素敵な空間、豊かな生活。

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ホームページの移設に伴って、名称を新しく夕日通信Ⅲと改め、初心にもどって皆さんとのやり取りを掲載するページにしようと思います。で、まずはこちらから、手紙を書くつもりで。

感想や近況等、(さて、あるかどうかは不明ですが)待っています。ぜひお便りをください。連絡やコメントを気楽にどうぞ。

また、ここに掲載するときに使う名前(コメントネーム?)もあわせて知らせくれると楽しい。 2019.12.24 夕日通信


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美食倶楽部


まずは訂正から。先日の文の中で「木村硝子製の『うすはり』」と書きましたが、思い違い。松徳硝子が正しい。面目ありません(当該箇所の文は修正しました)。

グルメ紀行のDVDを見ていたら、バスク地方の美食倶楽部が出てきた。場所は、近年美食の町としてつとに有名なサン・セバスチャン。スペインとフランスにまたがり、北側は大西洋ビスケー湾に接するバスク地方の都市(ゲーリーのグッゲンハイム美術館で有名なビルバオも近い)。ここには100年以上も前から美食倶楽部というものがあって、元々は家庭に居場所がない男たちが集まっていたらしい(今は、女性も出入りが許されているようだ。以前にも、別の番組で見たことがあったのを思い出しました)。


*

ここには本格的なキッチンがあって、会員たちが腕をふるって、皆で食事を楽しみながら、会員同士のつながりを深めてきた。会員の中にはプロのシェフもいて、長年通って料理をしているシェフの一人は、「ここでは、いつも完璧な料理じゃなくていい。気の合った仲間と食べるのがいいんだ」と言う。確かに。お店で出す料理ではそうはいかない。常に安定したおいしい味が求められるから、気が抜けないだろう。それが、美食倶楽部ではリラックスして、仲間のために料理するの楽しむことができるのだ。いいですね、美食倶楽部(まずは、ひとり美食倶楽部を始めてみようかな)。

さて、ひとり美食倶楽部の初ランチは何にしよう。本当ならば、スペイン料理にしたいところだけれど、パエリアはこないだ食べたばかりだし、卵料理もそう。仕方がない。ならばと、パスタを(パスタは、色々と味を変えられるし、何より手軽だ)。で、今まで作ったことがないジャガイモを使ったパスタを。菜の花と合わせたものが有名のようだけれど、あいにく今は晩秋、いやもはや初冬か。菜の花は来春まで待つことにして、ブロッコリで代用することにした。思ったより美味しかった。次は、ジャガイモのパエリア(というのもあるらしい。具材はなんでもいいのだ)にも挑戦してみることにしよう。

パエリアといえば、世界一のパエリア名人と紹介された女性シェフが作るのは、具材はエスカルゴとウサギの肉の2つだけが入ったもの。火はブドウの木を使う。そうすることで、火が鍋の中に回り込んで、燻すのとも違う独特の香ばしさを付け加えるらしい。やってみたいけれど、エスカルゴも、ウサギの肉も、ブドウの木も無理。エスカルゴはアサリで、ウサギの肉は鶏肉で代用するとして、ぶどうの木の火はどうしよう。うちには2口のガスコンロしかないのだ。

でも、明日はパエリアだ。休みの日ではないけれど、まあ天気は悪くなさそうだし、気にしない。いや、スパニッシュオムレツにするか。いっそ、タパス料理でバルを気取るのもいいかも。そのうちに、ランチメニューなんかもデザインすると楽しいかもしれない。

ひとり美食倶楽部は案外楽しめそうだけれど、その前に舞台装置(主にキッチン)を整えなければいけません(やれやれ)。


* 写真は、「地球の歩き方」のHPから借りたものを加工しました。


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2022.12.07 夕日通信

散歩の途中で ある朝の収穫


朝起きて、まずやることはラジオをつけること。それから窓を開ける。ただ、日曜日はテレビにします。日曜の朝のラジオは現代音楽の日なので、ちょっと苦手。おまけにテレビの方は、ニュースの後に、各地の季節それぞれの自然のありようを伝える『さわやか自然百景』がある。

でも、昨日の日曜は驚きました。7時を回ったばかりだったからニュースの時間のはずですが、目に入ったのはサッカーの情報。昨日中継していたのをちょっと覗いた民放だったかと思って、リモコンを操作したけれど変わらない。いくら日本が難敵のドイツに勝ったからといって、(ほぼ)冒頭からサッカーなのか、しかもずっと……。と思って新聞を見たら、今度は1面に日曜版の特集記事の紹介、「たかが髪、されど髪」とあった(やれやれ)。




そのあとの散歩では、落ち葉を数枚。いつものようにカメラを持って歩いていたら、真っ赤な綺麗な落ち葉が目についた。いいなあと思いながら歩を進めたのですが、思い直して引き返した。そこで拾ったのが、先のツヤのある小さな赤い葉っぱ。他にないかと思って探したけれど、なかなかうまくいきません。色が綺麗で、形がいいものは、簡単には見つかりませんね。

となると、断然気になり始めた。花より落ち葉。写真よりも拾い物。それで、ずっと下を見ながら歩きました。時々人とすれ違ったけれど、不審者に見えなかったらいいのですが。これはというものは見つからなかったのですが、ふと、傷や染みも味のうちと思い直して、何枚かを折らないようにしながら持ち帰ってきた。




それから、こないだ拾ってきたドングリを加えてみた。はじめてどんぐりが落ちていることに気づいて拾ってきたのは去年の秋だったから、もう1年が経ったことになる。早いねえ。ちょっとまいります。

その散歩の時には、アイフォンを持っていくのを忘れた。まあ、困りはしないのですが、ちょっと残念。果たしてどのくらい歩いたものか、わからないのだ(このところのアイフォンは、ほとんど歩数計なのです)。

葉っぱやどんぐりを皿に並べて写真を撮っていたら、白磁の長皿が欲しくなった(うーむ)。


追伸:2枚目の写真を撮ったあと、皿を動かした時に崩れた配置が案外よかった。さて、これは並べ方がイマイチだったか(ちょっと整然としすぎている?少し回転させるとまた違って見えるかも)、それともどうやっても美しいということなのか。この配置のしかたで、しばらく楽しめるかもしれません。事情があって、早めに掲載しました。


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2022.11.28 夕日通信

YEBISUのロゴ入りビアグラス


片付けるのは、むづかしい(ぼくにとって、ということです)。計画的に1箇所ずつきちんと仕上げていくということができないし(計画を立てるのは好きなのにね)、長い時間続けることが容易じゃないのです。それでも、極めてのろいスピードですが、ごくわずかずつ、変わりつつあるような気がする(希望的観測。片付け名人たちによれば、3日で家中を綺麗にするとか、4日で全て完了とかありますが、つい実際のところはどうしているのだろうと思ってしまいます)。先日は、しばらく食器棚に取り組んでいましたが、これを整理していると、使っていないものがたくさんあることに驚くのです。楽しいものもあるし、その存在をすっかり忘れてしまっていたものもある。




食器棚の下2段分と3段目の一部はいちおう入れ替えを済ませた。飾るためか使うためかの目的や、置くものの素材や用途でまとめようとしたけれど、それらの量や大きさとスペースとの関係で一部は混在することになった。ガラスの扉のついた上の段は未だ手つかずのまま。こちらもふだんよく使うものとそれ以外のものをうまく分けて収容したいのですが、同じ問題が起こりそう。こちらも少しずつです。

おまけに、ガラスの扉のヒンジの部分の不具合が目立ってきた。できるだけ早いうちに、修理を依頼しなければならない。まずは、頼めるところを探さなければ*(このこともあって、こちらは手つかずのまま)。

それでも、ほんの少しだけとはいえ、片付けが進むと嬉しいし、気兼ねすることなく堂々と飲んでいいのだという気にもなる。で、今回は何、どういう器で飲むかということについてです。




食器棚の中には、同じような用途のものが何種類もあることにも気づいた。たとえば、ビールグラスは、底に入った気泡が素敵なコスタ・ボダや飲み口が極薄の松徳硝子製の『うすはり』等々大小取り混ぜて何種類もあるのだけれど、いつも使うのはYEBISUのロゴが入ったグラス、景品でついてきたものです。あとは佐々木ガラス製の脚のついたもの、それからごくたまに、水を飲む時用のデュラレックス製も。

これってどういういうことなのか。もしかしたら読んでくれているかもしれない、皆さんはこんなことはないのだろうか。居酒屋風でちょっとパブを思い出させせる感じがするからいいのかしら。今度は、昼ビールの時は東洋佐々木ガラス製の背が低くて、大ぶりのコップを使ってみようと思っています。元はビール用ではないと思うけれど、ちょうど缶ビール1本分が入るし、たっぷりとしているので、ランチ時には良さそうな気がする。ワインの時はどうしよう。

こうしたことは、ウィスキー用のグラスの場合も同じ。まあ年を重ねたから、それなりにショットグラスからオンザロック用まで、何種類かずつ揃っている。一時はバカラ製のものをよく使っていた(さらに、卒業生が退職祝いに送ってくれたものが加わった。たしかに、持ち重りがして、美しいのだ)。それがいまでは、先のデュラレックス製ばかりを使う(もう一回り、大きいといいのですが。だいたい、ウィスキーを飲むことが減ったことに加え、昔はシングルモルトにこだわっていたけれど、今はたとえばウィスキーを飲み始めたころのカティサークやデュワーズのようなごくふつうのブレンデッドのものでいい)。皿の場合も同じで、洋風料理の場合は、ほとんどがジャスパー・モリソンデザインのちょっと厚手のアレッシィ製。ほかにももっと薄くて、きれいなものや楽しいものも少しはあるのに、です。

なぜこういうことになるのか。同じものばかり使うというのは、めんどくさがりやということなのか。それとも、……。

ものは、使ってこそ価値がある。僕はこれまでずっとミーハーというのか、つまるところ表層を撫でていただけという気がしてくる(やれやれ)。これからは、もう少し中身を知らなければいけません。CDは聴いてこそ、DVDは観てこその価値なのだから。

さて、いくらかでも取り戻すことが、できるだろうか。間に合えばいいのだけれど、と願うのです。

写真を撮った日のランチは、久しぶりにトルコ名物のサバサンド(ビールに合わせなくてはいけません)。バゲットに焼いたサバ(今日は手軽な塩鯖)とレタスと玉ねぎをはさんで、レモンをかけただけのシンプルなものです。僕は鯖が好きなので、時々作ります。特に、天気のいい日などは、とくにいいです(イスタンブールの海沿いで食べているような気分になるかも)。


* 製作してくれたところは、ずいぶん前になくなってしまいました。


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2022.11.23 夕日通信

小春日和の日のランチ


朝食を済ませた後に雨が降っていなかったら、散歩に出かけます(花ばさみを忘れずに持って)。はじめは道端の花を摘むことを目的にしていたのですが、知らない道を歩いてみようとしたり、毎日遠くの海を眺めることにしたりしていたら、だんだん距離が伸びてきた。

行く先々で、こんな家が建っていたのかとか、いろいろな木や花を見つけることができて面白い。こないだはずっと気になっていた道を初めて通ってみたら、行き止まりになっていましたが(クルドサック⁉︎)、その代わりに落ち葉を拾うことができた(ま、暇ですからね)。でも、何十年も住んでいるのに、すぐ近くのことさえほとんど知らなかったことに今更ながら気づいて、ちょっと感慨深いものがありました。

で、お腹も減るわけですが、勤めていた時は急いで食べなくてはいけなかったので、お昼はたいてい温かいうどんかそばだった。無職となってからはパスタ、というかスパゲッティが多くなった(ショートパスタは、なぜか機会がありません)。時々、ピッツァも食べます(こちらは自分で作るというわけにはいかないから、冷凍のものを。まあまあのマルゲリータを見つけたので、これにバジルを足して焼く)。

なぜかと言えば、すっかり昼酒に慣れたしまったせい。温かいうどんでは飲めません(ま、飲もうと思えばできなくはないでしょうが)。ランチのために、時々つくるカルボナーラ。今まではベーコンとパルミジャーノ・レッジャーノを使っていたけれど、いつものようにグルメ紀行のDVDを見ていたら、本場ローマでは、ベーコンではなくグアンチャーレ、チーズはペコリーノ・ロマーノだった(そういえばそうだったことを思い出したのだけれど、たいてい見たらすぐに忘れてしまうのです。ただ、初めは第二次世界大戦の終了後ローマに滞在したアメリカ兵が配給のベーコンとチーズを使ってつくったと言います)。

グアンチャーレはなかなか手に入らないけれど、ペコリーノ・ロマーノは近所のスーパーの中の輸入食品を扱うお店で手に入るようだし、量も手ごろなので、まずはこれを使って作ってみることにして、さっそく行ってみた。

ところが、残念ながら見つからなかった。その代わりに、同じ棚に生ベーコンがあった(これって、パンチェッタ?)。後から思えば、買ってくればよかった(僕はこういうことが多いのだ。やれやれ。やっぱり年のせいだろうか?人と会って話をする機会もないものね)。でもこうなったからには、次はグアンチャーレを用意したい。簡単には手に入らなそうだからどうしようと思っていたところ、自分で作ることができるらしい。でも豚の頬肉を手に入れるのはむづかしいので、バラ肉でパンチェッタを作ることをめざすのがよさそう(脂分が少なくなるようです。ベーコンと違って燻製しなくていいから簡単)。挑戦してみることにしよう。


*

で、仕方がないので、しばらくはふだん通り、一般的な塊のベーコンとパルミジャーノ・レッジャーノで作るしかない。でも、ちょっとがっかりしたので、今回はミニトマトのペペロンチーノにしてみたけれど、案外よかった(ソースと和えた後に、香りの良いオリーブオイルをかけるのが効く)。色合いも、小春日和のランチのぴったりです。今度は、バターとレモンのソースも試してみようかな。パッとつくれて、これも白ワインに合いそうです。

ただ、昼酒は週末くらいに留めなければいけない(緩かったジーンズが、ちょうどよくなってしまった)。正統ローマ風カルボナーラも、手に入りやすい材料で作るものとの差がどれほどのものか、しばらく先の週末を待たなければなりません**。そして、年金生活者といえども、平日と休日の区別をつけることを考える方が良さそうです(でも、例の『居酒屋シリーズ』を見る限りでは、ヨーロッパの年金生活者たちはたいてい昼酒で盛り上がっているようなのですが)。


* 盛り付けはイマイチ、もうちょっと綺麗に盛り付けられたらいいのですが、盛り付けにこだわることはできません。写真は一回だけ、何回も試すわけにはいきません。なんといったって、熱々のうちに食べなくてはいけないのだから(イタリアの小さなレストランでも、フライパンからお皿に直に移していて、こだわっていないところもあるようでした)。少量ならば、大きいフォークで巻き取って盛り付けるようですが、こちらは道具もないし、なんといっても主食なのでそうもいきません。でも、今度はセルクルを使ってみるというのはどうだろう。
** これにしろ、このブログにしろ、独りよがりの危険がありますが、残念ながら確認のしようがありません(せいぜい気をつけるようにしなければ)。


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2022.11.16 夕日通信

僕が映画と紀行番組が好きな理由


いつの間にか日没も早くなって、いよいよ秋本番(というか、もう立冬も過ぎて、暦の上では冬)。長い夜をどう楽しむのか。読書か、音楽か、それとも映画か。片付けはむづかしいので、もっぱらDVDを観ることが増えた(本は、ベッドの中で)。その中でも、映画と紀行番組を選ぶことが多い。それにごくたまにミュージックビデオを。

なぜ映画が、そして紀行番組が好きなのか。自分でも不思議な気がするくらい。で、ちょっと考えてみた(ま、他の人にとってはどうでもいいことでしょうけれど)。

一番好きな映画のベスト3は、いつものごとく『冒険者たち』、『男と女』、『アメリカの夜』で変わりません。でも、観返したくなって観て、やっぱりいいなあと思う映画は、また別(なぜか、ベスト3はあんまり観返すことがなくなった)。例えば、最近観たのは、『はじまりのうた』(監督は『ONCEダブリンの街角で』のジョン・カーニー。キーラ・ナイトレイは『ラブ・アクチュアリー』の時とは見違えるよう)、『踊れトスカーナ』、『八月の鯨』、『バベットの晩餐会』のほか、『ボトルドリーム』、『プロヴァンスの贈り物』(ワイン映画は、なんといっても、土と木と葉と空)など。そして、『ストリート・オブ・ファイヤー』も、つい先日観た。監督はウォーター・ヒル。いわゆるB級映画と呼ばれてもおかしくないかもしれませんが、僕はけっこう好きで、『ストリートファイター』、『ウォリアーズ』、『ザ・ドライバー』、『ロング・ライダーズ』等のDVDを持っている。続けて、『唇からナイフ』も(モニカ・ヴィッティの別の側面。いかにも60年代という趣だった)。




今また観たいなあと思っているのは、『マーサの幸せレシピ』、『リストランテの夜』、『ソウルキッチン』等のレストラン映画*をはじめとして、『リトルロマンス』(ラジオでヴィヴァルディの曲を聴いて思い出した)、『明日に向かって撃て』、『ハリーとトント』、『ラブ・アクチュアリー』(もうすぐクリスマス!)、そして『ワイルド・ギース』(ちょっと切ないアクション映画)等々、たくさんある。DVDの整理していると、さらに増える(先の『ストリート・オブ・ファイヤー』と『唇からナイフ』もその一つだった)。少しだけあげると、『イル・ポスティーノ』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『セント・オブ・ウーマン』、『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーズ』、『脱走山脈』、『キンキーブーツ』、『ショコラ』、『ビフォア3部作』等々。でも、持っていると思っていたのが見つからないのもあるようだったのが残念。早くプロジェクターをなんとかしたい!(そのためには、もう少し片付けてからと思っていたのだけれど……)。

ともあれ、こうしてみると、自分の好み、というか性格が改めてよくわかったような気がします(うーむ)。だいたい10年以上も前のものばかりで、新しい映画のことはよくわからないので、アマゾンプライム頼みです。この間は『ブルゴーニュで会いましょう』(もちろん、ワイン映画)と『幸せは、ここにある**』等を見ました。

映画と紀行番組を見ることについては、共通点がある事に気がついた。僕にとっては、この二つはどちらも擬似体験するものなのだ。ということは、裏を返せば現実にはできないということに他ならない。つまり、実際に体験できないことを映画や紀行番組で補っているのだ。ちょっと寂しいね。しかし、ないものはないのだ。仕方がない。なんであれ、不在を埋めるための代替作用としてやっているようなのだ。

先日も昼時に紀行(というかグルメ紀行)番組のDVDを見ていたら、もう一つのことに気づいた。世界の各地の酒飲みの実態が知れる番組なのですが、同時に人々のやさしさ、コミュニティ(あんまり好まなかった言葉ですが)としてのつながりを感じさせられるのです。例えば、不況の時のことを振り返って、居酒屋の主人が言ったこと。
「彼らをリストラするつもりはなかった」
「老後のために蓄えたお金は失ったけど、彼らを守れたことで心は満たされた」
 あるいは、
「経営者と従業員ではなく、家族のようでありたい」

また別の都市の居酒屋のオーナーは、
「居酒屋は文化だ」
「家にいては出会えない人たちが集う場所さ」
「そこで共有する時が実り豊かなものなのさ」
 と言う。

「ぬるいビールが掟」と言うのは、コッツウォルズのパブの酔客たちだった。「冷やしたビールを飲むのは、アメリカ人くらいのもんだ」とも。僕が経験した限りでは、イギリス人もたいてい冷たい(少なくともぬるくはない)ビールを飲んでいたはずという気がするだけれど(やれやれ。記憶ももはや曖昧)。まあ、テレビ番組や個人の経験というのはこうしたものだと思っていた方がいいのでしょうね。一方、別の番組で、日本のバーの主人は「ウィスキーは奥が深いし、魅力的ですし、人生をかけて追い求めていきたい酒」だと言うのを聞いた(これはこれで、学ぶことがあるし、他の国にもたくさんいると思うけれどけれど、今の心境としては欧米の先の居酒屋の主人たちのように、使命感もありながらも楽しもうという気分を忘れない方が好ましく思えます)。

毎回、昼酒は たいてい出てくるし、朝からビールという光景もさほど珍しくないので、ちょっと飲みたくなるのが難点。何日か楽しみました。居酒屋の主人に限らず、他の紀行番組を含めて登場する人々は、口を揃えて、自身の住む地域や村の良さを自慢し、住人同士のつながりを誇るのだ。

ともかくも、自分の人生が代替物に頼らざるを得ないということならば困るし、ちょっと寂しい。

ところで寂しいことばかりでは気分が滅入る一方なので、最近のいいことを一つ。ようやく、1年ほども待った後に、不具合のあった車を整備工場に送り出すことができた。しかも珍しいことに、中四日ほどで戻ってきた(信じられないほどの速さ!)。ラジオが聴けるようになったのは嬉しい(ラジオなしの運転は、ちょっと寂しい)。陥没していたシートも蘇って、正しい姿勢で運転できるようになった。その他の不調もほぼ解決した。嬉しい。あとは、塗膜が剥がれかけている木製のパネル類が問題(毎度のことだけれど、ちょっと負担が厳しいけれど)。


* 以前やっていた映画とインテリアについてのブログ(トップページ写真下のアイコンの一番右)でもいくつか取り上げています。『マーサの……』のほか、『ソウルキッチン』も『厨房で逢いましょう』もドイツ映画。ドイツは実は食の国なのか。『マーサの……』で使われていた音楽の多くを録音したレーベルECMもドイツ。
** 主演は『恋人たちの予感』のビリー・クリスタル(これまでは、ちょっと苦手だった)。


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2022.11.09 夕日通信

フードパントリーって何?


