰め込んだ家が、手をかける余裕を失なったまま過ごすうちに、快適とは言い難い不満だらけの住みにくい家になってしまうことだってあるのだ。

住宅に不平や不満を持つことはいいことだ。これが改善へと繋がる場合が、多いからだ。しかし、このことにどう対応するかが問われる。そしてそれは、もしかしたら「育て方」のせいかもしれないのだ、ということを忘れないほうがいい。

住宅に対する考え方は、いうまでもなく様々だ。それこそただ「寝ることさえできればいい」という人もいれば、「心おきなく音楽を聴きたい、映画を楽しみたい」と願う人もいる。もちろん、「家族の団欒こそが第一」と考える人も。また、「きちんと片付いていないと落ち着かない」と感じる人がいるかと思えば、僕のように「少し散らかっているくらいでちょうどいい」と思う人がいる。100人いれば100通りの考え方があるし、好みもあるのだ。しかも、それらは時間とともに変化する。

だから、万人にとっての「いい家」というのは存在しない。Aさんにとって快適な家が、あなたにとってもそうだとは限らない。そして、入居時に良かったものが今でもいいとは限らないのだ。Aさんがおいしいと言う料理が、あなたにとってもおいしいものとは限らないし、昔好きだったものが今でも好きというわけじゃないことと同じように。家だけに限ったことじゃないのだ。

ほんとうに家が大事だと思うなら、自分の生活のありようや変化に合うように少しずつ手を加えたり、家具等を買い足したりしながら、整えようとするだろう。すなわち、例えば硬い革靴を履き慣らしながら自分の足にぴったり合うように育てるのと同様に、家も自分の生活にあった家に近づくように、少しずつ育ててゆくものなのだ。

だから、このことを忘れて、いつの間にか手をかけることを怠ってしまうと、僕の家のように残念なことになる(ああ、恥ずかしい!)。入居してからしばらくの間は、手を入れることが嬉しくもあったし、いろいろな意味で余裕があった。それが、諸事情で次第にものの多さに負けるようになってしまったのだ(面目ない限り…)。このことは、基本的には、持家か借家には基本的には関わらない。

阿部は時間が育ててくれたと言うけれど、ほんとうは住まい手が時間とともに育てたというのが正確なのだ。

今のわが家に点数をつけるとしたら、10点にも満たないかもしれません。とても合格点には足りないのは、明々白々。まずは、「可」の段階を目指して頑張らないといけません。そして少しずつ引き上げるべく、育てていくことにしよう(ただこの時、工夫することや素人のDIYで対応することはよいのだけれど、やりすぎると貧相に陥る時があるので、注意が必要です)。

本日は、なじみの赤帽さんに来てもらって、レコード棚を運びます。うちの方の受け入れ態勢が整わず、分けて運ばざるを得ないのです(とほほ)。おまけに、新たな問題が出来したのだ(やれやれ)。

寺前の「来てね!ボランティア」週間は、継続中。連絡を待っています。


* マガジンハウスのウェッブサイ”100%LiFE”所収の「中心のある家 正しく古いものは永遠に新しい 41年の歳月が育んだ心地良さ」。
** もともと日常的に使うことが想定されていない、アパートの前庭。


まだまだ募集中ですが、苦戦中。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.08.06 夕日通信



#2-051 新しいNice Spaceのために 10

まずは自宅から 04

年を取ることから離れる


もうすぐ8月、ということは残すところ一月ちょうどになってしまったということ(ちょっと焦る)。撤退準備は相変わらず苦戦中だけれど、それでも寺前の方は卒業生たちの働きの甲斐あって、なんとか進みつつある。問題は自宅の方。なかなかうまく進められないのだ。そんな中で、パソコンをはじめとしていくつかについては、ようやく処分を完了することができた。こうやって、一つずつ片付けていくよりほかはない。

「年を取るとただあるだけで、それに就て何かと理窟が付けたくても付けられないものが段々好ましくなつて来る*」、と言うのは英文学者吉田健一。さらに鷲田清一による解説は、以下のように続いた。例えば酒。自棄、憂さ晴らし、景気づけといった「吝な精神で飲めば酒の方で気を悪くして暴れる」。飛行機だって時速が、積載量がどうのといった勘定を離れ、「飛ばずにはいられないから飛ぶ動物」としてみれば鮮やかである……


阿部勤自邸『中心のある家』** 

こうした吉田の思いは、以前ここでも取り上げた、年をとったら「できるだけ面倒くさいことをやる方が楽しい」という、阿部勤の感覚とも通じる気分があるようだ。そのせいもあってか、阿部邸には彼が長年にわたり収集してきた様々なものであふれているし、料理をする時だっていろいろな道具を揃えて、いちいち手間をかけてつくる(幸いなことに、そして羨ましいことに、名作『中心のある家**』にはそれらを収容する余裕があるのだ)。

僕のモノを溜め込む癖も、吉田や阿部のような見方に倣えば許されそうな気もするけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。背に腹は変えられないのだ。

まずは、捨てるものはさっさと捨てて、空いた空間を生み出して、そこに好きな本やCDDVDの類をできるだけ収容し、わかりやすく配置するというのが第一。僕はこれらのものが好きなので、目に見えるようにしておきたい(そこにあるのをぼんやり眺めているだけでもなんとなく安心するし、嬉しくもあるのです。そのために、もう大部分を手放すことにした)。何も、ショールームのような無機的なインテリア空間を目指したいわけではないのだ(そして、たぶん物理的な空間に限らない隙間、余裕があるということが大事なのだろうと思う)。

これを実現し次の段階へ進むためには、いったん「年を取ること、年を取ってからの感覚」から離れなくてはいけないようです。そして、体を動かさないことには始まらない(というより、終わらないという方がぴったりだ)。


* 鷲田清一『折々のことば』朝日新聞2022年7月24日朝刊。吉田健一『わが人生処方』から)。
** 写真は、マガジンハウスのウェッブサイト”100%LiFE”から借りたものを加工しました。



まだまだ募集中ですが、苦戦中。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.07.30 夕日通信



#2-050 新しいNice Spaceのために 09

「海ちか」プロジェクトからの撤退 04

モノを捨てる/今を生きる


前回書いたことの続きから。ニュースの中で、誰もが知っている大学の先生の言ったこと(正確じゃありませんよ)。「今後の真剣な***(議論だったか論議だったか、ともかくもそんな注釈がついたカタカナ語だったが、浅学にして知らない言葉だった)が待たれる」。前回は、こうしたことを揶揄したのでしたが、その後で気がつきました。彼らは悪気があったわけじゃないのかも。たぶん国際的に活躍しているせいで、ふだんからその言葉を使っているのに違いない、と(きっと、日本人ではなく、国際人だったのね。失礼しました)。


廃棄された家電(一部)

先日、かなりの量の電化製品が引き取られていった。定額での電化製品出し放題のサービスを利用したのでしたが、そのほとんどが、このために寺前から自宅に運んでもらったもの。改めて眺めてみると、よくもまあ、こんなにもあったものだという気がした(まあ、30数年間にも渡る蓄積だからねえ……)。中にはまだ使えそうなもの、あれば便利そうなものもあって逡巡したのですが、思い切って捨てることにしました(もう、後戻りはできない!)。

その気になれば、近い将来これらのいくつかは使うことができただろうし、得られることもあったに違いないが、その機会はどうなのか、それを実現するために時間を割くだろうかと考えると、その可能性は小さいようです。残された時間は潤沢にあるわけではないのだ。音楽とは違って、ビデオや録画したDVDの古いものに使う時間はもはやない、「新しいもので手一杯」なのだ(たぶん好きな雑誌も同様だ)。

モノを「捨てる」ことは、そのまま過去を捨てることでもあるだろう。過去を捨てること、過去にしがみつかないで生きることは、今を中心に生きるということになっていくに違いない。

と考えるならば、本や書籍の類も、もはやその多くが不要となる。先日から読み返していたわがアイドルにして、知性をもって世界を渡り歩いた加藤周一は、「おそらく、二十キログラムを越える私財は、生活にも仕事にも必要ないのである」と書いていた。以前に触れたように、吉田秀和もCDや本を溜め込むのは好きじゃないと語っていた(彼らは、それらについてはいったい、どうしていたのだろう?)

すっぱりと割り切って、捨て去って、新しい気持ちで生活を始めるのだ(気持ちだけは、もはや定まっているのです。だから退路も断った)。少し前から書いているように、「新しい生活」の楽しみを励みに、もうひと踏ん張り(と思っているのですが、でも自宅の方は一向に進まない、どうしたことか。たぶん、圧迫された脳みその容量のせいで、片づけなければならない量の多さに、麺から行くべきか野菜から攻めるのか戸惑っているのだ。まずは箸をつけなければ始まらないのに)。寺前の方にも、まだまだ応援が欲しい!(できれば、もう何回か)。


空になったCD&DVD用の棚

先の日曜日にも卒業生が二人、寺前の撤退作業の手伝いに来てくれました。おかげで、おおいに捗った(ありがとう!たぶん、僕はひとりじゃ何もできないようです。ああ、情けない)。しかも、一人は見かけによらず力持ちだったので、重いものも下すことができたし、さらに彼は木曜にも来てくれた(おかげで、少しだけ先が見えてきた気がします。重ねて感謝 !!)。それでも、まだまだやることはたくさんあります。引き続き、片付けボランティア募集中。



まだまだ募集中。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。


* 急ごしらえの試作のまま。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.07.23 夕日通信



#2-049 新しいNice Spaceのために 08

まずは自宅から 03

イメージを描く

いよいよ退去の期日まで、残すところひと月半ほどになった。さすがに、ちょっと焦ります。もう7月(ということは、1年の半分が過ぎた「今年ももう下半期*」)、早いねえ。本当にあっという間。

これまでは、元のゼミ生が働きかけてくれたおかげで、集まってくれた同期生たち、さらに「急募!片付けボランティア」を見て駆けつけてくれた卒業生(いまのところはまだ1名だけど)たちの働きの甲斐あって、本や雑誌の整理の方はだいぶ進んできた。ただ、このほかにも文具類や台所用品(自分で使うことは1度もなかった)をはじめとする様々な小物があるし、家具等の処分もどうすればいいのか。

そんな中で、選別された本を目の当たりにすると、ちょっと怯んでしまう。これ面白そう、ちょっと後で読んでみようかなどと思って取っておこうと避けておくと、あっという間に山となって、すぐに家の容量を超えてしまう。もともといくらかの関心があって手に入れたものだから、そうなるのも当たり前なのだ(たぶん、今すぐ必要か否かで分けないといけないのでしょうね。明日のことはわからないし、人生は短い。「ランプの火の消えぬ間に生を楽しめよ**」)。

おまけに、自宅の片付けは、ほとんど手つかずのままなのだ。ここは思い切って、捨てることに取り組まなければならない。ただ、やっぱりこちらもその量のことを思うと、つい気持ちが萎えてしまうのだ(なぜ、こんなにもできないのか)。しかし、今こそ我が「大盛り焼きそば理論」の出番だ(ちょうど今、アパートの上階の改装も、職人が一人で毎日こつこつやっている。偉いものだと感心するばかりだ)。


A&Vのためのイメージ

そのための計画を立てて(これは早い)、実践しなければならない(これができない!)。実践こそが、最良の方法なのだ(わかってはいるのだ)。一方で、それだけではなかなかやる気が出ない、というか体が動かないので、まずは出来上がりのイメージをスケッチすることにした。計画を立てるだけでは、つい「この歳になって、こんなことに時間を使わなくてはいけないなんて……」、「こんなことなら最初から……」などという詮無い気持ちになってしまうのです。

イメージを描いて、見て、確認して、これを目指して、力を振り絞って、近づいて行くのだ(と言うほど、大それた計画では全くないのですが)。僕は視覚的人間なので、イメージの果たす力は大きい、と信じたい。何と言っても、これを乗り切りさえすれば、喜びは大きいはず。そして、早く終わればその分早く、新しい喜びを味合うことができる。生まれ変わった部屋で、心機一転、心豊かな暮らしを営むことを想像しながら、がんばろう(ふう)。


* 片付けボランティア1号
** アルトゥール・シュニッツラー



まだまだ募集中。優しい心と時間のある方はぜひ、こちらまで。



* 急ごしらえの試作のままです。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.07.16 夕日通信



#2-048 新しいNice Spaceのために 07

まずは自宅から 02

番外編 続・前向きになる練習

相変わらず暑いですが、それでも梅雨明けからしばらく後までのような猛烈な暑さではなくなりましたね。それどころか、朝夕は涼しいとさえ感じることもあるし、晴れた夏空の日も少ない。まあ、得てしてこうしたもの。今日は、これから卒業生たちが手伝ってくれる寺前の撤退の準備に出かけます。

このところは、先日の不慮の事故で電源が入らなくなったiMac27inch, Mid 2011, Mac OS 10..8)のTime Machineを利用して、なんとか写真だけでも復元しようと、古いMacBook Air11inch, Mac OS 10.7.8)で試みたけれど、うまくいかなかった。ならばと、もう一つ自宅にあったこれも古いiMac21.inch, Late 2012, Mac OS 10.8.5)をそのまま代わりにできないかと苦戦中でした。他にやるべきことがあるのに、気になってこちらを優先させてしまった(トシヨリの癖の典型の一つでもある)。

結論から言えば、こちらもうまくいかなかった。どうしたことか、頼みの綱のTime Machineに最も重要なファイル、iPhotoの写真が入ってなかったようなのだ(ショック!)。他のたいていのものは入っているようなのに……。ならばと、せめてソフトやいくつかのファイルを利用すべく、いろいろ試みたのだけれど、やっぱり不首尾に終わった。頼りにしたアップルサポートも、この時ばかりは役に立たなかった。移行がずっと終わらずバーがあと少しのところで止まったままのようだった(OSの違いのせい?)。こういう状況を何度か繰り返し、半ばやけくそで、ままよとばかりに思い切ってえいと停止ボタンを押したら、ほぼ移行はできているように見えたのでした。


iMac(21.5inch, Late 2012)

それでも何だか気持ちが悪いので、その後手探りでいろいろと試すうちに、iMac(21.5inch, Late 2012, Mac OS 10.8.5)に外付けのSSDををつないで、これを起動ディスクとして使うようにするところまでは来た。ここに至るまでは、当該のiMac に合ったOSを入れるのになかなか難儀した。後になってみたら、なんだこんなことだったかと思うのですが、心身共に年取ったせいなのか、いろいろなことがむづかしくなった(若者よ、若さを無駄遣いしないように)。

あとは必要なソフトをインストールディスクから入れることにして、必要なファイルは個別にコピーすればいいだろう。

ところで、なぜこんな古いマシンにこだわるのか。僕のかなしい貧乏性のせいか、はたまた古いものへの感傷のせいなのか。もちろんそうではないのです。もっと即物的な理由で、古いマシンでしか動かない使い慣れた、今ではちょっと手が出ない高価なソフトがあるせいなのです。進歩はありがたいことが多いけれど、パソコンの場合は不都合なことがままある。機械とOSが新しくなれば、古いソフトが動かなくなってしまう。不経済なことこの上ない。しかも僕などにとっては、性能的には古いもので十分すぎるほどなのだ。新しいものの登場は大いに結構なことだけれど、古いものについても最低限のサポートを続けてほしいと思う(メーカーにとっては旨味がないだろうけど)。

そして、例の写真の一部はDVDに焼いていたものから取り出すことにしよう(元のようなグルーピングは無理だけれど*)。手間だし、うまくいくかどうかもわからないし、復旧できるのは一部だけだが、いわゆるクリーンインストールした新しいiMac(OSは古いけれど)が手に入ったのだと思えばいい、と考えることにしました(前向きになる練習は、少しずつ効果を上げているのではあるまいか)。

ところで、プライムビデオで見る『新米刑事モース』も、シリーズ1だけで終了してしまった。で、次に見るものはと探していたら、アメリカ製の『コールド・ケース』にいきあたった。映画『トップガン』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』のシリーズをはじめとする多くのヒット作を製作したジェリー・ブラッカイマーが手がけた(なんと、『さらば愛しき人よ』も)。迷宮入りした事件発生当時の時代描写と殺人事件発生に始まり解決に至るまでのプロットは完全に定型化されているようで、今のところは面白く見ている(神は細部に宿る)が、飽きるかもしれない。ただ、現在と未解決事件当時を行き来し、当時流行ったポップ・ミュージックで、その時代を彷彿させるのは面白い(先回はキム・カーンズの『ベティ・デイビスの瞳』が流れた)。

主役のリリー・ラッシュ役のキャスリン・モリスは表情や仕草にちょっと最盛期のメグ・ライアンぽいところがあるし、『キャッスル ミステリー作家のNY事件簿』のべケット刑事を思いださせる場面もある。そして、主役陣はやっぱりそれぞれに問題を抱えているようなのだ(性格づけを複雑にしようとするのは、ちょっとした流行り?)。しばらく、続けて見ようかな。こちらは、シーズン1−7全156話(44分/話)がプライム特典で見ることができる(でも早く見ないと終了してしまうかも)。

(そんなものを見ている場合じゃないでしょ!)わかっているのです。あとは片付けに取り組むだけなのだ。いまのところなかなか進まないけれど、いったん手をつけることさえできれば、少しでも体も動くようになるのではあるまいか(希望的観測)。

何にせよ、面白い、楽しいと思えるような場面や喜びのある空間を早く作り出さないと、「現役」として生き延びるのは危うくなりそうなのだ。諸事情で、次の展開の展望はなかなか描けないけれど、まずは自宅からだ。


* 後になってから、内臓のSSDを取り出して、専用のケースに入れてマウントできるかどうか試してみたらどうかということに気づいた(ずいぶん間の抜けたことだけれど、これは昔から変わらない。で、アップル・サポートに電話して、紹介してくれた業者に聞いたのですが、即断念。できたとしても135,000円以上かかるというのでした。これは、無理。一縷の望みは瞬時に幻となったのでした)。でも、アップルのリサイクル・プログラムというのがわかってよかった(捨てる神あれば、拾う神あり)。
そのせいということでもないけれど、昨日の七夕の空を見るのを忘れた。
そして翌日、元総理の銃撃事件のことを聞いた。


* 急ごしらえの試作のままです。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.07.09 夕日通信



#2-047 新しいNice Spaceのために 06

まずは自宅から 01

やっと気づいた、間に合わせからの脱出法

まだ6月といううちに梅雨明けし、連日30度超のもはや真夏の8月のような暑さで、ニュースでは「危険な暑さ」という恐ろしげな言葉が連発されるの中で、何もしないままずっと、試験前の中学生のような気分で過ごしているうちに、ようやく(改めて?)気づいたのだった。


卵のケースのシェード

これまで、僕は手元にあるものはできるだけ使おうとしてきた。たとえば、ベニヤの端材が出たら取っておき、ブロックなどと組み合わせて棚として使ってきたし、また卒業生が残していった照明カバーとそれとは別のミニソケットの段差を解消するために、ミニトマトの入っていたカップを流用するといった具合。それはそれで、それなりに役に立ってきたのだ。


レコードプレイヤーのラック

今回も、寺前を引き上げるに当たって、レコードプレイヤーを置く棚としてIKEAの棚を自宅に運び込むことにした。こうすると、レコードもすべて収容できそうだし、背も低いのでスッキリと見えるだろう(ただ、録画したDVDの収納は未だ最適解が見つからない)。となると、今まで使っていたエレクターシェルフが余ることになる。これはたぶんスチルラックの草分け的な存在だし、今のものとは違って、細い材を組み合わせたデザインはシンプルで好ましく、色々な使い方をしながら長い間使ってきた(それなりに高価でもあったのです)。そこで、これをどこに使おうかとずっと考えていたのだ(貧乏性!おまけになかなか適当な場所が見つからなかった)。

でも、これがいけないのだ。諸悪の根源。僕の「貧乏性」(でもいつ頃からなのだろう)が生活や空間を、思惑とは逆に、字句の意味そのままに貧しくしてきた。代わり映えもせず、何よりモノが減らないので抜本的な解決にならないのだ。

それで、今すぐに使う必要がないものは、無理に使おうとしたり溜め込んだりせずに、一旦手放して、本当に必要になった時に改めて揃えればいいのだ、と思い直した(ちょっと、寂しい気もするし、もったいない気もするけれど……。おっといけない)。すなわち、文字通りリセットするのだ。それでも、いっぺんにというわけにはいかないので、当面間に合わせで使わざるを得ないものは、おいおい入れ替えてゆくことにする。

ミニマリストのように何が何でも少ないモノの中で暮らすということでもないし、”Less is more”を実践しようというわけでもない(モノ好きな僕には、無理)。ただ、不要なモノ、好きじゃないモノのために家賃は払わないことにするのだ。

この方が、自分の望むインテリアに近づき、気持ちよく過ごせるだろうし、日常生活を丁寧に営むということにつながるだろうと思うのだ。そして、初期費用は高くついても(新しく購入するときはもちろん、捨てるのにさえもお金がかかるのだ)、最終的には費用対効果も上がるだろう。本当に必要なもの、大事なものを見極めなければいけない。思えば、これまではそうしてこなかったのだ。間に合わせの暮らしから脱出するのだ。残りの短い時間を同じようにして過ごすわけにはいかない。真剣に取り組まなければならない。

行き詰まったり、考えあぐねたりした時には、一度元の形に戻ってやり直す、素の状態に戻して考え直すというのが良さそうです。

ほんのちょっと進むのにずいぶん時間がかかったけれど(人の何倍?)、今回がそのための第一歩。あとは実行するのみだ。一進一退から3歩進んで2歩下がるという案配で、なかなか急激には変わることができません。ただ、その時のやり方として、その時々で対応する日本式がいいのか、それともあらかじめ計画を立てるヨーロッパ型がいいものか。何れにせよ、こんなふうでは、時間が足りるかどうか心配。人の何分の一分しか生きられなさそうです。でも、こうして地道に続けていくしかありません。たぶん、魔法はないのだから。と言いつつも、量の多さにひるんで、殺人的な暑さの中でさえ、つい身体が凍り付いてしまうのです。

辻仁成は、息子の独立を機に、パリの住まいを引っ越そうとしてお気に入りのアパートを見つけたのに、アーティストだという理由で断られた。それが、大学の先生を肩書きにして再申し込みをしたら、OKだったという(帝京大学の特任教授らしい)。やっぱり現役じゃなくてはいけないのだねえ。でも僕は、まずは現役の「丁寧な暮らしを目指す生活者」となるべく、頑張ろうと思います。



* 急ごしらえの試作のままです。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.07.02 夕日通信



#2-046 新しいNice Spaceのために 05

スタジオが欲しい 01

小さな三角地をめぐる妄想が再燃

先日、以前ここでしばらく取り上げていた小さな三角地のそばを通ったら、おじさんが一人枝を刈っているのが目に入った。そこで、せっかくだからと、思い切って声をかけ、「これはどなたの所有地ですか」と聞くと、この辺りの地区の共有地だという。元はテレビ塔(?)が建っていたらしい。


三角地1

三角地2

これを聞いて、ここを借りて書庫(というか、文字通りスタジオと呼べるようなもの)を建てることができたらいいと、またぞろ妄想が湧いてきた。

賃料は前金で払って、家賃保証会社とも契約して、建物はゆくゆくは集会施設として使ってもらうという条件ではどうだろう。どのくらい出せば、借りられるのだろう?妄想は膨らみはじめ、とどまるところを知らない(実際には、隣家との関係がむづかしそうだけれど……)。

ただ、そのためには、大きな壁がある。経済条件を整えなくちゃいけません。無職のトシヨリには貸してくれないということがわかっているからね。稼がなくちゃいけないのです。さて、何ができるだろう。遺産や宝くじは、実現性がゼロかほとんどない。しかも、自分ではなんともならない。投資やギャンブルも縁がない。となると、やっぱり仕事をするしかないようです。となると、まずは仕事探しか。さて……。

そういえば、安藤忠雄は、「仕事は自分で作る」と言っていた。

以前にも書いたことがある「間取りアドバイザー」としての存在を周知し、プラン集を作って公開する、というのはどうだろう。

で、大急ぎで作ってみた。




急ごしらえのため、使えるようにするためには、作り直さなくてはいけません(ちょっと、手に余るかも)。

でも、こんなことをしている場合じゃないことはわかっているのに、いつまでも試験前の生徒みたいなのは、ほんとうに困りもの……。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.06.25 夕日通信



#2-045 新しいNice Spaceのために 04

ほんとうに大事なこと、大切なもの

レシピよりも、食材よりも、道具?

これって、まさに道具が一番ということなんだけれど、いったいどういうことなのだろう(というのもちょっと変な訊き方ですが)。料理する人はまず、料理そのもの、あるいはその過程、すなわち何をどう作るかがいちばんの関心事のはず。道具よりも、レシピ、そして食材が大事。でも、僕はちょっと違うのです。だからほんとうの料理好きじゃないんだよ、と言われそうですが……。

それで、何が好きかと言われれば、料理道具、と即答しそうなのです。道具と言っても、キッチンセットやビルトインのオーブンといった大物ではなくて、たとえば包丁やら取り分けスプーンやらの手にとって使うもののこと。これは一人暮らしを始めた学生の時から変わらない。一時は鉄製のフライパンだけで大小6つほどもあったのではなかったか。中でも大事にしていたのが、オムレツ専用の22cmのもの。当時はテフロン加工などというものはなかったので、大事に育てなければいけなかった(このことを、伊丹十三から学んだ)。


鉄製フライパン(一部)

いまはオムレツ(パエリアも時々)はテフロン加工のもので作るけれど。でも、焼き物は基本的に鉄製のフライパンです。使い込んだものだとなんだか上手にできるような気がするし、共に育ってきたというような仲間意識もある。それで、フライパンの種類ははさらに増えて、鋳鉄製(ロッジ製他)のものや赤尾のアルミ製のものがあるし(これは主にパスタ用)、そのほか溝があるステーキ用、そしてもちろん中華鍋もある(もしかしたら、うんと狭い台所に、鍋類は町の小さな食堂くらいの品揃えかも)。なければないで、どうにでもなるけれど。

そのほか、アルミやらステンレスやらホーロー製の厚手の鍋も深さや大きさの違うものがいくつかある。アルミ鍋はアルツハイマーの原因と言われた時があって、それからしばらくはステンレス製(無名のものが大小いくつか。フィスラーのものは大きすぎて手に余る)の鍋に切り替えたけれど、今またアルミ鍋(主に中尾アルミのプロキングシリーズ)を使うことが増えてきた。なんといったっていかにも料理をつくっている気分になるし、底の部分だけじゃなく全体が厚いのは、頼もしく、美味しいものができそうな気分になる。それに、もはやアルツハイマーのことを気にしてもあんまり意味がないような気もするし……。ホーロー製(ストウブ)のものは、重いけれど見た目が断然いいですね。

形から入る、というのは批判されることも多いけれど、ぼくはいいと思う。見た目や佇まいが与える喜びはおおきい。実際に使うときの嬉しさもある。それは、結局は、使う者を作る喜びに導くだろうと思います。

だから「台所と道具」などという特集の雑誌があると、必ずと言っていいいほど買ってしまうのです(雑誌は毎年特集をローテーションしているようだし、同じ会社の別の雑誌でも似たような企画をすることも、知っているのです)。いまだに、時々ですけれど、台所の道具を買うことになるのです。だから、集めたというよりも集まったということで、行き当たりばったりの性格をよく表しているように思えます(計画を立てるのは好きなのに……)。一方、家具なんかは、端材板とブロックなんかを利用したりして、案外間に合わせで済ませることもあるのに(往々にして、これもダメなのはわかっているのですが)。ま、空間と経済的な制約が大きいこともあるのだけれど。

でもここにきて、いよいよこうした態度を改めなくてはならない事態が出来したわけです。今まで2つの場所に分けていたものを、一つにまとめなければならなくなった。自宅に運び込まなければならず、家にあるものも取捨選択して場所を増やす必要が生じた。調理道具に限らず、レシピよりも、食材よりも、道具などといってむやみにものを増やしたままにしておけなくなったのです。さらに、「道具は多種多様に持たないことが、料理上手への早道*」という言葉もあるようだった。道具より段取り力ということのようです。

このことも、手を拱いているだけでは進まないのも十分わかっているのですが、ただ、実のところどこからどう手をつけていいものか途方に暮れるばかりなのです(いつまでもこのままというわけにはいかない)。

今まで、本質よりも表層しか見ていなかったということ、すなわちていねいに暮らして来なかったということを思い知らされます。大いに反省しなければなりません。ま、過ぎたことはしようがないので、これからは40年近くにも及ぶツケを清算し、本当に必要なもの、気持ちを豊かにしてくれるものを精選しなけれなりません。もはや長くはないとはいえ、過去よりもこれからのことが重要なのだ(ただし、決意を新たにするばかりで、なかなか進まない。年をとると、怠け者を克服するのはますます大変だ。だから、こうしてなんとか気分を奮い立たせようとしているのであります)。

* 『ちょっとフレンチなおうち仕事』のアマゾン試し読み


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.06.18 夕日通信



#2-044 新しいNice Spaceのために 03

番外編 02 久しぶりの銀座、久しぶりの再会

庭の小鳥たちに教わる

久しぶりに銀座に出かけてきました。コロナ禍でしばらくできなかった、年に1回か2回の3人(僕が最年長)の集まり。せっかくだからと思って、少し早く出かけて、伊東屋とアップル、松屋に寄ることにしました。好きなものを買う(といっても、今回はダイモのテープとビックの3色ボールペンの替え芯)のは嬉しいし、美しいデザインを見るのは楽しい。歩いていると、銀座はその間にもけっこう変化したように見えたけれど、どうなのだろう(何しろ、お上りさんです)。ブランドの旗艦店がさらに増えて、新しいビルやファサードで景観も新しくなったような気がした(実際のところはわかりませんが。それでもまあ、不思議はない。何しろ日本の代表的な高級商業地区なのだから)。

集まりは3年ぶりということで、いつも店選びを引き受けてくれる食通のYさんが今回選んだのは、いつもよりさらにちょっと高級な韓国料理店。


某韓国料理店個室内部

まずは、黒い服に身を包んだウェイターが個室に案内してくれる。3人の席としてはけっこう広い。ただ、窓がなく、夜景が見えないのは残念。続いて、コースの11皿の説明があり、僕なんかはフーンとうなづくばかり(僕は、こうしたところで食べる韓国料理は初めてだった)。一皿が運ばれてくると、その度に同じように説明がつく(食事中に、これが必要なのかどうか。その都度、会話は中断されるのだ)。この他にも、種々のサービスは至れり尽くせりだった。

肝心の味はといえば、もちろんまずいわけはないが、至福の味というほどではない気がした。ただ、仕事柄あちらこちらでうまいものを食べ慣れてきた2人はおいしいと言っていたから、僕の口に合わなかった(わからなかった)だけということですね(どうやら、分相応の庶民的なものが合っているようです)。初めて食べる伝統的な正統韓国料理は乾物が多く、ちょっと甘い味付けのような気がした(欧米人は和食について、同じように甘いと感じるらしい)。

その席で、今の状況をちょっとだけ相談すると、2人ともが、モノを保管するために新しく家賃を払うのには賛同しなかった。理由は、もう一度読む、観るというのはほとんどないし、よしんば読みたくなってもたいていのものが安く手に入れられるからというものでした。これについては、もう言われるまでもなく、確かにそのとおりなんですね。わかってはいても、改めて人に言われると重みが違ってくる(ちょっとキツイ時もあるけれど、たぶん、背中を押して欲しい気があるのでしょうね)。何しろもう一人のHくんは、本でもなんでも一定の収納量を超えると処分する(させられる)し、音楽は全てデータ化したものを聴けるようにと機器類も買い換えた(同時に、スピーカーは大きなJBLに変えた。すなわち、合理化が目的というわけではなく、家事と同じように、日々の生活をていねいに暮らすためにということなのだ)。だから僕の場合は、要点は、手元にある喜びや安心感、そして快適さ、これらと合理性との折り合いをどこでつけるか、ということになる。


庭にやってきた小鳥

さて、先に書いたように草が刈り取られてさっぱりしたアパートの前庭には、何種類かの小鳥がやってきます。これらを見るのは楽しいのだけれど、いざ写真を撮ろうとするとなかなかむづかしい。カメラを向けるとすぐに飛んで行ってしまいます。あちらこちらに移動するし、何しろじっとしていないのだ。どうやら餌を探しているよう。彼らもさっぱりと片付いているところが好きなんですね。スッキリしていると、餌も見つけやすいに違いない。

同じように、本でも何でもすぐわかるように、整理されていなければならない。どこにあるかわからずに、あちらこちらを探すようでは持っている意味がない。死蔵していてはただの場所ふさぎだ。おまけに、他の生活を圧迫することおびただしい。これからは、この考えを徹底しなければならない。もちろん、「言うは易く、行うは難し」のことは十分に認識していますよ(実は、このことも指摘された。もはや、「タラレバじゃない。ヤラネバなの*」だ)。定期試験前の中学生のような態度はすっぱりやめて、体を動かして、これを実践しないことには、使わないもののために、必要なものを置けないことになってしまう。サッパリと片づいた、快適な空間が得られないのだ。おまけに、こちらは鳥の目よりはるかに感度が悪い。

 一生は一度である。
 人間というものは、一生は一度だ、ということを忘れがちになって、つい、くよくよしてしまう。
 人間だから仕方がないことだが、苦しんで生きても一生、悩み続けて生きても一生、そして、楽しんで生きても一生なのである。 
 (辻仁成退屈日記「ハッピーさんに出会うと人生がちょっと愉快になる」)

誰もが幸せに暮らす、もう少し正確に言うなら、快適に暮らす権利があるはず。少なくとも自ら招いたことばかりではないことに悩まされず、ある程度快適な空間で穏やかに暮らすこと。

これまで、誇れるようなことは何もしてこなかったけれど、決して短くない間働いて過ごしてきたのだ。残りの生活を悔いなく過ごすために、そのくらいのことを願ってもバチは当たらないだろう。と思った瞬間に、そのためにささやかな贅沢をしてもいいものかということが頭をよぎるが(貧乏性!)、思い切らなければならない。10年なんて、ほんとうに、あっという間に過ぎてしまうのだ。


* 『犯罪は老人のたしなみ』カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ/木村由利子訳(創元推理文庫)


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。

2022.06.11 夕日通信



#2-043 新しいNice Spaceのために 02

番外編 01 「人生100年時代」は甘くない

トシヨリには生きにくい世の中を実感する


本やCD、DVD等の引越し先を探すために先日訪ねた、とある不動産屋での会話。

小さな店構えの扉を開けると、すぐ右手に机があって、その奥には僕より少し若いと思しき女性が座っていた。その時のやりとりをかいつまんで、少しだけ。

「こんにちは」
さんですね」
「ええ。よろしくお願いします」

「今はねえ、なかなかむづかしいんですよ」
「ええ」
「大家さんからは以前は△学院と聞いていますが、今、お仕事は?」
「はい、去年退職しました」
「ということは、収入は年金?」
「ええ、まあ。ほとんどそうです」
「そういう人にはなかなか貸したがらないんですよ、定職がない人にはね。自由業の人も同じです」
「やっぱり」
「家賃のこともありますしね」
「家賃はなんとかなりそうです」
「でも、エンゲル係数じゃないですけど、収入に対する家賃の割合が高いとね。ほら若い人が月収20万なのに、家賃が15万円のところなんていうのはね、貸せないんですよ」
「はい。でも家賃はいちおう大丈夫です」
「うーん、でもねえ。これから、何にしてもお金がかかりますよ。介護付きの老人施設なんかは月に40万ですよ。うちは遺族年金なんかもあるから、まだいいですけど、それでもね、とても払いきれませんよ、年金だけじゃあ。年に480万、10年だと4800万ですよ」
「ええ。大変ですよねえ」

「なんかあったら困りますしね。お風呂の中で亡くなっていた、というようなことがあるんですよ、実際」
「そうなんですか」
「ええ、それがねえ、結構あります」
「(うーむ)」
「だからねえ、不動産業者仲間でも、老人だけ集めたマンションを作らなきゃダメだなという話が出たりしますよ」

「今のところでも70平米弱ありますでしょう?」
「はい」
「そこでなんとかならないんですか」
「はい。実は、こっちのほうもいっぱいなんです」
「私もね、ここを継ぐ前はデザイン関係の仕事をしていたので、洋書なんかもあってね、本は捨てられなかったんですが、結局5年かけてね、断捨離しましたよ」
「ええ。そうするのがいいんでしょうね(できることならね)」
「買うということならね、好きなようにできますよ」
「そうですね。でも、いつまで元気でいられるかどうかわからないからなあ」
「今や、人生100年時代ですよ。まあ、85歳くらいまで元気だとして…。うちの父親がそうでしたけれど」
「はあ。もしできるのなら、買うよりは、建てたいなあ…」
「でも時間もかかるし、面倒だし…。その点、マンションは冬なんかあったかくていいですよ。新築は無理でも、小さな中古ならなんとかなるでしょう。今が最後のチャンスですよ」
「ええ、そうですね」

「あとは、都市部を離れるとかですね」
「でも、高齢者には貸したがらないんでしょう?」
「まあ、貸してくれるところもあるかもしれません。そして安いです」
「はあ」
「方向性が決まったら、お手伝いできると思いますよ。その時は、連絡してください」
「あ、はい」


高齢者は招かれざる客*

大雑把に言えば、要するに、高齢者は持ち家がなければ、住むところさえ確保することがむづかしいということですね。五木寛之先生の『捨てない生きかた』には共感するところ大なのですが、これも持ち家あってのことのようです。

国や自治体は何をしているんだと思うけれど、すぐにどうなるものでもない。それの善し悪しは別として、自分のことは自分で守るという考えを持っていた方がよさそうです。

もはや、実際的に取りうる選択肢はほぼ限られたようです。こうした事態を招いたのも、僕自身がこれまできちんと考えてこなかったせいでもある。今回ばかりは、そのその場凌ぎも、間に合わなかったようだ。自業自得。後悔先に立たず。

若いみなさんは、なんであれ、やりたいことをやるのがよい。どうぞ、精一杯、おおいにおやりください。ただ、ある年齢に達したら、先のこともきちんと考えて手を打つ方がよろしい(かも)。

ところで、約半年ぶりに伸び放題だった草が刈り取られた前庭に、いろいろな小鳥がやってきます。彼らもやっぱり、さっぱりしたところが好きなんだね。


* 写真は東洋経済のウェッブサイトから借りたものを加工しました。


2022.06.04 夕日通信
*コメントやつぶやき等をこちらから、お気軽に。



#2-042 新しいNice Spaceのために 01

小さな喜びから始める 01

100を諦める



本とDVD類の引越し先がなかなか見つからない。珍しくこれはと思ったものがあっても、空きがなかったりする。まあ、今は引越しの多い季節とは言い難いから、仕方がないのかもしれない。また、高齢者には貸したがらないという話も聞いたことがある(前途多難!)。プロジェクトの貸主との交渉経過は、依然として不明のまま。

ちょっと遅きに失したと思いつつ、念願の新しく建てることを考えてみるけれど、これも土地の手配やら計画やらで、時間と経済の問題があってむづかしい。

あるものでなんとかするしかない。これまでもやってきたことだ(そのことが、今のような状況を招いた遠因であると言えなくもないけれど)。

となれば、ものを減らすか、今すぐ借りることができるもので手を打つか。この2つの選択肢しかない。

しかし、減らすとしてもすぐに減らせるわけでもないし、選んでいる時間がないのだ。ものを減らすことで実際に困ることはほとんどないだろう。ただ、ものだけでなく精神のありようの一部までがなくなってしまうような気がする。したがって、できれば捨てるのは最小限に留めて、大部分は残したいともいう気持ちが勝る。それから少しずつ減らしていくというのが、現実的なようだ。

僕が「台所で遊ぶ」ために最適化した台所は諦めなければならないが、工夫次第でそれなりに楽しむことはできるだろう。考えてみれば、慣れればたいていのことが気にならなくなるという事もある(残念ながら、欲しかったものを手に入れた時の喜びでさえもそうだ)。海を眺めるということができないのは残念だけれど、海を見たくなったら出かけることにすればよい。

となると、選択肢はほぼ定まる。100か0かではないのだと考えることができるならば、そうなる。第一、100(すなわち、理想に近いもの、よりいいもの)を求めていたら、手に入れる前に、何も手にすることなく終わってしまいそうだ。自分でデザインできないのは心残りだけれど。

少し遠くても海が見えるところか、それともすぐ近くか、何れにしても、まずは短時間のうちに手に入れられそうなところを探すしかないようだ。十分に検討することができないのが気になるけれど、そうすれば、経済的な痛手は変わらないものの、いくつかの問題は解決する(おまけに、誰かの好意や助けをあてにしないですむ)。少なくとも、今の状況は解消して、いくらかマシな気分になって、体調への悪影響も小さくすることができそうだ。幸か不幸か、お金をかけないで暮らすことは、僕にとってはこれまでと同じ、ふつうのことで、たいして苦痛じゃない。


イームズ ラウンジチェア*

そして、もう一つ、手に入れられることができるものなら、最後の大物として(といっても、ささやかなものですが)、イームズのラウンジチェアとオットマンのセットがあるといい(ここで、映画を観る。渡辺武信は、友人宅で初めて座った時につい眠り込んでしまったほどの心地よさと書いていた)。ついでに、もう一つ、ハードイチェアも。これらを新しい場所に置くことができたら嬉しい。程度のいい中古を見つけることができれば、それほど過大な負担にはならないだろう。ちょっとゴージャスだし、インテリア空間を選びそうで「掃き溜めに鶴」となる可能性も無くはないけれど、逆に椅子の方が救ってくれることもあるかもしれない(この確率の方が大きいはず)。


* 写真はハーマンミラーのウェッブサイトから借りたものを加工しました。


2022.05.28 夕日通信
*コメントやつぶやき等をこちらから、お気軽に。



#2-041 もうひとつのNice Space 01

ご近所の小さな喜び 01

うつくしい草花、あたたかな心



小さな庭1

ハガキのための草花の写真を撮ろうと散歩していたところ、人通りの少ない細い道に接した庭の向こうに白いバラの花が見えたのでカメラを向けていたら、ちょうど窓を開けたそこの住人の女性と目があった。彼女は外へ出ると、こちらへ向かって歩いてきた。一瞬咎められるかと思ったが、まず挨拶をし、事情を説明すると、こちらにも可愛い花があるからと、細い金属製の扉を開けて小さな庭のなかに招き入れてくれた。

なんだか悪いような気がして、一旦は固辞したのだけれど熱心に誘ってくれるものだから、その言葉に甘えることにして庭に入り、写真を撮り始めると、「もうあれも、そろそろ終わりね」とか「ここからもいい写真が撮れますよ」とか、いろいろと教えてくれる。


小さな庭2

色とりどりの花を眺めながら、「花の名前がわからないのです」と言うと、これもひとつずつ教えてくれた(すでに、もう忘れたものもあるけれど。知識のなさや記憶力の乏しさを恥じるのはこういう時だ)。それにしても、名前がわからないというのはさびしい。花であれ星であれ、なんにしても対象の名前を知らないで、それらをほんとうに知ったことになるのだろうか。

その前にも、道沿いの少し遅めの桜の花を撮っている時に、おじさんが出てきて、色々と説明してくれたことがあった。

まだその機会はないけれど、もし、また彼らと顔を合わせたならば、会釈くらいはするだろうけれど、特に親しく付き合うということはたぶんないだろう、という気がする。

地域社会と言うと何やら大袈裟だけれど、それでも案外こうしたことがご近所に暮らす喜びかもしれない、という気がしてきたりするのだ(自分ができることは、せいぜいこうしたことくらいかもとも)。

もっと濃密な関係があってこその地域社会だとか、いや経済的な結びつきが大事だ、という意見もあるかもしれないし、もっともだとは思うけれど……。まずは、文字通りの意味での「一期一会」の機会と場所を大事にして暮らすことからはじめようと思う。そうして、日常の生活を手を抜かないでていねいに過ごすためのひとつとするのだ(小さくとも、実践こそ。ものを減らす事も、そのひとつなのだろうか)。


2022.05.21 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから、お気軽に。



#2-040 幻想の行方 01

「海ちか」プロジェクトからの撤退 01

天の啓示か



その後、何か行動しなければと思って、寺前の部屋に出かけてきました。ぼんやりしていたら、時間は文字通り飛ぶように過ぎていく(今回は、ただの現場確認ということになったのだけれど)。

居室の現況1

居室の現況2

結局、内装をやりかえた後のここでの作業はといえば、家具を運び入れ、箱から本とDVDCD、そしてレコードを出し、もう一度箱詰めし、搬出するということになる。つまり、搬入して、同じものを運び出す、ほとんどそれだけで中間はない。Nice Space として使うことができないままでした。

いくらか持って帰れそうならそうしようとしたけれど、車の使用が不許可なので、それも断念することに。それでも、せっかく来たのだからレコードでも聴いて帰ろうと思った(当然ながら、これまであんまり聴くことができなかった)。ここにはポピュラー音楽とジャズのものしか持ってこなかったから、スティーリー・ダンの「彩(エイジャ)」を取り出してかけた。少し大きめの音が鳴り始めると、やっぱりレコードはいいなあと思いながら辺りを見回した。と、しばらくして僕の耳でもはっきりと、「…get out of here」というフレーズが聞こえたのだった。1曲めの「BLACK COW」。歌詞カードを見ると、Drink your big black cow And get out of here とあった。で、思わず苦笑いして、すぐに帰ることにしたのでした。

うちに帰って調べて見ると、BLACK COWというのは炭酸飲料の1種であるルートビアにアイスクリームを浮かべた飲み物のことのよう。直訳すれば、「君のビッグサイズのブラックカウを飲み干し、ここから出るんだ」ということでしょうか。飲み物はなかったけれど、天の啓示だったのかも。

こちらの気分とは関係なしにいい天気だったので、帰りは八景まで歩いた。


2022.05.07 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-039 「台所で遊ぶ」への道 28

「ごっこ遊び」

台所を楽しくする方法 8



「若い時は、確かなものに憧れ、確立しようとする」(そうだったかもしれない)。「年を取ったら、それに囚われないことが大事だ」(たしかに)。という話をずっと昔に読んだか、聞いたかしたことがあった。そのせいか、(よくは覚えていないけれど)昔は「こうである」、「これでなくてはいけない」と書く人に憧れていた。今は羨ましく思わなくもないけれど、たいていの場合は遠ざけておきたい気がする。本当にそうですか、絶対に?と言いたくなるのだ(これも年取った証しなのか)。

ともかくも、習慣の呪縛から逃れるために、毎日を「ごっこ」で過ごすのはどうだろうと考えた。今日は、「居酒屋ごっこ」、明日は「ジャズ・バーごっこ」、明後日は「蕎麦屋ごっこ」という具合に。半分、空想の世界に遊ぶのだ。同時に、現実から逃れることであるかもしれないけれど。


高山邸の台所 *


元々は、料理家の高山なおみさんに触発されたものだけれど、彼女は東京での生活を切り上げて神戸で一人暮らしを始めた時に、そこでできた友人を家に招く際には、「串カツ屋ごっこ」やら「焼き鳥屋ごっこ」(たぶん)とかのテーマを決めるらしい**

何しろ、気分が大事なのだから(先日は英国パブ風)、意識的にやるならば、習慣から逃れるのにいいかもしれない、というか、アタマの老化や劣化、硬化を抑制しつつ、退屈を凌ぐのにも。それなりに、楽しめそうです。だから、この「『台所』で遊ぶへの道」でもそうしたことを試みてきた。

好きなことは一人でも続けられるというけれど(たしかに、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたりすることは相手がいなくてもできる。むしろ、その方がいい場合だってある(僕は、映画を観るときや演奏会のときに、隣に知っている人がいると、落ち着かないのです)。しかし、その後しばらく経ってから、話すことがないのは、ちょっと寂しくもある。

それにしても、「建築家ごっこ」はうまく行きませんね。いくら好きなこととはいえ、依頼主がいないと、なんとも張り合いがないのです。自身が依頼主なのだと見立てても、この場合は願望が強い分、不意に実現性のことが気になってくる。たいてい願望はあんまり変わることがない。その結果、次第に夢見る力が痩せていくようなのです。

しかも意識は、そもそも演じる人生というのはどうなのか、ということに及んでゆく。おもしろうてやがて悲しき鵜飼かな(松尾芭蕉)。むづかしいね。ま、自身が空っぽだとしたなら、演じ続るしかないようだけれど……

先日、英国製のドラマを見ていたら、イギリスには、"You can't teach an old dog new tricks"ということわざがあるらしいのですが、なるほどそういうものかと思った。たしかに、年をとると新しいことは身につけられないかもしれない(おまけに、あんまり新しいことにめぐりあう機会も少ないのだから)。でも、自分なりにやるしかなさそうです(ドラマの主題歌の中でも、そういっている)。


* 写真は、ブログ「晴れ時々くもり」から借りたものを加工しました。
** 趣味どきっ!「人と暮らしと、台所(8)「料理家・文筆家 高山なおみ〜ひとりを楽しむ〜」(2020年9月22日)、NHK Eテレ


2022.04.30 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-038 「台所で遊ぶ」への道 27

外で食べたい

台所を楽しくする方法 7



皆さんはどこで食べるのが好きでしょうと書くと、もしかしたら、あのレストラン、どこそこの食堂がいいというような答えが返ってくれるかもしれません。でも、ここで言うのは家の中、というかその周りを含めた場所のことなのです。

というのも僕は、台所を楽しむための工夫の一つは、やっぱり外で食べる場所があることだと思うのです。これまでにももう何回も書いてきたように、僕は外で(いうまでもなく、外食ではなく、屋外の席ということです)食べることが好きなのです。

わが国でも街中でテラス席を目にするようになってもう久しいけれど、それでもまだ屋内で食べるほうを好む人が多いような気がする。お店に入って、テラス席もあると言われても、そちらを選ぶ人の割合はどのくらいだろうか。それほど多いとは思えないのだけれど、さてどうでしょう。特に、女性の場合は屋内の席を選ぶ人が多いのではあるまいか。もしかしたら、昼間だったら、女の人は日焼けを気にするのかもしれませんね。

ヨーロッパあたりでは、それが逆転しているかのようです。僕の小さな経験でもそうだったし(外の席から埋まって、中でもいいかと言われたことがある。高級店のことは知らない)、映画なんかでも外で食べる場面はよく出てくる。ヨーロッパでは冬が長いために、夏の間に日差しをたっぷり浴びる必要があるというような健康面での説明を聞いたことがあるけれど、僕はそうじゃない気がする。そういう面もあるかもしれないけれど、むしろ町との関わりとか開放的な楽しさだとかと言ったことの影響が断然大きいのではあるまいか。夜でも冬でも、外で食べたり飲んだりしている人がたくさんいるようです(若い人は、これから出かける機会があるでしょうから、自分の目で確かめるのがよろしい)。

ともあれ、僕の場合は、断然楽しいからですね。そこから見る景色や光や風も楽しいし、聞こえてくる音や行き交う人を眺めているのもおもしろい。気分も開放的になるから、よりくつろいだ気分で、食事もお酒もおいしく感じられるように思います。


即席のテラス席

窓辺の席

で、これまでのスケッチでもそうした場を考えてきたし、住んでいるアパートでも試みたことがあります。まず最初は、ベランダにすのこを敷いて小さなテーブルと椅子を運んで、テラス席をこしらえた。これはこれで楽しかったのですが、いちいち運んだりしまったりというのが面倒になって、結局やめてしまいました(洗濯物やらお布団を干さなくちゃいけないこともあるし、何と言っても狭いのが難点だった)。その次は、掃き出し窓の前に小さなテーブルを置くようにして、今でもここで楽しむようにしています(学生には、ガラス面にくっつけて家具を置いてはいけませんと言いながら、自分がやっているわけです)。窓を開け放てば、ひさしかテントのある外とほぼ近い気分になります。最善の策というのが無理なら、次善の策をというわけです。

完璧を求めて諦めてしまう(ま、これはこれで潔いと言えるのかもしれませんが)よりも、似たようなものでも楽しむほうがいい時が多いと思います。料理する場合でも、レシピに紹興酒とあって、これがなければ作らないというよりも日本酒で代替するほうがマシという考え方なのです。たとえば、「仔牛肉のマデラ酒を使ったソース、シャンピニオン添え」という料理が仮にあったとしたら、「豚ヒレ肉の白ワインとみりんのソース、しめじ添え」になったとしても。だからダメなんだという人もいるでしょうけれど、ま、人それぞれですね。

完璧が実現するまで我慢するよりも、今できる範囲で工夫して楽しむほうがいい。というかそう考えないと残された時間を楽しむことができないのです(結局は年取ったせいということか?でも、なかなかそうとばかりも思えないこともある……)。


* 写真は、これまでの記事の中で使ったものを再掲しました。


2022.04.23 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-037 「台所で遊ぶ」への道 26

新しい道具

台所を楽しくする方法 6



滅多にものを買うことがなくなって久しいのだけれど、それでも増えるものがいくつかあります。

最近増えたものの一つは、酒器のちろり。誕生日のお祝いに妹がくれたもの。実は、錫製のちろりはずっと欲しかったのだけれど、なかなか踏ん切りがつかなかった。燗酒のうまさが一段上がると言われますが、ま、なければなくても済むし、とくに困るわけではないのだから…(貧乏性)。「鎌倉清雅堂」から送られてきたのですが、製作は「鎚起工房 清雅堂」で新潟にあるらしい。注文を受けてから作るのか、何ヶ月か待たなければならなかった。槌目のあるものとそうじゃないシンプルなものの間で迷いましたが、結局槌目のものにしました。大阪の老舗の錫器制作会社の手になるシンプルな器もどっしりとした厚みを感じさせてよかったのだけれど、最近は槌目のものに惹かれるのです(例えば、取り分けスプーンとか)。


ちろりと徳利

形は、見てのとおりちょっとおデブのペンギン(丸みを帯びていて愛嬌がある。こちらを女性的とすれば、もう一つのものは極めて男性的形態)という感じで、ふだん使っている白い磁器の徳利とは異母兄弟のよう。こちらは、細身でスッキリしています(そういえば、これも誕生日にもらったもの)。


ガステーブル

台所関係のもう一つは、ガステーブル。これまで使っていたクロワッサンの大バーナーが不調をきたしたために、やむなく買い換えることになった(実はアパートの10戸のうち、うちを含めた2軒だけがシステムキッチンじゃないのだ)。一昔前の家庭用と同じく、安全装置は立ち消え対応だけで、センサーなしの業務用。このため、強火を連続して使える。ちょっと小ぶりで、シンプルそのものです。

以前のクロワッサン同様、2口しかないし、五徳はクロワッサンのものと比べるとずっと細身だけれど、境目なしで平らにつながるので、使い勝手はいいかも。内炎式というのは初めてですが、これも面白い(鍋底に当たる火が均等に回りやすいらしい)。ただ、そのせいか五徳の口の径が大きいので、小さな鍋を使うときは気をつけなければいけない。

ま、いずれも僕の舌と腕ではあんまり影響がなさそうですが、それでも気分は違う。ささやかな楽しみのためには、この気分というのが大いなる影響を及ぼします。新しい「台所」の方がずっと赤信号のままだから、余計にそんな気がするのかもしれません。

いいニュースが少ない中、しばらくは楽しめそうです…。今回は、ガステーブルその他、とくにステンレスの部分をピカピカの状態のまま保つことを目指そうと思う。すなわち、レストランの厨房のように、一日の使い終わりにしっかり拭き上げることを日課にするのだ。


2022.04.16 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-036 「台所で遊ぶ」への道 25

赤信号は手強い

台所を楽しくする方法 5



まずは、先週の訂正から。断面にスケッチにアクソメ図をあわてて描き足したら、テーブルとカウンターの高さが同じになっていました(やっぱり、急ぎ仕事はいけません)。ま、無理すればこれでもやれないわけじゃないけれど、立ち飲みも可のカウンターの方を20センチほど高くするつもりでいました(面目ありません。ごめんなさい)。

この辺りでは、桜が見頃だった時に、あいにく雨が降りました。土曜はよく晴れて、称名寺はずいぶん賑わったようですが、日曜は一日中雨が降って、週末のお花見を楽しみにしていた人にとっては残念でしたね。家からも見ることのできる一本だけ残った桜もすっかりダメになるかと思っていたら、案外しぶとかった。翌日見に行くと、花もけっこう残っていました(散歩の途中で、少し足を伸ばしたところで見たのも同様だったので、今年の桜がタフということなのかもしれません)桜は散り際の潔さをよしとするというのが伝統ですが、たくましく生き延びる姿を目の当たりにするのはいいものだと思いました。


台所からは開放的な眺め

望ましい眺め

さて、台所で遊ぶために大事だと思うことの一つには、台所と外部空間との関係。外で食事をしたりもしたいから、台所から戸外の生活空間へのアプローチがしやすいことが大事。これまでも、敷地によっては、台所と戸外の生活空間とが隣接する案も描きました。

もう一つは、キッチンに立った時に外を眺められること(どちらかといえば、こちらの方が重要かも)。住宅の計画学ではリビングや食堂の快適性を重視するから、台所の採光や通風等は機械力に頼っても良しとしています。一般的な優先順位はその通りだと思うけれど、しかしここでは何と言っても台所で遊ぶことが主題なのだから、調理しながらの眺望も軽視できません。だいたい年を取ると、昼も家で食べることになることが多いのだから。先日の新聞の広告欄で見た『70代で死ぬ人、80代で元気な人』という本には、「昼ご飯は外食にする」、というのがあって、居ながらにして海外旅行ができるということのようでしたが、そういうこともあるのかも。ま、好き好きでしょうね。

その眺望に望むことの一番は、海が見えること(湖でも大きな川でもいいのですが)。その次は、山(あるいは、森でも林でも)。さらに次は、街(ボッシュ邸のように)、そして庭。こんなふうに、できれば眼前が開けていて欲しいのです。それも叶わないのならば、いっそ中庭風の閉じた庭、内部空間の延長外の部屋がいいということなのですが…。

ま、望みを持ち続けていると、もしかしたら、何かいいことがあるかもしれません。


2022.04.09 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-035 「台所で遊ぶ」への道 24

赤信号は手強い

台所を楽しくする方法 4



いよいよ春めいて…などと書いていたら、寒の戻りでまた急に寒くなってしまいました。花冷えなどと言って響きはうつくしいのですが、ちょっとこたえます。なかなか都合よくは運ばないものですね。やれやれ。それでも、気候の方は三寒四温で良くなっていくはずなのですが。

もはや、新しい台所を手に入れる望みはすっぱり諦めて、現在の住まいの整理を進めて、いくらかでも快適性を高めることを目指すべきなのかもしれないという気がしてきます。仕事もないし、ボッシュのように臨時収入のあてもない。ポターのように印税を手にする才も、望むべくもなさそうです。なかなか上手くいきませんね(ま、これまで、職を得てなんとか暮らすことができただけでも、できすぎた幸運とすべきかもしれません)。

で、あいも変わらぬ場所で、これまた同様に紀行番組のDVDを見たりするわけだけれど、これ*によれば、ワーズワースは、革命の理想とは程遠い現実のパリから故郷の湖水地方に戻ってダブ・コテージでで暮らし始めたのは、1779年のことだというから29歳の時ということになる。若いですね。だから参考にはしにくい。おまけに、1813年、43歳の時には官職を得て、終生の地となるライダル湖畔の丘にあるライダルマウントの広大な土地に邸宅を構え、移住しているというからなおさらです**

ところで、近代のデザインは機能的かつシンプルで装飾を嫌う、と言われる。確かにその通りだと思うし、異論はないのです。ただ、それは美意識の変化(黒⇄白)で説明されることが多いようだけれど、映し出される建物や住まいを見ていると、一方でむしろ経済と労働力の問題が大きいのではないかという気がするのですが、どうでしょうね(もしかして、あたりまえ?)。いつの時代も案外装飾好きは少なからずいるのではあるまいか。

紀行番組では、歴史的建造物や街並みを見るのもいいのだけれど、一見何でもない田園風景がいい。そこには緑が広がり、川や湖、海や山がある。羊や牛などの動物が見えたりする。そして、素朴な民家が点在していたりもして、やがて駅のある都市が現れるのだけれど、今となれば、人工物よりもこれらの方がいとおしく感じられるのですが、いったいどれほどの尽力が注がれてきたことか。そして、これを打ち捨てるのがどれほど簡単なことか。

こんなふうに思うのは、いつでも何からでも学べるということなのか、得たい情報だけを選び取っているのに過ぎないというべきか。あるいは、ただの感傷なのか。どうなのだろうね。


カウンターテーブル

さて、台所で遊ぶためには、キッチンと食卓が近い方がいいということで、このふたつを一体化したものをずっと描いてきたわけだけれど、ちょっと馬鹿の一つ覚え、芸がないような気もします。ま、仕方がない。ついでに、さらにもう一つ付け加えるとしたら、調理台の前にカウンターがあると楽しそうです。

つくる人と食べる人(いや、飲む人かもしれないけれど)がほぼ同じ目線の高さで向き合うといい。とすると、カウンターの高さは高くなるので、双方が立ったままなら問題は小さそうですが、ハイスツールに座りたくなることもあるかもしれません。そのことを考えるなら、カウンターは膝が入るスペース(正式な呼び名は知らないけれど、知っている人がいたら教えてください)がある方がいい。だから、カウンターはキッチンセットから張り出していることが重要だという気がするのです。そうすると、両者の距離も程よいものになりそうです(ま、占有面積の制約もあるでしょうけれど)。


* 欧州鉄道の旅 第68回
** Wikipedia


2022.04.02 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-034 「台所で遊ぶ」への道 23

赤信号に負けないために、と思うけれど

台所を楽しくする方法 3


しばらく前に、家にちょっとした変化があった。遅ればせながら、常時接続のインターネット環境が曲がりなりにも整ったのです。と言っても、何か工事をしたというわけではなく、ルーターをコンセントに繋いだだけのもの(これがどの程度のものかは、実はよくわかりません)。

で、いちおう動画も気兼ねなく楽しめるようになった。そこでプライム・ビデオ(いつの間にか、プライム会員になっていて、まあ便利だからそのままにしていた)を、容量を気にしないで見ることができるようになった。

そこで、愛好しているミステリー・シリーズがドラマになっているというので、このところずっと見ているのです(原作者もプロデューサーに名を連ねている)。通常の連続ドラマとは違って一話完結型ではなかったので最初は戸惑いましたが、いったん馴染んでしまうと、こうした連続ドラマの常として、見始めるとずっと見続けることになりやすい(と言うか、なかなかやめられない)。こんなシーンも。

主人公の刑事ボッシュが、相棒のジェリーと車でラスベガスに向かう場面。当然、音楽がかかっている。

「これ、誰のアルバム?」
「ソニー・ロリンズとマイルス・デイビスの『バグス・グルーブ』」
「いいね。曲名は?」
「『ドキシー』ソニーの作だ」
「詳しいね」
「ちょっとね」
「最近の音楽は?」
「昔ので手一杯だ」

全く同感なのです(前回ちょっと引用したのは、この場面)。ボッシュと僕はほぼ同年齢らしいのですが、小説の中の彼の方がいつも遅れてやってくる。ただ大きく違うところで、うらやましいと思うのは、彼は、映画会社から入った謝金をもとに、ロアンジェルスの街を見下ろす丘(崖)の上に張り出して建つ、ガラス張りの家を手に入れ(ジェリーは、「あんなところに住む人間がいるとは?」とからかうのだけれど)、そこにマッキントッシュ製のアンプやマランツ製のアナログ・プレーヤー、トールボーイタイプのスピーカー(Ohm Walsh というメーカーのものらしい)などが置かれていて、主にジャズを聴く。なんという題名の本の中だったか、彼はアート・ペッパーを好んでいるということが書いてあった気がする。


料理のできる囲炉裏/暖炉

さて、今回は前回も書いた料理のできる暖炉のスケッチです。人の家の写真だけでは、ちょっと芸がない気がしたので。絵は下手だし、載せる意味があるかどうかは不明ですが…。なんとか、「お休みします」と書くのを避けようというわけです。


2022.03.26 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ません。(a poor old man)



#2-033 「台所で遊ぶ」への道 22

赤信号に負けないために、と思うけれど

台所を楽しくする方法 2


今日は暖かかった。明日、これが掲載される予定の土曜は、さらに暖かくなる見込みらしい。この所、昼間はちょっと歩くと汗ばむくらいになった。もう、すっかり春ですね(さすがに、朝夕はまだ冷えるけれど)。青空も、冬の澄み切ったそれとは違って、やや霞んでいます。

そんなときに何ですが、もう一つ、住宅にあるといいなあと憧れるのは、(「もうわかったよ」と言われるかもしれませんが)暖炉です。それも、ただ眺めるだけじゃなく、調理ができる暖炉だとさらに嬉しいから、それは暖炉と言うよりも、モダンな囲炉裏という方がいいのかもしれません。


レネ・ゼルピの台所*

こうしたものは別に珍しいわけでもなく、もちろん僕の発明というわけじゃない。例えばモンサンミッシェルのオムレツは、暖炉で作っているようだし、「世界一のレストラン50」に4度選ばれたというコペンハーゲンの”noma”のシェフ、レネ・ゼルピの元は鍛冶屋だったという建物を改装した自邸には、もともとあったかまどを利用した調理できる暖炉*があって、これも楽しそうです(羨ましい)。

でも白状すれば、暖炉のある家に住んだ経験は、覚えている限りないのです(火を模した電気の暖炉のある家には1年ほど暮らしたことがあるけれど、これは全く別物。これがあっても嬉しいとは思わない。もちろん、これを楽しむ人があってもまったく不思議じゃないんですが)。

だから(だけど?)、もし自分が設計した家に住むとしたら、できれば暖炉、それが叶わないのならば、キッチンに組み込んだ卓上囲炉裏があるとなおいい。

実は、今回は「お休みします」としようと思っていました。それでも、細々ながらでも続けることが大事なのだろうと思って、掲載することにします(だから、いつも以上に即席です)。

ところで、今日311日は、東日本大震災が発生した日。ニュースを見て、ああもう11年が経ったのだと思った。過ぎたことに対する記憶は、すぐに薄れてしまいそうです。今起こっていることも、ゲームかと錯覚しそうな時があるのです。


* 写真は、AXISのウェッブマガジンから借りたものを加工しました。

2022.03.05 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。(a poor old man)



#2-032 「台所で遊ぶ」への道 21

赤信号に負けないために

台所を楽しくする方法 1


今日(3月4日)からパラリンピックが始まるという。世界がこんな状況の中で実施されるということが、信じられない。というか、とても不思議に思う。スポーツの各団体や選手団等からは、憂慮するような声明が出されているようだけれど。ロシアは原子力発電所まで攻撃しているというから、尋常じゃない(チェルノブイリの惨事を経験しているし、フクシマのことも知っているはずなのに)。

一方、国連決議や世界各地での抗議活動(例えば、ベルリンのブランデンブルク門に集まった人々は10万人を超えるという)、そして様々な経済制裁も課されているが、未だ収まる気配はない。と思えば、核兵器や軍事力に頼ろうとする政治家もいるようだ。

かつて、湾岸戦争の時に、「テレビの中の戦争」だったか「テレビの向こうの戦争」だったか、そんな風な呼び方をされたことがあった。すなわち、テレビで生中継された初めての戦争であったので、テレビに映し出される光景を文字通り対岸の火事のように捉える人々が多かったことを称したものだ。インターネットの普及等、当時よりも情報量が格段に増えた現在でも、似たようなところがあるような気がする(少なくとも、僕自身にとっては)。憤りや同情等はあるとしても、平和な時と同じように談笑したり、他の楽しみに集中することがあり、その時は戦争のことを忘れているのだ。他人事であり、自分自身の問題として受け止めていないと言われても仕方がない気がする。

それでも、僅かといえども考え続けることが大事なのだろうと思いたい。かつて吉田健一は、「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」と書いた。