片付けは遅々として進みませんが、それでも配置換えする際に別のところに仮置きしたり、しまったりしたものが見つからないことが頻発。ついこないだはCDにプリントするためのトレイを壊さないようにと思って、ひとまず避難させたのですが、それが見つからない(その前は、小さな置き時計も)。これでは、以前と何も変わらない。探し物をしないで済むために、ものを減らそうとしているのに。探し物ばかりの人生は、ちょっと困ります(やれやれ)。

ところで少し前のニュースで、「フードパントリー」の試みの広がりを伝えていた。トラック協会やら何やらの団体も協力するという。でも、何をするのか分かります?食料庫のことなのか。そんなわけはないけれど、関係がないわけじゃない。食事を満足に取れないひとり親世帯や一人暮らしの高齢者世帯等生活に苦しむ人々に対して食料を援助しようというもののようでした。以前よく聞いた「フードバンク」はどうなったと思ったら、こちらは世帯や個人ではなく、施設を対象としたものらしいのですが。まあ、言われたら、なんとなくわかった気にならなくもないけれど……。




それにしても、何回も書いているけれど、なぜ「食糧支援庫」とか「みんなの食品配給室」とか(もう少し、ましな言い方でなくちゃ使えないのはわかっていますが、ここではひとまず措くことにします)、なぜわかりやすい日本語で言わないのか(英語でなくちゃ伝えられないわけじゃあるまいに)。経済で国力のことを言うのも結構だけれど、その前に言葉を大事にしないでどうすると思うのです。そういう意味では、政治家の物言いもひどいね。

いただきます、と言ったからといって何か食べようというわけじゃない。大臣が、急遽「指示をさせていただきました」というのはいったい何だという気がする。考える力も言葉によるところが大きいはず。軍事費を増やすよりも、国語の防衛に力を入れる方が、何倍も有効だと思うのですがね。

先日、老・中・若年の3世代の男女がランチの席に集まった時にも、国語についての話が出た。考え方は当然のことですが、それぞれ。ごくごく大雑把に言うと、「国語こそ国の要(権力者は、たいてい使用する言語を支配しようとする)」(と言うのは僕)、「ひとつの国に、複数の民族、複数の言語が存在している」、「言葉は変化するもの」と、論点もちょっと違った。

そして、そのあとでアマゾンプライムで観たスウェーデン映画の中で、退職した初老の男性が、何かと英語を挟んで喋りたがる若者に毒づく場面があった。ああ、どこの国でも変わらないのだなあと思ったけれど、果たして喜んでいいことなのか。それが国語を大事にしなければということだったのか、それとも年寄りの居直り、老害なのか。どうでしょうね。それにしても、知らないうちに随分ズレが生じてしまったものだという気がする(ま、当たり前といえば当たり前のような気がするし、しようがありませんね)。もはや、流行とは無縁でけっこうと思っているけれど。それでも、英語というかカタカナ語を挟みたがる癖に限らず、肩書きに「創作あーちすと」とあるのを見たりした時などは胸が悪くなるのだ。「わたし的には」というのも嫌だ(なぜ、わたしにとっては、とか、わたしはではいけないのか。なんだかいよいよ、年寄りの妄言のようになってきた)。

それで、若くして亡くなった職場の先輩(享年46歳)のことをふいに思い出した。彼は今の状況をどう思うだろうか。彼には、ずいぶん良くしてもらったのだ。これは別のところ*でも書いたけれど、就職したてというか、正確には正式に勤め始めるその直前の3月に開催された親睦会に出かけたら、その後でいきなり妙高高原のスキー場へ連れて行かれたり、いつの間にか週に2回、場合によっては3回、学生の部活動に付き合った後でテニスをすることになったり。そして、毎回しっかり飲んだ。時々、新宿まで遠征することさえあったのだ……**。まあ、驚いたけれど、ほんとうに楽しかったな。そして、途中でしばらくは口を聞かないような時もあった。それでも、彼が入院して亡くなってしまうまで、今でもなぜかはよくわからないが、本当に良くしてもらったのだ。僕には実際にはいないけれど、少し年の離れた兄のような存在だった(おっと、思い出話になってしまった)。

彼は国文学の研究者だったから、言葉には敏感だったはずだけれど、どう言うのだろうか。もちろん研究対象こそ平安時代のものでも、彼は現代に生きて現代語を話していたのだから、言葉が変わるものだということについては肯定するに決まっているのだけれど。

* この時の職場の同窓会誌の最終号。
** こんな生活をしないで、毎日真面目に勉強していたらどうだったろう、という思うことがありましたが、でも、後で奥さん(お世話になりました)に聞いたところでは、彼はどんなに夜遅く帰ってきても必ず勉強していたというのだ(ほんとうに立派な人は、たいていこうしたものでしょうね)。


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2022.11.02 夕日通信

なんでもお金。でも……




応募しようとしていた小説の締め切りを確認しようとしたら、すでに過ぎていた(ああ!来月だとばかり思っていたのに)。ちょうど1年ほど前に書いていたものを、提出前にようやく推敲に取り掛かろうと思っていたところだった。間抜けなことおびただしい(やれやれ)。毎日が日曜日の生活というのは、なんにせよ、こうしたものかも。ボケ防止のための仕事が見つかったということで、よしとすることにしよう。まずはこれをゆっくり手直ししながら、書きかけのものを再開するのもいいし、新しいものに取り組むのでもいい。とにかくはじめなければ(片付いてからなどと言っていたら、永遠に再開できない。なんと言っても、光陰矢の如し!)。

変なことは相変わらずですが、家の外でも気になることには事欠きません。


*

このところ何かと話題の、宗教団体の解散命令を視野に入れた調査の手続きに入るようです。でも、これに至る状況を考えるとやっぱり変という気がしてしまうのです。これが話題になる前と現在との違いは、さほどないのではあるまいか。霊感商法や多額の献金の集め方等々、以前から問題視されていた。それが、元総理の事件があって以降、急に大きく取り上げられるようになった。ということは、権力の側にある政治家は自分たちに害が及ばない限り、気にしないということか。今時の言い方をするなら、マジ恐ろしい気がしてくる、というところでしょうか(合ってる?)。これまで居直り続けていた大臣がここにきてやっと辞任して、総理も説明責任を認めたということだけれど、あんまり反省したふうでもありませんね(こうなることは容易に想像できたはずなのに、本当に愚かだったと思います)。もし解散命令まで行くなら、そうした団体と繋がったり、支援を受けていた他の議員の人たちも辞めざるを得ないというのが筋だと思いますが、きっとそうはなりませんね(蜥蜴のしっぽ切り)。

一方、政府は、マイナンバーカードの普及を急いでいるらしい。ただ、思惑通りに進まないようで、いろいろと手を変え品を変えて、促進を加速しようとしていますね(健康保険証と一体化については、当初は河野デジタル担当大臣のスタンドプレーと目されていたとの見方もあるようですが……)。先日のニュースによると、全国で最も普及率の低い群馬県では、手続きをした人にはいくらかのお金を付与し、さらに抽選で特産品が当たるようにしたらしい。

なんでもお金さえばら撒けば解決できる、とでも思っているかのようです。旅行の補助もそう。まあ、経済を潤おそうとする試みのはずですが、ちょっと人を甘く見ているのではあるまいか。しかも、目先の対応ばかりが目立つ。それよりも、根本的な解決をしてくれないと。たとえば、物価高はどうなるのか。円安はどうか(また介入したようですが、対処療法で効果は今回も一時的のよう)。電気代は、幾らかの補助をするというのだけれど、少し前までガス代は触れられなかった。これらの元々の原因は何かということについては、あんまり考えていないのではないか。以前にあったいくつかの給付金の一律配布の時は、対象範囲の線引きがむづかしいということだったようですが、随分あっさりと決められた。でも、このことは、政権のみならず、野党の提案も大して変わるところがないようです。

その前には、NHKが受信料を引き下げるというニュースがあったけれど、その財源は訪問勧誘をやめるということだった。まあいい面もあるけれど、一方では弱いものを切り捨てて本体の身を守るという、日本風のやり方のように見えるし、うまくないのではあるまいか。

とはいうものの、この風潮は必ずしも日本だけに限ったことではなく、大国の他国に対するやり方も同様(特に、従わせようとするときは、お金と軍事力に物を言わせようとするようです)。

なんだかなあと思うことばかりですが、政治に関心があるというわけでもなく、よく知っているわけでもないのに、このところはこうしたことに目がいく、というかここに書くというのは、僕自身の側が変化、というか変になっているということなのだろうか。一人だけで考えていると独りよがりになりそうで怖いのですが、それでも書くことによっていくらかは回避できるのではないか、という気もするのです。

そして、考えているうちに、でも自分だって似たようなことをしているのかもしれない、という思いがよぎって、恐ろしくなってきたのでした(自戒しなければなりません)。


* 写真は、2022年10月26日朝日新聞朝刊第一面。


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2022.10.26 夕日通信

不思議が解消!


先日も書いたばかりだけれど、なかなか秋晴れが続きませんね。で、思い出した。イギリス人はだいたい天気の話から始めると言うことを聞いていたので、ある時に試みたことがありました。

「……。そうそう、『日本には女心と秋の空』という言い方があります」
 と言うと、すかさず、
「お、いいねえ。確かにそうだよな」
 カレッジの宗教関係の重鎮は、我が意を得たりと言わんばかりに即答したのでした。それで、安心して、
「もしよければ、〇〇チャーチの見学のお口添えをお願いできませんでしょうか」
 とお願いしたのでした。にこやかに応じてくれるかと思いきや、そしたら、
「俺にそんなことをしろって言うのか」
 と、すごい剣幕で怒りだしたのです。僕は何がなんだかよくわからないまま、「結構です」と早々に退散した次第でした。変わりやすいのは、日本の秋の空と、女心ばかりではないということを知ったのでした。これもやっぱり、階級社会の故だったのだろうか。

さて、ずっと不思議に思っていることがありましたが、でも、先日そのうちの一つがようやく解決したのです。

僕は食べたり飲んだりするのはもちろん、日常的に料理をするのですが、ずっとどうしているのだろう思っていたことがあった。飲食に関わる疑問のうちのトップ3。

1 お茶やコーヒーのお茶碗やカップにはすぐに茶渋がつくし、しかも簡単には取れないのに、お店ではどうしているのか。
2 お寿司屋さんやカウンター割烹で目にする包丁。どうやったら、あんなにもピカピカで美しくできるのか。
3 イタリアンレストランのアルミのフライパンが、焦げひとつないように見えるのはなぜなのか。


*

このうちの一つが、先日ようやく解決したのであります。それは一番目にあげた、カップにつく茶渋問題。当然ながら、レストランやカフェでは目にすることがない(もしそうしたことがあったなら、すぐに帰ってしまいそうですね)。僕は、これを取るために、漂白剤に浸けていたのだけれど、なんとなく環境にも悪そうだし、面倒なので、つい多少の茶渋は仕方がないと我慢して使っていた(やれやれ)。ところが、これはわかってしまうと、なんでもないことでした。それはどういうことかというと、しっかり洗うということ。たぶん、今までは洗う力が足りなかったのだ。このことは、歯医者さんに行った時に気づいた。歯磨きの仕方をチェックしてくれた歯科衛生士の人が、もっと力を入れて磨いても大丈夫ですよと言ったのでした。それでわかったのですが、目から鱗、わかってしまえばごくごく当たり前のことでした。

②や③も同じかもしれないし、たぶん、正しいやり方があるはずと思うのだけれど、やってみるとなかなかうまくいきません。包丁を研ぐのは好きで、時々研ぐのですが、切れ味はたいてい戻るものの、長い時間研いでもあの輝きは手に入らないのです。しかも、どうしてもうまく研げない時もあるのです。フライパンや鍋の焦げや染みも同様で、レストランのフライパンや割烹のそれをめざして、洗っても擦ってもなかなか取れません(特に、外側が難敵)。アルミの場合、お酢やらクエン酸やらも試したけれど、ダメ(クレンザーで削り取るしかないのか)。お店では、いったいどうしているのだろうか。

ついでに、もう一つ、四つ目の疑問。僕は基本的にコーヒーを飲まなくなったのですが、それでもたまに豆を挽くことがあります。その後が問題で、豆を入れる方も、挽いた粉を受ける方もなかなか掃除がむづかしいのです(取り外せなかったり、外せても手が入らなかったり。これは家庭用のミルの構造上の問題ではあるまいか)。このミルの掃除はどうしているのかね。

ま、いつまでたっても不思議なことやわからないことはたくさんあって、尽きることがないのですが……。


* 愛用中のマグカップは、青山辺りで280円くらいで買ったもの。安かったのは、取っ手の付け根のところに釉薬のムラがあるせい、ということにずいぶん後になって気づいた。漂白してからけっこう経ちますが、茶渋は見当たりません。


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2022.10.19 夕日通信

耳が悪いのか?


このところ、気温の方はぐっと下がってきて、ずいぶん秋らしくなってきましたが、なんだかすっきりとした秋晴れが少ない気がします。このまま冬になってしまうと、ちょっと寂しい。

最近は、昔はまったく受けつけなかったオペラや歌曲等の声楽曲を聴くようになりました。ようやく、人の声の美しさの魅力に気づいたのだね。

ラジオをつけっぱなしにしていると、合唱コンクールの模様が放送される時がありますが、これがどうにも気になってしようがない。僕の耳では、ほとんど同じように聞こえます。

僕は合唱のことは(というか、音楽のことも)ほとんど知らないのですが、高い音を出そうとしているのか、それとも全員の声を揃えようとしているのか。見当もつきませんが、なんであれ、芯がなく、重みもない、薄い音に聞こえてしまうのだ。おまけに、日本語なのに意味もわかりづらい。耳が悪いということなのか。本来、音楽と言葉は切り離せないというから、きちんと歌われたものなら、たぶん意味もわかるはずだと思うのだけれど。どうもすっきりしません。

それから、CDを整理していた時に、多すぎて聴くことがあるかどうか心配になった話は書いたけれど、せっかくあるのだからもう一度とにかく聴こうと思って、ポップス、クラシック、ジャズのジャンルにかかわらず聴いてみようとしたのです。

で、たまたま手にしたのが60年代のポップス。懐かしく聴きました。ただ、懐かしい気持ちはするものの、具体的な思い出や場面とは結びつかない。いつ聞いたものやらどこで聞いたのかさっぱりわからないのです。でも、きっとこうした音楽を聴いたり、楽しんだりしたことがあるはずなのに。

このような音楽を作り出した才能を羨むのです。そして、ただの日常のささやかな記憶の幸せを持つ人々のことも。




それからしばらくして、グレン・グールドを特集した番組を見ていたら、最晩年(と言ってもまだ50歳になる前)の「ゴールトベルク変奏曲」を演奏する映像が出てきた。遅い事で有名な遺作となったレコード(CD)よりも遅い気がした(彼が初めて出したレコードで弾いた同曲では、けっこう早いのです)。それで、やはり死の直前に自宅のスタジオで録音したというフリードリヒ・グルダの弾いたシューベルトの「「4つの即興曲」を思い出した。こちらもグールド同様に、うんとゆっくりしたテンポで弾き始めます。ややもすると情緒的になりやすい気がするのだけれど、彼らの場合は感傷的というよりは、慈しむように弾くことで音楽と一体になろうとしているように思える。

音楽を演奏するということは、作品と向き合うことのほかに、自分自身との対話、あるいは自分自身を見つめるという側面があるのだろうと思う。それが、わずかな音の違いとなり、積み重なって現れるのかもしれない。演奏がたんに技術上のことにとどまらず、経験や思索と結びつけて語られるのもそうしたゆえかもしれない(これは、演奏者のみならず、聴く側においても同様なのかもしれません。あ、かもが多いのは、いつにもましてよくわかっていないせいです)。

それで、ふと思いついたのは、先にあげた合唱コンクールの歌がつまらなく聴こえるのは、ひとつには、歌う側と歌との関係が抜き取られているせいではないかということでした。さて、どうでしょうね。違っていたら、合唱コンクールに参加した皆さん、ごめんなさい。その時は、やっぱり僕の耳が悪いということですね(アタマの方もか?)。


* 写真は放映時のものが手に入らないので、「最晩年のグールド ゴールドベルク変奏曲」で画像検索したときの写真を加工しました。たぶん同じものとみられる動画がいくつかあるようでした。


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2022.10.12 夕日通信

乱れる気持ち


今、若い人で知っている人はどのくらいいるのだろう。元プロレスラー、アントニオ猪木は、僕の学生時代を通じて、たぶんずっと絶頂期。プロレスブームの最中で、ちょうど、ベストセラーとなった村松友視の『私、プロレスの味方です 金曜午後八時の論理』*もその頃のはず。彼とジャイアント馬場が2大スターだったけれど、僕は断然猪木派でした。彼が亡くなったことを知らせたNHKのニュースでは、結構長い時間を使って、彼の足跡を紹介していました(翌日の新聞でも、同様)。とかく毀誉褒貶が多かった人のようでしたが、以前、闘病中の彼を特集した番組をたまたま見たときもそう思ったのと同じく、前向きで、周りを明るくする本当に得難い人柄だったのだなあと、今一度思い直した次第でした。彼は、政治にも関心があって国会議員もしていたし、北朝鮮との関係修復に尽力しているようだった。その時は正直なところあんまりいい印象は持っていなかったのだけれど、このところの政治状況を見るにつけ、まだ志と行動力がある分マシだったような気がしてきます。

同じニュースの時間の中で、災害で一部不通になっていたJR只見線が全面開通したことを伝えるニュースも。こちらは、めでたい。ただ、不通となっていた区間は大幅な赤字路線だったらしい。これを、「覚悟を持って再開した」というのだけれど、他の同じような区間ではなぜできないのだろう。一方で、反対意見がある中で西九州新幹線やらリニア新幹線やらには、莫大な投資をすることは厭わない。こうした無駄な投資をやめたら、当該区間での儲けは望めなくても、赤字路線が廃止になって苦しまなければならない人々を助けることができるのではあるまいか。一部の限られた人たちの大きな利益よりも、もう少し薄くてもいいからもっと多くの人々の利益につながる施策ができないものか。

それにしても、これからの世の中はどうなっていくのだろう。プーチンの戦争や温暖化、エネルギーや食料の危機、国内では物価高騰、特定団体と政治の癒着、国家を挙げたスポーツイベント、東京オリンピック・パラリンピックに関わる収賄の横行(それにしても、まあ次々に出てくる)、等々。これらに対して小手先だけ、口先だけ(のように見えてしまう)日本の政権の無策ぶり。暗澹たる気持ちになるばかりだけれど、果たして、いくらかでもマシな未来はあるのだろうか。

ここしばらくは、CDの整理、並べ替えをしていました。本当ならば、もっと他にやるべきことがあるような気がするのだけれど……(ま、いつものことかも)。一応、クラシック、ジャズ、ポップスのジャンルごとアルファベット順に並べ替えるのは終えた(たぶん)。結構な数があって、これだけでもなかなか大変でした。おまけに足元が狭くて(片付いていないってことですが)、作業もしにくい。あとは曲目順(ま、これは少しずつ、おいおいと)。でも、気がつけば、それよりもDVDの方が多いのだ。相当数を処分したのだけれど、それでもまだたくさんある。今度はこれを整理しなければならない。しかもこちらは、市販のものだけじゃなくて、録画したものもたくさんあるのだ。映画やドラマ、音楽、ドキュメンタリ、紀行、芸術等々のジャンルも多岐にわたっている。いったいどのくらいかかることやら。

それで、改めて気づいた。もう何回か書いたことだけれど、僕は耳より眼、断然視覚的人間なのだ。そして、もう一つ、複雑なことをすぐには理解できないのだ(大量の物を片付けなくてはいけない時などは呆然とするばかりで、どうしたらいいかわからない)。そして、飽きっぽいというのもありそうだ。片付ける時はもちろんのこと、何をしていても一つのことに集中することができないで、すぐに他のことに目がいってしまう。やっぱり、怠け者というべきか。




写真は録画DVDの一部。量が多く、あちらこちらに分散していて、なかなかすっきりというわけにはいきません。でもこうしてみると、持つことは嬉しいけれど、それだけでは価値じゃないことを改めて思う。大量の本を手放した時は寂しい思いをしたけれど、結局読んでこその価値なのだ。ごく一部を除いて、読まないものはほとんど場所ふさぎになるだけ。CDDVD類も変わるところはない。並べ替えている途中で、これを聴いたり観たりする機会はどのくらいあるのだろうと思った。もしかしたら、これも処分、というかふさわしい人に譲るのがいいのではないかという気がしてきたのだ。

一方で、図書館や音楽ホールの所有は無理だとしても、ごく小さな映画館を所有するということは、特別な高画質や音響の効果を望まないなら、可能ではないかと思ってしまうし、魅力的な気がするのは、未練がましいというべきなのか、それとも長年の性というものだろうか。


* 情報センター出版局1980


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2022.10.05 夕日通信

時々世界旅行 バルセロナ編


*

昨日は国葬。「ていねいな説明」によって理解を深めるはずが、各種の世論調査でも反対が増えるばかりの中での実施。心がひんやりとします。先の英国女王の時とは大いに異なるようです。

ひんやりするといえば、すっかり秋めいてきましたね。外に出ると、朝などはちょっと寒いくらい。それにしても、ついこないだまでの暑さが嘘のよう。後になってみると、あまりにも時間の過ぎるスピードが早いことに驚きます(これって、もしかしたら僕だけ?)。と思っていたら、また暑さがぶり返しました。まあ、このところの天候はなかなか一筋縄ではいきません。




先日の昼下がり、久しぶりに世界旅行に出かけたときのこと。行先はスペイン、バルセロナ。ちょっと懐かしい。見所はたくさんありますよ。ご存知サグラダ・ファミリアのアントニ・ガウディ(正直なところ、僕はあんまり得意じゃないけれど)や彼のライバルと言われたリュイス・ドメニク・イ・モンタネール(カタールーニャ音楽堂は素敵でした)をはじめとするスペイン版アール・ヌーヴォーのモデルニスモの建築やリチャード・マイヤーの正統モダン建築からサンティアゴ・カラトラバやジャン・ヌーヴェルによる超モダンな建築まで楽しめます。そうそう、復元されたミースのバルセロナ・パビリオンも忘れるわけにはいきません。いちいちあげていたらきりがありません。




でも、僕が一番好きなのは、有名建築ではありません。いずれもバルセロナに特有なものというわけではないのですが、市場(世界一美しい市場とも言われるサン・ジョゼップ市場がある)と街のあちこちで見かけるテント席なのです。大通りはもちろんのこと、こんなところにと思うようなところにもテント席があるし、何十という規模のものもあれば、一つだけというものまであるし、テントの形状を含めて実に多様です(そして、街によって少しずつ趣が異なっているような気がします)。席は外、というか街の中にはみ出しているわけですが、完全に屋外空間というわけではない。テントで覆われているので、周辺の屋外とは緩やかにわけられている(あるいはひらかれている)。この緩やかな感じがいいのです。だから、テント席を見るとつい座りたくなってしまいます。座って街と行き交う人々を見るともなく眺めていると、色々なものが目に入ってきます。

で、とある昼下がりのこと。商店のシャッターを下ろしている男性がいます。ちょっと声をかけてみると……。
「もう閉店?」
「いや、5時になったらまた開けるよ」
「お昼休みってこと?」
「そう、2時から5時までね」
「結構長いのね」
「食事の時間だからね。仕事は最小限なのさ」
「へえ、最小限ね……」**

ちょっと、不思議な感じがしますが、案外ヨーロッパでは多いのかも。「人生を楽しまなくっちゃ」ということをよく聞きます。「仕事は人生を楽しむためにする」ということも。少なくとも、「人生の楽しみ」と「仕事」は必ずしも一致しないことがあるってことですね。僕がささやかなイギリス生活で経験したことは、勤務時間の終了時になるとすぐ帰ってしまったり、勤務時間内でも、与えられた役割と異なることは断るということを、一度ならず目にしました。

「楽しむ」ことは、「仕事」に対して無責任というわけじゃない。いわゆる「オン」と「オフ」の区別を明確にしようということなのでしょうね。当たり前といえば極めて当たり前のことですが、案外われわれ日本人は不得意の人が多いのではないか(長い間、「仕事をしてこそ……」という価値観がずっと続いていたのではないかという気がするのですが、どうでしょうね。

「仕事は最小限」はともかくとしても、自分自身の時間をきちんと認識することが大事のような気がします。たぶん、仕事を言い訳にして、私生活をおざなりにするということも少なからずありそうです。(信じないかもしれないけれど)一時の僕にもあったのではないかしらん……。いずれにせよこれは、どちらも中途半端になりやすいのかもしれません(反省)。


* 2006年5月に、オックスフォードで撮ったものがあった。こんなに無防備?というくらいでした。
** 「世界ふれあい街歩き バルセロナ編」の中でのやり取りはこんな感じでした。


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2022.09.28 夕日通信

続々・最近の不思議を1ダース+1


日中はともかく、朝夕は涼しくなった。今朝などは半袖では寒いくらい。今回は、もはや古くなってしまったものもあるけれど……、暑かった日を懐かしんでください。。

01 アメリカの連邦最高裁判所が、これまでの判断を覆し、世界の趨勢に逆行して、人の健康や権利よりもある宗教的な信条を優先したこと。今の時代にあって……、と思ってしまうけれど、今でも宗教が自分の人生において「非常に重要だ」と回答する成人の割合が40%ほどで最も多くを占めている国*だから、宗教が政治や司法の場においても、良くも悪くも影響することがあるのでしょうね。ただ宗教上のことに限らず、別の価値観を持つ人々を封じ込めてしまうと、衝突するばかりで共存はむづかしくなって、多様性は失われるのではあるまいか。

02 宗教といえば、宗教団体と所属議員の関係についての自民党の説明はどういうことだろう。幹事長は何回も調査ではなく、点検だと言い、首相の方は調査という言葉を使っていた。ま、結果が中途半端なのは同じですが。それにしても、その癒着ぶりに驚きます。また、元首相の関与については、故人のことについては確認できないという説明には呆れました。




03 元首相の国葬が閣議決定され、実施されそうなこと。アンケート調査では半数を超える人が反対し、少なからぬ人が元総理は負の遺産をたくさん残したと思っているのにも関わらず、不慮の死を遂げた元総理を特別視して祭り上げようとする行為はとても正気の沙汰とは思えない。早々と決定し、動かしようがなくなった後で説明するってどういうことなのか?説明も在任期間が最長であることや海外からの弔意に応える等4項目は到底納得できるようなものでなく、その後もさしたる議論も進まないままずるずると時間だけが過ぎて結局実施されそうです。党利党略、党内の政治的な思惑の結果のように見える。新しい首相になっても、揺り戻し効果も何もありませんでした。でも、若者に賛成が多いってどういうことだろう。

04 今も円安が止まらない。日銀は、世界の動向とは逆に、相変わらず金融緩和策を続けると言い、日本政府はただ傍観しているだけのようだ**。経済のことはさっぱりだけれど、物価は上がるし、年金生活者にとっては多大な痛手なのだ(それにしても、恩恵を受けるのは、輸出産業や外貨建ての資産を持っている人等、すなわちごく一部に違いない、と思うのですが)。これって、もしかしたら国が抱える借金の利息を減らしたいせい?(いくらなんでも、ねえ)。

05 コロナの感染は相変わらず落ち着かず、減少傾向にあるものの、集団感染の発生等社会活動への影響は続いたままだ。もう第8波への言及やインフルエンザとの同時流行の可能性も聞かれるようになった。一方、政府は注意を喚起すると言いつつも、これまでと異なる具体的な方法の提示や特に手を打つことはせず、緩和策は継続されるのですが。経済を優先しているようだけれど、新しい推進策を定めたと思ったら、延期したり。なんだか、その場凌ぎの対応を繰り返すばかりで、後手後手を踏んでいるように見えるのです。一方、一般の人々の間でももはやコロナはインフルエンザ並みとでもいうような対応も増えているようですが、さて大丈夫なのか。

06 こうした状況に対して、それがコロナであれ、円安であれ、政治家が言うこと。その筆頭が「しっかり受け止めて」、「注視して参りたい」。その結果、どう言う具体策を取るのかについては、結局示され仕舞いとなる。参りますね。こんな調子では、本当に困ります。

07 またもや、オリンピック・パラリンピックにおける不祥事が発覚。スポンサー契約を得るために、理事に対して賄賂を贈ったという。しかも1社だけにとどまらない。スポンサーになるとそんなに旨味があるのか。一人の理事にそれだけの権力が集中していたのか。トップは関知していなかったのか等々の疑問がわく。これが昔からあったことなのか、最近になって始まったことなのか、いずれにせよ明々白々なのは、もはやアマチュアスポーツの祭典ではなく、営利事業であることのようです。

08 またまた、大企業の不正が明るみに出た。しかも20年ほどにも及ぶという。トラックやバスの製造メーカーで、主に燃費や排気ガス規制に関わることというから、直接人命には関わらないのかもしれない。でもこうしたことが、人命に関わることも含めて、あいも変わらず明るみに出るということは、効率第一、儲け第一主義ということだろうから、誠実で正確という日本のものづくり産業、ひいては経済の信用回復はおぼつかないのではあるまいか(でも、大なり小なり、こうした状況がありそうだ)。これまでも同種の事件が報じられているのに、これを他山の石とするということがないのだろうか。それだけ、余裕がないということなのか。それとも、これもまた「今」と「ここ」だけを重視する結果なのだろうか。

09 NHKの災害発生時の報道のしかた。これをずっと続けて、本来の番組をやらない。もちろん、災害報道は重要であることは当然のことだけれど、なぜオリンピックをはじめとするスポーツ中継の時にやっているようなサブチャンネルを使わないでレギュラー番組を変更するのか、不思議です。おまけに台風被害のさなか、ニュースの時間の大半を使って英国女王の国葬を生放送した後に、特別番組を放送したのは、予定されている我が国の国葬への布石なのか、それとも……。それにしても、彼我の国民感情のありようは大いに異なっているようです。

10 松本清張は、生涯に1,000以上の作品を出版したという。それでも、時間が足りない。書きたいものが多すぎると言ったらしい。すごいね。41歳のデビューというから、決して早いわけじゃない。飽きっぽい性格だったらしく、これを避けるために異なる分野の小説を交互に書き継いだらしい。そういうことができる人がいるのですねえ。しかも、売れっ子になってからも、新人編集者からでも学ぼうとしたというのだ。勤勉な人だったのだね(どうしたらそうなれるのだろう……)。

11 先日の新日曜美術館は、皆川明の特集。その中で、「皆川さんはデザイナー歴25年、〇〇のエキスパート…」というような説明があった。25年でエキスパートになる人があれば、35年ほどもかけてもそうなれない者もいる。まいります。

12 新聞によれば、世界の10人に一人は飢餓の危機にさらされているという。予想をはるかに変えた高い割合で、驚いた。コロナウィルスの感染拡大と、ロシアのウクライナ侵攻がさらに悪化させる恐れも懸念されている。一方には、大量の食品ロスがあるのに。現在のように科学技術が進歩し、輸送手段が整備され、情報化も進んだ世の中にあってなお、なぜ救済できないままなのだろう。

1 家のローズマリーが枯れ始めたので、それからはこまめに水をやることにした。すると、去年ダメになったはずの寄せ植えにしていたイタリアンパセリが出てきた。しかし、ローズマリーの方はすっかりダメになってしまったよう。そこでちょっと調べてみると、ローズマリーが枯れる原因の一つは多湿、水のやりすぎとあったのだ。ハーブ類の寄せ植えということでやってみたのだけれど、ダメだったのだね。ああ、知らないということは恐ろしい!


* Forbes JAPAN のサイトの記事による。
** 今頃になって、為替介入の準備を始めたということだけれど、効果は限定的で、疑問視されているようです。


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2022.09.21 夕日通信


散歩の途中で スキマも劇場編 002


ゴダールが亡くなりましたね。91歳というから長生きでした。若い頃はずいぶん年上のような気がしていたのですが、たいして変わらなかったのだ。ヌーヴェルヴァーグで言うなら、僕はどちらかというとトリュフォー(こちらは52歳で早逝した)の方が馴染みやすくて、ゴダールのものは『勝手にしやがれ』、『気狂いピエロ』、『軽蔑』の有名作品とストーンズの『ワン・プラス・ワン』くらいしか覚えていない(他にも何本かは見たかもしれないけれど)。彼の方が、メッセージ性がより明確に現わされていて、かつ強く感じられたせいだろうか。







さて、近所を歩いていると、色々と楽しいものに出くわします(というか、たいていの場合、なんでも面白く思えてくるのです)。隙間から見える景色もその一つ。

隙間から見る景色は、いうまでもなく、切り取られた、または縁取られた景色ということになる。その切り取られ方や縁取られ方は様々で、しかもそれを囲むものだけでなく、見る者の位置によっても異なるわけですが、それぞれに面白く、興味が尽きないのだ。一時ここで紹介した『モランディに倣う』シリーズのお手本のモランディも、もしかしたら同じようなところがあったのかも。すなわち、風景の切り取り方は、モノとモノの関係とそれを見るものとの関係のありようにも通じるような気がするのですが、どうでしょうね。

こうした感覚を忘れると、画一的になりやすいようです。例えば、オペラ座を紹介するリポーターが古い扉を開けるとき、重厚な扉…という。しかし開けてみたら、ごく薄いのだ。つまらないですね。これは、自分の感覚を大事にするよりも、通念や常套句に従ったせいではあるまいか。

つまり、あるものに対する感じ方や受け取り方には優劣、もっと言えば正解があるという考え方なのでしょうね。それをそのまま受け取るだけなら、他者の感覚を優先して、自分の感じ方を閉じ込めてしまうことになる。すなわち、それを見た自分が、自分で無くなってしまう。まあ、世の中には自分だけがよくわかっているというかのように、「こうなんです」と断定する人も少なくないからね。

だからと言って、自分の感覚だけを信じて他者のそれを理解しようとしないということなら、それも同じようにつまらないだろう。自分自身の殻の中にとどまって、進歩することがない。

こんな風に、いつの間にか意識が浮遊して、別のところへ行き着いたり、かと思えばまた漂ったりするというのもなかなか楽しいのだ(それが的を得ているのか、ほかの人が面白いと思うかは別としても)。



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2022.09.14 夕日通信

30数年後の本棚の行方は……


 時折吹く風の中には、はっきりと秋の気配を感じるようにあなったというのに、ちょっと動けば汗ばんでしまうほど暑い。

 朝早く、ゴミを外に出しただけで、すぐに汗ばんで、Tシャツにも汗のシミが浮いている(何しろ書庫の分の処理があるので、量もたくさんだし、それにひとつひとつが重いのだ)。それで、一仕事終えた後にすぐに着替えなければならなかったほど。しばらく前から撤退までは、こうした状況がずっと続いていたのです。




 ところで、皆さんは、粗大ゴミがどのように処分されるのか、知っていますか。僕は先日、就職して以来研究室が変わるたびに調整しながら、終わりまでずっと共にあった本棚7本を運んだ時に初めて見たのですが(その前の時は、なぜ気がつかなかったのだろう?)。

 車から降ろしたらただちに、不揃いの制服を着た数人の見事に日焼けしたオジサンたちの手で、すぐそばに停車していた自動車の後ろまで運ばれてゆく。
「ほい、次」
「はいよ」
 何しろテンポがいいし、手際がいい。
「どうなるんですか?」
「ま、見てなよ」
 で、運ばれて行った先を見ていると、なんとオジサンたちは、本棚を後ろからそのままぐいと押し込んだのです。
 と、本棚は押しつぶされ、粉砕されながら吸い込まれていき、やがて見えなくなったのでした(えっ⁉︎)。
「へえ。すぐに処理するんですね?」
「ああ」
「金属の場合はどうするんですか?」
「隣に同じような車があるだろ?」
「ええ」
「あれに入れるのさ」
 金属も、別の自動車で同じようにするらしい。処理してすぐに、運ぶのでしょうね(そうしないと、すぐにいっぱいになってしまう)。それにしても驚いたな。そしてつい、嫌なこと、困ったこと、忘れたいこと等が、こんな風に処分できたらどんなにいいだろう、などと考えてしまったのでした(やれやれ)。でも、これも気の持ちようで、口に出せば済むのかもしれない。

「嫌なことはこちらでしたね」
 と訊けば、
「そうだよ」
 と答えてくれるはずだし、
「悩み事はそのお隣に捨てればいいんでしたね」
 と言えば、
「そうそう」
 と請け負ってくれるに違いない。
 それだけで、気分は軽くなるだろう。

「ガラス板なんかは、どうすればいいんですか?」
 僕は、ガラスの天板のことを思い出して、訊いた。
「ほら、あそこに箱があるだろ?」
 オジサンは、奥の方を指で示しながら、教えてくれた。
「あそこに入れてくれればいいよ」
「はい」
「予約もお金もいらないよ」
「へえ」
「大きいのはダメだけどね」
「はい」

 オジサンたち、親切だったな。

そんなやりとりを思い出しながら書いていたら、おかげでなんとか撤退作業も終わり、このところは急に涼しい日が混じるようになった。最高気温の前日比が、−5度なんていう日もある。そして、精神的にもうんと落ち着いた。

と書いたところで、また暑くなった。今度は前日比なんと+7度という。青い空と白い雲は、夏の空そのままだ。ま、しばらくはこんなふうなのでしょうね。そして、僕と大量のモノとの格闘も、舞台を移して、相変わらず続いております(けっこうかかりそう……)。


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2022.09.07 夕日通信

速報 撤退完了




本日16時45分に鍵を返して、撤退作業は完全に終了しました*。

ありがとうございました。

準備を始めた頃はどうなるものかと心配しましたが、多くの皆様の大いなる助けにより、なんとか期日に間に合わせて終えることができました。円はいちおうは閉じました。

重ねて感謝します。ありがとうございました。

ただ、これからは会える機会が減ることを考えるとちょっと寂しい。


* ただ、終わり方は必ずしも気持ちのいいものではなかった。この顛末はまた別の機会に。


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2022.08.31 夕日通信

あやかって、復活⁉︎


いよいよ8月も今日で終わり。

年末(だったか?)と春に2度も根元からバッサリやられてしまった道路沿いの芙蓉が、見事に復活していました。よかった。毎年楽しみにして見ていたので、嬉しい。

それにしても、成長が早いことに驚かされる。一方、見境なしに伐採してしまうやり方には改めて怒りを覚える。その割には、雑草の背が伸びてやってくる車が見えにくいのはほったらかしのままだ。どんな計画で実行しているのだろう。市民の利益よりも別の利益を優先しているように見えてしまう。バッサリ切ってしまいたいくらいだけれど。こんな時は、一市民が勝手に伐採してもいいのだろうか(ま、ダメでしょうね)。




それからしばらくのあいだ、花はまだ咲いていなかったけれど、蕾をいくつもつけていた(実はその前に、一つだけ花をつけていたのを見ていたのです。その時はちょっと遅かったので、もうしぼみかけていた)。その後、何回か足を運んでいたら、やっぱり一輪だけでしたが、きれいな色の花が咲いていたのです。それにしても、花の命のなんと儚いことか。前にも書いたように、うちのアパートの入り口の前の小さなアサガオも、あっという間にしぼんでしまう……。

嬉しいといえば、もう一つ、本日31日が期限の撤去作業も、たくさんの人の助けのおかげでなんとか間に合いそうだ。29日月曜には、残っていたテーブルやスチール棚等が引き取られていって、大物は全て無くなった。それで、1階から3階まで掃除機をかけた。30日は引き取り手は決まっているものの忙しくて取りに来れないために残っているもの(忙しい中、手伝ってくれて本当にありがとう)を持ち帰るのと当プロジェクトを企画したうちの一人K先生と一緒に最終チェックをしてもらった。最後に残った忘れ物とゴミ類を搬出したら(これはギリギリまで待たなくてはなりません)、撤去作業はいよいよおしまい。

退去時のガスの停止については立ち会いが必要だというので、3115時〜17時の間でに立ち会うことにして、大家さんとK先生との立ち会いが16時半のようなので、その時に鍵を返却したら、めでたく全てが完了する。

それにしても、この一月半ほどは忙しかった(僕にしては、まあよく働いた方です)。何人もの人に助けられました。その中には、一度ならず何度も来てくれた人たちもいる(つい甘えてしまいました。ごめんなさい)。ありがとうございました。それに何と言っても、気分が重く、体調もあんまりよくなかった。

思えば、突然、一方的な撤退の連絡を受けてから(メールを確認したら、4月30日だった。決まりでは、退去の6ヶ月前には知らせなくてはならないはずだけれど)、ずっと気分は滅入ったままで、焦りはするものの、体が動かなかった(このため寝ていても、いったん目が覚めたら、気になってもう眠れない日が続いた)。長かったな(ふう)。いまとなれば、もっと早くからやっておけば……、というのは毎度のことだ(反省。これからは、この轍を踏まないようにしなければいけません)。

ところで、せっかく嬉しい気分でいた時に、ニュースを聞いていたら、国葬に関する当該部局に対するヒアリングで、警備の費用を考えると実際には数十億円かかるのではないかという質問に対して、警護すべき人数や警官の数が確定していないので、答えかねるというような答弁があった。一月弱ほど先のことだというのに、そんなに計画なしの大雑把な思いつきのようにやっているのかと思うと、背筋が寒くなる(そして、気分が悪くなる)。このところの政府のやり方は、国葬のゴリ押しだけにとどまらず、逆に原発などでは自分たちの決めたことをあっさりとひっくり返そうとしたり、あまりにもひどすぎるのではあるまいか(「聞き流す力」か)。

ま、あと半日で全てが変わる。その後は、まずはリセットして、一つずつ片付けながら、芙蓉にあやかって、なんとか「復活」を目指すことにしよう。


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2022.08.31 夕日通信

撤退期日、迫る


それにしても、古本の価値はどうやって決まるのだろう。関係部署の許可を得て、古本屋さんに来てもらったのだけれど、引き取り額は予想以上に低く、搬入した時の輸送費の何分の1程度にもならないというほどのものでした(保管できていたならよかったのに、とつくづく思いました。それでも本が本のまま残るのは嬉しいし、案外さっぱりもした)。

さて、撤退作業は残すところ、あと1週間。いよいよ大詰めを迎えた。泣いても笑っても、7日間(色々あって、実質は4日ほど)の戦いだ。さて、無事に笑って終えることができるか。時間となんとか助けてやろうという優しい心がある人は、今度こそ最後のチャンスですぜ(是非どうぞ)。

選別するために、搬入したまま長い間しまい込まれていた封筒や箱を開けてみると、すっかり忘れていたものが次々に現れる。そのうちの一つに、新聞の切り抜きがあった。




『人生の贈り物』というシリーズで、吉田秀和の回。2008年3月3日から。第1回のタイトルは、『知る人から楽しむ人へ』。と言うともう、中身はだいたい想像がついたのではないでしょうか。吉田が妻を亡くした後ようやく回復して再び仕事を始めた頃(たぶん)の、レコード芸術の連載『之を楽しむに如かず』の題名をめぐるエピソードを回顧して書かれている。もちろん孔子の言葉で、『論語』のなかにある。すなわち、知識がなくて良いとは言わないまでも、素直に楽しむ方が大事ということですね。全く覚えていなかった。それにしても、なんと身についていないものか(でも、きのう何を食べたか覚えていなくても栄養にはなっているだろうから、それと同じと考えればいいのか)。

研究しよう、あるいは批評しようなどと考えている向きにとってはこうはいかないけれど、それ以外の場合は(もしかしたら、年をとったなら)、何であれむづかしく考えるよりも楽しもうという気分で向き合う、この態度で臨むのが良さそうです。

ところで、吉田はこの『論語』をどこで読むか。なんと、便所の中だと言うのです。「便所の中の愛読書」らしい。

ちょっと以外で、驚いた。トイレの中の読書といえば、妹尾河童を思い出します。本が何冊も置いてあるのは言うに及ばず、家庭新聞やスクラップするために切り抜き用のハサミ等まで揃えていたらしい*。僕の友人の中にも、新聞はトイレの中で読むに限ると言う人がいましたが。

僕は、彼らと違ってトイレの中で本来の用を足す以外のことをする気はないし、長く居たいとも思わないのですが、彼らに学ぶことがないわけじゃない。おおいに学びました。すなわち、どこであれ、清潔に保ち、快適な場所にしつらえると、長い時間、気持ちよく過ごすことができるようになる。

吉田のところには、「こんなじいさんなのに、毎日のように何かしら用事を持って訪ねてくる人があって……、どうしたことだろうね」と言う。人に会い、仕事をすることが元気の素だったのでしょうね(当時、なんと94歳)。そのためには、住まいを清潔に保っておくことも必要だったに違いない。

まもなく、今回の撤去作業は完了するはずだけれど、その後も色々とやることは尽きないようです。日常生活を楽しむことのできる(できれば、人が来ても恥ずかしくない)ような空間とすべく、尽力する覚悟であります。

幼児教育関係の業界誌「週刊教育PRO」誌上での連載『住まいと教育』の原稿も見つかった。若い時のものですが、100回ほど続いた。ハンマースホイ展のWEBマガジンに書いた文章も。辻仁成の『リサイクル日記』に倣って、これらをもう一度改めて考えて、書き直してみようかと思った。


* たぶん『河童が覗いたトイレまんだら』(文藝春秋、1996年)。もはや運ばれて行ってしまって、確認のしようがありません。


今日も強力な助け人2人が来てくれます。「来てね!ボランティア」週間は、依然として継続中!事情が許すなら、ぜひ来てね‼︎頼りは、あなたです!!!ちょっとピンチであります!!!!