ならば、せめて「壊されたくない」、と思う生活空間を想像することにしよう。


立ち飲み用のカウンター

「台所で遊ぶ」ためにこれまで考えてきたことは、主にテーブルとキッチンを合体させて、これを生活空間の中心に据えることだった。さらに、暖炉や卓上囲炉裏を空想した。この他にあるといいと思うのは、立ったまま飲むためのカウンター。ちょっと気取っていうなら、レストランのシーンで見るようなウェイティング・バーの立ち飲み版。食事までの時間を、ここで食前酒を飲んで過ごす場所。

食事の前に一杯やるところと、食事の席が別にあると気分が変わって楽しいですね。僕はかつて、正式の晩餐会で、一度だけ経験しました(この時は、文字通り場所、というか建物と部屋を変えて行われました)。まあ、結婚式の披露宴の時の待合室も、ウェイティング・バーみたいなところがありますね。そこでは皆リラックスしているために、打ち解けた雰囲気になる。

立ち呑みのカウンターは、スツールに腰掛けないから、そこでの過ごし方はうんと自由性があるし、楽しみ方も増える。まあ、本来はお店のものでしょうけれど、これを住宅に作った例を知ったのは、テレビで見た料理家高山なおみのキッチンでした。台所と食堂兼居間とを分ける低い棚に折りたたみ式の、端材を利用したという板を取り付けただけの簡単なものだったけれど、玄関から入ってきたお客をここで迎えるのです。それから、本日のメニューを紹介したり、当日の「ごっこ」のテーマ、例えば「串カツや」を知らせたりしながら、まず1杯振る舞うのだのだ。楽しそうでしょう。

せいぜい楽しく過ごす工夫をして、これを壊そうとする動きに負けない生活を作りたいと願うのです。


2022.03.05 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。(a poor old man)



#2-031 「台所で遊ぶ」への道 20

赤信号は気にしない、とはいうものの

新しい敷地で考える・仮想敷地B編 5 プランD1


このところはまたしても、探しものばかりしている気がする。

例えば、一つは録画してもらったDVD。もう一つは小説。いずれもが少し前に手にしていたばかりだった。それがどこにあるのかわからない。小説の方は、自分でしまった覚えがあるのだけれど、見つからない(要するに、どこにしまったのかわからないってこと)。こうしたことが多発するのだ。何度探そうとしても見つからない。ようやくひょんなところから出てくることもあるけれど、そのために結構な時間が取られるのだ。しかも、見つかるまでは他のことが手につかない。なんとかしなくっちゃ。やっぱりモノが多すぎる上に、整理できていないのだ(頭の衰えということも、ないとは言いませんが。先日の検査では、 変わりないということでした)。

ああ、書庫が欲しい!(それよりも、さっさと借り直すべきなのか、はたまた片付けるのが先か。それとも、……)。でも、もしかしたら、こうしたこともすでに書いたことがある気もする(自分の頭の中も探せないものでいっぱいなのか!?)。

「新しい敷地で考える」の5回目は、具体的な計画案の第4案(プランD)です。もう、見飽きたかもしれません。


プランD1

原型は一月ほど前にスケッチしたものですが、二つ前のB案をもっとコンパクトにしたようなものでした。いよいよ掲載しようという頃になって眺めていたら、狭くてもいいから寝室も1階にある方がいい気がして、急いで描き直しました。

見ての通り、1階のプランは、奥に台所と食卓。毎度お馴染みの食卓とキッチンがセットになったものですが、ちょっと短かったために、窮屈。その代わりに、独立したバーカウンターと併設するようにした。谷間を眺めながら飲む食前酒も、案外いいのではあるまいか。

南側は中庭の両翼に階段室と寝室。寝室からは、直接サニタリへ行くことができます。浴室と直接つながる小さなバルコニーも設置してある。

中庭に薪や炭を使ってグリルできる設備を設置してあるのは前回と同じ。グリルと隣接してガラスの扉の書庫もすでに試みた。

その結果、2階はほとんどが書庫や納戸、そして映画と音楽(AV)のための小さなシアタールーム。というのは、前回と同じ。ふだんは音楽や映像も1階で楽しむことにして、時々非日常的な2階のシアタールームで、映画や音楽としっかり向き合うのがいいかと。ただ、改めて眺めていると、モノのための住まいのようと言われても仕方がない気もします。「モノのために家賃を払うな!」*と怒られそうですが、「捨てない生き方」**に心惹かれるのです(というか自身の暮らしのよすがとしたいという一縷の望みがある気がする)。

でも、ここでちょっとおもしろいなあと思ったのです。なぜ、こうやって説明しているんでしょうね。だいたい、画家は自作の説明をしないし、彫刻家だって、小説家だって、たいていそうです(ま、講演などで自作を解説することがないでもないようですが)。でも建築家は、そうじゃない。雑誌で発表する時は、必ず設計趣旨について語ります(たぶん、今でも)。しかも、たいていは長く、難解な語り口で。考えてみよう。


* あらかわ菜美、モノのために家賃を払うな!、WAVE出版、2008
** 五木寛之、捨てない生き方、マガジンハウス、2020

2022.02.26 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。(a poor old man)



#2-030 「台所で遊ぶ」への道 19

赤信号は気にしない、とはいうものの

新しい敷地で考える・仮想敷地B編 4 プランC1


このところ、HPのソフトの調子が悪くて、何回やっても画像がうまく表示されない場合があるようでしたけれど、果たして今回はどうか。ペットと同じように、ソフトも飼い主に似てくるものなのか(ま、年を経ると何であれ、いろいろと不具合が出てくる。これはしようがないと諦めるのがいいのでしょうね)。

さて、大きく息をついたところで、「新しい敷地で考える」の4回目は、具体的な計画案の第3案(プランC)です。


プランC1

簡単に説明するなら(今度こそほんとうに、蛇足ということになるかもしれません)、見ての通り、1階のプランでこれまでのものと大きく異なるところは、一目瞭然、寝室とサニタリーを1階にしたことです。したがって、これで日常生活はほぼ1階で事足りることになります。ただ、そうしたせいで、これまでより中庭は少し狭くなっています。浴室と直接つながるバスコートも作れなかったので、小さなバルコニーを張り出した。

その代わりに、中庭に薪や炭を使ってグリルできるような設備を設置してあります(これは、もう何回となく書いたように、外の空間で食べたり飲んだりすることが好き、というかおおいに憧れるのです)。そのほかには、コルビュジエに倣って、独立して洗面器を設置した。これは象徴ということもなくはないけれど、あんがい使いでがありそうな気がします。

そして、その反対側には階段室を設置しています。こうしたのは、東側のルーフ・テラスから海を眺めようとしたためですが、ここを通るたびに眺めていたら、もしかした高さが不足して、あんまり効果的じゃないかもしれないことに気づきました。そのため、急遽屋上を使うことを考えた。

ともかくも、中庭が狭くなった分、内部の部屋の延長、外の部屋としてのイメージは強くなる気がしますが、さてどうでしょう。キッチンと一体化したテーブルはこれまで通り(いかにも芸がないようなのですが、他のパタンをいくつか試してみてもどうもうまくいかず、イマイチな感じがするのです)。

2階は書庫や納戸、そして映画と音楽(AV)のためのシアタールーム。当然のことながら、非日常的な性格が強くなって、映画や音楽をしっかり楽しもうという時はいいと思います。ただ、2階のプランはできていると思っていたら全くの手つかずで、急ごしらえしたもの(こんなことばかりなのです。やれやれ)。

正直なところ、ちょっとくたびれかけてきていますが、もうしばらく、このシリーズを続けようと思います。なかなかむづかしそうですが、思いがけず幸運に恵まれた時、あるいは嬉しい出会いに巡り合うかもしれないことを想像しながら、がんばるつもりであります。


2022.02.19 夕日通信
*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。(a poor old man)



#2-029 「台所で遊ぶ」への道 18

赤信号は気にしない、とはいうものの

新しい敷地で考える・仮想敷地B編 3 プランB2


今日210日の朝刊の「折々のことば」の欄には、「土に還(かえ)すということ。そこに、命の始まりと最後を見届けるような安心と無常とを感じる。高橋久美子」とあった。著者は文筆家らしいのですが、それが載っていたという本のタイトルは「その農地、私が買います」。著者とその思想についてはこの欄に書かれていることだけしか知らないのだけれど、羨ましいと思った。その思想の直截的な表現(本のタイトル)と行動の結びつき方の直接さ。こうしたことが、なぜ自分にはできないのだろう、とつくづく思ったのです。

さて、気を取り直して、「新しい敷地で考える」の3回目は、具体的な計画案の第2案(プリンターの故障で掲載することができなかった間に、いくつか考えたものの一つ)です。


プランB2*

言わずもがなという気もしますが、簡単に説明すると、1階で前回のもの(プランA1)と大きく異なるところは、キッチン及び食卓と北面の外部との距離を短くし、あわせてバーカウンターも北側の開口部に接するようにして、より積極的に開けた外を楽しむことができるようにした(プランA1では、このあたりはちょっと無理やりという感がありました)。南面の中庭は両脇に階段室と書庫(いずれも中庭側はガラス戸)、奥にもガラス戸の書庫を配して外の部屋らしさを強調しています。キッチンと一体化したテーブルは通り抜けのための寸法調整で少し変形していますが、基本形は変わりません。階段室のドアもガラス戸にして、シンクに立った時の視線の抜けを確保しました。

2階は前回と同じく、プライベートゾーン。そして、浴室と直接つながるバスコートがあるのも変わりません。書庫の上のルーフ・バルコニーからは、海が見えそうです(昼間のビールには絶好)。他方、前回できなかった寝室から直接洗面所へ行くことは、今回はできるようになっています。階段室の踊り場の部分は小さなサンルーム的な空間のつもり。ここをより楽しくするためには、本棚とソファなんかをうまく配置できるともっといいかもしれません。

もうしばらく、この敷地での計画案が続きます。なんだか、学生の時にエスキースをサボっていたのを今頃になってやっているような感じです。ただ厳しいチェックが入ることはないので、気楽といえば気楽ですが、ちょっと寂しい気もする。おまけに、実現のめどは立っていないので、気持ちも萎えそうになるのですが、ボケ防止のための頭の体操、「暮らしと間取りアドバイザー」としての自主トレーニングのつもりで、もう少し続けようと思います。もしかして、いつか幸運に恵まれたなら、いいことがあるかもしれない。


* アルファベットの次の番号は、元の案の何回目の修正案かということです。すなわち、B1はプランBの第1回目の修正案(清書するときに手を加えた)ということ。ここに示した案B2というのは、さらにもう1回修正した案です(最初の案から掲載用に清書するまで、めずらしく時間があいたせい)。何をやるにしても、こんなふうに時間がかかるのです(やれやれ)。


2022.02.12 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。a poor old man)



#2-028 「台所で遊ぶ」への道 17

ひとまず、赤信号は気にしない

新しい敷地で考える・仮想敷地B編 2 プランA1


いよいよ、新しい敷地での具体的な計画案を考えて行くことにしよう(ま、そんなに力むことはないのだけれど)。

もう一度計画の趣旨をおさらいしておくと、一つ目はこれまで通り「台所で遊ぶ」ための空間とし、二つ目は書庫+台所+音楽と映画のためのスペースとしてでなく、そこで暮らすことのできるための基本的な設備を備えた住宅とする。

さらに、戸外生活を楽しめること、開放的であること、眺望を楽しむことができること等をめざす。


プランA1

まずは、最初に思いついた案(正確には、その修正版*)から。

見ての通りですが、そういっちゃ身もふたもないので、少し説明すると、1階は趣旨のとおり台所が中心で、キッチンセットと一体化したテーブルとカウンターが文字どおり室内空間の真ん中に配置されています。そして食卓からは南北の両方の開口部で外部とつながっている。

もしかしたら気づいた人がいるかもしれませんが、キッチンとテーブルの関係はこのところずっと同じ形式です。すなわち、キッチンセットの前にカウンター、そしてこれにつながるテーブルが一体化しています。そしてもうひとつ、ガスレンジと食卓の間には卓上囲炉裏(?)がある。

使い方のイメージはこんな具合です。

たとえば、もてなす人ともてなされる人がいた場合、もてなす側の人が料理を作るあいだ、もてなされる側の人はカウンターで食前酒をやりながら会話する(もちろん、お茶でもいいし、二人が一緒に料理を作るならそれはそれでいいのです)。また、一人で過ごす昼時なんかはすぐ横のテーブルにまずビールを置いて、テーブルセッティングをしつつ、外を眺めながら調理にかかる。

料理の準備ができたら、テーブルの方に移って食べる。囲炉裏は暖炉の代わりですが(何と言っても、寒い時に炎を見ると気持ちが和みます)、それに加えてガス台ではやりにくい料理、例えば直火で焼き物をするなどができるというわけです。

前面(南面)には、道路までの距離も小さいので壁を立てて外の部屋らしくした。一方、反対側(北面)は遮るものがないので、こちらの眺めも楽しめるように間仕切りの一部はガラスになっています(ちょっと無理やりという感は否めませんが、対面する両面に開口があることによって開放性と楽しさがさらに高められるはず)。また、書庫の大部分は1階に設置してあります。

2階はプライベートゾーン。このため、階段室にはドアを設けて分節度を強めてあります。そして浴室と直接つながるバスコートがある(これも、なぜかむやみに好き)。

ただ、寝室から直接サニタリーへ行くことができないのは残念(苦肉の策で、廊下を閉じて寝室の前室のようにするためにドアが付けてあります)。寝室に連なるバルコニーからは、うまくすれば海が見えるかもしれない。その隣には、第2のリビングルーム、というか多目的室。本格的にスクリーンで映画を見たいときは、こちらの方がよさそうです。

よく見ると、玄関周りがちょっと窮屈だし、その割には無駄なところも目につくかもしれません。


* 基本的には即日設計ですが、たいてい翌日に清書するときに修正を加えておしまいにします。そうするのは、一つの案に手をかけすぎていると飽きてしまいそうだから。このため、すぐに次の案にとりかかるのです(何と言っても、残念ながらいまのところは空想しているだけなのだから)。


2022.02.05 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。a poor old man)



#2-027 「台所で遊ぶ」への道 16

ひとまず、赤信号は気にしない

新しい敷地で考える・仮想敷地B編 1


プリンターに続いて、今度はガステーブルが壊れてしまった。ステンレス製でグリルなしのシンプルなデザインで、火力も強い。使い勝手もよかったのだけれど寄る年波には勝てず、経年劣化で大バーナーがダメになった。もう部品の供給もないため、修理不可能。他は大丈夫なのに、交換するよりない。出費も痛いけれど、使い捨ての国、というか時代なのだなあと思わざるを得ないのが残念(まあ、安全基準も変わったようなので、しかたないことかもしれませんが)。

さて、前回までの仮想敷地Cにはコンテナが設置され、こちらもいよいよ諦めざるを得ないことに(?)。そこで、気を取り直して、新しい敷地で考えてみることにしようと思う。

計画案の前に、今回は新しい敷地(以前に紹介した仮想敷地B)の特徴と計画の大方針(大ざっぱなということです)について。


仮想敷地B周辺
仮想敷地B全景

長い間放置されていることからもわかるように、正直なところ、ぱっとしませんね。

中途半端な広さ。書庫には広く、住宅にはちょっと狭い(ま、10坪あれば十分住めるという助言もあったけれど)。おまけに前面道路は坂道だし、このためひな壇になっていて、地盤面までは階段を上らなければならない。

眺望は望めない(何より、水の風景を眺めたいのです。できればたっぷりの水を)。1階部分は、道路を挟んですぐ向かいの家がある。ただ向かいはひな壇が少し低くなっているので、2階からはかろうじて海を見ることができるかもしれない。道路の反対側は谷状になっているようなので、こちらの視界は遮るものが少なそうです。

日当たりは、日の当たる時間帯もありそうです。

で、できるだけコンパクトな住まい(ただし、楽しみは諦めない)をめざすこととし、道路側は壁を立てて中庭的な扱いとしてみようと思ったのだけれど、どうでしょうね。しばらく、この敷地で遊んでみようと思います。

具体的な計画案は、来週からのこの欄で。

さて、「残り物に福」というような場面があるのか……。


2022.01.29 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。正直なところ、反応がないと元気が出ないのであります。a poor old man)



#2-026 「台所で遊ぶ」への道 15

ちょっと寄り道

番外編 モノのために家賃を払うか


昔ちょっと話題になった本に、「モノのために家賃を払うな」という本があったような気がした。至極まっとうな意見のようにも思える。モノのために家があるようにも見えるのは、おかしい。
で、調べてみた。


*

ありました。あらかわ菜美著「モノのために家賃を払うな!」。2008年11月発行(!)。
出版社の惹句*は以下の通り。

 片づけができないのはウソ
 あなたは物のためにお金を捨てている
 モノに時間を奪われている
 だまされるな!洗脳されている
 脳が「片付けられない」回路を作っている
 片付けはタバコをやめるよりも難しい
 あなたはそれでも物と暮らしたいか?
 モノにあなたが捨てられる(殺される)
 片付けなくていい。脳を活かして、次のことを実行するだけでいい
 あなたはもう、モノにとりつかれることはない!

「モノに時間を奪われている」というのにはうなづくしかないし(しょっちゅう探し物をしている)、「片付けはタバコをやめるよりも難しい」が「片付けなくていい」というのは極めて魅力的に響く。

主役は当然住む人だ。しかしこれらのモノ、特に本や映画や音楽関係のモノは住まい手にとっては必要不可欠ならば……。
とはいうものの、僕の場合ほんとうのところを言えば、多くのモノはなくても困るということはない。となれば捨てて良いのか。ただし、なくても困らないということを判定基準にするなら、ほとんどのものや存在が当てはまりそうでもあるのだ。小さな差異を大事にしないなら、たいていのことがどうでもよくなってしまいそうな気がする。

それでも、手にするCDやレコード、DVDはほぼ決まっているようなところがあるし、残された時間も限られている……。

やっぱり、たいていのものが少しずつ精選し、整理することを考えるほうがいいのか……。


* 画像とキャッチコピーは、出版元のWAVE出版「モノのために家賃を払うな!」(あらかわ菜美著)のHPから借りました。ところで、2008年には何があったのかは全然覚えていないのに、こうしたことを覚えているのはどうしたことだろう。


2022.01.22 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-025 「台所で遊ぶ」への道 14

もう赤信号は気にしない

再出発はちょっと安易な方法から


これを掲載するのは、15日の土曜日。ということは、もう1年の1/24が過ぎたことになる。早いねえ。ぼんやりしていたら、ほんとうにあっというまに終わってしまう。それでは困る。

ある日、プリンタの調子が急に悪くなった。写真の色が変なのだ。最初は、ソフトの方に問題がるのかと思っていたのですが、他のソフトで読み込んだ別のファイルでも同様の結果。これはプリンターの問題と確信して、ノズルチェックパターンを印刷した後、プリントヘッドのクリーニングやら何やらやってみたけれど、うまくいかない。サポートセンターにも相談して、時間を空けてもう一度強力クリーニングをしたり、少なくなってたインクを補充したり、やれることを試したのですが、一向に改善しなかった。

それで、買い換えるか修理に出すかの選択になるわけですが、これが悩ましい。修理するとなれば、25,300円。後継機を購入するなら2年保証付きで、40,150円。ランニングコストは後継機の方が安くなっているようだが、この差額分は現行機を3年くらい使うとほぼ同じになる計算(ちょっと怪しいけれど。それに、使い捨ての風潮には与したくない)。で、修理することにしたのだけれど、聞くとオーバーホールというのではなく、申請した不具合だけを直すと言うのだ。しかも同じ不具合だけの保証期間が3ヶ月。そりゃないだろうと思ったのですが、すぐに壊れることはないだろうという方に賭けることにした(まだ、使い始めて1年ほどだし、何しろ年金生活者)。キャノンよ、もう少しサポートサービスの充実を。

残念なことは色々ありますね。これについては事欠かない。小さな残念の数を競ったなら、結構いいところまでいきそうです。使用している機器類は言うに及ばず、自身のことも例外ではありません(やれやれ)。

さて「夢見る住まい」の方は、前回までの仮想敷地がもはや入手できそうにないことがわかって、ちょっと意気消沈。自宅から近いし、小さいし、何より眺望が抜群だった(残念)。

で、どうするか。
もはや収納することよりも、モノを減らすことに専念することこそがすべきことという気がしたし、それが一番現実的で合理的だということはわかっているのだけれど、そう思い切ることができないのだ(となると、もう一度気を取り直して続けることにするしかない)。

実現性の他にもあるいくつかの懸念材料のことはしばらく措くとして、スケッチし続けないと気力も減少するだろうし、頭の体操、あの「住まい手に媚びず、離れない『間取りアドバイザー』」としての訓練にもならないのだ。


プラン#4−1*

それで、ちょっと安易だけれど、前回のプラン#4にもう少し手を入れてみることにした。ついでに、敷地の条件をもう少し緩くして(これが実際的な意味がないのはわかっているけれど、何と言っても「夢見る住まい」なのだ)、キッチン周りを少しゆとりがあるようにした。そして、一応住めるようにも(これが、中途半端さを増加させているかも)。ただ出来上がったものを眺めていると、なんだかモノのために家があるようにも見えて、主客転倒と思わないこともない。しかしすでに書いたように、今の所はこれらのモノ、特に本や映画や音楽関係のモノは自分にとっては大事なのだ……。
とはいうものの、少しずつ精選し、整理することを考えるほうがいいのかもしれない。ああ、こちらも悩ましい。


* プリンターの修理のために引き取りに来る前に、大急ぎで描いてスキャンしたので、もう少し書き込めればよかった。

2022.01.15 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-024 「台所で遊ぶ」への道 13

またまた・赤信号を前に

新たな障害が出ても


新年おめでとうございます。
と言っても、ほとんどの地域では松の内を過ぎて、そろそろ正月気分は抜けた頃ですね。
皆さんは年末年始をどう過ごされたのでしょうか。いいお正月でしたか。

一時落ち着くかに見えたコロナ禍に新しい変異株が出現*して、今年も帰省ができなかったのは残念だったし、おまけに風邪気味だった。しかし一方で、良い天気に恵まれたし、体調が万全でなかった分ゆっくりと本を読んだり、DVDを見たりすることができた。おまけに、野草や小さい花が刈り取られて寂しかった石垣の目地の隙間からは、生き残った緑の葉っぱがもう大きくなってきた。ま、悪いことがあれば、いいこともある、と言えなくもないようでした。


プラン#3・4

さて、先に書いたように、階段を音楽や映画を楽しむための座席としても使えるような案を考えていたら、階段下の空間がうまく使えず、いかにも非合理的に過ぎるような気がして、どうもうまくいかなかった。そこでいったん離れて、食堂と土間の連携を考えることにしてできたのが、左の案。
描いた後これを眺めていたら、何となく悔しい気持ちがあったので、台所と食堂を土間にし、音楽と映画を楽しむ空間の部分だけに床を貼り、階段を座席として使えるようにした。それでも中途半端だし、あんまり非日常的な感じ(何と言っても、書庫兼遊び場なのだ)がしないので、やっぱり面白くない。
で、もう少しだけ大胆に考えてみようとしたのが、右の案。見ての通り、台所と食堂のある1階部分は全部土間になっています(開口部は立面を検討しないといけません。模型を作れればいいのだけれど)。清書しながら、敷地の形状との関係からすると、一部左右を入れ替えたほうがよかったかもとと思った。ともかくもこんなふうに、何をするにしても時間がかかるのだよ(やれやれ)。

少しはマシになったかと思った時に、敷地を見てみたら、仮想敷地の部分に様々な車がびっしり駐車していたのが目に入った(がっかり)。たぶん、業務用の駐車場としているのでしょうね(残念)。またまた、新たな障害が出来したわけですが、そのうちにいいこともあるでしょう。そう思って、やることにしよう。

追伸:お正月に、ラジオをつけてもつまらないし、テレビのチャンネルを回していたら(見たくなるようなものが、ほんとうに少ないのです)、たまたま藝大の先生がラファエロについて講義しているのに行き当たった**
ルネッサンス期のドイツで活躍した画家、版画家、さらには数学者でもあったアルブレヒト・デューラーは、注文を待つのではなく自ら版画を制作し、複製したものを売っていたという。同時代のラファエロにも影響を与えたらしい。複製メディアの活用というアイディアもすごいけれど、注文されてから描くといのではなく、自ら売り込むというのは、画家の主体性、というか自立性の確立という点から言えば、そうしたことが始まった頃の画家の一人と聞いたフェルメールらよりもおよそ100年ほども早いね。

これに倣って、注文を待つより、たとえば「間取りアドバイザー」としてプラン集を作って公開すればいいのかな(ま、プラン集の販売は、ライトなんかもやっていたようですが)。この場合、もちろん技術やセンスというのではなく、「暮らし方」に合わせた間取りをという立場で。キャッチコピーは、「住まい手に媚びず、離れず」。
でも、どうやったら見てもらえるのだろうね(これが問題)。


* なぜかその前は感染者が減るのも早かったけれど、増えるのもあっという間。油断禁物。
** 2022.01.02 TOKYO MX1:東京藝大で教わる美術のみ方「ラファエロのすごさを解説」


2022.01.08 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-023 「台所で遊ぶ」への道 12

またまた・赤信号を前に

少しずつ試みる


メリークリスマス。

今日はクリスマス。クリスチャンでもないのにクリスマスを祝うのも変だけれど、もう完全に当たり前のことになりましたね(おまけに、40年近くキリスト教系の職場に勤めていたのだ)。そればかりか、イースターやらハロウィーンやらも、いつの間にかすっかりお馴染みになってきた(商業主義の力恐るべし。というか、もしかしたら、若者たちがますます希望を持ちにくい社会になってきたということかもしれない)。苦しい日常を、一時の楽しい非日常で耐えるしかないのだろうか。


プラン#2

先の案を、もう少しリファインしようとして、台所とオーディオスペースを入れ替え、さらに階段スペースと玄関の土間スペースを入れ替えて台所と土間を一体化して使えるようにした。これに伴い、2階は映画のためのスペース(ちょっと小さいけれど)が母屋(隣家)から最も離れた部分に位置することになった。
その後で敷地をよく見たら、母屋側の1/3ほどはもう少し広くなっていたのでした。今回はいつにもまして急ごしらえになったので、次はこのことを生かすことと、階段を映画を見るための座席として使える(あわせてAVスペースの統合も)ようにすることを考えてみるつもり。


いよいよ今年もおしまいです。
良い年をお迎えください。
来年が良い年でありますように。


2021.12.25 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-022 「台所で遊ぶ」への道 11

またまた・赤信号を前に

できることから


この時期になると、毎年必ず買うものがある。それは、「このミステリーがすごい!」*。早速買ってきたのですが、嬉しい発見があったので、まずはそのことから。MY BEST 6のコーナーに、渡辺武信の名前を見つけたこと。彼は、詩人、映画評論家、そして建築家としても知られていますが、ミステリーファンでもある(ついでに言うと、彼は僕の学生時代のアイドルでもありました)。それが、前年はどうしたことか載っていなくて、心配していたのです。まずは、めでたい。ついでながら、嗜好も似ているようなのです(これはミステリーの話)。

さて、プランを考えていると、自分の性格というのがよくわかります。
僕の場合は、やり始めるとあれもこれもと、つい欲張ろうとする。それはまあいいとしても、プランAを解決する前にプランBのことが頭の中でちらつき始める。つまり、気が散りやすい。それで、結局なかなか進まないということになりがちなのです(話をするときにも同じような症状が出て、まとまりを欠くことがある)。
文章を書く場合と同じで、ウィリアム・フォレスターや丸谷才一が教えるように、まずは一つの案(一つの文章)を書いて、それから推敲するというのが肝要なようです。我ながら今更という気がしますが、つまりは、基本的なところは何においても変わらないということですね。

ところで先日、夜にあの空き家の側をとおったら、灯りが見えたのでした。ということは、人が住んでいる、空き家じゃなかったということですね。となると、書庫と寝室を1階におろしたプランは、残念ながらもはや用なしってこと。ま、練習のつもりでやればいいのかもしれないけれど、ちょっと気分が乗りません。


新しい仮想敷地C 

がっかりして、後日その近所を歩いた時にちょっと脇に入ってみたら、すぐに書庫に良さそうな空き地(正確には、人家の敷地の一部のよう)を発見したのです。短辺が約3m、長辺がおよそ10m超の細長い形状で、やっぱり道路の反対側は崖になっている。したがって、眺めは抜群、文句なし。ここが借りられたらいいなあ。


プラン#1

それでスケッチしてみたのですが、ちょっと頑張れば、書庫としてでなく日常的に暮らすための住宅も作れそうです。ただ、ものを相当数減らさなければなりませんが。おっと、これは本末転倒!いけない、いけない。これは後でやることにして、まずは一番最初に思いついた案から。書庫兼遊び場としての第1案は、定石通りに母屋の側からプライバシーを要求する度合いの軽い順に並べて、眺望を楽しむべく、カウンター席を張り出した。
2階が重量のある書庫なのはどうかという気もするけれど、スパンが短いことと使い勝手のことを考えると、まあ妥当なところではあるまいか(なにしろ、使うのは年寄り)。でも、もっと割り切りが必要なようです(これも苦手)。


* その年に発行されたミステリー小説をランキングしたムック本。最近は、贔屓の作家以外の新作はもっぱらこれを頼りに読むことが多くなった。


2021.12.18 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-021 「台所で遊ぶ」への道 10

また・赤信号を前に

できることから


すっかり寒くなりましたね。ようやく冬が来たという感じです。頭の中も冬、と言ってもこちらは小春日和のようにほんのりと暖かいままで、このところは探し物ばかりしている気がします。この間はある小説を読み返そうとして探したのですが、見つからない。確かこの辺りに押し込んだはずと思って、心当たりを何度も探してみたけれど、本棚にはなかった。それがある時、思わぬところから出て来た(やれやれ)。

もうひとつ、臨時国会での岸田首相の所信演説で、ケネディ元大統領の「屋根を修理するなら、日が照っているうちに限る」を引用したという話が載っていた新聞*
ケネディが、災いが起こる前に備えることの重要性を説いた時のもの。岸田の場合は、もちろん、コロナの第6波への備えについて言おうとしたのですね。ケネディの言葉もコロナへの備えについても異論はないけれど、先人の言葉を引用したことについては、ちょっとした思いがあったのです。
新聞によれば、歴代の首相も先達、特に外国の偉人たちの言葉を引用したらしい。たとえば、小渕は宮沢賢治の言葉を、鳩山はアインシュタインを、そして安倍が特に顕著でマンデラやケネデイの言葉を引いたと言う。

さて、それに対する思い、というよりも違和感の方が適当だけれど、というのが何かと言うと、憲法改正論者の理由の一つには押し付けられたものだというのがあったことを思い出したため。憲法では自前の必要性を言い、所信演説の時は先達の引用を厭わない。おかしい気がしたのです。

僕は自身のオリジナルじゃないものでもいいものはいい、逆にオリジナルのものでもつまらないものはつまらないという立場です。例えば、与えられたものでもいいデザインの椅子は嬉しいし、自分が作ったものであっても出来が悪ければ楽しくない。
ま、他者の権威に頼りたくなる気持ちはわかるし、同時にちょっと恥ずかしくもあるのですが。


空き家の改修(内部空間編・1) 

あの後で、というのは外部空間の使い方を言葉で示しただけでお茶を濁した時のことですが、新しい敷地での計画に取り掛かるつもりでした。でも、ちょっと悔しい気がした。ずっと小骨が喉に引っかかったままのようで、すっきりしない。それで、内部も考えてみることにしたというわけ。わかっているのは、道路側と右の開口部だけ。だから、これを手掛かりに改装してみようとしたのです(幸か不幸かどうせ、もとい実際のところ、実現する目処があるわけじゃないので、多少違っていたとしても問題はない)。いつ実現の機会がやってきてもいいように、いわばトレーニングですね。

まずは、考えやすい方、寝室と書庫を2階にするプランから考えてみることにした。これをやっつけてから、次のステップに移ろうと思ったのです。重い書庫は、比較的壁量の多い玄関の上とした。いちおう作ってみたけれど、LDKに暖炉(囲炉裡)がないのが残念。火を眺めるのは心地いいだけでなく、この上に鍋でも載っていたらもっと楽しい。暖炉付きのものはまた別の機会に考えることにして、今回はここまでで良しとしよう。と思っていたのですが、図面(1F右上)にあるように、清書の段階**でなんとかつけました。ただ、例によって、細かい齟齬は気にしない(たとえば、玄関ポーチの左下の柱を忘れた)。


* 2021年12月6日朝日新聞夕刊
** 今回から、910グリッドの紙を用意した(エクセルでなんとかできた)。


2021.12.04 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-020 「台所で遊ぶ」への道 9

続々々・赤信号を前に

できることを


中村吉右衛門が亡くなった。たぶん「鬼平犯科帳」の鬼平役が最も一般的だと思うけれど(歌舞伎のことは知らない)、池波正太郎原作のもので言えば、僕は鬼平よりも「剣客商売」の方がおもしろかった。特に年取ってからそういう気がしたのは、長谷川平蔵よりも秋山小兵衛の方が軽妙さがあって好ましく感じたせいではないかと思う。吉右衛門は重厚な役が似合っていたけれど、案外秋山小兵衛も似合ったのではないかという気がして、彼の品の良い小兵衛を見てみたかったと思ったりする。

それにしても、77歳というのはね。僕にとっては、自分がその年になるまでと考えたら、何年もないのだ。ちょっと呆然とします。その後でたまたま、ショパンは39歳で亡くなったということを知った。先ほどの吉右衛門の約半分。続いて、94歳の指揮者ブロムシュテットのコンサートの案内を聞いた。長生きする人もいれば、早死にする人もいるということ。当然、その中間で、という人もいる。

残された年数を数えてみてもしようがない、ということかもしれません。ま、残された時間を考えるよりも、今何をしたいか、何をしたくないかということを第一に考えるのがいいのででしょうね(本当は、毎日をそんなふうに生きることができればいいのだけれど、なかなかそうはいきません)。ちょっと「8月の鯨」のリリアン・ギッシュのことを思い出した。ルターの言葉*のことも。それでも、なかなかむづかしい。

赤信号は一向に緑に変わる気配はないけれど、できることをやるしかありませんね。

で、あの空き家らしい家に住むとしたらと考えてみた。と言っても、内部はわからないので、外部空間をどうするか、ということですが。


空き家の改修(外部空間編) 

遠くに海を望む方は急勾配の斜面で、視線を遮るものは木々だけだ。したがって、これに少し手を入れたなら、眺望は文句なしのはず。

だから、まずはこちら側にバルコニーを張り出すというのが、誰しもが考えつくことではあるまいか(何と言っても、半屋内空間への憧れが大なのだから)。その時には、1階部分のバルコニーと、2階のそれの性格を変える。例えば一方を半屋内空間としたら、他方を開放的な屋外のテラスにする、というように。

当たり前過ぎるでしょ、と言われるでしょうね。芸がないなあ、と。でも、それはいいんです。僕は、そこで楽しく過ごすことができればいい。もとより、建築的な野心というようなものはないのだから。

と思ってやり始めたら、簡単じゃなかった。外部空間が内部空間の使い方と関わることは当然だし、1階で日常生活を完結させようとすると、書庫は2階になる。重いものが上階にあるのはうまくない。で、今回は中途半端の2乗となった次第。

それにしても、ねえ。参るなあ。


* これについても、触れたことがあるのです(末尾の文。やれやれ)。


2021.12.04 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-019 「台所で遊ぶ」への道 8 番外編・5

続々・赤信号を前に

敷地を探す


ジーンズの誕生をめぐるドキュメンタリー番組を見ていたら、心理学だったか歴史学だったかの解説の学者の一人が「人間は着飾りたいという欲求を持っている」と言う。とすると、これを失うと人間らしくなくなるということだろうか。僕はここ何年も洋服らしい洋服を買っていないし、今年は靴下1足だって買わなかった。ほとんど同じような格好しかしないし、しかも髭を剃ることを忘れることもある。どうやら人間らしさの資質を少なくとも一つ失ったのかもしれない。

しかし、着るものはいちおう清潔だ。そしてもう一つ、ここに書くように住まいに対する欲求はあるから、かろうじて人間らしさの完全な喪失は免れているのではあるまいか。と書いたところで、これも頭の中のことだから怪しいのかという気がしてきて、ちょっとまずい。

こないだの書庫以来、他に敷地(候補です)がないものかと気にしながら歩くようになった。すると、空き地が2つと空き家が1軒目についた。それで、番外編ばかりが続きますが、今回はこれらのことを。


仮想敷地A 

実は空き地なのか奥の家の敷地の一部なのかよくわからない(改めて見たら、別の敷地のように見えた)。坂を登りきったところの角地だから、眺望や採光を遮るものはない。海も遠くに望めるかもしれない。広く使えるならば、住宅として建てられるし、一部を借りることができたなら書庫が作れそうです。


仮想敷地B

坂道の途中にあって、眺望は期待できない。両隣と狭い道を挟んで正対する家もあるから、プライバシーや採光の面でも不利。住宅としてはやや面積が不足しているようだし、階段が多くなりそうなこともあって、ちょっと魅力に欠ける気がします。


空き家(?)

先日の書庫の仮の敷地としたすぐ隣に立っている。前を通るたびに見るのだけれど、人が住んでる気配がない。眺望は文句なしだと思うけれど、自宅と寺前の部屋にあるものを全部ちゃんと収容しようとすると、やや面積不足かもしれない。建物は壊さずにリノベーションするとしても、デッキを張り出すことが可能かどうか(何と言っても、半屋内空間への憧れが大なのです)。

実現性はともかくとして、とりあえずはこれらを想定してスケッチしてみようと思います(残りの人間らしさを保持するためにも)。


2021.11.27 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-018 「台所で遊ぶ」への道 7 番外編・4

続・赤信号を前に

ちょっと、修正


何を見ていた時のことだったか(こんなことだって、すぐに忘れてしまう)。病院の予約のことだったか何だったか、ともかく12月の文字が目に入って、驚いた。さらにスーパーにはクリスマスの横断幕がかかっていて、今度は怖くなった。

何がって、うかうかとしているうちに、何も変わらないまま、すでに11月も半ばを過ぎている。気がつけば、いつの間にかもう今年も終わろうとしているのだ。あっという間。本当に時の経つのは早い。参ったな。こんなふうでは、文字どおり何もしないうちに、終えてしまいそうだ(何か、うまく自分を律することができる処方はないものか)。

まずは、先回の記事をアップするときに気づいたことがあったので、そのことを済ませてしまおうと思います。

ちょっと小手先に走りすぎている気がした。さらにその後、敷地予定地(?)を通った時に、平らな面が一回り小さいように感じたのです(自分に都合のいいように、変換していたのに違いない。気をつけていないと、たぶん、人は見たいようにしか見ないのだ)。

小手先…というのは、もしかしたら同じことを思った人がいるかもしれませんが、平面を横切る斜めの壁の線のこと。斜めの線は好きだけれど、小さい住宅(じゃなかった、書庫)では、ちょっとうるさいのではあるまいか、という気がした。


スケッチ・2 

で、もう一度、考えてみた。と言っても、斜めの線をまっすぐにして、作り直しただけのことですが。ついでに言うと、基本的には即興です(というか、その場、その時のアイデアをスケッチしただけのもの)。だから、たくさん穴がある。しかし、そうしないことには続かない。長い時間取り組むことが苦手だし、ずるずると先延ばしにしてしまう癖もある(やれやれ、まるでこれまでの暮らし方そのもののような気がしてくる)。

すでにわかっているだけでも十分に困難な問題があるけれど、残された時間は自分の気に入った空間、願わくば自身がデザインした空間で過ごすことができるならさらに嬉しい、と願う気持ちが次第に強くなる(一方で、遅きに失して、もはや無理かもという思いもあるけれど)。

となると、いろいろなことどもにけりをつけなければならない。長く生きていると、無駄なことばかりしていても、澱のように溜まるものがある。もしかしたら、「無駄に……」からこそ、だったかもしれない。そして、多くを望みすぎないようにして、敷地を探すことが先ということだろうか。何だか、ため息しか出ないようです(ふうーっ)。


2021.11.20 夕日通信(*コメントやつぶやき等を、こちらから。お気軽に、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-017 「台所で遊ぶ」への道 6 番外編・3

赤信号を前に

いったん、迂回


このところ、メールを読むことが少なくなった。コロナ禍のせいか、退職したせいか、はたまた、……。メールそのものがめっきり減ったし、人と会うことはもちろん、外へ出る機会もほとんどなくなった。勤めていた時は、自身に関係があるものからないものまで、膨大なメールが届いていて、煩雑なことこの上なかった。ところが、最近届くのはアマゾンからのものばかり(これがまた、うるさい)。ま、アマゾンを利用する機会がいくらか増えたことは間違いないけれど、それにしてもねぇ。アマゾンのマメさには恐れ入る。だから、メールを開かない日もある。

開かないといえば、あんまり嬉しくない状況は他にもあって、正確には開けないということだけれど……。これまでにもすでに書いたように、「台所で遊ぶ」への道はなかなか開けず、早くも赤信号が点滅し始めたようです。

もう一度、問題をざっとおさらいするなら、まずは経済力。土地を購入するだけでなく、これを維持し生活しなくてはならない。しかも、時々の楽しみも必要だ。

次は、体力。土地または建物を探し、住宅をデザインしなければならないし、引っ越しにも耐えなければならない。自立した生活のための体力も。

そして、時間。土地を探し建てるまでの時間やそのあとの整えるための時間。最大の問題は、そこで暮らす時間が、果たしてどのくらい残っているものか。

と考えると、今また繰り返すまでもなく、相当に厳しいものがあるね。やっぱり、ここでも年齢が関わってくる。時間は、生きとし生きるに対して、特に年老いたものに対しては、容赦がない。最後は楽しくいきたいのに、むしろ我慢を強いられることが多いのだ(老婆心ながら、若者も心せられんことを)。そこで、これらに向き合うことを一旦やめて(例の薫くんは、兄たちから学んだという、生き延びるためには「逃げて逃げて逃げまくる」ことを信条としていた)、他に何かできることがないか考えることにした。

で、思いついたのが、住宅の代わりに書庫(というか小さい収蔵庫)を建てるというのはどうだろうということ。散歩の途中に、ごく小さな台形状の空き地があった(ここに建物が建てられるのかどうかは知らない)。遠くにはわずかだけれど海も見ることができるはずだし、自宅からも歩いて通える。


敷地:フェンスの向こうの崖っぷち
スケッチ 

で、さっそくスケッチしてみた。いちおうスケールを合わせるために描き直した時に、幾らかの修正はしたのですが、効率的な収納方法が問題。

何しろ書庫だから、小さいし、住宅とは違って寝るためのスペースはない。とても、台所で遊ぶというわけにもいかない。ただ、日中を過ごすとしたら、簡単なキッチンが必要だ。半屋内空間も。たまには、映画や音楽も楽しみたい。おっと、欲張りすぎてはいけません。たくさん収納できて、すぐ取り出せる、しかもすっきりとした収納方法はどうすればいいのだろう(やれやれ、我ながら情けない気がしてくる)。

ま、これにしたって、実現はかなりむづかしそうだし、決して合理的とはいえないのだけれど……。


2021.11.13 夕日通信(*コメントをこちらから、ぜひどうぞ。a poor old man)



#2-016 「台所で遊ぶ」への道 5

理想の住まい 2

建物について


どこに建てるかということのほかに、理想の住まいのための重要な条件のもうひとつは、どんな内容のものにするかということ。そこで、今回は理想の住まいの建物に望む条件について書き出してみよう。

・台所が中心であること(これは、自明)。

・暖炉があること。

・半屋内空間があること。

・映画や音楽を気兼ねなく楽しめること。

・本やレコード等をたっぷり収納できること。

・夕食の前や少し早い時間にちょっとお酒を飲むスペースがあると嬉しい。

こうやって書き出しはじめていくと、建物についてもやっぱり、もはや無理ではないかという気がして、だんだん雲行きが怪しくなってきた…。そこで、リストを書き出すのはこのくらいにして、その理由や内容について簡単に述べることにしよう。




上の条件を満たそうとして、とりあえず描いてみた。これまでのものとの関連性がないけれど、それもそろそろ取り組まなければ(アイデアは多いほど可能性が広がっていいけれど、時間のこともあるのでそうもいかない)。

本格的な暖炉がある家には住んだ経験がないのだけれど、火(わけても薪の火)が燃えているのを眺めるのは気持ちが落ち着きます。秋から冬にかけてなんかは、その上に鍋が載っているというのも楽しい。

半屋内空間は不可欠。もう何回も書いた通り、戸外で食事をするのが好きだし、テント好きということでは人後に落ちないと自負しているくらい。気候がいい時は家でも外(というか、正確には半屋内)で食事をしたいし、冬でも朝と昼は外を見ながら楽しみたい。形態的には、バラガン邸の十字形をした大きな開口部を持つ居間と食堂の向こうの壁と日除けに囲まれた外部空間のようにして(なぜだか、直接外に出ることができないように見えるのだけれど)。機能的には引き込み戸にして、開口部全体を開け放つことができること(例えば、is-houseのように)。できれば、屋外空間、庭があればさらにいい。

映画や音楽は、本来ならば、映画館やホールで楽しむのが一番かもしれない。ただ、例えば席が選べない等々、いろいろと制約がある。目の前に大きな頭があるのは嫌だし、香水の匂いをプンプンさせたご婦人と隣あわせになるのも敵わない(そもそも、特に映画の時は隣に人がいると落ち着かない)。あんまり端の席もいやだ。なにより、好きな時間にというわけにはいかないのも困る(今日は行くぞ、という気持ちで出かけるのも、ハレの気分がしていいものだけれど)。

そのためには、音楽と映像(AV)のための環境の整備と本やレコード等をたっぷり収納できることが肝要だ(古い人間なので、レコードやCD、そしてDVDというように形あるもので持っていたいのです)。昼夜を問わず、ある程度大きな音で楽しみたいし、映画はディスプレイではなく映写するスクリーンで観たい(映画は暗い中で見るのが良いと思う)。さらには、機器同士の配線も簡単に行えることが望ましい(重い機器類を引っ張り出すのは大変なのだ)。

食事のためのスペースと別に、飲むための場所があると嬉しい。ウェイティング・バー・コーナーみたいなものですね(ま、お客は来ないかもしれないけれど)。ある晩餐会で、食前酒と食事の場所が別だったことがあるけれど(まあ、ふつうのことか)、気分が変わってなかなか良かった。

要するに、建築的な「コンセプト」などという固くるしいものとは無縁で、好きなことを気に入った空間で楽しく過ごせればいいという、ごく当たり前のことなのですが…。

寺町の方の部屋に行けなくなってから、もう3ヶ月以上になる。こちらも、なんとかしなくちゃいけない…。


2021.11.06 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-015 「台所で遊ぶ」への道 4 番外編・2

理想の住まい

立地について


理想の住まいのための重要な条件のひとつは、どこに建てるかということですね。そこで、今回は立地について(ということで、はやくも番外編の2回目)。

・目の前の視界がひらけていること。そして、海または湖または大きな川が望めること(湖や川ならば、すぐ側でもいい)。

・日当たりや風通しがいいこと。

・戸外生活を楽しむための、いくばくかの外部空間があること。

・交通の便がいいこと。

・できれば、安価に借りられる借地が望ましい。

あんまり代わり映えがしないけれど、これだけでもう、なんだか無理な気がしてくるね。経済力と体力、そして残された時間、その他諸々。やれやれ。このくらいにしておくほうが良さそうです。




できることなら、水の近くで暮らしたいのだ。水を眺めたり、海辺や川沿いを歩くのは気持ちがいいし、愉しい。そして、穏やかなな気持ちになる。海はどこまでも広く、ゆっくりと行き交う船を見るのも楽しいし、天気のいい日などはよりいっそう晴れ晴れとした気持ちになる。湖や川の場合は、湖面に映る景色がその時々に変わるのも面白い。これはよほど広大な土地じゃない限り、高台か斜面か切り立った崖の上ということになる。

日当たりについては、日本人は南面信仰だとかなんとかと揶揄されることが多いけれど(建築関係者に多いような気がする)、一理あるとしても、それでもやっぱり日差しがあると嬉しい。なんと言っても明るいと気持ちが晴れるし、入ってくる光は陰影を作りだして、見ていると飽きることがない。

先に拳げた水や日差し、あるいは風や緑のある生活を享受しようとすれば、室内だけではつまらない。したがって、小さくとも戸外生活のための空間を設けることが可能なだけの広さがあることが望ましいのだ。

以上のことは、必ずしも自分の住まいの中だけで充足する必要はないけれど、できればいくらかは住まいの中で実現できれば嬉しい。

交通の便は、高齢者にとっては死活問題。いつまで自分の足で歩けるのか、安全に車を運転できるのかわからないし、いずれ叶わない時が来るだろう。できる限り自立して暮らすためには、交通や日用品の店舗等を含めた利便性は欠かせない。

借地が望ましいというのは、言わずもがな、経済と残された時間の問題が大きいけれど、住み継ぐ者がいないということも少なからずある。

条件さえ整えば、借家だって構わない(むしろ望むところ。リノベーションは面白そうだ)。リノベーションを前提とするなら、倉庫、それも煉瓦造りがいいね。天井が高くてガランとした空間。内部の壁もレンガの表しにしたい。その理由はと聞かれると、自分でもよくわからないけれど、簡素だし、昔から煉瓦造が好きなのです(懐かしい気がするのかな)。

イメージを挙げるなら、例えばスコットランドのウィスキー醸造所のある小さな島なんかは(未だ行ったことがないけれど)、住む場所として一つの理想のように思える。対峙すべき自然があり、その時々で美しい。コーンウォールあたりでもいい。ランズエンドが好ましいけれど、セント・アイブス(バーナード・リーチの窯がある)が断然住むのには楽そうだ。山の方なら、アメリカのナパ・バレーか南仏プロヴァンス。いずれも映画の中でしか知らないけれど、広大な葡萄畑が広がる。

日本にも、知らないだけで、似たような場所がきっとあるはずに違いない。でも、たぶんどこにも住むことはできない。どんなに魅力的だとしても、そうした場所では、やわな者は自分の食べるものを、自分自身で調達することさえも簡単ではないだろう(これは、言葉のことを言っているのではないよ)。美しくて素晴らしい場所は、厳しい場所でもあるのだ。


2021.10.30 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-014 「台所で遊ぶ」への道 3 番外編

なぜ、台所なのか

料理をする理由


なぜ、「台所」に執着するのか。それは、料理をするのが好きだからということですね。言うまでもない。それでは、「料理が好き」なのは、どうしてなのか。と書くと、ちょっともったいぶるようだけれど、今回は「空間」ではなくて、このことについて(ということで、はやくも番外編)。

なぜかといえば、もちろん、料理、というか食べ物、調理されたものそのものが好きということがあるけれど、直接的には、若い時に伊丹十三を読んだせいかもしれない。知っている人もいるかもしれないけれど、彼は映画監督として成功する(低迷していた日本映画を救った、と言われた)前は、エッセイストとして名声を得ていた。まだ渡航が自由でない頃のヨーロッパで撮影された映画に出演した若い時の体験を元に書いた「ヨーロッパ退屈日記」、そのあとの「女たちよ」、さらに「日本世間噺体系」、等々。インターネットなんかは存在もしない時代に、新しい体験や考え方を記した本は新鮮で、それらが当時の若者に与えた影響は、今想像以上に大きかったのではあるまいか。




伊丹には、料理そのものを主題にした「フランス料理を私と」というハードカバーのものもあった(伊丹が対談相手の家に出向いてフランス料理を作り、料理とともにそれぞれの話題について語り合うというもの。ここには槇文彦が登場して、「都市」について話しています)。そんなようなことで、料理にも興味を持ったのではあるまいか*(もちろん、学生の一人暮らしで、安く食べるためにやらざるを得なかったという理由もある。言うまでもないことだけれど、フランス料理の方は眺めるだけ)。僕は、よくわからないまま、彼の衒学的とも言えるような態度に惹かれていたのかもしれない(しかし、いずれの本も面白かった)。

どの本で読んだったのか忘れたけれど、オムレツを作る時なんかは専用の(鉄製)フライパンが必要だというのだけれど、そのわりには簡単にできそうな気がした。それで、卵をするりと滑らせて巻くためにせっせと鉄製の22センチのフライパンを育てたのです。(その頃は、テフロン加工のものなどはなかった)。おかげで、フライパンは6つほどにもなった。一時減ったけれど、今はまた厚くて重い鋳鉄製や銀色に輝き熱の通りもよいアルミ製のもの等材質や大きさの違いのものがあって、それ以上に集まってしまった(お肉をおいしく焼いたり、スパゲティのソースを作って茹で上がった麺と和えるために。と、言いたいところだけれど、第1は、気分の問題ですね)。当然、鍋の種類も増える(さらには、食器も)。すなわち必要に駆られてということもないこともないけれどけれど、形式を整えるためということもありそうなのです。なんといっても、たとえば買ってきたシュウマイを蒸すのは、鍋とお皿でもできるけれど、蒸籠の方が断然楽しいでしょう(ちょっと、阿部勤ふう)。

でもこれらは、実は1番目の理由ではない気がしているのです。あくまでも、副次的な要因に過ぎない。

で、1番目の理由はなんなのか。考えた。そしてふいに気づいた。

僕は、創作すること、表現することに憧れていたのだ。詩やら建築やらなにやらその他諸々、それらがうまくできないために、その埋め合わせをしているのではないかということに思い至った。幸か不幸か、当たっているような気がする。つまり、代替作用としての料理だったのだ(それでは、なぜ表現することに憧れたのか。これについても、ほぼ合点がいったのだけれど、それはまた別の話)。

そうは言っても、料理することが面白いことには違いがない。楽しいし、苦にならない(付け加えると、後片付けだって同じです。似たようなもののはずなのに、掃除が不得手というのはどうしたことだろう)。きっと、好きなのだと思う。裏切られることがないのもいい。こういう対象があってよかった(ほかにはないのか!?と言われそうですが)。

こんなことを書くと、もしかしたら、どれほどの料理名人かと思う人もあるかもしれない。残念ながら、それは大はずれです。家で作る料理に関していえば、商売でやるのとは違って、比較的たやすいのです(失敗したって、大した害はない)。工夫の余地もしがいもあります。それが、続いている理由の一つだと思います。

ともあれ、年取ってから気づくと、ちょっと堪えることもあるのですが、それが少なくないのです(まあ、出来が悪かったから、しかたがないのかもしれない…)。だから、僅かなりとも、このことから逃れることのできるもの**があるというのはありがたいのです。


* 檀一雄、玉村豊男等のプロの料理人以外の本を含めて、その後も集めて、いろいろな料理書を所有することになった。結構あります(本当は1冊を極めるのがいいかもしれないけれど。それができない…)。
** 孔子も言っています。「頭の地獄から逃れるためには、手と足を使え」と。


2021.10.23 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-013 「台所で遊ぶ」への道 2

とりあえず、もうひとつ

こんどはジャズ・バーふう


「台所で遊ぶ」のための具体的なあり方については、もう一つ違った方向性のイメージがあるので、今回はこれについて書くことにしてみよう。

それがなにかといえば、あんまり代わり映えしないかもしれないけれど、カフェあるいはバーのカウンター。分けても、ジャズ・バーのカンター周りの佇まいに惹かれるのです。実際に経験したバーはもとより(あんまり数は知らないけれど、連れられたりして名店のいくつかにも行ったことがある)、フィリップ・マーローが好んだ開けたてのバーの空気感や雑誌で見る写真にも大いに惹かれるのです。磨き込まれたカウンターの上にはぴかぴかに拭き上げられたグラス類が吊り下げられていて、その向こうには銘酒の瓶が整列して並んでいる。そして、左右には大きなスピーカーが鎮座する。

静謐と音楽とこれに混じったグラスのふれあう音が聞こえて、その対比が際立つ。と同時に、それらが溶け合うようでもあり、魅力的です。




で、取り急ぎ描いてみたのがこれ。実は、このところバーに行くことがなかった。コロナのせいばかりではない。なぜかそれ以前から、久しく遠ざかっていたのだ。しかも行ったら行ったで、飲む方が忙しいので、台所との関係までは気が回らなかった。だから、あんまりはっきりした記憶はないのです。したがって、文字どおり想像するイメージです。そして、バーに関しては、どちらかと言えばにぎやかさよりは整然とした静けさを好む。お酒でいえば、ビールやワインよりもウィスキーのイメージなのです(実際のお酒に対する嗜好は、必ずしもこの通りではないけれど)。

しかし、バーカウンターで実際に料理すると、油や湯気等様々なものが排出されることになって、精密なオーディオ機器と併置するのは色々と不都合があって、むづかしい。生ゴミの類も見せたくないし、見たくない。カウンターを挟んでお客と料理人が対峙するような鮨屋や天ぷら屋、そして板前割烹、オープンキッチンのレストラン等でも、たいてい下ごしらえは裏でやっている。おまけに、住まいにおける食事の場がカウンターだけ、というのはさびしい(だいたい、カウンターは一人での食事が前提なのだ。だから映画「家族ゲーム」で家族が1列に並んで食事をするシーンは衝撃的だった)。

これを避けようとすると、やっぱり表のオープン・キッチンと裏の台所の二つが必要になって、面積も増える。合理的とは言えなくなるけれど、それでもちょっと憧れてしまうのです。

おまけに、バーはたいてい暗くて閉じた空間になっている(そもそも、バーは夜のものだ)。しかし、住宅はそうではない。僕は開放的で明るいキッチンと食卓が好きだし、外に直接つながるような作りを好む(これも、実際の住宅での経験は、残念ながらない)。この辺りも考えなければいけない。

それからもうひとつ、書斎的なバーというのもいいかもしれない(例えば、古いオックスフォードを舞台にした「主任警部モース」に出てくるような古いカレッジの先生の部屋のような。そこにはなぜかウィスキーやらブランディやらが目に見えるように置かれていて、客が来ると一杯勧めるのだ)。こちらもだいたい暗いことが多い。でも古くて歪んだガラスを通して入ってくる光はなかなか魅力的な場合もある。とは言っても、キッチンスペースはやっぱり裏に配置することになりそうですね。


2021.10.16 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-012 「台所で遊ぶ」への道 1

とりあえず描いてみた

あとから気づくことはあるけれど…


「台所で遊ぶ」の具体的なイメージをいざ描いてみようするとむづかしいと前回書きましたが、今回はとりあえずスケッチしてみたものについて。診察を待つ間に書きつけたものなのですが、こういう時間に書くのが、存外有効なのかもしれません。机に座って、いざ描こうとすると、構えてしまってなかなか手が動かないし、つい余計なことを考えがちなのです。




ここに載せたのは全部で5つありますが、最初に書きつけたのは、No2。ここでも何回か取り上げたことのある“is house* の台所にカウンターを足したようなもの。図面はノンスケール、目分量なのでプロポーションだって怪しい。それでもいちおう描き直す際にキッチンカウンターの大きさは全て揃えたので、かろうじて関係性はわかるだろうと思います。

僕は、以前にも書いたように、いっぺんに考えを進めることができないし、目に見えるようにしないと把握できない。要するに、頭の中での作業ができないのですが、この理由については、最近になってひょんな事から、原因らしきものがわかった気がしたのです(しかし、それはまた別の話)。

No2を書きつけたあとに、もっとDKに近いパタンをと思ってNo1を書き、ならばとさらに原初的な形態のNo0を付け加えた。それから、それぞれの特徴を考えながら、不足のものをおぎなおうとして、No3、No4にたどり着いたというわけ(ここでは省くけれど、細かいことを言えば、それぞれの段階でさらに小さな違いがあります。それでは、いくらなんでも時間がかかりすぎじゃないかとか、それにしては……、とか言われるかもしれませんが、まあ仕方がない)。

少しずつ進めるにあたって、5つくらいの項目で検討してみることにした(これもその場の思いつきです)。一つ目は、そこで食事ができること。二つ目は書き物や読書ができること。三つ目は音楽と映像が楽しめること。四つ目は昼寝ができること。そして五つ目が眺望、というか視線の問題。

No0は台所の中で食事するということでは良いけれど、調理するときに食卓と庭(外)に背を向けることが気に入らない。調理中の眺めについては、阿部勤自邸では壁に鏡を貼ることで解消しようとしているようでした。

No1は、レストランのシェフズテーブルをちょっと思い出して書いたのだけれど、あんまりDKと変わりませんね。台所の片隅で食事するようで、一体感に欠けるような気がする。

No2は調理中の眺めはいいけれど、これと台所にいながらにしてAVを楽しむことの両立がむづかしそうです。

No3はAVは楽しめるようになったけれど、食事の時の祝祭性に欠ける。

そして、その時の最終形となったNo4は、いちおう5つの要件を満たしているように見える。しかし、調理する側の床面積が広くなりすぎること(出入り口の位置で解決しそうだけれど)、それにキッチンカウター、デスク、テーブル、バーカウンターの高さの関係、調理中の水はねや油はねへの対処あたりがまずは問題になりそうです。

その時はまあまあのように思っても、あとから改めて見るといろいろと気づくことがありますね。なんだかなあ、という気持ちになる。いずれにしても、台所だけで完結しないので、周辺のデザインを考えながらゆっくり取り組んでみることにしよう(あんまり気負わないようにして)。


* その時々によって、呼び方が “is house” だったり、“house is“ とあったりするようなので、ここはぜひ統一していただきたい。ちょっとおおげさですが、作者の関心のありようにかかわると思うので。


2021.10.09 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-011 台所で遊ぶ

阿部勤の暮らし方

でも、ちょっと違う…


前回の補足のようなものを。僕は以前、台所の中で暮らしたいというようなことを書いたことがある*。

台所を重視した建築家と言えば、多いのか少ないのかは知らないけれど、まず思い出されるのは中村好文、その先輩筋の宮脇檀、阿部勤(自邸)、そして横山敦士(特にhouse is)も。


**

ちょうど折良く、NHKの「人と暮らしと、台所〜夏」という番組の中で阿部勤の自邸を取り上げていた(名作として知られるし、一般紙の台所特集にもよく取り上げられていたから、いつか登場するだろうと思っていました)。見ると、そこにはおびただしい数の調理器具や食器が所狭しと並べられ、吊り下げられていた。あなたにとっての台所はと問われて、彼は「関われば関わるほど、愛着が湧く場所」であり、その分「楽しくなる」ところ。さらに、「その中にいることが楽しくなる場所」と答えていた。

そこでの作業はできるだけ面倒くさい方がいいと言って、これを実践する。作り置いた生姜の蜂蜜漬けにこれも手作りの炭酸水を注いだジンジャーエールに、仕込んで置いた小麦粉を手打ちし、製麺機にかけてパスタを作り、バジルや松の実をすりつぶすところから始めてジェノベーゼソースを作ってみせる。すぐ買えるようなものをできるだけ面倒臭いやり方で作るのが楽しい、と言うのだ。当然、道具立てにも凝っている。古くて原始的な仕組みの製麺機や石製の乳鉢等々、テニスのラケットなんかもあった(これは、筋子をばらしていくらにする時に使うらしい)。

「できるだけ面倒」なやり方をというのは、僕にはむづかしいかもしれない(なまけもの)。しかし、阿部勤はこれからのお手本とするのに十分。何と言っても、一回り以上も年上だし。それに案外、嗜好が似ているところがあるような気もする(こちらには仕事がない、というか経済力が乏しいけれど。直接関係のない建築的資質については触れない)。手間をかけるというか丁寧に作るということは、おいしいものにするというだけじゃなく、料理の過程そのものを楽しむのだね(そのために、道具もできるだけ気に入ったものを揃えるようにして)。

ただ、彼らの台所には大いに惹かれるけれど、僕が思うところのものとはちょっと違うような気がするのだ。

先に挙げた建築家の手になる台所は、いうまでもなく「料理する」ことを目的としている(あるいは、食べることと、それを通じての団欒。ま、あたりまえと言えば至極あたりまえなのですが)。これに対し、僕が夢見るのはそれらとはちょっと違って、1日の大半を過ごす場所なのだ。そこで料理したりお茶を飲んだりするのはもちろんだけれど、本を読んだり、音楽を聞いたり、映画を観たり、文章を書いたり、ぼんやり外を眺めたり、昼寝をしたり……。すなわち生活行為の大半、なんでもできるところなのだ。

こう書けば、「要するにLDKってことなんだよね」と言われそうだけれど、そうではない(と思う)。LDKは確かに3つのスペースが一つになった空間とであることに相違ないけれど、それは3つのスペースが並存しているのであって、渾然一体となっているというわけではない。台所が中心というわけでもない。阿部勤の台所は、妻を亡くした後に生きるために料理をするために改装したということだけれど、僕の思うところの生活を楽しむ場所としての台所に近いかもしれないという気がする……。

僕は強いていうならば、KDL(なにやら電話会社の名前のよう)と呼びたい気がする。すなわち、台所の中にDLが含まれているのだ。イメージはそういうものなんですが、さて具体的にはどういうものになりうるものか。いざ描いてみようと思い立って始めてみたら、これがむづかしい。つい、余計なことを考えて、徹底できないのだ。


* と思って探してみたけれど、見つかりません(やれやれ)。
** 写真はNHKのHPから借りたものを加工しました。

2021.10.02 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-010 もう一度、夢見る住まい

「自分」にとって大事なこと

やっぱり…


優れた建築家の(もちろん、超の字のつく建築家や人気の建築家だって)、それらの手になる住宅が紹介されたものを見るのは楽しい。手元にあるのは、イームズやらフォスターやら、阿部勤やら。

北欧の建築家たちの自邸を紹介する番組のDVDを見ていた。心惹かれるような住宅が次々に登場する。気持ちの良さそうなもの、おしゃれなもの、モノの少ない空間とモノにあふれた空間(というのはあんまりないのが残念といえば残念)、天井の低い部屋もあれば吹き抜けや天井の高い部屋もあるし、広々とした部屋ばかりでなく狭いけれど工夫された部屋もある。

そして、そこに住みたいかと言われたら(ちょっとむづかしいところがありますが)、まずはためらいなく「もちろん」と言うだろうと思います。さらにもう少し広い世界に目を向ければ、なおのこと。何しろすごいものがたくさんある。革新的な試みと伝統的なもの、複雑とシンプル、アーティスティックと素朴、コンセプチャルと実際的、等々様々な素晴らしい空間的な実現がある。きりがありません。

しかし、ずっと住み続けたいかと聞かれたなら、ちょっと口幅ったいのですが、「否」というしかないだろうと思います。本当に住みたいのは偉大なそれじゃないし、立派なあれでもないのです。実際に住んだとしたら、感心するばかりで大きな不満はないだろうと想像するけれど。かっこいい住宅、優れた建築に住み続けたいわけではないのだ。

たぶん、それは一流のデザイナーの手になる既成服とごく普通の職人による自分の体に合わせて作られた服の違いと似ているのかもしれない。身体への馴染み、好みとの適合の具合等々、その差の大小はあるだろうけれど、それらの違いに対する反応は人(着る人であれ、作る人であれ)によって違うだろう。それに対し何を求めるのか、何が大事なのか、あるいは何を期待するのか、等々人によって、それぞれに様々な思いがあることだろう。でも、その小さな差異が大事、譲れないということもある。ただ「住める」というのと、積極的に「住みたい」というのとは根本的に違うのだと思う。




で、スケッチしてみたのがこれ。今その時の気持ちですが(明日は、また違うかもしれないけれど。この辺りもちょっと厄介)。条件その1 台所が中心であり、これに続く外の部屋があること。ついでにいうなら、「美の神は細部に宿る」のだろうけれど、その前に構成が大事ということもある。

老婆心ながら誤解のないように付け加えておくなら(ごくごく稀かもしれないけれど、たまに何人かの若い人が読んでくれている、ような気がするので)、自分の気持ちに忠実であれば良い、他者に学ぶことはないというのでは、もちろんありません。他者、先達であれ同輩であれ後輩であれ、得ることがあれば学ばなければいけないのはわかっているはず。さらに蛇足を加えるなら、それはトレースするというのとはまた違う(ま、時に、いっそその方が潔くていいかと思うこともなくはないのですが)。