いよいよあと7日。焦り気味。まだまだ仕事あります。片付けボランティア、募集中!
心優しく、しかもいくらかの時間があるという方は、ぜひこちらまでお知らせいただければ助かります。焦り気味は、急拵えのバーナーを見てのとおり。どうか、よろしくお願いします。


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2022.08.24 夕日通信

速報 行ってしまった




今日午前に、残っていた本や雑誌のほぼ全てが運ばれて行きました。

手元に置いておきたかったのだけれど、かないませんでした。残念。本はともかく、雑誌はもう2度と手に入らないでしょうね(実は手元に置いておきたいものが何冊かあったのだけれど、探せなかった)。そう言いながらも、本もちゃんと読み返すものは多くない、というかほとんどないでしょうが、読まないまでもパラパラと見ることができなくなるのは残念。本はまだしもインターネットで探すことにができそうですが、雑誌はたぶんやっぱり手に入れることはむづかしいかも(雑誌好きにとっては、残念至極)。でも、さっぱりした。




それにしても餅は餅屋というのか、手際がいいね。約束通り11時に到着して、1時間弱で運び出して行った。詰めるときの大変さに比べたら、本当にあっという間の出来事(夢でも見ているようだった)。ま、なんにせよ、持って行ってもらっただけでもありがたい。

時間と人手等の都合上、選別もあまりできないままの処分になってしまったのが、返す返すも残念。手元に残しておきたかったもののいくつかは、探しようがないまま(と言うか気力もなく)、行ってしまいました(残念)。

でも、こちらの方は空に近づいて来たけれど、家の方がどうなるのか、心配。

それにしても、ほぼ1年のうちに2度も搬出入を繰り返すとは思いもよらないことでした。このところは、ずっとその準備で、くたびれ果てました。でも、まだ終わったわけじゃない。ああ!



いよいよあと7日。焦り気味。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
心優しく、しかもいくらかの時間があるという方は、ぜひこちらまでお知らせいただければ助かります。焦り気味は、急拵えのバーナーを見てのとおり。どうか、よろしくお願いします。


読んでくれて、どうもありがとう。
感想やお便り等をこちらからどうぞ。


2022.08.23 夕日通信

号外編 あ、雨が……


なんだか最近は、梱包したり、荷を解いたりを繰り返してばかりいるようだ。昨日も、心やさしきボランティアと袋に入れたり、もう一度解いてやり直したりしていた(僕のミスでしたが、怒らずに付き合ってくれた。どうもありがとう)。




今日、月曜は2週間に1回の紙ゴミの日。朝から、撤退作業中に大量に出たダンボールや紙類を出したのだ。その時にパラパラときたのだった。雨⁉︎どうしよう!雨天中止になったら困るのだ。

先日、赤帽さんに家具やCDDVDを搬入してもらった時に、ダンボール等紙ゴミ類も運んでもらったのだけれど、紙ゴミの日までの2日間に雨の予報があった。濡れたら出せなくなってしまう。そこで、濡れないように、ダンボール類は家の中に運び込み、中に入りきれなかった紙類が詰め込まれた紙袋はポリ袋でくるんで外に出しておいた。当日の朝は早くから、それを家の中から運び出し、ポリ袋を解いてようやく運び出したのだった。量が多いため、集積所にはとても収まりきれず、入り口の塀のところに並べることになった(幸い何も植えられていない花壇があるのだ)。

この作業を、もう一度繰り返すとなると堪える。文字どおり、弱った身には荷が重いのだ。

ゴミは8時前に出すようにということなので、8時を過ぎてから時々覗いてみるのだけれど、まだゴミは残されたままだ。8時15分、30分、9時になっても変わらない(ドキドキ)。10時になってようやくなくなっている、と思って近づいてみると、なくなっていたのはごく一部で、ほとんどが残されたままだった。どうしたことなのか。困った。そこで、回収業者に電話してみると、今回は回収量が多いので午後までかかりそうですが、後で伺いますということだった(よかった!)。その後、雨はなんとか持ちこたえて、11時頃には、無事に運び出されて行った(ほっ)。と思ったら、袋が1個だけ残されていた。分別ができていないので回収できませんと書いた紙が貼ってあった(うーむ……)。まあ、このくらいはよしとしなければ(やれやれ)。

それにしても、なぜギリギリにならないと進められないのだろう。きっと、夏休みの宿題も、終わり頃になってようやく取り掛かっていたのに違いない(計画を立てるのは好きなのに)。村上春樹は依頼された原稿は締め切り3日前には完成させるらしい。羨ましい、この方がいいに決まっているのだ。

早朝に咲いていた小さな淡い紫のアサガオは、10時頃にはもうしぼんでいた。なんと短く、はかない可憐さであることか。

そんなわけで、「来てね!ボランティア」週間は、依然として継続中!事情が許すなら、ぜひ来てね‼︎頼りは、あなたです!!!ちょっとピンチであります!!!!



いよいよ10日を切った。焦り気味。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
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2022.08.22 夕日通信

刑事ドラマ、そして撤退作業の状況


12日夜に、台風は横浜付近を通過した。このあたりは幸いさしたることはなかったけれど、他のところではどうだったのだろう。大きな被害が起きていなければいいのですが。でも、翌日起きてみると、相変わらず雨が降っていて、台風一過の晴天というわけにはいかなかった。これも異常気象の一つだろうか。でもいくら何でもと思い直して、やっぱり単なる時間の問題なのかという気したのですが、いっとき晴れたものの、その後も雲が広がって、いつまでたっても快晴というわけにはいかなかった。


*

さて、ただ今の状況を顧みずに続けて見ているドラマは、過去に迷宮入りとなった事件を扱う。例えば、1999年に失踪した母娘のうち母親が銃殺された事件**。池の底から引き上げられた車中で見つかった。殺人事件を扱う刑事ドラマだからハッピーエンドにならないのはもちろんのことだけれど、アメリカ製のドラマにも関わらずけっこう暗いし、重い気分にさせられることもままある(というか、ほとんどですね)。

その当時の車や出来事が映し出される。音楽もその当時のヒット曲が使われている(このことがDVD化の障害になっているらしいのですが)。ああこういう時代だったかと思い出すこともあれば、そうだったのかと改めて知るような時もある。音楽も知っている曲があるのは当然だけれど、聞いたことはあるけれど曲名を知らない場合もあるし、全くわからない時もある。今回は本筋とは関係のところで、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』のレコードをかける場面が出て来た。

しかし決まって思うのは、なんだかうんと昔のことのようで、ずいぶん年取ったのだということなのだ。でもつい見てしまうのは、根暗な性格の故ということなのだろうか。




寺前からの撤退準備は、14、15日は卒業生(もはやレギュラーと準レギュラー)がそれぞれ来てくれて、おかげで大いに捗りました(前半戦は別のグループが活躍してくれた。本当に一人の時は進まないのです)。14日は、マップケースや机の下のケースが空になった。15日には大量の文具類と書類等の細々としたものについても、ほぼ捨てるものと残すものの分別が済んだ。残るはもう少しだ……。

好意に甘えて、ついお願いしてしまうのだけれど、その度に彼らはえーっという顔をしながらも(それとともに声にも出す)、助けてくれるのがほんとうにありがたい。何の得にもならないのに、僕のようなもののために時間を使ってくれることに対しては、いくら感謝してもしきれません(ありがとう!)。彼らに愛想尽かしされる前に、片がつけば良いのだけれど……。あ、そう言えば、初めの頃に活躍してくれた卒業生たちからは、今では全く音沙汰がない……。こちらは、いよいよ見放されたってことなのか(おお‼︎)。

さて、無事に間にあわせることができるだろうか。


* 写真は、ツイッターから借りたものを加工しました。
**コールドケース シーズン4 #18「宝くじツイッター」


そんなわけで、「来てね!ボランティア」週間は、継続中!事情が許すなら、ぜひ来てね‼︎頼りは、あなたです!!!ちょっとピンチであります!!!!



いよいよ2週間を切った。焦り気味。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
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2022.08.17 夕日通信

伊東ゆかりの矜持と僕の「片付けられない」病


いつの間にかもう立秋を過ぎたことを、昨日来てくれた強力な片付けボランティアに教えられました。我ながら、余裕がありませんね(ああ、恥ずかしい)。そういえば、日中はまだ猛烈に暑いけれど、確かにその日の朝の風の中には秋がかすかに潜んでいる気がしていたのです。


*

その数日前、久しぶりに聞いた気がするNHK–FMの「今宵、ロックバーで」のゲストは伊東ゆかり。何と……。ずいぶん懐かしい名前で、ちょっと驚きました。

彼女は「小指の想い出」で大スターになったわけだけれど、小さい時からミュージシャンだった父の影響で、英語の歌を歌っていたらしい。だから、英語の歌に自信があった。その彼女が言うには、あるとき(コニー・フランシスが『ボーイ・ハント』を日本語で歌ったとき)から、英語の歌もできるだけ日本語に訳してもらって歌うようにしているというのだ。その時に、スタッフから日本語で歌う時の歌い方を勉強するように言われたというのだ(聴き手に伝わるように、美しい発音でていねいに歌う、ということですね)。

いいなあ。日本人が外国の歌を歌うのだから、これが正しい方法のような気がする(訳ももちろん大事だけれど。昔はずいぶん変な訳詞もあった)。かく言う僕は、外国映画を見るときは原語版主義です(これは、外国で作られたものだから。言葉がわからないのは、字幕を頼るしかありません)。吹き替え版は、できるだけ避けたい(作品がもともと持っている性質を損ねてしまうし、雰囲気も大きく変わると思うので)。

それから彼女は、自分が歌ったもの(レコードやCD)は持っていない、と言うのです。あらばかり目立つから、という理由で遠ざけているらしいのですが……。すごいねえ(村上春樹も出版されたものは読み返したりしないそうです。もちろん、その前の推敲は怠らない)。ま、聴きたくなったときは、いつでも聴くことはできるのでしょうけれど、それにしてもたいしたものだなあと思います(生きる姿勢というか、自分がそれまでにやってきた仕事、そしてこれからのことにかける覚悟が違うような気がする)。歌手生活70周年記念のコンサートの話題も出ていたから、ずいぶん長い間活躍してきたことになる。えらいものですねえ。まあ、彼女に限らず、僕にとってはたいていが感嘆すべき対象になるのですが。

ところで、なぜ片付けをしない。なぜできない(これは、何か病気ではあるまいか)。と思うようになっているのだけれど、このところはようやく一人でも少しずつ取り掛かることができるようになってきた。残すところあと20日ほど(実質は、その2/3程度)で、いよいよ正念場。果たして、無事に終了することができるのか。




そんな中、昨日は強力な助っ人が来てくれた(もう何回めになるのだろう。多謝)。おかげで、文具類その他の小物類が大いに進んで、プラスチックのケースやボビーワゴンが空になりました。やっぱり、一人じゃないと、進み方が全然違います。自慢するわけではありませんが、僕も背中が痛くなるほど働いた(ただ姿勢が悪いだけだという声もあるけれど)。




そして、もうひとつ頭が痛いのは、大量の雑誌と本の処分法。ちょっとばかり面倒な問題が出来したのだ。ただいま関係部署に問い合わせ中(ま、どうであれ、なんらかの決着はつくはず)。あと数週間だ。


そんなわけで、「来てね!ボランティア」週間は、継続中!事情が許すなら、来てね‼︎頼りは、あなたです!!!ほとほと困った。


* 画像はNHKの「今宵、ロックバーで」のHPから借りたものを加工して、使用しました。



少々、焦り気味。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
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2022.08.10 夕日通信

速報編 残るは小物類の選定、そして廃棄物?


本日水曜日は、わが精鋭たちの中でカルテット(Ys,SI)を編成、志願して手伝いに来てくれた。本日の作業は、いくつかの機器類をはじめとする搬出作業。そして、本類を中心とする選別作業だった。おかげで、かなり進めることができました(と、思う)。

どうもありがとう。


*

さて、撤退作業は、ほんとうに進んでいるのか。佳境に入ったのか。いよいよ大詰めに迫ったのだろうか(ちょっと不安)。

それにしても、一人の時にはまったく進まないのは、いったいどういうわけなのだろう。やっぱり、人格的な欠陥なのか?(なんだか、冗談では済まされないようなのだ)。

それでも、今週末にはレコード棚を自宅へ搬送してもらう予定となった(それまでに、そのためのスペースを確保しなければいけない)。

さらに付け加えるなら、もちろんまだ、寺前の撤退作業は終了したわけではない。やらなければいけないことは、まだまだたくさんあるのだ。

だから、「来てね!ボランティア」週間は、もちろん継続中!事情が許すなら、来てね‼︎頼りは、あなたです!!!ほとほと困った。


* 写真を撮り忘れたので、今回は写真なし。NO IMAGEの画像は、フリー素材ブログから借りたものを加工して、使用しました。



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2022.08.03 夕日通信

片付けボランティアとパスタランチ


暑いですねえ。このところは連日、「命に関わる危険な暑さ」が続き、天気予報の中でも「命を守ってください!」という呼びかけや、さらには各地で最高気温の更新も、次々と。

そんな暑さの中で、先の月曜日は片付けの作業に邁進したので、ほんとうに暑く感じました。

その日は、もともとは僕自身のものの片付けではなく、共同で使う場所の清掃をするために、K先生とゼミ生が来てくれたのでした。過日、撤退準備を少し長くやって、久しぶりにそこに入った時に、汚くて、ちょっといくらなんでもこのまま退去するわけにもいかないだろうと思った。そこで、当プロジェクトの責任者の一人であるK先生に伝えたところ、こういう仕儀に相成ったというわけ。

考えてみれば、このことに象徴されるように、最初から最後まで、全てがちぐはぐだったようです。たぶん、関係者が皆それぞれに自分に都合のいいように捉えていたのに違いない(当事者の一人として、反省。他の関係者も、それぞれに反省すべきところがありそうです)。

作戦会議のあと、まずはK先生と2人の3年生には、食堂の天板を外されたテーブル(スチール製のファイルケース)の上に選別用に並べておいた本を箱詰めするところから。学生2人は、本を手にしながら、時々これ面白そうと言うので、いちおう確認してから、持って行っていいよと言うと、わあと声を上げる。それから僕は、家から持って行った道具や調味料等を並べて、ランチの用意に取り掛かった。すると、あるはずのまな板やトングがなかったり、買っておいたはずのレモンが見つからなかったり(仕方ないので、こちらは2人に買いに行ってもらった*)で、大苦戦。


**

**

K先生はトイレと冷蔵庫の掃除にかかり、2人には板の間の雑誌や本を種類ごとにまとめて重ねてスペースを作って、そこに玄関に積んであった雑誌や段ボール箱を運んでもらった。玄関が片付くと、スッキリして、ずいぶんと進んだ気がしました。

コロナが一時落ち着いていたころに、ランチのあと映画鑑賞会という企画(これは、元々ちょっと無理筋ではなかったか)が何回か生じて結局ボツになったあとにも、リクエストがあったし、1回くらい台所を使うのもいいかという気になったので(ガス代も電気代も払っているしね)、パスタランチを作ることにしたのでした。最初問われた時は、やっぱり面倒な気がして、外で食べませんかと申し出たのだけれど、暑いし、これはこれでまた面倒な気がした。で、作ることにした。トマトソースの冷製パスタとカルボナーラの2種。

食べたあとは、2人は色々と気になる本が見つかったことに味を占めたのか、カーサブルータスを見に行っていいですかと言って、物色に取り掛かった。ちゃっかりしているといえばそうですが、まあ積極的に(文字通り)掘り出し物を見つけようとする姿勢や良し。結局一箱半ずつくらい持って行ったのではないか(K先生は、やっぱり気合いを入れて板の間の本も探し始めたので、もう少し)。

3時頃までの作業だったが、K先生も2人の3年生もよく働いてくれたおかげで、当初の共用部分だけではなくた本や雑誌、CDDVDについては、けっこう先が見えてきた(とい気がします)。あとは、いくつかの棚と小物類類だ。曰くのあったスチールケースの類の処分も目処がついた。

いよいよ残すところあと27日(事情があって、実質的には2週間とちょっとなのですが)。それにしても、一人では何もできないのはどうしたことだろう。

今日は、これから精鋭部隊の一つとともに撤退作業をするために、出かけてきます(さて、どのくらい進めることができるか)。

「来てね!ボランティア」週間は、継続中!吉報よ来たれ‼︎


* 家に帰ってみたら、台所のカウンターの上にあった(こうしたことが多すぎるのだ。やれやれ)
**当日は、カメラもスマホも忘れたので、翌日の写真。



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2022.08.03 夕日通信

緊急! 来たれ、片付けボランティア!!


完全撤退の期日まで、あとひと月。しかも下旬になると、検査やら何やらいろいろと予定が入ってしまっているので、実質は20日ほどだ。ピッチを上げなければならない。

もはや、ボランティアを待っているわけにはいかない。募集ではなく、呼びかけることにします。

来てね、ボランティア!




作業の内容は、本の箱詰めが少々、文具類等の小物の箱詰めが主です。
ご希望とあらば、パスタランチも作ります。



少々、焦り気味です。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
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2022.07.30 夕日通信

号外編 ない!? ない!! あった!!!


あるはずのものが、なかった。電源が入らなくなったiMacにつないでいたTime Machineに、本来ならあるべき写真が残っていなかったことについてはすでに書いた通りですが(ほぼ20年弱ほどの写真が失われたことになる)、そのうちの極く一部ですが保存されているはずと期待していたDVDに入っていたのは、それとは違うものだった(おまけに、パソコンにコピーしようとすると恐ろしく時間がかかるのだ)。で、もう一度、データ復旧のサービスを行う会社に頼むべきかどうか、考えることになった。成功してもしなくても13万5千円からというのがちょっと(いったんは、このためにすぐに断念したのでしたが…)。

もともと僕は記憶力がないから、そうしたものは必要ないと言えばそう言えそうだし、だからこその思い出のよすがだと言えばそのとおりであるような気もする。さて、どうしたものか。

そこで、我ながら潔くないなあと半ば呆れながらも、念のためにもう一度だけと思って、Time Machine用のHDDをつないで、ファイルを一つずつ当たってみたら、出てきた。




なんと、115.96GB分のiPhoto Library が現れたのだ。それまで、どうやっても発見することができなかったのに。“iPhoto”で検索しても見つからなかったし、アップル・サポートに相談した時にも、iPhotoの写真は全てそこにあるはずと言われた「ピクチャ」(または「写真」)という名前のフォルダにも入ってなかったのだ。でも、嬉しい。

これで、壊れたパソコンを心おきなく廃棄することができる(実は、ちょっと恥ずかしいのだけれど、個人情報のことも気になっていたし、何より消えてしまった写真には未練もあったので、こないだの家電捨て放題の時に捨てきれずにいたのです)。ふだんは思い切りの悪さがモノが溜まる原因の一つなのだけれど、今回はこれが功を奏した結果になったようです。ともあれ、よかった(ほっ。ふーっ)。

もしかしたら、心配してくれた人もいるかもしれないし、ちょっとお騒がせしたので、取り急ぎ報告まで。



まだ、ほっとすることができません。仕事あります。片付けボランティアは、まだまだ募集中!
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2022.07.28 夕日通信

1,500円/日


ある朝の天気予報の中で、今日はもう4時半頃からセミが大合唱していましたね、と言うのを聞いて、へえと思った。家のあたりは緑もそこそこに残っているのに、あんまり聞かない気がするのだ(耳が悪いのか?)。皆さんのところではどうでしょう。それでも、空は朝からもうすっかり青地に白が浮かぶ夏の空だし、気温も上がる。

物価の上昇も止まりませんね。ニュースでも、これに関わるこれが話題になることが多い。先日は、乳牛1頭の1日あたりの食費が取り上げられていた。1日1,500円。これが高騰して酪農家の皆さんは大変らしい。そこで、乳製品メーカーの大手3社と異例の年度途中での交渉を行った。政府はどうしているのでしょうね(もしかしたら、片付けを前にした僕と同じ?まさかね……)。

この食費ですが、僕よりも多いじゃないか、ということに気づいた。最初はえっと驚いたのでしたが、すぐに牛さんは毎日牛乳を産出して利益を生み出しているのに、僕はただ食べているだけで生産的なことはしていないのだからしかたがない、と納得した。それから、やっぱり悔しい気がしたので、僕はいわゆる燃費が良くて、経済的にできているのだと思うことにしたのでした。


*

一方、経済的じゃないのが、先日からずっと書いているモノの多さ。モノをできるだけ減らすと言いたいところだけど、今回は使わないものを少なくすること、わけても探しものをしなくていいようにすること、すなわち必要なものがどこにあるかがすぐにわかることを目指したいのであります。これまでは、読みたい本やら聴きたいCDやらを手にするまでに時間がかかることが多すぎた(今は本もCDも狭い家の中で分散していて、あちこち探し回ってようやく見つけた時には、なぜ探していたのか忘れるくらい)。今や、そんなことに時間を使っているわけにはいかないのだ。