功を焦ってはいけない。でも、この年になると、正直なところそうは行かない気もするのです(近道がないのはわかっている、つもりでも)。

ともかくも、またしばらく続けることにしてみようかな。下手くそだなあと言われることを覚悟して。でも、そんなことは関係ないですね(あくまでも僕の取り組み方についてのことです。なんといっても、僕自身が「夢みる」住まいなのだから)。上手いか下手は関係なし。よくできているかまたはそうじゃないか、建築的か否か、全体か部分か。それらは一切問わない。本日只今の「夢見る住まい」を描いてみる。続けると、少しはマシになるかもという下心もないとは言いません(少なくとも頭のトレーニングにはなるだろう。生きるための希望になるかもしれない、ちょっと大袈裟だけれど)。とすると、条件の2は……、また次の機会に。

そして、感想、例えばこうすれば…というようなアイデアが届いたなら、もっと楽しい作業になりそうです。


2021.09.25 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-009 市場と広場、再び

集まるための空間

個と全体の関係


日本人の丼物好きは誰もが認めるでしょうね。うな丼、カツ丼、天丼、親子丼に牛丼。 そして最近では、アボカド丼なんていう新種もあるようですが。たいていの人は、少なくもこのうちの一つ、いや二つは好きというものがあるのではあるまいか。僕はこの中では天丼ですね。別に天ぷら好きというわけでもないのに、たまに食べたくなる。この丼物の嚆矢は、やっぱり江戸時代に始まった「鰻丼」にあるらしい。それがいつの間にか、「猫まんま」などと言って、汁かけご飯を嫌うようになった。

今僕は、丸谷才一の「丼物への道」を参照しながら書いているのですが、丼物の復権の契機は「カレー・ライス」にあるという。「カレー・ライス」は今や言わずと知れた国民食と言っていいくらいのものですが、汁かけご飯であるというだけでなく、元は本家のインドではなく西洋から到来した洋食ですね。我が国では明治以来、ヨーロッパのものをむやみにありがたがるようになった。

またヨーロッパかぶれと言われるかもしれないけれど(そして、もう聞き飽きたと言われそうだけれど)、僕は彼の国々の市場が好きです。とっても好き。ちょうどお昼ごはんを食べた後に、紀行番組を録画したものを眺めていたらちょうど出てきたので、思い出した(暇ということもあるけれど、きっと怠けものであるせいですね)。


*

例えば、何回か取り上げたような気がするけれど、スペイン、バルセロナのサン・ジョセップ市場(これを「世界一美しい市場」という人もあるらしい。僕は口ほどには多くの市場は知らないのですが、これには異論がない)。オックスフォードのカバード・マーケットには1年ほどの間よく通った(ちょっと内装、特に改装後のそれは素晴らしいとは言い難いけれど、市場の楽しさは十分)。もはや遠くのことになってしまったけれど、ヨーロッパを訪れた時は、必ず市場に行った。行く先々で見たそれは、大きなものに限らず、小さなものやテントがかかっただけのものでも、とにかく楽しかったな。いずれもがちょっとした祝祭的な気分があった(もちろん、こちらが旅人ということもあるだろうけれど)。だいたい市場に限らず、飲食店でもテント席が好きなのも、日常の中の非日常を感じることができるというのが大きい(わが国でも近頃は増えてきたとはいえ、いまだに一般的になったとは言えないようなのはなぜだろう。屋台の伝統があるというのに。もしかしたら、コロナ禍の今は増えているのかもしれませんね)。

市場に戻って言うなら、我が国のそれは、実用性、あるいは効率が優先されているようで、たいてい自然光が入らず、天井が低い。そのために、ワクワクするような楽しさがないようなのだ。

このことは、市場に限らず、駅、特に大きなターミナル駅なんかでもそうですね(こちらは、FL・ライトがミラノ中央駅を世界一美しい鉄道駅と称讃したらしい。これについては、僕は別の意見があるのですが、また別の機会に)。ともあれ、やっぱり「広場」という概念の有無が大きいのだろう、と思います。それからもう一つは「中心性」も。さらに飛躍して別の言い方をするなら、「繋がり」(人やものや時間の相互の結びつき)に対する認識の違い。さらに、こうしたことは「水」との関係もほとんど変わるところがないのではあるまいか(水の問題については、急峻なわが国と比較的平坦なヨーロッパを同じように考えるわけにはいかないけれど。もうひとつ、責任の所在についての考え方の違いもありそうです)。

それにしても、明治以降たいていのことについてはヨーロッパをお手本としたのに、なぜ市場や駅や川辺については学ばなかったのだろう(余計なことだけれど今でも、もはや学ばなない方がいいようなことをありがたがって取り入れようとしているように見えるのも、不思議)。

でも、手に入れられなかったものを数えても、楽しさは得られない。わかっちゃいるのだけれど、ちょっと残念な気がします(せめて「終の住処」では、ぜひ屋外テラス(テント付き)で食事ができるようにしよう)。


* 写真は、撮影した写真を保管したパソコンが手元にないために、trip noteから借りたものを加工しました。


2021.09.19 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-008 第1歩

新しいオーディオ環境の喜び

古い機械の幸福


長い不在の期間を経て、我がオーディオ機器類がオーバーホールと修理を終えて戻ってきて、ようやくすべて揃った。これで音楽を楽しむことができる(夕日通信にちょっと書いて以来、およそ4ヶ月ほどもかかったことになる)。

そのいずれもが30年以上にもなろうかという古いものばかり(そして、今様のものとは違って、その当時のものづくりの考え方のせいで、皆恐ろしく重い)。その陣容は、アンプがラックスマンL−570、レコードプレイヤーはヤマハGT 2000、、CDプレイヤーはソニーCDP−R3、そしてスピーカーはハーベスHL5(なぜか家には英国製のスピーカーが集まる)というもの。これらが、ヤマハの超重量級のラックに収まった。

ひとまず設置が終わったところで、聴いてみる。まだ張り替えたばかりのコーンは馴染んでいないせいで音は硬いようだけれど、それでも悪くないようだ。これから慣らしが進めば、さらに伸びやかで刺々しいところのない、おおらかな音楽が聴けるのではあるまいか。何より、新しい機器よりもこれの方が落ち着くような気がするのは、その佇まいゆえか、ソフトが古いせいか、室内空間が古びているせいか、はたまたこちらの歳のせいか。あるいは、ただの気のせい、負け惜しみかもしれないけれど。




ともあれ、これでAV環境のうちのA、すなわちオーディオの機器類の整備はひとまず完成(上を見たらきりがないけれど、経済や空間上の制約からすれば、まずはよしとしなければいけない)。だいたいそんなにわずかな違いを聴き分けるほどの耳を持っているわけじゃないし、気兼ねなく大きな音を出せるわけでもないのだ。それに機械に拘泥するのは、楽器を弾かない(弾けない)ことの劣等意識のせいと言われても仕方がない気がする(いい環境で 聴ける方が望ましいのは、当然だけれど)。

次は、V(ヴィデオ)の方(もしかしたら、僕にとっては、こちらの方がより重要かもしれない)。そして、ふたつ共のソフトの収納のことがある(特に、今のところはこれらのソフトと本を置いてある寺前の部屋に行くことができないから、急がなければならないのです)。さらには、視覚を中心とした感覚の喜びを満たす空間の整備も(といっても、すっきり見える部屋、片付いた部屋というだけのことなのですが)。

羞しいけれど僕は、この歳になっても、本質もさることながら、どうやら見た目とそれが醸し出す雰囲気に左右されるようなのだ。はっきり言ってしまうならば、相変わらず実質よりも気分を重視する癖があるのです。でもその割には……と言われそうな気もするので、このことについてはいずれまた改めて考えてみることにしよう。

こんな風にやるべきことはまだまだたくさんあるし、これからの方がはるかに難題だけれど、それでもやっと「Nice Spaces」とするための第一歩を踏み出したような気がして(何しろ怠け者なので)、ちょっと嬉しい。

ところで、訊かれる前に言っておくと、「終の住処」の問題は相変わらず未解決のままですが、まずは今過ごしている場を快適にしなければ始まらない。0と1の差はほとんど無限といっていいほど大きいはずだし(ちょっと大袈裟のようだけれど、気持ちの持ちようということです)、それに「明日世界が滅びるとしても、私はリンゴの木を植える」という言葉もあることだし……。


2021.09.11 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-007 スタジオ改修・第1報

自分(たち)でやる

生まれ変わった空間


2月の始め頃からずっとやっていた撤収のための作業はなんとか終えた*ものの、大量の本と雑誌、そしてDVD等をどこに置くかが問題だった。当然、家には入らない。捨てることもできない(そういう性分です)。で、どうしたのか。

たまたま、デザイン学科の卒業生の実家が所有する家をシェアハウス化するプロジェクトを2つのゼミがやることになっているところへ誘われて、1室を借りることになったのだった**。

DIYを基本とするということだったので、見に行ってみると、壁紙は剥がれ、設備も老朽化していて、その痛みようは予想を超えるものだった。おまけに、プランも変。正直なところ、ちょっと逡巡したのでした。が、背に腹は変えられない。それで、小遣いの範囲でなんとかなりそうな賃料で借りることになった(何しろ年金生活者なのだ。ま、なんとかなるだろう)。

1階部分の共用スペース、2階の大きな部屋の分割案、そして3階の自身が借りることになった部屋(広さはおよそ10畳ほどある)のスケッチを描いた(こういう作業は楽しい)。果たして実際にうまくいくのか、ちょっと不安もあった(図面と実際は違う部分も、少なからずあったのです)。そして、何しろ運び込んだ(すなわち搬出した)物量はかなりのもの。とりあえず1階に仮置きしたものの、何段かに積み上げられた段ボール箱その他は、10畳の和室の大半を占めていたし、本棚やスチールケースの類はリビング・ダイニングルームの半分ほどの部分を占めていた。

ひととおり掃除を済ませて何日か経った頃、プロジェクト科目担当のカネコセンセイに率いられた学生諸君がやってきたときはどうなるのだろうと思ったのだけれど、案ずるより産むが易し。マンパワーと3人寄れば文殊の知恵のことわざ通り、一応それらしい形になりそうな気配だった。


改修前

問題は3階だ。くたびれているだけでなく、なんだかどんよりとした感じがして、垢抜けない。幸い、リノベーション経験者の卒業生のサクマサンとスヤマクンが来てくれて、壁を塗り変えることになった。

そして当日。

午前中から始める予定が、道が混んでいたということで、昼食後から始めることに(ちょっと心配になる)。痛んでいた壁だけでなく、比較的痛みの少ないところも全て塗り替えようと壁紙を剥がし始めただった。おまけに、巾木、窓枠、周り縁もみんな塗りましょうよ、と言う。ちょっと、大丈夫か(主に、時間的なことですが)と心配したけれど、仕方がない。しかもやってみると、思った以上に時間がかかる。ローラーで塗るのは、けっこう力もいる。巾木の上面や周り縁は刷毛で塗らなければいけない。いよいよ心配になる。一方、彼らは気にするそぶりが微塵もないのだ(慣れているせいだろうか)。でもね、実際にやってみると案外楽しいことに気づいた(そして、時間のことなんかは気にならなくなっていたのです)。


ちょっと苦戦中

ただ、特に細い材は一度塗っただけではうまくいかない。生地の色が透けて見えてしまうのだ。それでも、2度、3度塗り重ねるたびに綺麗になる。サクマサンは「やった効果が目に見えるのは嬉しい」と言います。確かに。僕はもう関係ないけれど、学生たちにこうした作業を経験させることは、何よりも有効な教育手段の一つとなるのではあるまいか。


もう一つ感心したこと。スヤマクンは作業が完了したのちは、綺麗に掃除までやるのだ。まるで大工さんみたいだというと、「こんなレベルか、と思われたくないんです」と言うのだった。ゴミ袋を下に降ろして戻ってくれると、今度は、巾木と床の交差する部分のはみ出た塗料をスクレーパーで削り取っていたのだった(おお!)。


作業終了後


結局終わった時は午後8時を回っていたけれど、出来栄えは自分で言うのも変だけれど、印象は全く一変した。はじめは、翌日午前中に写真を撮るつもりでいたのに、皆つい嬉しくなって椅子を運び込んで、写真を撮り始めたのです。帰途に着いたのはすでに8時半を過ぎて、外は真っ暗になっていたのでした。

これはDIYとは関係ないことだけれど、送ってもらった写真を見たら、腰が曲がっていることに改めて気づかされた。先日、卒業する学生たちが作ってくれたスライドを見た時も、大げさに言うなら、ちょっとした衝撃だった。やっぱり、時間はやさしくはないのだね。時として容赦なく、残酷である。

ところで、タイトルにスタジオという名を入れたけれど、果たして仕事(創造的な作業)の機会はあるのか。


* 在学生や卒業生 の協力の賜物。彼や彼女たちの助けがなければとてもできなかった。どうもありがとう。
** 運がよかったと言えば確かにそうだけれど、思い返せば僕は案外こんな風に運に恵まれてきたようだ。


2021.04.14 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)



#2-006 埃を払うということ

誇りを失わずに暮らすために

生活の器としての家


映画を見たい、と思う時がある。

何を見るか。しかし、これがなかなか決まらない。

ちょっとその気分じゃない。長いものは困る。もう少し落ち着いて見ることができる時に、とか。スクリーンでなくっちゃ、とか……。ま、色々とあるのだ。

このところは、テレビの画面でもいいからと思って、テレビの映画番組で放送されるようなもの、気楽に見られるようなものをいくつか見た。大抵、アクション映画ですね。でも、何か気持ちが変わるようなものを観たい気がしたので、取り出した。

「どうして埃がたまるの」。そう言いながら、大きく目を見開きながらゆっくりと手を動かす。

映画「八月の鯨」の中のシーン。

確かに、家は放っておくとすぐに埃が溜まる。厄介なことこの上ない。「八月の鯨」については、すでに書いたことがある気がするけれど、何を書いたかは全く覚えていない。


掃除をするリリアン

ともあれ、洗濯物を干し、花を摘み、「どうして…」と言いながらも家の中をきれいに保つために、手を動かし続けるのはリリアン・ギッシュ。当時90歳。目が不自由な姉と共に暮らしている(こちらを演じたのは、79歳だったというベティ・デイビス。いずれもかつて一世を風靡したハリウッドの大スター)。二人は、リリアンのサマーハウスにやってきている。二人ともが夫を亡くした後は、一緒に暮らしてきたようだ。

「八月の鯨」というのは、若い頃に見た鯨のこと。この時期になるとよくやって来たよう。リリアンは、再び鯨を見るのを楽しみに待っている。


テラスからの眺め

海辺の穏やかな海と張り出した岩を望む景色は美しい。

衝突しながらもリリアンは姉を気遣い、せっせと家事をこなす。そして絵を描く。しかも、優しさや気遣いを失うことがない。年老いた二人と美しい自然の対比が際立って、痛々しくもある。

妹は、家の中から外を眺めるための大きな窓をつけたい、と思っている。姉は目が見えないこともあってか、「もう私たちは、新しいものを手に入れるには、歳をとり過ぎている」と言って反対する。僕も以前はベティと同じように考えていたのだけれど、そうすると生きようとする活力も失われてしまうような気がするようになった。そんなことをしばらく前に話したばかりだったから、ちょっと励まされたような気がした。

ある時、リリアンは近所の落ちぶれたロシア貴族の末裔の釣り師を、魚を捌くことを条件にして食事に招待する。ベティはこれに反対する。それでも、リリアンはきちんと髪をとかし、ディナーにふさわしい服に着替える。一方、姉は約束の時刻が近づいても普段着のままである。ようやくベティが着替えて、招待客が到着し、晩餐が始まっても彼女の態度は改まる気配がない。むしろ、強まるかのようだ。

当然のことながら、彼女たち姉妹を取り巻く人々、小さい頃からの友人、出入りの何でも屋、そして老釣り師も歳を取っていて、皆がそれぞれに不安を抱えているようだ。


DVDジャケット


リリアンが家の中を綺麗にし、おしゃれをし、絵を描き、大きな窓をつけようと願うのは、生活のためではない。ただ息をするためだけなら、苦労してそうすることはない。彼女がそうするのは、幸せだった夫との思い出を汚さないためでもあるだろう。そして、何より自身の生活を惨めにしないためでもあるに違いない。誇りを失わず、積極的に、人間らしく暮らすための方法なのだ。もしかしたら、そうすることがほとんど唯一の方法なのかもしれないという気にさせられた。

老人の映画、しかも僕よりは年上でもあるし、ちょうど「家」、生活の器である住まいのことを考えることが多くなったところでもある。次に見る映画も決まった。

最後に付け加えるならば、海を望む大きな壁をつけることに反対していたベティも賛成して、自ら出入りの業者に指示をする。この辺りは良質なアメリカ映画の持つ美点ではあるまいか(監督のリンゼイ・アンダーソンは、長年イギリスで活躍した人のようだけれど*)。


* [if もしも…」、「怒りを込めて振り返れ」、「炎のランナー」等がある。


2020.12.05



#2-005コロナ禍の中でのシルキー・ファションショー

案ずるよりも産むが易し?

計画的であること

どうなることかと心配していた。

「実施できるのだろうか」、実施できたとしても「どんな形になるのか」というのは、ファッションを担当する同僚の心配。コロナ禍が一向に収まる気配がない中、時間だけは過ぎてゆく。はじめは、いつものようにぼんやりとしていた会場担当の僕も、いよいよそのことを考えざるを得なくなった。

会場をシルク博物館から、大学へ移して実施することになってからも、状況は変わるところがなかった。

顔合わせもできず、時間も限られる中で、いっそう心配が増大する。学生たちの反応も今ひとつで、熱意というか熱気が感じられない気もした(たぶん、こちら側も似たようなところがあっただろうと思う)。ZOOMでやっていた間は、アイデアこそ出るものの、こんなのがいいなあというイメージ写真ばかりで、実際に実現するという意識で作られたものはほとんどなかったのではあるまいか。

それが皆が集まることが可能になった頃からようやく、いくらかは現実味は帯びてきたものの、やっぱり当事者意識は乏しいように見えた。材料の発注も出たとこ勝負と言うのか、例えば「30mm角、長さ1800mmの角材を◯本と70mm◯本、お願いします」というメールが届いて、70mmというのはちょっと変と思ったので確認のメールを出すと、「700mmの間違いです」という返事が戻ってきたばかりか、さらにその後「金曜日に間に合いますか」とのメールを受け取ったのは水曜午後といった具合。そんなことが、実施日間際になっても続いた。

角材の手配はなんとか間に合ったけれど、次の作業日はなんと設営の前日だという。大丈夫かと聞いても「んー……」と言ったきり。あるいは、別の学生は「怪しいかも」と言う。それでも、屈託がないというのか、悪びれたところがないのだ。

何本もの木材に色を塗り、組み立てる。これだけでも容易ではない気がして、流石に今回は、しかも最後の機会となる会場構成が、ちょっと間に合わないのではないかという気がして、覚悟した(その場合に備えて、密かにプランBのことを考えた)。

ようやく設営日を迎えることができて、いざ始まったと思ったら、「ガムテープはありますか」、あるいは「風船が足りなくなったので、今買いに行っています」といったことが続出。

それでも、学生たちは、肝が据わっているというのか、平然として動じる気配がない。どうやら、これまでもそうして乗り切ってきたらしい。加えて、今回は共同作業。グループの仲間に対する信頼感というか、一人じゃない安心感があるらしかった。

ステージ1・渡り廊下

ステージ2・階段

ステージ3・メインステージ(部分)

メインステージ(終了時)


当日になっても、色々と小さな問題はあったけれど、ま、概ね無事に済んだ。時間がかかることを予想していた後片付けも、素早く連携してあっという間に終えることができた(この時ばかりは、その手際の良さに、とても驚いた)。彼女たち/彼も満足げだった。

なんとか終了することができた安堵感の後に、よくぞ間に合わせてくれたものだ、やるときはやるのだなあと感心していたら、不意に、彼らは案外このことを見越していたのではないかという気がして、ため息をついたのだった。

力を合わせてやったこと、それを見ることは、何であれ気持ちがいい。

でも、次からはもう少し計画的にやってくださいね(ま、僕はもういないけれどね)。


2020.11.25



#2-004 「生活の革新」の場ふたたび

心豊かに暮らす

変わったものと変わらぬもの

前に、「生活の革新を見に行く前・後編」と題したものを掲載したことがある*。それからもう、4年ほども経った。時の経つのはなんと早いものか。

4年間は決して短くない。その間に色々と変化がある。例えば、僕はといえば、これまでの生活とはガラリと変わる時期を迎える頃になった。そして、かつての「椿茶屋」は場所の移転を余儀なくされ、名前を変えた。それで、新しい場所での生活を見たいと思っていたのだけれど、色々と事情があって、果たせないままでいた。

それが先日、何かの折に「庭の緑がちょうど見頃だから見に来ませんか」と誘われたので、思い切って出かけることにした。学園祭の休暇期間だったので、時間的余裕はある。しかも、コロナ禍の最中とあって、帰省もままならない(このところは、毎年そうしていたのだ)。


前庭の中のテラス席

電車を乗り継いで、3時間と少しで最寄り駅に到着。さらに車で20分ほど行った田園地帯に、そこはあった。敷地こそ広いが、建物は以前のそれとは違って小さな家が一棟だけ。一方、休業日だったけれども、前庭にはやっぱりテーブルとテントが設えられていた。


快晴のコスモス畑

家の中を見せてもらったあと、食事の準備ができるまでということで、近くの休耕田を利用したというコスモス畑まで案内してもらう。そして、一周した後、途中で、新しく移住してきた人が営む写真スタジオを見せてもらおうと言って、敷地の中へずんずん入っていく。と、隣接する家の住人らしき人たちがいて、おばあさんが「今は外に出ているから中に入れないけれど」と言いながらも、その場所まで導いてくれる。その間、いつの間にか彼と彼女は親しげに言葉を交わしている。お互いに、同じ地域に住む者同士として、もうすっかり溶け込んでいるのだ。

絶好の天気にも恵まれ、そのあとは久しぶりにオープンカフェのお酒と食事を堪能した。ちょっと食べ過ぎたようで(白状すれば、最後にテーブルの上に残っていたお芋の天ぷらを2枚ほどつまみ食いしました)、そのため、晩ご飯は不要。とても気持ちが良かったのだ。

そこでは、物質的な贅沢よりもやりたいことをやるということを実践し、豊かで充実した暮らしぶりを目にした。翻って自身のことを思うと、改めて暮らしを考え直すことを強いられたような気がしたのだ。何と言っても「総じて言うて、『人生は短い』**」、のだから。


* Nice Spaces「生活の革新を見に行く前後編
**何度も書いた気がする。この後、「だから、ランプの消えぬ間に生を楽しめよ。アルトゥール・シュニッツラー」と続く(「悠々として急げ・開高健の大いなる旅路ースコットランド紀行」、TBS)


2020.11.07



#2-003 外部空間の誘惑

自然の中の人工

ワイン映画3本で考えたこと

コロナウィルスはなかなか先が見えませんね。これに限らず周辺の諸々のことを含めて、なんだかちょっと怖くなったりします。

で、「プロヴァンスの贈りもの」はどうだったか。


外で食べたい

やっぱり、当てが外れた(なんとなく想像はついていたのだけれど)。目につくのは、ほとんどがエクステリア、外部空間(何と言っても、ワイナリー。葡萄畑が主役なのだ)。ただし、それらが素晴らしく美しい。例えば、池に映る太陽(朝日だったか夕日だったか)。たぶん夏の終わりか初秋の頃の光に照らされてやや黄色味がかった壁に映し出される木々の影、揺れる枝と柔らかな光を透かした葉々。住宅の周辺から葡萄畑が広がる風景まで。そして、早朝のまるで水墨画のような景色から、昼の明るい景色、そして夕暮れのそれまで。それらは全て紗がかかったように煙っているように見える*。

これらに比べると、プロヴァンスのシャトーも悪くはないけれど、マックスのロンドンの自邸のコンクリートとガラスのモダンな住宅も、そのバルコニーから望むテムズ川などの風景も、色褪せて見えるよう。関係ないけれど、ロンドン、ピカデリーサーカスの広告に今はなきサンヨーの大きな文字が見える(栄枯盛衰。時の流れを感じます)。

もしかしたら、インテリアのありようよりも、外部空間の方が重要なのかもしれない、あるいは中から何を見るかがより大事なのでは、という気さえしてくる。

車の場合は、外観よりもインテリアが大事だと言われることがある。走っている時に外観は見えない、というのがその理由。おまけに、外の景色は刻々と移り変わる。それに対して、家の中から見る景色は動かない。季節に応じて表情を変えるだけだ。ただし、車も住宅も中から見るだけではないし、見る人も所有者や居住者だけではない。

そして次の日、ジョージ・ロイ・ヒルの「リトルロマンス」を挟んで、「ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡」を観た(映画は、1本観ると続けて観たくなるのは、どうしたことだろう)。


ボトル・ドリーム***

当然のことながら、やっぱり外の風景が断然美しい。わけても、各ワイナリーで試飲する時に設えられた即席の露天の席。あるいは、インターンの女性サムの住むボロ小屋の前で、若きワイン技師グスタボが作ったワインを初めて飲む、テラス席の眺めは断然。これについても、以前書いたことがある**。なんだか、繰り返してばかりのようです。でも、言い訳をすれば、古書店の主人にして泥棒のバーニーは、「ミステリー小説の良いところは繰り返して読んでも楽しめる。なぜなら、忘れているから」、と言うのだ。映画も似たところがあるのではあるまいか。ま、実際はそんなに繰り返して読んだり、観たりすることはないけれど。

フランス産ワインとアメリカ産ワインの飲み比べを企画した、パリのワインバーの主人であるイギリス人スティーヴン・シュパリュアは、馴染みの客にこう言う。

「ドガは絵の具を用いた。ロダンはブロンズを。ドビュッシーはピアノを。ボードレールは言葉を。醸造家のロートシルトは葡萄を使った」。

そこで、つい思ってしまうのだ。さて、僕には何がある(別に、芸術を作りだそうというのではないけれど)。

そのあとに、こうなったら次もワイン映画だと思って、世評に名高い「サイドウェイ」を手に取った(これは正直なところ、相性が悪いというか、ちょっと苦手なのだ。初めて観た時はそうではなかった気がするけれど)。主人公のマイルスが、近く結婚する能天気な友人ジャックとワイナリー巡りに出かける。車は少しくたびれた赤のサーブのカブリオレ。ソフトトップは閉まったままのようなのは、やっぱり乾いた土地の土埃のせいだろうか。

途中二人が立ち寄るマイルスの母親の住む家は、まるで書き割りのよう。建て売りの住宅群は薄く平板に見えて、物質的な重みが感じられない。日本のそれ以上かもしれない(これは、2×4のパネル工法のせいか)。

それでも、カリフォルニアのサンタバーバラの葡萄畑は素晴らしいし、そしてやっぱり紗がかかっている。それ以外の場所にある葡萄畑も当然美しい。そして、大写しにされた陽を浴びて輝く葡萄畑の葉や果実ももちろん。

さらに言うなら、いちばん感情移入しやすそう、というか身につまされそうな条件をいくつか備えている。マイルスはワイン好きで、出版を夢見る後頭部の薄くなった冴えない国語教師なのだ。しかし、ワインについてだけは絶対的に自信を持っている。僕はワインについてウンチクは語れない。しかし、結局最後まで観ることができなかった。

で、結論から言うと、「ボトル・ドリーム」がいちばん好き。ラブコメ的ということなら「プロヴァンスの贈り物」かもしれない。(子供っぽい大人も含めて)大人の苦さということから言えば、「サイドウェイ」がいちばん。でも実際には、自身からは最も遠い「ボトルドリーム」が好きなのだ。もしかしたら、文字通り還暦したのかも。基本的に、ハッピーエンドが好きなのだ(マイ・ベスト3は、なぜかそうではないのは、どうしたことだろう)。ただの子供っぽい、感傷的な人間であるということなのかもしれない。

そして、緑か水か、山か海(あるいは大きな川)かと問われれば、きっと水と言うだろうと思う。


* これについては、かつて触れたことがある「#84 ターナー展」。それにしても、他の人のブログの映画の場面の写真が鮮明なのはどうしてだろう。
** 「#205 ナパの醸造家の卵たちはビールを飲む
*** 画像は、ブログ「燃えるゴミは明日」から借りました。


2020.04.14



#2-002 最高のキッチン

料理の喜び、食事の楽しさを生み出すところ

空間の姿

「数件のレストランで修行したなかで、私は最高のレストランとは静かで、張り詰めた雰囲気で満ちているものだと学んでいた」。

と言うのはデイヴィッド・シャレック、「注文の多い地中海グルメ・クルージング」*の中の一文。

帰省中の間に読むものとして、図書館で何冊か借りてきた。池澤夏樹のものを本命に、あと2冊軽く読めそうなものを借りてきた。その中の一冊。安定しかけた地位を捨てて、アメリカからヨーロッパに渡ったシェフの体験記。もうひとつはフランスの女性の贅沢と節約をめぐるエッセイ。読めたのはこの2つだけ。案外楽しめたのですが、結局、池澤のものは読めずじまい。ま、しかたがない。また今度。さて、先の文はさらに、以下のように続いた。

思考を破るのは食材を刻むナイフの音と、ステンレスのボウルで何かが泡立てられるかちゃかちゃという音と、熱い平鍋の中で料理がじゅうじゅういう音だけ。そして全ての背景に、換気扇と冷蔵庫のコンプレッサーの低い唸りが響いている。これはスタッフがもっとも効率的に働ける環境でもある私は確信していた。
しかし、この店では毎日営業が始まるずいぶん前の午後から、キッチンには気が散るような無駄なおしゃべりの不協和音がきりもなく続き、騒々しかった。明らかにスタッフは仕事よりも、皆で過ごすことを楽しんでいる。

と、ニューヨークやロンドン、そしてプロヴァンス等で活躍したアメリカ人シェフは嘆くのだ。


名レストランの厨房**

レストランではそうに違いない(お寿司屋さんの包丁と同じように、ちょっと憧れたりもする)。レストラン映画***を見る限りでは、怒号が飛び交うこともあるようだけれど、本当に美味しいものを作ろうと皆がそれぞれの役割を果たそうと一生懸命になるならば、静かにならざるを得ないのではあるまいか(たまに、怒声が混じることは仕方がないのかもしれないけれど)。そして、設備や道具類はきっとピカピカに磨かれている。かくあるべしと思う。

でも、家庭におけるキッチンは、きっと同じではない。食事を作る工場というだけでなく、人の命を日常的に支える場所、拠点でもある。したがって、むしろおしゃべりやら何やらで満たされた空間の方が好ましい、と思う。そのようなキッチンが生活の中心にあるような場所こそが、住宅と呼ぶにふさわしい気がするのだ。そういえば、うろ覚えだけれど、雑誌で見たヨーロッパ屈指の名店『noma』のオーナーシェフだったか、彼の自邸のキッチンも、お店のそれとは違って、ずいぶんと素朴だけれど、あたたかさに満ちたものだった。

件のシェフは、いろいろと失敗を重ねながらも師や仲間に恵まれて、一時大金持ちのいろいろと注文多いオーナー夫妻の豪華ヨットの専属シェフシェフとなる。ここで、彼は責任者として様々な経験を積み、料理人としてのありようを身につけていくのだ。カザルスが教えたように、学ぼうとする気があれば何からでも学ぶことができる。

で、僕はといえば、ただいまキッチンが主役の住宅を夢想中。

*『注文の多い地中海グルメ・クルージング-セレブ「ご用達」シェフの忙しい夏』 デイヴィッド・シャレック&エロール・ムヌス 早川書房 2008
** 画像は業務用厨房設備機器メーカー、フジマックのHPから借りたものを加工しました。銀座の最高級フランス料理店「ロオジエ」のもの。
https://www.fujimak.co.jp/solution/case/losier.html
*** たとえば、「二ツ星の料理人」の厨房。


2020.01.16



#2-001 姿勢のデザイン

夕方の空港のステーキハウス
憧れ

夕食には早かったせいか、空港内のステーキハウスは空いていた(というか、ガラガラ。およそ50席ほどの店内にお客は誰もいなかった)。ちょっと心配になるけれど、そんなに高いお店というのでもないのです。次のお客がようやく入ってきて、ちょうど向かいの窓側の席に座ったのは年配の、今ではちょっと珍しくなった和服姿のご婦人二人。

でも、見ると色々と異なるところがあるようだった。それぞれ何を頼んだのかまでは分からないけれど(ま、大した違いはない)、運ばれてきた料理を食べるのに、一人はフォークとナイフを操り、もう一人はお箸を使っている。身体の大きさもずいぶんと違っていて、一人はけっこう大柄だし、もう一人は小柄。ただ、いずれにも共通しているのが、その「姿勢」の良さ(写真を撮ることができなかったのが、残念)。

背筋がピンと伸びていて、美しい。凛とした様子が圧倒的に素晴らしいのだ。姿勢の美しい人は、たぶん暮らしぶりにおいてもそうに違いないはず、と思わせるところがある。真似をしようとしても、常に意識していないとすぐに姿勢は乱れてしまうのだ(付け焼き刃は、通用しない)。

それは単に「慣れ」ですよと言う人が、もしかしたらあるかもしれない。確かにそうなのかもわからない。しかし、そうだとすれば、逆に、よりすごみを感じる(「慣れ」と簡単に言うことはできるけれど、それを習慣化するほど、身体化するほどまでに続けるということは、簡単にできることではないのではあるまいか)。そこには、ある矜持が表れているようでもある。そのせいで、いっそう憧れるのだ。

それで、顔を上げるたびに目に入る二人(姿勢はいつでも凛としたままで、決して崩れることがない)を見ながら、(せめて、姿だけでも)かくありたい、と改めて願った次第だった。とても、美しい。素敵です。


2019.11.10



#233 タイムマシーンに乗って行くところ・その2-2

肝腎の大宴会は

祝祭的な気分

そして、その日のメイン・イベント(卒業生の一部にとって、ということですが)である「芸工大宴会」という銘打たれた会場(「多次元実験棟」という耳慣れない名前の建物)に行くと、ウエイティング・スペースとなったバルコニーでグラスを手にした友人を見つけた。そのまわりにはさらに何人かも、しばらく見ていたらすぐに分かった(なんと言っても、同期は30人きりいないのです)。やっぱり学生時代の仲間は、あっという間に昔に戻ることができるのだ。


会場の中

会場となったホールに入ると、もはや立錐の余地もないほどの人、人、人。先日東京で会った時には、同窓会長を勤める先輩(例のシンポジウムで眼が合った)はいったい何人集まるかと心配していたけれど、それも杞憂。おまけに開会が宣言され、乾杯が始まる頃には、皆けっこうアルコールが入っていた(これも自由な校風のせい?)。

友人と話していた1年生だという女の子たちの名札を見ると、「51期」(おお!)。

その校風の故か、卒業生の一人で手塚賞受賞者という人気漫画家へのインタビューの時は、ほとんど聞こえずちょっと気の毒だった。一方、後で登場したジャグリングの世界一になったことがあると紹介された卒業生のパフォーマンスが始まると、皆見とれて時々上がるオーッという歓声が聞こえたのみ。

やっぱり、身体を使ったパフォーマンスは強いのだね。先日絵画について話していた時に、絵画の物質性というか直截性というのか、これが感じられる方が断然魅力的という話を思い出したのでした。

おまけに、前室となったロビーの「50年の歩み」というコーナーには、ごく初期のところに「教員、父兄、新入生らにビール」の見出し。これは、今ではほぼ確実に犯罪ですね(ま、時効でしょうが、当時がいかにおおらかであったことか。と言うか、その時がどれほど祝祭的な気分に満ちていたかが知れるエピソードのひとつ)。本当に恵まれた、奇跡的なほどにいい時代、いい学校だったのだ*。

時代は変わったけれど、そして決して暮らしやすい時代とは言えないけれど、いま僕がいる学校の卒業生も、在校生もいつかそういう気持ちで集まってくれたら嬉しい。

急いで付け加えると、51期の名札をつけた女の子たちは、(当然のことですが)ミネラルウォーターやらコーラかなにかを飲んでいたようでした。

*学生運動やらオイルショック等もあって、必ずしも平穏なばかりの時代ではなかった。僕(ら)が脳天気だったというだけ?


2018.06.09



#232 タイムマシーンに乗って行くところ・その2-1

大変貌したもの、変わらないもの

空間の魅力の直截性

先日は大学時代の恩師を囲む会があったばかり。その3週間ほど後には50周年記念のホームカミングデイが、今度は大学であったのですが、ちょうど博多に寄るついでがあったので出かけてきた。

最寄りの駅に降りた瞬間から、まるで別世界。文字通り隔世の感あり。


大学入口前に続く大通り

どこの街に来たのか忘れてしまうほど。高い建物が建ち並んで、大学の校舎もまったく見えない。しかし、駅から続く大きな通りはその両側と中央に並木があって、なかなかいい雰囲気(学生諸君の言い方に従えば、イイカンジ、でしょうか)。そこから少し中へ入ると、ようやく大学の正門が見えてきた。


小道に面した正面入り口

さらに近づくと、大勢の人々とあちらこちらにテント(ぼくが通った頃の大学の名前が入っている)が見えた。後で聞いたところによると、今日は記念のホームカミングデーというだけでなく、地域の人々に施設を開放する「デザインのフシギ体験」の日、ということでお店もたくさん出ている。


製図室のあった棟(左手前)を見る

たくさんの人々が行き交う池の側を抜けて短い階段を上ると、三周と半分を建物に囲まれた中庭がある。かつて通いなれた製図室があったところ。4学科が入る2つの棟を中心に工作工房等の特殊棟がある。昔とほとんど変わるところがない。さほど劣化した風もない(恵まれたいいキャンパスだった、と改めて思い直した。ただ、正面の室外機がいやですね)。

建物の中へ入ってみると講評会が行われたロビーも、もちろんありました(ちょっと狭い)。その隣は教室になっていて、「アジアの若手建築家は何を考えているのか」が開催中。多数の人が詰めかけていたのには驚いた(お祭りでも、まじめなのだね)。

なじみのある顔と眼が合ったけれど、互いに手を挙げるだけにしてシンポジウムはパスしさらに上って行くと、もはや製図室は無く、上階は通路とエレベータ脇の共用スペース(?)を残してほとんどのスペースが研究室になっていて、昔の研究室とロビーのような「学生と教師がともにいる」という関係がやや乏しくなったように見えたのが、ちょっと残念。

いろいろと歩き回って見た、いくつかの中庭を介して連なる建物群の醸し出す雰囲気は時を経てなかなか素敵で、さらにイイカンジでした(人間もこうありたいもの。でも脚がつりかけたのはバツ)。

楽しかった。


2018.06.07





#231 タイムマシーンに乗って行くところ

学生が教師とともに居る場所

気持ちのいい空間

しばらく前に書いたように、先日は大学時代の恩師を囲む会があった。

40数年ぶりに会ったということはおろか、在学中には殆ど交流がなかった先輩、後輩も大勢いたのです。

しかし、ひとたび会が始まるとあっという間に長い時間を飛び越えて、打ち解けることができるのだね。その後に届いた恩師からの手紙には、「タイムマシーンで40年超の時を遡ったよう」とありました。これは、若い時に同じような思いを持って、時間と空間を共有した故のことだと思います。

その時にあちらこちらから聞こえてきたのは、学生と教員の壁がほとんどなく(これは、文字通り両者の年齢差がほぼ10歳前後しかなかったことも少なからずありそう)、自由な雰囲気に満ちた学校だったということ。今から思えば、本当にそうだった、と思います。文字通り、学生と教師が(そして事務の人たちも)一緒に過ごす場所だった。

新しくて小さな学校*だったことが大きいかもしれない。僕は4期生だったけれど、上級生と若い教師たちのデザインに対する理想とこれを実現しようとする試み(たぶん、未だはっきりとした形をなすものではなかった)を媒介とした結びつきは、僕の時とは比べようもないほど強かったことを、何回か聞いたことがある。

わずかに覚えていることのひとつは、ロビーで行われていた作品の講評会のこと。選ばれた学生だけというのではなく全員が発表し、先生たちはそれぞれについていいところと悪いところを指摘した(「こんな学校は今はないよ」、と筑波の教師だった先輩は言った)。そして、その後はビールやら何やらが出てさらに歓談したのだ(これも、たぶんないのでしょうね)。おまけに、このロビーも含めて、キャンパス全体が若い教師たちの手になるものだった。

2年生から4年生にはそれぞれ専用の製図室が用意されていたし、専任の技術者が常駐する本格的な工房もあった(実際に、ここでリートフェルトのレッド・&ブルーチェアを作った友人たちもいた)。さらに、小さな教室の机と椅子はイームズだったし、先生たちの研究室の前のロビーにはミースの寝椅子やら籐製のハンギングチェアもあった。すなわち、理想主義と良いデザインと遊び心があったのだ。


橋の上から見た室の木の校舎

中庭1

中庭2

ともあれ、時代のせいもあって、その頃のぼくたちの学校はとても恵まれていたと思うけれど、教室などの条件は措くとして、室の木の教室を取り巻く環境はそれに負けないほど素晴らしい。そして、学校での経験はぜひ同じような思いを持って振り返ることのできるものであってほしいし、いつでも戻って行くことのできる場所であってほしい。今僕自身が教師として居る場所で、そう願うのです。

そのためには、もう少し頑張らなければいけませんね(ま、年齢差はどうにもしようがないけれど)。

*4学科で、1学科の定員は30人、計480人の小さな学校。そして、キャンパス計画の中心を担った香山壽夫先生は、こんなふうに。「大学とは教師がともに居るということ。大学の空間とは、教師と学生がひとつに囲まれ、出会い、何事かを達成する場所=共同体の空間」である。


2018.05.24





#230 「フラット化」の罪?

形式がもたらすもの

「Nice Space」というのではいけれど

このところよく目にするようになった言葉の一つにフラット化がある。学生から聞くこともある。何となく馴染めないでいたのだけれど、その意味は個々の地域や国々、そしてそこに暮らす人々の個性が失われて、平準化することを指すことが多いよう。 転じて、差がないことを示すことも。たぶん、インターネットの普及やグローバリゼーションが進んだことと関係があるのは容易に想像がつきます。

このことは、我々の日常生活においても無縁ではないように見えるのです。

服装においては、衣替えの習慣が失われつつある( もはや春だけれど、僕は春にコットンセーターを着なくなった。異常気象というのもあるけれど、季節と着るものの関係が稀薄になって、逆に秋でも冬でもコットンセーター着るという人もいる)。

また、学生と教員の差も小さくなってきている。人前に出るときの格好や言葉遣いが学生と変わらない教員も珍しくなくなった(先日のオリエンテーションの時にはちょっと驚いたのですが、こちらはボーダレス化?でも、行き過ぎは禁物。節度ってものがある。我が身を含めて反省)。

住宅にあっても同様。


都市部のマンションの平面図*

戦後、モダンリビングといい、さらに脱LDKとなって、いよいよその傾向は顕著になっているように見える。今や和室がない家も多く、床の間はほぼ絶滅しかけているのではあるまいか。これから書こうとしていることは先日読んだ「大人のお作法」**に書かれていたことや触発されて思いついたことです。


掛け軸***

例えば、宴会では席順が大事だということから始めて、 その部屋に設えられた掛け軸の意味や見方まで及ぶわけですが、これらの生活規範、あるいは行動様式の欠如は床の間の消失とに起因するというのです。

ハレとケの区別が無くなり、部屋いや空間と言うべきか、それらの間に存在していたヒエラルキーが減少した。座敷や床の間、儀式のための空間はほぼ失われてしまった。

たぶん、そうした状況は、戦後から続く自由性や平等性を求めてきた結果に違いないだろう。家族は平等、その生活空間も同様でなくてはならないという考え方。

平等性や自由性は、本来悪くないはずですが、その反面、家族や住宅での生活における各人の存在のし方が曖昧化してきたのではあるまいか。

もしかしたら、何をしてもいい場所は、そこでの振る舞い方についての意識を曖昧にすると同時に各人の意識の持ちようばらばらにし、家族の中に於ける自身の役割や存在についての意識も不明にしてきたのかもしれない。その結果、家族としての共通性や共同性を希薄化したのではないのだろうか。

すなわち、自由を手にした(ように見える)のと同時に、それらを通じて学んできたことを学べなくしたのでは、と思うのだ。そして、我々は定点なき漂流を続けざるを得なくなった。

これらをフラット化の罪というか否か、あるいは肯定するも否定するも、いずれにせよもう一度問い直す方がいい、という気がしたのでした。

以前、取り上げたことのある中村勘三郎の言葉****とも通じるようです。

いつのまにか、新学期!

*新聞広告の中の一例(野村不動産、プラウド能見台。最も広い面積のもの)。床の間だけでなく、和室もありません。
** 岩下尚史、集英社インターナショナル、2017。途中から読み続けることがちょっとむづかしくなった。その理由は、内容とは関
係なく、その語り口や書きよう(すなわち、文体)でした。
*** 写真はウィキペディアから借りました。https://ja.wikipedia.org/wiki/掛軸。
****形があるから形破り。形がないのはそれは形なし(#170「オリジナル信仰を疑う・その2」)。


2018.04.11





#229 「進歩しない私」を確認する空間

またまたジャズに教わる

「ブログ」を書く理由

正直に言えば……。

滅多にあることではないけれど、何かを話している時に、「ところで、あのときの話ですが……」と言い出す人がいる。

「え、何」と聞き返す。

と、「……ということについてですが」、と続くことがあるのです。ここでの「……」とは僕がここで書いたこと。このとき「……」に賛成なのかと言えばそうとばかりではなく、賛成の意見の他にも疑義や異議が入り交じりながら続くのだ。

でも、これが良いのだね。ふつうに話している(相手の意見を理解しようとして聞く)限り、話は広がっていく。「こうですよね」「そう」「でも、こういうことは」「ああ、たしかに」……「うーむ、なるほどね」という具合。

その見方が異なっていてもそれを言下に否定することがなく、相手におもねることもない会話が続くと楽しい。そして ちょっと大げさだけれど、自身の存在と他者の存在が等価であることを実感し、 自身が存在している意味があるのだと感じさせられる気がする。

で、以前に取り上げたことのある黒田恭一の「若い時にジャズを聴かなかった人は優しくなれない」というあの言葉を思い出したのでした。


即興のジャズ

僕はジャズは情緒的な性質の音楽だと感じているのですが、そのジャズは、とくにモダンジャズは即興性が顕著。しかも各人があるスタイルに新しさを付け加えたいと思いながら演奏するのに違いない。当然、強い個性やエネルギーがぶつかりあうことになる。

とすれば、相手の、いっしょに演奏する他者の気持ちにも寄り添わなければ、演奏が成立しないのではないか。すなわち、自身を表現するジャズを演奏するためには他者に対して優しくなれなければできない。優しくならざるをえないのではと思ったのでした。ならば、これを聞く人も。

また、小曽根真の言葉を借りて言うなら「ジャズは日常会話」でもあるのだから、「優しくなれな」ければ我々も「日常会話」を楽しむことはできない(別にチャーリー・パーカーのように力の入った会話でなくとも)。

なお、これは即興的に書いたことなので(別にジャズをよく知っているわけでも、意識したわけでもないです)、おかしな言い方があっても大目に見てください。

実は、(何回目かの)このブログをそろそろ終りにしようかと思っていたのでした。いったい何人の学生や卒業生の諸君が読んでくれているのだろう、殆ど感想は聞くことはないし……、 ならばと。

とここまで書いて、以前はどんなことを書いたかと気になって見てみると、ジャズと優しさについては殆ど同じようなことを書いていました(やれやれ)。これなら閉じるのが良いかも。ま、上の半分はまだ生きているけれど。

いや、自分が進歩していないことを確認するための空間として、残しておく方がいいのか。それとも……。

もはや、2月。


2018.02.01





#228 異質が共存する空間

あるいは、嬉しくない「素直さ」

「プラダを着た悪魔」を観るとわかること

ある学生が、完成した模型を手にしながら、途方に暮れていた。

教室で、「ただの飾りじゃないか、もっと意味のあるものにしなくては」と言われてどうしたら良いのかわからず、自分の考えたものはだめだと思い込んでしまったのでした。

こうした学生はけっこういるようで、とくにまじめに取り組んでいるほどそうした傾向があるのはどうしたことだろう。

実際、意味があること=機能的=実用的というふうに思っている人が多い。もちろん、実用的であって悪いわけじゃありません。

でも、ちょっと考えれば、そうばかりじゃないことに気づく場合もあるのではないかしら……。

この間書いたとおり、あの倉俣史郎の「ミス・ブランチ」のように椅子は座るという実用的な機能だけではないし、洋服や靴だって同じこと。動きにくくて快適とは言いがたい服を着る人もいるし、いかにも歩きにくそうなハイヒールを履く女の人もいる(ま、着心地や履き心地を確かめたわけではないので、何なのですが)。

でも、それにはきっと理由があるに違いない…。


プラダを着た悪魔*

たぶん、女性らしさを強調できる、脚が長く見えてよりスタイリッシュに見える、あるいは仕事ができる人のように見られやすい等の思いがあるのではあるまいか(あくまで、想像ですが。 映画「プラダを着た悪魔」などを見るとそう思う)。


シティ・ホール(ノーマン・フォスター)

ガーキン(ノーマン・フォスター)

建築でも同じことが当てはまる。当代きっての建築家の一人であるノーマン・フォスターを厳しく指導した先生としても知られる、モダニストの建築家で、機能主義の洗礼を受けたはずのポール・ルドルフは、階段のある吹き抜けの部分に手摺を付けるよう検査官に強く求められても、絶対に付けようとはしなかった(ちょっと危険)**。

洋服において「着る楽しさ」と「見られる悦び」があるのと同じように、建築においても「使う嬉しさ」はもちろんですが、「発見する喜び」があっていいと思うのです。すなわち、実用性とは別の役割も存在していて、それらを立派に果たしている魅力的なものが多々あるはずだと。

ただし、それだって建物を見る人を喜ばせるだけでなく実用性との両立の可能性に思いを馳せてみるならば、もっと素晴らしいものになるかもしれない。 一つの考え方が(唯一の)正解であると考えたり、あるいはこのために自身が感じていたはずのことを再考することなくすぐに放棄するというのは可能性を自ら狭めていることにほかならない。

鵜呑みにするのは、素直と言えばそうかもしれないけれど、あんまり感心しないのです。

異なる意見や違った見方が行き交う空間。そうして自分自身のある解を得る。教室は、そうしたことが実現されるべき場所、またもっとも実現しやすい場所のはずだし、そうであってほしいと願うのです。


* 写真は日経ウーマンオンラインhttp://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/022600057/060600014/から借りたものを加工しました。
**ディヤン・スジック(2011)「ノーマン・フォスター 建築とともに生きる」TOTO出版。他にも、彼の「建築の役割は見る人々を驚かせることである」というような言葉を見た気がするけれど、こちらは確かめられませんでした。


2018.01.28





#227 「光りの教会 Ver 2」論について考えた

「フェイク」、または「ニセ」に対するささやかな異論

本物の対義

先日書いた、安藤忠雄が国立新美術館で「光りの教会」を再現したことに続いて、「住吉の長屋」も別の場所に建てようとしているということをめぐって話をした後で考えたことを(安藤の「考える自由」に倣ったというわけではないけれど、たまには考えることもあるのだよ)。

「オリジナルは一つ」という常識は、ある領域に於いては必ずしもそうではないことがすでに理解されつつあると思います。版画やリトグラフといったものの他にも、椅子などの工業製品(というよりも既成服を思い浮かべる方が分かりやすい)がある。

設計図に忠実であろうとする気持ちとこれを機械でつくる限りほぼそのとおり(いずれも本物)だと考えてよい(ごく小さなレベルで差異を見つけようとすれば見つけられるはずですが、気にしなくてもよさそう)。けれど、そこに人の手が入ると、ちょっと状況が変わる。 すなわち、同じ設計図に基づいてつくられる限り、いずれも本物だと言い切ることもできない。

これらについては、少し前のゼミでしばらく議論していたことがある。

たとえば、浮世絵などの版画は彫師や摺師の技量や匙加減で出来映えは大きく異なるはずです。とすれば、これらの組み合わせを変えてつくった場合、どれが本物(たとえば、オーセンティック)でどれがニセモノ(たとえば、レプリカ)ということはむづかしい。だから、本物の対義を考えるのもあんまり意味がなさそう。

また、時を経たあとで本人の手が加えられた改訂版もあり得る。この場合も、後者をニセモノ(フェイク)とは言いがたい、と思うのです。文字通り、オリジナルに基づく改訂版なのだから。

今回の安藤展での「光りの教会」はこの例。すなわち、オリジナルはRC造ではなく、鉄骨造PCパネルということのようだし、確認申請もやり直したというのだから。余談ながら、僕はこのことを知って、フィリップ・ジョンソンの「ガラスの家」の屋根のことを思い出した。これは木造ですが、ミースはこれが構造的に一貫していないとして気に入らなかったようだけれど、当のジョンソンはそのことは気にしなかった。すなわち、屋根の用を果たし、平らに見えれば何でつくってもよかったということでした(と記憶しているのですが)。


東京に現れた「光の教会」

内部

この他にも、今回の「光りの家」は初めて建てられた建築にはある照明やあの有名な壁に切られた十字架に信徒の要望で仕方なく嵌め込まれたガラスもない。だから、新旧の建物は別物であることは確実。だから「光りの家 Ver.1」、「光りの家 Ver.2」と言うこともできそうです。

現在計画されているという「住吉の長屋」についても、どうつくられるかは分かりませんが、敷地は明らかに違うわけですから、当然最初の敷地を含んだ元の図面とは違うものになる。

とすれば、図面は「オリジナル」というよりは作者の思いを最大限伝えるいわば2次元の「コンセプト・モデル」とも言うべきものではあるまいか。と書きかけて、元の図面は敷地やら何やらの制約があるはずなので「オリジナル」、それらの制約を外して新しくつくられる Ver.1+nの 建物こそがその時点での究極の、そして文字通りの「コンセプト・モデル」であるのだろうというのが、今のところのひとまずの結論なのですが。

参考:ニセ「住吉の住居」が問うもの http://www.archifuture-web.jp/magazine/258.html
   フェイクの価値 http://www.archifuture-web.jp/magazine/253.html
   大いに教えられるところがありました。


2017.12.14





#226 速報・安藤忠雄展

驚くばかり

建築を生み出すもの

このところずっと風邪気味。その日は少し良くなってきたところ加えてに、暖かかった(翌日からは猛烈な寒波という予報もあった)ので、思いきって出かけることに。

展覧会に出かけるときはたいていランチを奢って、展覧会をもうひとつくらいはしごするのですが、今回はランチも別の展覧会もなし。見るのは安藤展一つだけ(何年か前の鬼頭健吾展の時以来)。

実は、ここでは安藤展についてはさらっと触れるだけにして、先日取り上げた「本物とニセモノ」というか同じ建築家が過去の建築をつくり直すことについて考えたことがあったので、そのことを書くつもりでした。

でも、ちょっとその元気が出ない。また少しぶり返した風邪のせいというだけでなく、驚かされることが多かったのです。


入口付近

美術館に着くと、平日なのにチケット売り場に列ができていた。入口にたどり着くと、また驚いた。恐ろしいほどの混みようなのだ。平日だから空いているだろうと思って来たのに、この有様。係の人に聞くと、会期末が近づいてきているので、平日でも比較的混みますが、今日はとくに混んでいるようですね、ということでした。

中へ入ると、さらに人が多くて、壁面に展示されているパネルやら模型やらには近づけないほど。しかたがないので、初めて借りた音声ガイド(安藤本人の語り)を聞きながら、少し遠くから見てきました。 この中には、たぶん建築関係の日本人や外国人の他に、ふだん建築とは関係なさそうな人たち、とくに年配の御婦人が目に着いて、安藤忠雄の知名度と人気ぶりを思い知らされました。

展示物の多さとともに、建築家安藤忠雄の気迫、思いが会場に溢れているようで、ちょっと圧倒されました(先の「日本の家」展は多くの建築家を集めたものでしたが、こちらはたった一人で同じくらいの密度があった)。

例えば初期の住宅などの図面は当然手描きなのですが、とても詳細で美しい。彼の美しいコンクリートはこういう図面がないと生まれないのかという気がした。

この他、模型について改めて思うことは、模型は計画対象の本体は当たり前として、土台の厚さや周囲のつくり込み(こちらは周囲の文脈に対する考慮ですが、必ずしも沿うというばかりでなく、対立してコントラストを際立たせることも)の重要性。学生諸君には大いに参考にしてもらいたい(まだ、見てない人は、急ぐべし)。

そして、最後に、極め付きの驚きが待っていた。


会計を待つ人の列

カタログを始めとする書籍や絵はがき等の会計の所にはけっこう人が並んでいたように見えたので、大変だと思いながら最後尾に着こうとすると、そこは曲がり角に過ぎず、行列はさらに会場の外まで延びていた。しかも、その大半の人が図録を抱えていたのです(たぶん建築関係じゃない人も多いように見えた)。僕は大きな展覧会はできるだけ見ておこうと心がけているのですが、こんな光景は初めて。


2017.12.12





#225 「真剣」の是非

自身を開放する

対話がある空間

先日、授業を終えたあと話をしていた時に、「『真剣』の練習をするのがいけないのですよ」と言われました。

なぜかと言えば、映画の話からだった。 映画を真剣に見よう、すなわち始めから終わりまできちんと見ようとするから、億劫になって結局映画を見ることから遠ざかる。乱暴にいえば、10が望ましいけれど、3でも4でも0よりはましだということ。なるほど、そうだと思った(自身でも、学生にそう言うことがあるから、再認識したという方が正確なのですが、なかなか気づかないものですね)

ただ、ゼミでの学生たちの言動を見ていて、もう少し「真剣」に取り組んだ方がいいのではないかと言いたい時もあるのです。

すなわち、ちょっと立派そうな言葉にはころりとやられてしまって、具体的なことは何も想像できてないのに抽象的な言葉をそのまま鵜呑みにする。あるいは、ある発表に対して意見を問うと、いいと思いました、そのとおりだと思いますという返事。それは例えばどういうことかと聞いても、明確な返事はなかなか返ってこないことが多い。

これは、ちゃんと聞いていなかったり、自身の考えにしか興味を抱くことができなかったり……。 結局は、真剣さが足りないことに他ならず、残念。もしかしたら、100%の確信がないと意見を言えない、言うべきでないという不幸な思い込みがあるのかもしれませんが。演習でも、見通しが立ってからでないと手を動かそうとしないのと同じように。

対話、すなわち意見の交換を通じて、ある解、というかその時点で最高の理解に達することが、会話やゼミの醍醐味のはず。

僕は、幸いそうしたことを体感できる話し相手が近くにいることが嬉しいし、幸せなことだと思います。


光の教会と住吉の長屋*

例えばその時は、安藤忠雄が、国立新美術館で「光りの教会」を再現したことに続いて、「住吉の長屋」も別の場所に建てようとしているということをめぐって、話をしました(というか、教えられるばかりだったのだけれど)。

そこから出発して、建築家と建設会社・工務店とのあるべき関系についての話になりました。この詳細には触れる余裕はないけれど、建築家および設計図書と施工者(現場監督および職人)は作曲家および楽譜と演奏者(指揮者と楽団員)に似ているということに行き着いたのでした。すなわち、同じ楽譜でも演奏者が違えば異なった音楽が現れるのと同じようなことが、建築の場合にも起こるのだということ。

さらに、建築家と施工者の関係についても、現在の日本で常識的なことが必ずしもいちばんいい関係とは言えないのではないかという話も。

話すことでより理解がすすんだり、より確かなものになるのです(一人の時は、書くこと。それを読み返すことがほぼ同様の効果をもたらしてくれると思います)。

ちょっと偉そうにいえば、そうしたことができるのは、自身に欠けているものがあることを自覚している、あるいは学ぶことがあると思っているからではあるまいか(と言ったら、理解を深めさせてくれる会話の相手になってくれる友人たちは怒るだろうか)。

ともすれば、自身を(過度に)信頼している人は、他者に厳しい一方、自分に甘くなりがちなような気がします。そして、自信がないせいで真剣に向き合おうとしない人は、逆に他者に全面的に頼ろうとすることも。見かけは逆でも、結果的には同じように見えるのです。

*写真は、http://www.nact.jp/exhibition_special/2017/ANDO_Tadao/ から借りたものを加工しました。


2017.12.10





#224 速報・中庭にテント

人があつまる

楽しい空間の演出

ひと仕事終えて、食堂が混む前に少し早い昼食にしようと階段を下りると、向こうにテントらしきものが。


突如現れたテント

なんだろうと近寄ると、学生よりは少し年かさの人が2人。テントには、関東学院大学の名が入っている。

聞くと、学生支援センターの主催で、昼休みに炊き込みご飯を配布するという。

なかなか楽しそうな試みですが、それにしても、季節とはいえ大学で救世軍の社会鍋(炊き出し)でもあるまいにと思っていたら、もともとはハロウィーンの企画でボランティアの学生メンターの発案。何か楽しいことをしようということから始まったのが、食べるものと組み合わせると参加率が上がるということになり、しかしハロウィーンと炊き込みご飯はあわないのではという意見が出て、今回の運びになったということでした。

なんでも、およそ150人ほどに配る予定だとか。結構な人数です。


長蛇の列

配布開始5分前に戻ると既に長蛇の列ができていました(食べ物の威力や恐るべし)。なんにせよ人があつまると、楽しい雰囲気になります。

この他にも、様々な企画があって、12月には防災体験を行うそう。大地震の時の揺れを体験できる車両もやって来るということでした(こうした情報は、ポスターが各所の掲示板に貼ってあるそうなので、ぜひ見なくちゃいけませんね。反省)。


準備中のクリスマスツリー

さらに、その向こうでは、クリスマスツリーの準備も始まっていた(こちらは、恒例の行事)。

いよいよ、年の瀬。まだ11月の半ばにもならないのに、なんだか慌ただしく、妙に焦りますね(ま、立冬も過ぎてしまいましたが)。

2017.11.09





#223 人の住む場所

映画で知るアメリカの都市景観の魅力

人工と自然の共存

ここのところ、年寄りが主人公の映画や小説が気になるようになった(その心は、言わずもがな…ですね)。

最近もその手の映画数本を観たのだけれど、そのうちの一本「マイ・インターン」について。

御年70歳のやもめ暮らしのロバート・デニーロが会社の経営と家族の生活との両立に悩む若いアン・ハサウェイの通販会社にシニア・インターンとして勤めるというもので、映画そのものにはさほど引かれなかったのですが、はっとした場面があった。それは、ニューヨークのアパートが立ち並ぶ一画の風景。


アパートと木々の景観 1

アパートと木々の景観 2

両側に豊かな緑のある道を挟んで、れんが造りの建物が連なっている街並の、その輝くような美しさに驚いたのでした。同じような景色は「ユー・ガット・メール」のメグ・ライアンの住居でも登場するのだけれど、今回のアン・ハサウェイの住まい周辺の風景は季節のせいか、あるいは光りの具合のためか、ひときわ美しく感じられたのです。いかにも人が暮らす場所として相応しい気がした。

ただ、翌日になってもう一度同じ場面を探そうとして早送りしながら見たのですが、見つけることができませんでした(「これこれ」と確信できるものがなかった。たぶん、わずかとはいえ空いた時間が記憶を美しくしすぎたのでしょうね。それでも十分に魅力的です)。

アメリカの歴史の浅さを揶揄して、建築についても現代建築以外は観るところがないかのように言われることもあるけれど、それより以前の時代の建物や街のたたずまいも素晴らしいものがたしかにあるようです。ま、忘れられがちという気がしますが、西洋建築については当然日本よりも長い歴史があるし、時を重ねた景観もスクラップ&ビルドを繰り返すわが国よりもはるかに多いのではあるまいか(そして、人々の関心も)。

ぜひ、実際にこの目で見て確かめたいところなのだけれど、それが叶わない間は、せいぜい映画で予習することにしよう。

ともあれ、新しい国アメリカからわれわれが本当に学ぶべきことは、(変なところも目につくけれど)まだまだたくさんありそうです。

2017.06.25





#222 夢みる住まい・その16

続々々・コルビュジエふう

またまた考えた

前回の案のすぐ後から、ずっと気になっていたことがあったのです。

それは、扉(引き戸)の位置。すなわち、どこで分節するかということ。

先のプランは、基本的には一室住居というのは同じなのですが、必要に応じてリビングスペース、キッチン、玄関およびホール、そしてプライベートスペースに分けられるようになっていた。


住みたい家#16(一部)

しかし、むしろ三和土の部分と玄関ホールを分けられるようにして、室内の床上部分はプライベートスペースを含んで1室となるようにしておく方が好ましい気がしたのでした。

その方が、空間の性格付けがはっきりするし、回遊性の楽しさも増すというわけです。

ともあれ、こんなふうに僕はなかなかいっぺんには自分がいいと思う案に辿り着くことができないのです(そのくらい、載せる前に考えなさいという意見もありそうだけれど)。まずはいったん、視覚化してからでないと、考えられないということです。

だから、学生諸君には何回も見直してやり返ることを勧めるのですが、なかなか通じないのは残念(みんなカシコクなり過ぎたのか知らん。それとも設計の腕がうんと上がったか)。

だからあんまり期待せずに書いておきますが、「HP版楽勝の課題設計」の第1回目も自分がいいなと思った案に自分だったらこうしたいと手を加えたプランを示しています。

2017.06.24





#221 夢みる住まい・その15

続々・コルビュジエふう

よりいいものに近づくための方法

始めに断っておくと、回数稼ぎだと思われるかもしれないのだけれど……、そういうつもりではないのです。

先のプランを眺めていると、やっぱりいくつか気づくこと、こうしたらどうだろうと思うことがが出てくる(僕は、ぼんやりしているせいで、いっぺんにはいかないのです)。


住みたい家#15

食卓と台所の関係(そのことは、外との関係にもかかわります)を見直しました。

はじめからうまくいけばそれはそれでよいのだけれど、それはなかなか望みにくいし、たいていそうはいかない。

それでも、すこしでもいいものに近づきたいと願うのなら、何回も、ほんのわずかずつでも、繰り返し描き直すよりほかないのではあるまいか。そして、その中からよいものを取り出す(天才のことは知らない)。

おまけ

今日は新入生との初顔合わせでした。


咲き誇る桜

で、満開の桜を。

しばらくお休みします。

2017.04.06





#220 夢みる住まい・その14

続・コルビュジエふう

さらに変更を

先回のプランをみていたらいくつか気づくことがあったので、その続きを。


住みたい家#14

まず、これから建てるのなら、書斎は要らないのではないかと思ったのです(まるで新入生が「勉強机は捨てました」と言うのと似ているようですが、これとは違いますよ)。少なくとも独立したものは不要のはず。そこで、書斎兼ゲストルームを屋根のあるテラスとして外の室のようにした。泊まり客がある時はリビングでよい。

もうひとつ壁の部分の塗り残しや、水を使う場所の表示など、描き忘れがあったので、ついでにこちらも修正しました(よく見直さなければいけませんね)。

さてどうでしょう。

おまけ

正門前の桜

中庭の山桜

キャンパスの桜もだいぶ咲いてきたので、こちらの写真を(昨日の雨と真冬のような寒さの影響を心配したのだけれど、なんとか持ったよう。でも、もう散り始めています)。

いよいよ明日から新学期が始まります。

2017.04.02





#219 めざすは貧しくとも美しく

まずはできることから

あり合わせのもので作る

建築家は大家になると立派な材料や細部の仕上げに凝る人がいます。ポルトガルの優れた建築家アルヴァロ・シザはそうした人の一人ではあるまいか。ヴェネツィア出身のカルロ・スカルパも高価な素材と細かな職人技を求めた人として知られるけれど、彼が他の建築家と違うところは一方で安価な素材もその真価を発揮させることに腐心した人でもある。

僕はそうしたスカルパを敬愛するけれど(これは高価な材料や細部にこだわる人を非難するというものでもありません)、以前にも書いたように、今はむしろあり合わせのもので不快でないもの、できればある種の美しさを持ったものを実現することに惹かれています。ま、これは自身の経済や技術の状況によるところが大きいと言えばたしかにそうなのだけれど、必ずしもそればかりではない気がする。