少なくも、探し物や不要なものが目に入ることによるストレスをなくして、穏やかでていねいな生活を営む余裕を手にしたい。そうすることで、いくらかは生産的なことができるようになるかもしれない。余裕がないと、例えばゴミが落ちていてもすぐに拾おうという気ならないこともある。散らかっていることに対する閾値が上がって、まあいいかと思ってしまい、つい先延ばししてしまうのだ。レコードをゆっくり楽しもう、スクリーンを立てて映画を見ようという気にもなりにくい。知らず識らずストレスがたまり、「ていねいな暮らし」からはどんどん遠ざかるばかりだ。

しかも、そう思いつつも、此の期に及んでも相変わらず体が動かないことが多いのです。なぜなのだろうか。その代わりに、赤のフリクションペンを手にとって、たとえばこのHPのような文章にごく小さな修正を加えたり、パソコンを開いたりしてしまうのだ。そして、書いていることと実際との乖離が大きいことを思って、自分が言うだけで実行できない、いかにもダメな人間のようでほとほと嫌気がさしてしまいます(思わず苦笑いをすることも……)。

本音を言うなら、もはや一旦ゼロにして再出発したいくらい。しかしそうもいかないので、少しずつ近づいていくしかない、と思い定めて頑張らなくてはいけません。モノを少しでも減らして、片付けて、「ていねいな生活を営む」、これは自分との約束だ(テレビドラマの中の人物だって、娘のことを託した友人との「約束は破るわけにはいかない」と言うのです)。そして、翌日の朝刊の小さな欄には、「人間は、思ったり、したり、できはしない**」とあった。思いよりも願望よりも、実践ということですね。ああ、わかっていてできない自分をなんとかしなくては……。


* ほんとうは、もっとすっきりしたいのです……。
** 折々のことば、朝日新聞2022726日朝刊。「しようと思うのけど、どうかしら」と聞いた白洲正子に、青山二郎が返した。



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2022.07.27 夕日通信

ドラマの中の複雑、現実社会の単純


アメリカ製の刑事ドラマ『コールドケース』は、いよいよいくようだ。回を重ねるごとに、暗くなるのが止まらない。これでは、イギリス製の『主任警部アラン・バンクス』と変わらなくなってしまう……。


*

事件(殺人事件)はもともと明るいものではあり得ないが、歪んだ人間関係やそこに潜む怨念や残酷さも、複雑さと暗さが増すようだ(事件当時の社会性を色濃く反映したつくに理になっているようだから、これもしかたがないことかもしれない)。そして、これに劣らず、主役陣を取り巻く環境も簡単ではない。もはや、単純明快な正義のヒーロー/ヒロインではいられないようなのだ。

ヒロインのリリー・ラッシュは、父親が失踪して不在な中、アルコール依存症の母親の元で育った。妹が一人いるが、この妹はいろいろと問題を起こすようで、かつてリリーのボーイフレンドと関係したために溝が埋まらないままだ。人との付き合いにも慎重で、自宅では2匹の障害のある猫と暮らしている。もう一人の主人公である相棒のスコッティは幼なじみのガールフレンド(精神的な疾患があった)が自殺した後、リリーの妹と付き合い始めた。このせいで二人の間にもすきま風が吹く。時々、酒で紛らわそうとして、仕事にも支障をきたすことがある。

ま、現実の世の中が単純でもなければ、明るいばかりであるわけもないから、当たり前といえば極めて当たり前のことと言えるのかもしれないのだけれど(それにしてもねえ、……)。もはや、最終的には必ず事件を解決に導く有能な刑事が主人公のドラマでさえ、一種の理想的な、完結した世界を描写するだけでは、受け入れられなくなってしまったのだ。

主人公をただ強くて明るい人物としないで、表も裏も何もかも描写しなくてはならない。こうすることで、現実に近づけようとしたのはわかるけれど……。見る方としても、単純に楽しむことができにくくなる。この辺りは日本のそれとは大いに異なるような気がする(久しく見ないけれど)。例えば、特命係杉下と相棒の間に常に確執や非難の応酬がある、などということは考えにくいのではあるまいか。

こうした傾向は、21世紀初頭の頃にはじまったのではなかったか。映画の方では、たぶんアメコミのヒーロー『スパイダーマン2』(2004)の時だったかに、悩めるヒーロのことが話題になったような気がする。バットマンやスーパーマンもこれに続いた。と思って、ちょっとグーグルで調べてみると、『悩みのスーパーヒーロー』という本がすでに1979年に出版されていた。ということは、これ以前から悩めるヒーローの兆しがあったのだろうか。

戦争の世紀20世紀を引き継いだ21世紀も、相変わらず戦争が続いている(「外交」ではなく、単純な「武力」による決着)。もしかしたら、『幸福な時代という希望』の終焉。いつか『絶望の時代』と呼ばれるのかもしれない。あるいは、その時を待つことができないのかもしれなのでは、とさえ思わされる……。

ニュースを見ていたら、ある大学が行った『SDGsの実現のための住みやすい街づくり』の提案の取り組みが紹介されていた。そこに招かれた街づくりが専門の講師を中心に提出されたのは、「『ウォーカブル』というコンセプト」。歩きやすい街並みとすることが、人(特に高齢者)を外に連れ出し、人と街、人と人の関係を生み出して、持続可能な街となるというもの。

この考え方を説明する時に日本語で置き換えるのなら、なぜ初めから「歩きやすい」街としないのだろう(このキャッチフレーズのように、日本語でわかりやすく伝わることをわざわざ英語にするやり方はよく見られることだけど、このことからして、ジ・エイジドにジェントリーであろうとしないプロジェクトではあるまいか。「SDGs」も同様)。


**

具体的な方策の例としては、道沿いに置かれたベンチが取り上げられていた。歩くのに疲れた人々は、ここで休み、話をして交流が始まるというわけだ。街の中のベンチはヨーロッパの大小の通りや通路でよく見かけたし、実際によく使われてもいた。昔のわが国の都市においてもかつては存在していた(古くは商家の前に設置されていた床几。その伝統は学生の頃にもまだ残っていて、観察調査をしたこともある)のに、今ではショッピングモールの中で見るくらいしかなくなった。と思っていたら、歴史は繰り返す、単純なものこそが効果的ということか(ただ、ベンチを使う側はどうだろう。ま、ショッピングモールでは座っている人もいるようだから、大丈夫か)。


* 写真はアマゾンから借りたものを加工しました。
**写真は、スペインバルセロナの大通り。僕は、一時ベンチ写真家を目指したことがありました(その頃は、人がいないベンチだけを撮ろうとしていた)。残念ながら、例のパソコン破損事件のために、すぐに使える写真が手元にないので、以前のHPで使ったものを流用しました(ちょっと画像が粗いのはこのせい)。



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2022.07.17 夕日通信

号外編 『大盛り焼きそば理論』大公開!


久しぶりにコメント(質問)がありました。

大盛焼きそば理論とは? y

どうもありがとう。

それでは、お答えしましょう。久々だったし、ちょっと張り切って、大急ぎで本編の号外編として。




「えーっ。そんなに食べるの?」
「ちょっと多いかな」
「そうよ」
「でも大丈夫」
「そうかしら?」
「食べられるさ」
「そーお?」

 食べ始めてからしばらくは、食べても食べても、皿の中はほとんど大盛りのままのだ。何も変わっていないように見える。
「ほら、全然減ってないじゃない。やっぱり、普通盛りにしておけばよかったのよ」
「でも大丈夫。少しずつ減っている」
「ほんとに?」
「ほら」
「たしかに。少しだけどね」

「もう、半分になった」
「そうね。でも、ぜんぶ食べられる?」
「大丈夫」
「……」

そして、やがて大盛りの焼きそばはすっかりなくなって、皿の中は空っぽになった。

「ね、大丈夫だったろう?」
「ええ」
「僕はね、これを通して学んだんだよ」
「ふーん。何?」
「大盛りでも、食べてしまえばなくなる」
「えっ?」

「とてもできそうにないような量の仕事でも宿題でも、少しずつやればやがて終わる」
「ええ」
「ね。大事でしょ」
「まあ……」
「これを称して、『大盛り焼きそば理論』と言います」
「うん」
「だから、がんばってね」
「ええ……」


日々、膨大な作業量を目の前に呆然としているみなさんは、ぜひこの『大盛り焼きそば理論』を思い出すのが良い。同じように困っている友達には、ぜひ教えてやってください。



こんな号外を書いている場合じゃないのです。
まだまだ募集中!随時ボランティアを募っています。心優しく、いくらかの時間があるという方は、ぜひこちらまでお知らせいただければ助かります。焦り気味は、急拵えのバーナーを見てのとおり。どうか、よろしくお願いします。


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2022.07.17 夕日通信

片付けボランティア第1号現る


昨日、今日と連続して、卒業生が手伝ってくれることになった。ありがたくも、片付けボランティアの募集を見て、申し出てくれたのだ。まあ、途方にくれたトシヨリを見て憐れんでくれたのでしょうね(僕は、今しばらくは自分のことを「老人」、「トシヨリ」と呼ばないようにしようと決心したばかりだったのですが、ここは迷わず甘えることにした)。

「急募!片付けボランティア」は、いったい効果があるものかどうかも不明なまま、大急ぎで書いたのでしたが、翌日朝には案の定、反応はなかった(ま、書いてすぐに読んでくれる人が何人いるのかもわからないので、我ながら焦りすぎ)。そうした時に、「学生なので、平日手伝います」とのメールをくれたのでした(書いたかいがあった。さらに聞けば、これを読んだのは、元ゼミ生たちのSNSのせいらしい。改めて彼女たちに感謝)。彼女は今年から大学院に進学して(ということは、僕のところのゼミ生でもなかった)、新しい環境で学び始めたばかり。

その時のやりとりのメールで、新しい学究生活はどうか尋ねたところ、「学びが多く、楽しいです」とあった。自分が知りたい、わかりたい、理解したいと思って取り組めば、学ぶことは面白いはずだし、得ることも多いに違いない(すなわち、好奇心を満たして、対象への対応を易しくするばかりでなく、これを応用する力を手にする)。そして、自分が一人ではなく、同様に考え、活動する人たちがいることを身近に見出したならば、大いに勇気づけられることだろう。




おかげで、片付けは時間のわりには進んだ。1日目は、新しい環境での生活について話を聞く時間もあったのだ…。

その何日か前、片付けのために寺前に出かけた時、やっぱりやる気が起きずに、仕方なく誰もいない部屋で少し大きな音で古いレコードをかけてみた。歌声が伸びやかに広がって、なかなか良かった。そこで、古いポピュラー音楽の何枚かを持ち帰って、家でも聴いてみることにしたのだった。早速かけてみると、歌い方とアナログレコードの特性ゆえか、音が柔らかく響いて、心が落ち着くようで、心地よかった。




それは、リアルタイムで聴いたわけでもないし、よく聴いていたというわけでもない(当時の実家には、そうした装置はなかった。どこも貧しかったのだ)。しかも、レコードを入手した頃にふだん聴いていたような音楽とも違っていたのに、なぜ、手に入れようと思ったのだろう。ともかくも、いい音楽は、時代やジャンルを選ばないということなのか。それとも、他の理由があるのだろうか。




まだまだ募集中!随時ボランティアを募ります。心優しく、いくらかの時間があるという方は、こちらまでおしらせいただければ助かります。焦り気味は、急拵えのバーナーを見てのとおり。どうか、よろしくお願いします。


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2022.07.13 夕日通信

速報編 急募!片付けボランティア


今日日曜と昨日の土曜は、卒業生が手伝いに来てくれて、寺前の引越しのための本の箱詰め作業を行なった。

進捗状況は本と雑誌関係のおおよそ半分程度といったところだろうか。昨日は総勢5名、今日は3名という布陣、それぞれ実働3時間と2時間ほどの作業だった。1日目は一挙にかたづくかと思っていたけれど、それほど捗らなかった。量が多すぎるのだ。それで、持ち帰るもの、保管又は譲渡するもの、廃棄するものの分類も早々と諦めてしまった(やり方を考えなくてはいけない)。




2日目の今日はどうかと思っていたけれど、今度はあんがい進んだ。慣れたのだろうか(3人のうち2人は昨日からの連投)。3人ともがテキパキと動いてくれて、まだやれそうな気配だったけれど、明日のこともあるので、遅い昼食の時間までとなった(3人ともが明日は仕事がある)。

予想以上に進んだとはいえ、全体から見ればまだ道半ば。一人でやろうとしても進まないのです(片付けができないと、なんだか人間失格の印を押されたような気がする)。




そこで、随時ボランティアを募ります。心優しく、いくらかの時間があるという方は、こちらまでおしらせいただければ助かります。どうぞよろしくお願いします。


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2022.07.10 夕日通信

号外編 民主主義の行方


*

片付けの準備に出かけた寺前から帰ったら、安倍元総理が銃撃されたというニュース。

残念の極み、というしかない事件が起きた。元総理はその後亡くなり、誠に痛ましく、気の毒な結果になってしまった。

日本はどうなってしまったのか。我にもなく、これからどこへ向かって行くのか、これまで以上に心配になる。

これが伝染することはないのか。果たして、民主主義は続いていくことができるのか。暴力にひるんで歩みを止めることはないのか。力に屈せず、萎縮することなく進んでいくことを願うばかりだ。

そして、我が国には、死者を悼むのと同時に、もはや鞭打つことはしないという伝統がある。その後のニュースで聞く内外からの言葉も、故人を讃える言葉ばかりだ。バイデンは「世界の損失」と言い、プーチンは「卓越した政治家」と評し、与党の党首は「アベノミクス」を持ち上げた。凶行の現場には花を手向ける人が絶えないともいう。無論、これはこれでわからなくないけれど……。

ただ、これが今後、死者に鞭打つことはしないという伝統に従って、故人のしてきたことに対して情緒的な対応となって、民主主義のあるべき姿の追求をやめてしまうことを恐れるのだ。

さらに、今世界で起きていることに連なって、力によって相手を屈服させようとすることの連鎖がさらに拡大することがないよう願うのだ。

文字通り、あるまじき痛恨の極みという事件となった。

今日は参議院議員の投票日。


* 写真は、『朝日新聞』2022.07.10朝刊


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2022.07.10 夕日通信

最近の不思議を1ダース+1


昨日は、赤帽の人と会って、寺前から撤収する家電製品を自宅に運んでもらった(そのうちのいくつかはシェアハウスで使うからというので運び入れたものの、使われることはなかった)。ちょうど前日に、新聞に定額で家電製品出し放題のチラシが入っていたのが不幸中の幸い(こちらは、計ったようないいタイミングだった)。追浜の方に幾らかのスペースを用意してくれるという話があったので、聞いて見たところ、残念ながら断られていたのです(なかなかうまくいかないものです)。

そして、最終的に自宅で使うものの搬入準備の進め方について打ち合わせをした。だんだんお尻が決まってくると、やらざるを得ないから、これでまた一つ進んだ感じがする(微々たるものですが。楽天的?)。おまけに、ひょんな事でずっと探していた『独学大全』が見つかった(これは良かったのだけれど、探し物がすぐに見つからないようではダメですね。片付いていなければいけない)。


さて今回は、最近不思議に思ったことを、あんまり古くなる前に、1ダースほど。

01.町の職員が約3年間で1億5千万円を着服し、使ったという。何に使ったかと思えば、オンラインゲームやアイドルグッズというのだ。一体何をどのくらい買ったのだろう?なぜ、3年間も見過ごされたのだろう。しかし、お金というのは、その気になればあっという間に使ってしまえるものなのだねえ。

02.東京23区では、高校生以下の医療費の無償化を実施するという。それはいいとしても、収入に関わらずというらしいのです。こういうことが最近はよく見られますね。バラマキ、やっつけ仕事と言われても仕方がない。いろいろと手間はかかるだろうが、なぜ、高所得者層からは取ることにしないのか。一方では、医療保険の負担は増えているから、余裕があるわけじゃないはずなのに。こういうのを悪平等というのではあるまいか。

03.今や参議院議員選挙の真最中。今回もタレント立候補者が含まれているようです。その人が国政にいかせるよな活動に取り組み、発言してきていたことが認められての擁立なら全く異論はないのだけれど、政党がその知名度だけに頼ろうとするように見えるのはなぜなのだろう。


*

04.各党、各候補者が様々な公約を発表している。似たようなものもあれば、正反対のものもある。共通していることは、「国民」や「皆さん」のためという言葉。立場の違いはあるとしても、ただの思いつき、媚びじゃないとするなら、それを集めて比較し、とるべき政策を定める知恵は望めないものか。専門家が知恵を絞って国民生活を守るという視点に立てば、自ずと政策は定まってくると思うのだけれど、これを阻むものはなんなのだろう。もしかしたら、「国民」や「みなさん」の定義が違うのだろうか、いくらなんでもまさか。ただ、その場しのぎになりかねないものもありそうなのです(いまや、契約も約束も紙一枚、髪一本ほどの重さも無いようだ)。

05.国政選挙の投票率が5割に満たないのはなぜだろう。若い人たちの間には、投票したところでたいして変わりそうにないという意見もあるようだし、残念ながらそのようなことも、ままありそうだ。ただ、投票しなければ変わらないままというのは確実だ。

06.理想主義だと言って、これを排する言い方がある。ただ、理想を最終目的にしない計画、政策や公約が存在しうるのだろうか。少なくともこれを目指すべき目標に定めて、これの実現のための短・中・長期的な計画を描くのがいいと思うけれど、これとは無関係に短期的な目標に終始しているように見えるのはどうしたことだろう。あるいは、理想のみでどうやって実現するかは語らないことも。

07.今頃になって、節電要請とライトアップの中止。震災直後こそ節電があったが、いつの間にか元の姿に戻っていた。まあ、まだ6月のうちに40度越え、さらに連日の30度超、27日に関東地方の梅雨明け等々、季節外れの異常気象が続いていたから、仕方がないところもあるかもしれないが、長い間見過ごしてきて、今頃になって慌てているのはちょっと変。一方、鳴り物入りだった太陽光発電の買取価格は、固定買取制度が終了して以来下がった。そして、オゾン層破壊の被害に対する情報が聞かれなくなったのはどういうわけだろう(回復はしているようなのですが)。

08.アメリカでまた、警察官による射殺が問題になった。さらに独立記念日にも、銃撃事件が相次いだ。彼の国における銃乱射や発砲事件の頻発に対して、なぜ銃規制をしないのかという人は多い。一方で、ウクライナ侵攻等を背景に国防力の強化を唱える人々もいる。この二つを支持する人は案外少なくないようだ。もしそうなら、僕は矛盾していると思うのだけれど、どうでしょう。違いは、交渉の余地だろうか。

09.少し前になりますが、ある時雑誌を見ていたら、純粋な「ジャパニーズ・ウィスキー」の定義というのが決まったらしい。中身はこちらを見てもらうとして、決めたのは国ではなく、日本洋酒酒造組合という業界団体らしい。一方、ビールについては、先に書いたようにいろいろなフレーバーをつけたものも認めるようになった。こちらは2018年に改正された酒税法による。税金の取り方に関わること以外は自己努力で決定せよということなのだろうか。

10.尼崎の市民46万人のデータが入ったUSBメモリを紛失したというニュース。その後見つかったということで、まずは良かった。46万人分のデータが小さなUSBメモリに入ることに改めて驚いた。いったい、一人当たりどのくらいのデータが入っていたのだろうか。

11.戦争は悪。疑いようがない、と思う。しかし、ウクライナ在住の人々の中には怒るどころか喜んでこれを受け入れる人がいるようなのだ、親ロシア派の人々、ロシア人の人たちという)。彼らは、避難していく人々のことを気遣うこともしない(外国のテレビ経由の情報だけれど)。ということは、少なくともふだんから親しんでいたわけじゃないということか。さらに、ウクライナ侵攻のせいで、エネルギー不足や食料危機が懸念されている。ウクライナは小麦の輸出国第5位だった。それでも、GDPEU諸国の中で最下位の国のそれをさらに下回るという。

12.コロナ感染者がまた増えている。これは、不思議でもなんでもないか。

+1.KDDIの通信障害が、完全復旧までに86時間かかった。過去最大級の通信障害だといいう。その影響は広範囲で(うちの固定電話もつながらなかった)、手術ができない等の命に関わるような被害も含まれる。なぜこんなにも甚大な不具合がという気もするが、完璧な機械、システムはありえない。こうしたものに、全てを委ねなければならない状況が、むしろ不思議な気がするのです。


* 写真は、『朝日新聞』2022.07.06朝刊


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2022.07.04 夕日通信

号外「夏鮨」

ここ数日は朝晩はいくらかしのぎやすいとはいえ、相変わらず殺人的な暑さが続いていますが、お変わりありませんか(当方は、はやふらつきぎみですが、さて何に起因しているものか)。

昨日、ありがたいことに箱詰めを手伝いますと申し出てくれた卒業生(嬉しいですねえ)との打ち合わせのために寺前に向かう駅のホームで、「夏鮨」と大きく描いたポスターが目に入った。

「夏鮨」ってなんだろう。どういうものだと思います?初めて聞くけれど、でも、スズキや カレイといった白身魚やちょっと早い新子などの青魚を中心にした一皿を想像すると、なんだかさっぱりとして美味しそうです。

どこでやっているのだろう、何か説明がないかと近づいてみると、神社の鳥居の写真がいくつかあるだけ。神社との連携?新手のキャンペーンなのか。お鮨と関連のある神社があっても不思議じゃないような気もする。今は、たいていの神社は何かのご利益を謳うものだし、中には包丁供養のように調理と縁が深い行事をやっているところもある。でも、見たところお鮨の写真はおろか、店の名前も何一つ記されていないようなのだ。




それで、近づいて、よく見たら、詣とあった。夏「鮨」ではなく、夏「詣」。

漢字を見間違えた、というかまんまと騙されたわけですが、これはこちらの視力のせいもあるけれど(ちょっとお腹も減っていたかも)、もしかしたらこのポスターを作成したデザイナーの仕掛け、思惑ではないかという気がするのは、負け惜しみだろうか。ふつう、「詣で」と書くところをわざわざ「詣」としたのは意識的にやったことで、夏鮨と思わせておいて、つまり興味を引いておいて夏詣に導こうとしたのではないかと思うのです(だいたい、神社詣でよりもお鮨の方に関心がある人の方が多いでしょう)。そして、その狙いは首尾よく成功した、という気がするのですが、さてどうでしょうね。

よく似ていて、しかも全く違うものを連想し、その2つを置き換えること。ただのダジャレのようでもあるけれど、あざとい感じはしないし、しかも出来上がったものはどこか涼しげでもあって、いかにも夏にふさわしい。この2つの字が似ていることを利用することを思いついたデザイナーは、「やった」と膝を打ったのではあるまいか。僕のように騙された方はしばらくして、「やられた」と思うに違いない。それから、神社にでも行ってみるかと思い、そのついでにお鮨を食べようという気になるかもしれません(その逆かもしれないけれど)。何れにしても、彼/彼女の狙いは見事に当たったわけですね。

ただ、こうした(思い込みによる)見間違いは、このところよくあるような気がするのです。こないだは新着メールの知らせが入った時、「アサヒビールから?」と思ったのですが、開いてみると「Amazonの『ビール職人の…』の案内」でした。やっぱり、年取ったせいか(これも、老人の性向の一つのような気がするのです。やれやれ)。

そしてもうひとつ、ついでに思ったことは、自分が大技よりも小技、根本的であるよりも小手先に走りがちな性格なのかもということでした(あんまり嬉しくない)。

明日は、最初の寺前の引越しからずっとお世話になっている赤帽の人と、今後の進め方を相談するために会うことになっています(いったい何度、頼りにしてきたことか)。2歩下がって3歩進見ながらも、少しずつ前進しているということだ、たぶん(!?)。


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2022.07.04 夕日通信

英国製ミステリドラマ『主任警部アラン・バンクス』


このところは、映画よりもミステリというか刑事ドラマをよく見ている(映画はスクリーンで見たいけれど、今は家にプロジェクタとスクリーンがない)。ミステリドラマは昔から好きで、古くは『主任警部モース』やそこから派生したシリーズ、『刑事フォイル』等々を楽しんできた。最近はアマゾン・プライムで、『ボッシュ』とそのスピンオフや『ニュー・トリックス』を経て、ここしばらくはずっと『主任警部アラン・バンクス』。毎日90分ほどは必ず見ているのですが、次第に気になることが……。


*

それにしても、なぜこうも暗いのか。アメリカ製の『ボッシュ』だって、決して明るいわけじゃないけれど。同じチームの中での当てつけ、妬みや嫉妬の故と思われる場面が、これでもかというくらいに出てくる。さらに主役の3人は、それぞれに家庭の問題を抱えてもいる。英国製はこういう側面も描くことが多いようですが、ちょっとこれはミステリドラマとしてはやや度を越しているのではないか、という気がするのです。

それが現実的、実際の人間模様はそうしたものだというのかもしれないが、これはフィクション、テレビで見るドラマなのだ(僕が表層的な理解をしがちというせいかもしれません)。それでも、創作ドラマは、そこまで現実を写さなくちゃいけないなのか(ま、この方が「地に着いた」とか「良質な」というような褒め言葉が似合うのかもしれません。あるいは、直截的に「リアル」に描いた、とか)。そうした要素が全くゼロというわけにもいかないだろうけれど(それはそれでものたりなくなりがちという気がする)、バランス加減が好みの分かれるところなのでしょうね。

ハッピーエンド(僕はあまちゃんなので、基本的にはそうあってほしい)じゃなくちゃだめという気はないけれど、人間の嫌な面、不幸な場面ばかりを見せつけられてもという気がするのだ。ま、いつの頃からか、我が国のミステリー本の分野でも「イヤミス」という言葉も定着したようだから、こうしたものを好む人が少なからずいるということですね。一種の「怖いもの見たさ」や「自虐的」と通じるところがあるだろうか。また、バンクスのすぐに感情を爆発させるところも気になる。

それでも、やめてしまおうと思わないのが、我ながら不思議で、結局全部見た(これを書いている途中で終了してしまったのでした。シリーズ5までで、しかもシリーズあたりの本数が少ない)。次のものを探そうと海外ドラマ紹介サイトを見てみると、英国製にはこれをもっと暗くしたミステリドラマがあって、やっぱり人気があるというのですが(国民性なのでしょうか)。

それで、今はどうしているのかといえば、『新米刑事モース〜オックスフォード事件簿〜』をプライムで見ています。『主任警部モース』(英語版のDVD32話も持っている。これは手に入れやすかったというだけの理由です。モースの生みの親で、そのうちの何話分かの原作となったコリン・デクスターの小説も全部読んだ)の若い頃の物語(原作にはないので、そのキャラクターを借りて、テレビ用に新しく作られたもの)。

すでにもう、1回は見ているのだけれど(NHKBSで放送されたものを録画してもらった)、改めて見てみるとやっぱり面白い(こちらも、ちょっと嫌味なところがあるけれど、それがドラマに人間味や厚みを与えているのかも)。舞台であるオックスフォードの街並みや、古いジャガーやミニ等の車が出てくるのも楽しい。ドラマであれ、小説であれ、ミステリは一度楽しんだらすぐに綺麗さっぱり忘れてしまう。だから、何度でも読んだり見たりすることができるのだ。

でも、こんなことに時間を使っている場合じゃないのだよ(「現実逃避」ということも、わかっているのです)。

ところで、6月27日に関東地方の梅雨は明けたという(異例の早さ!)。片付けも、かくありたい!それにしても暑いです。

*写真は『主任警部アラン・バンクス』公式サイトから借りたものを加工しました。


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2022.06.29 夕日通信

最近の不思議を1ダース


01.ウクライナ侵攻による難民の受け入れが、我が国でも進んでいるようだ。ただ、他の事情による難民の受け入れは進まない。これは、人の命の順位をつけるということではあるまいか。

02.ロシアによる侵攻を否定する国ばかりではないこと。これまでも何回か書いたことだけれど、高度な教育を受けて、平和や人の命の重要性を学んだはずのリーダーたちが、これを無視し、時に戦争を始めてしまうのはなぜなのか。これに対抗する手段は、武力しかないのだろうか。


*

03.憲法改正の理由のひとつに、押し付けられたものだからとするのがあるのはなぜだろう。テレビでもお菓子でも、与えられたり売られているものを喜んで受け入れているのに。

04.我が国は、なぜ核兵器禁止条約を批准しないのだろう。それどころか、オブザーバーとしての参加さえもしない。

05.原発事故の国の責任は認めないというのが、最高裁の判断。事故の前の予測の正確性が論点だったようだけれど、国が推進し、認定した原発の事故に責任がないというのは不思議。

06.さらなる円安を容認する。自国の経済力や国民の生活、現地生産の輸出を主体とする大企業は別にして、中小の企業や商店を圧迫することに対して手を打たないように見える。例えば、ずっと追随してきたアメリカのやり方とは、正反対なのはなぜだろう。

07.議員の定数是正について。都市部対地方の格差が2倍を解消するということのようで、一見正当なようですが、なぜ都市部選出の議員数が多いのを当然とするのだろう。結果的に、弱者を無視することにつながらないのだろうか。

08.なぜ、週刊誌はスクープできるのだろう。先日も議員が追い詰められていたようです。このほかにも、新聞広告を見るだけでも飲まない方がいい薬だとか、例えばトランス酸を含む食物のように食べてはいけない食品リストが載るのはなぜなのだろう。それが正しいのなら、販売禁止にしないままなのはおかしい。

09.人はなぜ、自分だけ良ければよしとするのだろう。特に、命に関わるような手抜き工事や偽証が相変わらず続いている。これまで真面目な国民性とされてきた日本で、けっこう昔から見られるのはどうしたことか。

10.ビールの定義。いろいろなフレーバーをつけたものも認めるようになったらしいが、ビールの本場、ドイツの「ビール純粋令」とはずいぶん違う。これに該当しないものは別の飲み物とすればいい、と思うのだけれど。

11.NHKの中立性や公平性。ことあるたびに、中立性や公平性をいうけれど、ニュースに登場する商品名を隠したり隠さなかったり、また商店や会社名を匿名にしたり明示したりするのはなぜだろう。明確な基準はないように見える。少なくとも、守られてはいないようだ。

12.なぜ片付けられないのか。片付けたい、スッキリとした空間で過ごしたいという気持ちはあるし、その(現実的な)イメージも明確なのに体が動かない。無論、怠け者のせいというところまではわかっているのですが、それ以上のことはやっぱり謎なのです。

これらの不思議は、その原因の大半は、それぞれについて僕自身がよくわかっていないせいですね(最後のものだって!)。


* 写真は、『朝日新聞』2022.06.22朝刊


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2022.06.22 夕日通信

懐かしいもの、新しいもの


先々週(ああ。もう先々週!)の土曜日は、これまた久しぶりに室の木校地に出かけてきた。中庭まで入ったのは1年以上も前のことになる(去る者は日日に疎し)。

チャペルで、昔お世話になった人の「偲ぶ会」があった。構内に入るのはあんまり気が進まなかったのですが、不義理をするのもはばかられるし、土曜日で出席者以外は人もいないだろうと思ったので出かけてきました。

最初は受付だけ済ませたらすぐに帰ろうかと思って出かけたのですが、行けば、キャンパスはもちろんのこと、会の前にはうんと昔にいっしょに働いていた人とも会うことができて、懐かしくて、案外楽しかった(なんといってもこれまでの人生の約半分、35、6年ばかりも通ったところなのだから)。十何年かぶりに顔を合わせて話し込んだ人に、せっかくだから献花だけでもしていったらと勧められて、これを終えたら早々に引き上げるつもりでいたのですが、結局第一部が終わるまで待つことになった(このあたりが優柔不断)。その中で『頌栄451番』を聴いた時は、時が巻き戻されたかのようだった。ただ、久しぶりに耳にしたパイプオルガンは響きがずいぶん薄い気がしたのは、第1にはやっぱり空間のせいだろうけれど……。ようやくそのあとに退出して、しばらく中庭を眺めて、写真を撮って退散してきました。




中庭はシロツメクサに覆われ、白い花が咲いていて、あんまり人が立ち入ってないような感じでしたが、どうなっているんでしょうね(ちょっと心配。ま、もはや気にしてもしようがないけど……)。

しばし、しみじみと感じ入りました。




一方、先の銀座では、建物以外にも新しいものがありました。ニュースにもなった(と思う)『サイクルポリス』、というようですが、彼らが乗る自転車で、アップルのビルの脇に停めてありました。まさか、欧米の都市のように馬というわけにはいかないだろうから(僕はイギリスで実際に遭遇して、驚いたことがあります)、自転車に乗って移動するおまわりさんは見ても楽しいかもしれません。

Hくんは、集まりの席上で、どうした経緯だったか、「自分で決めたつもりでも、案外、そうなっていたということが多いのではないか」と言ったのだった。だから「天職なんかないですよ」とも。その直後に、例の「折々のことば」に養老孟司のことばが引用されていたのですが、ほぼ同じようなことでした。だから、何があってもくよくよ考えないと思い定めることにしよう。あれこれ考えてもどうにもならないことがあるのだ。ならば、前を向くほうがいい。

「天職」については、僕が知っている限りでは、古くはあの伝説的な鮨職人が、「天職などというものはない。与えられた仕事を一生懸命やっていれば、やがてそれが自分の方に近づいてくる」というようなことを言いましたが、この辺りになると僕はちょっと真似できそうにありません。ま、もはや無縁のようでもあるけれど(いや、案外そうでもないのかも)。そういえば、Hくんは建築の大学院を出たけれど、最終的な職場はそれとは無関係のゲームソフト制作の会社だったし、Yさんも大学の専攻とは全く別の分野の業界誌を立ち上げて、発行している。

ところで、つい何日か前には古いものにとらわれないようにしようと書いたばかりなのですが、年をとると、なぜか新しいものよりも古いものの方が勢力を増してくるようです。最近の歌にはちっとも惹かれないのに、古い歌に心が動くことが多くなった(たとえば、『ダニー・ボーイ』や『ムーン・リバー』)。しかもそれは、昔よく聴いていたというものばかりではないのだよ(たとえば、『島原の子守唄』や『五木の子守唄』)。

ビデオはラジオ・スターを葬ったけれど、トシヨリの中ではやがてまた息を吹き返すようです。でも、脳は騙されるというから、どうせなら、あかるい歌の方がいいかもしれない、たとえばあの『バラ色の人生』とか。

何にせよ、自ら動いて変化しなければ、苔が生えてしまうと言います。易しくはないけれど、今度こそは、一生懸命に取り組まなければなりません(自戒)。


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2022.06.15 夕日通信

番外編 前向きになる練習


今日は何ヶ月ぶりかで、寺前に出かけてきた。

必要なものがあったので取りに行ったのだけれど、ついでだからと少し持ち帰るべきものを持ち帰ろうとしたら、これがいけなかった。

作業中に、デュアル・ディスプレイとして使っていたモニターが倒れて、画面に大きな傷がついた。それからデスクトップ・コンピューターに入っているアプリケーションソフトのキーコードを調べようとして電源を入れようとしたら、全然反応しない。何度やってもダメ。参った(このところ、寺前ではどうもよくないことが起こる。どうやら相性が良くないようだ)。これで、古いソフトは使えないかも。このほか、ある時期までの写真がすべて、ここに入っている。これは困ったことになった。どうしよう。


*

でも、しばらくして思い直した。起きたことはしようがない。後悔しても元には戻らない。受け入れて、くよくよしないようにしよう。思い悩まないことの練習だ。そのあとタイムマシーンがあったことを思い出して、これでなんとかなるかもしれないと一安心した。何れにしても覆水盆に返らず。古いものを溜め込まないことや、過去にとらわれないことの契機にもなる。ただ、その時の写真を撮るのを忘れた(やっぱり動揺していたのかも)。




そんなことを考えながら帰ったら、あたりがにわかに暗くなり、雨が降り出し、そして雷鳴が轟いた。しばらくすると、やがて雷鳴は小さくなり、雨も上がって、日が射して明るくなった。積もった埃は綺麗に洗い流して、さっぱりとした気分で暮らそう。


* 写真は、少し古いものを使いました。


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2022.06.12 夕日通信

僕の欠点、憧れはあるのに


とある昼下がり、例のごとくぼんやりと過ごしていたら、スピーカーを通した女性の大きな声が聞こえてきた。どうやら夏の参議院議員選挙に向けての活動のようだ。

その第一声は、「おはようございます。……」でした。これはもうダメですね。何人の子育てをしてきただったか、しているだったか、何のかのと立派そうなことを言ってもダメ。聞こうという気になりません。国政選挙に出ようという陣営の大人が、昼過ぎに「おはようございます」とは、笑止千万。こういう人が国語教育だの日本の未来だのと口にするから恐ろしい(と書いても、当の本人は、なぜそんなふうに言われるのか、たぶん見当もつかないのでしょうね)。


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まあ、時代は変わるし、常識も変化するので、念のために調べて見ると、多くの会社で10時までということになっているようでした。また、例えば『日経STYLE 』のサイトに載っていた2017年61日付のコラムには、NHK放送文化研究所の調査結果として、1位が午前10時までOKとする人が45%、2位は午前9時までOK26%、そして3位は午前11時までOK13%とあった。ただ、これに対し、見つけることのできた放送文化研究所のサイトの20065月6日付の記事には2002年の調査結果が掲載されており、図のように9時の「おはようございます」をよいとする人が9割、10時の「おはようございます」をよいとする人は6割強となっていて、先の『日経』のものとは異なります。さらに、若い人ほど遅い時間帯を許すようです(僕自身は10時頃までと思っていたので、案外厳しい見方をする人が多いような気がしたのですが、20年も前の調査なので、こうしたものかもしれません。ま、いずれにしても調査の詳細が不明なので、正確さについては不明ですが)。

少し前まで、僕は、学生たちが時間帯にかかわらず「おはようございます」と言うのにいちいち反応して煙たがられていたのですが、まあ、おおむね同じような感覚を共有している人が多いことがわかって、良かった。

ただ、相変わらず血圧は上がりっぱなしで、まあ、こんなことで喜んでいる場合じゃないのです。

僕はいちおう「住まいのデザイン」について講じることを仕事としてきたので、「住宅のデザイン」についての関心は当然ながら人並み以上にあるつもりですが、いわゆるショウルームのようなスッキリと整えられたインテリアが第一、というわけじゃない。じゃあ何を住宅に求めるかといえば、本を読む、音楽を聴く、映画を見る、書き物をする、台所で遊ぶということ等を楽しめればいいのです。

ということは、そのためのスペースと機器類がありさえすれば、どんな場所でもいいと言えなくもない。たしかに、たいていのことはそれでなんとかなるので、そうに違いないのだけれど、それをいいことに放っておけばやがてモノが溢れて、次第に心まで圧迫し、ざわつかせて落ち着かなくすることになってしまうのだ(手元に「ある」ものを工夫してしのぐのもいいのですが、これが勝ちすぎるとみすぼらしくなる)。だから、ていねいに暮らすということ、質素でもさっぱりとした空間に憧れるのです。

そうした気持ちはあるものの、一方ではなかなかそのことに集中できないで、すぐに飽きてしまう。長続きしないのです。意志が弱くて、怠け者でつい楽な方を選んでしまう、というのが僕の大きな欠点のひとつ(……)。十分すぎるほどわかっていながら、それでもなかなかやる気が出ないのが困りもの(さあ、どうしよう……)。

追記:ここまで読んでくれた人に、どうもありがとうございます。辻仁成の「JINSEI STORIES」を読んでいたら、末尾に必ずそういう謝意が記されていました。彼の場合はいざ知らず、僕の場合は読む人の役に立つようなことや立派なことは書けないし、いったい読んでくれる人がいるのかどうかさえ定かじゃない。今更ながらですが、もしたまにでも読んでくれている人がいてくれたのら、ちゃんとお礼を言わなくてはいけない気がしたのでした(こんな大変な時代に、それがたいしたことじゃなくても、能天気にみえるようなことでも、書くということは誰かに読んでほしいということでもあるのだから)。


* 写真はNHK放送文化研究所のウェッブサイトから借りたものを加工しました。


2022.06.08 夕日通信
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La Vie en rose


先日録画してもらっていたDVDがようやく届いたので、早速観ていたら、久しぶりに少し元気になったような気分になった。「前向きに考える」ことを改めて教えられたのだ(いくつになっても教えられっぱなし。しかも、すぐに忘れてしまう)。必要ならば、いつでも、何からでも受け取ることができるということを、またしても思い知るのだ。


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何を観たのかと言えば、『ボンジュール!辻仁成の春のパリごはん』とその続編の『秋のパリごはん』。それまで、辻仁成の名を知らないわけではなかったけれど、なんとなく遠ざけて来た。特に理由があったということでもない。だから、小説も読んだことはない。作った料理をブログやSNSで発信して、それが評判になっていると聞いていたし、それも趣味としてではなく、シングル・ファーザーとして作っているという。それでも無縁だったのが、彼の料理を中心としたテレビ番組として放送されるということを知って、録画してもらったのだった。

僕はシングルファーザーでもないし、子供もいないけれど、十分楽しめました。そして、教えられることも多かった。彼は、自分のことを「自分で自分を励ます天才」と言い、ブログには「美味しいものを食べていれば、きっといつか幸せがやってくる」とも書き、そのことを息子に伝えるために、ごはんを作ると言うのだ。こうした積極的な思考と、それを実践しようとする姿が羨ましい。ただ、「料理は愛情表現だから、自分のために作れるか」ということを心配するようなところもある。

正直に言えば、観はじめは違和感があった。なんだか若づくり(幾つになっても若者風の佇まい)のようだし、ちょっと気取っているようにも見えたのです(まあ、テレビの番組を撮っているわけだからね)。おまけに、最初に目についた鍋はル・クルーゼだったし(別に、ル・クルーゼが悪いわけでも、恨みがあるわけでもありません)。その後、ストウブの鍋が出てきて、色も薄いグレイ(うちのものと一緒)だった。で、だんだん親近感を覚えるようになったのでした(若づくりなどと揶揄しながら、こちらはミーハー)。ただ、彼が若づくりなのは、自身が若くありたいことに加えて、たぶん年の離れた息子に対して若々しい父親でいてやりたいのだ。

彼は僕より10ほども若いけれど、観ていくにつれてお手本にしなければならないと思うことがたくさん出てきた。僕は、恥ずかしながら、幾つになってもお手本が必要なのだと思わざるを得ないようだ。自分で考えて、自分で決めることができないことの表れで、このことを残念に思うけれど仕方がない。できるだけいいお手本から学び続けるようにするしかない。残りの人生を楽しむために。たぶん、辻仁成だったら、「僕の未来を精一杯楽しむために」と言いそうですが。

今回初めて彼の歌を聞いたけれど、まあ、また聴きたいというものではなかった(好みの問題ですね)。あれだけていねいに日常生活に向き合っているのに、歌うときはなぜあんなふうに過剰になるのか。不思議に思ったのだ。しかし、考えてみれば歌手でもある彼が平穏な日常生活を保つためには、むしろ自意識過剰とも思えるような表現、すなわち表現者としての強烈な自負が必要になるのかもしれないと思い直しました(あ、こうした手段を持たない場合はどうすればいいのだろう?)。自分には表現したいこと、自分には表現するのに値するものがあるのだと信じられることが羨ましい。

彼はコンサートであれ日常の場であれ、折に触れて『La Vie en rose(ばら色の人生)』を歌う、口ぐさむという感じではなくて、しっかりと大きな声で歌う。歌えば手に入るとでも言うように。『ばら色の人生』は知らないけれど、これからは僕も大きな声を出すことにしようと思う。時間はかかるかもしれないけれど、運がよければ幸福な時間にたどり着くことができるかもしれない。

明日から、気を取り直してやるべきことをやることにしよう。

と書いておいてすぐに言うのもはばかられるのですが、その後の不動産屋さんでのやりとり思うと、気分はなかなか軽くなることが許されないようなのです(やれやれ)。しかたがないから、美味しいものに挑戦しようと思います。


* 写真はNHKのウェッブサイトから借りたものを加工しました。


2022.05.25 夕日通信
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時代は変わる


いつものようにラジオをつけっ放しにしていた土曜の朝、ストーンズらしき曲が聞こえてきた。聴き覚えのない気がしたので、新作が出たのかと思ってインターネットで調べようとした。そしたら、日本人のグループのことがずらりと出てきてびっくり。ストーンズといえば、『ローリング・ストーンズ』のことに決まっていたのに。「時代は変わっている」のだ。