アイデアを試すためには、まずはうんと身近なところから(残念ながら、他に仕事がない。ウーム……)。


急ごしらえのデスクトップ

で、こないだは、新学期からのゼミ生の数の増加に伴うエキストラデスク用の天板を拵えた。使ったものは、手元にあったものばかり(台やら残り物の板段ボールやらベニヤ板、そしちょっと寸法が足りなかったところにはやっぱり余り物のプラ段ボール)。加えて技術的な問題もあるので、簡単にできる方法で。 さて、出来映えは、……(美しさはこれからだ)。

水対策のためにマツウラ君のアドバイスに従って、水性ウレタンを塗るつもりだったけれど、近所のホームセンターに見あたらなかったので、どうするか思いあぐねていたのです。やっと見つけることができたので、なんとか完成(刷毛塗りはなかなかうまくいかなかったけれど、ひとまず塗膜はできた)。

おまけ

ある日のキャンパス

ようやく本格的な春と思っていたらまた寒くなったりしていますが、春らしい日が続いていた先日のキャンパス。明日は、いよいよ卒業式とパーティ。

2017.03.23





#218 夢見る住まい・その13

コルビュジエふう

オリジナルよりまず参照

このところHPの更新が滞っていたのにはそれなりの訳があったのですが、友人たちも同様なのはなぜだろう。

そういう気にならなかったと言うと身もふたもないけれど、ま、そういうことです。

やる気のでないまま建築家のDVDをいくつか見た。スカルパを2種、そしてコルビュジエの「小さな家(母の家)」。両親の終の住処としてレマン湖のほとりに建てた18坪の小さな家。あの20世紀の決定的な住宅の名作「サヴォワ邸」に先立つことおよそ8年ほどの住宅。


コルビュジエ作「小さな家」

水辺に建つ住宅というだけで憧れるのですが、それでも気になるところがある。彼は「住宅は住むための機械である」という有名な言葉のように、住宅を楽しいものにするように考えたことはもちろんだけれど、合理的であろうとしたと思いますが、それでもやっぱり腑に落ちないところがあるのです。相手がいくら大家であっても、「えっ、そうするのか。自分だったらこうしたい」と思うことが。


住みたい家#13

で、少し変形してみた。レイアウトを変え、2階に増築されたゲストルームの代わりに1階に書庫を、そしてバスコートとリビングに隣接するテラス(これは立地 – 水辺までの距離 – のせい)を付け加えた。それが良くなったか、悪くなったかは別に、既存のものを参照して作り変えるならば、元のものとは違うオリジナルなものが出来上がるはずと思います。これが、ひとつのやり方。というか、むしろこれが古来からのやり方というものではあるまいか。

チャールズ皇太子はイギリスの建築について語った「英国の未来像」という本の中で、「最良のものを学び、模倣すれば良い。過去を的確に観察することが必ず未来への霊感を呼ぶはずである」と書いています。タイトルの「 コルビュジエふう」のふうは、いわゆるパスティーシュ(作風の模倣)というのではなく、これを元にしたという意味。

2017.03.18





#217 夢見る住まい・その12-1

続々・倉庫ふう(追加)

ちょっと変更と立面

住みたい家#12’(平面)

ギャラリーとバスコートの開口部を大きくした。前庭と後庭(と言うよりも小さなバスコートですが)の連続性がある方が楽しいような気がしたので。


住みたい家#12’(立面)

もうひとつは立面のイメージ。倉庫ふうの単純な面の一部を欠き込んでポルティコとしたら、立面に深い陰影が生まれて表情が豊かになるし、立ちはだかる大きな壁に抜けた感じが備わるのではないかと思った次第。

おまけ
会場のある5階からの侍従川のある風景 1

会場のある5階からの侍従川のある風景 2

2016.12.23





#216 夢見る住まい・その12

続々・倉庫ふう

欠き込まれた空間、または外室

今回は海側に広く面すること考えたプランを。そして、通り抜けできるギャラリと外室(アウタールーム)、というかポルティコのようなものを(映画『ウォルター少年と、夏の休日』の破天荒な叔父兄弟のように、天気のいい日はここでぼんやりと外、僕の場合はすなわち海、を眺めながら過ごしたい)。

ポルティコの部分は ギャラリと連続させて、広がり感を増幅する。


住みたい家#12

単純な矩形の大きな空間に単純な切り妻の屋根が架かった建物の一部が欠き込まれた空間は、使い勝手も景観的にも面白いという気がするのです。でも、ちょっと大きくなり過ぎた……。

もう少し続けてみようと思います。

追記
学生たちは卒業研究の提出を明日に控えて、最後の奮闘中。そうした中での作業でした……。


2016.12.20





#215 夢見る住まい・その11

続・倉庫ふう

やっぱり少しずつ

前回の倉庫ふうはちょっと固い(というのは垂直・水平の線ばかり)気がするので、大急ぎでバリエーションを。


住みたい家#11

コアの部分を斜めに配したもの。斜めにすると、言うまでもなく広いところと狭いところが生まれます。これをうまく利用できたら面白いのでは、と思ったわけです(今回は、以前にも採用した手法ですが、人は広い方に行きたがる癖を利用しようとした)。そして、バスコートもひねり出した。

僕は、エスキス・チェックのときも行き詰まったら斜めにしたり、ずらしたりしてみることを勧めることがあるのですが、これは斜め好きというばかりでなく、奇をてらっているのでもなく、そうすることで自然に現れる空間が生み出す新しい場面や役割を考えてみてもらいたいからなのです(うまくいかないと思えば、採用しなければいいのです)。

昨日突然卒業研究生への差し入れを持って訪ねてきてくれた、卒業生で建築事務所に勤務するスヤマクンがこのブログを見て自分も住宅のスケッチをするようになったというのです(しかも、毎日。すごいですね。ま、やる意味が自分のためじゃなくもうひとつあったということのようで、ちょっと嬉しい)。そうそう、彼はシェアハウスのアイデアコンペに入賞したそうです。おめでとう。

実作の機会や住宅のことを日常的に考えることのない僕は、こうやって強制的に考える機会をつくると演習でエスキスチェックをやる時にとても役に立つ。いいところや悪いところ、あるいはそれをさらに進めるためのアイデアが出てきやすくなった(ような気がするだけ、かもしれないけれど)。

毎日、仕事として否応なくこれと向き合っている彼に同じような効果があるのかどうかわわかりませんが、ともかくも、これを続けていると自分の好みや癖などがわかるのですね。たとえば、スヤマクンも僕もバスコートが欲しいのです。この他にも、僕は半屋内空間の外の部屋に憧れる。学生の皆さんも似たようなことをやってみたらいいと思います(好きな建築家のトレースをするのもいい)。

そうそう、スヤマクンに冒頭に書いたことを伝えると、『でも良いものはいいですよ』と言うのです、たとえば増沢洵の『コアのある家』と。確かに。でも大家を引き合いに出されても、ねえ(やっぱり下手、ということなのか。うーむ)。でも続けるときっといいことがある(…はず)。


2016.12.16





#214 夢見る住まい・その10

倉庫ふう

それから同窓会の予告

住みたい家#10

倉庫ふうというのは、波形スレートの文字通り倉庫のような大空間を作り、そこに水廻りのコアを置き、その両側にコンパクトな寝室スペースと食事スペースを配しただけの簡単なもの。倉庫は一般に背が高いので、一部をロフトふうとして収納スペース他を確保し、食事スペースに接する部分を少し欠き込んで半屋内空間としました(何回も書いているように、屋外での食事が好き、と言うか憧れるのです。ただ、バスコートがないのが残念)。

今回も、何だそれだけのことかと思う人がいるかも知れませんね。

同窓会の予告

卒業研究の相談をすませたあと、風邪気味なのかちょっと調子が悪かったので早々と退散しようと鍵をかけているところに、呼び止める声あり。

振り向くと、予期せぬ人の姿が。ミズヌマセンセイと連れ立って歩いてきた人は、鹿沼で建築事務所を自営して活躍している卒業生のワタナベクンでした。コーヒーでもどうかと訊くと、急いでいるということだったので(なにしろ社会人だからね。それにしても、どうしていつもおだやかな笑顔でいられるのか不思議)、鍵を開けてミズヌマセンセイ共々少しだけ話しをすることに……。

そこで、ふたつのゼミを中心に卒業生とゼミ生の合同同窓会をやろうという話がありました。時期は、HED展開催中の土曜日2月18日でどうだろうということでした。何でも、補助金もあるそうなのです。詳しいことがわかったらまたお知らせしますので、参加しようと思う人は予定しておいてください(こうしたことに機転が利くのはもちろんミズヌマセンセイ)。

2016.12.14





#213 夢見る住まい・その9

小屋でいいはずだから

少しずつ……
前回のものが小屋ふうをめざしていたのに、そのイメージとはあまりにもかけ離れているような気がしたので、ちょっと作り替えました。


住みたい家#9

前回の脚注に記したように、二つの建物を繋ぐデッキをなくして、独立させるともう少し小屋風になるかもしれないと思って、やってみたのです。その他には、玄関の位置を移した。

何だそれだけのことかと思う人がいるかも知れないけれど、案外小さな変化が新しい展開につながるかもしれませんよ(これは、僕の案のことを言いたいわけではありません)。

小さな違いでも描き直して眺めていると、新しいアイデアが生まれることがあるし、それを見た人からヒントをもらうことができるかもしれない。手間を惜しんではいけません、あるいは恥ずかしがったり誠実さが過ぎるのもだめだと思うのです(自戒)。何より、はじめから完璧を求めないことが肝心。

だから、事情があって十分なエスキスができなくても、エスキスチェックの時には、ほんのちょっとしたことでいいから何かを付け加えたり変えたりしたものを持って行くのがよい。

さて、次は倉庫ふうをめざしてみようか……。

そうしてもういくつかプラン(平面計画)を試した後、それらの中のものについて立面や断面を考えたり、模型で検討したりして、少しずつリファインしていくことを考えているのであります。

2016.12.11





#212 夢見る住まい・その8

小屋でいい

思い切れない歯痒さはあるけれど
あんまり代わり映えしないのだけれど、小屋ふうのものを。先日、新しい生活、暮らし方の話しをしている時にすでに実践した彼に「早く建てましょうよ」と言われて逡巡していたら、「小屋でいいのだから」ともう一押されたのでした(年長の僕のほうがいつもこうなのは、ちょっと情けない)。

と思っていてもなかなか手が動かなかったのが(途中、シルク博物館のイベントのための設営もあった)、前回書いたポスター作成で少し勢いがついたよう(何でも、取りかかることが大事なのだね。映画だって、間が空くと観るのが億劫になりがちだけれど、いったん観始めると次々に見たくなる)。


住みたい家#8

できるだけコンパクトな、いわゆる小屋ふうに近づけようとしたのですが、映画と音楽(DVDとCD)はどうしても手元に置いておきたい(なんという物欲。でも贅沢と言えば、このくらいなのだから)。で、そのための映写室とライブラリは別棟とした(都市に住むのなら、他所に預けるということもあり得るけれど、なんと言っても思い描いている計画地は少しばかり不便な海沿いの場所なのです)。このせいで、小屋風からは遠ざかる*ことになるわけだけれど、まずは掲載しておこうと思います(洗練、完成形を目指すのはそれからだ!)。

でも正直なところ、ドラスティックに異なる案を作るのは意外にむづかしい。どうしても自身の住要求から離れがたいのです(いちおう実現を目指しているわけだからね)。

付け加えるならば、日常生活はコンパクトなワンルームで行う、そして外室とも呼ぶべきベランダ(半屋内空間)、これは変わらない。しかし、これまでずっとひそかに続けていた寝室から直接サニタリへアクセスできるというしかけ(こうしたことが案外大事だという気がしています。なんといっても「建築」ではなく「住まい」を造るわけだから)は今回は実現されていないのですが、これはその得失ともうひとつサニタリへ行く時の問題のひとつである冬の寒さは、暖炉の暖かさが残っているのではないかと思ったせい。

いずれにせよ、小さな差異でも、焦らずに粘り強くスケッチしていたならば、きっとよい案にめぐり逢うことができるのではないかと思ってやるつもりなのですが、さて……。また不意に、思い切れる時がやってくるに違いない。

* 二つの建物を繋ぐデッキをなくして、独立させるともう少し小屋風になるかもしれない。しばらく留守にするにするので、帰ってから。

2016.12.03





#211 生活の革新を見に行く・後編

お金をかけないがゆえの豊かさ

秘訣はやっぱり知恵とやる気と工夫とDIY
翌朝は6時半頃に起きて、近くを散歩。残念ながら空はどんよりと曇って、快晴とはいかなかった。

それでも、竹林の方へ上っていってみると、ふだん見ない景色と音が迎えてくれる。沢のせせらぎ、朝露に濡れてわずかに光る竹の葉、そして自給自足のためと思しきお茶畑の葉と野菜の緑。

もっと中に入ってみようと作業用の細い道を入って行くと、危うく蜘蛛の巣トラップに引っかかりそうになった。おまけに下りはけっこう滑りやすい。おっかなびっくりで、そろそろと歩かなければなりませんでした。

朝食を済ませると、「ひとり町起こし活動家」を自称する女性DDと『野掛け・椿茶屋』主人夫婦の案内で麦の種まきの講習現場へ。車で10分くらいだったろうか、あんがいこうしたネットワークの活動拠点は散在していたのでした。現場に到着すると、すでに耕してあり、あとはもう種をまくだけ。しかも狭い。だから、講習はあっというまに終りました。しかしこれは土地がないわけではなく、講師を務めた農家の人の、「初めからあんまり欲張るな」という教えなのでしょうね。


B&B(奥)と住まい(手前)

改修中のB&B部分

次に向かったのが、故郷にUターンして竹細工職人をめざす若い夫婦が営むというB&B。こちらは電話がつながらず約束無しで行ったのだけれど、着いたら外国出身の夫人がちょうど拡幅改修中の宿泊施設部分と隣接する自宅の二つを案内してくれた。かなり傷みの激しい民家を直して、新しい空間をつくりだしながら営む生活をとても楽しいと語る(日本語で)彼女はとても嬉しそうで、ほっそりとした姿とは異なる気持ちの強さ、逞しさに驚かされました。

ところで、改装はゼロから始めるのではないわけですが、これを束縛ととらえるか、それとも手がかりと考えることができるかが分かれ目のような気がします。僕は、元からあったと思われる、張り出した床(上の写真の右下あたり)に惹かれました。


元製茶工場からの眺め

それからちょっとした手違いがあったために(細い道がたくさんあって迷った)、ひとつ予定を飛ばして、次はブドウ畑に隣接した元製茶工場へ。『椿茶屋』のそれとは違って、こちらは大空間*。そして、そっと開けて見せてくれた奥の小さな窓からの眺望の美しさは圧巻でした。

実はこちらも連絡がつかないまま出かけたのですが、ようやく電話がつながった後からやってきた所有者のひとりはやっぱり快く迎えてくれ、いろいろと教えてくれました。

ただ残念だったのは、閉じて4年という間の工場の変わりよう。ふだん使われていないことによる傷みのほか、いつの間にかたまったがらくたとがあいまって、痛々しさを感じさせたのです。当たり前のことだけれど、手をかけられなくなったものは空間に限らずなんでも劣化するのだということを思い知らされました。

打ち捨てられたペットボトル

ついでにもうひとつ、こうした美しい景観の中に空缶やタバコの吸い殻が放置されていたことも惜しまれる。地元の人々は見慣れた景色の価値に気づいていない、ということと関係があるのだろうか。

それでも、大空間とそこから眺める景色の魅力は、これを再生させる誘惑となって抗しがたいのです。

それに、出会った人はみな親切。能弁ではないけれど取っ付きにくさはなく、僕のような不意の来訪者に対しても寛容で、おだやかに接してくれる。やっぱり、自然を相手にして暮らしているせいなのだろうか。

たぶん、物質的な豊かさや利便性よりもこうした自然の恵みを享受しながら、自然の中で自ら仕事をつくりだして暮らしていこうという生活は、言葉ほどには簡単ではありません。

たとえば、『椿茶屋』では営業が終わる度に外の席のテントを畳み、椅子やテーブルを格納し、下の方に置いた看板や案内板を回収しに下りていき、抱えて戻らなければなりません(当然、朝はその逆)。買い出しも遠くまで出かけなくてはいけない。B&Bでは厳しい冬の寒さにも耐えなければならないし、ひどい雨漏りの対策も講じなければならなかった。

これらを楽しむ余裕がなければ、とても続けられない気がした。すなわち、物質的な利便性よりも精神的な喜び、というよりももっと、不便を楽しむというくらいの気持ちの転換がなければむづかしそうです。それができた時には、経済的な余裕よりもむしろ不足が新たな豊かさをもたらしてくれることがあるのではあるまいか。

ともあれ、『椿茶屋』主人夫婦と彼らを介して知った、とくに若い人々の熱意とその生活を楽しんでいる様子には、「あなたももっとしっかり……」と叱咤されている気がしました。そしてもうひとつ、住まいや仕事場に手を加えながら思い描いた姿に近づけようとする彼らの日常に、軽い嫉妬を覚えたのでした。

*写真がないのはバッテリー切れのため撮影できなかったせい(マヌケ)。

2016.11.24





#210 生活の革新を見に行く・前編

お金をかけた贅沢とは違う気持ちのよさ

知恵とやる気と工夫とDIY
かねてより評判の『野掛け・椿茶屋』へ出かけてきた。

少し前に同僚から誘われたのに事情があって果たせず、残念に思っていたのが、先週末にようやく行くことができたのです。

JR焼津駅から車を飛ばすこと20分ほどだろうか。ようやく車が通れるほどの狭い道を少し上った竹林の麓あたりにめざす茶屋はあった。全部で3棟の古い建物からなる。


お茶工場を改装したカフェの外観(閉店時)

まず目に入ったのは、パラソルを建てた外の席(店名となっている「野掛け」のための席)と、古い青色のトタン屋根の建物。入り口のドアのところだけが木地の色で、改修されていることが知れる。ちいさなお茶工場を利用して、カフェの店内としてある。台所が未完だけれど(あとは基準をクリアするための浄水器を取り付けるだけらしい)、ギャラリやテーブル席はすでに稼働中。


カフェの室内(閉店直後)

中に入ると、古びたトタンの外観と和のテイストを残したモダンな室内の落差に驚かされる。外観は以前この欄でも取り上げた尾道のそれにも負けないくらいに古色蒼然としたたたずまいであるのに対し、内部は壁の大部分は白い漆喰仕上げだが、一部土壁を残してあり、こちらの対比も面白い。上はと見ると、天井は張らずに梁も屋根の下地も見えている。そして、元から妻側の壁の上部に貼られているポリカーボネートを通して入ってくる光が照明と溶け合って柔らかな明るさを生んでいて気持ちがいい。

材料や家具その他、使われているのは高いものはほとんどない(たぶん)。知恵と工夫、そしてDIYによって、お金をかけた贅沢とは違う気持ちのよい空間ができるのだということがわかる。

ところで、坂道を上がってきた人の中には、この外観に気後れするのか中に入ることなく帰ってしまう人もいるということらしい。そこで、おせっかいは承知で、玄関脇のスペースにオーニングを掛けたその下にテーブル席を設置して、モダンで気持ちのよい内部空間を少し外に侵出させたらいいのではという提案をしてみたら、そのことはもう考えているということでした(やっぱり)。


脇屋の2階からの眺め

一方、瓦屋根の切り妻の付属棟と住まいとして使われている母屋の方にはまだほとんど手が入っていない様子だったが、付属棟の急勾配の階段を上って2階に行ってみると、間仕切りの建具を外しただけの和室。ここからは開放的な里山の眺めを楽しむことができる(角の開口が二方向に接してあったならもっとよかった)、このことを肴にしばし建築の話しにふけりました。こちらは近い将来はきっと宿泊棟となる予定ですね。

食事のあとは、先のカフェに戻って真っ暗な夜の闇に包まれた中に、いくつかの灯りをともし、ストーブの火の色を眺めながら、夜しかかけないという音楽を小さな音量で聴いて贅沢な時間と空間を遅くまで堪能し、気づいた時にはすでに深夜2時を過ぎていて、大急ぎで寝ることにしたのでした。

2016.11.23





#209 夢見る住まい・その7

家具・1

転用性の意味
今回はプランではなくて、家具について。

小さな家というかできるだけコンパクトな生活を心がけようとすると、ひとつの家具でいくつかの場面に対応するということを考えないわけにはいきません。

このことを転用性と言うわけですが、転用性はどちらかと言えば否定的に使われることが多い。というのも、戦時中には和室の持つ転用性が狭い面積で我慢して暮らすことを強いるための論理、生活空間を圧迫する施策として用いられたせいで戦後は一時退けられましたが、必ずしも悪いというばかりではなく、場面によってはとても有効な考え方だと思います。むしろ、たいていの場合、必要な知恵といってよいものではあるまいか。

たとえば、ソファ。くつろいだり、本を読んだり、映画を観たり、というのはもちろんですが、それ以外にも、泊まり客があった時にはそのためのベッドとなることの方が望ましいのです。

そしてこれを実現しようとすると、どんなプランの家のどこに置くかで別のかたちになる。で考えたもののひとつが、下の図です。これは、まったくのオリジナルというわけではありません(ん、わかっていた?)。


転用性を考えたソファ

参照したソファ

イメージスケッチ

アントニオ・チッテリオのソファ「チャールズ」とデザイナーやクリエーターたちの住まいや街を紹介するドイツのサイトで見た、たぶん自作と思われる背の高いソファ(これは、そこが半ば囲まれた私空間であることを感じさせてくれるはず。もともとベッドとして転用することを考えられているようにみえます)を足して2で割ったというくらいのものです。

もっとはっきり言えば、ベニヤの背もたれとアームレスト(とはもはや言えないけれど)をもう少しだけ高くしてプライバシーを確保し、チッテリオのソファのように背もたれの一部と同じ側のアームレストを外して、座り方の自由性を得ようとしたというにすぎません。

でもね、開き直って言うわけではないけれど、何かをデザインするという時は案外こうしたものかもしれません(ローリング・ストーンズの異能のギタリスト、キース・リチャーズも、『どんな天才でも、やったことと言えば、それまで聴いてきた音楽にちょっとだけ新しいなにかを付け加えただけだ』と言っています。とすれば、まして天才ではない者においておや)。

ソファベッドに戻ると、効率性から言えば、必要な時にはベッドにもなるソファの下に寝具をしまうようにすればいいのだけれど、ここは足元を軽く作りたい。そうすると、存在感と言うか空間に占めるボリュームを心理的に減じる効果が生まれて、狭さを感じさせにくい。もうひとつ、薄い板で構成した家具ということを明示するためにも、座面(マットレス)を支える部材は木口が見える方が好ましい。

2016.11.19





#208 夢見る住まい・その6

海辺に建つこと

視覚化することの効用
今回は家具について書こうと思っていたのですが、帰省中に作成したプランを。と言ってもまったくあたらしいプランではなく、前回の2番目のプランのバリエーションです。

変更点が二つ。

ひとつ目は、斜めに貫入させた入口の部分。かたちで人の動きをコントロールしようとしたわけだけれど、簡素な切り妻の屋根の外観に斜めは似合わないような気がしたのです。

ふたつめは、バスルームを洗濯物の乾燥室として使うことを考慮しました。海沿いに建つことから潮風の影響がひどいことも考えられる(かつて、唐津の海沿いと言うか河口沿いに住んでいた時には、さほどではなかったのではないかという気がするけれど)。


住みたい家#6 平面図

住みたい家#6 立面図

第1の問題については、入口部分を直行させることにして、その中に緩やかな曲線の壁を挿入することに(こうした壁の先例は、たとえば石上申八郎の自邸や伊東豊雄の笠間の家がある)。

2番目のことについては、浴室を少し広くしてガラスの屋根とすることに加えて、乾燥機で対応すればよいと考えたのですが、お風呂を南面させる方がさらにいいのかもしれません。

ともあれ、ひとつの案から出発して、それを眺めているだけでも、改善すべき点が次々に見つかって、さまざまな案が生まれてきます。とくに低学年のみなさんは、アイデアを得ようと頭の中でずっと考え込んだり、そうしてようやく作成した案に拘泥するよりも、まずは早くひとつの案を目に見えるようにしてこれをもとにバリエーションを作成しながら比較検討する方がずっと効果的だと思います。


おまけ 秋の空と桜の葉

桜の木にひとつだけ残った葉っぱ

2016.11.06





#207 夢見る住まい・その5

ワンルームの誘惑

考え直してみた
前回大急ぎで描いた案を掲載したのですが、どうも落ち着かない。

理由は二つ。ひとつ目は、あまりにも”やっつけ感”が出過ぎたのが気になった。もうひとつは、ワンルームです。

で、前回のリライトとワンルーム案(これまた、大急ぎでこしらえた案だけれど)。リライトしたものは、分棟で挟まれた空間を考え直して、図を差し替えました。ここには新しいワンルーム案を二つ。


住みたい家#5-1

住みたい家#5-2

日常の暮らしは一続きの空間で行うというのが自然のような気がするのと、コンパクトな方が生活しやすいはず(必ずしも狭くということではありません。このため、ロフトも日常の生活空間としては考えないことにした)。

ずっと変わらないのは、寝室とバスコートを持つサニタリーに隣接していること。そして、かたちで視線や動きをコントロールすることで、閉じないで分節しようと考えました。屋根は単純な切妻。


おまけ 深まる秋、色づく景色

加速する紅葉

ススキ

このところの天候の変化は、相当に急。暑いと思って冷房が欲しいくらいの日があれば、思わず暖房を入れたくなるほど寒い時がある。一日のうちでも寒暖の差が大きくなってきた。

キャンパスの周辺でも空気や木々の葉が黄色や赤色を増してきているのがわかります。秋が深まり、景色は色づいて、晴れたらほんとうに気持ちがいい。

でもあっという間に、冬?天気が曇りだと、ほんとうにそんな気がするのです。

しばらくお休みします。
2016.10.27





#206 夢見る住まい・その4

大事にしたいこと

楽しく過ごすための条件について考えた
夢みる住まい・その3の続き。

前回挙げた住みたい家の案を少し改良してみた。(わかりにくいかもしれないけれど)暖炉の位置については、先日挙げた条件の他にもうひとつ、映画を観る(テレビではなく大きなスクリーンに投射して観る)というのが決定的なのです。さらに、これを(限られたスペースで)実現するための要素のひとつとしてソファのかたちも重要なので、目下鋭意取組中(と言いながら、ふいに思い出した時々にぱっぱっとスケッチするだけですが)。


住みたい家#4-1

でも、案外このスピードというか雑駁さが大事な気がするのです。考え抜くというのも必要なことには違いないけれど初期の段階では選択肢を増やしておく方が望ましいはずなのです。考え過ぎると、手が動かず選択肢を増やすことができないはめになりやすい。

まずはおおまかなものでもいいから選択肢を増やし、その後に選び取った案を洗練させたり実現するための方法を考えることが有効だし、かつ重要だと思っているのです。残念ながら学生諸君の多くは、そうは思わないで、いいと思える案を思いつくまで考え抜くという方法をとりたがるようですが(実はそれは、考えているつもりになっているだけだ、という見方もあります)。

僕の頭の働きが鈍いせいか、頭の中だけではどうもわかりかねるのです。恥ずかしながら、僕は中学の時だったか知能テストで(そういうものがありました)、並外れて悪い点数をとって同級生たちに慰めてもらったことを憶えています(おおらかというのか、個人情報の保護なんて言う考えや制度がない時代のこと。おまけにどういうわけか、自慢できないような恥ずかしいことばかりしか覚えていないのです)。

だから、やりながら、目に見えるようにしながら考えるし、手を動かしながら考えるというのがいい思いながら過ごしてきました。

そして、僕よりも頭は働くけれど経験の少ない学生諸君の多くにとっても、この方法が有効なはず……。

で、練習のつもりで考えた案を載せるわけだけれど……(今回はことさらに、準備不足で迎えるエスキスチェックを前にした学生諸君の気持ちがわかるような気がするのです)。


住みたい家#4-2

ところで、これらをナイス・スペースの欄に掲載するのはおこがましいのじゃないかと感じる人がいそうな気がして、そのとおりだと思うのですが、いちおう空間にかかわる事柄だからね。そこはぐっと我慢して、良しとしてください。

2016.10.23/27(図差し替え)





#205 ナパの醸造家の卵たちはビールを飲む

ワイン映画に学ぶこと

美味しいのはワインだけじゃない
先日掲載した「情緒的な人であること」で挙げなかった映画を思い出しました。「バベットの晩餐会」。デンマークの映画です。「ショコラ」と通じるところがあるように思うけれど、もう少しばかり重さがあるような映画。僕は、ここでヴーヴ・クリコを知りました。

ついでに、パソコンに保存したファイルを開けていたら、書きかけのブログ用の原稿がでてきた。それで、映画も観なおしてみた。

もともとイギリスでワイン映画のベストテンを選出したという記事に遭遇したことがきっかけでした。このところワインを飲むことが多いし、映画好きのヨコヤマ先生からワイン映画で面白いものがあったと言うのを聞いたばかりだったので、目がいったんですね。で、ベスト3というのは、3位が紹介してくれた「ボトル・ドリーム」、2位は「プロヴァンスの贈りもの」、1位は「サイドウェイ」。うーむ(というのは、とくに「サイドウェイ」はさほど楽しめなかったのです)。

それで、未見の「ボトル・ドリーム」を観てみることにしたのでした。まだ有名になる前のカリフォルニアワインが、1人の英国人ワイン評論家によってワイン王国フランスの品評会で1位を獲得したことをきっかけに認められていくという話(実話にもとづいたものだそうです)。筋の運びに都合が良いところもあるけれど、気持ちのいい映画だった。

「水をもらえず苦しんだブドウは風味を増す。……」「苦労すると賢くなるのね」「ブドウはな」(シャトーのオーナーと実習生の会話)。

「『ワインとは水が結びつけた太陽の光』。この金言を残したのはイタリアの天文学者—ガリレオ・ガリレイだ。だが、ワインの味は土壌とブドウの木と果実で決まる」(英国人ワイン評論家)

といった苦くも味わいぶかい言葉もでてくる。


ぶどう畑の果実

陽の光を浴びたブドウ畑の、どこまでもあかるい風景のなんと美しいことか。リドリー・スコットがつくった「プロヴァンスの贈りもの」の南仏プロヴァンスの紗がかかったような美しさとは対象的(でも改めて観ると、おなじような風景も登場していました。やっぱり、いいブドウが育つ畑は砂埃が立つほどやせた土地なのだね)。

そして人情の物語(ワインを愛するイギリス人評論家とナパのワイン醸造家たち、醸造家をめざす二人の青年と見習いにやってきた女の子、彼らがビールを飲みに出かけるワインバーの女主人との友情。そして、わけても父と子の和解)でもあり、さらに情熱を傾けることの重要性とこれが生み出す豊穣。

ただ、残念なことにインテリアはとくに際立ったところはない(という気がしましたが、見習いの実習生が暮らすおんぼろの小屋は住まいの原型中の原型のよう)。


自然の中のテラス席1

自然の中のテラス席2

自然の中のテラス席3

しかし、これを補ってあまりあるほどの美しい景色の中に設えられた即席のテラス席がそこここに出現するのでした。気持ちのいい空間はお金をかけないとだめ、と思っている人たちは必見です。


2016.10.22





#204 夢見る住まい・その3 

ミニマリストになるのはむづかしい

ちいさなものが好きだけど
先日の「夢見る住まい・その2」の続き。

あの後、『スモールハウス*』にも目を通しました(副題に、3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方、とあります。在学生の通称ヨッシーくんに貸していたところ半年以上も過ぎた今頃になって返却しにきたのです。いいやつなのですが、小さな本を読むのににそんなに時間がかかってはね、困ります。もっと本を読め。早く読めるようになりなさい)。

こちらに取り上げられている例は、『小屋暮らし』のものとは違って、フルタイムで住むための住宅なのです。これに対してはまいりましたとひとまず言って、大事なことは人それぞれ。無理のない程度にしておこう、と思ったのですが……。

どうも落ち着かないのです。

だいたい車だってちいさな車が好きなのに、住宅はちがうというのも変な気がしてきた。3坪とはいかないけれど、日常の生活はせめてワンルームですませるようにしなくては。

で、練習のつもりで考えた。


住みたい家#3-1(10.01)

住みたい家#3-2(10.03)

やっぱり、落ち着かない……、のです。

*高村友也(2012)『スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方』 同文館出版

2016.10.09





#203 夢見る住まい・その2 

週末住居ではなく、日常生活の場

ミリマリストにはなれない
先日の住みたい家の続き。

その後、反省して、中村好文の「小屋暮らし」を読み直して、大いに触発されました。

コンパクトにする方法は分かっているのです。寝室とリビングやダイニングを一室にまとめる。そして、ものを減らして収納スペースを小さくすればよい。簡単だよね。分かっちゃいるのだけれど……。

だいたい、考えているのは休暇小屋でもないし、週末住居、別荘でもないのだ。毎日暮らす場所なのだ。

と、居直ることにしようと思い定めました……。

すると、いくらかコンパクトになった。


住みたい家#2

こんなふうな家(ノンスケール、やっぱり急拵えのスケッチ第二弾です)。

でもね、正直に言えば、こんなふうな家に住みたい!。

・海が見える
・平屋(というか素朴というか簡素な家)である
・全開できる窓がある
・半外室がある
・暖炉がある
・大量の雑誌や本、そしてレコード、CD、DVDを収容できる
・電力会社による電力の消費は押さえる
もうひとつ、
・分棟形式である

最近は特に分棟形式に惹かれるのです。2つの棟があれば、当然2つの棟の間にスペースが生じる。この2つに挟まれた空間、隙間、余白といった場が好ましい。今思い出したのだけれど、この隙間の効用については、母校のキャンパスを設計した先生がすでに言っていたような気がします(なかなか進歩しないのは、困りもの)。

たとえば、こんな配置。


構成

家具については、ソファは案外なんでもいいような気がする(家にあるLC2はちょっと使いづらいし、ミースに倣って無名の良品、たとえばカリモクあたりのものでもいいのだけれど、チッテリオのものだったらなお楽しいかも)。しかし、椅子については、断然ハードイチェアがあればいい、しかも革張りではなくてキャンバス地のものを( ずっと憧れ続けているのですが、なかなか見つかりません)。

でもね、根本的なことでちょっと気になることがあるのです……。

2016.10.01





#202 コーヒーカップで考えた 

どうでもいいこと、どうでもよくないこと

かたちのもたらすこと
先日、ようやく好みに近いコーヒーカップを手に入れることができた。

縁が厚くてぽってりとしていて、口をつけたときのあたりがやわらいカップで飲むと、コーヒーも美味しいのです。


新しいコーヒーカップ2種

新旧のコーヒーカップ

イタリアの nuovo optionというメーカーのもの。もともとはエスプレッソ用というので、小振りです。合羽橋のコーヒー専門店でようやく探し当てたのですが、厚口のものはここでさえなかなか見当たらないのです。ちょっと不満を言うと、もう少したっぷりとして、取っ手も大きくて、縁ももうちょっと丸みを帯びているのが好ましいのですが(だいたい、エスプレッソを飲むことはないのです)。

そして昨日、妹が大昔に青山のカフェで買ったというコーヒーカップが届いた(厚口のコーヒーカップを探していると言っていたら、送ってくれたのです。思ったよりも厚くなかった、という言葉が添えられていたけれど)。かたちは柳宗理のものに近いし、大きさはnuovo optionよりも大きくて取っ手も持ちやすい。案外、いいかも。ただ、やっぱりぽってり感がちょっと足りない……。

研究室でお客に出す時に使っている柳のカップは曲線はきれいなのだけれど、厚手が断然不足している(で、自分用にはアラビアのカップを使っていた)。紅茶も飲むことを考えてデザインされたのかしらん。

すなわち、コーヒーの味は舌だけで味わうのではなく、唇のあたる感触や見た目の様子も大きく影響するということ。ま、効率性や実用ということからいえば、どうでもいいことかもしれませんね。さて、あなたはどちらの立場?

同様に、デザインを考えるときも、アイデアの面白さや企画の良さだけ、あるいは見た目だけではないということがわかるのではないかと思います。その時々で優先順位のバランスは異なるはずですが、それらが混じりあい支えあうことが日常のための(ここでの形容詞はむづかしい)優れたデザインの要件ではないかと考えるのです。

2016.09.28





#201 夢見る住まい 

海の見える場所

平屋がいい
直近の台風の後急に涼しくなって秋めいてきましたね。

今回の話題は、まだまだ日中は暑いけれども、朝夕はぐっと涼しさが感じられるようになって、窓を開け放てば入ってくる風が時折ひんやりとしたものを運び始めた頃のこと。

早起きして新聞を読んでいたらテレビ欄のところに「建物探訪」とあるのを見つけて、懐かしくなって見ることにした。取り上げられていた住宅は、例によって狭小住宅、白い壁の吹き抜けと天窓、軽やかな階段。ふーんという感想といいなあという気持ちが入り混じる。「ふーん」というのは取り上げられた住宅に対して、「いいなあ」というのは嬉しそうに語る住人に対して抱いた思い。

このところ、というかずいぶん前から物欲というものがなくなってきた。欲しいと思うものがないわけではないけれど、ぜひ手に入れたいと思うことはほとんどない。ただ、住宅に対する思いが少しずつ変わってきた。この年になって、持ち家のある人が羨ましいと思うようになったのです。

若い頃は、経済的な事情というだけでなく家を持つということを意識的に遠ざけてきたのだが、どうしたわけかこの頃は、自分が好きに手を入れられる家が欲しいと思うことがある。しかも夢想するのは、平屋—これはバリアフリーということではないよ—吹き抜けのような劇的な効果は不要。我ながらずいぶんな変わりようだという気がするけれど、スタイリッシュよりも素朴というかごくありふれた気取らない家が好ましい。そして、願わくば海の見える場所に暮らしたい。

先日卒業生のスヤマくんが訪ねてきた時に、彼が見せてくれた、実家を出て引っ越した新しい住まいの図面と自作予定の家具のスケッチを眺めながら、そんなことを話したら、ブログに載せるよう後押してくれたので…。


平面

立地

たとえば、こんなふうな家(ノンスケール、急拵えのイメージスケッチ第一弾です。ちょっと恥ずかしいけれどスピードが大事と考えて)。

でも、鴨長明の家は約3m四方、ソローの家は暖炉付きの一部屋(約3m×約4.6m)といい、そしてコルビュジエのカップ・マルタンの休暇小屋は約3.7m×約3.7m(ただし、台所とお風呂の設備はない)であるのに比べたら、思い切りも覚悟も不足していて物欲の塊りみたいだ(うーむ……)。

なんだかやる気のでない鬱々とした気分の時に、開高が紹介していた言葉を思い出した(以前、取り上げたことがあります)。

ある夜…、『ばくちでもいいから手と足を使え、と孔子が言っているぞ』と聞かされました。然り。頭だけで生きようとするから、この頭の中の地獄は避けられないのです。手と足を忘れています。……逃れるためには、孔子の言うように、台所仕事でもいい、スポーツでもいい。とにかく、手と足を思い出すことです*。

ということならば、現在のアパートの整備(こちらは緊急かつ現実的な課題)と未来の住まいのスケッチを続けることにしようか(夢見る自邸シリーズ?)。そして、このブログも200回を節目として考え直そうと思っていたけれど、いましばらくはこのまま続けることになりそう……。

*1990年TBS製作「悠々として急げ  開高健の大いなる旅路 スコットランド紀行」

2016.09.22





#200 速報・ゼミ研修旅行2 広島編

構築美

抜け感が大事
尾道を見たあとは広島に移動。尾道で見たものと対極にあったのが、広島市環境局中工場。設計は谷口吉生*。

一言で言えば、こちらは端正で美しい。いつもの谷口作品と同様、構築美の極み。前回の言葉を翻すようだけれど、やっぱりいいなあ。


ファサード

内部

外観や内部の建築が美しいのはもちろん、焼却炉(たぶん)等の設備さえも美しい(ま、工場はたいてい美しいけれど)。しかも、建築の美しさだけでなくその外部とロケーションの素晴らしさを市民に提供することを軽んじていない。お金もかかるし、機能や効率優先の勢力は強大だっただろうに。でも長い目で見たら、決して無駄ではないはず。

同じ機能(きわめて狭義の)を果たすもの同士で、たとえば美しさを備えたものとそうでないものの差を意識するかどうかというのは、うんと大きいのではあるまいか。帰宅して読んだ新聞に、「本やコーヒーのような……なくてもいいものがある世の中を考えたい。となると、自分の店だけ栄えればいい。ではなくなるんです」**とあった。


海側の外観

内部を見て、その仕組みを知ることができるし、外に出て芝生の広場でくつろいだり、海に接する階段状のところでは釣りもできる。自転車で駆け抜けていく人もいた。きっとここを訪れた市民は広島市民であることが嬉しく誇らしくなることだろう。このことが、どれだけ地域に貢献することか。

おまけに、建物をゆっくり眺めていると、細かなところにまでデザインする意識が行き届いることが知れて楽しい(たとえば、デッキのフレームや外部階段と外壁の間の隙間。単純な効率主義とは違う美しいものとしよう、それが最終的には大きな効果をもたらすのだという確信)。

そして、建築は、プロポーション、バランスの他に、外部と抜け感、開放性や軽みのデザインが大事なのだと改めて思った。

残念だったのは、海に接する部分の仕上げがコンクリートだったこと。これが尾道と同じようにウッドデッキだったらもっと楽しかったのに違いない(これは、経済的理由によるものだろうか)。

* 世界的に活躍する建築家。以前に鈴木大拙館を紹介したことがありますが、すぐに見に行けるところでは上野の法隆寺宝物館があります。
** 2016.9.6 朝日新聞朝刊「折々の言葉」 元書店店長堀部篤史さんの言葉

2016.09.21





#199 速報・ゼミ研修旅行1 尾道編

脱構築主義?

今とここの具現化
先日、ゼミの研修旅行の一環で、はじめて尾道に行ってきました。

僕は大林宣彦監督の映画(うろ覚えですが)のせいか、整った上品な街並を想像していたのだけれど、これがまったく違っていた。

一言で言えば、ごちゃごちゃ、混沌、出たとこ勝負、その場しのぎ、……。

これは、がっかりしたと言うのではありません。その逆で、滅法面白かったのです。

初めに見たのは、倉庫をサイクリストを中心に据えたホテルとレストランに改装したOnomichi U2。内部は天井の高い空間の店舗とホテル(内部はかっこいいのですが、何度も見た既視感がある)、海に面した外部はテントとウッドデッキ(こちらもありがちなのだけれど、気持ちがいい。しかも、これはずっと先まで続いていた)。ただ、テント席のすぐ目の前に船が数隻停泊しており、景色と燃料の匂いが残念(ただその船の横腹には唐津の大きな文字だったからね……)。

次に、向かったのが商店街。これがずいぶん長かった。しかも、それぞれの店舗でさまざま改装が施されていたのだ。統一やら調和やらという考え方とはまったく無縁。百花繚乱。独立独歩。それぞれが好きにやっているという感じ(ちょっと、計画という概念の存在を疑いたくなる?)。

ミースの付け柱が元かと思うようなキッチュな仕上げがあるかと思えば、そのほとんどが壁の洒落た和風の料亭ふうがあるといった具合。 でも面白いし、不快ではない(当然のことだけれど、もともとの間口の高さがほぼ揃っているのが効いているのだろうか)。中には閉めたところもあったけれど、総じて元気に見えたのは、このやんちゃぶりのせいなのだろうか。


商店街に挟み込まれた路地

商店街の裏側

さらに面白かったのは、そこに挟まれた狭い路地(ちょっとイスタンブールのアジア側の光景を思い出した)。そして、これらが切断されて側面が現しになっているところや裏側の景色。さらに増築を重ねてバラバラだし、おまけにつぎはぎだらけ。

ま、近年の「揃えない」ことの流行は以前おしえられたことがあってその面白さには気づいていたし、何でもきちんと揃えるほうがよいとする従来の建築の見方には(理屈優先の)違和感を憶えていたのですが、それにしても生活の現場で見せつけられるとその衝撃は大きかった。


山側の住宅

そして真打ちは、海側と山側を分ける道路を渡って上った山側の住宅のそれ。さらにパワーアップしていた。度重なる増築はもちろん、材料の違い、形態の違い、ズレ、継ぎ貼り等々気にするところがない。必要な時にあるもので、の精神。デコンストラクショナリズムの原点のようで、これらの前ではゲーリーの自邸も迫力不足、きれい過ぎなのではとつい思ってしまうのでした(同時にデザインの原点は生活にあるのだという思いを強くします)。

日本の時間と空間の認識 − 今とここ − の特徴をみごとに体現しているようで、尾道ラーメンよりも魅力的でした。

一方、海と山の風景は文字通り美しかった。

2016.09.20





#198 抽象よりも具体が先

美しい生活のために

新学期が始まる前に
美しいものは、いつの世でも、お金やヒマとは関係ない。みがかれた感覚と、まいにちの暮らしへの、しっかりした眼と、そして絶えず努力する手だけが、一番うつしいものをいつも作り上げる*。

役に立つと思わないないものや、美しいと思えないものを、家に置いてはいけない**。

花森は暮らしを見つめる眼を教え、モリスはいいものを提供して生活を豊かにしようとしたが、「いいもの」というのはすなわち趣味のいいもののことで価格の高さとは関係がなかった。

今頃になって、この二人の言葉を実践しよう、とあらためて思うようになった。もう何度目、なにを今さらと言われてもしかたがないのだけれど、もう年なのだから変えなくていいじゃないかという思いよりも、残された時間を意識せざるを得ない年になったからこそ、のことにちがいない気がする。

日常生活を取り巻く環境や品々を美しいものにしない限り、満ち足りて平らかな気持ちに慣れない。これは、花森やモリスがめざした通り、高級品を揃えるというわけではない。

そうすることが先で、精神のありようを整えるのは、その次だ。その逆ではない(少なくとも、僕自身にかんしては目に見えないものが先ということはなさそうなのだ)。

抽象よりも具体が第一。目に見えるところから始める。このやり方こそが、思いと実際のギャップを埋めるいちばん確実な方法であるに違いない。


何もない状態に戻された机

手始めに、やりやすい研究室から始めてみた。机の上をまったくなにもない状態(以前、理想としてあげたことがある)に戻しただけなのだけれど。


机上から追放されものの行方

と言っても、ものは減っていないし、スペースも増えたわけではないので、取り払われたものは当然別の場所に現れることになる。だから抜本的な解決ではないと言えば言える(ま、しかたありません)。中途半端と言われれば、確かにそのそしりは免れないけれど、要は何を優先するかということ。後は、ここで何をするかだけだ。

我が家においても、もう残り少なくなってしまったけれど(もう9月!)、この夏休みを使ってさっそく実践することにしよう。

* 『暮しの手帖』創刊号の巻頭に掲げられた 編集長 花森安治の文。
NHK日曜美術館「“暮し”にかけた情熱 花森安治30年間の表紙画」
** 2009年 ウィリアム・モリス展のポスター
HAVE NOTHING IN YOUR HOUSES
THAT YOU DO NOT KNOW TO BE
USEFUL OR BELIEVE TO BE BEAUTIFUL.

2016.09.01





#197 梅雨明けの日の夕暮れ

ちいさな非日常の中に入り込んだ日常

音楽に紛れ込む音
まだ日が残る早い夕暮れ。ラジオのニュースでは、関東地方でもようやく梅雨が明けたという。

いざ梅雨が明けたとなると、嬉しいだけでなく急に梅雨が懐かしいような変な気分。これから、また猛暑日と聞くだに恐ろしい名で呼ばれるような暑い日が続くことを思うと、気分が萎えてしまうのです。


夕暮れの風景

ともあれ、その後のラジオがあまりにもつまらないので(NHKは夕方になぜかくも子供じみた番組を大量に制作するようになったのか)、大滝詠一でも聞こうかと思ったら見つからない。しかたがないので、手近にあったチック・コリアのピアノ・ソロを。

両者はまったく違うし、お互いに代わりになるようなものじゃないないと言えばそうですが、ジャズだってあんまり肩肘張らずに聞くのも良いものだと改めて思いました(ジャズ好きには怒られるかもしれないけれど)。でも、これって考えてみたらあたりまえですね。ジャズとお酒はむかしから相性がよかった、ほとんどずっとペアだったと言ってよいくらいではあるまいか(あ、ばれたかもしれないので白状しますが、僕が飲んでいたのはビール。きわめて軽いお酒です)。

開け放した窓からは時々通り抜ける車の排気音や、タイヤのこすれる音、たまに「右に曲がります」(何だろうね)なんていう声まで聞こえます。これだって、気張った感じがしなくていいような気になります。強いて言えば、ちいさな非日常の中に差し挟まれた日常なのかも(非日常と日常を入れ替えてもいいかも)。

そういえば、かつてオックスフォードのちいさな教会でレイチェル・ポッジャーのヴァイオリンを聴いたときも、時折り外の音が混じった(ちいさな街でもこういう機会があり、しかも気軽に出かけられるというのは羨ましい。おまけにポッジャーもぜんぜん気にするそぶりはなかったように見えたのも素晴らしかった)ことを思い出しました。

オックスフォードやフィレンツェ、そしてあの特別な気分にさせられるヴェネツィアでさえも、そこで暮らす人々にとってはそれが当たり前の風景、日常なのだと思ったら、急にこれといった取り柄のない見慣れた風景も案外悪くないように思えてきたのでした(とくに夕暮れ時にはね)。


CDs

で調子に乗って、コリアの次は彼と一緒に録音したこともあるジャズ好きで知られたウィ−ン出身の音楽家グルダのシューベルト『即興曲集』、それからカナダ出身の異才グールドのバッハ『ゴールドベルク変奏曲』の遅い出だしを聴いていたら(いずれもピアニストの最晩年の録音)、ちょっと落ち着かなくなったけれど。

2016.08.01





#196 またまた川のある喜びについて

アルノ川のよう、とはいかないけれど

水があってこそ
ルネサンスが始まった場所、フィレンツェ


フィレンツェ・アルノ川

見所はいっぱいあるにちがいないのだけれど(旧市街地は世界遺産)、中心を流れるアルノ川があることによる魅力も大きいのではあるまいか。その両岸には有名無名の古い建物が建ち並んでいるし、ヴェッキオ橋をはじめとする美しい橋も何本か架かっている。


室の木・侍従川

片や室の木キャンパスの近辺も、江戸時代に中国の景勝地瀟湘八景(しょうしょう はっけい)に倣って金沢八景と称された由緒ある場所。

ここを流れるわが侍従川は、とてもアルノ川のようにとはいかないけれど(建物は現代のものだし、雪見橋と言う名前は素敵だけれどチープだ)、それでも時間によってその姿を変えて、それぞれ場面でなかなか美しいと思います。乱暴な言い方をすると、水の無い風景はたいていつまらないのではあるまいか。

2016.07.31





#195 こんなところに祠

あちらこちらに宿る仏や神

失った者の行方
早く目が覚めたので、また裏山へ。天気は快晴、湿度も少ないようで清々しい。


苔むした階段

緑と光は一段と鮮やかさを増しているが、今回は別の場所へ。早朝のせいで涼しかったので、緑の苔むす階段を思い切って(これは、残念ながら正直な思い。とほほ)上ってみることにした。


石造りの小さな祠

30段ほども上っただろうか。まず上りきったところは踊り場様の狭い平場があっていて、石造りの鳥居があり淀姫神社とある。そこには小さいながら一組の狛犬を従えた帝釈天像*が立っていた。そして、さらに上ったその先には山の斜面に張り付くようにしてちいさな祠があったのです(石造りの小型の投げ入れ堂のよう)。


あんなところにも祠、こちらは木製

神聖なものは奥に置くという思想についていちおうの知識は持っていても、こんな奥まったところに、行きづらいはずの場所にどうして、という疑問が湧いてくる。近くには、この他にもいくつか鳥居や祠があります。あちらこちらに仏や神が宿っているのだ。

それにしても、昔は、といってそんなに古い話しではないはずですが、信仰心(というか敬う心)と労を惜しまない気持ちと技術(もしかしたらそれに余裕ということを付け加えてもいいのかもしれません)があったのだなあと改めて思い知らされたのでした。

さらに余計なことを言うならば、こうしたことを失った、持ちえない私(あるいは私たち)の行方はいったいどうなるだろう、ということがふと頭の中をよぎったのです。

*仏教の守護神の一つ。ということで、日本の仏教と神道の関係の特殊性を示していると思いますが、興味がある人は調べてみてください。

2016.07.14





#194 水田がつくる風景

水の中の集落

降っても晴れても
梅雨もはや後半戦に突入したけれど、田舎を走る車窓から見る景色は、ひと月前とはまったく違っていました。この間まで緑の穂を揺らしたり、土色をあらわにしていた田んぼは、たっぷりと水を抱えていたのでした。文字通り、水田。


雨に煙る水田

空はと見ればどんよりとした雲に覆われていて、水田は今にも降り出しそうな灰色の空を写し込んで、いかにも梅雨時の風景らしく、なかなか風情があります*。

やがて、水滴が窓を濡らし始めるといっそう趣きが増して、浮世絵に描かれていそうな光景のような気がしてくるのです。

晴れていても

田んぼを横切る大小の川や用水路も水を湛えていて、まるで水の中に浮かぶ集落みたいに見える(帰りは打って変わってよく晴れていたけれど、この時は周囲の景色を映して、やっぱり水上集落のようでした)。

水田がつくり出す風景は、降っても晴れても、天候に関係なく変わることがありません。

*写真が青みがかって見えるのは、カメラのせいかはたまた列車の窓ガラスのせいかもしれません。

2016.07.09





#193 何度目かの川のある喜びについて

自然が与えてくれるもの

景観と安全性
たいていの人には不評のようだけれど(水はきれいじゃないし、川沿いの歩道は狭いし、おまけに2つのあいだのフェンスもいまいち)、それでもキャンパスのすぐ前を流れる侍従川を見るのが好き。と書きかけて、川の話題は何回か取り上げたことがあったのではと気づきました。梅棹忠夫は、人が書いたものと同じことを書かないようにするために本を読むのだと書きましたが、自分のものをまねるのはもっと恥ずかしい。

それでパスしようかとも思ったのですが、あまりにも多くの人が侍従川を褒めないので、(手を替え品を替えて、というわけにもいかないけれど)繰り返すのも意味があるかと思い直しました。先日の演習で目の前の川の眺めのことを考えてみたらと言ったら、一様に「え、あんな川を」という答えが返ってきたこともあるし、おまけに、掲載予定だった「楽勝の設計課題」がなぜかアップできないので。


晴れた時の水面に映る景色

侍従川について客観的に見れば、先の批判はすべて正しいように見えます。それにもかかわらず、川には刻々と変わるさまざまな表情があり、そのどれもが美しくて見飽きることがないのだから。


曇っていても

とくに満潮のときがすばらしい。海のすぐそばなので、干満時の差が激しいわけだけれど、水位が上がり、たっぷりと水を湛えて地面と水面と近づいた状態を見ているとなんだか嬉しくなります。その代わり、干潮時には水との距離が広がり、護岸された部分が大きくなってちょっと興ざめ。水の豊穣さが感じにくくなってしまうのです。でもこの干満があるせいで、水面との距離を確保せざるを得ない……。

命の水と言ったり、母なる海と言ったりするように、水は生命の源。水は見るものの心をやわらくほどいてなごませてくれる力があるのだね。

すぐ目の前に川があり、いつでも眺めることができるのは、とても幸せなことだと思います(引っ越す前の5階西側の研究室が懐かしい。ここからの眺めは素敵でした)。


モードリン・カレッジの中を流れるチャーウェル川

イギリスの大学町のオックスフォードにもテムズ川(上流なので川幅はさほど広くない)とチャーウェル川という2つの川が流れていて、いくつかのカレッジではこれらの川に面しているばかりではなく、敷地内を横切っているところがあって、とても魅力的だったのです(しかも、いずれもが歩道と水面の距離がきわめて近い)。

だから、侍従川もこの魅力を生かすべく、もう少し整備してくれたらいいのにと願うのですが、経済的な理由やら安全性の確保やら(このことは簡単のように見えて案外むづしい。たとえば、大震災の後を受けて各地で設置されている高い防潮堤のように、それまでの景観を失うことよりもいつ来るか分からない津波に備えての安全性の確保が大事という考え方もある)の理由で実現はまずむづかしいだろうけれど。それにしても、なんとかならないものか(というのは、先の短い者の言い草か……)。

どうであれ、川や水のある喜びは減じることがないってものです。

2016.06.22





#192 ミニマリズム

揺れるこころ

○か×でなく
ちょっと複雑な心境、なのです。


ファンズワース邸*

母の家*

ミースの”Less is more.” かヴェンチュリの”Less is bore.” か。

自身の生活空間(主にインテリア空間ですが)のありようについてどちらの方向でいくべきかということ(といってもたいした空間ではないから、あくまで気分です。気持ちの問題)。

このところ、もう少し意識的に暮らさなければ、と考えさせられることが多いのです。時間の経過があまりにも早くて、ぼんやりしているとあっという間におしまいということになりかねない気がしてしまう(なかなか、うまく対応できていないけれど)。

若者(あるいはそう思っている人)はまさか残り時間のことを思うことはないだろうけれど、それでもうまく使うのに越したことはない。生活空間を設える術を身につけるのにもいい時期じゃないかとも思います(なんといっても工夫しなければならないだろうから)。

建築的にはミースの方が断然好き。ただし、自身が暮らす生活空間となると、話しはそんなに簡単には行かない(ミースだって、自身は古いアパートメントに暮らした)。

ものや制約が少なければ、その分さっぱりとした気分があって気持ちよさそうです。他方、好きなものに囲まれないのは寂しいし、なんだか無機的な生活で味気ないような気もする。

制約の少なさは自由さが増しそうなのに対し、制約が多いと自由が制限されそうですが、これを克服しようとして工夫や想像力を刺激する(結果的により大きな自由を手に入れることにもなる)。

ものの場合はどうだろうか?