*

おまけに、新作ではなかったよう。でも、新発売のものらしい。HMV&BOOKSのウェッブサイトによれば、1970年代の半ば頃に、新しくロニー・ウッドをサポートギタリストに迎えて製作したアルバム『ブラック・アンド・ブルー』の発表に伴うツアー中に、カナダのトロントの小さなクラブ ”エル・モカンボ” で行なった伝説のシークレットライヴを収めた全23曲のCD2枚組完全版が発売されたとのことだった。

今まであんまり高齢者バンド、というかバンドのメンバーの年齢を気にしたことはなかったけれど、ちょっと気になった(高齢者ミステリ小説であれ、高齢者が元気で活躍するのに励まされるというか、刺激を受けないと気が滅入る一方だ)。少し前までは、こんな気持ちになることもなかった。むしろその逆で、たとえば、選手や歌手たちが「同世代の人々を励ましたい」、「人々に勇気を与えたい」などの言い方をするのを聞くたびになんだか違和感があって、嫌な気がしたのだった。ともあれ、そんなわけで、一時高齢者映画やミステリ小説から離れたと書いたことがありましたが、また復活したのでした。

でも、人の声はあんまり、というかその年齢ほどには変わらないのかな。チャーリー・ワッツは亡くなったけれど、主役の二人が78歳のストーンズは今でも元気がいいし、まもなく80歳になるというポール・マッカートニーの新作を聞いても、昔とさほど変わった気がしない。一方、『時代は変わる』を歌ったボブ・ディランは81歳、人気が絶頂に向かおうという頃、まだ若い時にフォークギターをエレキギターに持ち替えて大変貌を遂げたけれど、歌い方や声はそれほど変わらないようだ。

まあ、何れにしても自分よりも年配の人々が活躍するのを見るのはいい気分です。ということは、「老い」の自覚の表れということなのかもしれません。時が移れば、自分も、そして周りも変わるのだ。


* 写真はHMV&BOOKSのウエッブサイトから借りました。

2022.05.25 夕日通信
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大人」であるということ


「大人って、何ですか?」

「二十歳の頃の話を聞かせてください」
 ある時、不意に言われて、
「むづかしいね。覚えていないんだ」
 と、ちょっと驚いた僕は答えたのですが……。

以前にも書いたことがあると思うけれど、僕はその頃に限らず、過去の記憶が乏しい。はっきりと覚えていることが、ほぼないのだ。これは誇張でもなんでもなく本当のことで、例えば大学の同期の友人たちと会った時に、あの時はこうだった、ある時はああだっと言うのを聞いて、感心するばかりなのだ(いろいろなことをまるで昨日のことのように覚えている、むやみに記憶がいいやつがいるのだね)。




それでも諦めないで、食い下がってきた。なんでも、雑誌「POPEYE」の特集に『二十歳のとき、何をしていたか? 』という著名人の二十歳の時の話をまとめたものがあって、これに感動した彼女は、自分でも身近な人にインタビューして、同じようなものを作りたいのだと言う。ほかの人がいいんじゃないかと言っても、聞かない。それで、苦しまぎれに「大人じゃないし、まして立派でもないし」と答えたのが、さらに質問を呼ぶことになった。それで冒頭のようなことを聞かれたという次第なのだ。

「大人って何ですか」と改めて問われると、なかなか明確に答えきれない。それなのに、自分が「大人」じゃないことは、不思議とはっきりわかってしまうのだ。

皆さんなら、何と答えるだろうか。

僕は急いで、
「字も下手だしね」と付け加えた。
「えっ?」
「ひとかどの人物は、それなりの字を書く、というようなことを読んだことがある」

実はこれは丸谷才一の『女ざかり』の中に、そう言う場面があった(はず)。と書くと、「おや、ずいぶん記憶力がいいじゃないか」と思う人がいるかもしれない(何しろ、この小説が出版されたのは1993年なのだから)。しかし、これは不思議でも記憶力がいいというのでもなくて、つい最近読み返したばかりなのだ(おまけに、正確にはどういう風に書かれていたのかは覚えていないし、確かめようとしても探せなかった、確かにあったはずなのに)。

また、「記憶に残るというのはそこに何かがあるからで、決してノスタルジーではない」(秦早穂子)というのがあった*から、僕の場合には、これまでその「何か」がなかった、ということになるのだろうか。

「大人」ってどういう人のことですか?

「引越し」に関しては、なんの進展もない。おかげで、このところはずっと早くに目が覚めてしまうし、血圧も上がり気味。このままでは、体調にも影響しそうだ。一方、億劫さが先立って、なかなか準備に取り掛かろうという気にもならない。さらには、気分もささくれだってくるようで、この辺りも、老人ではあっても、残念ながら一人前の「大人」とは言いにくいようだ。


*こちらは、忘れないようにパソコンに書いておいた。「折々のことば」、鷲田清一、2022年2月8日朝日新聞朝刊


2022.05.18 夕日通信
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海ちか」プロジェクトからの撤退 03


先日、プロジェクトの企画者の一人である先生からメールがあり、新しい引越し先(とりあえずの荷物の仮置場、という方が良さそうだけれど)の候補をいくつか案内してくれるというので、出かけることになった。






で、木曜の朝、一縷の希望を持って見に行ってきたけれど、結論から言えば、残念ながら、検討するまでもなく適切とは言えないものだった。写真を見てわかるように、平屋の方は傷みが激しいし、後のものは急階段を登らなければならないし、片付ける必要がありそうなものもあった。前者は、時間がたっぷりあれば、改装するのも楽しいかもしれないが、そうもいかない。後者は、これから時間のみならず、体力も乏しくなるものにとっては、とても使えそうにない。

早く、次の場所を探さなければならない。しかし、場所や広さと経済の折り合いがある(これがなかなかうまくいかない)。さらに気分を重くするのが、引越しに伴う負担。箱詰め、搬送、荷ほどき、そして設置に至るまでの作業は、精神的にも肉体的にも、文字どおりおおきな負担なのだ。したがって、もはや何度もできるというものではない。となると、慎重に選択したい。当分、この「葛藤」、「たたかい」は続きそうだ。一方、「契約」は紙より軽いようだ。

これをブログに書くのは、心の整理、備忘録、頭の体操等のためのつもりだけれど…。もしかして、運が良ければ、アドバイスがやってくるかもしれない。でも、こういう話ばかりではあんまり楽しくないね。考えなくてはいけない。

帰りに、床屋に寄って、伸びていた髪を切ってもらった(髪は、その多寡その他とは関係なしに、伸びる。予約なしだったが、運良く空いていた)。ともかく、頭の外側は、さっぱりした。


2022.05.14 夕日通信
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海ちか」プロジェクトからの撤退 02



先日の久しぶりの訪問の続き。




写真は、1階の共用スペース。プロジェクトでは、在学生や卒業生、そして入居者のためのブックカフェ風のサロンになるはずだったけれど、こちらは文字通り手付かず。本や雑誌も箱から出して、とりあえず棚に詰めて込んだという状態(別の部屋に新しく入ってくる入居者のために、箱に入ったままの荷物を移動して部屋をからにする必要があった。結局、最初に入った2人から増える事はなかった)。プリンタやTV、食器等も同様。

これには、住人の一人として、責任を感じる。しばらく体調のことがあって通えなかったり、車の禁止といった個人的な事情があったほか、コロナ禍に関わる事等々、諸々の事情・状況が重なって、進めることができなかった。ここも「Nice Space」にはなり損なった(一人でも整備しようという気力も、もうなかったのだ。もう一人は、もともと関心がないようだった)。




一方で、いつの間にか、冷蔵庫置き場に入らないほど大きな冷蔵庫をはじめとする家電製品がいくつか運ばれてきたりしたが(たぶん、大家、プロジェクト企画者、入居者の3者の思惑のすれ違い)、このことも当初の計画を狂わせ、困惑させられた。僕自身は、台所を使うことが一度もなかった。

そんな中で、不幸中の幸いと言うべきか、解いた段ボールが処分しないまま残っていた。まずは、これを使って箱詰めを始めるのが先のようだ(使えるといいけれど)。

と、一旦は思ったものの、いっそ専門の業者に頼んでしまおうかという気にもなる。作業量が多いことにもうんざりだけれど、今度はその先には何もないのだ。次第に、残り少ない時間をこんなことに費やすはずじゃなかったのに、という気がしてくる(気分はますます重くなる一方。気力、活力が乏しくなっているのだ)。

その後のある朝、ゴミを捨てに出ると、ゴミを入れるネットの外にダンボールと本らしきものが目に入った。紙ゴミの日でもあったんだと思い出しながら近づくと、小さなダンボールがいくつかと紐できちんと結ばれた本がいくつかが、きれいに並べられてあった。裸の本の表紙を見てみると、多くが歌集のようだった(きっと愛読していたものに違いない)。やっぱり捨てることを考えるしかないのだろうか、という気がした。

このところの新聞を見るとなぜか、「断捨離しました」という番組だの、誰でも迷わず捨てられるコツが満載の「捨てる決心をつけてラクしてキレイが続く家に」という特集の雑誌だの、「なんでも溜め込んでしまう夫婦、死の間際に片付けを決意する老婦人、本を捨てられない新聞記者」等の話からなる小説だのの文字が目に入ってくる。

また、別のある朝、お湯を沸かしていたときのこと。何か燃えているような匂いがした。コンロの火は消してあるはずなのだけれど…と確認すると、たしかに消えている。でも、匂いは消えない。おかしいと思っていたら、左手のミトンから炎が出ていたのだった。でも手は熱くなかったから、ミトンの耐火性能に感謝しなくてはと思っていたら、今度はベストの裾が焦げていたことに気づいて、びっくり。なんだか、急に、というかさらに老人になったのだという気がした。


2022.05.11 夕日通信
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春、なのに


今日は憲法記念日。ゴールデンウィークのちょうど真ん中あたり。今年は3年ぶりの制限なしということで、どこも盛況らしい。皆さんはいかがでしょう。僕は、帰省することも叶わず、どこにも出ないままで、これまでと変わるところがありません。というか、ちょっと気が重い。

先日、寺前の部屋の大家さんから契約を解除したいという申し出があったいう連絡が、この「海ちかスタジオ・プロジェクト」の立案者の一人の先生から届いた(驚きはしたけれど、青天の霹靂というのでもなかった)。

このイベントスペース+シェアハウスを軸とするプロジェクトは5年を目安にして契約されたものだったから、ほぼ1年とちょっとで打ち切りに相成ったということになる。

僕自身も、参加を決めた当初の条件が次第に変わってきて、思惑通りに使えないようになったので、5年を待たずいずれ出なくてはいけないと思っていたけれど、先方から言われると話はまた別。踏ん切りがつく一方で、時間的制約のある中での引越しの大変さが気分を重くする。何しろ本と雑誌だけでも、段ボール箱が何百個もあるのだ。その思いが日が経つにつれて強くなってきた。寝ていても、途中で目覚めたら、このことが頭に浮かんで眠れなくなってしまうときがある。

今思えば、ここに越してくるときに、本も思い切って処分すればよかったのかもしれない(その時は、「ブック・カフェ」風という魅力的な話で、渡りに船だった。だから、ある種、自業自得)。此の期に及んでは、捨てられない性格をなんとかしなくてはいけない。空間には限りがあり、残された時間も長くはないのだから(わかってはいるのですが……)。

研究室を出るときもなかなか大変だったけれど、その時に比べると、交通手段、マンパワー、資材の入手、体力、使える時間、経済状況等々の条件が、段違いに悪すぎるのだ。おまけにコロナ禍のこともあって、当時箱詰めやら何やら手伝ってくれた卒業生たちのほとんどをここに招くことのないまま閉じてしまうことも気になる。

まずは、この日に日に重くなる気分を整えなくてはと思うのだけれど、考えれば考えるほど鬱々としてきて、気分はいっそう滅入りそうでもある。さっさと作業に入るほうがいいのだろうか。




それでも、外は春。あかるい陽の光に満ちている。


2022.05.03 夕日通信
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老いることは、他者が死ぬこと


何週か前に、映画「ONCE ダブリンの街角で」に触れましたが、同じ監督がアメリカで作った「はじまりの歌」(2013年)もなかなか良かった、やや甘い気もしますが。僕はキーラ・ナイトレイがちょっと苦手だったのですが、ここでは気にならなかった。彼女が今や37歳だというのには、ほんとうにびっくりした。初めて見たのは、「ラブ・アクチュアリー」だったけれど、それからもう20年ほども経っていたのだ(ああ!)。プライムビデオで見ることができます。




「老いることは、自分が付き合っている他人が死ぬことなんです」。

先日の朝刊の小欄*にあった。そう書いたのは、鶴見俊輔。その文章の後には、「他人の死を見送ることです」と続く。だから、他人というのは文字どおり、自分じゃない人のことを指す。たしかにそのとおりだと思う。年をとると、自分より年長の人はもちろん、時には年下の人も亡くなってゆく。多少の長短があるけれど、誰もがずっと生き続けるわけにはいかないのだ。

しかしそれだけではなく、同時に、自分の中のもう一人の自分としての他人も死んでいく、と思うのだ。人は年をとるにつれ、たいてい頑迷になり、自分のことだけを第一に考えるようになりやすい。ということは、自分を客観的に見る力、すなわち自分の分身である他者が死ぬということなのだ。

だから、自戒しなくてはいけない。しかし、だからと言って避けることができないというのが、年をとることの残酷なところだと思う。

世の中には、年をとると種々のしがらみから解放されて自由になると言ったりして、老人になることをむしろ喜ぶべきこととして、(半分は励ましとしても)語る人も少なからずいるようだ。たしかに、社会的な制約からはいくらかは自由になるかもしれない。しかし、自身のありようは身体的にはいうまでもなく、精神もむしろ不自由になる部分が多いような気がする(と思うのは、自身が人間的に未熟だということなのだろうか)。

と書きながら、なぜこういうことを書きつけているのだろうと思うことがある。知識があるわけじゃないし、理解するのも少しずつだ。ましてすぐれた洞察力があるわけでもない(考え抜くということができない)し、大勢と異なる独自の意見でもない。ただ、思ったこと、しかも途中経過を書き続けているのにすぎないのだ。

もしかしたら少し前までならば、学生に向けて書くのにはいくらかの意味があったかもしれない(読む側にとっても)。とすれば、もはや意味がないのじゃないかと言われると、そのとおりで返す言葉がない。それでも、(怠け者にも関わらず)こうして書き続けているのはなぜかなのか。われながら、ちょっと不思議です。

結局のところそれは、頭の体操、自己確認ということなのだろうか。書くこと、それを読み返すこと、そしてそれらを繰り返すことが、自身の中の他者を拡張させることはあるだろうけれど……。

でも、そうだとすれば、自分だけの日記の中にでも書いていればいいことだ。何も人に読んでもらおうとすることはない。それがわかっていながら、こうして公開しているということは、やっぱりそれだけじゃない何かがあるということなのだ……。

この欄の冒頭に記したように、手紙のつもりで書いているわけですが、さて、宛名のない手紙の行方は……?


*「折々のことば」、鷲田清一、2022年416日付朝日新聞


2022.04.27 夕日通信
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散歩の途中で 石垣劇場編 2022・01


自分がまさかこんな状況に遭遇するとは思ってもみなかった。パンデミック、そして戦争。こんなふうに思う人が他にも、多くいるのではあるまいか。特に戦争は人為的なものだから、衝撃だった。20世紀は戦争の世紀と言われるけれど、今世紀に入ってからも、小国同士の戦争、内戦等々はあった。しかし、まさか常任安全保障理事国の任にある超大国が隣国に侵攻し、戦争を始めるとは露ほどにも思わなかった。でも、その2つに違いはありませんね。いくらルールがあるとは言っても、戦争は戦争。非人道的な攻撃、武器と言うのを聞くたびに、本来戦争にも武器にも人道的なそれがありうるとは思えなかった。

しかし、ますますエスカレートするばかりのロシアの非道さを見るにつけ、さらに残虐な攻撃、すなわち非人道的と言う他ないような行為というのが存在するのだと思わないわけにはいかない気がしてきました。赤十字の旗を掲げた救助のための施設や子供や民間人が集まった場所への攻撃等々、そしてこのところ目にするのは、虐殺、拷問、処刑等々の文字。もはや「ジェノサイド」という声もある。ネオナチから救うと言って、かつてのナチと同じことをする。自身が掲げた屁理屈の言葉さえも裏切っているのだ。

そのロシアへの他国の対応を見ていると、最初は経済制裁(と言っても、初めは自国に不利益が生じない範囲)、次は武器供与という具合になってだんだん厳しさを増しているようだけれど、政治的な判断、それも損得の感情次第というところが垣間見れるようだ。この経済制裁や批判さえにも加わらない国もある。しかも、ニュースによれば、今のところ経済制裁は全く効果がないという。その理由は、ロシア最大の輸出品である石油や天然ガスの需要が堅調なせいらしい。ロシアからの輸入でエネルギーの半分近くをまかなっているヨーロッパ諸国が背に腹は変えられないということだろうか。

残虐行為が次々と明らかにされるなか、上記のような対応はあるものの、難民や罪なき人々が命を落とすような攻撃を直ちに停止させる有効な手立ては、未だなされない。テレビや新聞には悲惨な光景が映し出されるのと同時に、知識人や専門家という人々が様々な見方を示し、解説が溢れている。しかし、解決の道は示されず、事態は深刻の度合いを深めるばかりのように見える。こうした状況や次々に映し出される戦争のあ利用を平和な国の家の中でテレビの画面越しに見ていると、腹立たしい思いの一方で不思議な気がしてくる。一体、理想主義的に走りすぎず現実的で、かつ平和的に解決する方法というのはあるのだろうか。






それでも外に目を向けると、春の明るい陽射しがあるし、その他にも石垣の上にも変化があって、小さな花や緑の葉がさらに勢力を増して、春が来たことを知らせている。それにしても、小さな草花の生命力の力強さや美しさには見るたびに驚かされるのだ。本当にすごい。今ある戦争を止めるには役に立たないけれど。

そして、跋扈する、声が大きくて自分だけが正しいと思っているような輩が、自身の姿に気づけばいいと願うのだ。


2022.04.20 夕日通信
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東京駅、ソフィア駅


急に暑くなりましたね。その変化も急激で、昨日と今日、朝と昼と夜の気温がそれぞれ独立していて、無関係であるかのよう。この他にも、気になることがある。と言って、別に目新しいことでもないのですが…。おまけに先日、ひょんな事から学生の発表を聞くことになって、思うことがありました。


*

**

さて、東京駅は知っての通り辰野金吾の設計ですが、オランダのアムステルダム駅を参照していると言われています。これを否定する説もあるようだけれど、先日見ていた紀行番組***の中では、「東京駅がこの駅舎を真似てつくられたことでも有名です」という言い方をしていた。また、別の回****では、ブルガリアのソフィア駅は、「ミュンヘンオリンピックの競技場をモデルにして建設された」と言う(気になって、Wikipediaで調べてみると、構造のスタイルが同じということらしい)。建設当時のことを想像すると、首都の駅舎は国の象徴とも言うべきものの一つであったはずなのに、それにもかかわらず、比較的はっきりと参照した例があることを承知で、建設が認められたということならば、ちょっと不思議な気がします。

目指すべき先進的な文化ということだったのか、いいものはいいという態度だったのか、それとも、「真似」と「参照」の違いを意識していたのか。もしかしたら、単に気にしていなかっただけなのか。

気になったというのは、要は言葉の使い方ということなのですが、これにあんまりこだわるのもどうかという気がしなくもないけれど、やっぱりもう少し気を使うべきなのではないかと思ったのです。すなわち、「真似」たというよりは「参照」した、「参考」にしたという言い方がいいのではないか。

というのは、デザインに限らず創作行為には、ほとんど必ず、そうした側面があるはずなのだから(その直接的な例は、「本歌取り」の伝統)。念のためにいうなら、もちろんただ真似しただけという例も少なからず存在しているけれど、作り手の意識のありようにおいて、それとは違うことは言うまでもありません。

参考にしたり参照しようとするときは、その対象にある美点や特質を見出し、その時の環境や状況を考慮しながら、これを生かすべく再構築する。そうすることで、新しさを付け加えることになるのだろうと思います。

何かをデザインしようという場合、作者自身の感覚や考え(主観)を大事にすることが大切であると考えるのですが、それだけを頼りにするわけにはいきません。同様に、他者(客観性)だけを重視するというのでもないだろうと思います。そのどちらから出発してもいいけれど(僕自身は、あんまり頭でっかちになりすぎない方がいいような気がします)、自身の感性と批評的な精神の双方を持つことこそが、創造的でありうるための方法だろうと思うのです。

さらに、何をするにせよ、相対的な見方を一方に置かないかぎり、普遍性(妥当性)を獲得することはむづかしそうです。すなわち2つ以上を比較することによって、それぞれの類似と差異を知ることができる。この見方は、例えば仮説と検証ということにも連なりそうです。先の学生の発表の多くは「こうしたい」という意図はあっても、出来上がったものについて見直して「それがうまく実現、または表現できているか」という視点が乏しいように見えたのが残念なことでした。偉そうに言うことはできませんが、相対的な見方を身につけたからといって、すぐに普遍性を得ることができるかと言えば、それはまた別の話(というのが辛いところですが…)。

ついでに言うなら、「あなたらしくあればいい」とか「個性を大事に」というのも、その通りだと思うけれど、気をつけなければいけない。あんがい誤解して捉えられていることも多いのではあるまいか。自分の世界に居座ってひとりよがりにならないためにも、相対的な見方をするということを意識するのが良さそうです。自分を大切にするというのは、自己中心的になることとは全く違うし、自身の信じるところを主張するのと独善的であることとは全くの別物であるはずだから。

ところで、ニュースの伝えるところでは、ウクライナに侵攻しているロシアのプーチン大統領の支持率が4年ぶりだかで上がったらしい(独立系の調査会社によるものという)。今の時代にあっても、自国の利益さえ満たされれば、他者はどうであれそれでいいとする人が少なからずいるということに驚いた。それが、宣伝の効果によるものだとしても。そして、操作された情報を鵜呑みにするということにも。少なくとも、一時は別の世界の空気を吸っていたはずなのだろうに、と思ったりもしたのですが、この支持者の多くが高齢者というから、こうしたことも年をとることの影響なのだろうか(怖いです。より意識しておかなければ)。