ものが多いと選択の幅が増え、少ないと限定される。だから、デザインする場合は選択肢を増やすように材料を集めて、エスキースを何度も重ねるのがよい。この間取り上げたモランディのように、少ない題材でも魅力的なものが存在するじゃないかと反論する人がいるかも知れませんが、少なくとも学生のあなたには時期尚早、彼の流儀を真似するのは危険と言っておきます。

しかし、ものが多いとスペースを塞ぎ、スペースの使い方の自由度は減じる。限られたスペース(たいていの場合こういう状況が当たり前)を有効に使うためには、ものは少ない方が望ましい、ということになる。

そこで悩むわけです。

ものが少なくてあまりにもさっぱりと片付き過ぎているような空間はきれいかもしれないけれど無味乾燥で人間味に欠けるようで、暮らしたいとは思わない(なんと言ったって、そんなに残された時間は多くないのだから)。


セミナー室

なかなか捨てられず整理の苦手な自分の自己弁護かもしれませんね(反省)。となれば、これを受け入れてなんとかすることを考えよう。そして、研究室を訪ねてくれる人のうちには、「いつまでも居たくなる」と言ってくれる人がいることを頼りにしつつ、せめてもう少しものを減らすことをめざしてがんばってみることにしよう。

同じ空間にあってものが多いところはきちんと整理して(ものの並び方にある意志を感じられたなら、不快にはならない)、同時にものの少ないすっきりとしたスペースをつくりだして、併存させるのがいいのだろうね(中間的な解決で潔くないようだけれど、ま、人生は白か黒だけでは言い切れない)。即ち、楽天主義。

それでも、言うは易く行うは難し。ですが方針が決まれば後は少なくとも、むづかしいことではない(やるか、やらないかのふたつにひとつだ)。 楽天主義で行こう。

*写真はウィキペディアから借りました。

2016.05.27





#191 薫る五月の風

美しい新緑

早や夏
今年はいつにも増して季節の訪れが早いようだ。

ついこの間まで暖房が欲しかったのが嘘だと言うかのように、このところは暑いと感じるような日が続いている。初夏というよりは、もはや夏という方がいいくらい。

それでも、5月の美しさは変わらない。

湿気の少ない風は鼻孔を刺激し、肌をなでて気持ちがよい。そして、葉の緑は新鮮な薄緑に光って美しい。

時折混じる雨も、いつもとは違って、緑を鮮やかにしてむしろ好ましい。「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だななどとだれにも言わせまい」*を不意に思い出し、これを書いたポール・ニザンに賛成したいけれど、それでも5月がいちばん美しい季節と言ってもいいかも思うくらいです。


美しい緑陰と木陰

外で過ごすのが気持ちいい。中庭のテーブルにも学生たちが座るようになってきた。キャンパスの木々がつくりだす木陰も素敵です。


食堂の窓

食事も外でしたい。それがかなわないなら、せめて外を見ながら食べたいと思うのです。だから中庭に面した食堂で食べるときは、できるだけ透明な窓の側の席に着くようにしている。ところがひとつ問題があって、ちょうど目の高さのところにシールが貼ってあって(ちょうどコーヒーカーテンのように)、中庭の部分が見えないということになるのです。

なぜ、こんなことになったのか長い間不思議に思っていたのですが、ある事件の後からこうなったというのです。それは入試の最中に起こった。質問かなにかがあったのか若い職員が急いで駆け出したところ透明なガラスに激突して大けがを負った。そこで、それ以降透明なガラスにはシールが貼られるようになったというわけ。

しかたがない気がしますが、せめてシールの位置と大きさを考え直してくれるといいのだけれど。ほんとうは外にオーニングを差し掛けたテラス席をつくってくれるともっと嬉しいのですが。


即席の窓側席

で、ならばと家でやってみた。窓側に面するように小さなテーブルを置いて、外を見ながらちょっとした書き物をしたり、飲み物を楽しんだりしようと思ったのです。本格的にやるのは当然簡単ではないので、窓際の簡易棚の上に安い折りたたみのテーブルを置いただけの即席です(ちょっとチープな感があるのは否めないけれど、しばらく楽しんでみるつもり)。今日は早めに帰って、ここでビールを楽しむことにしよう。できれば、外も工夫したいところだけど、ま、贅沢は言うまい。

*ポール・ニザン「アデン アラビア」、晶文社、1975

2016.05.14





#190 ドキュメンタリー映画の効用

移動の時に眠るな

創造力を教わる
好きな映画はと訊かれたなら、いろいろあって一言では言えません。以前に取り上げたレストランや料理が出てくる映画のようにいわばジャンル(これだっていろいろな分け方がある)による好みもあれば、ある映画作品そのものについて話したくなる場合もあるのです。

前回好きな映画についた書いてからずいぶん時間が立ってしまったけれど、もっと早く掲載するはずだったのが遅れたのは、僕が怠け者だということもあるけれど、BS放送を録画してもらっていたDVDが見つからなかったせい。

とは言いながら、今回もジャンルによるもの。ドキュメンタリー映画が好きなのです。しかし、一般のそれとは少し違っていて、僕の場合は、政治やら事件やらにフォーカスしたものではありません(こちらは、どちらかと言えば苦手)。紀行ものや作家や画家などの人物をめぐるものが好きなのです。知らない世界をかいま見るのが面白い。

しばらく前に観たのは(もはや、だいぶ前のことですが)ファッション関係の2本、「マドモワゼルC」と「ファッションが教えてくれること」。正確に言えば、対象はいずれもファッション誌の編集長です(女性。しかも年配)。

ファション関係の映画はけっこうありますよ。ドキュメンタリーでは、デザイナーを対象としたものは「イヴ・サンローラン」(2010年製作)や「シャネル シャネル」(この他ドキュメンタリじゃなく劇映画が何本か)「ディオールと私」「ファッションを創る男~カール・ラガーフェルド~」等々。劇映画では、業界を扱った「プレタポルテ」なんていう映画もありました(未見ですが、これを監督したロバート・アルトマンを取り上げたドキュメンタリー映画も昨年公開された)。

さて、「マドモアゼルC〜ファッションに愛されたミューズ」(2013)と「ファッションが教えてくれること」(2009)。同じチームの手になるものだそうで、製作年は「ファッションが…」の方が早い(ぼくは、知らずに「マドモアゼルC」の方を先に見ました)。

「マドモアゼルC」の公式HP*には、フランス版「ヴォーグ」の編集長カリーヌ・ロワトフェルドのプライベートライフと、新雑誌「CR Fashion Book」の製作過程から発売までを追ったドキュメンタリー映画、とある。彼女は59歳にしてハイヒールを履きこなす、現代のファッション界で最も影響力を持つファッショニスタであり、今や彼女の“生き方”そのものが、ヨーロッパの女性たちを中心に熱い支持を集めているとのこと。

一方の「ファッションが教えてくれること」 は、これを紹介したHP**の言葉を借りれば、アメリカ版「ヴォーグ」の編集長アナ・ウィンター密着し、ファッション業界の1年の始まりを告げる9月号(何と840頁、2kg!)の編集の様子を追ったドキュメンタリー。アナは、ファション界で常に注目を浴びる存在であり、ファッション・アイコンとなっていて、デザイナーや小売業者にも影響力のあるファッション業界のクィーンであるそう。


写真を選択中のアナ

最近見た方の「ファッションが…」の主人公アナ(1949–)は「プラダを着た悪魔」のモデルとなった敏腕編集長ですが、それこそ映画のように 冷酷無比な物言いで、気に入らないものを切り捨てる(見ているこちらがハラハラする)。もちろんただの人でなしであるわけはなく、それもこれもすべてよい雑誌をつくるため。僕は、(アナと同様な気持ちを共有し、お互いにその能力を認めながらも)彼女と対立することの多いスタイリスト、グレイス・コディントン(1941–)の方が好ましく思えた。

両者ともにイギリス出身。早くからファッション業界に関わったところまでは同じですが、たとえば写真の選定に際しては、前者は「読者にどう映るか」、後者は「自身の美意識」を重視する。

しかし、いずれもがかなりの年でありながら、変化の早いファッション業界の最先端に居続ける感性を保ち、しかも仕事にかける情熱がすごい(怠け者の僕からするとちょっと不思議な気もしますが)。いったい、ドキュメンタリー映画を見る効果のひとつは、自身に喝を入れてくれること(これも最近では、効き目が長続きしないのでせっせと観なくてはなりません)。


移動の時に眠るな

もうひとつは、創作の秘密と言うか、ものや形が生まれる現場を覗く楽しみ。たいていの場合、親しく話しを聞くというわけにはいかないので、これは貴重な体験です。おまけに、時折すぐに役に立つこともある。たとえば、交通事故でモデルからエディターに転身した若いグレースがカメラマンに言われたこと、「いつも目を開けていろ。移動の時に眠るな」。いつでもロケ地を探しているつもりでいなさいということですね。そうすることで、思わぬ発見をする時があるし、インスピレーションを得ることがあるのだね(学生諸君は覚えておくとよい)。

これらの楽しみは建築家を扱ったものでも同じですが、空間を扱うだけにより親しみやすい。こちらもたくさんのドキュメンタリー映画があります。

手元にあるものだけでも、名匠シドニー・ポラック初のドキュメンタリー「スケッチ・オブ・フランク・オー・ゲーリー」、「オスカー・ニーマイヤー」、「レム・コールハース:ア・カインド・オブ・アーキテクト」、「ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ」、「フォスター卿の建築術」、「ジャン・ヌーヴェル」、「フランク・ロイド・ライト」、「ミース・ファ ン・デル・ローエ」、「マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して」等々。

彼らの肉声を聞いたり、事務所や書斎を見るだけでも楽しい。

2016.04.27





#189 触れてこそ分かること

コーヒーを飲んで考えた

感覚の重要性
これもまた、1年近くも前に書いていたことを。「白椿の里」を見ていたら同じことが書いてあった(ま、以前に話しあったことですが。エスプレッソ、美味しそうです)。

で、最近は滅多に口にすることが無くなったコーヒーを久しぶりに飲んでいて(ケメックスが加わったにも関わらず!?)、気づいたことです。


臼歯式コーヒーミル

コーヒーを淹れるということが儀式性を帯びるせいか(手順の多さ故だろうか)、妙に道具立ても整えて淹れたくなることがあるのです(時々ふいにアナログ盤を聴きたくなることと同じように)。

となると、豆は自分で挽きたいし、安いプロペラ式のミルでは均等に挽けないし熱を持って香りが飛んでしまうので、臼歯式のものが必要だと言われればその気になる。ならば焙煎も自分でしたらどうという声も聞こえてきそうですが、ま気分のものだからできる範囲で(完全性を求めていたら何もできません。でも、みるっこが欲しい……)。

このところ、また、日本茶(緑茶)を飲むことが圧倒的に多くなったのです。コーヒーに比べると手軽だし、その色合いからも朝飲むのにはいちばん相応しい気がするし、なんだか体の中からきれいにしてくれそうな気分になる。おまけに、朝の日本茶は難よけの効果もあるそうなのです(女優の中島朋子さんが書いていた)。

ぽってりとしたカップが欲しい

で、何を思ったかと言うと、コーヒーは飲み口がぼってりとしたカップで飲むのが美味しいということ(たまたま手近に、ペコちゃん印のカップがあったので試してみた)。職場にある柳宗理のカップはかたちこそきれいだけれど、ぽってり感が不足、だと思います。早く相応しいのを手に入れなければ(たいていの場合、デザインは少しシャープなものが好みだったのだけれど)。

これに対し、日本茶や紅茶は薄口の器で飲みたいと思うことが多いのです(ま、土ものの器で飲みたくなることもあるし、やっぱり美味しいのですが)。コーヒーやお茶の色と透明感との関係があるのかしらん。ついでに言うと、ビールは断然薄口。

お茶はお茶、コーヒーはコーヒーなのだから器は何だっていいと言う人もいるかもしれません。でもやっぱり違う気がするな。少なくとも気分が違いますね。同じようなことでは、スープは漆の味噌汁椀では気分が出ません。こういうことに気を配ることが大事なのだと思う(あんまり気にし過ぎるのも困りものだけれど)。こうしたことに無頓着に暮らしたなら、生活はずいぶんと味気ないものになりそうです。ま、たいていの人は着るものには関心があるから、余計な心配かも。一方、老婆心ながら、あれはあれ、これはこれとしてすませる人も案外いるようなので。

飲み物の種類と器の関係については、必ずしも賛成する人ばかりではないだろうけれど、それでも触れてこそわかることがあるってことです。見て、触れて、味わって、体験してはじめて理解することができることは多いのです(感覚よりも機能的、効率的であることを優先する人もいるでしょうが)。くれぐれも、頭でっかち、頭の中だけでわかった気にならないように気をつけたい。具体的に考える癖を付けることが大事なのではないかと思うのです。

あ、言うまでもないことだけれど、経験したことを即正しいものとして一般化することは避けなければなりません。

そして、これまた当たり前ですが、本を読んだり人の話しを聞いたりしながら、自分の経験を補ってこそ、理解が進むに違いありません。

2016.03.26





#188 距離感が大事

かたちと大きさ

空間の効用
またまた、羽田のフードコートで考えたことを(これもまた遅ればせながらのエントリーです。まるで、フードコートでしか考えられないかのようですが……)。

年が明けてからすぐのこと。ガラス屋根のスクリーンは取りはずされていました(この日は曇りだったのが残念)。それにしても、何度も繰り返すけれど、低い屋根(と幅の狭さ)が惜しい。必ずしも快適ではないとは言えないけれど、圧倒的な開放感を欠いた中途半端な快適さなのだ。なぜこういうことになったのだろうか。経済性、効率性のためと考えるのが妥当だろうけれど、もしかして、ヒューマンスケールということを考えたのだとしたら、愚かなことだった、と言いたい。

建築、とくに住宅では人体寸法が基本であることは間違いないところだけれど、いつもこれに従うのはつまらない(ヒューマンスケールの罠)。非日常的な場所や晴れがましいところではスーパースケールの空間こそが相応しい。それが、日常の中で鈍くなったわれわれの感覚を解放し、喜ばせてくれるのだ(ま、空港がもはや非日常的な場所ではなくなったとしても)。

ここの緑に生気がないのも残念ですが、これは水気がないせい。と思って眺めていたら、これらの写真を撮影している人が現れた。ネームプレートのようなものをぶら下げていたから、管理担当かなにかの人だろうか。ぜひ葉っぱにも水をたっぷりかけてほしいね(ほんとうは雨に濡れるといい)。植物にとって、時には雨も必要なのだ。われわれにとって、感覚を洗いなおしてくれるような空間が大事なように。


向かいのレストラン

本日のランチ

それでも、外(のような感じのするところ)で食べるとたいてい美味しい。225ml入りの瓶の安い菊正だって少々甘いけれどうまいのだ。たぶん、向かいのレストランだったならこうはいかなかったのではあるまいか。これがもっと開放的な空間だったなら、さらに美味しかったにちがいない(惜しいなあ)。


大きい方のテーブル

その日はいつものように小さな丸いテーブルに独り座ってしばらく過ごしたのだが、案外大きなテーブルでの相席もいいような気がしてきた。たぶん、旅の空の下、日常とは違う気分がそう思わせるのだね。次回は、やや大ぶりで長方形のテーブルを選ぶことにしよう。

その場合、気になるのが相席の人との物理的な距離。つまりテーブルの幅。これが足りないときは何らかの工夫が欲しい。たとえば、テーブルの上に植栽が施されている席は、卓上の面積が少なくなる欠点はあるけれど、それでも距離感を延長してくれるような気がする(もう少し分節度を強める工夫があれば良いのだけれど、同じグループで使うこともあるからね)。


相席その1

相席その2

で、後日、2月の半ばを過ぎた昼頃に大きいほうのテーブルに座ったのだけれど、思ったより小さかった。さて、これが距離感を保つのに有効だろうかといぶかっていたところ、ひとつ前のテーブル、続いて僕のテーブルにもお客が座った(何のためらいもないようで、僕の前に座ったお客は親子丼をささっと食べて、やおらパソコンを開いたのでした。また別の日にも相席を見かけましたが、この時はテーブルの植栽をやや挟むように座っていた(やっぱり、テーブルはもう少し大きいほうがいいようです)。

でも、3〜4人掛けくらいの丸テーブルでは相席を見かけたことはないから、いささか小振りのようだとはいえ、その形状やしかけが知らないお客同士の間にいくらかの距離を感じさせるのに役立っているということだね。

ともあれ、距離感は空間の演出には重要な要素だし、空間の性格と使い方を大きく左右するものの一つにちがいない。

2016.03.12





#187 非日常の感覚

生活を豊かにするデザイン

特急列車「かもめ」のインテリア
つい先日、日本の特急列車はハレの演出がなされていないのが残念と書いたばかりですが、その後でちょっと思い出しました。JR九州は案外がんばっているようです(水戸岡鋭治デザインの超豪華列車の「ななつ星in九州」もJR九州。もちろん中にはそうでないのもあるし、また他の地域のことはよく知らないで少ない経験をもとに言うのだけれど)。

準コンパートメントとも言えそうな設いの列車が走っていることは、既に#67で書いていました。


かもめ」のカウンター

客室内

荷物棚

そして、先日乗ったのは、乗車口廻りが広くて窓側に小さなカウンターが取り付けられていて、座れない場合でもゆったりと立っていることができそうです。客室の中に入ると、床がちょっと凝った模様の木製、天井はアルミ棒、おまけにヨーロッパの列車に見られるような荷物置き場(しかも木製)が設けられていました。ふだん使わない路線の列車だったのですが、 新鮮な感覚でした。 こうした工夫をした列車が増えると、鉄道の旅がもっと楽しくなるのであるまいか。

広く公共空間が効率やら利便性やらを優先するだけでなく、大きいものから小さなものまでの非日常を感じさせ、喜ばしい気分を味あわせてくれるデザインが増えると,生活がぐっと豊かに彩られることになるはずだと思うのです。

2016.03.11





#186 続・気分一新

環境づくりから その2

かたちから入る
はじめにやったのは研究室の片付けと時計の設置ということは、#181で書いた通り。その後にやったのは、作業用テーブルの設いの変更とアンプの入れ替えを(昔からのながら族ですが、会社員だったらどうなっていたのだろう。考えるだけで怖い)。


これが理想だけれど

新しい室礼

作業用のテーブルの上には何もない、あるいは佐藤可士和のようにパソコンとスピーカーしかないというのが理想なのですが、なかなかそうはいかない。で、机上に出すものは極力少なくすることにして、散らからないよう新たにトレイを置くことにしました。その他のものは、できるだけ机の下に置く。この状態を保たなければいけません(事務所を自営する後輩が、使ったものは用が済んだらすぐに必ず元に戻すようにしているのを目の当たりにして、感心したことがありました。わかっちゃいるのだけれど、これが難しい)。


リプレイス前のアンプ

リプレイス後のアンプ

アンプはいずれも古いものですが、新しく入れ替えたアンプのほうは小さな真空管アンプを持ち込みました。この方が、視覚的に好ましい気がしたのです。自宅の書斎コーナーにあったものですが、こちらはあんまり使わなくなっていたし、設置するスペースの関係上、真空管が半ば隠れてしまっていたのが気に入らなかった。

実は、昔、なぜかは忘れたけれど彫金を習っていたことがあって、その工房には真空管アンプがおかれていました。選ばれた音楽が小さい音量で流れていて、真空管にちいさく赤い灯がともっているのを見るのがとても好きだったのです。

トランジスタアンプが文字通りクールな美しさがあるとしたら、真空管アンプは夜の住宅街にともる民家の灯りのようなあたたかさが感じられる気がします。

いちおうオーディオ装置なのだから、音が重要なのではと言われればその通りですが、なんといってもながら族なのだから気分が大事。したがって、あんまり気にしませんが、強いて言えば、やわらかい音になったようです。

また前のアンプが黒だったのに対し、真空管アンプの方はCDプレイヤーとチューナーと同じアルミのヘヤライン仕上げで、テイストも揃います。おまけに幅は小さくなったので空いた部分にちょっとしたものを飾ることもできる(やっぱり、ミニマリストにはなれないよう)。

もちろん実質こそが大事という考え方もありますが、はじめはカタチから入るというやりかたもあっていい。この方が気楽に始められます。そうだ、ぼくの今年のテーマは「気楽にいこう」としよう。

ともあれ、気分を変えてやる気を引き出すための準備は、さらに整いつつある。あとはやるだけです。でも古いものはデリケート、下手にいじると壊れやすいやすい。自宅へ持ち帰ったアンプを繋いでみると、片方のチャンネルが怪しくなってしまいました(ま、人間も同じかも。コワイ、コワイ。気をつけなくっちゃ)。

2016.03.10





#185 天井の高さ

祝祭感の有無

非日常空間と日常空間の間
またまた羽田で考えた(これもずいぶん前から書きかけのことで、このところ蔵出し大放出という感じです……)。

羽田空港には不十分とはいえ天井が高いところがいくつかあるけれど、やっぱり天井が高い空間は気持ち高揚する。しかし、日本の空港は(僕が知る限りですが)そういう気分を味あわせてくれるところがなかなかない。すなわち、高さばかりでなく広がりも不足しているせいで、祝祭的な気分に欠けるような気がしてならないのです。ヒューマンスケールよりもスーパースケールの方が好ましいときがあるのだ(レンゾ・ピアノは、ヒューマンスケールにこだわるのは愚かなことだというようなことを言っています。何回か前に触れたノーマン・フォスターも同様なことを言っていたのではあるまいか)。

このことは鉄道の駅についても同様(このことはもう2回も書いていました − #66、#114)。そして、特急列車(つまり、ふだん使いではない列車)そのものの設えにおいても言える。 残念ですが、 ハレの空間の演出がなされていないのだね。効率主義のためなのか、あるいは縮み思考のゆえなのか。それとも、水平性を強調する建築の伝統なのか(水平方向の広がりも感じにくいと思うけれど)。


低い天井の寝室*

いっぽう、住宅については、事情を異にするようです。昭和の大建築家の村野藤吾だったと思いますが(ずっとそう信じ込んでいたのだけれど、ちょっと怪しい。確かめようとしてもできないのです)、「天井の高い家は成金趣味だ」**という趣旨のことを言って退けたのに対し、こちらもずいぶん前のことですが、「天井の高い家は大物が育つ」といったようなCMが流行ったこともありました。今となれば、高い天井を好む人の方が多いのではあるまいか。


テート・モダン

僕は、(そっと言うなら)、前者を支持するのですが、それでも非日常空間、晴れやかな空間においては、先に述べた通り逆の方が断然いい。

それはなぜか。住まいというのは文字通り毎日を過ごす場所で、刺激的であるよりくつろげる場所であってほしい。心身を休めて、おだやかに過ごせる場所である方が好ましいと思っているからなのだ。

もちろん、住宅も快適な空間であること、楽しい場所であることが求められるのは言うまでもありませんが、非日常空間のそれとはちょっと違うような気がする。天井高については、日本人の体格の変化や椅子座の定着のことも考慮する必要がありそうだけれど。少なくとも、派手な仕掛けはいらない。もちろん、気持ちのよい時間を生み出すのに必要なら、天井の高い吹き抜けがあってよいし、たとえば大きな空間を用意して小さな空間との対比を楽しむのもよい。余裕があればハレの空間が設けられていてもいっこうにかまわないのだけれど。

ちょっと脱線すると、何でも自分の家で充足するというのは、果たして幸せなことなのかどうか。その結果、私生活は住宅の中に閉じ込められて、外部との関係も稀薄になりがちです。

戦後家の中からいろいろな行事が外に出て行ったことに対し、批判的に述べられた時代があった。そして現在は、少なからぬ数の人が、ハレの空間もショールームのような部屋も、庭も、なにもかも自身で所有することを望んでいるように見える。自分が住む街をそうした空間として使い,相互補完的なものとすることができれば(このためには、職住近接が望ましい)、住まいをもっと日常的な私、あるいは(近隣に対し過度に閉ざすことのない)私たちの生活の場としていく充実のさせ方というのがあるのではあるまいか。

さて、これは僕が年取ったというせいなのだろうか。

* S&N邸 設計:藤本憲太郎+松浦義和、2001 これが優れた例というわけではありませんが、基本的に自分で撮った写真を使いたいのです。
** 宮脇檀が同じことを言っています。こちらは師の吉村順三共々なるほどそう言いそうだと思えて納得しやすいのですが……。

2016.03.09





#184 速報・横浜でも霧

春近しの証

三寒四温
起きてみると窓越しの景色が何やら白っぽい。


霧に包まれた住宅地

消えかかる霧

昨日の暖かい空気が夜に冷やされた上に風もほとんど吹かなかったため、霧が発生したというわけ。 湿度100%。見慣れた風景が少し幻想的に見える。昼までには晴れるようだけれど、 天気予報によれば、この現象は西日本の一部を除いて全国的なものであるらしい(学校に着いた頃にはもうだいぶ薄れていた)。

こうした小さな非日常的な景色を見るとなぜか嬉しい気分になります。

明日からは、また冬の寒さに戻るという。

2016.03.08





#183 看板建築再び

内と外の整合性の必要を疑う

表層のデザインの誘惑
帰省した時のこと。日々の買い物に出かけるついでに街を眺めていたら、改めて気づくことがまだまだある。以前に取り上げた道路に対して斜めに入る店舗や仕舞た屋は町中にもたくさん存在しています。さらに、1階部分やその一部をセットバックして溜まりをつくりだしている店舗もあって、なかなか魅力的(道路と入り口のあいだにスペースがあるといいね。駐車スペースとして使われるのならちょっと興ざめだけど)。


街の看板建築

で、今回の発見(!?)は看板建築の魅力。これについては、オックスフォード通信で一度取り上げたことがある。その時は、ヨーロッパ最古の音楽堂について述べたのでしたが、今回はただの商店(仕舞た屋)。これが案外楽しい。

看板建築は近代建築の作法からするととんでもないものということになる。大方の建築家はよくは思わないのではあるまいか。外側の意匠が内部と無関係につくられる、おまけにファサード1枚とそれ以外の部分の建物の形態もまったく別物というわけなのだから。これを退けたくなる気持ちもわからなくもないのです。

ただ、見る側、使う側からすれば、必ずしも内外のデザインの一貫性にこだわらないのではないかと思います。ちょっと強引だけれど、洋服が必ずしもその人の体型をあらわすタイトなものだけでなく、これを隠すルーズフィットのタイプが選ばれることもあるのと同じように。

もう少し建築的に、しかしやや乱暴な言い方をすると、スケルトン・インフィルとも通じるところがあるような気もする(ちょうどその逆バージョンとも考えられなくもない)。建物を長く使い続けるため、あるいは修景の手法としても見直してもいいように思うのだ。


iPad Pro用Smart keyboardのパッケージ

Appleデザインが好評ですが(このところょっと、怪しくなってきたようだけれど)、こちらも本体はもとよりパッケージとしても魅力的。シンプルかつコンパクトで無駄がないし、何よりも美しく、欲しいと思わせる力があるように思います(これについてはまたいつか)。

表層だけのデザインはややもすると、質感や厚みが薄っぺらなものになりがちです。しかし、これをうまくデザインできれば、面白いものができそうな気がするのです。

2016.03.07





#182 夕暮れ時の地方空港

日常の中の小さな非日常

闇の中に浮かぶ灯り
つい先日のこと。空港内で待ち時間が倍になったために3時間待ち!搭乗手続きカウンターでの案内によれば、北海道が大雪で、使用機が大幅に遅れているせいだと言う。やれやれ。明日のことを考えて早くしたのに(と、ちょっと大人げない反応をしてしまった。反省)。で、なにかを食べようとたまたま入った鮨屋から見る眺めを楽しむことにした。


空港の夕景

カウンター席を勧められたけれど窓際の席が空いているのが見えていたから、こちらに座らせてもらうことにした。地平線の雲間に沈む夕陽はいつでも見飽きることがありません。


飛行機

太陽が沈んでだんだん暗くなってきた空はちょっとわびしく切ない風景のような気がしたけれど、大きな飛行機が一機止まるととたんに様子が一変するのだね。わびしさが消えて、エネルギーに満ちた風景になる。さらに一機が着陸し、また別の一機が飛び立ち、地上では貨物車が移動し、さらには向こうに見える建物に灯がともると、その存在感はさらに増す。太陽の光が描き出す光景が好きなのは何度も言った通りですが、人工の照明がつくる風景もやっぱり美しいと思います。

相変わらずやや寂しい風景ではあるけれど切なさは消えて、ここが始まりの場所であることを感じさせるのだ。室内の天井が高ければもっとよいのだけれど、ま、お店では無理な話し。せめて、窓が天井一杯まで開けられていたらどんなによかっただろう(日常の中の)小さな非日常の演出に、いつものことながらもう少し気を使ってもらいたいと思うのだよ。

われわれ日本人はもともと合理性を超えて楽しみを求める気持ちがあったはずではないかと思っていたのですが(たとえば、江戸っ子の初鰹。余白の美というのもその一つに入れてよいだろうか)、いつ頃からのことか、空港や駅ビルやらあらゆるものが、なんだか効率ばかり考えてつくられているようです。昔は良かったという気はまったくありませんが、さて、建築家がいけないのか、経済人が悪いのか、それとも両方か、はたまた社会全体のせいなのか。いっぽう時として、考えにくいほどに非合理が優先することがあるのも不可解(たとえば、…)。便利になった代わりに失ったものも少なからずあるようです。

ところで、お鮨は全然駄目でした(地魚の文字に惹かれたのですが。おまけに、ぬる燗と鯖一貫が、セットメニューと同じほどとばかばかしく高かった。今度はお隣の鮨屋を試すことにしてみよう。さらにリベンジのために博多ラーメンを試したけれど、これもだめでした。

しかたがなので、灯りを楽しむことにしよう。

最終便の時刻の頃のロビーでぼんやり眺める闇の中に浮かぶ人工の灯りは、自然光以上に温もりを感じさせて、人の気持ちをやさしくほどいて慰める効用があるようでした。

2016.03.05





#181 気分一新

まずは環境づくりから

役に立たないことでも
もはや3月。

なんという早さ!

うかうかしていると、何もしないうちに春休みもあっという間に終わってしまいそうです(ああ !!)。

やることはたくさんあるはずなのに、何もしないうちに時だけが過ぎて行く。いくらなんでもこれではいけないと思って、まずできることから取りかかることにした。


引っ越し当初の配置

で、はじめにやったのは研究室の片付けと時計の設置。#95で書いた通り引っ越してから数個の時計をディスプレイしていた(某建築家・デザイナーの設計・施工)のですが、その後の地震で落ちてしまったのがそのままになっていたのでした。強力両面テープで留めていたのだけれど、また落ちないようにするにはコンクリートの壁に穴をあけるしかないというので、すぐにはできなかった。しかし、ひょんなことから超強力接着剤がある(なにしろどんな接着剤でもだめだったのが、これだけがOKだったという)ことを知ったので、試してみようとしたわけです。

実は、フックに接着剤を塗る時に手違いがあって効果を心配したのですが、翌日ちょっと引っ張ったくらいでは剥がれなかったのでそのまま掛けてみることにした。今のところは、大丈夫なようです。もともと老朽化していたために落ちた時に割れてしまったブラウンの時計も動いている(変形してしまったために針が文字盤にちょっと引っかかるようだけれど)。


リプレイス後

今回は前のが気に入っていたから基本的にはこれを踏襲しながら、位置関係を少し変え、やっぱり落ちて動かなくなってしまっていた小さな時計を加えた(案外悪くないと思うのだけれど、どうでしょう)。

国際的に活動するトレーダーでもないのに、 なぜ何個も設置するのか。


元目覚まし時計

それは、単に面白いと思ったから。ただそれだけ。もうひとつ付け加えるならば、僕はミニマリストに憧れつつも、あるものをできるだけ使い切りたい性癖があるようなのです(貧乏性と言う人もあるかも。家の方は、かっこ悪かった頂き物の目覚ましをちょっと細工して再利用。これもまあまあではあるまいか)。

学生諸君を見ていると、何かをやる場合、理屈や大義名分から始めようとする人がほとんどのよう。

これはこれで悪くはないかもしれないけれど、まずは自身の関心や欲求から出発するのがよい。たいていの場合、立派な理屈や名分を探そうとして、いつまでも手つかずになりがちで、結局のところ中途半端なものになってしまうということが多いのです。アタマよりもまずは手を使え。

ともあれ、気分が変わってやる気を引き出すための準備は、ようやく整いつつあります。あとはやるだけだ。

2016.03.04





#180 まだまだ寒い、と思っていたら

そこここに春の気配

嬉しい気持ち
暖かい日が混じるようになったと言っても、外はまだまだ寒い。

3月下旬の頃の暖かさだという日もあれば、やっぱり冬だと思い知らされる時もある。 先日は、 また真冬並みの寒さがぶり返したようで、 東京でも薄く雪が積もったという。

そこで、ぼんやりしているうちにもはやお蔵入りかと思った分を(ぼんやりしているうちに、これが増えるいっぽうです)。と思ったら、今日は朝こそ冷たかったけれど、昼間はずいぶん暖かい。

1月末の九州は、大雪でした。

朝起きて外を見てみたら、真っ白、街の景色がほとんど見えない。おっ、元旦と同じ!と思ったら、外はなんと雪景色。やわらかな雪にすっぽりと包まれていた。


再び雪に包まれた街

雪の中を歩いてみたのだけれど、さらさらとしたパウダースノウ。実は靴がびしょびしょになるのではないかと心配したのだけれど、全然そんなことにはならなかった。コートについた雪も手で払えば、すっかり落ちてしまう。

で、気を良くして裏山に行ってみた。いつも写真を撮る階段を見たかったのだけれど、やっぱりすっかり雪に覆われていた。木々の枝にも雪が積もって、輪郭をやわらかく丸められた景色。さすがに靴のことが心配になって帰りは元きた足跡を逆にたどろうとしたのだけれど、もう雪に覆われていた。

そんなわけで、どこにも出かけられない。雪景色は美しいのだけれど、脚を奪われると 文字通り手も足も出なくなって、とたんに何もできなくなるのだ(食材の仕入れだって。まるで三ツ星のシェフみたいだけれど、ま気持ちだけです)。となると、ストックしてある材料を使わざるを得ない。自分のことだけなら我慢すればすむのだけれど。

長靴とかせめてブーツがあればよいのだけれど、それも数日の滞在の身では望めない(揃えようかしら。備えあれば憂いなしということだしね)。

雪を払うと、きれいになっている。

この雪が、世界の汚れをすっかり洗い流してくれればよいのだけれど(叶わぬ願いなのだろうか)。

いっぽう、2月半ば過ぎに帰省した折に裏山を覗いてみたけれど、緑の色も鈍く、木々に葉もまだついていないものが多い。花の姿はどこを探しても見当たらない。まだまだ、春は遠いよう。


菜の花

白梅

ふきのとう

しかし、川縁を歩いていたら何やら黄色い花が。近寄ってみると菜の花。 その気になって探してみると、周辺には桜の木の間に白梅もひっそりと花をつけていた。そう言えば家にはふきのとうや紅梅がいけてあった。

三寒四温という通り、 その後も寒い日とあたたかな日が繰り返しやってくるけれど、春は着実に近づいているのだね。

冬が嫌いというわけではありませんが、なんだか嬉しい気持ちになります(無為に過ごす我が身が怖いけれど)。

2016.03.03





#179 わずか30分!

鬼頭健吾展

効率より楽しいこと
教えられて鬼頭健吾展に行ってきた。行く前は少し風邪気味で、おまけにジョッパーブーツのベルトを掛けようとして無理な体勢を取っていたら腰を痛めてしまった(ああ)。さらに悪いことには、これから寒さを増して真冬並になるという。よほど行くのはやめようか思ったのだけれど、他には行ける日がなさそうだったのでした。


鬼頭健吾展

鬼頭健吾は、リーフレットの記載を借りれば「フラフープやシャンプー・ボトル、スカーフなど日常にありふれた既製品を使い、そのカラフルさ、鏡やラメの反射、モーターによる動きなど、回転や循環を取り入れた大規模なインスタレーションや、立体や絵画、写真など多様な表現方法を用いた作品を発表」しているアーティストです。

そう、このところ続けているゼミの「カステリオーニに学ぶこと」シリーズの参考にしようという魂胆もあったのでした。何回か続けているとどうしても新鮮さに欠けることになりやすい。学生にとっては初めてのことだからかまわないようなものだけれど、こちらがマンネリを感じてしまうととたんに学生に伝わります。鬼頭は実用品をつくるわけではないので、カスティリオーニというよりもむしろデュシャンに近いと言った方がいいのかしらん。いずれにしろ、新味を求めようとして出かけた次第。

会場は渋谷西武百貨店。おそろしく複雑になったような気がする駅地下の通路を出口への案内表示をたよりに抜けて地上に上がると、小雨。すぐ会場だったので、ほとんど濡れないし、渋谷の人込みにも会わずに済んだのは不幸中の幸い。


主会場

主会場のB館8階へ向かうべくエスカレータに乗り込み上がって行くと、途中で面白いディスプレイが目についた。婦人服が並ぶ店舗の天井からさまざまなカラーのロープが垂らしてある。これはシルキーで使えそうと気にしつつも後で見ることにして、まずは会場へと急ぐと、店舗と美術画廊に囲まれたスペースの中央に色付きの小さなアクリル板で構成した立体作品群が一組、後は平面作品が数点、しか見当たらない……。

少々拍子抜けして、たまたま通りかかった黒服のお姉さんに訊くと、写真撮影はOK、そしてこの他に3階と1階、そしてA館のショウウィンドウでもやっている、と教えてくれたのでした。

「3階?なるほどね……」ということでさっそく3階へ降りることに。でも降りてみると何も見当たらない。ん?裏側、すなわち上りのエレベーター側にまわってみると、先ほど目にした光景がありました。やっぱり小さな規模で展開しているのだね。


3階会場

写真を撮ろうとすると、今度はお店の女性が両手で大きく×をしながら寄って来た。「写真は禁止です」と言うのだ。そこで、「上で写真を撮ってよいと言われたのですが……」と説明しはじめると、今度は「関係者の方ですか」と訊かれた。「鬼頭展の作品が撮りたいのです」と言うと、「鬼頭さんの作品なら……」と、やっと許してくれた。どうもありがとう、商品はできるだけ入れないようにしますと返して撮りはじめたのだけれど、何となく落ち着きませんでした。で、数枚を撮っただけ。でもよく見ると、カラーロープと見えたものはカラーのプラスティックの鎖、これに登山用の細紐をうんと派手にしたような紐が交差して渡されているのでした。ただ、留め方をよく見てこなかった!(そもそも天井高も違うし、……。ま、なんとかできるだろう)。


1階会場

もうひとつ、1階へ降りて行くと今度はエスカレーターのすぐ脇の細長いスペースに色とりどりのプラスティックの細いチューブがうねっていた。なかなか面白い。床はと見れば、金色に光るシートが貼られていて鏡のような効果を生んでいる。今度は落ち着いて写真に収めてから、さらにもう一度下りのエスカレータに戻って、上からの写真も(でも、A館の方は忘れた。やれやれ)。

今回はそれだけ。会場にいたのは1時間未満、というよりほとんど30分未満ではあるまいか。まったく混んでいないのに、最短滞在時間記録。家から途中電車に乗って会場までにかかった時間に比べるとおそろしく効率が悪いけれど、なかなか面白い発見があって楽しかった。

一体、展覧会を見る時は、作品自体を楽しむことと、作品に触発されることが面白いというふたつの側面があるように思うのだけれど、今回は断然後者(あ、作品が面白くなかったというわけではありませんよ)。

2016.02.17





#178 建築家展をはしご

正反対の個性

建築がめざすもの
定期試験が終わって入試までのわずかのあいだのよく晴れた日に、展覧会に出かけてきた(まだ採点は終っていないのだけれど、展覧会の最終日が近づいていたのだ)。

二人の建築家はほとんど正反対。共通点はほとんどないように見えるのですが、一つだけ確実なのはいずれも世界的に活躍する建築家ということか。

違いの一つ、片やハイテク技術を駆使した端正な造形、片やこれもハイテク技術に負うところ大だけれどこちらはきわめて複雑な造形を特徴とする。前者は合理的、後者は表現主義的。また、前者はシンプルな美しさ、後者は複雑さがもたらす面白さ。

さて、この二人は誰か。わかりましたか。


フォスター展

ゲーリー展

そう、ひとりはハイテク派の巨匠ノーマン・フォスター、もうひとりは脱構築派の先駆者フランク・ゲーリーです。

実際に展覧会を見ると、二人の建築家の差異性と類似性がよくわかる。


フォスター展

ゲーリー展

展覧会場の構成にもはっきりとその違いがあらわれていた。フォスターのほうはプレゼンテーション用の完成模型が整然と並べられているし、ゲーリーの方はアイデアを確認し進めるためのスタディ模型が多く、いくらか雑然とした雰囲気を出したかったよう。フォスターの方が社会性をより意識しているのに対し、ゲーリーは自身の興味に忠実でありたいと願っているようです(実際はちゃんと見ているのだろうけれど)。

でも、展覧会を実際に見ていると、むしろ類似性の方に意味があるような気がしたのです。

丸谷才一が歌仙について述べたことで、「いちばん大事にするのは詩情といふか、文学性、文学としての面白さです。それをいい加減にして官僚的に式目を守つたつてはじまらない」*と書いた。これが建築にも当てはまりそうです。二人ともがこの詩情を求めて、いずれもが成功したのではあるまいか。ゲーリーにはわかりやすい抒情性があり、フォスターには硬質の叙情がある。

どちらが好きかと問われたなら、今は断然フォスター。一時、ゲーリーのそれまであんまり目にすることのなかった形態的な面白さに引かれたことがあったし、一方でフォスターの合理性を嫌った時期があったのですが……。

フォスターは内部と外部の乖離無しに美しい形態の建築をつくるけれど(しかも無機的なものばかりでもない)、ゲーリーは、少なくも一時期は、外観と内部があんまり関係なさそうに見えた時があった(だからといって、形態主義を否定するのではありませんよ)。

いずれの会場もけっこう混んでいたけれど、フォスターの方は外国人が多かった。しかも、小さな金髪の女の子が走り回って、“There’s very cool !”(たぶん)と叫んだのだ。

ところで、模型展の場合はなぜ図録を作らないのだろう。建築を学ぶ学生にとって模型の重要さや模型とスケールの関係等々、役に立つことはたくさんありそうなのに。もうひとつよかったのは、いずれも一部を除いて写真撮影OKだったこと。

心残りだったのは、個人的なことですが、フォスター展と隣接する会場でやっていた「フェルメールとレンブラント」展を見ることができなかったこと。体力、気力がついてゆかず断念せざるを得なかったのでした(ああ、やれやれ)。


森美術館への入口

21−21から六本木ヒルズへ行く途中の建物

おまけ。どこかで見たようなかたちですね。

* 集英社文庫版「星のあひびき」219p、2013

2016.02.06





#177 基礎が大事

創作活動と人間性

毒蛇は急がない
以前帰省して布団を畳んでいる時に、見えない部分を適当に畳んでおいていちばん上だけをきちんと揃えようとするとうまく行かないのです(実は、いちいち押し入れに上げるのが億劫でちょっとずるをして、部屋の片隅に積んでその上から布のカバーをかけようとしたのでした)。やっぱり、見えないところもきちんと整えておくと、最終的にきれいに見えるのだね。


椎名英三自邸の玄関の床の仕上げ方

ま、これは当たり前と言えば当たり前、常識と言ってよい。女の人のお化粧だってファンデーションが大事だと言うし(ま、聞くだけですが)、ホットケーキもお好み焼きだって生地づくりが決め手です。さらに、ハリボテの石や木でも厚みを備えた無垢のものとの違いは、不思議なことに一目瞭然(建築家椎名英三は、だますなら徹底的にだまさなければいけないということで、上がり框に当たる部分を無垢材と同様の厚みを感じさせるために見える部分ということでなくある程度の奥行を持った材を積んでフローリングが何層も重なっているように見せていました)。

また、ウィーン・フィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒルの記事を読んでいたら、自然に親しんでこなかった人はどんなに技術があったとしても、無味乾燥な演奏になるといったことが語られていました。

ちょっと長くなるけれど引用すると、「以前、日本で公開レッスンをしたとき、若い学生がブラームスのソナタの1番を弾きました。でも、ただ音符を弾いているだけ。音楽になっていないのです。ブラームスは、この曲をオーストリア南部のケルンテン州にあるベルター湖畔で作曲しています。朝もやがかかったり、太陽の光が差し込んだりする風景のなかで生まれた曲だと一生懸命に説明するのですが、なかなか伝わらない。そういう場所や光景を知らなければイメージできませんし、そういう人にわかってもらうのは難しいですね」*。


ウィリアム・モリスのテキスタイル

近代デザインの父と呼ばれるウィリアム・モリスも、彼の才能を開花させたテキスタイルデザインのモチーフは、幼少の頃から親しんでいた草花でした。


ダ・ヴィンチの手稿**

また、ルネサンス期の万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは人物の表情をリアルに表現するために、解剖まで行って筋肉の動きを極めようとしたと言います。表情の観察だけでは不足だというわけです(なぜなのだろう?やっぱり、真に理解しようと思えば、根本的な仕組みを知ることが大事ということなのでしょうね)。

となると、演奏や作品には直接的な技術や知識の有無というだけでなく、作者や演奏家の人間性そのものが重要ということになりそうです。

急いでやってうまく行かないためにやり直すはめになって、結局時間がかかってしまうこともよく経験するところ。

急がば回れと言うし、毒蛇は急がない***という言葉もあります。慌てず焦らず、まず基礎固めをやるようにしよう。

* 朝日新聞夕刊 2015.08 わたしの半生 ウィーン・フィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒル
** 「レオナルド・ダ・ヴィンチー天才の実像」展、図録 p194 
***「どくじゃはいそがない」。開高健が彼の地で聞いたというタイの古いことわざ。自信がある者は焦らないが、必ずしとめるということ。

2016.01.12





#176 謹賀新年

雲の中の正月

色を失った世界の先
久しぶりに好天と聞いて迎えた元日。まだ暗い中カーテンを開けてみると、まるで高山の山頂、雲の中に入るような景色が目に飛び込んできた。霧。街全体が白い霧に包まれていたのだ。


霧に包まれた町

霧にかすむ楼門*

ということで、2016年のはじまりは、霧の中となった。

非日常的な経験で、正月らしいといえばそう言えなくもない出来事なのだけれど、今年もまた五里霧中、先の見えない不透明な年ということなのだろうか。

昨年から、世界中で不穏な出来事が頻発しているが、それが今年も続くのだろうか。人間の知恵で乗り切れないものか。


色を失った山

新聞を取りに行くついでに裏山に上ってみたのだが、先日まで鮮やかに色づいていた木々や草花は常緑樹の他少しの緑を残すだけで、多くがすっかり茶色に変色してしおれ、寂しい景色となっていた。しかし、これが数ヶ月もすると鮮やかな新緑に包まれた見事な景色に変わるのだ。


やがて現れた日差しと青空

いつのまにか、霧の中から陽が射してきた。

希望を捨ててはいけない。

少し遅くなったけれど、新年おめでとう。
よい年になるようにしよう。

*設計は日本の近代建築の先駆者,辰野金吾

2016.01.07





#175 レストラン映画の喜び

創造力の発露

想像力の行方
ちょうど、学生からどんな映画が好きかと訊かれたところなので、今回はこのことについて(というか、これもずいぶん前から書きかけていたのですが……。怠け者)。

何回か取り上げたことがあるので、読んでくれている人の中にはわかっている人もいると思うけれど、レストラン映画、または料理を扱った映画が好きです(もちろん、そうした場面が出てくるだけでも楽しめるのだけれど)。

しばらく前には、「三ツ星シェフフードトラック始めました」、「地中海式人生のレシピ」等々レストランや料理が重要な役割を果たしている映画を続けて観ました。

レストラン映画はけっこうありますね。たとえば(観た中で、この欄や映画のブログ*で取り上げていないものでは)、「フライド・グリーン・トマト」、「ディナー・ラッシュ」や「シェフ殿ご用心」、「タンポポ」、「シェフと素顔と、おいしい時間」、比較的最近のものでは、「エル・ブリの秘密 世界一予約の取れないレストラン」、「ファイティング・シェフ」、「シェフ–三ツ星レストランの舞台裏へようこそ」、「バチカンで逢いましょう」、「大統領の料理人」、「マダムマロリーと秘密のスパイス」等々、小皿料理のコースのように次から次に並べることができます。

さらに、レストランではないけれど料理が主役の映画や、お菓子やパンづくりにワインづくりやらウィスキーづくりまで広げるともっと挙げることができます(ということは、ずいぶんたくさん存在しているということですね)。

料理のジャンルについて言えば、ジャンクフードから一流シェフが作る料理まで、何でもいいです。

料理やレストラン映画が好きなのは、 なぜだろう。


美しく盛りつけられた一皿

料理が好きだからか、その盛りつけが美しいゆえなのか、いかにも美味しそうにみえるためなのか。はたまた料理が出来上がる過程を見るのが楽しいからなのか(料理に限らず、ものが出来上がる過程を観るのは作り手の熱意や愛情が伝わってきて、この上ない喜びの一つです。 さらに、いい料理人は片付けながら仕事をするという言葉の通り、彼らはこまめに片付けたり拭いたりしていて、いつも整頓されていて、ぴかぴか。おまけに、飽くことのない探究心がある。憧れます)。それとも、機能に徹した設備機器や道具が美しいせいなのか。あるいは、……。


野外市場での食材選び

出来上がった料理を手渡し

そのどれもが当てはまりそうです。でも、なんといっても厨房や整然と食卓が並ぶホールの整然とした佇まいの空間を見るのが好き(何も豪華なものばかりではなく、質素なものも含めて)。たとえ映画自体がつまらないものでも、調理する場面はたいてい退屈しません。また、建築的空間とは別のものを挙げるならば、調理の前の市場で食材を探す時の真剣なまなざしや出来上がった皿を差し出す時の誇らしくて喜びに満ちた表情を見るのは楽しい。

ついでに言うと、少し前までは、ラブコメがおもしろかった(これも、インテリアに注目してみると、あんがい発見があります)。そしてもっと前、うんと若い頃はアクション映画がいちばん好きだった(これは、インテリアとはほとんど関係がないことが多いのですが、なんといっても純粋な爽快感を得ることができて、映画を見る醍醐味があった)。

あ、そうそう、料理が出てくる映画の魅力でもうひとつ忘れていけないのは、そこに出てくる人々がいかにも楽しそうなこと(だいたい、おいしいものを食べたら皆気分が良くなる。それを見るだけでも)。このため映画自体がつまらなくても楽しめるのですが、 それに加えて(この場合は)ハッピーエンドで終ることも大事な理由のひとつです。

比較的最近見た二つのインド映画、「めぐり逢わせのお弁当」と「マダム・イン・ニューヨーク」はレストラン映画ではないのですが、料理をする主婦が主人公です。とくに、前者はハッピーエンドとは行かずちょっと切ないのですが、素敵な映画でした(彼の地では弁当を配達するサービス業があるそうですが、その誤配率はなんと600万分の一。ここから物語は始まりました)。そして、甘ちゃんと言われようとも、センチメンタルというそしりを受けようとも、「マダム・イン・ニューヨーク」もよかったな。

こうした映画を観た人は、きっと料理に挑戦したくなるかもしれません。いや調理に取り組まなければという気になるはず。なんと言っても、食は「生きる」ための基本です。

僕も、料理にしっかりと取り組んでみようかしらん。趣味としてもいいし、喜ぶ人もきっといるかも知れない。味よりも見かけや道具立てにこだわりそうなのが、ちょっと不安だけれど(経験済みですが、ここは知恵で乗り切ることにして)。もしかしたら、クッキング編を増設することになるかも。

ともあれ、おいしそうな皿のある風景は(もちろん贅沢な料理というのではないよ)、ナイス・スペースのひとつです。ところで、以前、設計事務所を自営する卒業生のブログには、料理の完成写真がない料理本が好きとありました。想像する楽しみがあるということでしょうね。僕自身は、そういう本も読むけれど、どうやら視覚的なタイプであることは確実のようです(これって想像力に欠けるってこと?うーむ)。

よい年をお迎えください。

* Blog ビフォア・サンセット
** 写真は「エル・ブリの秘密ー世界一予約の取れないレストラン」公式HPから借りたものを加工しました。
*** 写真は映画.com「めぐり逢わせのお弁当」のページから借りたものを加工しました。
**** 写真は「シェフ 三ツ星フードとラック始めました」公式HPから借りたものを加工しました。
2015.12.20





#174 斜めの誘惑

古い街を歩きながら考えた

新旧のコード
飛行機が着陸態勢に入って陸地に近づくと、街の姿(構造)がよく見えます。建物はほとんど道に対して平行に、あるいは直交するように建てられていることがよくわかります(これは都市部のビル群はもちろん、町家や商店街に見られることです。若い建築家の友人と話している時に教えられたのですが、それまで当たり前のこととしてあまり意識したことがなかった。いまさらながら、空の上から見ると確かにそのように見えます)。

一方、道路は欧米のそれと違って、幾何学的につくられることはまれで、いろいろな方向を向いている。そこで、思ったのは、よく言われる住宅における日本人の南面信仰との関係はどうなのだろう、ということ。


都市の中の建物の建てられ方

新旧のアパート

そんなことがアタマの片隅にあった時に、母親が暮らす街を歩いていて気づいたことは、もともと商店が並んでいたようなところは、建物が道路沿いギリギリに建っているのは当然だけれど、それでも古い建物は道路に沿うように建ち、新しい建物は少し振れているということ。すなわち、古い建物はお隣りの古い建物と同じように建ち、新しい建物はできるだけ南面するように建てられているようなのです。

別の言い方をすれば、古いものは集団のコードに従い、新しいものは個人の要求を重視するということだね(これまた当然といえば当然だけれど、今という時代をよく現しているように見えます)。

そんなことがあった後、この話題が出たのは何の時だったろうと彼に確認すると、シャッター通りと化しつつあった商店街の建物が建て替えられて、前面が揃わなくなっていることに気づいて違和感(良し悪しというのではなく)を憶えたという話しをしていた時、だったということでした(ま、ふたりとも似たようなことを思っていたわけですね)。

住む立場と眺める側の見方が異なるのは当たり前ですが、住む側(所有する側)の立場を優先すべきかと言うとそんなに簡単ではありません。外観について言うなら、いくら自分の住宅だからと言っても、住む人が外観をいつも眺める人の気持ちを無視するわけにはいかない(街としての景観は彼らの領域でもある)のだからね。

これとは別に、建物自体は道に沿って建てられているのだけれど、入り口が斜めになっているものがあって、これがなかなか面白いと思うのです(と言うからといって、僕がいつも斜に構えているというわけではないよ)。


道路から斜めに入る入口

イームズ・オフィス

一般の小売店のように前面を入り口にすることができない場合、道路とドアの距離が取れない時に少しでも入る時の負担を軽くして(心理的な距離を長くして)、入りやすくしようとしているのですね。そして、うまくつくれば、人を誘い込むようにもなる(たとえば、イームズ夫妻のオフィスのように)。

それに、あまりにも整然としていたら、ちょっと気詰まりです。そこに異形が挿入された時に生まれる景色が楽しさを生む(そう言えば、格子状に計画された道路で有名なニューヨークの街は一本の道路が斜めに貫いています)。

斜めは、けっこう面白いよ(たとえば前回取り上げた会場構成でも、柱とこれを囲む四角いフレームは平行ではありません)。もちろん、混じる割合が重要ですが。
2015.12.17





#173 速報 シルキー・ウィンター・フェスティヴァル 2015

グッド・ジョブ

嬉しい瞬間
今年も日本大通りシルクセンターの中にある横浜シルク博物館で開催されるイベント、「シルキー・ウィンター・フェスティヴァル」の会場構成のデザインを当ゼミの3年生が行いました。

今回は、今までと違って立体的なインスタレーションを考えようということだったのですが、いっこうに学生たちは製作に移る気配がない。最初は黙ってみていたのですが、いよいよ不安になって、大丈夫かと聞いてみたりしたのですが、彼らは「大丈夫です」と平然としているのでした。

正直に言うと、出来よりも何よりも間に合うかどうか心配していたのですが(ゼミ生の数もいちばん少なかった)、いざファッションショーをはじめとする催しが行われる、いわばフェスティヴァルの期間中のハイライトの日が終ってみれば、幸いなことに杞憂だったことが分かりました(ま、デザインの狙いは面白くなるはずという自信はあったのだけれど)。


ファッションショー

塩ビ管で組んだフレームに布をかけてモデルたちが通り抜けるシルエットを映し出す演出も効果的だったし、ぎりぎりに届いたレッドカーペットと、その先に置いた小さなフレームも効いていた。

今までのデザインの中で、いちばん時間をかけなかった気もするのですが、出来はいちばん面白かったのかもしれません。でも、決して手を抜いていたというわけではないらしい。終った後、口々に「またやりたい。楽しかった」と言うのです。途中から気づいていなかったわけではなかったのだけれど、 たぶん、 やらされているというのではなく、自分たちでやっているという気持ちで取り組んでいたのだね。製作に取りかかってからは、追加のフレームをつくったり、正面のデコレーションのパーツを追加したり、彼ら自身が自分たちで考えて、そして、面白がりながら進めていたのだと思います。


出番を待つランウェイ

2つのキューブ

すべての催しが終わってからも記念撮影する人々が会場に溢れていたのですが、ようやく会場から人が引けてから、ファッション・ショーを行った山﨑ゼミの学生たちとの記念撮影をしたのですが(言うまでもなく、彼らも満足そうでした)、その後も自分たちのつくったフレーム2つ(そのうちのひとつはショーのための布を取り払って本来のフレームを見せることにして)の位置を変えて写真を撮りながらながら、口々に「かっこいい!」というのです。自分たちがデザインし、製作したものを目にして、誇らしい気持ちで喜ぶ。 これがいちばんの収穫。見ていて、いちばん嬉しくなる瞬間です。
2015.12.15





#172 機上の愉しみ

色、光、そしてかたち

舌の根も乾かぬうちに
またまた羽田空港のフードコートの話しから。

今月は2回目。

再び取り付けられたスクリーン

その日は雲ひとつない良い天気だったので、フードコートの光の中で蕎麦を食べるつもりでいたのだけれど、着いてみると再びスクリーンが掛けられていた(それだけ季節外れの暖かい日が続いているということですね。これも温暖化が進んでいる証拠か)。せっかく光と影のコントラストを楽しみにしていたのに。日射しは女性の敵のせい?おまけに、蕎麦と日本酒は混んでいたために断念(待ち時間が20分程度だがいいかと言うのだ。残念)。

食事で同席になったお向かいの白髪の紳士はよほど忙しいらしく、パンを片手で持ちながら、何やらレポートらしきものを広げて熱心にメモを取っている(フードコートには丸テーブルだけじゃなくて、細長くて少し大きいテーブルのコーナーがある)。後ろでは、これも年配らしい男の人が、関西なまりの大声であちこちに電話をかけている。皆それぞれに大変そうなのだ。大きいテーブルでの相席というのもけっこう楽しいね(自分が忙しくない時に限るけど)。

別に話しをするのでもないけれど、いろいろな人がいることが知れて面白いのだ。

飛行機は前日予約の便で座席指定はしていなかったので、カウンターで聞いてみるとまたまた前方窓側席があるという(3A)。それで写真を撮るつもりで、カメラを用意していたのだが、離陸してからは撮りたくなるような景色が次々に現れるけれど、うまく撮れない。焦点が合わずに、ぼんやりとした写真しか撮れないのだ(なぜだろう。少し汚れたり、擦り傷があったりする窓ガラス越しの逆光のせいかしらね)。しかたがないので、見て楽しむことにした。

始めは晴れていたので、街がよく見えた。わずかに雲がかかった富士山も眼下に見ることができた。噴火口もよく見えて、まぎれもなく火山であることが知れた。その向こうには一部がやや茜色がかって光る海も見えた。もう少し遅い時間帯だと、変化はさらに複雑になる。


いろいろなかたちに見える雲

次第に雲が現れるようになり、下の海に雲の影が映って島と混じるのも楽しい。やがて雲ばかりとなって、色彩は失われ、かたちのみが風景をつくるのだが、これはこれでやっぱり楽しい。雲が広がると、雲海の向こうには、まるで海を挟んでもうひとつの都市があるように見える。しかもそれらが、刻々とかたちを変えるので、飽きることがない。

景色はかたちよりもむしろ色の変化に注目して見ているのではないかと気づいてあたらしい発見だと思ったことがあったのは前回書いた通りだけれど(時間とともに変化する色や紅葉の楽しみ)、やっぱり、かたちも同じく興味をかき立てるということだね。

そう言えば、その前には、建築はそれ自体より外の景色との関係が大事なようだと書いたこともあったけれど、それぞれが重要な役割を果たしているということだね。当たり前のことだけれど。もう少しよく考えなければいけませんね(反省。なかなか新しい発見はむづかしい)。
2015.12.11





#171 眺める愉しみ

溶解る夕陽

たとえば、建築模型と色
機上や車窓から外の景色を眺めるのは楽しい。とても楽しい。


雲間に溶ける夕陽

列車の窓から外を眺めていると、雲間から夕陽が現れた。そして再び雲に遮られて隠れてしまいそうと思ったらすぐに丸いかたちを失い、雲間に溶解た。

その時、モネの絵「印象・日の出」を思い出したのですが、こちらは空に浮かぶ朝日は溶けていなくてまあるいかたちをしっかり保っていて、溶けているのはルアーブル港の波間に映った朝日の方。

でも、両者に共通しているのは、光と色。光の変化が与える風景の表情の移り変わりだと思います(そう言えば、 帰りの列車では1時間ほどの間に美しい虹がかかるのを2度も見た)。そんなことから、風景の面白さはかたちにあるよりも、むしろ色彩の方なのではないかとふと思い至ったのでした。


裏山の紅葉

たとえば、今が盛りの紅葉だって、色を楽しんでいるじゃないか。緑や茶の中に赤や黄色の葉っぱが混じってつくられる景色が嬉しいのではないか。新緑の頃だって、薄緑の葉に透ける光が与えるさまざまな色彩の表情が喜びを与えるていのに違いないのだから。

料理だって、彩りが大事。もちろん盛りつけ方においてはその図柄も重要だと思うけれど、色がないと魅力は半減しそうだ(皿の上の画家と言ったりしますが、さて何を指してそう言うのだろうか)。もしそれが色のないモノクロの景色だったら、美味しさの感覚はどのくらい失われるものか。

朝日や夕陽は言うまでもなく、朝日が昇る頃や太陽が沈みかけてからの夕暮れ時の景色は時間とともに変化する色を眺めていると飽きることがないし、その美しさは格別。

建築について言う場合、色は二の次とされることが多い(バラガンのような例外はあるとしても)。学生がつくる模型も色がついたものはいわゆるドールハウス、玩具的だとして退けられ、色のないいわゆる白模型が好まれがち。すなわち、建築の構造が明確に表現されるというわけです。

設計者(あるいは作品として理解しようとする者)の立場に立てば、なるほどそうだと理解できるけれど、一方使う立場、住宅ならば住む人にとってみれば、構造よりも視覚的な喜び、すなわち色のある方がより分かりやすく,住まいとしてみることができるかもしれない。

考えてみれば、あのモダニズムを代表した一方の雄、コルビジュエだって、ずいぶん色を使いましたよ(彼は画家でもあったわけだけれど)。

ともあれ、ものを観る時の喜びは色の楽しみによるところが大きいのではないか、と思ったのだ。 光のもたらす面白さばかりに目が行ったけれど、それだけでなく色の楽しさにももっと関心を払っても良いのかも。

もう一度、色の果たしている役割りを見直そう。
2015.12.09





#170 オリジナル信仰を疑う・その2

オリジナルと模倣の間

型があってこその型破り
簡単なように見えて案外むづかしそう、というのがオリジナルと模倣の問題についての僕の見方です。学生たちの中には(というか、その多くが)、デザインするという行為は始めからオリジナルなものでなくてはいけない、すなわち真似はおろか参考にするのでさえ罪だと思い込んでいるようなのです。たとえば、今回の東京オリンピックのエンブレム問題でも。

今の僕の見解を言えば、参照というよりも引用、模倣に近いように見える。 さらに言えば、これを訴えたベルギーのデザイナーの作とスペインとバルセロナのデザイナーが東日本大震災のチャリティのために作ったポスターの類似性がもっと大きい気がするのです。

それでは、デザインはゼロから始めるべきかといえば、ただちにそうとは言い切れない。そもそも過去のデザインから無関係にデザインすることができるものだろうか。

かつて70年代だったか、磯崎新が言ったように、「もはや新しいデザインは組み合わせしかない」わけだから、要素の少ないポスターで似てくるのはしかたがない部分もあると思うのですが。

で、思い出したこと。

僕はずっと日本語のロックが好きになれませんでした(あのハッピーエンドだって。たいていのものがそうだった)。でもある時期20代の半ば頃(恥ずかしながら、まだ学生でした)、なぜかよく聞くようになった和製ロックバンドがあった。一つは柳ジョージとレイニーウッド、そしてもうひとつは甲斐バンド。

とくに共感しつつ聴いたのは甲斐バンドだったのですが(すなわち歌詞への共感。今となっては、センチメンタルな自分がちょっと恥ずかしいけれど)。でもね、当時の彼らがオリジナル性に富んでいたかと言えば、必ずしもそうでもなかったと思う。間違いを恐れずに言えば、たとえば当時の甲斐バンドが時代の寵児に上り詰めていった頃は当時の世界を席巻したスーパースターだったブルース・スプリングスティーンに影響されているところが大、あるいは得たところが大きいと思います。


レコードジャケット

たとえば、BLUE LETTERの歌詞は、たぶん、殆ど確実に「リバー」にインスパイアーされている(ずっとパクリ寸前のような気もしていたのですが、たぶん同じようなことを感じた人はいるはずだと思っていたので、ネットで検索したらやっぱりありましたね)。でも心に響くものがあったというのは事実(メロディが大事なのは言うまでもないし、僕はコンセプト嫌いですが、ほんとうは言葉の力はすごいと思うのです)。

ま、海外のヒット曲を翻訳と言うか日本語に翻案したものを歌うというのは、むかしからあったからね。さらに付け加えるならば、日本のポピュラー音楽同士でもほとんどそっくりじゃないかと思うものがけっこうあるのではあるまいか。


レコードプレイヤー

で、 久しぶりに聴いてみた。アナログ・レコオード・プレイヤーを聴く時の儀式を行って。これは、CDやインターネットでの聞き方とは決定的に違うようです。 たぶん、その儀式性が、気持ちをそのことに集中させてくれるのだろうね(針の交換やら何やら、調整はおそろしく面倒なのだけれど)。

言いたいことは何か。恐れずに言えば、やっぱり始めからオリジナルにこだわり過ぎなようにしようということ。始まりは模倣でもそれを少しずつ育てていきながら(予条件に合わせたり、自身の考えを入れたりながら)、最終的にオリジナルのものに作り上げればいい。レイニーウッドも甲斐バンドも、海外のロックから学んだことと日本の伝統的なポピュラーミュージックである歌謡曲とを融合させて(でも寄り過ぎたらきっとうまく行かなかったに違いない。今をときめくポップスター、建築家、デザイナーたちもきっとそうだったのではあるまいか。

つまり、少しだけ新しい何かを付け加えたのだと思う)、彼ら自身のポップスを実現したのではあるまいか。それが、今をときめくポップスターでなく建築家、デザイナー、クリエーターだったとしても同じであるに違いない、

先の東京オリンピックのエンブレム問題以来、ちょっと言いにくくなった気がするけれど、はじめからオリジナルなものをめざすのはとくにデザインを始めたばかりの人にとってはハードルが高すぎるし、あんまり効果的ではないと思うのです。

ところで、先日福岡の地下鉄で見た、何年か前にまだ若くして亡くなった歌舞伎の名優中村勘三郎の名言。正確ではないけれど、おおむねこんな意味。

型があってこその型破り。型がなくて新しいこと、奇をてらうのはただの形なし(うーむ。納得しました。すごいね)。というわけで、まずは型を学ぶのがよさそうです。そうそう、わが国には本歌取りの伝統もありましたね。

2015.12.04





#169 都市の個性・1

具体的に考えることの重要性

わかっているつもりが…
列車に乗っている間ずっと車窓から眺めていて(飽きることがありません)、ある駅に停車した時に、どこの駅だろうと思った。もちろん実際にはちゃんと名前を持った駅である。しかし、その風景が地方の中小の都市のどこの駅であってもおかしくないのだ。ありふれた四角いビルが脈絡なく建ち並ぶ、おなじみの風景。


ある駅前の景色

こうしたことは日本の多くの都市の駅前を評してよく言われることである。没個性的であることを言うための、いわば常套句。そしてそれと同じくらい、各都市における街づくりの計画には「個性的」な街づくりという言葉が登場するようです。

しかし、個性的であるということを示すためには、どんな表現のし方があるのだろう。変わったかたちをしていればよいのか。それはどの程度変わっていればよいのか。あるいは、他所にないものや特別のもので構成されなければならないのか。

具体的に考え始めると、簡単ではない(これは確実ですね)。つまり、たいていの場合アタマだけで考えてわかったつもりになるだけでは、不十分なことが多いのだ。

また、個性的ならばよいかということでもない。単純化して言うと、気持ちのよいそれとそうでない個性があるだろうし、面白い個性であっても、それが過ぎるとうっとうしくなるし、街は住みにくくなりそうでもある。


チッピング・カムデン

バイブリー

一見同じような建物の集合でも、そのたたずまいにある特徴(つくられ方、集合のしかたに通底する法則性や醸し出される雰囲気)が感じられるのなら、それが個性であると言えるのかも。 たとえば、京都の町家の家並み。 また、そこに暮らす人々がその街に愛着を持って過ごしているのなら、それが感じられるようなら自ずと個性が生まれるのかも。たとえば、コッツウォルズの村々(蜂蜜色の石の建物だけでなく、花と自然)やパリ(統一感のある街並みと路上まで席を並べたカフェ)。


車窓からの田畑の風景

街の中心部だけでなく、周辺部だって同じ。広がる田畑の向こうに緩やかな稜線を描く山々がある風景は、どこにでもありそうだ。少なくとも似たような景色はたくさんあるに違いない。

でもそうした風景は圧倒的な個性はないかもしれないけれど、美しく感じられたなら、とてもいとおしく思えてくるのだ。

街の個性は、人のそれに比べると、外観によく現れるだろう。しかし、それだけではないはずという気がするのだ(情緒的な言い方かもしれないけれど)。これは、やっぱり年のせいかね。

ところで、いくらかわかったとしても実際的にはたいして役に立ちそうにもありません。街づくりの仕事に関わることはありそうにない。だからといって、こうしたことをほったらかしにしたままだと、たいていのことがそうなりそうな気がするのだよ。それに都市の個性について考えることは、その他の個性(たとえば、住宅の個性。こちらは仕事が入る可能性はあるかも)について考えることに連なる部分が多いはずだし、そのいくつかについては学生諸君と話す必要は必ずあるのだから。

とは言ってもなかなかむづかしい問題だし、 もう少し考えてみようと思って図書館で本を予約して借り出したのだけれど、 まずは問題提起と、今のところ思いついたことを述べておくだけにしておこう。

2015.11.28





#168 路上の愉しみ

フードコートで自動筆記(ふう)

ああ、何を書こうとしたのだろう
路上の楽しみの最たるものは、屋外市場やテント席、またはパラソル席、あるいはただのテーブル席。と、思っているのだけれど、それだけではありません。

と始めようとして、パソコンを開いているうちに何を書こうとしていたのか忘れてしまった(こんなことが最近、けっこう多い。シャッターを押せないまま逡巡して、撮り損なうこともよくある)。思い立ったらすぐに取りかかる、瞬時の判断が事の成否を分けることがあるということがよくわかります(でも、瞬発力勝負ということだと、ますます勝ち目は小さくなりそう)。

マンウォッチングでもなし、新しい建物やスペースを発見することでもない。さて何のことだったか。ほんとうにわからない(やれやれ)。確かに、いくらテント好きでもそればかりじゃあなと考えていたら、あれがあったと思ったのだ。しかし、ついに思い出すことができず、アイデアはこつ然と姿を消してしまった(ああ)。

ところで、今日も前方の席はありませんかと聞くと(比較的早い便だったので、いちおう後方の窓側席を押さえてあった)、3列目の窓側があるという。おまけに、今回はプラス1,000円の必要も無し。聞いてみるものだね。何事も積極的に行かなくてはね。やってみなくちゃわからないっていうものです(最近は、すぐに教訓めいたことを引き出したがる悪い癖)。


生気のない植物

またまた羽田のフードコートだけれど、いろいろと目につきます。中央に配された緑が乾燥気味で、生気がない(土も同様)。手入が行き届いていないのですね。たぶん、デザインされたものの完成(いちばんいい状態)が竣工時、すなわちはじめて本物のかたちあるものとして現れたときと考えられているせいではあるまいか(住宅ではよくありがち。手に入るまでは一生懸命だけれど、完成したらちっとも手をかけないことがままある)。

出来上がった後のつきあい方、というか育て方が肝腎だと思います。それにしても、目に入るビニル製の葉の気持ちの悪さ。


uクリーンを外されたガラス屋根

同じ場所だけれど、座る場所がちょっと変わるだけで、見える景色も違います。11月22日ですが(ああ、なんと早いことか)、ガラス屋根のスクリーンはすでに外されていました。

今回の食事はと言うと、本日のおすすめ握りとぬる燗のセット。これに小鰭を一つ。

二つの病院の他いくつかの場所に持参するお土産は向こうについてから駅ビルのデパートで買うことにしたので、身軽。昼の酒が気分がいいのとまわりやすいのは、これはいつもと同じ。

ああ、それにしても何を書こうとしたのだろう(確かに、これもあるぞと思ったのに。嘘じゃありません)。

2015.11.28





#167 夜間飛行

夜の窓側席で考えた

非日常の誘惑
先日の九州からの帰りの便は久しぶりに窓側席。

こないだもそういうことを書いたけれど、今回は帰りで20時発という遅い便。着くのは21時45分の予定だけれどたいてい遅れるし(なぜなのだろう。常態化していますね)、あんまり降りるのに時間をかけたくないのです。このため、いつもは通路側を選びますが、 今回は予約が遅かったせいで搭乗手続きをしようとしたら、 最後尾近くの通路側と、最前方窓側席がご用意できます(こちらはプラス¥1,000で)というのです。

というわけで、窓側となった次第。足元は広いし、おまけに隣の2席とも空いていてなかなか快適だった。


夜の空港

ただ、天候がよくなく、厚い雲に遮られていて、眼下の景色はほとんど見えませんでした(カメラも用意したのだけれど)。また、時折雲が切れて明かりが見えていざ写真を撮ろうとするとぶれてうまく行かないのだよ。「デジカメはオートで撮るべし」と言う田中長徳先生の教えも、夜景は苦手のようでまったく歯が立ちません(教条主義はいけないということか)。

やっぱり、いざという時の備えて、感度を上げたり、シャッタースピードの設定等憶えておくに如くはないのかも、憶えておいて役に立つことがあるようなのです(と書くと、ごくたまにあることを気に病むより、ふだんのことに習熟すれば十分という声も聞こえてきそうだけれど)。


何も見えない

外は真っ暗で何も見えないのだけれど、そして音こそすれほとんど揺れもなく停っているような感覚なのだけれど、飛行しているようでもなく浮遊しているようでもない不思議な気がするのです。

そうした飛行機の音だけが聞こえる中で夜の窓を見ていると、なんだか国際便のような感じがするのはなぜだろうか。非日常の感覚のせいだろうか。それとも、海外旅行のような高揚感や新鮮な景色を求めているのかな。

2015.11.20





#166 セルフエイド・2

お金をかけないで楽しむ方法

チープシックのススメ
ちょっと恥ずかしいけれど、続きを(もうちょとちゃんとしてからとも思ったけれど、ここは潔く)。

インテリアデザインは住み手が王様なのだから、まずはできることから、好きなようにやればいいとして始めよう(だから、人のためにデザインする場合は、簡単ではありませんよ)。中には、本物主義を貫きたいという人もいると思いますが、それはそれで素晴らしいことだけれど……。

正直に言えば、この年になって、間に合わせではなくちゃんとデザインされた空間で暮らしたいと思わないでもありません。少し前までは、そうしなくてはという気持ちが強かった。洋服とインテリアは似たところがあるけれど、学生から「年配の大人と小さな子供は、きちんとした服装をしなければならない」と言われましたと聞いたことがあったのです。でも、決定的に違うのは、他者が介在するかどうかということ。だから、自分が暮らす住宅のインテリアは自身のためでよいのだ。

僕はと言えば、ものの少ないシャープなデザインのインテリア空間が好きですが、見るのと暮らすのではどうも同じではないようなのです。もちろん、経済的な制約もあるのだけれど、そのせいだけではない気がする。僕自身がぼんやりしているためか、インテリアもきちんとし過ぎるとどうも落ち着かない。

住まい手の美意識が部屋から小物までのすみずみまで行き渡っているというのには感心するけれど、僕はたぶん住めそうにない(窮屈な感じがして、あんまり住みたいと思わない。美意識は少なくとも部屋やものそれ自体にではなく、全体の気分を支配するようなものであってほしい。すなわち心意気。コンセプトとは言いません)。残念ながら、あるものでなんとかするというのが性にあっているようなのです。


増設した手製の本棚

増設分の本棚(実は、雑誌も好きで、たまる一方なのです。DVDも)をはじめとして、使った材料はと言えば、工事用の安い板材や端材等。棚板を支えるものの一部はブロックですが、訳あってコンクリートブロックではなく発泡スチロール製。というのも、この本棚とパーティションの支柱との間隔は60センチに満たないのです。だから、大きなものを運び込もうとすれば解体せざるをえない、という事情もある。ついでに言えば、計画学では80センチあけるですが、その教えるところは大事だけれど、あくまでも目安であって状況に応じて用いるべしということの例の一つと言っていいのではないかしら。教条主義になってはいけません。

ただ、工夫するのも安価ものを使うのも、もちろんいいのだけれど、安っぽくなりやすいので気をつけなければいけません(インテリア好きの妹から言われたこと)。チープではなく、めざすところはチープシックなのだから(ずいぶんむかしに流行った言葉ですが、もう一度見直してもいい気がする。わが家の現状を考えるとちょっと怖いけれど)。


すのこ

それでも、僕はシックを粋、洗練というより気持ちがいいというふうに考えたい。ベランダのすのこだって、ちゃんと作ったり、既成のすのこを使うにしても寸法を調整するのがよいことはわかっているけれど、そうしようとすればけっこうハードルは高くなって、つい先延ばしにしがちです(先のスクリーンの場合と同じ)。それよりも、まずはやってみることを優先しようと思っているのです。それから少しずつ……(がんばります)。

本物やら高級やら(このこと自体が悪いというわけではありませんが)の言葉が威張っているようにも見えるから。これを避けるためには、どこかひとつ、あるいはなにかひとつくらいは気合いを入れてやるというくらいがいいのではあるまいか(住まいはショールームではないのだ)。さらに言えば、できることをさっさとやるのが近道とも。ま、ものを捨てられず、あるものを何かに使えないかと考えて、できるだけ使い切りたいという性分の自身の自己弁護かもしれないけれど。

ともあれ、知識も技術も、あるいは経済だってあるに越したことはないのは当たり前だけれど、臆せずやってみるのがいちばんです。まずは、理屈よりも見て盗めば(簡単にいえば、真似すれば)良い。今は雑誌やら、インターネット上のサイトやら、参考にする材料にはこと欠かないのだから。

それから、ずっと言い続けてきたことですが、インテリアのありようは精神状態のありようの反映であることも忘れてはいけない。室内が混乱している時は、きっと頭の中も平穏を欠いているのだ。そんな時は、片付けに精を出しましょう(ちょっと居直りに近いですが、インテリア構成する家具やら何やらの質よりも、まずは揃える、整頓するだけで、たいていはちゃんと整っているように見えるし、気持ちも落ち着く、と思い定めているのです。ただ、これがなかなかにむづかしい)。

そうそう、もうひとつ蛇足を承知で付け加えると、経験の乏しさを強みに変えるというのは何もセルフエイドの時だけでないよ。たとえば、設計課題に取り組む時でも同じことです。

さ、想像して、スケッチして、実際にやってみよう。そして楽しむことにしよう。
2015.11.20





#165 速報 キャンパス通信編

進む紅葉

なかなか素敵です
先日の日曜はAO入試でした(もう11月の半ば過ぎ!)。

午前中は雨模様だったのに、昼からは晴れてきていたよう。

夕暮れ時になって帰ろうとして車のところに近づいた時に、一本の木が見事に紅葉していたのが見えた。研究室からの眺めにも、紅い葉や黄色くなった葉が混じるようになった。 秋が深まってきたということなのですが、改めて思うのは、このキャンパスには美しいものがあちらこちらにあるってこと。一方、今日は朝から霧がかかったような天気でしたが、5階に上がって遠く富士山の方を眺めると、こちらもかすむ景色が中々風情があってよかった。


美しい紅葉と落ち葉

見事な紅葉

研究室の外は曇りでも紅葉

で、キャンパスの紅葉をお裾分けです。

帰りの車中で、カーラジオから70‘sと80‘sのポップミュージックが流れてきたのを、聴いた。ジャニス・イアンの「17歳の頃/At Seventeen」、シカゴの「サタデー・イン・ザ・パーク/Saturday in The Park」。

それが、懐かしい気分になっただけじゃなく、「17歳の頃」はちょっと胸に迫ったな(感傷に浸っている場合ではないのだけれど)。

別に17歳に戻りたいわけではないよ(と言うのは、その頃のことを定かに憶えているわけではないから。自慢するわけじゃありませんが、具体的な場面が全く思い出せないのです)。

ちょっと切ないような気分になった理由は、曲調や年のせいというのもあるかもしれないけれど、たぶんもっときちんと暮らしてくればよかったという悔恨かもしれません。相当ぼんやり暮らしてきたからね(やれやれ。まいったな)。ぼくには、記憶だけでなく欠落しているものがいろいろと他にもあるようなのです。その最たるものが、努力し続ける能力(村上春樹の「雑文集」を久しぶりに買って読んでいたら、インタビューの相手であるビル・クロウがジャズ・サックスの巨人ソニー・ロリンズのバンドに入ったフレディ・ハーバードが滞在先のホテルで飽きずに延々と練習する様について語るのに行き当たって、そう思ったのでした)。

ま、もう少しがんばらなくちゃいけません。

皆さんは、元気にしていますか。
たまにはキャンパスの美しい景色を見にきてください。
2015.11.18





#164 テント偏愛・日常編

街や人々をより身近に感じるために

日常に少しだけ非日常性を
テントは、もちろん非日常的な場面だけで使われるものではありません。

日常的な生活空間の中で使われると、楽しさも嬉しさも倍加しそうです。

幸い、われわれのところにもちょうど手頃な中庭がありますね。たとえばここに、ちょっと手を入れるだけで、うんと良くなるはずと思うのですが……。

まずは、食堂の前にオーニングを出してその下に椅子とテーブルを配置する日常にちょっとだけ非日常を持ち込む(何回か提案したことがあるけれど、鼻も引っかけられませんでしたね。うーむ)。その他のテーブルにはパラソル、それから中庭の芝生の部分は英国の古いカレッジのように平らにしてエッジをきちんと立てて、通路との分節を明確にする(このくらいのことでいいから、なんとかできないものかね)。

それで、今まで何度か卒業研究でも、やってみませんかと勧めてきたのですが、なかなかうまく行きませんでした。しかし、昨年度ようやく熱心に取り組んだ学生がいてくれたおかげで実現したのでした。となると次は、もうちょっと簡便でよいから、現実の場面でもやれないものか……、ねえ。梅雨時は無理としても、4月の新入生歓迎イベントなんかにはぴったりと思うのだけれどね。


イギリスのどこだったかの野外市場

オックスフォード駅前広場でのフレンチマーケット

パリのカフェの屋外席

バースの路地の屋外席

テントやパラソルは、市場や、カフェ、レストラン等々で、日常的に目にすることができます。でも、残念ながら、こちらも欧米の方に一日の長があるようです。街を歩けば、大きな店から小さい店までたいていのところに屋外席があり、その上にはテントやパラソルがかかっている。外での食事を楽しむことに対する彼らの思いの強さは驚くべきものがあるようです。スペインのバルセロナの広場に面したレストランに入ろうとした時は、外の席は空いてないけれどそれでもいいかと言われたことがあるし、イギリス、バースではパルトニー橋のすぐそばの建物の脇のごく小さなスペースにもパラソル席が2つ設けられていたのを見ました。

僕は、室内席とテラス席があればテラス席を選ぶし、道を歩いていてテント席があればつい入りたくなるのです。なぜだろうと考えてみるのですが、当然小さいときから慣れ親しんでいたわけはないし(そうした席がないわけだからね)、屋外で食べたり飲んだりする気持ちよさ、とくに日が落ちる前に外で飲む美味しさを知ったからかな。もうひとつは、外の席でのんびり眺めていると街や人々をより身近に感じることができるような気がするのです。

日本でも少しずつレストランやカフェにはテラス席が増えてきましたが、それはおしゃれさとの関係で語られるようなもので、まだまだ日常性と結びついたもの、日常の中に少しだけ非日常を持ち込むというものが少ないように感じます。とくに小売店や市場で見ることが少ないのが残念。機能や効率という面ではいいのかもしれないけれど、楽しさが不足しているのではあるまいか(大規模店舗に対抗するための魅力の演出にも有効だと思うのだけれどね)。


近所で見つけたテント

と思っていたところ、先日、近所で市場らしい雰囲気をつくりだしているテントを見ました(とくに洒落たテントを使っているわけでもないのに、とてもいい感じに見えた。その時の景色が撮れたら良かったのですが、写真はその後のもの)。初めて見たときは、決しておしゃれなわけじゃないけれど、テントがあることによって楽しさ、賑やかさがいっそう感じられて「おーっ」と思ったのでした。

実は、この原稿を書きかけはじめてからしばらく経った頃には、以前にも書いた友人のカフェが野掛けでプレオープンし、テントとパラソルだけでやるという知らせが届いていました(面白そうですね)。残念ながらまだ見る機会を得ていなくて興味津々なのだけれど、日増しに寒くなる今、もはやテントだけでは乗り切れないかもと、ちょっと心配。 鋭意改修中というカフェ棟の完成が待たれます(頑張ってください)。
2015.11.17





#163 テント偏愛・イベント編

非日常性の演出

戸外空間の楽しみ
いよいよ秋も深まって、少し寒いけれど外が気持ちよくなってきた(うかうかしていると、あっというまに外にはいられない季節になってしまいそうです)。

映画を見ていてふと思ったこと。教会での結婚式のあとのお披露目(披露宴ですね。わが国では、専用のホールや、レストランを借り切って行われることが多いようですが)やこれに類する場面でテントががよく出てきます。


フォーウェディング

欧米では戸外空間をこうしたパーティ空間としてよく使われるのを見ることができます。映画の中にもよく登場しますが、ざっと思いつくだけでも、 「スリーメンズ&ドーター」、「ノッティングヒルの恋人」、「フォーウェディング」、「ジュリエットからの手紙」等々。あの007シリーズ*にさえ登場するのだ(この時はとくに豪華で、レースでできたテントのようでした)。

この話題については(テント好きとしては)、ぜひ書いておこうと思ったのですが、やっぱりぼんやりしているうちに、その時からもうおよそ半年、いや1年近くほども経ってしまいました(なんという怠け者。やれやれ)。立秋をとうに過ぎて暑い日は遠くに去り、立冬も越えてもはや朝夕は寒いくらいの日が混じります。わが国では珍しくテントが活躍する運動会の季節も終ってしまった……。

彼の地では、披露宴に限らずイベントやパーティも多い。芝生や石畳の上にテーブルを設えたり、大きなテントを張って休憩所や飲食のためのスペースとしたりします。慣れているのか、てきぱきと組み立てる様をみるのも楽しい。見る間に非日常空間が出現する様子を目の当たりにすると楽しさが倍加して、いかにもハレの舞台にふさわしい。欧米の人々は、このテントの使い方がとても上手な気がします。以前にも書いたかもしれないけれど、彼の国々では、日常・非日常の別を問わず、大きさもかたちも様々なテントを上手に活用しているのを見ることができるのに対し、日本ではオープンカフェが普及してきたいまでも運動会の時のテント以外にお目にかかることが少なすぎるのではあるまいか。


ホームカミングデイ

オックスフォードにしばらく滞在していた時にも、カレッジでも何回か経験したことがあります。さすがに真冬はやらなかったけれど(なんといっても寒い)。写真は、そのマンスフィールド・カレッジのホームカミングデイの時のもの。各国から卒業生や関係者が集まり、楽しんでいましたが、芝生の上だけでなく、テントの中で食べたり飲んだり、演奏会が行われたりと、テントが大活躍でした。食堂やホテルの会場を借り切ってやるのもいいけれど、季節を選べばこんなふうに青空のもとでやるのもなかなかよいと思うのです(文字通り晴れやかで気持ちがいい)。テントそのものがとくに凝ったものでなくても、オープン・エアの中でやるというのが何とも良いのだよ。


出番を待つテント小屋

挨拶を聞く人々

オックスフォード大学の総長だったか誰だったか、偉い人を迎えて関東学院大学が関わった新しい建物のお披露目をした時も外だった(この時は、前日の雪が少し残っていました)。

日本でももっとこうした舗設をすればよいのに、と願うのです(少なくとも僕自身は、残念ながら経験したことがありません)。緋毛氈や赤い蛇の目傘は時々目にするけれど。わが国では室内の方があらたまってお客を迎えるという気分が高まるのだろうか。園遊会なんていうのもあるけれど、あれはどうなっているのでしょうね。それとも、天候のせいかしら(でもイギリスは、一日のうちに四季があると言うけどね)。そして、野点というのもある。それに天照大神が天岩戸に引きこもったときも、踊ったり笑ったりして、磐戸を開けさせたのではなかったか。ともあれ、わが国では、以前はハレとケという概念が広く共有されていたわけだから、ハレの空間の演出が不得手というわけではないはずだし、屋外での開催もあったに違いない。

ともあれ、外の方が気持ちも開放的になって、より楽しい気分が高まるというのも誰もが経験しているはず。とすれば、もっと屋外でのイベントやパーティがあってよい。そう言えば、お花見というのはその代表ですね(むろん、イベントの種類によっては室内の方がいいことがあるのは当然として)。新入生を迎えるためのイベントなんかは、テントを張って野外でやる方がいいと思うのです。古来、日本人は儀式においてもおおらかで寛容な国民だったようなのだから。

*#10ですでに書いていました。
2015.11.11





#162 空港の楽しみ

大きなお尻を眺めながら食べる

遠くまで開ける視界
またまた羽田空港のフードコートの話し。

今年は訳あって、よく来る機会が多いのです。


席から見る彫像の後ろ姿

少し早い時間だったためそれほど混んではいなかったので、席を見つけるのは比較的容易だったけれど、空いていたのはちょうど彫像の後ろの席。女性の大きなお尻を眺めながらの食事と相成りました。これはちょっと不思議でしたね。彫像は全体を観るべしということだろうか。テーブル席や植栽との関係でいえば、もう少し工夫の余地があると思うのだけれど……。

その内に隣の席が空くと、3人のアメリカ人らしい男性がやってきた。別々に注文したようで、ひとりはビールとカレーの載ったトレーを抱えているものの、あとの二人は呼び出し用のベルを持っている。やがて、ベルが鳴りだすとひとりが立ち上がって運んできたものはと見ると、やっぱりカレー。さらに最後のひとりが取りに行って戻ってくると、これまたカレーなのでした。

さて、これはどうしたことだろう。食堂なんかで誰かひとりが「〇〇を」と言えば、「ぼくも」、「わたしも」となるのは日本人だけのように言われていたのではあるまいか。それとも、メニューの中にはスプーンを使って食べるのはカレーだけだったことに気づいて、このせいだったかと思えば、なんとそのうちのひとりはお箸を使って食べはじめたのでした。

だからといって、「アメリカ人も、右へならえの人が多い」とか「日本通のアメリカ人はカレーを箸で食べる」と言うわけにはいかないのは、誰しも理解できると思いますが、実際には案外こうした体験を一般化して語ることもありそうです。

ある教えをそれが当たり前だと信じ込んだり、ややもすると一つの体験をすぐに普遍化したがることの危険性を思い起こさせる経験でした。

もうひとつ不思議だったは、3人目の彼はカレーをテーブルに置くと、座ることなくすぐにトレーを戻しに行ったのでした(なぜでしょうね。ま、トレーは銘々膳ではなく、あくまでも運ぶための道具と考えたのかもしれません)。


遠くまで開ける視界

空港の楽しみはフードコートだけではありません。搭乗を待つ間に見る風景も魅力の一つ。

飛行機がずらりと並んだ景色や飛び立つ飛行機を観るのももちろん楽しいのですが、僕はその向こうの風景を眺めるのが好き。すなわち、遮る物がなくて、遠くまで視界が広がるのが嬉しいのです(ビルや家屋が建ち並ぶ都市部ではなかなか体験できません。いや田舎だって、たいていこうはいかない)。なんといったて、気持ちがいい、気分が晴れ晴れとします。

視界が開ける喜びは実際の景色を見る時だけに限らず、物事を見たり考えたりする場合でも、広い視野を持つことができれば得るものが大きいはずなのです(あ、すぐに普遍化することの危険 !?)。
2015.11.11





#161 久しぶりに、はしご

溢れかえる人々と自分なりの楽しみ方

環境の保全
久しぶりにはしごをした。といっても、2カ所ですけどね(居酒屋ではないし、映画館でもありません)。それでも、けっこうくたびれる。

自宅から東京に出かけるというと、つい纏めてこなそうとしてしまいます(貧乏性*。ふだん効率主義を批判しながら面目ないのだけれど、交通費もばかになりません)。


モネ展

今回の主な目的は、モネ展。根強い人気のモネの展覧会は比較的短い周期で開催されるようですが、今回はマルモッタン美術館の所蔵品を展示するもので、上野の東京都美術館。「印象、日の出」や「ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅」が見ることがができるということで出かけることにしました。でも、展示変えのために、「サン=ラザール駅」しか見ることはできませんでした(残念。これも効率主義、商業主義のせい?)。で、やっぱり、ターナーと似ていますね。ちょっと厚塗りのターナー。ぼくは世評に高い「睡蓮」よりも、ターナーそして渡英した当時のロンドンの風景の影響を受けたとおぼしき絵が好き。

中に入ると、平日でしかも大きな会場であるにも関わらず、人で一杯(そう言えば、チケット売り場のところには、中は行列ができていますというような貼り紙があった)。いつものように一通り見て、そしてもう一度観たいもの、欲しいと思った作品を少しゆっくり鑑賞した(赤瀬川原平流)あとで、図録を手に入れようとミュージアムショップに行ったら、こちらもポストカードや複製画等を求める人で溢れ返っていました。

もうひとつの展覧会は(書こうか、書かないでおく方がいいかと迷いましたが)、永青文庫での「春画展」。元首相の細川護煕から立派なカタログが送られてきたという瀬戸内寂聴の新聞記事を読んだのでした。そして、こうした展覧会には珍しく行列ができるくらいの人気ぶりということが気になった(ふだんは、ベストセラーはやめておこうという天の邪鬼なのですが)。

いざ出かけてみると、ちょっといや相当、驚いた。こちらは小さな会場だったけれど、文字通りぎゅうぎゅう詰めの混みようでした。そのほとんどが年配の人たち(女の人も多かった)。たぶん、一昔前だったら、とても考えられないのではあるまいか。

途中のバスの中では、 週刊誌を示しながら最寄りの停留所を訊いている人もいたし、路上では手をつないで会場へと向かう夫婦らしい年配のカップルも見かけた。若い人はほとんど見なかったけれど、むしろ女性のほうが交じっていたようでした(美大系の学生だろうか。若い男性と言えば、販売所のレジ係くらい)。このことからいろいろ想像が広がります……。

ま、結果的には人を見に行ったようで、肝腎の絵の方はほとんど観ずじまいでした。


永青文庫エントランス

初めて行った永青文庫は細川家(先の元首相は細川家第18代当主)の収蔵品を展示しているところですが、閑静な場所にあって緑も多かった。景観や環境の保全はこうした公共、または半公共の施設が担わなければ、立ちゆかないのかもしれません(と、改めて思った。今回の盛況ぶりは、このことに益するに違いない)。だから、こうした施設を運営する機関が効率主義に走らないことを願わずにはいられないのです。


上野公園

そう言えば、先の上野公園は広くて緑もあって都市においては得難い場所と思うのだけれど、もう少し舗装の割合が小さくなると、さらによくなりそうです(木々の足下の整備を含めて)。

そして、上野公園には美術館や博物館が何館もありますが、ほかのところにもいくらかは人がいるようでしたね(モネ展とは差がありそうでした 入り口付近にはちらほら)。少なくとも、公園は大勢の人でにぎわっていました。

さて、これらの美術館の混雑ぶりは、美術館または美術が生活の一部となりつつあるのか、はたまたメディアの力か。

こうした場所にたくさんの人がいるのは好ましいことだとは思いますが、もう少しきちんと見ることができればもっと楽しめると思いました(ま、そこに行ったということが大事で、ゆっくり見るのは作品集や映像でいいと教えてくれた人がいました、建築の話しですがね。最近はすっかりこのやり方なのです)。

でも、絵を見る時にはつい分析的に(と言うよりも、余計なことを)考えながら見てしまうようなのが残念(ただ感じることができればいいと思うのだけれど、ついその前に理解しようとすることが多い。まだまだ、赤瀬川原平先生の教えを体現するのはむづかしいのです)。

* 仕事でもそうならいいのですが……。
2015.11.10





#160 速報 キャンパスにフードトラック!

中庭に持ち込まれた非日常性

楽しさの演出
先ほど、少し早い昼食をとろうと螺旋階段を降りて行くと、何やら向こうに仮囲いのようなものが。

フードトラック

工事でも始まるのかしらんと思って近づくと、なんと小さなフードトラック(目が悪いのです)。売っているものはと言えば、「横浜生まれのたこのみやき」というものらしい。


フードトラック2

そそくさと食事を済ませて研究室に戻り、カメラを持って引き返してしばらく見ていたら、通る人はみな興味津々のよう。数は少ないのですが、さっそく買って試そうという人もいました。

でも残念なことがいくつか。賑やかさにかけるのです。その中でも一番は、テント好きとしては、やっぱりテントがないこと。せめてパラソルでもあればよかった。華やかさと言うか非日常の気分が添えられて、もっと楽しくなるのに、と思ったのでした。ただ、お店の人に聞くと月1回しかできないということなので、そんな余裕がないのかもしれませんが、車の回りだけでもそうした演出があれば……。

2015.10.27





#159 キャンパスも秋

風景の色の変化

確実に進む時間
すっかり、秋が深まって、時に寒いくらいの時が混じるようになりました。
いつのまにか陽が落ちるのも早くなり、卒業研究もいよいよ佳境に入る頃です。


研究室から見た中庭の色

侍従川沿いの鮮やかな紅葉

侍従川の上の落陽

キャンパスやその周辺でも、風景を彩る色が変わってきました。時は歩みを早めることも緩めることもなく、しかし冷酷なほどに確実に歩を進めて、天候次第では、もはや秋というより初冬と呼びたいくらい。で、その風景をいくつか。

2015.10.24





#158 セルフエイド・1

お金をかけないで楽しむ方法

がんばらないインテリアデザインのススメ
インテリアデザインに対しては、多くの人が興味を持っています。ただ、その一方で、インテリアデザインはお金がかかる、とか、むづかしい、とか、知識がないから、とか、専門家に頼まなければできないのでは、とか、けっこうハードルが高いと思って、実践することとは別ととらえている人も相変わらず少なくないようなです。学生たちのリアクションペーパーにもよく見られます。(ちょっと残念)。

確かに、知識があるのに越したことはないし、有名なデザイナーの手になる家具や立派なものを使おうと思えばそれなりにお金もかかります。だから、まずはできることから始めればよろしい。ないものは自分でつくればいい、工夫すればいいと考えたらいいのです。近代デザインの父、ウィリアム・モリスだってそうした。少し不足でも今楽しめば、それだけ長く楽しめる。全部そろってから、などとと思っていたら、楽しむことのできる時間はうんと短くなってしまいます(もしかしたら、できないことだって)。

専門的な知識や技術がないことを嘆く必要もありません。素人だからこそということがある。タブーがない分、自由に考えて創ることができる。既存の枠組みから離れるから、自ずと新しいものが生まれやすい。等々の利点がある。先のモリスや、37歳になってから陶芸を始めてモダンな図柄や文字(文学)を取り入れた焼き物で人々を魅了したという尾形乾山も。だからといって、モリスや乾山のような優れた作品を創ろうとするのではありません。その必要もないのだよ。


家具屋製の食器棚(当時)

で、自分でもやってました(ま、やっぱり経済的な要因が大だったけれど)。 たとえば、オーディオ台や増設分の本棚等。引っ越してきてきた当時は図面を渡して家具屋さんに頼んで作ってもらったのですが、本はどんどん増えるし、ものも増える。おまけに、家具屋さんもなくなってしまった。だから、増設分はセルフエイドでやることにしたのです。モリスはお金があったけれど、お金がない時はお金がないなりの工夫をすれば良い、というかそうしなければやれないという精神でいろいろと試してみたというわけ。

しかし、がんばらないインテリアを例示するのはいかにも恥ずかしい気がして掲載するのをためらっていたのですが、学生たちのハードルを低くしたいのと、デザイナーである友人のHPに不要になったものを再び活用して暮らしている人々が周辺にはたくさんいるという記事があるのを見て、まいいかと思った次第。 でも、居心地はよくしたいのだよ(当たり前)。だから、どうせ散らかるのなら(白状したような性分だからね)、 ぴしっと片付いていることをめざすより、気持ちよく散らかっているようにしたいというのが正直な気持ちです(これができれば、インテリアデザインはほぼ完成といっていいのではあるまいか)。


手製のAV台(当時)

手製のAV台と棚(現況)

今思えば、こうしておけばよかったと思うこともあるけれど(たとえば、AV台は床から浮かすべきでした。この方が開放感がある)。体験から学ぶことは重要。失敗も役に立つのです。ほんとうのことを言えば、(写真では分かりませんが、AV台の前に置いた)スクリーンだってお金をかけられるものならそうして、天釣りにしてすっきりと見せたいところです。でも、大した経済的負担無しにやろうと思えば、そのための方法を考える方がいいし、たいていの場合できなくはないのです。

好きなデザイナーの家具はひとつあれば十分くらいに考えてやればよい(別に家具でなくてもいいかも)。他は安いものでも自分が気に入ったものなら安いものでけっこう。メリハリを楽しめばよろしい。むしろその方が、好きな家具も引き立つというもの。あるいは、まずは安いもので試してみて、効果を確かめるという手もある(安いものならやりやすい。高価な製品を使っての失敗はそうそうするわけにはいきません。しかし、間に合わせのつもりでもけっこう長く使うことになりやすいことにも配慮して選ぶのがよろしい)。それでも、むしろ間に合わせを積極的に楽しむ方が良いという気さえしているのです。

2015.10.21





#157 離れてわかること

キャンパス自慢

よい建築となるための条件
シルバーウィーク(というのがあるのだね)の日曜に、卒業生が幸せそう笑顔とともに研究室にやってきてくれました。

ちょうど昼時になったので食事に出かけたのですが、平潟湾沿いを歩きながら彼が言ったこと。

「こんなにいいところだったのですね」。


通学時間の頃の平潟湾

久しぶりに見た平潟湾が思っていた以上に海らしいことに気づいたというわけ。そして、キャンパスとその周辺についても(通学していたときは、そんな風に思ったことはなかったと言うのです)。

いつも接していると、当たり前のこととなって、あんがい気づかないものですね(そして、失って初めて気づくことになることも多い)。


色づき始めた中庭の木々

水を湛えた侍従川

思えば、室の木のキャンパスは恵まれています。緑はまあ多いし(早くも紅葉が始っています)、先の平潟湾や侍従川がすぐそばにある。もっと中庭が整備されていたなら、もう少し敷地が広かったらとか、川沿いの歩道とフェンスがましならなどと思わないわけではないですが、どれも大した問題ではないような気もします(言ってしまえば、水や木々の風景を前にしたらそれはほとんど些末なことのように思える。付け加えると、とくに満ち潮の時の満々と水を湛えた侍従川が好き。通勤の際にはこちらを通るのです)。

自然物の前では、それを邪魔しないようなものが作れればよい。そうでないものがあるのは残念ですが、建築的に多少まずいものであったとしても邪魔をするものでない限り、自然の持つ美質は存外損なわれないのではあるまいか。


タレルの部屋(ブルー・プラネット・スカイ)

鈴木大拙館

この前学生たちと金沢に行ってきたときも、そうした思いを持ったのでした。世評に高い金沢21世紀美術館や鈴木大拙館等の建築はもちろん素晴らしかったのですが、実はそれ自身よりもそこから見ることになる外部の方がもっと魅力的なようでもあったのです(これは、建物と周囲の関係がうまく計画されているということですがね)。また、何でもない民家が、一本の木の緑と相まってとてもよく見えるものもありました。

ところで、金沢21世紀美術館は館内と言うか室内は全面的に撮影禁止(廊下でさえも)。残念。一方、フランクフルト(ここでは素晴らしく得難い体験をいくつかした)のハンス・ホラインの手になる美術館ではやっぱり撮影禁止のピクトグラムがあったのですが、許可を得ようと説明したら、あっさり許してくれました。鈴木大拙館でも、一部のゾーンを除いて、撮影OKでした。

多くの日本の美術館では、なぜできないのだろう。作品の複製が気になるのならば、それだけを禁止にすればよいのではと思ってしまいます(知らずに館内を撮影しようとすれば、たいてい係の人が現れて「お客様、……」と言うのだから、やってできなくはなさそうです)。

ところで、こんなことを書くと日々設計に腐心している人たちに叱られるかもしれないけれど、建築は建物そのものよりも、外の景色の美しさ、楽しさをどれだけ取り込めているか、あるいは共存しているかということの方が重要なのではないか。建築は外部空間に奉仕するものではという気さえしてくるのです(「神は細部に宿る」というような言葉があることは承知しているのですが)。だから、その外にある自然の力を借りて魅力的な空簡にしようとするくらいでちょうどいいのだし、まして敷地を見ないで、外部空間抜きで設計しようとする人々がいること(学生にはけっこう多いのではあるまいか)に驚くのです。

よい建築を設計したいという時に、建物のことだけを考えるのではなくて、そこから少し離れて周囲を見渡してみると新しいことに気づくことがあるのではないかと思います。
2015.09.29





#156 速報 中秋の名月

折々の句読点

ていねいに暮らすために
横浜地方は朝から曇り。さて、無事に見ることができるかどうか心配していたのだけれど、夕方から青空が広がりはじめて、一時中秋の名月を見ることができました。安心してちょっと油断していたら、あっという間に雲にかくれて、時おり雲間から漏れた光が照らすのを見るだけになってしまいました。

ま、古来日本人は遮るもののない月よりも雲間から覗く月に風情を感じてきたとは言うのですが、ちょっと残念(おまけに、翌日の月は満月で地球に最も近づくせいでいつもより大きく見えるはずなのです。これを称して、スーパームーンと言うらしい……)。


中秋の名月

スーパームーン

雲が広がっていたように見えたので半ばあきらめていたのですが、しばらくするとまた姿を現したので、カメラを持って外に(満月の前日に見る月も名月の名に相応しく、ほとんどまんまるで、風情のある美しい月でありました)。その時に撮った月の魅力は、腕とカメラの限界のせいで、伝わらないのが残念。

おまけにニュースで中国の中秋節のお祝いに用いられる月餅が紹介されていたために、懐かしく思い出すこともあった。まだ小さかった頃(すなわち貧しかった頃、当時の多くの家庭がそうだった頃)、父が出張したときのおみやげにこの月餅をよく買ってきてくれたのでした(ただ、僕はあんまり好きじゃなかったのですが)。

思えば、いつの間にかお月見のしつらいもすっかり忘れてしまっていましたね。余裕がなくなったのか、はたまた手に入れることのできる楽しみが増えすぎたせいか……。日々の生活が惰性に流れてしまっていることを反省。

2015.09.28





#155 番外編 責任の所在

不思議なことが続く、この頃

住むことが嬉しくなるような国
はや9月も半ば。8月の下旬からもはや秋を感じさせるような気候が続いている。雨も多い。不思議。

不思議と言えば、9月1日に東京オリンピックのエンブレムが白紙撤回の決定がなされたというニュース。当たり前と言えばきわめて当たり前と思うのだが、そのことの是非よりも何よりも、先日までは問題無しとしていたのにこの急展開に驚いたのです(こういうことが多過ぎはしまいか)。

しかし、選考を主導していたオリンピックの組織委員会は自らの責任に言及するよりも、デザイナーである佐野氏本人から取り下げたいという申し出があったゆえと言う論理も不思議。これは、デザイナーや建築家を尊重しているのではないことは言うまでもない。何やら新国立競技場の時と似ていますね。経済同友会だったかの会長は、日本の社会が「たるんでいるんじゃないか」という旨の発言をしたそうです。そうに違いない、との思いを強くします。とくに責任を負うべき立場の人々、そしてそれを直接的、間接的に選んだわれわれ自身もが。

ところで、エンブレム問題が長く取り上げられていた頃、友人のブログには、安保法案を隠蔽するためのスピン記事じゃないかと疑っているという見方が示されていたのですが、これについて、その真偽はともかくとして、僕はちょっと違った見方をしました。以前にも書いたように、あるものについては国民の理解が進まないから撤回する、あるものについては同じ状況でも必要だから断行するというのは変でしょう。変なことは変という言う声がそれを是正することになることに気づいた(と言うか気づ かされた)のだから、むしろ逆の効果を期待していたのです。

すなわち、国民の理解が進まないから撤回する、という判断基準がふたたび示されたのだから、むしろこの基準が適用されないのはおかしいという見方をする人が増えることになるのではないかと思ったのです。二度あることは三度ある、と言うでしょう。

もし、こうならないのなら、ごり押しが3度目の正直ということになれば、ほんとうに変なことがまかり通る状況だという証拠ということになる。 しかし、結局は僕の方がとんでもない思い違いをしていたようです(残念、無念)。 となれば、反対の意志を示し続けるしかない。これは、政治的信条とは別の話し。

先の戦争に関する、いわゆる安倍談話でも、「おわび」に対する立場については結局、村山、小泉の先例と同様に「今後も揺るぎのないもの」とし、侵略を認めながらも、どのような行為が侵略にあたるかどうかは「歴史家の議論にゆだねるべきである」と言う。一方で、安保法案の際には,それまで長い間引き継がれてきた解釈を大きく変更し,これを違憲とする多数の憲法学者の見解については、見方はさまざまと言って無視することにした。ふたつの物言いは、まったく逆のことを言うものであり、その是非や立場とを別にして、言葉の上だけのことということが知れる。きわめてまずいのではあるまいか、と思うのです。

僕は政治はできるだけ見えない方が幸せだと思い、自身は政治的なことには極力関わらないですませたいと考える者ですが、昨今の状況を見るにつけ、自身の能天気ぶりをひとまずおいて、これでは立場や見解の違いにかかわらず、立場を超えての相互理解や共生は、夢のまた夢というしかなさそうです。

主張の是非にかかわらず、あるいはそれを支持するか否かということとは別に、問題に対する向き合い方、誠実さを試されているようです。そして、何より、住むことが嬉しくなるような国であってほしい。むろん、これはどんな場面であれ、すべての関係でそうあってほしいと思うのです。
2015.09.16





#154 成長の早さと確実さ

美しい光景に入り混むもうひとつの緑

美しい国と言えるのだろうか
福岡で開催された父母懇談会に出席するために福岡へ行ってきた。地方で開催された会への出席は初めてでしたが、親が子供を思う気持ちに改めて気づかされました(学生諸君よ、心したまえよ)。

さて、その時の車中からの眺め、水田が広がる風景は相変わらず美しいが、これを見て気づいたことを二つ。


色づき始めた水田*

一つは、水田が緑ではなく、黄緑色に見えること。穂先に実を付けているということだろうか。その成長の早さに驚き、そして確実さに感心する。

もうひとつは、水田の景色に異なる色が混じることがある。濃い緑色で高さがほぼ揃っているなら、野菜畑。高さも色も不揃いなのは、放置されたままの田畑(のように見える)のことが多い。

素人考えで言うのだけれど、このことが 後継者のことをはじめとするわが国における農業の問題を端的に示しているのではあるまいか。そして、こうした問題に対する施策がどうなっているのだろうか。

これがきちんと実施されないならば、とても美しい国だとは言っていられない。


紫の花をつけた穂

ハート型の葉を持つ白い小さな花

藤袴

一方、裏山を歩けば、芙蓉、露草、紫の穂,朝顔の一種(たぶん)、秋の七草の一つ藤袴等が花をつけている他、さまざまな草木の緑を目にすることができる。しかし、これも不用意な伐採が行われることがしばしばある他は、ほとんど放置されっぱなしである。

そして、残念なことに、こうしたことに対する施策、配慮はいまやほとんど見られず後回しにされているように見える。

帰りに,車窓から見た夕暮れ時の美しい景色が少し感傷を帯びるのは、年のせいか。

*窓の汚れは,たぶんそれまで降り続いた雨のせい。
2015.09.16





#153 ケメックスがやってきた

美しいものと暮らす

量より質
我が家にケメックスのコーヒー・サーバーがやってきた。


ケメックス コーヒ・ーサーバー

妹が誕生祝いに送ってくれた。ケメックスの6人用の美しさにはかねてから憧れていたのですが、そんなにコーヒーを飲むわけでもないし……、いまさらものを増やしても……、というわけでなかなか踏ん切りがつかなかったのです。で、誕生日プレゼントは何がいいと何度目か聞かれた時に、ようやく「ケメックスを」、と言ったのでした。

さっそく開けてみると、けっこう大きい。でも美しい。実は、6人用はちょっとオーバーサイズ気味なのです。ケメックスには3人用もあるのですが、こちらは少し細身で、残念ながら形態的な美しさは断然6人用です。

せっかく美しいものが手に入ったのだから、これを機に、生活に対する姿勢を改めたい(何度目かの誓い。実践はなかなかむづかしい)。

日常使いのものをほんとうに気に入ったものに絞り込んで、ふだん使わないものはできるだけ捨ててしまうことにしよう。そうすれば、スペースの大きさにあったものの量ということになって、真に豊かな生活が手に入るに違いない。

たぶん伊藤礼の本*だったか、よくは憶えていないけれどけれど、年取ったら新しいものを買うのがはばかられるというようなことが書いてあったのを読んで、なるほどそうだと感心したことがあったのです。しかし、今日からは、きっぱり忘れるようにしよう。気持が動かされたのなら、買えばいいのだ(もちろん、経済及びスペース上の制約の中でのことですが……。コーヒーミルも買おうと思って業務用に近いかたちのみるっこを検討してみたのですが、高いし場所もとるし,いかにもオーバークオリティだと思って、あきらめて妥協してしまったのでした。ああ……)。


B.K.F. ハードイ・チェア

となると、やっぱり、ハードイ・チェアが欲しいな***(キャンバス地のものを探しているのですが,なかなか見つかりません)。

でも、美しいものに似合うように、まず、質素でいいからこざっぱりとした空間に整えなければいけません。せいぜいがんばってみよう。

* 「大東京ぐるぐる自転車」文庫版、2014、筑摩書房
** http://item.rakuten.co.jp/attract/bkf_pampa-polo/ attractのHPから借りました。
*** と、#62でも書いていました。
2015.09.09





#152 自由な精神の発露

オスカー・ニーマイヤー展

コンセプトより大事なこと
昨日、卒業生が教えてくれたニーマイヤー展に行ってきた。


会場入口

どういうわけだったか、ある時僕が「ニーマイヤーはいいよ」と言ったら、彼が「いいですよね、ニーマイヤー」と間髪を入れずに答えたのに驚いたのでした。まさか、ニーマイヤーを好きという学生がいるとは思いもしなかった(ミースやコルビュジエ、あるいはライトほど有名な建築家ではないし、日本のスター建築家でももちろんありません。おまけに、もう何回も書いたように、今時の建築好きの学生諸君は、コンセプトが第一ですから)。

その彼が、研究室に遊びにきた時に「ニーマイヤー展を見てきました」と言ったので、開催されていることを知ることになったというわけ(彼の展覧会が現在の日本で開催されるとは思っていませんでした。ま、僕が知らないだけで、あんがい好きな人が多いのかも)。

僕がニーマイヤーを好きになったのは、学生たちが口を開けば「コンセプトは、…」と言うのに嫌気がさしたせいかも知れません。だから、ファン歴はせいぜい10年ばかりと新米のニーマイヤーファンなのです。一時建築家のDVDを集めて観ていた時期があって、その時からファンになったのですが、なんと言っても、彼は104歳まで生きて、なおかつ100歳を超えてからも作品を創り続けた、文字通り生涯現役を貫いた建築家なのだから。

ニーマイヤーはブラジルの建築家で、ミースやコルビュジエの下の世代になります。同世代の中米メキシコのバラガン、北欧フィンランドのアアルトと同様に、インターナショナルスタイルとは違った建築を生み出しました。


柱の模型

こむづかしい理屈を語らずに、一筆書きのように軽々と描かれたスケッチの通りのかたちの建築が出現する(彼のスケッチは素晴らしいと思います)。したがって、その線は直線ではなく、曲線となる(彼は、自然界に直線は存在しないというようなことを言い、女性の曲線美を賛美しています)。その自由さ、軽やかさ、そしてスケッチする時のニーマイヤーの屈託の無さに魅了されたのでした。

だから、作品よりもまずその人間性(DVD*でしか知らないけれど)、先に書いたような自由性、おおらかさ、屈託の無さ等々に惹かれたというわけですが、その人間性がそのまま現れでたような建築も当然好きです(実物は、まだ一つも体験してはいないけれど)。

彼自身は、きわめて社会を意識した人だったようですが、その建築は、フォルマリストのそれだと思います。と言うと、かたちだけの建築かと言う人がいるかもしれないけれど、かたちあるものを作る者は誰しも形態を大切にするものだと思うし、そうでなければいけない。僕自身の立場を付け加えるならば、小さな社会の中でのことだけれど、生活者の視点を大事にすることを主張してきました(一方で、やっぱり視覚的な人間だということなのでしょうね)。機能の実現は当たり前で、これをどういうかたちにおさめるか、実現するかが力量なのだ(その現れ方はおいて、考え方が重要だとする人もいますが)。この意味で、ニーマイヤーはこれを巧まずして実現した正真正銘の建築家だった。


模型1

模型2

模型3

模型4

それから、模型のつくり方も学生諸君には参考になりそうです。模型は、たいていの場合、大きい方がいいけれど、今回は土台のこと。偶然かはたまた何か意図があったのか分かりませんが、土台が薄く作られたもの、少し厚いもの(これらは台の上に載せられている)の他に、床からスチレンボードを1メートルほども積み重ねたものまでがあった。やっぱり土台は厚いものがいい、と思います。

ま、これは当たり前と言えば、きわめて当たり前のこと。模型が、実物になる前に実物の魅力を伝えるものとすれば、建物は大地の上に建つわけだから薄い土台の上に建ったものは何やら頼り無さげに見えるのもしかたのないこと。まして、学生諸君が作る模型はコンセプト模型と言うより、実物の代替品としての模型がほとんどなのだから、できうる限り大きく、土台は厚く重く作るのが良い。

ただ、図録が用意されてなかったのが残念(ゆっくり、確認してみたかった)。会場の人に聞いてみたのですが、今回は作られなかったということでした(やっぱり、あんまり人気がないのか知らん)。明日は、さっそく作品集をチェックすることにしょう。

もうひとつ、自分の感じたことを言ったり相手の意見を聞いたりしながら、見てきたものを振り返る場が持てなかったのも残念なことでした(自信の無さの現れか、ただ、お酒を飲みたかっただけなのか……?)。

注記 今回の展覧会は、日本開催では珍しく、写真撮影が許されている(一部を除く)というのもよかった。
2015.09.03





#151 極めつけは人

田舎の風景の美しさ

時間が生み出すもの
時が経つのは早い。このことを、嫌だ、辛い、残酷だと嘆く人もいます(何を隠そう、かく言う僕自身がそうです。ぼんやり暮らしてきたことを悔いているのです)。しかし、時は素晴らしいものを生み出す。当たり前のことを改めて思ったのは、田舎を走る車中でのこと(飛行機の時とは違って、列車の場合はたいてい窓側にしてもらいます)。


車窓から見た水田

実家のある町に近づくにつれて、車窓からの景色は緑の占める量が大きくなっていきます。そう、水田です。つい先日は水の中にわずかばかりの苗が覗いていただけなのに、今回はびっしりと緑色の細長い葉で埋め尽くされ、まるでふわふわとしてやわらかい毛足の長い絨毯のようだった。

以前は、こうした景色を見てもさほど気持ちが動くこともなかったのに、最近はとみに、ふいにその美しさに気づくようになった。年を取ったのだね。過去に対するノスタルジー(必ずしも自身の経験とは関係がないような気がするけれど)なのだろうか。嬉しいようでもあり、寂しいようでもあります。ともあれ、水を湛えた水田をびっしりと埋めつくす緑が広がる、あるいは点在する景色は、あいにく曇りがちでしかも夕暮れ時だったにもかかわらず、美しい。

現代的なビルが建ち並ぶ大都市の風景も悪くないし、何本ものパイプが縦横にめぐらせられた近未来を思わせる工場の景色も好きだけれど、近頃は田舎の風景、田園風景がとりわけ好ましく思われる。自然の素晴らしい造形に触れることができるせいだろうか。それとも、わずかな間にも、しっかりと確実に実りを生み出す力に圧倒されるためだろか。

時が生み出す実りと言えば、他にもワインやら、寝かせ過ぎはだめだったと、かの文豪開高氏は書いています、ウィスキーやら、こちらもベストは10年ものや12年ものだという人があれば、いや16年もの(というのはたぶんラガヴリンのこと)、17年ものだという人はバランタインのことに違いない、やっぱり18年もののグレンリベットはうまかったという人もいる。いろいろありますね(でも丸谷才一に言わせれば、ウィスキーは酔うために飲むために飲むものだから銘柄はどうでもいいのだということのようです。となれば、何年ものと言うのも野暮なようですが、さて…)。

むろん、日本酒焼酎や泡盛、日本酒だって古酒や5年熟成などと謳うものがあります。チーズや味噌も時間がおいしくするものの一つ。食べ物やお酒ばかりというのもちょっと変なので、他にないかと考えたら、使い込まれて黒光りのする鉄のフライパンもなかなか味がある(やっぱり料理)。


芝生の上のハリスツィード製ジャケット*

ツィードのジャケットやコットン製のトレンチコートなんかも、時とともに身体に馴染んで美しくなるものの一つ(英国はケンブリッジで学んだ白州次郎は、「ツイードなんて、あんなものは買ってすぐに着るものじゃないよ。三年くらい軒下に干したり、雨ざらしにして、くたびれた頃に着るんだよと言ったそうです)。よく手入された革製の靴や鞄もそう。ていねいに磨き込まれた革は、新品とは違った魅力があります(たぶん、もの自体の魅力に使う人の愛情が加わるのだね。だから普段の手入が肝腎だし、使う人の人となりが現れるのだろうと思います)。建物に使われた無垢の木材や煉瓦だって、時を経るにつれて、長いうちにつけられた傷さえも味わいとするような力強さと美しさを備える(ということは、選び方も大事ということ)。

そして、極めつけは、やっぱり人でしょうね。時の経過に磨かれ経験に鍛えられて生き抜いてきた人の魅力には、ただ黙って頭を垂れたくなります。彼や彼女たちのいくばくかでもわが身に体現できればいいと願うのだけれど(日暮れて道遠しと言うしかありません……)。若さには何でも実現できそうな可能性に満ちていて素晴らしいと思うけれど、うまく年を重ねてきた人たちの魅力にも抗しがたいものがあります。いつまでも若々しいミック・ジャガーもいいけれど、深いしわを刻んだキース・リチャーズもなかなか素敵です。

そうそう、田んぼの滴る緑は時に痛めつけられた形跡はみじんもありませんが、急いで付け加えるならば、これもただ自然に出来上がったものではないことを忘れてはいけません。

*マンスフィールド・カレッジの中庭の芝生に置かれたハリスツィード製のジャケット(写真は「オックスフォード通信」の時と同じもの)。胸のポピーの造花は、11月11日の第1次世界大戦の終戦記念日のためのもの。ちょっと濡れているのは、撮影中に降り出した小雨によるもの。雨ざらしにしていたためではありません。
2015.08.30





#150 羽田で冷や

おすすめセットを試しながら気づいた

空間も夏バージョン
またまた、羽田空港のフードコートの話し。


また、初めてのアクセス

今回もまた、初めてのところからアクセスすることになった。と言って、意識したわけではなく、いちばんたまたま近くにあった手荷物検査場から入ったら、そうなったというだけのことでした。

でも、いいね、やっぱり。予期せぬ出会いというのは楽しい。ちょっとおおげさだけれど、新しい発見があります。同じ場所でも見る位置が違うと、見え方も違う。当然のことです。うんと新鮮に見える。これは、空間だけでなく、人でも同じでしょうね。

一方、慣れたフードコートでも気づいたことがありました。本日のおすすめセットをお酒がこぼれないようにこわごわ抱えて空いたテーブルに着くと、なんだか様子が違う。向かいの席には妙齢の女性がビールと丼。お隣では若い男2人に女性が一人で、時おり大声を上げている。さらにその隣では若い男性が一人、壁に向かって座っていた。いずれもここでよく見た景色ではないけれど、でも、違う。もっと他に違うことがあるはずなのです。

しばらくして、やっと気づきました。コントラストがはっきりしていない。光が強烈じゃないのです。と思って、見上げてみると、吹き抜け上部のガラス屋根の部分にスクリーンが掛けられていました。ちゃんと考えられているのだね。でもね、コントラストがはっきりしないと、夏らしい気がしないのだよ(いや、むしろ今ではこちらの方が夏らしいのかもしれないけれど)。

で、例によって昼食を。蕎麦にするつもりが、寿司屋の前に「お任せ握り(¥1500)+ビール」→¥1,800とあったのにつられて、これに変更。ビールも夏らしくていいかと思ったのだけれど、お寿司にビールというのが気になったので、念のために聞くとビールを日本酒に変えても同じというので、変えてもらいました。ま、悪くはなかったのだけれど、わずかな値引きに反応したわが身をちょっと恥ずかしく思ったのでした。それにしても、なぜこうも割引に弱いのかね(やれやれ)。

ともあれ、小鰭もつけてもらったので、今年初めてシンコを食べられたのは良かった(近所の寿司屋のシンコ入りましたの貼り紙を見ていたので、気になっていたのです。ただ、ちょっと〆過ぎだったのが残念)。また、ごはんの量が小さい方がしゃれていると好まれるようだけれど、あんまり小さすぎると、何やらミニチュアのようだし、おいしくない気がする。やっぱり、適切な大きさというのがあるのだね。


ガラス屋根のスクリーン

そして、そのときもうひとつ気づいた。構造上の理由かなんかで高さがとれないのなら、梁が減らせないのなら、一つか二つおきに垂木をかけてガラスとスクリーンを設置すればよかったのだ。そうすれば、高さも稼げて抜け感がアップして、さらに気持ちのよい空間となるはず。それにしても、なんで今まで気づかなかったのだろう。ま、なかなか気づかなかったことにある時ふっと気づくことは、恥ずかしながら今でもよくあることです(たぶん関心を持ち続けていることの証拠なのだ、と思っておくことにしよう)。
2015.08.24





#149 番外編 デザインと言葉について

読書のすすめ

言葉がつくるイメージ
本を読まないという学生がごくふつうのことになって、ずいぶんたちます。これが改まる気配はまったくなさそうです。今年の1年生のゼミの学生に聞いたところ、11人中10人くらいが年間数冊かまったく読まないかという答えでした。残念ながら、これは格別珍しいことではないのです。

これを解消しようと、ゼミのはじめの15分ほどを本を読むことにあてるようにしているのですが、効果のほどは近年とくに芳しくないようなのです(少し前までは、本を読むようになったという学生が何人かいたのだけれど)。

ところで、彼らはなぜ本を読まないのだろう。ただ面倒だということなのだろうか。本を楽しもうとすれば、テレビや漫画と違って、想像しなければいけません—たとえば、舞台となっている街はどんな建物が経っているのか、主人公が着ている洋服は、笑った時の表情は、等々。また、意味を理解するためにも、想像する力が求められる。ま、今は、簡単に情報が手に入るし、娯楽も溢れているからね。

われわれの生活において、言葉が重要なのはいうまでもありません。

若者よ、本を読みたまえよ。そして、言葉の持つ力を育むのだ。

小説やエッセイ、わけても詩といった文学。これらは言葉、そして文字がないと伝えるのはむづかしい(音読という強力な方法があるけれど。でもこれはきわめて限られた相手のこと)。

それよりなにより、言葉が通じないと大変だ。「〇〇……」、「××……」「△△……」、「?」「?!」。自分が考えていることを言葉で伝えられないと、自分が2歳の乳児になったような気がするのです(これは、何回も経験した。もちろん、実際に2歳の時だった記憶はないけれど)。

自分の考えを誰かに伝えようとすると、その手立ての第1は言葉、そして図や表(これは、たいてい言葉で補うことを要します)。住宅でいえば、図面やスケッチ、そして模型などもある。さらには、ボディランンゲージというものもありますね。

以前、(とくに学生たちが好んで使う)「コンセプト」という言葉が嫌いだと書いたけれど、これは今でも変わりません。コンセプトを立てるという行為がだめだというのではなく、あくまでも、学生、すなわちデザインの初心者には有効ではないだろうということです。彼らは、(たぶん)初心者がゆえに、はじめのアイデアに縛られ勝ちだし、おまけに言葉(考えや内容)がすべてだと思い込んでいるように見えます。

それは間違い。と、言い切ってしまいます。言葉は、外在化されなければ(他者に対しては)、意味がない。手練れのデザイナーは、まず言葉によって新しいイメージを探そうとし、見つけ出したあとに、それをかたちに置き換えようとするのに違いない。誰も見たことのないイメージを直ちにかたちにすることはきわめて困難だし、言葉に頼るしかないだろうと思います(これだって、決してやさしくないけれど)。

たとえば建築家は、ある場面や関係を生み出すことを構想し、その後にこれを実現するための物理的な空間をデザインしようと腐心するだろう。この意味で、優れた建築家やデザイナーは同時に卓越した思想家であると言っても良い。

でもね、初心者である学生諸君がこのやり方を真似しようとしたらいけません。失敗するのが目に見えています。プロのデザイナーたちはデザインすることの経験を十分に積んでいるし、技術も備えているのだから。さらに付け加えるなら、言葉、あるいは文章でさえも、いちど視覚化した方がイメージが湧きやすいし、触発されてアイデアも生まれやすいと思います。

新しいことを見つけたい若者よ、まずは具体的なイメージ(もっと言えば、それに最も近くて既に外在化されたイメージ)より始めたまえよ(きみが優れた詩人、すなわち天才でない限り)。そして、育てよ。理屈やコンセプトはそれからだ。

繰り返すなら、テレビや映像とは違ってグラフィカルな情報がない分 、本を読むことは想像力を求められる。ということは、本を読めば想像力が身に付くということにほかなりません。そして、想像力を持ったなら創造力も。

文章を読むのに慣れていないと、写真や図無しには、読むのがむづかしいでしょう(ま、書き手の技量という問題もあるけれど)?
2015.08.08





#148 番外編 「初志貫徹」を疑う(教員コラム一部改変して再掲)

シンプルに考える

なりたい自分になるために
ついでに、昨年の教員コラム、「を疑う」シリーズ第1弾も再掲します(一部改変有り)。

複雑になりすぎた、知的になりすぎたと感じたら、「最初の衝動」に立ち戻れ。と言うのはロッカー佐野元春と、漫画家の浦沢直樹の二人。いずれも著名なクリエーターですが、二人の対談を見ていたら、二人ともが同じように言うのでした。

彼らはクリエーターとしての経験から言っているわけですが、これはクリエーターか否かのいかんにかかわらず、誰にとっても重要だと思います。

と言ったからといって、「初心を貫くべき」というのではありません。むしろ、僕が思うことはそれとは逆のことになるのかもしれません。

すなわち、最初の衝動に戻るというのは、最初の願望(たとえば、○○になりたい)の実現をめざして進めというのではなくて、 ○○になりたいと思った時の気持ちを大事にしようということだろうと思うのです。そして、 ○○になりたいと思った根幹にあることを生かせば良いので、その現れ方は変わってもまったくかまわない。

つまり、もともとの核にある種を大事に育てるということだといってもよいだろうし、ひとつのアイデアに固執するということではないはずと考えるのです。もしそうなりそうだと感じたならば、初心に戻れということ。 それが元の種、というか最初にがつんと心に響いたことから派生したものでありさえすれば、さらに変わってもいいのだと。


カスティリオーニの作品

ゼミの学生たちは、イタリアのデザイナーのカステリオーニ兄弟、とくにアッキレ・カスティリオーニの作品を研究していました。彼らは、世の中にすでにあるかたちを別のものに転用するということをやり続けたのですが、これは一見創造的なデザイナーとはいえないやり方のように思われそうです。

しかし、カスティリオーニが生み出したのは、好きか嫌かということは別にして、他に見られないオリジナリティに溢れたものだったし、もとのかたちが持っていた良さを発見し、これを生かすことを教えてくれただけでなく、ややもすると創造の世界においては(あるいは、生き方そのものにおいてさえも)オリジナリティをはじめから求めがちな風潮に対する、有効な批評にもなっていたと思うのです。


学生たちの作品

学生たちも、研究するだけではなく、学んだことを実際に生かそうとして、それぞれ作品を製作しました。これらについては、8月3日のオープンキャンパスでの展示、9月の展覧会開催のため鋭意準備中です。デザイン手法だけでなく、カスティリオーニに接した時に感じるところがあったはずなので、これも大事にしてほしいと思います。

自分らしくあるためには、何もかも新しく自分で新しくはじめる必要はない。最初は真似から初めても、やがて自分らしいものになってくる。これが世の中の大勢の人々(天才たちを含む)がやってきたことだと思います。むしろ、ずっと真似のままでいる方がむづかしいかもしれませんよ。

オリジナルな自分探し、オリジナルな種探しにかまけるのをひとまずやめて、もう少し自由になって、シンプルに考えて、やりたいことに取り組んでみたらどうでしょう。そして、自分のやりたいことを続けるためにどんなことが必要かを考えるとよいと思います。少なくも一定の期間は、続けることが大事なのは間違いがないところだし、あんがい世の中は自分と同じではないことも多いから。

佐野も浦沢も、そしてカスティリオーニ兄弟も、つまりは同じようなことを言っていたように思えます。

余談ながら、少年の頃、佐野は漫画家に憧れ、浦沢はロック・ミュージシャンを夢見ていたそうです。
2015.07.30



#147 番外編 「オリジナル信仰」を疑う(教員コラム一部改変して再掲)

他者に学ぶ

「デザイン」という行為について
先日、受験生向けの教員コラムを執筆しました。「を疑う」シリーズ第2弾です。

昨日は演習系科目の優秀作品を集めた合同講評会だったのですが、担当した2年生の作品が既存の作品に似ていることがちょっと話題になりました。実は、住みたい建物を探してきて、気に入ったところを新しい敷地や居住者にあわせて計画するというものだったのです(すなわち、学生諸君はゼロから始めるのではなく、参照する作品があったことになります*)。

ともあれ、在学生諸君にもいくらか役に立つかもしれないと思ったので、一部改変して再掲することにしました(リンクを張るだけでもという気もしましたが、面倒がるかもしれないし、受験生と学生諸君に向けて書くのではいくらか違うところもある)。

設計等の演習科目を履修している皆さんは、「デザイン」に何が必要だと思っているのだろうか。「使いやすさ」、「耐久性」、「かっこよさ」?これらは、「用」、「強」、「美」と呼ばれるデザインの3大要素ですね。それから、「独自性」を挙げる人も多いのではあるまいか。いずれも当たり前のことのようですが、とくに4番目の要件は少々やっかいです。他とは違う「オリジナル」なものをどうして生み出すのか。多くの人が苦労しているようです。

今年の3年生のゼミでは、昨年のアッキレ・カスティリーニに加えて、アンディ・ウォホールマルセル・デュシャンなどの作品の制作手法について考え、ここで学んだことを援用して作品をつくることをめざしてやってきました。一言でいえば、「デザインとはどういう行為か」ということについて理解を深めようということなのですが、昨年に比べると、分析的というよりは総合的に、元となった思想よりも手法、その現れ方に重きを置いてやってきました(でも、先日4年生からこのゼミでは何をやっているのでしょうか、と聞かれた。残念。オウ・マイ・ゴーッド!という感じ。反省)。

抽象的な理念でわかったつもりならないように、そしてとくにつくる際には理屈だけということにならないようにという気持ちからのことでしたが、果たして伝わったかどうか。そして、もうひとつ、何かをつくろうとする時に、はじめからオリジナルなものから出発しなければならないという考えから自由になってほしいとの願いがあったのでした。学びはじめの頃には、とくに大事だと思います。

ところで、上にあげた3人は、いずれも「レディメイド」、すなわちすでにあるものを使って作品をつくりあげたデザイナー、芸術家です。

彼らを分類するならばデザイナー、美術家で、少なくとも建築家やインテリア・デザイナーではありません。一方、ゼミ生たちは空間のデザインに関心を抱いて当ゼミにやってきたのです(たぶん)。にもかかわらず、空間に関わるデザイナーを取り上げないでプロダクトやアートの分野で活躍した人物を取り上げたのは、ちょっと変なようですが、ちゃんとした理由がありました。彼らが「すでにあるものを使ってデザインする」ということを最も端的に表現していたためなのでした(建築の分野でも、同様なことはもちろんあるのですが、ちょっとわかりにくいことがあるのです)。


本年度学生の作品


昨年度学生の作品

ただ、今年は表現する対象を空間に限定することにしました(昨年は、とくに決めなかったのですが、カスティリオーニの作品の影響が大き過ぎたようで、照明器具が多かったのです。アタマをやわらかく!)。学生たちは、すでに存在しているものを使って、バス・ストップをデザインすることに取り組んできました(オープンキャンパスで、展示する予定)。

創造するという行為は、過去のものを再生産することではないし、過去に縛られるものでもないことはあきらかだと思いますが、それでも過去の作者たちや彼らの作品の上に成り立っているはずなのです。近代デザインの父とされるウィリアム・モリスや20世紀後半のある時期に世界の建築理論をリードした建築家の磯崎新、最強最長のロックバンドのひとつローリング・ストーンズのギタリストであるキース・リチャーズ、さらにはデザイン大国イタリアのボローニャ博物館の館長の、そのいずれもが言葉は違っても、「過去に学ぶ」重要性、あるいは「過去のものから出発する」ことの有効性について言及しています。

ところが、学生たちを見ていると、オリジナルなアイデアを求めようとして、ずいぶん長い時間を使っているようなのだね。そのせいか、最初のアイデア(≒コンセプト)に執着しようとしているように見える。他者の作品を参照し、触発されたアイデアから出発し、これを育てようとするやり方はほとんど見られない。いわば、オリジナル信仰症候群と呼びたくなるような案配です。

オリジナルであることや自分らしくあることは誰しもが望むことだけれど、最初からそうである必要はないし、そもそもできないと言っていいと思います。

設計の演習だけでなく、レポートや作文などでうまく行かない時は、はじめは借り物でもいいから、これを「自分だったら」という気持ちで眺めながら、少しずつ思いついたことを加えながら育てていくと、やがてあなたらしいオリジナルなものができるはずなのです。あなたの目に見えるものが、あなたを触発し、新しいアイデアを呼び起こすのだと思います。「アイデアを忘れないように、ノートと鉛筆を手放さない」、「描くことで、思考が深まり建物の形が見えてくる」とあったのは、世界的な建築家ノーマン・フォスターのドキュメンタリ映画でした。
2015.07.30
追記:ちょうどこの後、東京オリンピックのエンブレムとベルギーの劇場のロゴマークとの類似性が指摘されたことに驚きました。ここまで似ていると……。さらに、これに先立ってつくられたというバルセロナのデザイン事務所の東日本大震災復興支援のための作品まで出てきて、悪い冗談のようです。いったいどうなっているのだろうか。2015.07.31



#146 キャンパスの夏風景

2015年の夏

強烈なコントラスト
このところ、急に暑くなりましたね(と思ってから、もう何週間かたっってしまったけれど)。ともあれ、梅雨も明けて一気に夏本番。一段と暑くなってきた。

「むかしは30度を超えることはあんまりなかったですよね」と言ったのは、あの暑いことで有名な京都育ち(「口紅が溶ける暑さ」と評した女性がいました)。「そうそう」と答えたのは、やはり暑い九州で育った僕でした。こちらはそんなにはっきりとした記憶があるわけではないのだけれど、 だいたい、25度を超える日を夏日と呼ぶことからも確かでしょう。

それが今や日本全国、南から北まで、30度超は当たり前で35度を超えることだって珍しくない。真夏日、これは30度を超える日のことだし、35度以上の日は猛暑日(猛烈に暑い日というkとだろうか)などと聞くだけでも汗が噴き出しそうな恐ろしい名前が付けられています。

大変な時代になったものだと思います(気温の上昇や天候の急変は、何が原因かは別にしても、人間の仕業、とどまることを知らない欲望によるところが大きいことは疑いないところでしょう)。

今年の夏は、暑さ以上に、忘れられない夏になりそうです。とても常識では理解できないことが進行している。自然をコントロールできないのはしかたがないとしても、社会のルール、運営については、知性や知恵が効くはずと思っていた(というより、思いたかっただけなのかもしれません。ま、世界を見渡すと、そうでもなさそうだと思わざるを得ないようだから)。それにしても…、と思うのです。

世論の反対が強くなったと言ってひとつはついひと月ほど前にそのまま進めることを決めたばかりだったのに遅ればせながら見直すと言って白紙に戻し、もうひとつについては国民の理解が進んでいないと言いながら強行する。この2つの間に共通するどんな理屈が存在するのか、反対か賛成かということを超えて、 その規範は何なのか、 誰のための政治か、と暗澹たる気持ちになります。そして不気味さを感じてしまうのです。


青と白

それでも、青空の鮮やかさや、緑の深さ、そして水を満々と湛えた川面の強烈な太陽の光を照り返して白く光る様は相変わらずです。


緑陰


川面

あかるく青い空と白い雲、光を浴びた葉の色と緑陰、光の白銀と水面の深い青。夏の風景は、とくにコントラストが際立って美しい。人間より自然の方がよほどましなように思えてきます(ただ、自然は残酷な仕打ちもするし、人間にも素晴らしい人たちが存在するけれど)。しかし、これらもいつまで維持されることができるのか、不安になるのです。と言って黙って手をこまねいていたら、誰かが代わりにやってくれて維持されるわけではないことは、言うまでもありません。
2015.07.29





#145 縦のものを横にしてみる

もったいないなあ

美的センスよりも大事なもの
「縦の物を横にもしない」というのは、めんどくさがって何もしたがらないことのたとえですね。学生諸君のなかにもこういう人がけっこう多いのではあるまいか。確信を得られるまで考えて、それから手を動かすという人も同様です。

でも、これは損。大損ですよ。

と言っても、「アタマを信じ(過ぎ)ている」学生諸君には、なかなか理解してもらえなさそうですが(エスキスの度に思い知らされることだから、ちょっと自信があるのです。赤や青の修正の入ったエスキスを描き直すことなく、そのまま持ってくることが珍しくないけれど、論外)。でも、今日来たメールの中に、まさに 「縦のものを横にしてみる」ことの効果を思い知らされないわけにはいかないような写真があったのです(毎日たくさんやってくるメールで、こんな幸運は滅多にない)。下の写真をとくとご覧あれ。


食器棚(縦)

どうです。不要になったという食器棚の写真ですが、欲しいと思いましたか。正直に言うと僕は全然欲しくない。

それでは、次の写真はどうでしょう?


食器棚(横)

メールには、こんな形で添付されていたのですが、僕はおっと思った。すぐに、さて、壁に直付けして使えるところがあるかと探し始めたくらいです。どこにでもあるようなスチール製の棚とは気づきませんでした。というか、ちょっと洒落てるなと感じたくらいです。棚をデザインする時の種になりそうです(機会があればいいのだけれど、そんなことは気にしている場合ではありません)。ただ、縦のものが横になっていただけなのにね。

感覚がおかしいよと言われたらそれまでですが(早とちりも認めますが、それはそれとして)、ぼくはそう言う「あなたは残念」という感じで、もったいないなあ、もっと言えば……(やめておきましょう)、という気がするのです。よしあしというよりも、たぶん、ほんのちょとした違いをおもしろがることができるかどうかが重要なのだね。

ともあれ、 このことについては自身のセンスを疑うことより、あなたの態度(美的感覚ではなく)が惜しいのです。 よほどの天才なら別として、残念ながら、そういう取り組み方ではデザインには向いていないと言うしかなさそうです。

でもね、だまされたと思って、横のものを縦に(あれ、縦のものを横にじゃなくてと言いそうなあなた、そのくらいの注意力があれば大丈夫。むろん逆でもいいので)してみてください。きっと、いいことがあると思いますよ。

良いデザイン、気に入ったデザインを得るためには、ほんのちょっとした手間を惜しむかどうか、少しずつ育てることを続けようとするかが決定的なのだよ。
2015.07.14





#144 公徳心の行方

想像力の欠如

若者に期待するしかない
先日、3人で担当する演習を終えたあとのこと。一人が、まだ残った学生のエスキス・チェックを続けていたので、われわれも待つ間、お喋りしていたのです。

やがてエスキス・チェックを終えた同僚が合流して、新国立競技場の行方から今のわが国の状況について、そして現在の日本人の社会との関わり方や公徳心へと話題が移っていった。

一人は、日本人の美意識から出ていると言い、もう一人があんがい懲罰を恐れたせいではと言う。残りの一人は、信号の遵守についての体験を語った。外国旅行の後で考えが変わったというのです。すなわち、 「フランス人は車が来ていなかったらためらわずに渡る。たぶんイタリア人も」。「でもね、ドイツ人は守るようだよ、たとえば、ワイマールだったかデッサウだったかの細い道で、車が通りそうにもないのに信号が変わるのをじっと待っていたよ」。「そうそう、ドイツ人はね。かつて、足が出ているよ、と注意されたことがある、ちょっと出ていただけなのにね」。「日本人とドイツ人は似ているのかも……」。

さて、日本人はどうでしょう。3人がどうしているかと言えば、車が来ていないことが確認できたら、もちろんためらわずに渡ります。今では、たいていの人がそうするのではあるまいか。よく言えば、規則に柔軟に対応する、悪く言えば、たがが外れて自分のことを優先するようになったのではあるまいか。相対的に見て、日本人は以前よりもせっかちになったし(横浜でも、信号機は変わるまでの時間を表示するようになった)、ルールを守らなくなった。

以前に書いたかもしれないけれど、何が原因かはともかくとして、10年前とそのあとではずいぶん様相が変わったような気がするのです。公徳心や人の視線ではなく従うべき自身の美意識、あるいは他者との相互信頼、すなわち想像力というものが、急速に失われつつあるように見えるのです(信号待ちの場合だったら、目くじらを立てる必要もない気がするけれど。一事が万事ということもある)。

10年ほども前に、日本に行ってきたばかりだと言うある英国人と話していた時に、彼はオックスフォードの汚さを嘆きながら、「日本の都市の美しさに驚いた。ゴミがひとつも落ちていなかった」と言ったのでした。さほど昔のことではないにも関わらず、もはや、遠い時代の出来事のような気がするのです。


路上のビニル袋と路傍の草

残されたゴミ袋

ともあれ、今はあきらかに日本の町が汚くなってきていますね。たとえば、当時のイギリスの都市のように(たまたま思い出しただけです。おとしめる気はありません。ある物理学者は、彼が住んでいた「ロンドンは世界一汚い都市」と言った。わが国の風景も、今や都市部、田舎の別を問わず、これと変わるところがなくなってきたのではと思います。残念ながら、スーパーのビニル袋やコンビニの弁当箱が捨てられているのを見ることが珍しくありません。タバコのポイ捨てもよく目にするし……。歩いていても車を運転している時でも、道でも川でも、建物の外でも中でも。もはや、ところかまわずというように見えるのです(これは若い人に限ったことではなく、老人もおなじです。もしかしたら、こっちの方がたちが悪いかも)。ゴミ収集日のルールさえ守らない人も増えている。

かつての清潔な町の風景を取り戻したいと願うばかりです。一人ひとりが気をつければ、何でもないことなのにね。今や、われわれを取り巻く状況は場面を問わず悪いことばかりで、ナイス・スペイスということとはほど遠い状況のように見えてしまいます(やれやれ、……)。

いっぽう、何でも「道徳」という授業で教え込もうというのにも違和感を感じてしまうのです。

ともあれ、「それでも、若い人には期待するしかないね」というのがミドルエイジの男女と老年男性3人の結論でした。
2015.07.13





#143 水の国

美しい風景

水に映える花
久しぶりに窓際の席に座ることになった。何かと言えば、飛行機の座席のこと。何年か振りに窓際の席に座って、機上からの眺めを楽しんだのです。

と言っても、 海外旅行じゃありませんよ(そうだったらいいのだけれど、今のところありそうもないのが残念)。 それではどこへ行ったのかといえば、 福岡へ向かう飛行機の中のことです(このところ乗る機会が増えて、ひと月かふた月かにいっぺんくらいの割合で乗っている)。ふだんは、荷物がおろしやすいように、すぐに降りることができるようにと思って窓際を選ぶのですが、今回はちょっと早い時間でもあったので窓際にしたのでした。

機内に乗り込んだ時には、窓のシャッターが下ろされていたので、開けるといけないのかしらんと思いながら座っていたのですが、そのうちにそっと開けてみると誰もとがめる人はいませんでした(あたりまえ!?)。そういうわけでずっと窓の外を眺めていたのですが、全然退屈しませんね。

はじめは雲のかたちの面白さ、青空の色の微妙な変化に目が行っていたのだけれど、やがて着陸体勢に入ると海に浮かぶ四角い埋め立て地が目に入ってきた。さらには、町、そして畑や田んぼも。当たり前のことだけれど、ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤー(このところ、ちょっと好きになってきた)が言うように自然は曲線でできていて、人工物の多くは直線でできていることを思い知らされたのです。


水を湛えた水田

電車に乗り換えて進むうちに、今度は田んぼ。水を湛えた田んぼはところどころで青い稲の苗が顔を出している。ほんとうに美しい光景で、見ていて飽きることがありません。ずっと見ていたくなる。つくづく、日本は水の国なのだということを思わずにはいられなかった(いつの間にか、こうしたことに対する感覚が鈍くなって、ぼんやりと過ごしていたようです。反省)。これからは、わずかの効率を求めることはやめよう、と誓ったのでした。ただ、高速で走る車中から、おまけに曇の多い天気では、写真を撮ることはむづかしい。

田んぼの水の他にも、川の水、雨。さらに言うなら、水盤、夏の打ち水というのもあるね。


羽田空港の小さな池

そういえば、これまでに何回か書いた羽田空港のフードコートにも、水を抱えたちいさな池がありました。今回、改めて観察してみたら、ここを設計したのは著名な造園家の石原和幸だということがわかってちょっと驚いた(そうならば、上部の造葉にも気を配ってほしかったな)。

で、実家に戻った翌日、さっそく裏山に登ってみた。ひと月ほど前とはまったく変わっていましたね。悪い変化は、草花と芙蓉の木があったところは伐採されて、車の回転のためのスペースと化していた。舗装こそされていなかったのだけれど、何だろうね、これは(ほんのわずかの経済や効率のためだと思うけれど、ほんとうに馬鹿げたことだと思います)。


裏山のあじさい

しかし、いいこともあった。花の種類は多くはなかったのだけれど、色とりどりのあじさい、ごくふつうに見るものののほかにも額あじさい、が咲いていたのです。あじさいもとても水が似合います。ことに、雨上がりのあじさいの美しさといったら…、ね。この時期ならではのことでした(今までは、見ることがなかった)。

水の国に生まれたことの恩恵を満喫しました。これで、ちょっと寿命が延びたような気がする。
2015.07.04





#142 雨の季節

あじさいとさつき

アパートの庭
あっという間に6月。天気予報によれば、今週中に梅雨入りしてもおかしくないということ。実は梅雨入りはいつももっと遅いと思っていたのですが、関東地方では平年は6月8日という。あんがい早いのにちょっと驚いた。となると梅雨はひと月どころか、一月半ばかりも続くことになりそうです。


西のあじさい

梅雨入りとなれば、雨にもっとも似合う花はと言えばあじさい。我がアパートの庭の隅にも一株あって、すでにきれいな花をつけています。瑞々しくて、薄紫の色も美しい。決して気取ってはいないのだけれど、華やかさがあってすてきです。雨の日はいっそう魅力を増します。


東のさつき

一方、反対側、東の端に目をやれば、ツツジに似たさつき(ツツジ科でさつきつつじともいうらしい)が紅紫色の花を咲かせています。そして、こちらの方は庭がきれいに手入されていて、気持ちがいい。

ところが、アジサイの方、つまり我が家の近くに目をやれば、草花がぼうぼうの状態。伸び放題になっています(つい、こないだ刈ってもらったばっかりなのですが)。

というのも、この庭は見るためのものでも使うためのものでもありません。なぜか、簡単には出入りできないようになっている。そこで、年に何回か大家さんが業者を使って刈り取ってくれるというわけ。庭の東の方は、居住者の一人であるガーデニング、家庭菜園好きのおじさん(こないだは、紫たまねぎをいただきました)が手入れしているのです。草をていねいに抜いて芝を植えているのですが、それでも草はどんどん生えてくるらしい(自然には勝てないね、と言っていました)。

この庭を眺めていると、やっぱり伸び放題になった草花が気になるのです。草刈り機を買おうかと思案中。そして、ほんとうはバルコニーから直接庭に出れるようにしたいところだけれど。手始めに、狭いバルコニーにすのこでも敷こうかしら(狭くても快適に飲み物が飲めるバルコニーを、ある建築家の自邸で経験したことがあります)。朝は小鳥もきていることだし、やるべきなのかも。

これはちいさなことだし、とくに生活に直接支障があるわけではないのだけれど、こうしたことをそのまま放っておくと、何でもがどうでも良いというようになって、まずいのではないかという気がするのだよ。
2015.06.06





#141 キャンパス通信編 若葉の頃

5月のうちに

若葉の似合う月
若葉が美しい。


5月の中庭

あかるい光を浴びたやわらかな薄緑の葉葉はいかにも若々しく、これから成長するのだということを感じさせて、とてもいい。なんといっても5月です。

今年はいつも以上に(というのも変だけれど)異常気象のようで、5月だというのに夏日が20日を超える勢いで観測史上最多という。そのせいか、キャンパスの緑も日に日に緑陰の濃さを増して、あっという間に若葉の頃を過ぎてしまいそうです。そして、気がつけばその5月ももうおわり。すぐに梅雨、そして夏になるのに違いない(やれやれ)。


研究室から見た中庭

時の過ぎぬ間に、若々しい緑の美しさを満喫することにしよう。5月のことは5月のうちに。

ところで、今年3月に卒業した諸君は、新しい世界にもう慣れた頃だろうか。そして若葉マークが外れた先輩諸氏の中には重さを増した責任にとまどっている人がいないだろうか。浮き世のことはしばらく忘れて、キャンパスの美しい景色を見て寛いで。
2015.05.31





#140 番外編 ねこに未来はない

ある詩人の死

再読、再見するということ
ある朝、新聞を手にすると、長田弘の訃報が載っていた(5月3日に亡くなったとのこと。75歳。死因は胆管がん。今の時代からするといかにも早すぎるという気がします)。第1詩集「われら新鮮な旅人」をはじめとする著作で知られた詩人ですが、一般的に定着している詩人像とは異なって、難解な言葉ではなく、平明な言葉でイメージとメッセージを紡いだ詩人であり、思想家だったと言っていいと思います。しばらくよく読んでいた時があった。しかし、不思議な事に、彼をアイドルと思ったことはないのです(なぜなのだろう)。


長田弘*

わけても「ねこに未来はない**」が(詩よりも)好きだった。いつごろ読んだのかな(たぶん、大学生の頃ですね)。だいたい「ですます調」、というか、いわゆる「童話」調でつづられた文は苦手なのだけれど、どういうわけかこの本がとても好きだった時期があったのです。そして、いつの間にか、いつも読み返そうと思っていたのに、読むことがなくて眺めていただけでした(映画にもそうしたものがあります)。

久しぶりに取り出してみると、細かい字が並んでいたのにはちょっと驚いた(だいたい、童話、あるいはそれに類するものは大きな字で書かれるものでしょう。また、最近の本は、かさを増すためか、あるいは年寄りにやさしくしようというのか、大きな字の本が多いのです)。これから、何十年か振りにまた読むことにしようと思う。ついこないだ、「懐かしむには遅すぎる」と書いたばかりなのに(いつだって、これからが大事なのだから、という気持ちでした)。


ねこに未来はない表紙***

読み終ってみると(あっという間に読んでしまったのは、物語の推進力)、ちょっとだけ苦い気分が混じるのでした……。たぶん、尋常ではないようなその柔らかな言葉と態度が、憧れながら遠くから見つめることはあっても、決してアイドルとならなかったのは、それを真似しようとしても体現化するのが不可能であることを感じていたのだね。そして、もうひとつには、猫を自身になぞらえていたのかも…。

そう言えば、このすぐ直後に、「私が古い映画に回帰するのは、ただ、それをもう一度それを見たいからではなく、初めてそれを見たときの自分の感性を取り戻したいためなのだ(映画それ自体に関してだけではなく、当時のあらゆる自称に関して)****」という文章に接したのだけれど、きっとそういうことなのだろうね(ところで、その後角川文庫でも出ていたようだけれど、こちらを読んだならきっとまた違った印象になるのかもしれません。ただし、いずれも古本でしか手に入らないようです)。

長田弘は現代においてはずいぶん早い死を迎えて去ってしまったけれど、さて、残されたものにはどんな未来があるのだろうか、はたまたないのか。

* 写真はみすず書房のHPから借りました。
** ねこに未来はない 長田弘 1972年12月 晶文社
*** 写真はアマゾンのHPから借りました。
**** 父と息子のフィルム・クラブ デヴィッド・ギルモア 高見浩訳 2012年3月 新潮社
2015.05.30





#139 反省と居直り

パーティ

嬉しかったこと、寂しいこと
先日、とあるパーティに出かけたら、そこでゼミの卒業生たち(2期生から今年3月卒業の10期生までの何人か)や新旧の同僚たちと会いました。僕自身は日頃積極的にこうした集まりを持とうとしないので(反省)、とても面白く、かつ楽しかった。


パーティ

皆元気で、それぞれの場面で活躍している様子を知れて、とても嬉しかったのです。そのときは、職場とはまったく関係の無い人々も集まっていて、知っている人、初めて会う人たちが混じっていたのですが、彼らの方はもう少しというかけっこう年が行っていて、社会的にも認められている集団(版画家、建築家、活動家、研究者等々)のようでした。

その時に思ったこと。

僕がもうちょっと立派な人間で、もう少し優れた教師だったならば、彼らはどうなっていたのだろう。

当然、今とは違う状況、人間になっていたかもしれないはず、と思います(あ、案外そうでもないかもしれない、という気もする。たいていの場合、教師の影響力はさほど大きくないのかもしれないのだからね)。

ともあれ、それぞれが夢を抱き、それを忘れずに過ごしている様子を見ていると、とても気分がよかったのです。

だから、今となれば、皆さんが在籍していたときの状況はしようがなかったとあきらめて(居直り)、ぜひこれからを実り多いものとしてください。

どうかこれからも、努力と楽しい日々を。


おごちそう

ところで、このパーティがお別れの会だというのがちょっと寂しい(実際には主が新しい事を始めるために引っ越す事になったのだから喜ばしい事なのですが、これまでここは集まる機会を提供してくれてもいたのです)。これからは、自分自身でこうした場を用意する事を考えなければいけませんね(もちろん、人が集まるためには、「場」があればそれでたりるというわけにはいかないのだけれど)。

2015.05.09





#138 新学期特別編・3 こういう人になりたい

なりたい自分に近づくために

アイドルを捜せ
少し前のことになるけれど、雑誌*を読んでいたら(恥ずかしながら、この年になっても雑誌好き)、「こういう人がいい、こんな人になりたい」といったような特集が目に止まった。そこには、条件が5つ挙げられていたのです。

挙げてみようか。

条件1 ぶれない人
条件2 バイタリティのある人
条件3 媚びない人
条件4 正しい大人が味方にいる人
条件5 ”つぎのひと”が近くにいる人

この中で、自力でできることとしては条件Ⅰ〜3、自分だけではどうにもならず他者の力が必要になるのが条件4、5。僕自身に当てはまるものとしては何があるのだろうかと考えて、かろうじて条件1と3を思いついたけれど、残念ながらすぐに、相当甘くしてもなお怪しいから、願望という方が正しいことに気づいた。

さて、 皆さんは幾つ当てはまるのかしら。

いよいよ新年度が始まりましたね。

なりたい自分に近づくべく、努めようという気持ちを新たにします(これは、年に関係ない)。そのためには、こんな人になりたいと思えるような実在のアイドルを見つけて、真似をするのがいちばん(付け加えれば、アイドルは何人いてもいいのです。しかも、特定のジャンルに限ることもない。むしろ、多岐にわたるアイドルを見つける方がよいのかもしれません)。簡単で、しかもおもしろがりながら世界を広げることのできる方法だと思います。


ごぞんじ安藤忠雄**

先日、そんな話しをしたところ、一人の学生は安藤忠雄の本を読んでいて、「おもしろくて、すごい人だ思います。他の本も読みたい」と言いました(こんなふうにして、アイドルを見つけていくといいのです)。


70年代のヒーロー藤竜也***

さて、 僕自身はと問われたならば、最も新しいアイドルとして藤竜也さんを挙げておくことにしよう。つい先日掲載された新聞記事を読んだのですが、謙虚でありながら俳優としての自信(あるいは矜持)を持ち、しかもひょうひょうとして気負ったところがない。素晴らしいと思いました。また、かつて撮影現場で、立ち会っていた映画界の大物プロデューサー角川春樹が声を上げた際に、近寄って「じゃまです」と言ったというエピソードもあるようです。こんなふうにありたいものだと思って憧れるのです。

彼はほぼ半世紀も前に一世を風靡した俳優ですが、近頃は目にすることがなかった。それがこのところ急にまた復活してきたように見えます(もしかしたら、僕が知らなかっただけで、ずっとコンスタントに活躍していたのかもしれませんが)。やっぱり、日々の積み重ねがものをいうのでしょうね(天網恢々疎にして漏らさず)。

皆さんも、憧れてお手本にしたくなるような人(アイドル)をぜひ見つけてください。

それでは、よいGWを。

* BRUTUS NO. 795 次は誰? 明日を切り開く人物カタログ
** 写真はウィキペディアから借りたものを加工しました。
***写真は藤竜也エージェンシーオフィシャルウェブサイトから借りたものを加工しました。
2015.04.25





#137 新学期特別編・2 光陰矢の如し

壺中日月長

懐かしむには遅すぎる
帰省して、早い食事を済ませ、洗いものも終えてしまうとさしてやることもなく、テレビを見るともなく眺めていると、流れてくる歌に驚くのだ。

あの歌も、この歌も、何十年も前の歌だったのです。つい最近とはいわないけれど、まさか何十年も経っていたとは……!?。歌が流行った年が表示されるたびについ、あの時は幾つだったのだろうと計算したりして、思わずため息とともに深い感慨にとらわれるのだった。

もう一度、目をあげてみると、歌っている歌手の姿はまぎれもなく何十年も経ったことを示している。そして同時に、自身がこの間ほとんど何もしてこなかったことも思い知らされるよりないのだ(これは、きっと僕だけのことだろうけれど)。

でも、これまでの何十年もこれからの何年かも案外変わるところはないのだとも言えるのではないか、という気がする(言い訳じみますが、第一、失われた時間を取り戻すことはもはやできない)。重要なのは、たぶん、取り組み方次第、気持ちの持ち方次第なのだ(というか、そう思わないとやってゆけません)。


「壺中日月長」軸(一部)*

そして、ふと目をそらすと壺中日月長の書が目に入った。もう亡くなってしまった父がむかし書家に書いてもらったというもの。こちゅうじつげつながし、と読みます。壺中すなわち 壺の中の狭い世界、別天地、ひいては悟りの境地のことで、「日月長」とは、のんびりとした時間が流れている様をいうのだね。

ここからの説明についてはおおむね、臨済禅黄檗禅公式ネット臨黄ネットの法話と禅語の中の壺中日月長の項の説明によることにします(字句は、少し変えたところがあります)。

その昔後漢朝の頃、汝南の町に壺公と呼ばれる一人の薬売りの老人が住んでおり、壺公はいつでも夕方、店を閉めると店頭にぶら下がっている小さな古びた一箇の壺の中に、飛び込んで身を隠してしまう。これをたまたま目にした費長房という役人が、ぜひ一緒に連れて行ってくれるよう頼んだところ、壺公は承諾し、ある日の夕方、費長房を連れて壺の中へひょいと飛び込んだ。
入ってビックリ、壺の中はこの現実の世界と同じように広大無辺で、一箇の別天地を造っていた。金殿玉楼が聳え、広い庭園には珍しい樹や花がいっぱいに花を咲かせ、泉水などもいたるところに設けられていて、目を見張るばかりのすばらしい世界だった。  壺公はその国の主人で、仙人だったのだ。費長房は、侍女たちから美酒佳肴のもてなしを受けたり、いろいろな仙術などの指導を受けたりしたあげく、現実の世界に帰ってくると、本人は二、三日滞在したばかりと思っていたのに、十数年も経っていたというのだ。わが国の浦島太郎のようなお伽話と同じです。
すなわち、「私が」といったエゴを断ち切って、何ものにもとらわれない大きな心を啓発すれば、狭い我が家もそのまま、すばらしい壺中の別天地であり、職場もまた、そのまま桃源郷となるはずです。さすれば、日月長し、二十四時間精いっぱい使いきって、充実感あふれる一日を過ごすことができるのではないでしょうか。

と教えてくれるのですが、僕が思ったのは(自身が)ただぼんやりしながら長々と暮らしてきたのだなあということだったのだけれど。ま、過ぎたことはしようがない。ともあれ、これからは……、と思う次第。

ちょっとこの欄のタイトルにはそぐわない内容なのだけれど、ナイス・スペースといっても必ずしも物理的な空間ばかりではないので、何回目かの決意表明を兼ねて番外編として載せることにしました。

ということで、これまでうまくいかなかった皆さんもがんばってください。心機一転は、何も新入生や新入社員ばかりではありません。

*写真を探したけれど見つからず、とりあえずはその一部が写っているものを。
2015.04.25





#136 新学期特別編・1 死に備えよ

日々をていねいに暮らすために

生活空間の整理整頓のすすめ
ちょっと物騒な題で始めたけれど、……。

メールボックスのある部屋で、ばったり出くわした同僚との会話で考えたことを。その日は水曜日だったけれど、僕は金曜日の授業で配布する資料をプリントしていたのでした。

「いつの?」
「金曜」
「早いね」
「うん、近頃は(こうしたことは早めに済ませて)もっぱら研究室や家の整理整頓を……」
「ぼくも」
と答えて、彼は「いつ死んでもおかしくないからね」と続けたのでした。僕はすこし驚いた(もとよりそんなつもりで言ったのではないし、いささか唐突でおおげさなような気がした)のですが、すぐに思い直した。

たしかに、人生いつ何が起きるか分からない。そして、今日という日は2度と戻ってこない。もう少し現実的なこととしては、言われてみれば確かにお互いに何があってもおかしくない、そんな年になってしまった。さらに、なんといっても、彼は日々大変な激務を、手を抜くことなくやっているのだから、そう言うのも無理からぬことかも……、と思ったりしたのでした(相変わらずぼんやりと暮らしている身としては、ちょっと複雑)。

ほんとうは彼のように毎日を真剣に過ごさなければいけないのかもしれませんが、でもとても無理。だから、せめてできるだけていねいに暮らすことを心がけようと思うのです。片付けはそのためのはじめの第一歩)。


研究室*

ゼミ室**

ともあれ、片付けや模様替えは気分を変えるのに最も適したことのひとつです。いちばんいいのは環境そのものを変えることだけれどね(たとえば、職場を変える。これがむづかしければ、引っ越してみる)。これらのことが実践できればいちばんいいのだけれど……と思っていたら、これを実際にやってのけた人が近くにいました。横浜の都心から静岡の田舎に引っ越して、古い家を改装して住みながら、しかもこれまでの仕事に加えて新しい仕事をはじめるというのです。

彼のように、いろいろなしがらみや状況をいったん断ち切って、いちばん大切だと思えることに思い切って舵を切ることができればいいのだけれど……(こんなふうに言っているうちはたぶん、だめですね。やれやれ)。

だから、せめて少しずつでも整理整頓をしよう。そして、仕事もちゃんとやろうと思うのです(遅ればせながら、新年度の所信表明です)。

気分一新、心機一転しなければと思っている人も、そうでない皆さんもぜひ、部屋の片付けと模様替えに取り組むといいと思います。

* 作業用テーブルの上を片付け、前方の棚をすっきりさせました(ちょっとは気持ちも晴れるかも)。
**作業用テーブルの前方の棚の上にあった本のディスプレイボードを移動しました。このせいで、ちょっと研究室とゼミ室との分節が強くなりすぎてしまったのが残念。考えなければいけません。研究室の複数の時計が落ちてこわれてしまいましたが、そのうちに復活させよう。
2015.04.17





#135 速報 空き家プロジェクト・オープンハウス

学生たちが成し遂げたこと

Do it yourself(生活者としてのデザイナー)の勧め
学生は不思議だ、といつも思う。実際よくわからないのです。もう何十年も学生たちを相手にしてきたけれど、本当にわからない。

いつもはきちんとやっているように思っていた学生が、ある時は手抜きをしたようにしか見えない時がある。かと思えば、おちゃらけてばかりいるような学生が、びっくりするような成果を差し出す時がある。

今回、空き家プロジェクトの見学をした時も、そのことを思い知らされました。学校ではなんだかやる気を失っているように見えた学生や、目立たない学生(もちろん、日頃から一生懸命取り組んでいる学生もいるのですが)たちの成し遂げた成果は素晴らしかった。

現在、空き家問題でどこも大変ですが、彼らはこの問題に取り組んだ。空き家を自分たちで改装(D.I.Y.)してシェアハウスとして再生しようとしたのです。で、そのお披露目会に出かけてきたというわけでした。

話しには聞いていたのだけれど、そこは細い坂道を何分も歩かなければいけないようなところで、まずそこにたどり着くのに骨が折れる。だから、そこを学生のためのシェアハウスにしたのは正解。少なくとも、僕はとても住めそうにありません(この日も、あまりの急坂、長さ、細さに写真を撮るのも忘れてしまったくらい)。


祝オープンハウス

ここまで材料を運び込むだけでも大変な思いをしただろうというのは容易に想像がつきます。そして、経済や技術的な制約もあったに違いない。それにもかかわらず、ところどころプロもかくやと思わせるような出来映えのところもあった。たぶん、彼らが楽しみながら作業を続けたということに違いない。

バルコニーからの眺め

ことに、彼らが新しく付け加えたベランダから見る夕刻の風景は素晴らしかった。とても気持ちのいい場所となっていました。苦労が大きいほど喜びも大きいということがよくわかります(この時、お酒も用意されていたのですが、飲めなかったのが残念)。僕も、アパートのベランダを拡張しようかと改めて思ったくらいでした(借家だけれど)。

それより何より、「やり遂げた」という喜びにあふれた学生たちの表情がいちばんでした。このプロジェクトを始めた卒業生や手伝ってきた学生たちは本当に嬉しそうだったし、誇らしさに満ちていた。ただ、彼らの達成したことを祝い、分かち合う人(とくに日頃学内で一緒に過ごすことの多い人たち)がの姿が少なかったことが返す返すも残念で、悔やまれました。

このプロジェクトは、職業としてのインテリアデザイナーではなく、生活者としてのデザイナーであることの重要性、可能性についても示唆していると思います。インテリアはね、何も高級な家具什器を揃えなくとも、知恵と努力次第で素晴らしいものをつくりだすことができるのだよ。ただし、こうした工夫はややもすると(言葉を選ばないで言うと)貧相というよりも貧乏ったらしくなりがちなので、美意識を忘れないようくれぐれも気をつけて。
2015.04.11





#134 ハイブリッド2種

組み合わせの妙、と妙

桜と藁葺屋根
今は何にでも使うようになったけれど、 ハイブリッドという言葉が一般的に使われるようになったのは、いつ頃のことだろうか。個人的には、ごくふつうに使われるようになったのは、いわゆるハイブリッドカーの登場後のような気がしていたのだけれど。

そこで、ウィキペディアを見てみると、イギリスでは17世紀初頭にはイノブタをさす言葉として使われ始めたようだし、日本でも1960年頃から使われるようになって、1970年末にはハイブリッドの名を冠した腕時計があるそう。予想以上に早かったのだね。なお、ハイブリッドカーの祖である初代プリウスの発売は1997年です。


紅白の桜

なぜ、こうしたことを調べる気になったかと言うと、帰省先で不思議なものを見たからなのです。それは、ピンクの花と白い花をつけた一本の桜の木。ちょっと珍しいでしょう。もうひとつ、田舎に帰った時にたいてい1回は見ることになる藁葺き屋根があるのですが、これが藁葺き屋根と瓦屋根のハイブリッド、さらにこれに連なる建物は瓦屋根で、2重のハイブリッドになっているのです(今回も、まだ残っていました。良かった)。


藁葺き屋根と瓦葺きの家

純粋主義の人から見ると、ハイブリッドは邪道と言うかもしれないけれど、瓦と藁屋根の組み合わせもいいものですね。生活の知恵の結果という感じがして好ましい。しかも美しさを損なわない。外国では見かけない気がするのだけれど、あるのだろうか。日本のものもそんなに古くないように思うのだけれど、どうでしょう。

組み合わせによって、新しい美しさが生まれるということはよく知られた事実だけれど(磯崎新は70年代に、もはや新機軸を生み出すのは既存のデザインボキャブラリーの組み合わせしかないというようなことを言いました。そう言えば、ちょうどこの頃にハイブリッドという言葉が普及し始めたのだね)、藁葺きと瓦葺きの組み合わせもそのひとつといってよい。ジャズの巨人マイルスも「グループを作る場合は、混ぜないと駄目だ」と言っているらしい(何を混ぜるかと言えば、人種。すなわち、異なる個性のことです)。

ところで、一本の木に2色の花びらが混在する例の桜はどうかと言えば、僕は感心しなかった。白は白、桜色は桜色で楽しみたい。ヤマザクラの白とソメイヨシノの薄桜が隣り合ったのは、また一興でそんなに悪くないという気がしたので、色合いのせいだろうか(薄くて上品な桜色というよりは濃いピンクだったのが悪いのかもしれない)。あるいは、ボリュームのバランスのせいなのかもしれません。


故郷の桜・1

故郷の桜・2

故郷の桜・3


でも、思いがけず桜の季節に帰省することになって、中学までをすごした場所があちらこちらに桜の木がある桜の町であることに改めて気づいたのでした(そう言えば、桜山、桜町という名称がありました)。

(追記)
そのせいで、キャンパスの桜が満開になる時には立ち会うことができませんでした。今年は、ちょうどその時期の天候が不順で、雨や強風があったにもかかわらず、けっこう長持ちしてくれたのが嬉しいのだけれど、真冬に逆戻りの氷雨でおしまいです。できれば、晴天の下の(終りかけの)桜を撮りたかったのだけれどね。
2015.04.10





#133 またもや羽田空港

迷う私

残念なこと
本日のお昼は三合庵で蕎麦のつもりだった。

また羽田空港を利用することになって、 お土産を買ったあと近くの検査場を出ると、やっぱり例のフードコートのすぐそばだったのです。

で、まずは蕎麦前セットを、今回は、アサリと水菜、そして蕎麦味噌。お酒は前回選んだ醸し人九平次が無くなっていたので、寫樂(福島の酒だそう)を頼みました。そのあと、せいろを頼むかどうか迷い始めた。

その隣のお味噌屋さんのおにぎりセットが、今回は鮭とのりの佃煮のおにぎりプラスお味噌汁というので、試したくなったのです。お客もけっこう並んでいました。結局ここの蔵一セットを食べました。ことにのりの方が緑鮮やかだったのにちょっと驚かされたものの、なかなか美味しかったのですが、おにぎりが小振りだったせいで満腹というわけにはいかなかった。

そこで、今度は蕎麦にするかお寿司にするかで迷うことなったのです。ぬる燗も試して見たかったしね。しばし熟考したあと、蕎麦にすることに(お酒はすでに軽く飲んでいることに加え時間的なこともあってちょっと無理な気がしたのと、この前始めて食べた時の味を思い出したのです)。

食べてみると、もちろん決してまずいわけはないのだけれど、残念ながら前回の時のような感動はなかった(ほんのちょっと水っぽいような気がした)。開高のいう「知恵の悲しみ」を味わうことになったわけです。ま、僕の場合はそのあとで美食を重ねたわけではまったくないのですが、短い間にやっぱり記憶が美味しくしてしまったのだね。お店の人(3人に増えていた)の接客ぶりも気持ちのいいものだったのだけれど。


腰壁の人工葉

もうひとつ残念だったのが、フードコートのキャットウォークの腰壁に這わせられていた造花(というか、造葉)。いかにも作り物という風情で、趣きを欠くことおびただしい。今更ながら気になった。この日は快晴で、光が溢れていて葉を透かして見えたために余計に目についたのでした。ここは、奥行きの無さや高さの不足等いろいろと制約はあるけれど、 造葉も含めて植物を中心にもう少し手を入れるとずいぶん良くなりそうです。


満ちあふれる光と影

そのせいもあってか(たぶん、忙しいというだけでなく)、席はほとんど埋まっているものの長居する人はほとんどいないようでした。食べ終わったららすぐ席を立つ人が多いのです。 それに一人でいると追加の注文がむづかしいね。 光と影を眺めているだけでも楽しいのに。せっかくの温室ふうのフードコートの魅力と使い勝手をぜひ高めてほしいと願うのです。
2015.04.04





#132 号外 2014年度 卒業式とパーティ

やっぱり一足先に春

おめでとう
卒業式の当日は、会場付近ではやや風が強かったことを除けば、素晴らしいお天気で良かった(去年は北風が強くて寒かったのです)。無事に巣立っていきました。

卒業式のあとのパーティは、つい最近までよく言葉を交わしていた学生も、久しぶりにお目にかかった学生も、ほとんど見憶えのないような学生も、みな元気で楽しそうでした。心の底から卒業を喜び、みなと過ごせたことを嬉しく思っていることが知れて、素敵なひとときでした。ここにも一足先に春が満ちあふれていました。


寄せ書きと写真

ところで、今年の卒業生にはたくさん頂き物をしました。卒業式の前に帽子とボウタイ卒業式にはさっそく着けましたが、実はこれがボウタイ初デビュー(さてどう見えたものか)。卒業式当日には写真と寄せ書きを組み合わせたものと花束を。翌日さっそく研究室に飾りました。




花は、はじめやっぱり今年の卒業生が焼いてくれた花瓶にいけてみたのですが、ちょっとバランスが悪かったので、手持ちのガラスの花瓶に。やっぱり花のある景色はいいものです(ずいぶん長い間忘れていたけれど)。

どうもありがとう。
さあ、新しい生活を存分に楽しんでください。
2015.03.25





#131 速報 '15 桜通信

一足先に春

今年も早かった
卒業式を数日後に控えた日曜日のこと。日射しに誘われて外を歩いてみると、もはやはっきりと春の気配。暖かいだけでなく、光は冬のきりっとしまった感じとはあきらかに異なって、明るさと柔らかさを増している。一気に春めきましたね。横浜の最高気温は18℃を超え、関東地方では20℃にも達したところがあったらしい。

まちに出た人たちの洋服もさまざま。もはや冬ではないとばかりに、肩を露わした女の人もみかけた。いくつかの地域で桜の開花宣言もあった。寒い冬は冬で魅力があるけれど、そこから解放されて暖かさを感じることのできる季節は、何ものにも代え難いほど嬉しい気分になる。


ヤマザクラ、2015.03.23

ソメイヨシノ、2015.03.23

で翌日の月曜日、学校に出かけて窓の外を眺めてみると、白い花が。窓を開けてよくみたら、ヤマザクラが案外多くの花をつけていました。とすればとばかりにカメラを持って外へ出てみると、ヤマザクラだけでなくソメイヨシノもいくつか花をつけていました。ちょっと北風が冷たかったけれど、うっすらともやのかかったような光で、昨日にもましていっそう春らしい感じがしました。

つい先日、いや昨日だってこんな感じではなかったのに。本当に一転するのだね。学生においても同様な面があります。それまでとは打って変わって、大化けするのです。もちろん、それまでの努力や取り組み方の変化等々それぞれに理由があってのこと。たとえば、演習を通して見てみると今年の卒業生にも何人かいました。

今年度の卒業式はこんな陽気の中で行うことができるのは幸い、と思っていたらまた冬に逆戻り(快晴だったけれど)。なかなかうまく行きませんね。きっと卒業生もこれから冬の戻りを感じる時があるかもしれません。しかし、必ずふたたび春が戻って来るのだからあきらめないでがんばってほしいと思った次第でした。
2015.03.25





#130 番外編 新製品ニュース・2

ちいさな無駄を恐れない

やってみるが勝ち
春休みに入ったあとから最後の入試までの合間に短い帰省した折に、ペンケースをもうひとつつくってもらうことにしました。

気に入ったかどうか、使ってやろうという人がたまに現れるのです。そこで、今度は革を選んでつくってみようと思っていたのだけれど、そんなに選択肢はありませんでした(薄さと柔らかさを兼ね備えていなくてはなりません)。お店の主人はいい革が入りましたからと言って、見本を切ってきますとわざわざ2階から持ってきてくれました。「鳴き革」と言って、畳むたびに音を立てるというのです。色は茶系が2種に黄色、そして赤の4色。実は色も変えようと思っていたのですが、結局赤とすることに(これは鳴きが弱いらしい)。


新旧のペンケース

全く同じものではつまらないので、前回内蓋の部分の上端を2点留めてもらうようにしたために、三角スケールが納まりにくくなったので、少しだけ上下に伸ばし、そして畳んだ時の表面に現れる縫い目が中央に来るようにしたのでした(さて、開けた時にどう見えるか。ほんとうは前もって確認していなくてはなりません)。今回はきちんとした図面はおろかスケッチさえも持たずに行ったので、伝えるのは現物と口頭で(今度は、もう少しちゃんと指定することにしよう)。


新しいペンケース内部

果たして、出来上がってきたものはといえば、はっきり言うとは期待はずれでした(残念)。縫い目は真ん中ではなかったし、紐を留めるボタンの位置も同じ(これでは最初のものと変わらない)。実は、もうひとつつくったというものも見せてもらったのだけれど、こちらは縫い目こそまん中だったけれど、傾きがさらに大きかった上に、表の蓋の部分に紐がくっついていたために、外すと革の表面がわずかに剥がれてしまっていた。おまけにプロポーションはほとんど変わってなかった(ま、はっきり言えば2つとも新作としては失敗作ですね。一体どうしたのかしら)。

それでも、実際に出来上がったものを見ることができるというのが良し悪しを判断するのにはいちばん。頭の中で、「ああでもない」、「こうでもない」、「……」と悩むより、やってみるのがいちばんの近道です。それから判断するのが良い。それが結局は早いのです。デザインの練習と思えば、失敗作も役に立つ。

もちろん、実際の建物はつくったあとで「だめだった」からつくり直すなんていうのは現実的ではありませんから、模型等で何度も確認します。洋服は試着できるけれど、住宅はそうはいかない(建て売り住宅やプレファブ住宅はこの限りではないけれど、また別の問題があります)。

少なくとも、設計課題であれレポートであれ、学生のうちはどっちにしようかと思ったら考え込むより先に(小さな無駄を回避せず)、さっさと試作してみるのが良い。それから出来上がったものを比べてみれば、うんとわかりやすくなるはずです(ちょうど、洋服の試着のように。皆さんは、最高の一枚を探し出すために、何着も試すでしょう)。

あれこれ悩んで時間を使うより、さっさとやるのが勝ちです。
2015.03.19





#129 歩いたり、自転車だったり

スローライフで行こう

こんなところに、こんなものが
帰省して、いつものごとく買い物や病院・薬局等に出かけていると、ちょっと別のルートを選びたくなることがある。

それで、今回も大きい通りではなく、一本中に入った道を行ってみることにした(借り物の自転車にはちょっとばかりきつくて長い坂があるので、これを避けようと言う魂胆もあった)。途中までは以前にも通ったことがあったのですが、ペダルをこぎ進めると縦格子が目に止まったので、自転車を止めて一枚パチリ(昨年来、縦格子ハンター)。さらに進むと珍しい光景に出会った。

なんと、今ではほとんど見ることがなくなった床几があったのです。しかもふたつ、壁の前に並べられていました。そしてその少し先の玄関付近では、おばあさんがひとり植木鉢の手入れをしていたのでした(いいですねえ)。この光景を写真に撮りたかったのだけれど、ちょっとはばかられたので、帰りに撮ることにしてひとまず目的地へ向かいました。


花と床几のある通り

ふたつ並んだ床几

帰りによって見ると、ちょうど太陽の光も当たっていてまあまあ。狭い道に床几と植木鉢という組み合わせは、むかし探検していた非戦災長屋とその周辺の商店街を思いださせました。そして開高のこんな言葉も。「反時代的であることに誇りを持っている」、「良いものでいいものは守り抜く。どれもこれも共通しています。新しいものは絶え間なく勉強しているけど、守り抜く。……。昔のままを貫く。それを貫く気概と気迫があります」。「私はこういう精神の伝統が欲しい、と思います」。ロンドンを走る古いタクシーをの中で、英国の精神について語ったものだけれどね(我々はもはや忘れてしまったかのようです)。

ふつうの民家なのか確かめようと近寄って見ると、やや大きな入り口付近に何やら看板が見えたので読むと、印刷会社のようでした。木の板に描かれた文字も消えかかっていたので、たぶんもうやっていないのかもしれません。いわゆる仕舞た屋。しかし、帰ってから写真をもう一度眺めていると、その上にもうひとつ比較的新しい看板もあったので、きっとまだやっているのですね。(よかった)。


洋館風の家

下見張りの家

感心しながらゆっくり進んでいくと、何やら江戸期の藩医だかの旧宅跡やら、古くて趣きのある建物が2棟ほどあったりして、狭い田舎でもまだまだ知らないことが多いことを改めて思い知ったのでした。ところで、こうしたことができるのも、徒歩や自転車による移動だからこそ。自動車だったらこうはいきませんね。スローライフをもう一度見直さなければと思った次第でした。

もちろん、都会でなければ手に入りにくいこともあります。たとえば、図書館の中の蔦屋で見た田舎の本屋には珍しいアート・デザイン系の美しい書籍もそのひとつ(インターネットショップで簡単に手に入るじゃないかと言う人がいるかもしれないけれど、それとこれとは別。やっぱり、手にとって確認したいのです)。さらに、都会であっても、車による移動では気づかないことがあって、徒歩や自転車でのゆっくりした移動をすることではじめて発見できることがたくさん存在しているのだろうと思います。

これからは、自動車に頼らず、新しい自転車も手に入れたことだし(今までのものは学校にずっと置きっぱなしだったので、なくなったり捨てられたりしたけれど)、できるだけスローな移動を心がけよう。このことが、案外ていねいに日々を過ごすということにつながるかもしれないような気がするのだよ。
2015.03.13





#128 またまた羽田空港 

進歩する世間、と私

囲われることのもたらすもの
また、昼時に羽田空港を利用することになって、さてどこで食べようか(いやどこで飲もうか)という算段になる。あいにく今にも雨が落ちてきそうな空模様だったので、例の温室風の(あ、中庭と考えるといろいろと不満があったのが、温室と考えたらずっとましな気がしてきた。マドリッドの駅を思い出したのです。行ったことはないけど)場所はやめるつもりだった。

ところが、たまたま入った検査場を出たところがすぐそばだということがわかったとので、これは出かけなければと思った次第。で、行ってみるとこのあたりはさらに進化していて、お寿司屋さんのお隣にはなんとお味噌屋さんが。こんなところで…と思ったのだけれど、おにぎりセットも売っているようでした(おにぎり2個とお味噌汁のセットが¥500。ただ、鮭とツナマヨ、というのがちょっと……。若者には人気のようだけれど)。


新しく出現した蕎麦屋*

おっ、と思ってさらに歩を進めると、今度はお蕎麦屋さんが現れた。なんだか美味しそうだったのでお寿司はやめることにして、まずは蕎麦前セットなるものを(蕎麦味噌、おから、壬生菜だかを炊いたものちょっとずつと日本酒)。こちらは¥1,080と案外高いのですが、お酒はいくつから選べるようになっていて、僕は「醸し人九平次」の純米大吟醸を選択しました。それからしばらく待って呼ばれて受け取ったあと、中庭風のところへ出ようとしたのだけれど、運ぼうとしたら他に荷物もあったせいでお盆が揺れて蕎麦猪口に入ったお酒がこぼれるので、断念。やむなくお店の前のテーブル席に座りました。

さすがに、これだけではお腹が満足しないので、せいろを追加したのだけれど、これが存外に美味かった。丸い竹笊に盛られた薄茶色の細い蕎麦は角がぴちっと立っていて、いかにも江戸前の蕎麦という感じがしたのでした。ただね、そば湯が欲しくて聞いたら、カウンターに置かれていたポットに入っていたのでした。そして、勘定をしてくれた人がまだ慣れていないのか、マニュアル通りという感じがしたのと料理にも加勢しているようだったのが残念(ま、手はその都度洗っているのでしょうね、きっと)。


寿司屋

まあ量もそこそこにあったのですが(老舗と呼ばれる蕎麦屋でせいろを頼むと、ほんのひとつかみほどで3口も食べればなくなってしまいそうなものがあります)、まだ食べ足りないので、勝手知ったるお寿司屋さんを覗いて、コハダと鯖をひとつずつ。

そして、勘定をしようとすると、熱燗が…という声が聞こえたので、念のために聞いてみると(ここは面倒がらずにちゃんとやります)、熱燗は時間が頂戴できればお出ししますというのです(以前にぬる燗を頼んだ時には、燗はできませんと言われたのだけれどね)。ここでも、世間は着々と進歩しているのだね。進歩しないのはわが身だけか、と思うとちょっと寂しい。


温室風中庭

今回はこはだと鯖の載ったお皿とお茶をお盆に乗せて中庭へ。暗い灰色の空の下もあんがい悪くなかった(嵐の時に家の中で温々としているような感じです。おまけに晴れた時には邪魔に思ったガラスの屋根には水滴が滑り落ちるのを見ることができる)。いまさらだけれど、デザインの善し悪しを問わず、建物というのはなかなかいいものだなあと思ったのでした。おまけに、中庭風、いや温室風の空間も写真に撮るとまるでうんと小型のマドリッドの駅のように見えなくもない。

そう言えば、HANEDA ISETANも少し前から出現していましたね。こちらはある時、歩いてなんだか懐かしい匂いがした。海外の空港の匂い(たぶん、化粧品の匂いに違いないのだけれど、僕はこれを嗅ぐと、どういうわけか海外の国際空港を思い浮かべるのです。デパートではこうはいかない)ですね。 こんな具合に、羽田空港は国内線ターミナルにおいても国際化がどんどん進んでいるようです。やれやれ……。

*写真がやや暗いのは、デジカメはオートで撮るべしという田中長徳センセイの教えを守っていることに加えて、フラッシュが嫌いなせいです。むづかしい使い方が分からないために違いないと思う人がいるかもしれないけれど……。
2015.03.07





#127 デザインにおける進歩 

古いデザインに惹かれる理由

むかしの名前で出ようとしたものは
まだまだ寒い日が続くけれど、日も長くなり、いつの間にか空の青さも変化してきていて、春も近くなったようです。


ホンダS660*

そんな日曜の朝新聞を読んでいると、またホンダが軽のスポーツカーを出すという記事が目についた。ビート以来19年ぶりという。ちょっと懐かしかったのが「S660」の名前。


ホンダS600**

ホンダにはかつて、「S500/S600/S800」という名車があったのです。今、こんなかたちの車があればぜひ乗ってみたい(ヘッドランプが文字通りまんまるなら、なおいい)。

読んでいくと後輪駆動、ミッドシップ、布製のソフトトップ、エンジンはN–BOXのものを流用、などとある。魅力的なところとそうでないところがあるけれど、スペックは実はどうでもいい(町中をふつうに走る分には十分すぎる性能に決まっているのだから)。

もう一度写真をみると、渦巻き模様に覆われていてその外観は定かではないのだけれど、たぶん欲しくない。全体のかたちは丸みを帯びていてビートよりもコペンやスズキの軽スポーツに近いように見える。これも我慢できるかもしれない(あんがいコンピューターデザインを感じさせないかもしれない)。しかし、ヘッドランプが今風というのか横長。丸目ではないのが決定的。自分がいかに視覚的な人間であるかということを改めて思い知らされたようで、ちょっと恥かしい。

もう少し付け加えるならば、古い車の方に惹かれるのです。そして、むかしの車、自動車らしさを感じさせる車のヘッドランプは、たいていまんまるです。シャープなかたちが嫌いなわけではないし、現代的なフォルムが美しいと感じる車もないわけではありません。でも自分が乗ろうとは思わないのです。ちょうど、ミースが自分自身は古いアパートメントに住むことを好んだように。

考えてみると、たいていの日用品は少し、いやだいぶむかしのデザインのものがしっくりくる(例外は、パソコンなんかかしら)。古いかたちのものが好ましいように思えるのはなぜなのだろう。すぐに、年だからとかノスタルジーだとか、あるいはまた情緒的だとか言われそうだけれど、そうなのだろうか。ともあれ、 いっそ外観はむかしの名車のままに、機械部分だけ新しくしたものが出ないものかね。 いくらかでもデザインと関わるような職業についていながら、ちょっとまずいかしらと思ったりもするけれど(やっぱり、まずいのか)。

そういえば、新らしいほうの「ミニミニ大作戦」(2003)には新旧のミニが登場するのですが、BMW製よりも古いミニの方がよく見えた(ハンドルを握るシャーリーズ・セロンは、どちらにも似合っていましたが)。 たぶん新しいデザインは、たいてい無機的で機械を感じさせるのが嫌なのかも、と思う。むろん機械であることには違いないのだが、それよりも慣れ親しんだ道具のようであってほしいのだよ。例えば雁が初めて見たものを母親と思い込むように、人間の場合も小さいころの記憶(忘れてしまっているとしても)から離れられないのかもしれません。

さて、「(狭義の)デザイン」に進歩という概念が当てはまるのかどうか(矛盾するようだけれど、なんとなく、当てはまらないと言い切ることはできないという気がするのです)。でも記号性があるのは間違いありませんね。丸目は古く横長で複雑なかたちの目は新しいとか、板をつまんで凹凸をつくりだすデザインは今日的というぐあいに。やっぱり僕は、古いものの方が好きなようです(少なくとも車に関しては、ね)。

* 写真はデジタル版朝日新聞のHPから借りました。
**写真はWikipediaから借りました。
2015.02.14





#126 ミースとアップル 

その類似と差異

デザインの意味の行方
卒業研究の発表会も済み、授業も終了したある日のこと。

すっかり人気のなくなったところに間もなく卒業を控えた学生が、ポートフォリオを作成するためにゼミ室へやってきた(彼は、最近の学生には珍しく、これから就職先となる建築事務所を探す予定なのです)。お互いにやることがあったので合間にちょっこっとだけ言葉を交わすだけだったのが、そのうちにミース、コルビュジエ、ライトを比較する話しになった(この3人は、今でも変わることなく、建築を巡る主要な話題のひとつです)。


バルセロナ・パビリオン外観

バルセロナ・パビリオン内観

はじまりは彼の一言、「なぜミースはコンクリートを使わなかった のだろう」(当時は、コンクリートが主流でした。しかし、ミースは主要な材料とはしなかったし、そのかわりに鉄骨とガラスを多用した)、と彼は言うのです。ま、あとで思い返してみると、ミースがコンクリートを主に使った建物がないわけではない(たとえば、誰もが知っているものとしては、1927年のドイツ工作連盟が主催したヴァイセンホフのジードルングのアパートメントや1930年のトゥーゲントハット邸)。しかし、彼の代表作というと、思い出すのはたしかに鉄骨とガラスの建築なのです(ただし、写真のバルセロナ・パビリオンは1929年の作ですが、ちょうどその中間のよう。もう一つ見たことのあるベルリンの新ナショナルギャラリー、1968年竣工のこちらは鉄とガラスですが、写真が見当たらない)。で、ちょっと考えてみた(彼らを対象とする研究者たちはもうあきらかにしているのだろうか。残念ながら、僕は知らない)。

もしかしたら、ミースが石工の息子であくまでも本物の石が好きだったから(または、その逆)?あるいは、ベーレンスの弟子だったせい(でも、コルビュジエもそうだ)?それとも、鉄とガラスを最も近代的な材料(より新しく、工場生産された材料)と考えていたゆえなのか?そう言えば、 “Less is more.” という有名な言葉がありますね。彼は、できるだけ要素を減らして、美しさと合理性を追求しようとしたのかもしれません。


ロンシャンの礼拝堂

これに対してコルビュジエはコンクリートを(たぶん石の代わり、しかも自由に造形できる素材として)愛した。そして、これは彼が画家でもあったこともたぶん関わるに違いない。それから、 ミースは都会的、近代的、これに対してライトはちょっと田舎っぽい、コルビュジエはその中間だ(彼の都市像はずいぶん都会的だと思うのですが)と言い、やがてアップルがミースと似ているのではというというふうなところへと進んでいったのでした。で、これについても思いを巡らしてみた。


Macbook Air*

アップルの店舗はガラスを多用し、シンプルです。むろん設計した建築家は店舗によって異なるようだから、建築家の特性はむろんのことだけれど、アップルの意向が強く働いているのに違いない。そして、iMacやMacBook Proそして MacBook Airのパソコンをはじめとして、iPhone、iPadといったプロダクトのデザインも最近のものはとくに余計なものを削ぎ落したシンプルの極みの現代的な美しさです。この点では、アップルはたしかにミースとよく似ている。ただ、素材のイメージでいえば、最近のプロダクトのうち、とくにiPhone5s**やMacBook Proはむしろ固まりを感じさせる点で、石、あるいはコンクリートに近いような気がする。

そして、アップルがつくる製品はシンプルだけれど、そのCFは人間を介在させて、製品そのもののデザインの特質よりもこれを使って人が何を手にし得るかを主張する。このことはミースとはずいぶん異なるのではないか。ミースの場合は、人間の存在、少なくとも説明を抜きにしても作品(建築や椅子)は成立しそうだ。彼は近代とはなにかということをものそのもののかたちで表現しようとしたように見えるのに対し、アップルの製品の場合はモダンを突き詰めたかたちでありながら、一方で人と人の関係を訴求するソフトが必ずセットされる。

このことは現在が、技術が進んだあげく、人と人の関係がきわめて稀薄になり、人とものの関係がきわめて複雑なものになってしまった時代であることをあらわしているのではあるまいか。そして、かたちの持つ有効性とともにその限界を知覚せざるを得ない時代、といってもよいかもしれない。

これもまた、「知恵の悲しみ」のひとつの表われ方なのだろうか。

以上、ちょっと長くなったけれど、ただいまのところの途中経過の報告。
* 写真は、これも見つからないために、アップルのHPから借りました。
**6になって,この固まり感は失われた。
2015.02.14





#125 古田織部展 

もっと遠くへ

個性の表現
先日、最終日になって失念していたことを思い出して、あわてて松屋銀座で開催された『古田織部展』を見に行ってきました。


古田織部展入口

出かけてみると、会場が狭いせいかはたまた最終日のせいか、月曜日にも関わらずすごい人出で、まるでフェルメールかダ・ヴィンチの作品が来たときのようでした。ガラスケースの前には隙間なく人が並んでおり、頭と頭の間にわずかに開いたスペースから覗くことしかできなかった(念のために会場の出口で、係員の人に聞いてみると、やっぱり最終日のせいで、それまではそうでもなかったらしい)。ともあれ、織部に関心を持つ人が多数いるということですね。観客はとみれば、その大部分が年配の人で、若い人の姿はほとんど見当たらなかった。そして、女性の着物姿が比較的目についたのは、茶道関係の人々が多かったのだろうか。

残念だったのは、織部が朝鮮でつくらせたという高麗茶碗が見つけられなかったこと(見たかった)。展示されている焼物の多くが美濃焼であるのは当然として、唐津焼もいくつか見られたのには驚いた(見慣れていて、親近感があるのです。高麗茶碗も唐津の方に近いものがあるような気がします)。

それにしても、織部はけれん味たっぷり。やり過ぎではないかというくらいに強調、拡張したのだと改めて思ったのだけれど、そのくらいしなければ師の利休を超えられなかったということかもしれないね。「もっと遠くへ」という気持ちがなければ、師の教えを守りながら、しかもそこから離れるということはそもそも無理であるに違いない。なにしろ利休は、何回か前にも書いたように「ならひのなきを極意とす」と言うのです。おまけに、彼が生きた時代は、かぶく人たちが出てきた時代でもありました。


銀座4丁目交差点

その後、天ぷらで昼酒のつもりだったのが、目当ての店は改装中でお休み。結局は、がっかりして戻る途中で目にしたお寿司屋さんで一杯やったのだけれどね。このビルは、どこも閉店セール中(ま、耐震工事のためで、リニューアル・オープンの予定らしいのは何より。銀座でも閉店ということになると、ちょっと…)。

それにしても、銀座のまちも大通りと一本入った裏通りと大きく違うことにも、今さらながら驚かされました。2015.01.31





#124 番外編 新製品ニュース 

ブライドルレザーのキーケース

縫い目の乱れも味のうち
昨年末の帰省した折には、キーケースをつくってもらうことにしました。

ずっと使ってきた赤いキーケースがだいぶくたびれてきて、焦げ茶色というかどす黒い色に変色しているばかりでなく、糸が切れてしまっている部分もあって、さすがにみすぼらしくなっていたのです。おまけに少し前に、「年取ったらきちんとした身なりでなければいけない」、と言われたというのを人づてに聞いたせいもある。いっぽうで、「着るものなんか」というのがイングリッシュ・ジェントルマンだという人もあるけれど(いずれにせよ、本人に風格があれば、気にすることはなにもないのですがね。残念至極)。

それで探してみたのだけれど、なかなか適当なものがないのです。革の種類と機能と値段のバランスのことですがね。革はブライドルレザーが断然好きだし、金具は(むづかしそうだけれど)真鍮が望ましい。それに、少なくともカード1枚(PASMO)を収納しなくてはならない。いくつか心当たりのあるメーカーのウェブサイトを覗いてみたら、どれも一長一短。その中でこれならと思ったのは、2万円ほどもするようでした(うーむ)。で、見つからない時は自分でつくる。例によって近所のバッグ屋さんに発注したというわけ。


キーケース 閉じたところ

キーケース 開けたところ

さて、その出来映えは、正直に言えば、やや残念な気がした。「出来ました」と言う電話を貰って、いそいそと出かけて行って受け取った時は、縫い目の乱れとピッチの大きさ(革が厚いのでミシンが使えず、手縫いとなった)がちょっと気になったのでした。しかし、しばらくするとだんだんこれでよかったのかもしれない、縫い目の乱れも味のうち、と思うようになったのです(だいたい、注文する時も寸法と簡単なスケッチを渡しただけで、デザインと言うほどのこともしていないし、値段のことを思えば、上出来)。

とくにベージュの革は使い込んでいくうちに色も変わるし、馴染んでくるはず。育てる楽しみがあります。2015.01.28





#123 気分が悪くて何が悪い 

言葉の力、言葉の罠

怒りの効用
ちょっと乱暴な表題で始めたけれど……。

「気分が悪くて何が悪い」と書かれていたのは、「風の歌を聴け」だったか。ごぞんじ村上春樹のデビュー作ですが、ほんとうにこの中に書いてあったのかは定かではありません。それが何の本だったのか、何をさしてのことだったのか、思い出せないのだけれど、いずれにしても初期の作品だったと思います。(なにしろ、うんと昔のことなのですから。今となっては、ほんとうに書かれていたのかということさえも……)。書評やら誰かの推薦やらとは無関係に手にした、しかも比較的近い世代の作家のによるほとんど初めて本だったのでした。だから、自分が発見した作家のような気がしていたのです。


村上春樹の初期3部作

本来なら、ちゃんと確かめて書くべきところだけれど、今はそれよりもこのことを書きとめておきたい(でも、その後でいちおう当たってみた。小心者。架空のアメリカ人作家であるハートフィールドの本の題名として登場したのは見つけられたけれど、それとは別のところでもあった気がするのです。やれやれ)。ともあれ、大人げないようだけれど、このところ気分が悪い。相当に悪いね(こう言うのも、思えばずいぶん久しぶりのことです)。村上の本の中にこの言葉を見た時のことはよく覚えていないのだけれど、同意よりもむしろ軽い反発を覚えたような気がするのに、……。


テロを伝える新聞

たとえば、世界の情勢。以前にも増して、剣呑な状況になっている。国内でも、原発の再稼働を巡る収賄の記事があった。どこもかしこも民族主義と経済のみが優先されているようです。さらにもっと小さな世界でも、他者をおとしめるような物言いが平然と行われていることがある(「貧すれば鈍す」ということなのだろうか)。たぶん全体ではないのだと思いたいのですが、これらに加えて自己中心主義の横行。まるで、教育やら、知性やらは役立たずだと言われているようです。僕も偉そうに言えたものではありませんが、それにしてもひどい有様です。本当に、気分が悪い(もしかしたら、自己矛盾か!?)。

しかし、今自身の生活を振り返ってみると、その時になぜきちんと「怒り」を表明しなかったのだろうという思いが強いのです。もし、ちゃんと自身の「怒り」をぶつけていれば、もう少しはましになっていたのではないかと思うことが時々あるのです(本当にそうなっていたのかどうかは措くとして)。でも、そうしなかったということは、自身の考え、自身の言葉に対する信頼、そして覚悟が足りなかったということに違いない。そのために、言葉の罠に落ちてしまったのかもしれません。昨年亡くなった、市民の側に立って発言し続けた経済学者の宇沢弘文の活動の源は「怒り」だったといいます。

声なき声ではいけないのだよ。きちんと表明しなければならない(声の大きさで、物事が決まるというのでは困ります)。たとえ、それが一時は軋轢を生じさせるとしても(きちんと話し合っても、理解しあえなければ縁がなかったと思うしかないのだろうか。ま、……その時はそれまでのことだと思い定めるしかあるまいね)。

他者の言葉を鵜呑みにせず、自分で考え、最終的には自分で判断し、恥じることの無いようにしたい。そのためには、個人を鍛えなければなりませんね。言葉の持つ罠に陥らず、自身の言葉を鍛え直さなければ、と思います(この年になってまだこんな有様というのが残念)。2015.01.20





#122 ハイヒールとフィッシュ・アンド・チップス その2 

正統について考えてみる

逸脱のすすめ
ちょっとおおげさに聞こえそうだけれど、一元的あるいは教条的な言い方に従いたがる人は、自分で考えることを放棄しているのでは、と思います。心ならずも教えられたことに縛られているのではあるまいか。 もしかしたら、その方が楽、 一回でうまくやりたい、失敗は避けたい、無駄なことはしたくない 等々のために無難な方を選択するのかのようにもみえます。たぶん、まだ自分の考えに確信、あるいは自信を持てないが故ということでしょうが、ちょっと短期的な考え方に過ぎるかもしれません。

これではつまらない。教わったことを否定してかかる必要はないけれど、「正統」は「正統」として知っておいて、しかもいったん積極的にそこから離れて考えてみるようにすると、あたらしい発見をもたらす可能性が高まるだろうし、おまけに「正統」に対する理解も深まるに違いない。とすれば、その結果「正統」にたどり着くか、あるいは「異端」に行き着くかにかかわらず、きわめて効果的なやり方のひとつです。

学ぶ、知るということは本来、自由になるための行為のはずですが、しかし、「知恵の悲しみ」という言葉があるように、必ずしも知れば幸せというわけではない。


開高健が食べたフィッシュ & チップス

たとえば、小説家開高健はかつて食べたフィッシュ・アンド・チップスの味を求めて訪れたロンドンで、「うまくないですな」と言わなければならなかったというちょっと残念な経験をした。つまり、初めて経験した味のほかには知らないままだったら美しい記憶をそのまま保存できたのに、その後、美味しいものを知ったが上に美味しさの基準が上がっただけでなく、いっぽう記憶はフィッシュ・アンド・チップスを美味しくし続けたので、そのギャップは大きくならざるをえなかった。

これは、たしかに不幸と言えば不幸ですが、それでも、知る方がよい、その方が豊かな結果をもたらすことが多いと思うのです。情報が氾濫する社会の中で生きる我々は、思いとは別に「知る哀しみ」を思い知るほどにはすでに知らされているし、もはや知ることから逃れることはできない。とすれば、「知ること」、「考えること」でしかこれを超えることはできないのだろうと考えるのです。そのためには、「正統」に盲目的に従属することから離れなければならない。


『シンメトリーの地図帳』と『柿の種』

寺田寅彦は『柿の種』の中で「俳句をやる人は、時には短歌や長詩も試み、歌人詩人は俳句もやってみる必要がありはしないか」と記した。これは、異なった目で見ることがもたらす効用のことを言っているのだし、また、オックスフォード大学の数学者ソートイは『シンメトリーの地図帳』の中で、自分の部屋が散らかっているために、1冊の「本を探すうちに、やがてそれとは別の、自身の考えを意外な方向に導いてくれる何かに行き当たる」と書いている。こちらは、逸脱することの効果に違いない。

ハイヒールの靴だって、これを履くと気持ちがいいという人もいるはずです。だから、「快適」ということをひとつとって見ても、簡単には決められないのです。

もしかしたらそれは両刃の剣となる可能性もあるけれど、ある事柄について考える時、一度は別の立場に立ってみる、あるいは積極的に逸脱することを心がけたなら、あたらしい発見があるかもしれませんよ。2015.01.17





#121 ハイヒールとフィッシュ・アンド・チップス その1 

また、機能と外観について考える

あたりまえを疑う
遅ればせながら、新年おめでとう。

今年のブログ初めは、このところ気になっていることから。

デザインするということは「美しいものを造ることではなくて、だれにでも使いやすいものをつくることだ」ということがよく言われます。とくに近年は、外見より内容という風潮が強まって、さらに勢いを増しているよう。

一見、正論のようです。さて、ほんとうにそうだろうか。

というのが、今日のテーマです。その「正論」は、わからないこともない気がするのだけれど、ちょっと変。やっぱりおかしいと思うのです。というか、それはデザインの一部に過ぎない。

「私が靴を愛するワケ*」のハイヒール

たとえば、ハイヒールの靴が無くならないのはなぜだろう。カッコ良く見える、背が高く見える、気持ちがしゃんとする、等々あるのだろうと思います。僕はハイヒールを履いたことがないので実のところよくわかりませんが(映画「プラダを着た悪魔」や「キンキー・ブーツ」を見るといくらかは想像できる。そういえば「靴に恋して」というのも見た)、少なくとも履きやすい、疲れにくいという意味での快適さからはほど遠いだろうということは容易に想像できます(久しぶりにレンタルDVD屋さんのドキュメンタリーコーナーを覗くと、59歳にしてピンヒールで歩き続ける「マドモアゼルC ~ファッションに愛されたミューズ~」というのがあったし、「私が靴を愛するワケ」というのもあるようです。これらを見てもう一度確かめることにしようかしら)。


「アメリカン・サイコ」の中のラダー・チェア

で、なんであるにせよ、履きやすさという快適さとは違った気持ち良さがあるということだね。椅子でも、座り心地はよくないけれど、見て喜びを覚えるものがある(たとえば、チャールズ・レニー・マッキントッシュのラダーチェア)。あるいは、考えさせるものがあります(たとえば、アレッサンドロ・メンディーニのラッスー。こちらは、燃やすためにつくられた)。こうした椅子が存在することに対して、目を閉じていてはいけない。軽々に意味がないと切り捨ててるわけにはいかない。このことは案外忘れやすいのですが、いつも意識していたいとのです。

つまり、使い易かったり楽だという意味での快適さとは違った価値もあるのだということ。これは、われわれの生活の豊かさとも大いに関わるはずです。

なんであれ、一元的な見方に留まっていてはいけないということ。これは別に変わった考え方でもなんでもない気がするのだけれど……。

それが、いわゆる常識や権威であったとしても、あるいは、自分自身の考えであるにしても、それを否定するというのではなく認めた上で、いったんそこから離れて自由になって相対的に見つめることによって、その時の場面においてどちらがよりふさわしいかを考えるということこそが重要なのではあるまいか。これは、絶対的な理念に価値をおくヨーロッパとは異なる日本やイギリスの考え方に近いようです。

*写真は「私が靴を愛するワケ」公式HPから借りたものを加工しました。2015.01.09





#120 織部に学ぶ 

デザイナーとしての態度

人としての矜持
今年は古田織部の没後400年という。

織部は戦国大名にして茶人 利休の弟子。 武将としての名は古田重然、織部の名は茶人として知られています。茶道に入ったのは遅かったようだし、利休の弟子となったのは40歳を超えてからだったのにもかかわらず、利休の精神を忠実に引き継ぐために、その教えを一字一句違えずに忠実に写し取ろうとした巻物「織部百か条」を残した。と同時に独自の美意識を持ち、師の教え「ならひのなきを極意とす」を実践して、師から最も離れて遠い地平へ行った。

鳴海織部茶碗*

その独自性は、織部焼きと呼ばれる器に最も現れる。たとえば、織部の代名詞のような青織部と呼ばれる緑色の釉薬と抽象化された絵柄(焼き物に模様を点けるのは織部に始まると言われる)、そして何より歪んだ形態。しかも用から離れることはなかった。

ふつう焼き物は産地名(たとえば、唐津焼、備前焼、美濃焼)で呼ばれるのに対し、人の名前がついているのは珍しい(そういえば、利休好みの楽焼きも同じだけれどこちらは姓の方ですね。ただ、利休焼きと呼ばれたのではない)。

師の教え通り、自由な精神を保って、伝統の継承と革新を同時に成し遂げながら、しかも機能を損なうことがないのだからなんともすごい。


薮内家燕庵**

利休好みは静謐、侘びにあったのに対し、織部の愛したものは雄弁で劇的。織部が考案した燕庵は織部と関係が深かった薮内流宗家の茶室で、利休好みの待庵の茶室の窓が1面にあるだけなのに対し、8つの窓を持ち、しかも亭主の合図で外に掛けられたすだれが次々に巻き取られて光が差し込み、暗かった室内の景色を一変させるという相当にけれんのある演出がなされる。

もうひとつ、利休が秀吉に切腹を命じられて追放された際、多くの門人が秀吉の怒りを買うことを恐れて見送りに来なかったのに対し、彼ともう一人細川忠興のみは静かに見送ったと言う(このことに利休は驚いたことを親しい人へ宛てた手紙に記している)。さらに織部自身も大坂冬の陣の頃から豊臣氏と内通していたとの嫌疑をかけられ、家康に切腹を命じられた。織部はこれに対し、一言も釈明せずに自害したといわれている。ちょっと情緒的な言い方だけれど、つくるものはやっぱり作者の人となりの反映なのだと思わないではいられない。

ともあれ、デザインについて考える時、日々の暮らしを思う時、あるいはデザインを取り巻く状況に違和感を感じた時にもこの古田織部に学ぶべきことがたくさんありそうです。もう少し、勉強してみたいと思うのです。

機能ばかりでカッコ悪いのは嫌だとか、逆に、カッコだけで全然使えないというのは御免というような人はぜひどうぞ。

没後400年のイベントとして、12月30日から1月19日まで松屋銀座で「古田織部展」が開催されます。

*写真はNHK「美の壷」HPから借りました。
**写真はTV東京「美の巨人たち」HPから借りました。2014.12.22





#119 日本人の美意識 

アイラ島の写真を見ながら思ったこと

簡素は貧相か
何回か前に取り上げたアイラ島の建物の写真を見た後で思い出したのは、日本との類似性(もしかしたら、われわれがもはやほとんど失いかけているかもしれない)、伝統的な美意識のことでした。そういえば、音楽でも好みが似ています。留学先のイングランドで精神的に参った漱石はスコットランドを訪ねた時に聞いた、日本人にもなじみ深いスコットランド民謡の旋律(たとえば、蛍の光や故郷の空がある)に慰められたと言います。

ともあれ、日本人の美意識を語る時、まず第一に挙げるべきは「わび」・「さび」でしょう。


表千家茶室不審菴*

日本を代表する美意識のひとつは「わび」・「さび」であることはまず間違いないと思いますが、うんと古いというものではありません。千利休らの茶道を通じた美意識、価値観から普及したものだから、400年とちょっとくらい。

国語辞書を引いてみると「侘び」は、「茶道・俳諧における美的理念の一。簡素の中に見いだされる清澄・閑寂な趣き。中世以降に形成された美意識で、とくに茶の湯で重視された」、とあります(電子版大辞泉)。 一方、「さび」は、「古びて味わいのあること。枯れた渋い趣き」、とある(同)。 2つとも動詞「わぶ」、「さぶ(錆ぶ・荒ぶ)」の名詞形であることからわかるように、いずれも元の状態から劣化した状態をいうものであり、これが転じて「簡素」であり、「古びていて」趣きがある様子であることをさして使われます。


初代長次郎作黒樂茶碗**

侘び茶を提唱し茶道の確立してわび・さびの美意識の完成者と言っていい利休が好んだ器に「樂焼」があり、 ろくろを使わず、手で成形します。すなわち、予め設計図や完成形についての固定的なイメージを持たずに、手を動かしながら土と対話し、発見し、触発されて造形するという手法をとっているのです(現在のコンセプト主義による作り方とは正反対の行き方です)。出来上がったものは、声高に、あるいは明快に自己を主張する代わりに、見る人に手の痕跡を残した表現の中に複雑な世界を見い出すことを促そうとするもので、かたちはシンプル(合理的)だけれどここにゴージャスな絵付けを施して自己主張しようとすることの多い西洋のそれとは大きく異なります。

だから、日本のものは貧相でいけないという人がいます。ま、感じ方や好みは人それぞれですが、日本にもゴージャスな建築、インテリアがないわけではありません。たとえば安土桃山時代の書院造り。二条城の書院は、まさしく豪華絢爛というのにふさわしい。 そういえば、こうしたお城のふすまを飾った狩野派も豪華、豪快ですね。 わび・さびの美意識の例として語られることの多い水墨画とは全く異なります(しかし、狩野派の始祖も水墨画を主としていて、大和絵を取り入れて力強い装飾性を持ったものに変えたのは2代目から)。磁器においても伊万里(一部)や九谷などがあります。あ、そういえば、利休にも秀吉の命を受けた黄金の茶室がありましたね。

ともあれ、ゴージャス、豪華絢爛、派手やかさといったもの以外に美を見出して心豊かに暮らすというのは、持たざるもののひとつの知恵ではあるまいか。いわば、やせ我慢の美。負け惜しみかもしれないけれど、豪華絢爛の世界とはほど遠い身としては、派手やかさよりも知恵に頼らないわけにはいきませぬ。余白の美もそうしたことから生まれたのかもしれません。

たとえば天井の高い家は成金趣味だと言って嫌った日本の大建築家がいましたが、少なくとも近世以降の日本の数奇屋の伝統的な住宅においてはそれが正統な感覚だったはず。そして、そうだとしたら、生き方も当然そうじゃなくてはならないのだけれど、これはなかなかむづかしそうです。何かにつけて、自己主張というものが出てきます。そのくせ、ほんとうに大事なことには目をつぶるということもある。

アタマとココロが異なるというよい例。真に大事なことを見極めて主張するのがいいのだ、と自省する次第です。

ところで、「わび」・「さび」を好む感覚は今でも生きているだろうか。美術館や名建築の中の非日常ではなく、自身の住まいという日常の中に、ということになるとどうだろう。谷崎の「陰影礼賛」の中で語られたあかるさについての美意識と同じように、思っている以上に早くから失いつつあったのかもしれません。

さらに、一般に言われるような日本人の美意識・美徳についても、それがほんとうに伝統なのか、あるいはしっかりと根付いて受け継がれているかということについては、今や懐疑的にならざるをえないという気がしているのです。

だからといって、「わび」・「さび」に代表されるような美意識、簡素を好む精神を否定するものでは、もちろんないのです。

*写真は表千家HPから借りました。
**写真は樂美術館HPから借りました。2014.11.25





#118 空港ふたたび 

非日常と日常

空間の開放性
学園祭の休暇の間に、武雄市図書館の2度目のインタビューなどのために帰省した際に、羽田空港を利用しました。

少し早い時間に着いたので、食事を兼ねてゆっくりしよう、以前取り上げたあの疑似半戸外空間、というかサンルームのようなところで昼食を取ろう思いました。あたりを探してみたのですが、見当たらない。ないと、ますますそこでなくてはという気になるのだね。そこで壁の案内図を見ると、12番搭乗口の近くにそれらしい場所がありました。今回の8番搭乗口からは少し歩くことになりそうだったけれど、もはやそこしかアタマにないので歩くことにしたのでした。


羽田空港フードコート 1

歩くこと5、6分で案外早くたどり着くと、確かにそこだったのだけれど、いつもとは逆の方向からだったし、おまけにいきなり吹き抜け空間に向き合うことになったので、新鮮でした。さらには、12時過ぎ頃でよく晴れた日だったために光が行き渡って、思っていた以上に気持ちがよかったのです。
 
もっと広く、もっと高く、もっと外気を、という気持ちは変わらないし、もう少し工夫があれば、うんと快適度が上がりそうです。広さは無理だとしても、高さやオープンエア化は何とかなるのではあるまいか。後は家具の配置や返却口をうまく隠せれば、ついでに緑の配置も考えて……(注文の付け過ぎか。そういえば、羽田空港には到着ロビーや出発ロビーへのエスカレーターのあるところも高く吹き抜けていますが、やっぱり横の広がりに断然欠けるのです)。


羽田空港フードコート 2

ややテーブル席の位置が窮屈だったり、直射光が目には入ってまぶしかったりしたけれど、こういうところで、ちょっと昼酒を手に本を読むと、いつにも増してゆっくりと過ごせるのだよ(この時は、例のインタビューに備えてあるフォーラムのレポートを読んでいたのですが、紀行文ならもっと良かったに違いない)。あかるい光(と影のコントラスト)は見るものを美しくし、人の気持ちを開放的にする。もちろん、深い庇の下から入ってくる柔らかな光の魅力を否定するものではありませんよ(当たり前のことですが、時と場合によってそれぞれにふさわしい楽しみがあるということ)。

それでもあたりを見回すと、みな忙しそうでしたね。動く歩道を行く修学旅行生たちは疲れているようだったし、中年の男性も急いでいる。他のテーブルは人もまばらだけれど、のんびりしている人は少なく、あっという間に席を立つ。ま、時間を効率的に使おうということでしょうか(そういえば、平日でした)。

日本の伝統的な建物の特徴は水平生にあって、高さを強調するような吹き抜け空間はほとんど持っていないから、日本的と言えばそう言えなくもないけれど、一方でいいものはためらわずに取り入れるという雑種性も有しているのだからね。また、日常と非日常、ハレとケの使い分けにも長けていたはず。それになんといっても、快適さや利便性に対する欲求では今や世界一と言えるくらいなのだから。こうした大きな場所でも、それを発揮してもらいたいのです。

やっぱり、効率性の追求や勤勉さというもうひとつの得意技が勝つのだろうか(あ、そのふたつともが僕にはないことに、いま気づいた)。2014.11.07





#117 秋の日は釣瓶落とし 

ウフィツィ美術館展

温故知新
このところ急に秋が深まってきたけれど、暮れかかってからくらくなるまでは本当にあっという間。アメ横で靴屋を覗いた時にはまだ少し陽があったので、写真を撮っておこうと急いで御徒町駅へ戻り東京都美術館へ向かったのでした。

ところが、車中から見る景色はみるみる暗くなり、上野駅へ着いた時にはもうすっかり闇に包まれていたのでした。ほとんど5分も経っていないのではあるまいか。しかたがないので、しばらく駅構内の本屋で時間をつぶすことにしたのでした。最近は大きな駅の中にはたくさんのお店があって退屈することはないのだけれど、(でもね)ビルの中と変わらないのだよ。またかと言われるのは必至だけれど、楽しさが不足していると思います。


ウフィツィ美術館展ポスター

さて肝腎の展覧会。ウフィツィ美術館の代名詞、フィレンツェのルネサンスの華ともいうべきボッティチェリの作品はいくつかあったものの、その代表作の「ヴィーナスの誕生」や「春」は来ていなかったのが残念。ちょっと看板倒れではあるまいか。その中では、「パラスとケンタウロス」が良かったかな。修復がなされていないのか、それともうまくなされたのかはわからないけれど、派手すぎない色調とパタン化された顔とはちょっと違う表情に惹かれました(そういえば、レンブラントの自画像を思い出させるようなものもあった)。

派手すぎないと言うのは、他にまるでグラビア紙に印刷されたかのようなぴかぴかの絵がけっこう目についたのでした。そして、この頃の絵は人物の表情も構図も案外パタン化されていることを改めて感じた。とくに人物の表情は、そして構図も、ほとんど作り物めいて不自然な感じがして楽しくない。たとえば、人物はそれぞれ役割を果たすことが求められたのでしょうが、別々に描かれているように見えるのです(「この意味では「パラスとケンタウロス」も同様です。もうひとつ、プロポーションがおかしいのが多いのはどうしたことだろう)。ま、こちらの教養不足というのは否めませんが、何と言っても今は赤瀬川*方式、欲しいか欲しくないかで見るのだからね。

その中で僕はリッピの絵が気に入った。そして、伊丹十三が、フィレンツェだったかヴェネツィア派だったかの画家について言及した時に、人物の表情が決め手だと書いていたのを思い出しました。

もうひとつ、ここしばらくの間に、展示方法が変わった。最近見た展覧会では背景に色を配することが増えた。濃い青やらピンクやら緑やら、ほとんどすべての展覧会でやっているのではあるまいか。たぶん、オルセーの改装の成功のせいでしょうね。照明も上からだけでなく下からのものもあった、おまけに絵は上から吊ったとき以上に斜めに傾けておかれているものもあった。こうした試みの中からいいもの、革新が生まれるのだろうと思いました。


賑やかな路地の酒場

その後、一緒に行った友人がお腹がすいたというので、駅の構内に入らずに少し下ってアメ横の入り口を進み、脇道に入ったところの焼き鳥屋でお腹を満たしたのですが、その周辺のありように驚かされました。屋台こそ出ていないけれど、狭い店からはみ出した席がずらりと道に溢れていて、まるで東南アジアの路地のようだったのでした。

猥雑だけれど、余計な理屈抜きにして楽しげで、なんだか生の喜びに満ちているようで好ましかった。こんなところにもオープンカフェの経験が生きているのかという気がしたけれど、たぶん昔はこうだったのだろうね。きっと巡り巡ってかつての姿にたどり着いたのに違いない。ということは……。

*赤瀬川原平が26日に亡くなったという記事が27日の新聞にありました。2014.10.28





#116 台風一過の空 

成長しない私

同じではない景色
先週、先々週とこの週末は大型台風襲来で大変でした。

あちらこちらで甚大な被害をもたらしたようです。

ただ、不幸中の幸いで、僕の周辺では大したことがなかったよう。台風18号の時は休校になったのですが、19号ではそんなことにはならなかった。19号の方は今年最大と言われたのに、横浜あたりでは昼間は全然その気配がなくて、夜になってようやく風と雨が強くなったかなという程度でした。翌朝、目が覚めて恐る恐る窓を開けて見たら、雨も風もなし。ほとんど台風の跡は残っていませんでした(ちょっと拍子抜けしたのです。玄関を出た時に、わずかに濡れた大きな落ち葉が数枚落ちていた。もう秋)。

もう一度顔を上げてみると、白い雲がわずかにあるものの、見事な青空でした。それにしても、台風一過の空はなぜこんなにも美しいのだろう。気象学的な理由があるのは当然としても、これはいつでも変わりません(前回の台風のことですが、お隣のHPには「まあ、ありふれた空であった」と書いてありました。こっちの方がいかにも泰然としていて哲学者らしい感じがしますが、実は写真を撮り損なった負け惜しみのような気も…)。


台風一過の青空 1

台風一過の青空 2

実は、台風一過の空については以前にも書いたことがある*ので、どうしようかと思ったのですが、やっぱり撮っておこうと思い直して、研究室から見た青空を切り取って、載せておくことにしました(写真だけではさまにならない気がしたので、文章も大急ぎでこしらえることにして)。

こんな気持ちになるのは、もしかしたら、実際の青空の変化以上に、台風が通り過ぎたというこちら側の気持ちがより美しく感じさせるのかもしれませんね。あるいは、われわれの日常の生活も、台風の時と同じように嵐が過ぎ去った後には落ち着いた空間が戻ればいいのに、という願望の表われなのか。

とここまで書いたところで、同じことを繰り返して書くのも嫌だと思って以前のものを読み直したのですが、その時も相当強力な台風で大きな被害をもたらしたようでした。おまけに、「いささか不謹慎な言い方ですが、どんよりと停滞し希望の見えない我々の状況—上から下まで、大きな世界から小さな社会まで、全世界のすみずみに至るあらゆる場所までと言いたいくらい—を、一夜のうちに一掃し、きれいさっぱりと洗い上げて、清しい世界に変えてくれたなら、とつい思ってしまいます(一歩間違うと、危険なことになりかねないけれど)。それでも、台風一過の景色に憧れてしまいます」とあった。

何だ、全く同じじゃないか。全く成長していないね(やれやれ)。で、この稿はボツということにしかけたのですが、気が変わってエントリーすることにしました。

台風一過の青空の美しさは変わらないが、そのありようは決して同じものではない(ついでに言えば、前のものを読んだ人がどのくらいいるかと考えると、はなはだ怪しい。まあ、文面も全く同じというわけではないし、受け取り方は違うかもしれない)。だから、「これでいいのだ」と思うことにしたのです。知らずに読んで、なーんだと思った人は、ごめんなさい。

*#047 台風一過
2014.10.15





#115 素朴で美しいかたち 

アイラ島の建物

ウィスキーとシンプルな生活
素朴な形態の潔さが生み出す美しさに惹かれます。近頃、ますますそうした傾向が強くなるのはどうしたことだろう。

ただ白い壁に切り妻が載っただけの建物。屋根は薄く、軒の出はほとんどない。壁には小さく開けられた窓がいくつか。そして煙突も何本か。何のへんてつもない、家や建物の祖型と言っていいようなかたち。

それは夕暮れの中にひっそりとたたずんでいて、平面的で、まるでキリコが描く街の風景かなんかの絵を思い出させるのです。小さな窓の中の淡いオレンジ色がわずかに、人がいることを感じさせます。

残念ながら、自分が見てきたものを思い出しているわけではありません。


ラフロイグ蒸留所遠景*

僕はいま、アイラ島の小さな建物の写真を見ながら書いているのです。「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(1999、村上春樹、平凡社)の中のごく小さな写真ですが、頁をめくると現れるアイラ島の街中の少し大きな写真や海に接して建っているボウモアの蒸留所もまったく変わるところはありません。

ふいにウィスキーに関する文章を読みたくなって、久しぶりに取り出して読む村上春樹の文章はいつもと変わりませんが、何でもない風景を切り取った写真に惹かれました(写真は村上陽子というクレジットがあるから、奥さんでしょうか。たぶん、プロの写真家ではないはず)。ただ、その魅力の半分は写真家の技術の巧拙というよりも、たぶん被写体にあるような気がする。写真の頁もたとえばグラビア紙のような特別な紙が使われているわけでもなく、ごく当たり前のものです(と言ったからといって、写真家の腕はどうでもいいというのではないよ)。

もはや、これ以上は削れないというくらいに単純化された建物のかたちと、穏やかな海を挟んでその背景にある低い山と雲の多い空とからなるアイラ島の風景が、簡素で余計なもののない美しさを体現しているせいなのだと思うのです(アイラ島の蒸留所の写真は何度も見たことがあるけれど、いつ見ても素晴らしい)。村上春樹ならばきっと、そこに「静かな悲しみのようなもの」が染みついているから…、と付け加えるかもしれませんが。

ぜひ、訪ねて、見てみたいのです(実は、旧知の3人組—他の2人は僕より年下ですが、若くして会社を率いるという責任ある地位にあった—の会の席で、2人のうちの一人が、「くたびれる前にもうすぐリタイアするから、その時はスコットランドの蒸留所巡りをやりましょう」、と言うので楽しみにしてきたのです。もうそろそろ頃合いだという気がするのですが、どうやら彼らはふたたび元気を取り戻したらしい。ま、それはいいことに違いないのだろうね。僕は、今でも楽しみにしているのだけれど)。


アイラ島の港の集落*

アイラ島の民家*

そして、自身の生活 とこれをとりまく世界が、この風景と同じように(美しくとは言わないけれど)シンプルであったならば、と願わずにはいられないのです。

ウィスキーをつくっている人々のことばも行為も、その景色と同様に、「潔さ」に貫かれているようです。

たとえば、子供が生まれた時にはウィスキーで祝杯をあげ、葬式の時もウィスキーを飲む。しかも、埋葬の後「飲み終わると、みんなはグラスを石にたたきつけて割る。ウィスキーの瓶も割ってしまう。何も後に残さない。それが決まりなんだ」というのです。……。

また、「みんなはアイラ・ウィスキーのとくべつな味について、あれこれと細かい分析をする」けれど、「ここに住んで、ここに暮らしている俺たちが、このウィスキーの味を造っているんだよ。人々のパーソナリティと暮らしぶりがこの味を造りあげている。それがいちばん大事なことなんだ」と。

なんだか、樽の中で潮風を吸い込んだり跳ね返したりして生まれたアイラ独特の香りが「人々の心をなごませ慰めるんだよ」という、シングルモルトのウィスキーこそがいま飲むのにふさわしいような気がしてきて、また飲みたくなった。……。美味しい。おっと、止まらなくなりそうです。

* 写真はislayinfo中のphotoblogから借りたものを加工しました。
2014.10.11





#114 広場の存在と不在 

たしかに世界は狭くなっているけれど

DNAは変わらない?
前にも書いたことがあるかもしれないけれど、僕は紀行番組が好きで(実際に出かけることができないのが要因かも)、妹夫婦に頼んで録画したものを送ってもらっているのですが、これらを観るたびに、羨ましいと思うことがあります。

街や村の風景や人々の暮らしぶりはもちろんですが、大きな駅舎*や空港を見るたびに、わが国のそれとの違いを思い知らされて、ため息をつきたくなるのです。


ユーロスター発着駅当時のウォータルー駅

東京駅丸の内駅舎内観

ヨーロッパの(主要な)駅は、コンコースやプラットホームが広くて、天井が高くて、ガラスの屋根が掛かっていて、開放的な広場の趣きがある(こんなことばかり書いていると、高ければ嬉しがるおめでたいやつと思われそうです)。このため、まさに人が集い、そしてそれぞれの目的の場所へ向かって離れていくという場所にふさわしい。これに対して、わが国のそれは、大きさにかかわらず高さがなく建物の一部であることを認識せざるを得ないのです。わが国の駅が日常の延長であるのに対して、彼の国のそれは非日常的な経験を生む空間となっているように思えるのです。

これは、建築空間の特徴がそのまま表われていると言っていいようです。
すなわち、高さと垂直の西洋に対して広がりと水平の日本。

このことが、人の暮らしのありよう、とくに他者との関係に大きな影響を与えているのではあるまいか、という気がするのです(といって、とくに検証したわけでもないのだけれど)。

一方、日本に限らずヨーロッパでも、小さな駅や新しくつくられた駅についてはさほど違いがないような気がします。これは、経済や効率の優先のせいかと思うのですが、それでもいまだにこの違いを思い知らされることがあります。ヨーロッパでは、新しく計画された駅でも広さや高さ、そして外とのつながり(壁や屋根の透明性)、すなわち広場的、あるいは劇場的な特徴を備えた駅があるようです。

たぶん、町の成り立ちを見る時に、わが国が道の国であったのに対し、欧米は広場の文化なのだと思わないわけにはいかないのです(これは、「奥」と「中心」という概念の違いそのまま当てはまりそうです)。やっぱり、長い間積み重ねてきたことは、簡単には変わることができないないということなのでしょうね(江戸時代から明治に変わる時には、漱石が「未練なき国民」と記したように、国を挙げてそれまでの伝統を捨て去ることで大きな変化を遂げたわけだけれど)。

僕自身は、先天的に持って生まれた性格よりも後天的な力の方を信じるのですが、もしかしたら、DNAを侮ったらいけないということかもしれませんね。

林昌二は、自邸を設計する際、固い床の方がかっこ良く見えることは承知の上で、お酒が入るとだんだんお尻が床に近づく*(日本人のDNA)といって、カーペットを敷き詰めた柔らかい床にしました。

それから、DNAと言えばもうひとつ、水との関係がありそうです。欧米の場合は水を楽しむというか人と水との距離が近い。それも川や運河における親水性の高さだけのことではありません。とくにアメリカ(実は行ったことがないのだけれど映画を見るかぎり)では船着き場とは違って、ただ水を楽しむ(水の上で過ごす)ためだけの遊歩桟橋(イギリスではピアと呼ぶようです)がむやみにあるようですが、日本ではほとんど見かけません。

わが国の川の方が急峻であるといった自然的条件や安全性に対する考え方の違いがありそうだけれど、案外われわれ日本人は、自然が好きなわけでもないのかもしれないのかもと思ったりすることがあります。自然の姿を変えたり汚したりすることも、あんまり気にしていないように見えるのです。そういえば、万葉集や古今和歌集に登場する自然はきわめて限られている(すなわち、自然=記号としての自然)、と言うのです。

さて、グローバル化が進む中で暮らす皆さんは、どう思うのか、こうした違いに関心があるのだろうか。

*私の住居・論 丸善 1997
2014.10.08





#113 美術館展をはしご 

狭くなる世界

名品同士の切磋琢磨
展覧会をはしごするのは、やっぱり疲れる。一流の美術館の名を冠したものはとくにそんな気がします。

それは、ちょっと考えると、むしろ当たり前のことで、不思議でも何でもない。一流品を次から次に見るということは、その度毎に集中するし、しかも一人の作家だけでなく、美術館が所蔵するさまざまな作風の画家たちの作品を一度に見ることにもなるので、サクサク見るというわけにはいかず、その結果当然疲れるのです。


チューリッヒ美術館展とオルセー美術館展

で、今回出かけてきたのは、国立新美術館で開催中の美術展2つ。いずれもが大物美術館からのものです。ひとつはチューリッヒ美術館展、もうひとつはオルセー美術館展(こちらは前回ヴァロットン展の項で触れました)。いずれも名だたる画家たちの作品が展示されています。

このこと自体は素晴らしいし、ありがたいのだけれど、観客数のためか、それとも日常と非日常の違いのせいか、何となく忙しげで落ち着いてみることがむづかしいような気がします。現地の美術館で見る方が時間的には余裕がないはずなのだけれど、

ふだんは自分が持っていたいと思えるような作品に注目しながら見るので(だから、1巡するのは早い。「買えない」ということはきっぱり忘れます)、いきおい家にも飾れそうな小さい作品に目が行きがちなのです。急いで付け加えるならば、気に入った絵もう一度はじっくりと眺め直します(これは、赤瀬川原平に教わった見方)。

今回の2つの展覧会でも、まず欲しいと思ったのはやはり小さい作品で、たとえば、モンドリアン、キリコ、マグリットらの絵。


灰色と黒のアレンジメント-母の肖像*

しかし、いちばん惹かれたのは、それらの小品ではなく、ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834-1903)の『灰色と黒のアレンジメント-母の肖像』でした(これまで何回か書いたことと違って、約1.4×1.6mの比較的大きい作品で、とても家に飾れそうにはないのだけれど、傑作だと思ったのです)。ホイッスラーは、主にロンドンで活躍したアメリカの画家です。気になったので調べてみると、このほかに代表的なものとしては浮世絵の影響があきらかな作品もあるようでした。

ヴァロットンのところで書いた物語性ということで言えば、声高ではないけれど、物語性に溢れた絵と言えそうです。たとえば、ヴァロットンのような、直接的と言うのか劇的と言えばいいのか、作品が直ちに強いてくる物語性とは異なって、静謐だけれど見つめているうちにさまざまな想像を呼び起こすような作品でした(これは、奇しくも同行した建築家も同意見だったのでした)。


アトリウム

もうひとつ、改めて思ったのが、開放的な空間の魅力。とくにアトリウム、というか大きな吹き抜け空間は室内でありながらまるで外にいるかのような開放性を感じさせてくれて、いかにも特別の時間を楽しむのにふさわしいし、うれしい(実は、この魅力については次回にも登場する予定)。

会場の国立新美術館(2007)は、数年前に亡くなったメタボリズムの旗手の一人であった黒川紀章の設計です。けれん味のある作風で知られただけに、逆円錐形のコンクリートの空間を内包したアトリウムがあって、なかなか楽しいのです。

小さなガラスの板を何枚もつなぐようなファサードのデザインは、ジャン・ヌーヴェルのバルセロナの水道局(2005。ホテルに改装されるようです)に触発されたのではないかという気がします。おまけに、これもどっちが早かったのか微妙ですが、この水道局の形態もロンドンにあるノーマン・フォスターの俗称ガーキン・ビル(2004)にそっくりなのです。

やっぱり、絵も建築も同じところがあるようです。

* 写真はウィキペディアから借りました。
2014.10.04





#112 ヴァロットン展 

三菱1号館美術館の庭

都市のオープンスペース、またはポケットパークの悦び
このところ、急に秋めいてきましたね。

芸術の秋だというわけでもないのだけれど、つい先日、ヴァロットン展へ行ってきました。平日だというのに、ずいぶん混んでいたのに驚いた(主に中年以上のおじさんやおばさん。若い人はぽつりぽつりと混じる程度でしたが、フェルメールの時と同じくらいのにぎわい振り)。これまでほとんど知られていなかったはずなのに、パリで大人気を博したという報道のせいか、はたまた 「日曜美術館」や「美の巨人たち」といったテレビの特集番組のためだろうか。ま、メディアの力によるというのは間違いがないことでしょうね(かくいう僕自身だって、例外ではありません)。

先日見たバルテュスやデュフィもそんな気がしたけれど、画風はひとつではないようでしたね(当然といえばそうかもしれないけれど、その多様さはどうしたことだろう)。ピカソにもあったように思わせる絵があったし(図録を見返したらそうでもないような気がしてきたのですが、会場での印象を優先することにしよう)。僕はこういうことが時々あって、つい先日は、仙台で見たカンディンスキーの一枚にポップアートとよく似たものを感じたのです(よく知らないせいなのかもしれません)。

そして、浮世絵的な表現のあきらかな影響も、と思っていたら、彼の所蔵していた浮世絵が展示されていたのでした。白と黒だけによる版画もたくさんあったし(こちらは切り絵に近い)、そのせいだろう、と思うのだけれど、 絵も平面的でモノクロムのものに色彩を着けて描いたように見えるものが多かった。

そして、人物画の多くが人体の温度が感じられない気がしたのでした(そういえば、惹句に「冷たい炎の画家」とあった)。この他、イラスト的と思うものもあったし、セザンヌのようにパースペクティブを歪ませたようなものもあったのですが、これらは時代性を考えるとごく自然なのかもしれません。彼が活躍したのは19世紀後半だったのだからね。


三菱1号館美術館の入口

僕がいちばん見たかった作品、近代フランス美術の殿堂のオルセー美術家に所蔵されており、今回の目玉、白眉とも言うべき「ボール」(これは、伊丹十三になら「なんと思おうが知ったことか」と言われそうですが、思っていたよりずいぶん小さかった。これはそれだけ優れているということでしょうね。このような例としては、最も有名なものとしてはルーブル所蔵のモナリザがある)を初めとして、思わせぶりと言うのか物語や時間の流れを喚起する仕掛けを強く持った絵も見られました。僕がしばらく一緒に仕事をしたことがある日本画家(こちらは静かな風景画でしたが)は、できるだけ物語性を排除したいのだと言っていたことを思い出しました(もちろんどちらが良いというのではなく、描く対象や意図によって異なる)。


広場に面した通路

入り口の前の広場

ところで、ヴァロットン展が開催された三菱1号館美術館は、以前にも書いた*ように庭というかビルに挟まれた外部空間があって、展示スペースから別のスペースへと移動する時に、その庭を見ながら休憩できるようにできています。これが、なかなかいいのです。 その庭には緑やベンチがあり、さらにはレストランやカフェのオープン席も設けられていて、ビルとビルの間の大通りに続く路地と小さな広場のようです。ちょうど秋めいてきた頃の気持ちのよい天気だったせいもあるのか、ここでくつろぐ人が多勢見られました。


オープンカフェ

ビルに囲まれた広場

帰りに道を間違えて遠回りをしてしまったために東京フォーラムの方に出ると、贅沢なオープンスペースに出会しました。さらに進むと大きなビル(見ると、東京ビルディングとありました)にはガラス越しに店内が見通せるお店が、そして張り出したテントの下にオープン席がしつらえられたレストランがあって、さらにはJPビルの裏手との間にはもうひとつ広い広場空間が現れたのでした。今まで、日本にはヨーロッパで見たような気持ちのいい都市の広場がないなあと思っていたのですが、ちょっと考えを改めさせられました。

それにしても、東京丸の内周辺は、日本でも有数の、もしかしたら、いやきっといちばん人々のための外部空間やポケットパークに恵まれた場所ではあるまいかと思ったのでした。こうした空間があちらこちらにあると、街に出るのが楽しくなるのです。

*本項#094 展覧会をはしご

2014.09.25





#111 街のリビングルーム 

使い方は、住民次第

考え抜かれたことが生み出した魅力と威力
先日、ゼミの学生たちと仙台と気仙沼に行ってきまきました。もちろん、震災とその後の状況を確かめるための研修旅行でした。 ちょっと遅きに失したようだけれど、これにはわけがあって、学生たちの間には被災地で見学したり話しを聞いたりするというのは不遜ではないかという気持ちがあったのです。しかし、語り部制度があることからもわかるように、たぶん住民の多数にとってはそうではなくて、むしろ当地以外の人々の震災に対する記憶が風化することを恐れているということのようでした。

でも、いずれにせよ現地に行かなければわからないということは必ずある。学生たちは、いろいろと感じるところがあったようだったし、いずれもが現場に真剣に向き合ったようでした(おまけに、 その後学校に戻ると、これからボランティアに行くと言う学生にも会った)。ともあれ、行ってよかった。


仙台メディアテーク

しかし、今回ここで取り上げることは被災と直接かかわることではないのです(被災地で考えたことは、また別の機会に)。で、ピンと来た人もいるかもしれませんが、今回の話題は仙台メディアテーク(2000年竣工)。伊東豊雄の設計によるもので、図書館を中心とした公共施設の建物です。

今さらという気もしますが、メディアテークは 、雑誌で見た時とは違って、 誰にも良さがわかるという建物ではなかったのではないかという気持ちを禁じ得ませんでした。もしかしたらほとんどの人が、少なくともその効果については半信半疑だったのではあるまいか。というのは、造形的には目を引くところはたくさんあるのだけれど、その使われ方についてはどのくらいの人が想像できたのだろうか、という気がするのです。

前面道路のケヤキからインスパイアされたとも聞いた(表参道のトッズビルと同じですね)という斜めに交差する何本もの鋼管による柱、外からも見通せるガラスの壁のインパクトはもちろんあるけれど、これらは彼が始めたというものではない。前者はたとえばコールハースがダラヴァ邸(1991年)でやっているし、素通しのガラスウォール、そしてダブルスキンというのも珍しくありません。

でも、こうしたものを組み合わせ、拡大して、実際に美しくて機能するものとしてつくりあげたこと、そしてその有効性に気づいていたことに脱帽するのです。

平面図を見ると各階とも事務や設備スペースといった最小の機能以外は、ほとんど固定されていません。というか、定められていないように見えます。こうした場合、もし学生が課題設計でエスキスを持って来たとしたら、たぶん「ここはどう使う?もう少し考えなさいよ」といわれるのがせいぜいではあるまいか。これを実現させるためには、意味があるという考え抜いた確信が不可欠だったに違いない。

実際に見てみると、造形的なインパクトは写真で見た時の方が勝っていたように感じたけれど、日曜の夜にもかかわらず、1階のスペースはカップルや待ち合わせの場所として使われているようだったし、7階のラウンジやスタジオは高校生たちの自習スペースとして賑わっていた(もしかしたら、仙台の高校生は勉強熱心なのかしらん)。また、その夜にはがらんとしていた地上階の多目的スペースも、聞けば、映画等のイベントのためのスペースとして賑わっているそうです。翌々日の午後にもう一度訪れた時も、さらに人が集まっていました。

これの理由はやっぱり、壁が透明であることをまず第1にあげるべきだろうと思います。外から見えるから、気になったらちょっと覗いてみようかという気持ちになるだろうし、閉じた空間ではないから、入るのに抵抗がない。そして、東北随一の大都会だから知っている人に見られるかもという心配も少ない(もし、気になるなら。でもむしろ、出会うことを期待している部分があるのかもしれません)。

設計者の伊東豊雄が、乗り合わせたタクシーの運転手さんに自身の作品について、「あそこは外観はかっこいいけれど、中に入ったらつまらないよ」と言われたことがどれほどショックだったか、その後の設計に対する姿勢にどんなに影響を受けたか、について告白する映像を見たことがあります。このことが生きているのだね。


仙台みんなの家

そして、学生たちは仙台の仮設住宅に併設された「みんなの家」(2011年10月。メディアテーク同様、伊東豊雄の設計)にも大いに感動したようでした。こちらは、伊東豊雄らしからぬどこにでもありそうな切妻の木造建築ですが、誰でも気軽に入ることのできる、まさに周辺の人々のためのリビングルームのようだったと言うのです。もちろん、その状況(仮設住宅に住む人々の多くにとって、広い空間や他の住民と会える空間が望んでも得られなかった)によるところが大きいことを忘れるわけにはいかないのですが、それでも、公共施設は 、少なくとも一部のあるものは、 まずは街のリビングルームや縁側、軒先になればいいのだし、デザインするものはこのことにこそ心を砕くべきではないかと思ったのでした。

さて、みなさんはどんなふうに思うのだろうか。2014.09.18





#110 木漏れ日 

光と影のつくりだす造形

見る喜び
横浜では、昨日久しぶりに晴れ渡った青空と夏の強烈な日差しが戻ってきました(今日も、暑そうです)。

コルビュジエは「光は、私にとって建築の最も重要な基本です。私は光によって構成するのです」と言い、カーンは「構築体は光を与え、(光は)空間を与える」と言いました。いずれも建築にとって、光がどれほど大事かを示した言葉です。

もちろん賛成しますが、同時にこのことは影の重要さを含んだ言葉だとも思います。光が当たればもののかたちを認識できるばかりでなく、よい建築の内外で光と影が相まって生み出す景色を堪能することができるというわけです。

しかし、これは何も建築に限ったことではない。見るもののほとんどについて言えるのではないか。少なくとも、僕自身が建築空間だけでなく外の景色を楽しむときも、その魅力の大部分は光と影のつくりだしたものによるような気がするのです。


空を映す水面

たとえば、山の緑や咲く草花、あるいは石や鳥居、地蔵菩薩等々、そこで見ることができるあらゆるものの美しさは影があってのことだし、 静謐で透明な水を湛えた水面に映り込む景色や風にそよぐ川面に射す光が反射してきらめく様についても同様です。

ところで、今年の夏の帰省で嬉しかったのは、川の水がきれいになっていたことでした。ゴミが浮いていたり泡立ったりしていた小川も、生活排水で濁っていた川も廃棄物が取り除かれ、見違えるほどでした。川の水がきれいだと、街全体が清潔になったような気がします。

でも、その後続いた大雨ですっかり濁ったばかりではなく、どこから来たのか誰が投げ入れたのか、いつのまにかビニル袋が浮いていました。一人ひとりが気をつければ何でもないことが、一人の不注意が積もり重なれば取り返すのに膨大なエネルギーを要します。他者のことに気を配れば、何でもないはずなのです(こういうことを「社会性」というのだね)。


木漏れ日をあびる石の階段

光と影について言えば、なんといっても木々の葉々から漏れる光と影のつくりだす光景がいちばん美しい。晴れた日の強烈な光による緑の色の鮮やかさとコントラストも、曇った時の柔らかなあかるさが生む微妙な色の変化も見ていた飽きることがない。毎日通っても、同じように見えても、やっぱり眺め入って、写真におさめたくなるのです(この項に、何度も似たような写真が登場するのはそのせいです)。

でも、今夏は記録的な雨続きで、晴れ渡った空と光と木々を目にすることができなかったのは返す返すも残念(今年は世界的な規模での異常気象のようですね。ばかばかしい言い方だけれど、人間の所業に対して自然が怒っているのではないかと思いたくなってしまいます)。

もしかしたら、建築においても、食べる、寛ぐ、仕事する、車を停めるといったいわゆる機能や合理性よりも、光と影がつくりだす魅力のための造形、形態が重要なのではあるまいかとさえ思えてきたりするのです(冒頭であげたコルビュジェもカーンも、機能の重要性についても説いたのだけれど)。

さて、みなさんはどんなふうに考えるのだろうか。2014.09.03





#109 半屋外空間 

アトリウムの誘惑

感覚的な喜び
帰省の時の羽田空港では、出発までの時間は、たいていアトリウム(と言っても、たいして高さのないガラス屋根が掛かった疑似外部空間)に行く。そして、だいたいと言うかほとんど必ずビールを飲む。今回は、相手がシンコとマグロの握り寿司だったので、初めて日本酒を頼みました(残念ながら、ぬる燗の用意がなくてしかたなく常温のものを。小さな瓶詰めの安い菊正宗もけっこういけました)。ま、そうやっていかにもオジサン的に非日常的な空間と時間を楽しんでいるつもりなわけだけれど、我ながらプアだなあ。


背の低いアトリウム

近頃は景気も回復してきていると言うし、街の中にはずいぶん前からオープンカフェも増えて非日常空間を楽しむ機会もほぼ日常的になったようですが、僕に関しては相変わらず非日常は非日常なままです。とくに、何本もの梁による光と影のつくる図を眺めるのは飽きることがない。

それにしても、どうして軽やかな屋根をふわりと掛けて、この空間(羽田空港南ウィングの出発ロビーに隣接するレストランやフードコートに挟まれた半室内空間)を最上階まで届く大きな吹き抜け空間にしなかったのだろう。幅が狭いせいというのかもしれないけれど、それにしてもわくわくするところがないのです。もしかしたら、マンウォッチングは楽しんでも、見られることは好まないということでもあるのだろうか。

そして、願わくば晴れの日はぜひ、一部でもいいから、オープン・エアにしてほしいのです。風が取り抜け、ガラスのフィルター無しで空を見ることができる。そうなれば、ここで過ごす時間の楽しさはずいぶん違っただろうと思いますが、辺りを見回してみてもあんまりそうした気遣いはなさそうです。

僕は同じ中間領域的な場所でも半屋内空間よりも半屋外空間の方を断然支持するのですが、ここは高さだけでなく幅もないし、テーブル席や植物やらと中のお店との間がただの壁でしかなく、おまけに食器の返却口が開けられているのが見えたりして、いっそう楽しさが減じて残念。

側を走る動く歩道をゆく人も、あんまり楽しそうな顔ではありません。もしかして旅が日常的になりすぎて楽しくなくなった?特別な楽しみだったことが日常になるというのは、それはそれで素晴らしいことではあるのだろうけれど……。


開放的な駐機場

トレイを返却して、扉のない店舗のゾーンへ戻ると、冷房が効いていて快適だけれど窮屈で、その向こうの駐機した飛行機の見える風景がはるかに楽しく感じられるのです。そして、ここでも鉄道の駅舎の場合と同じく、ヨーロッパのそれの方が広場の感覚があって心がときめくようで羨ましく思うのでした。このところ気になっているのが、たとえばマドリッド・アトーチャ駅の待合室。まだ行ったことがないけれど、まるで温室の趣きのようです。

わが国において優先すべきは楽しさの演出よりも効率の創出、感覚的な気持ちよさよりも物理的な快適さ、ということなのだろうか。とすれば、ちょっと寂しい。2014.08.23





#108 号外 カスティリオーニ×16展予告 

ゼミの成果を作品化

第1弾は8月3日オープンキャンパスで
今年の春学期のゼミでは、3・4年生ともに(別々にですが)「アッキレ・カステリオーニ に学ぶ」というテーマでやってきました。カスティリオーニの名前や作品は見たことがある人はいるはずですが、彼のデザイン手法については、あまり知られていないようです。

カスティリオーニ(1918 - 2002)はイタリアのデザイナーですが、そのデザイン手法はちょっと変わっていました。彼は、すでに存在しているかたちを別の用途に転用する、あるいは組み合わせることによって新しいものをつくりだすということをやり続けたのです。これは、他の多くのデザイナーとは全く異なるやり方です(このことについては 8月半ばに掲載予定の学科HPの教員コラムに書きました)。


カスティリオーニ×16展ポスター

学生たちは、その考え方や手法を研究するのと同時に、それに倣ってそれぞれが作品を作りました(なかなかいい出来のものがあります)。そこで、これを集めた展覧会を開催します。オープンキャンパスのイベントにも参加することになりました。ぜひご覧いただきたいと思います。

第1弾 8月3日 オープンキャンパス 1号館1階ホール
第2弾 9月下旬 1号館1階ホール予定

2014.07.31





#107 続・デザインはもう要らない

言葉の力、言葉の罠

小さな哲学者
残念ながら、誰からも意見は届きませんでした(うーむ)。しかたがないので、今までのところ自分で考えたことを。

さて、建築家に於ける自己表現ということについては、比較的簡単なような気がする。これは、建築家に限らず誰にでも当てはまりそうだけれど、たとえば、不機嫌のような単なる気分や個人的な気まぐれは、「(創造的な)自己表現」とは言わない(少なくとも、社会的に共有されることを意図したものではない)。すなわち、この場合、感情や気分が向けられた対象(問題)とこれに対する気持ちのありようは、きわめて個人的なものだから、一般に共有しにくいだろうと思います。

また、建て主の要請を型通りの(批評精神を持たない)やり方で実現しようとすることも、同様に自己表現とは言いがたい。


W・グロピウス、デッサウの校舎、1926

しかし、そこに彼/彼女の創意があれば、ことさらにアジテーションやマニフェスト、プロパガンダ的なものでなくとも、すでに自己表現となるのではないか、と思います。そこには、対象(たとえば、住宅や生活)に対する作者の考えや思想を含んでいるのだから。そして、それは共有化される可能性を秘めているのだから。

そもそも、それが何であったとしても、自己表現や自己主張の欲求なしには創造行為はあり得ないのではあるまいか。

一方、怒りの表現というのは、……。簡単ではなさそうです。

第一、怒りが込められたデザインというのは楽しそうではないですね。でも、怒りの表現はさまざま。必ずしも激しいものばかりではなくて、静かな怒りというものもある。そして、今ほど怒りが必要な時はないのかも、とも思います。

怒りという言葉をある確立された体制に向けられた異議申し立て、現状維持の閉塞感を打破し別の世界に(少なくともよりよい方へ向かうことを意識して)向かう、変革のための批評行為だと考えるならば、意味のある、きわめて重要な要素だとも言えるような気がしてきます。


W・グロピウス、アウエルバッハ邸、1924

そうだとするならば、ちょっと飛躍するけれど、表現者と言うか、何かをつくりだしたいと望む者は冒険のための冒険でもよいから冒険せよということになるでしょう。冒険そのものが、あるいはこれに触発されて新しいものをもたらすことがある。何回か前に書いた、バルテュスが「描きたいものを描くということよりも、独自な画家の存在理由を見つけるために新しさを付け加えようとした」ように見えたとしても、それは野心的な画家として当然のことだと言うことができる。となると、今度は自己表現とはどうつながるのだろう。

1人の人間の中にひとりの人物だけしかいないとは限らない。変革したい自分、何かをなしたい自分、自身が最も信じるものを表現したい自分、……。さまざまな自分がいるのがいるのがふつう(これは、当たり前、一般的という意味)ではあるまいか。

第2次世界大戦中とその後の日本の知識人たちの振る舞いを見てきた人がある状況に対して言う「沈黙は中立ではなく賛成」であるとか、その道を究めた職人の「天職というものはない、一生懸命やっているうちに仕事の方が近づいてくる」といった言葉などとの関係も気になります(その間の距離はそれぞれ異なるけれど、いずれもが現状に対する批評精神が重要ということに連なるはず)。

そういえば、少し前までは、言葉だけで世の中と向き合おうという態度は言葉をもてあそんでいるだけのような気がして遠ざけようとしていたのだけれど、ある時に絵を見ていて、これをどう見るのか、そこから何を汲み取るのかを新しい言葉で表現できれば、これもひとつの創造的な行為となるのではないかと考えたりしたことがあった。

それからまた、しばらくして、日本在住の米国人の詩人であるアーサー・ビナードが書いた「言葉にごまかされるな」*と題する文に接したのでした。彼は、「言葉は『人をだます』ためにも使われることを忘れてはいけない」と言います。もちろんこれは、集団的自衛権を巡っての言い方。

でも、ここで取り上げたいのはそのことではなくて、 彼はその前に、まず「言葉は何かを伝えたり、世界をおもしろく見つめたりするもの」と書いていたのです。その後半部分は、ぼんやりと感じていたことを、明確に示してくれたというわけ。だから言葉を軽視してはいけない。言葉は世界を発見する強力な道具なのだ。

ただし、言葉だけに頼るのも、依然として、きわめて、危険なのではあるまいか(たとえ、あなたが詩人だとしても)、という気持ちも相変わらずあるのです。バーチャル・リアリティは、決してリアルな世界とはならない。

耳触りのいい言葉を垂れ流し、あたかも何かを実現したような気になるのは何としても避けなければならない。自然体でつきあうと言うと聞こえはいいけれど、闘う(真摯に向き合う)ことをやめることかもしれないのだから(自戒しなくてはいけません)。

僕が、ことさらにコンセプトやらプロデュースやらという言葉を避けたい、極力使って欲しくないと思うのは、きっとそのためなのだ(たぶん、これらに実際に取り組んでいる人たちは、言葉だけをもてあそんでいると感じている人は少ないのだろうけれど。でも杉山登志**の例もある)。頭の中だけで作られたデザインはもう要らない。

恥ずかしながら、正直に白状すると、こう言いながら、僕はいろいろなことに対して真剣さが足りなかったようです(反省)。過ぎたことはしかたがないとして、残りはもう少し……、と思います。

お隣の先輩は、「小学生のための哲学」というものに情熱を注いでいて、それがとてもおもしろくて示唆に富むのだとしきりに言うのですが、さて、僕はこれから、小さな哲学者(小さなことをきちんと考える人)になることができるだろうか。

理屈っぽくなりましたね。また、どこからも意見は届かないかな。
*2014年6月27日朝日新聞
**本欄#31 2014.07.14





#106 デザインはもう要らない

自然体で、気持ちよく

気取りすぎず、粗野にならず
ついこの間まで、ゼミ室と研究室をしっかり管理して、ちょっとしゃれた空間にしようと思っていたのだけれど……。

でも、あんまりがんばり過ぎるのもかえって野暮なような気がしてきました。

身の丈にあった(あるいは、若い人はそれよりちょとだけ上、年取ったらむしろちょっと下くらいの)しつらえ方や暮らし方をめざす方が好ましいのかも、と思うようになったのです。

ふとしたことから自転車をまた買おうかと思いたって、検討し始めたら、今はまあいろいろなデザインや機能のものがあるのだね。それらを見ているうちに、ふいに思い至った。気取りすぎたり背伸びしすぎたら、それはむしろかっこ悪いのではないか、と。


今はちょっと

デザインされたという感じが勝った自転車は自分の日常の乗り物としてはふさわしくない。ふだんはカジュアルな服装が合うような生活をしているのに、自転車だけスタイリッシュというのはやっぱり変なのではあるまいか。それこそデザインされたモノが主役のようで(ふだんの生活が背景のよう)、主客転倒の気がします。

だいたい、専用の客室が欲しいという建て主に対しては年に何回必要でしょうかと問い直したり(滅多にその機会はありませんが)、よそ行きのような住宅よりも普段着の住宅が好ましいと言ったりしているのに、いざ自身の持ち物になると、ついそのことを忘れてしまいがちになる自分に気づいて、恥ずかしくなったのでした。

少々乱暴だけれど、このことを敷衍して言うならば、もはやデザインは要らない、ということになりそうです。

と書くと、誤解されそうなので、急いで付け加えるならば、デザインという行為が不要と言っているわけではもちろんなくて、過剰なデザインは要らないということです。あるいは、ただかっこいいだけのおしゃれなデザインは不要だけれど、気持ちのいいデザインが欲しいと思います(もうひとつ付け加えると、これは狭義のデザイン、形態のことが大部分となるようだけれど、必ずしもそれだけでもないような気がします)。

だからといって、おしゃれなデザインが好きな人の好みを否定しようとは思いません。それはそれでいい、かっこいいデザインを選べばいいのです。その人にとっては、十分に意味があるはずなのだから。

ともあれ、表象のデザイン(主に、目に見える外装や内装)に対する嗜好は、また、いかにもおおげさに聞こえるかもしれないけれど、生き方そのものではあるまいか — 何を選ぶのか、あるいはまた何を選ばないのか。このことは、意識するしないにかかわらず、外観についての嗜好や選び方は、 その人の暮らし方と不可分 で、案外、けっこう大きな部分を占めているのに違いない、と思うわけです。


これに籐製の篭があれば

で、現在ただいまの僕自身について言うならば、たとえば、毎日着ていても疲れない洋服や履いていてきつくない靴でありながら、かつ、さりげなくて美しい。少なくとも、清潔でこざっぱりとしている。そういうものやインテリアを持ちたいものだと思います。自転車なら、シンプルでどこにでもありそうな自転車らしいかたちで、ちゃんと泥よけのカバーや荷物を運ぶための篭がついているなら言うことはない。

と、ここまで書いていたところで、例の建築家と話しをしている時に建築家と自己表現についての話になった。彼の仲間の建築家が「建築家は本来自己表現するものではない」と言い張るということに対する疑義から話が始まったのですが、やがて「デザインには怒りが込められてなければいけない」と主張するところまで行き着いたのでした。

野暮だけれど解説すれば、「世界に迎合することなく、異議申し立てをする」ことがデザイナーの大事な仕事だし、ユーザーはこうしたものを選び取ってパンキッシュな態度を共有するのだ」ということだろうと思います。「ラコステのポロシャツやリーバイスの501のような定番を着て納まり返っている場合ではないのだ」というわけです(そのとき僕はラコステのポロシャツを着ていた)。

まいったな。知らず知らず耳障りのいい言葉の罠に陥ってしまっていたのかもしれない。それとも、楽な方を選ぼうとしていたのかしら(おおいにありうる……)。

これについては、 ぜひ皆さんにも一緒に考えてほしいし、メールででも知らせてもらえればありがたいのです。そして、(さて、何人いるかもわからないのだけれど)それらも参考にしながら、もう少し考えてから、改めて書くことにしようと思います。
*写真はブログTHE SARTORIALISTから借りたものを加工しました。2014.07.02





#105 インテリアの作法は暮らし方

境界面の扱い方

研究室訪問・いきなり完結編?
インテリアは暮らし方そのものではあるまいか。

と書くと、何とおおげさな、という声が返ってきそうです。

ここで言おうとしていることは、別におしゃれかどうかということでもなく、美しいかどうかということでもなく、片付いているかどうかでもありません。もちろん、これらが無関係とは言わないけれど、それがどうかというよりも、そのことこそが住まい手が大事にしていることがら(の一端)伺い知ることができるということ。だから、善し悪しということではありません。

いずれにせよ、インテリアには、それがなんであれ、そこを使う人の考えが直接的に表れるようなのです。

つい先日、研究室を訪問してルポルタージュしたら面白そうと書いたのだけれど、これがけっこうむづかしいことに気づいた。見たら何かしら感想を述べることになります。当然、好意的なものもあればそうでないものもあるでしょう。となると、まずいことにもなりかねない(ちょっと、甘かったね。まぬけでした。反省)。


境界面 01


境界面 02


境界面 03


境界面 04


境界面 05


境界面 06


境界面 07


境界面 08


境界面 09


境界面 10


境界面 11

で、材料だけを並べることにしたというわけです(これがまた簡単ではない。 あ、撮影許可は得ていないところもあるけれど、大丈夫かしらん)。あたりまえのことだけれど、いろいろなインターフェースがありますね。十人十色、いや十一人十一様です。

これまで、建物を計画するというのは、結局のところ空間同士の分節をどうするかであると言ってよいということを言い続けてきましたが、インターフェースをどうするかと言い換えても良さそうです(すなわち、二つの関係をどうするか、ということで、同じこと)。

学生諸君よ、この問題を考えたまえよ(まずは11例あるぞ)。「(学ぼうという気があれば)何からでも学べる」と教えたのは、パブロ・カザルス( 1876-1973 。偉大なチェリスト。パブロ・ピカソとともにスペインを代表する芸術家)でした。2014.06.28





#104 バルテュス展

自由でいるために

世評でもなく、私でもなく
話題のバルテュス展に行ってきた。

バルテュス(1908-2001)はフランスの画家ですが、 ピカソが20世紀最後の巨匠と評した画家だとか、 彼の父方はポーランドの貴族の末裔であるとか、 少女を題材とした絵(ちょっとスキャンダラスなところがある)を書き続けたとか、「ロリータ」で有名なナボコフが彼の絵のファンでその表紙を描いたとか、最後の妻はうんと年の離れた日本人だとか……。何かと話題に事欠きません。

実は行かないつもりだった。はじめは見ておこうと思っていたのが、そのうちにだんだん見たいという気が失せていったのでした。

なんだか扇情的なエピーソードばかりが喧伝されているようで、嫌気がさしたのです。それに、本人が「この上なく完璧な美の象徴」と言ったというテレーズをはじめとする少女たちの表情があんまり魅力的ではないような気もした(伊丹十三は、シモーネ・マルティニやピエロ・デラ・フランチェスカなど好きなゴシック末期〜ルネサンス期の画家たちを挙げて、その理由を彼らが「実にいい顔を描く」からと書きました)。

それが、テレビでバルテュスを取り上げた時、彼は少女だけでなく風景画も描いたこと、ローマのフランス・アカデミー館長として滞在した間は、建物の修復に熱意を注いだこと、そして展覧会では最後のアトリエを再現したコーナーがあること等を知って、もう一度興味がわいた(テレビの力も侮れません。ごめん)。

でも、これらも本来絵を見る時には不要なエピソードなはずだし、自分ではこうしたことを排除しようとしていたつもりだったのに、やっぱり逃れられない……、のかしら。今年はじめに開催された冬季オリンピックを時々見ていて、その度にいちいち泣かせるような情緒的なエピソードがついてくるのに辟易したのだけれど、結局は同じ穴の狢だったということか(ああ。やれやれ)。

樹のある大きな風景(シャシーの農家の中庭)**

彼はアトリエを5回ほど変えているようですが、3回目に当たるパリ時代の後のシャシー時代の風景画は、その期間以外の時期とは異なり、幾何学的で不思議なあかるさに満ちていて、モダンでありながら素朴な感じがして、ちょっとスーラ(1859−1891、フランス)を思い出した。点描画でもないし、スーラの絵のこともよくは知らないまま言うのだけれど(あ、これも不思議な雰囲気が漂うクノップフやルソーにも似ているところがあるような気がした*)。

もしかしたら、スーラやクノップフ(1858−1921、ベルギー)の淡い色調とキリコ(1888−1978、イタリア)やルソー(1844−1910、フランス)の単純化による詩情と静けさを合わせたらこんな絵になるのかもしれません(ただ、こちらには、スキャンダラスな面や批評性はほとんどなさそうです)。もう少し付け加えて言うならば、この時代の少女を描いた2枚も、他の少女たちの絵とは異なるように見えます。

良く取り上げられ、今回のポスターやチケットにも使われているいる有名な少女たちのポーズを描いた絵と、建物の復元への熱意との関係や、とくに、ほとんど別人が描いたようにも見える風景画という二つの絵の手法の間に、それぞれどのような関連があるのかが気になります。これらの間には相当距離があるけれど、それが同一人物の間でなされたのはなぜなのか。

少女の絵には相応の作為が込められているのは間違いないという気がしますが、それが何なのか。よもや、ただ奇抜さで世間を驚かせようというものではないでしょう(野心はあったとしても、画家として存在したかったはずなのだから)。それとも、描きたいものを描くということよりも、独自な画家の存在理由を見つけるために新しさを付け加えようとしたのかしら。

これはやっぱり見に行かなくちゃね。自分の目で見て、感じたことを確かめようと出かけたのでした(最近は、けっこう図太くなって、世評を気にしなくなっているのです)。


バルテュス展(東京都美術館)

で、見に行ってきたけれど、やっぱり良くわからない。思った以上に、その時々の画風には相当な違いがあるようだった。たとえば、その質感や人物の顔がルネッサンス時代のフレスコ画のようなものから、セザンヌの影響を感じさせる静物画や、浮世絵を思い出させるものまで(ま、時代を考えると当たり前ですね)が並んでいた。

美術館に着いた時、ずいぶん賑わっているだけでなく、その大部分、というよりもその全部が60歳を超えたとおぼしきオジサンとオバサンだったのはどうしたことだろう(もしかして、やっぱりテレビのせい?)。帰る頃になってようやく、中学生か高校生らしい女の子たちが何組か連れ立って入館しようとしていました(これが、たまたまのこと、あるいは時間帯のせいならばいいのだけれど)。

ぜひ出かけて行って、自分の目と心で確かめてください(東京でのバルテュス展は終ってしまいましたけれど)。展覧会やコンサートは、世間の評価と自分の感覚がいかに違うかを知るのにもよい機会と思えばいい。別に世間の基準に合わせることはないだけれど、「私は私」と決め込む必要もない。どんどん出かけて行って、自分自身を確認し、再発見し、成長すれば良いと思います。

僕自身について言うなら、いちおう自分なりに考えるところはいくつかあるけれど、結局はシャシー時代の絵が気に入りました。

*後でバルテュスが話題になった時、一部に挿し込まれたあかるさがホッパー(1887−1967、アメリカ)の「パキッ」とした光が似ていますねという人も居りました。
**写真はバルテュス展のHPから借りました。2014.06.16





#103 番外編 アイデアの練習

第2世紀突入記念第3弾

食卓が作業場
ごくたまに、それこそごくごくたまに、思い出したようにデザインの仕事が舞い込む時があります。それがたいてい、自分が何かしら転換期にある時。で、最近も何回かちょっと仕事が舞い込みそうな予感がした時があった(残念ながら、これは期待はずれに終りました)。

ともあれ、僕はよく思い立ってスケッチをします(風景やら静物やらというのではなく、こうしたらいいかもとかこんなものがあったらいいなといったようなもので、つまり画家のようではなくいわゆるデザイナー的な視点でのスケッチですね)。

自分の家のことであったり、ただいいなあと夢見るようなインテリアやエクステリアだったり。住宅やインテリアは、仕事が舞い込んで来ないため、また自分の家のことは借家住まいなこともあってなかなか実践できません(これが怠け者であるせいというのは、この際なしです)。

そこで、ここしばらくやっていることは、革製品のデザイン。小さなステーショナリーのデザインです。

ぼくは手帳が好きで、いろいろなものを使ってきました。既製品もいくつか試したのですが気に入らず、しばらくはカバー以外は自作していました。今はちょっとくたびれてきたこともあり、薄くて安くて使いやすそうなノート(野帳)が見つかったので、これをスタンプで加工することにして、さらに自作の簡単なスケジュールシートとあわせて使うことにした。そして、スケッチとメモ用にもう1冊の2冊体制です。

困ったのが手帳カバー。野帳は紙製とはいえハードカバーなので、ふつうはカバーは要りません(こちらが、真っ当な使い方)。ただ、カバーが痛みやすいのとその質感(これはこれで簡素で悪くはない)が今ひとつなのに加えて、革好きとしては裸では使いたくない。しかし、ちょうどいいサイズのカバーが見つからないのです(なぜなのだろう。スマートフォンには皆カバーをつけているのに)。


ペンケースと手帳カバー

そこで、自作することにした(無いものは自作する。モリスたちの教えです)。ちょうど田舎の実家の近くにバッグ屋さんがあって、そこの入り口のところにくるくると巻かれた皮革が置いてあったので、もしかしてと思って聞いてみると、注文も受けるという(おまけに、経済的にも負担が小さい。これも大事)。そこで、さっそくスケッチを持ち込んで、つくってもらうことにしたのでした。


ペンケース1号・2号

やってみると、これがけっこう面白くて、その後ペンケース、研究室から教室へ移動する時のためのトートバッグなどをつくってもらいました。先回帰省した時には、ペンケースと手帳カバーの改良版をお願いしたのですが、数日後には店頭にいくつか並べられていました(つまり、商品化されたということ。ということは、文房具デザイナーデビュー!?)。そうして使っているうちに、眺めているうちに、また不備が目に付き始めてくるのです。で、またスケッチするわけです。

本当ならば、自分の手でつくることができれば、それが一番よいのです。しかし、アイデアを手に取ることのできるものに変えて確かめるためには、人の手を借りることになるのもしかたがない(ま、住宅は、たいてい大工さんの手を借りるのだから)。

今まではけっこうアバウトな発注のし方だったのですが(だから、必ずしもイメージ通りとはいかないこともあった)、次からは革の種類や色など、はじめからもう少し細かな注文をつけるようにできたらいいなと思います(やっぱり、はやデザイナー)。こんな遊びをおもしろがって、つきあってくれると良いのですが。

そんなことで、僕は食卓の上で、裏紙やら切れ端やらに、スケッチをするのです(前にも書いた通り、ほんのちょっとした違いでも、書き直します)。つまり、「アイデア」を育てるための練習です(学生諸君が、おしなべて書き直しをしたがらないのはいったいどうしたことだろう)。

なかなか一発で良いものが手に入るというわけにはいきません。そして、実際に出来上がったものを確認しながら次のアイデアを練るという経験は、住宅ではなかなかできない経験です。だからこそ、何回も書き直し、作り直しをするのです。2014.06.16





#102 ある地方公共図書館の変貌(1)

第2世紀突入記念第2弾

コミュニティ・カフェあるいは図書館としての可能性
つい最近、話題になったことのひとつに、公立小学校が学習塾と連携するというニュースがあったことを覚えている人がいるかもしれません。

この是非はしばらく措くとして、当該の自治体はその前には市立図書館が民間業者に運営委託に踏み切ったことで世間の耳目を集めていたし、さらにその前には、市民病院の民間への委譲問題がありました。

そのせいもあってかどうか、図書館の運営に民間企業が参画することについての評価はまちまちで、毀誉褒貶が激しいのだけれど、インターネットで見る限りは褒めるにせよ貶すにせよいずれの立場も極端で、どちらかと言えば批判の方が目につきます。そして、批判は住民や他市の市民に多く、褒めるのはマスコミによるものが多いようなのですが……。

さて、どちらが正鵠を得ているのか。

正直にいえば、まずは僕自身も懐疑的だったことを白状しなくてはいけません。民間活力の導入といえば耳触りは良いのだけれどちょっとイージーで、下手をすると効率優先でサービスの低下にも結びつきかねないのでは、という気持ちがあったのです。しかし、実際に足を運んでみると、以前よりもはるかに賑わっていたのでした。

で、話は少しさかのぼるけれど、そこの見学と館長さんに話を聞く機会があったので、このことについて書こうと思います。その時に、館内の写真撮影の許可ももらいました(ちょっと不自由)。


館内

図書館に一歩足を踏み入れた時の印象はがらりと変わりました。以前はまず目にするのが数台のパソコンが置かれたスペースやレファランスに続く雑誌コーナーだったのに対し、今は蔦屋書店の企画毎に並べられたディスプレイが飛び込んでくる。 そして、ちょっと目を上にやれば、天井いっぱいまでの開架式書棚にずらりと並んだ背表紙の美しい光景を目にすることができるのです。 やや窮屈と感じるところもあるけれど、吹き抜けになった高い天井を生かした開放的で明るい書店と図書館になっています。


テラス席

さらに、高いところから下りてくる天井の先にはスターバックス。スターバックスで買ったコーヒーを手に書店の本を開くというのがひとつのスタイルとして定着しているように見えます。そして、併設されたテラス席もすべて埋まっていました。来館者は、以前の約3倍といいます(その後、間を空けて何回か訪れたけれど、ほとんどいつも変わるところがありません)。

これらのことについては、背の高い開架式書棚の危険性やスターバックス以外で買ったものを飲食するスペースがないという他にも、図書館というよりも「公設ブックカフェだ」というような批判がある。高い天井いっぱいの開架式書棚は、たとえばもっと大規模な安藤忠雄の司馬遼太郎記念館や隈研吾による六本木ヒルズの会員制図書館があるけれど、同様の批判があるのか検索してみたのですが見あたりません。

とも