* 写真は、復元後の東京駅。Wikipediaから借りたものを加工しました。
** 写真は、現在のアムステル中央駅。Wikipediaから借りたものを加工しました。
*** 欧州鉄道の旅第61回 風と共に生きる国 オランダ(前編)
**** 欧州鉄道の旅第65回 東洋と西洋が出会う国 ブルガリア(前編)

2022.04.13 夕日通信
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ストリート・ミュージシャンの胸中


何回か前には羨ましいこと、そして不思議に思ったことについて書いたけれど、今回はまた奇異に感じたことを。

ヨーロッパを旅する紀行番組を見ているとよく目にするのが、ストリート・ミュージシャン。実際にも、海外に出かけたときは、よく目にしました。ポップミュージックだけじゃなく、ワールドミュージックからクラシックまで、あらゆるジャンルの音楽が聴けそうです。我が国よりもはるかに目にする機会が多いようなのは、法規制のせいだろうか(これは、いったい何に起因しているのだろう)。
路上で演奏を聴いて楽しんだ人々は、楽器ケースや空き缶等にお金を入れてゆく。こうした聴き手と演奏者の顔が出会った時は、お互いににっこりする。良いものを聴かせてくれてありがとう、聴いてくれてありがとう、というわけですね。いいなあ。とりわけ、演奏者は嬉しそうです。


*

ところが、先日見ていた時は、いつもと様子が違った。ギターを弾きながら歌う若者を、何人かの人々が少し離れたところで取り囲んで聴いていたところまではいつもと同じ。ただ、演奏が終わるや否や、画面をさっと横切るものがあったのです。白いシャツに黒いパンツを履いた、痩身の女性のようだった。まだ拍手が鳴っている中、彼女はギターケースのところまで近づくと、コインをさっと投げ入れて去っていったのだ。果たして、彼女は演奏を聴いていたのだろうか。それとも、ただ助けになればと思ったのかもしれないけれど。

この時の演奏者の思いはどうだったのだろう、と気になったのだ。

お金を入れてくれたことはありがたいだろうが、ちゃんと聴くことなしに、あるいは拍手もなしにお金だけを投げ入れて立ち去った人に、彼はどういう気持ちを抱いたのだろう。感謝したのか。それとも、複雑で苦い思いを飲み込んだだろうか。

そんなことを考えていたら、2007年に公開されたアイルランド映画「ONCE ダブリンの街角で」を思い出して、また観直したくなった(でも、ついこないだ観たと思っていたのが、もう15年近くも経っていることに気づかされて、恐ろしくなりました。ああ)。


* 写真は、手元にないために、映画「ONCE ダブリンの街角で」の一場面を、映画等に関するデータベースIMDbから借りたものを加工しました。ついでながら、同じくアイルランドを舞台にした音楽映画「ザ・コミットメンツ」も面白いです。


2022.04.06 夕日通信
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散歩の途中で 中古品を買う





いよいよ春めいてきましたね。ずいぶん暖かくなって、散歩もしやすくなった。コロナのせいで遠出はまだまだのようだけれど、当方にとってはもとより大して影響はない。先日外に出てみたら、家のすぐそばに1本だけ残った桜が花をつけていました。昨年までとは違って、1種類1本だけというのはちょっと寂しいけれど、あるだけマシとしなければいけません(かつて、隣接する道路沿いの桜並木がバッサリ切られてしまった)。その代わり、梅はけっこう見ることができた(どちらかといえば、梅の方が好きなのです)。

さて、アマゾンの中古品(主に、本とCD)を利用するようになったことは、すでに書いたことがあります(一時、ずいぶん重宝したことがあったな)。最近になって、それよりももっと強力なところを見つけたのです。近所のブックオフ。その気になれば歩いていけるところにあって、何より安いし、送料もかからない。ちょっと待っていれば、文庫本などは100円で買える。おまけに、20%引きなどというセールもやるのです。ミステリーなどを楽しむのには、これで十分。最初に見たときはこんなに安くていいのだろうかとも思ったけれど、とても助かる。ま、中には買うんじゃなかったと思うものもないではないけれど、それでもそんなに惜しくない(全くないわけじゃないけれど。と、思うところが貧乏性。ちょっと寂しい)。

ただ、困ることが一つ。古本を買うことはあっても、売ることがないのです。つまり、増える一方なのだ。安く手に入る分、そのスピードは増す。救いは、欲しいCDが見つかりにくいことと、さらに本ほどには安くない。映画は事情があってテレビのディスプレイで見るしかできないので、できるだけ録画してもらったDVDとプライムビデオ に頼るつもり(と思っていたら、「ボッシュ」が終了してしまった。なかなかうまい具合には運ばないものです)。中古の代表的なものの一つである古着は、買ったことがない。興味がないわけじゃないけれど、もはや必要性もほとんど無くなったようです。

ところで、若い人は古着が好きな人も多いようだから、新しいということに執着しない人が増えているのかもしれませんね。とするなら、日本人の新しいものをよしとする風潮も変わるかもしれません。もしかしたら、住まいも街並みについても。

でも、ガステーブルはそういうわけにはいかないから、ようやく新しいものを買いました。他にも、新品じゃないと困るものがありますね。最近買ったもので言うなら、例えば電動歯ブラシの替えブラシ、とか靴クリームとか…。そして、これは困ると言うより嬉しいと言う方がいいかもしれませんが、その他にも僕は、ちょっと口には出せないけれど、思いつくものがあるのです……。


2022.03.30 夕日通信
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なんだかなあ。でも、もう春


日曜の夕方は、いつものようにぼんやりとラジオを聴いていました、「岡田惠和の今宵ロックバーで」。ゲストは歌手の藤原さくらさん(初めて聞きました。今や、こういうことは日常茶飯事。ほぼ同年齢のボッシュ刑事の言い方を借りるなら、最近の音楽については「昔ので手一杯だ」というところでしょうか)。

岡田が藤原さくらのCDを持っているという話から、彼女が英語で歌う歌がいいとホメる。「これを聞くと70年代の洋楽を思い出す」(たとえば、ジュディ・コリンズやジョニ・ミチェルあたりだろうか)というようなことを言い、これに対して「嬉しいーっ」と答えるわけですが、これが不思議。たしかに、そういう雰囲気があるのだけれど。ちょうどその前の番組では、ミーシャが今の状況を憂いて、ルイアーム・ストロングの「この素晴らしき世界」を英語で歌うのを聴いたばかりだったのです。

ま、いろいろな感想があるでしょうけれど、僕は日本人に聴いてもらおうとするなら、わざわざ英語で歌わなくてもと思ったし、英語で歌うのは何の意味があるのか全くわからないのでした。結構好きな番組だったのに、なんだかなあ。




ところで、そうした気持ちとは関係なく、もう春です。青空も冬のそれとは違って、うっすらと霞をまとっているようだし、石垣の上にも確実に春がやってきているようなのです。嬉しい気がする反面、一方ではあまりにも早く進む時間のスピードが怖ろしい気がします。


追記:思わぬHPのトラブル(まあ、思ったより早く解決してよかった)のせいで一週間遅れの掲載ですが、その間にも冬に逆戻りしたような日もありました。なかなか一筋縄ではいきません。


2022.03.23 夕日通信
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「スロー・ライフ」


ヨーロッパを中心とする紀行番組を見ていて羨ましいと思うことは、実は他にもあるのです(なんだか、羨ましがっているばかりの生活のようだけれど)。その一つがトラム。路面電車ですね。かつては当然、日本の各都市でもたくさん走っていたわけですが、今ではその多くが廃止されてしまった。

廃止された理由はいろいろあるだろうけれど、最も大きいのは、たぶん「効率」が悪いということではあるまいか。トラムは地下鉄等に比べると、工事費ははるかに安価だけれど、道路上に線路や架線を設置しなければならない。設置された線路の上を走るから軌道は一定で、自在性がない。このため、自動車の走行の邪魔になりやすい。後ろからクラクションを鳴らされても、脇に避けるわけにはいかない。さらに、速度もバスに比べると遅い。制限速度は地域によって違うようだけれど、時速にして5〜10㎞ほどの差がある。したがって、公私ともども忙しくなった現在の人々には、これらが受け入れなくなったのに違いない。一方、こうして得られた時間はどれほど有効に活用されているのでしょうね(あ、これはできないものの僻みですね。いけない、いけない)。


*

僕はご承知の通り暇人だから、横浜や東京なんかでもトラムが復活してくれないものかと願うのです。利点としては、例えばCO2の排出を抑えられることなんかが実際的なものでしょうが、このことはひとまず措くことにします。ここでは、僕が惹かれる「楽しみ」という点から書いてみたいのです。

バスに比べると、乗りたり降りたりするにしても、「自由な気分」があるような気がします。バスに乗っていて、ここで降りてみようかと思うことはまずないけれど、トラムにはそれがあって、しかも簡単に降りることができる。まあたいていの場合が、旅行者という気楽さのせいかもしれないけれど、外国のいくつかの都市ではそうした経験をした。

座面の高さもバスのそれに比べると低いから、歩いているときの感覚に近い。その分、街との関係、風景との関わりが強くなる。つまり、ゆっくり向き合うことで得られる楽しみがあるのではないかということです。すなわち、「スロー・ライフ」の効用。ところでいつも、やたらに外国語を使う風潮を嫌う文章を書いているのに、タイトルをカタカナにしたことを訝る向きもあるかもしれません(ま、気にしないかもしれないけれど)。これの方が、より積極的にそのゆっくりと暮らす生活に対する考え方を含んだ言い方だ、と思うからです。

以前に書いた建築家の阿部勤が、年取ってからの台所を「その中にいることが楽しくなる場所」と言い、そこでの作業はできるだけ「面倒くさい方がいい」としたことと通じところがあるかもしれませんね。とするなら、「ゆっくりと楽しむ生活」がいいと思うのは、こちらがただ年取っているからということだからだろうか(でも、これを楽しむ人は年取った人ばかりじゃないはず)。それとも、トラムの楽しさもやっぱり、記憶が美しくしてしまったということなのだろうか。

ただ、現在また、路面電車の新設や延伸を考えている自治体も出てきているようです。もちろん、課題もあって、先に挙げた効率の問題に加え、誰もが使えるようにするためにはホームの安全性や快適性の確保等、そしてこれに伴う経済の問題がありそうです。これらを解消するためには、自動車との関係が問題になりそうですが、これを解決するためには、結局は使う方、街に対する人々の考え方次第によるところが大きい、ということなのかもしれません。


* 写真は、手元にないために、ウィキペディアから借りたものを加工しました。


2022.03.09 夕日通信
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今、昔、そして未来


威張れることではないのですが、僕はこのところずっと、何をするでもなくぼんやりと暮らしているのです(やるべきことはあるはずなのですが)。それで、昔の紀行番組やら映画を見たりするのですが、時々、かの国々の人々が羨ましいと思うことがある。分けても、若い人たち、特に学生やその同世代の人々。


*


古い建物の中で、学ぶことができる、あるいは街に出れば、至る所で過去の時代(中世)に出会うことになるだろう。これは、そこで過ごす人々のものの見方や感じ方に影響を与えずにはおかない。美的感覚のみならず、とくに歴史に対する認識の仕方においてそれは大きいのではあるまいか。

すなわち、「今」だけと付き合うのか、「今」と「過去」の二つと向き合うのか。この二つの空間体験の違いは、未来との関わり方に大きな影響を及さずにはおかないだろう。これは単に想像というのではなく、しばらく彼の地で過ごした経験や当地での若者に対するアンケートをした結果でもその思いを強くしたのだった。むろん、前者はわが日本のことだし、後者はイギリスの古い大学都市での経験。

もちろん、だからと言って幸福な体験ばかりというのではない。逆のこともあるのだ。少し前の時代には、彼らのうちの一部はいくつかの戦争や紛争に参加せざるを得なかった(そしてまさに今、そうした過去や歴史から学ばかったような指導者たちが跋扈している。いったい、どうなっていくのだろう)。

ただ、見ていたDVDは10年ほども前のものだし、映画に至っては新しいと思っていたのにも関わらず20年以上も前のものだったということも少なくないのだ。もしかしたら、こうした感じ方もそのくらいには古いと言われるかもしれない。

だいたい記憶力に乏しいのは何回も書いたことがあるし、体験してこともたいてい忘れている。しかしそれでも覚えていることがあるし、そうじゃないことも自分の考え方やものの見方にいい影響を与えていると信じたいのだ(ただし、それが実際以上に増幅されているかもしれないことを恐れるけれど)。

「過去に学ぶ」という言葉のほかに、「歴史は繰り返される」という言い方もある。結局、人間の本性は変わることがないのだろうか。自身が学んだこと(これがどれほどのものかが心配)を大事にするよりないのだろうと、心に刻むのだ。


* 写真が手元にないため、ウェッブサイトフォートラベル から借りたものを加工しました。


2022.03.02 夕日通信
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スーパーの紳士に教わる


先日スーパーで見かけたのは、カゴを手に買い物をするチェックのツィードのジャケットを着た初老のおじさん。下もジーンズではなかった。ちょっと新鮮でしたね(背は高くなかったけれど、痩身で姿勢も良かった)。その時の僕はといえば、日差しがあったので、歩いて行ったのですが、ハイネックにダウン・ジャケット、頭にはつばなしのニット帽という格好だったのです。


*


だいたいこの1年ほどは、ジャケットを着る機会もほとんどなくなって、毎日ほぼ同じ格好をしている(黒のハイネックにジーンズ。というと、ちょっとジョブズみたいだけれど…、ぼくのはくたびれ加減の安いものばかり)。まず人に会うことがないので、全然支障はないのですが、それでもちょっと困るようなことが出来してきた。生活そのものも緊張感というのか、ハリがなくなったような気がするのです(怠惰になるばかりで、最近では髭を剃ることも忘れることがあるくらい)。「身なりに気を使わなければいけないのは、子供と老人です」という、かつての同僚の言葉を思い出しました(けだし、名言)。

そんなふうなので、ここはあの紳士を見習って、外出するときにはジャケット着用ということにしたほうがいいのではないかと思った次第でした。だいたい、外出すると言っても、近所の簡単な買い物や本屋くらいしかないのですが。

ところで、洋服はそれを見る他者を意識して語られることが多いようですが、一方で着る人自身の気持ちのありように与える影響はかなりのものではないかという気がします。さて、それで着るものを変えたなら、いまの自堕落な気持ちに1本筋が入ることになるのかどうか。ただ、まだまだ寒いので、その上にコートやダウンを着ることになりそうなのですが、その場合はどうなのか(ということを考えるならば、やっぱり他者の目というものが関わることには違いなさそうです)。

となるとやっぱり、ロバート・デ・ニーロ**に倣って、家の中でもジャケットを着るしかないのか(この誕生日を機に、それもいいかもしれない)。まずは、床屋に行くことにしよう。

ところで、アップロードした後、確認しますかというメッセージが出るので、OKボタンを押して確認するのですが、アップロードしたはずのものが反映されていないようなのです。なんどやっても同じ。一体、どうしたことだろう。ソフトの不具合?それとも、パソコン?


* 写真は、ウェッブサイトBEST TiMES から借りたものを加工しました。

** 以前にも書いたことがある映画「マイ・インターン」の中でのデ・ニーロは退職した後も毎日、朝起きると髭を剃り、ネクタイを締めるというのではなかったか。



2022.02.23 夕日通信(*コメントやお便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

再び、イーストウッドにならう


映画を見ようとして、何を見るか決まらない時、芝山幹郎の「映画一日一本365」を手にすることがある。ページをめくると、1月は「イーストウッドとシーゲルの月[闊達]」とある。

で、イーストウッドの映画を見ようと思ったのです。本の最初に取り上げられているのは、「続夕陽のガンマン」。柴山はこれを21世紀になった今でもベスト1候補の一つだという。「空間に対する嗅覚が鋭く、アクションに工夫が凝らされていて、しかも笑える」、すなわち「三拍子そろった映画」というのだ。おまけに、ちょうど今も、イーストウッドの新作が上映されている(監督50周年記念作品「クライ・マッチョ」。90歳のときに撮ったもの!)。

すごいですね。「運び屋」(2018)の時も驚いたけれど、それからさらに2年が経っている。と思ったら、その間に「リチャード・ジュエル」(2019)が公開されているのだ。ハドソン川の奇跡」(2016)以来ほぼ1年に1作のペースで撮っているのだ。なんという驚くべき創作意欲とエネルギー!

前回は訃報のことだったから、高齢になってもエネルギッシュな創作を続けている人を見るのは嬉しい。

ならばと思って探してみたけれど、家にはなかった(たいてい寺前に置いてあるのだ)。で、手元にあった、いくつかイーストウッドのドキュメンタリーを見ることにした。

初めは「クリント・イーストウッド 走り続ける76歳」、次に「クリント・イーストウッド自らを語る(前・後編)」、「クリント・イーストウッドの真実」他。


*


常に創作活動の中に身を置いているせいか、若々しいし、凛としている。おまけに語り口は静かだし、物腰も穏やかで、これ見よがしのところがない。「クリント・イーストウッド自らを語る(前・後編)」では、学生の質問に、きちんと顔を向けて答える。しかし、硬いばかりではない。もし天国の門についたら神になんて言われたいですかと尋ねられ、「ようこそ。ここに永遠にいていい。どこへも行かなくていい」と言った後で、「72人の処女が待っているぞ*」と続けてニヤリとしてみせたりもする。こうした時にも、少しも下卑たところはなく、飄々として、しかも品があるのだ。

彼の父親は労働者階級の出身で貧しかった、それでも「人生から常に学び続けなければならない」。「それをやめたら、後退するばかりだ」と教えた。そして、イーストウッドはそれを忘れずに実行したらしい。例えば、ユニバーサル・スタジオの大部屋俳優となった時は、なんでも吸収しようとして、そこの学校のようなところに、週一日しか出席しないようなものもいる中で、毎日通い、周りを観察し、演技のコツを学んだ(続けているうちに、やがて「気がついた」らしい。そして、「ある日突然感じたんだ。いよいよ道に踏み出せたとね」と言う)。

彼は、スタントもほとんど自分でこなしたらしい。そのことを聞かれると、「ビルの10階から飛び降りろと言われたら断ったけどね」、「やる気になればなんでもできる」、「本当に役に入り込めばできるよ」と答える。

撮影する時にスタートやカットというような大声を出さず、現場を静かに保つやり方も、出演中に学んだことだという。学ぶ気があれば、どこでも何からでも学ぶことができるとはよく言われることだけれど、これを実践するのは簡単なことではない。そうして身につけた力と自信と謙虚さが、インタビューの時でも、後年の演技においても反映されるのだ。

さらに、2月6日の朝刊で久しぶりに見かけた日本の画家野見山暁治は、101歳を超えてなお創作意欲が衰えることなく描き続け、新作の個展を開催中という。こういう人たちを見ると、能力のことはさておき、生活や対象に取り組む姿勢、常に新しいことに挑む積極性等々、見習わなくてはならないと思う。頑張らなくちゃね。




先日散歩していたら、大きなマンションに、隙間の3つの型が揃っているのに気づいた。一つは先まで続いているもの(写真左)、もう一つはすぐ行き止まりになっているもの、そしてもう一つがその中間で、半分がスロープになっている(写真右)。面白いです。でも、今まで気に留めなかったというのは、いかにぼんやりしているかということですね。イーストウッドのように、もっとしっかり観察しなくてはいけません。


* 写真はAmazonから借りたものを加工しました。
** 元々は、イスラム教徒の間に伝わる話らしい。


2022.02.16 夕日通信(*コメントやお便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

モニカ・ヴィッティの表層


購読している新聞の朝刊に「折々のことば」というのがあって、鷲田清一が気になった言葉を取り上げて、これに短い解説をつける。2月6日は「いかに精巧をきわめた造花でも、これを天然の花に比べては、到底比較にならぬほど粗雑なものである」という寺田寅彦の言葉が載っていた。

これを見たとき、すぐにスティーヴ・ジョブスのことを思い出した。よく知られているように彼はデザインを検討する際に、日本の大工の仕事ぶりを例に、内部の基板の美しさにまで注文をつけた。僕は、これを内部の見えないところまで気にしなければ、外部の見える部分も十分に気を配ったデザインはできないと理解していた。でも、それだけではないのだね。内部の作りが外部にそのまま反映することがあるし、外部だってそれを構成する組織のありようが美しさにかかわる。言ってしまえば、当たり前のようなことだけれど、なかなか気づくことができないのだ。

その少し前、2月2日にモニカ・ヴィッティが亡くなった。90歳だったというから、まあ長命のほうですが、こんな歳だったとは……。


*

僕はどういうわけか、少年の頃からこの気だるい表情のイタリアの女優が好きだった。当時もう一人の好きな女優はアヌーク・エーメだったから、ちょっと大人びた物憂げな(アンニュイという言葉もはやった)雰囲気に惹かれていた**ようだけれど、どうしてそうなったのかは全くわからない。覚えていないのだ。

僕は田舎育ち(しかもかなり昔の)だし、自分でいうのも変だけれど、純朴な少年だった。女の子たちとの接触はほとんどなかったはずだし、周りには、モニカ・ヴィッティやアヌーク・エーメのような佇まいの女の人もいそうにないのです。第一、どうして彼女たちの存在を知ることになったのか。ちょっと不思議。

そういえば、好きな映画の上位はハッピーエンドではなかったり、あるいはある種の謎を残したままのものだ。一方、ふだん好んで観たくなるものはその逆で、爽快なものや幸福感に包まれるようなものであってほしい。どうも、頭と心のせめぎ合いがあって、いちおう頭(わずかながらもあるとして)の方が勝っているようなのだ。ただ、これは自分にないものへの願望、あるいはかつて憧れたアイドルたちから受け取ったものの呪縛なのかもしれないという気がします。

モニカ・ヴィッティの代表的な映画は(当然)いくつか観たことがあるし、ミケランジェロ・アントニオーニ監督と組んだ「情事」、「太陽はひとりぼっち」、「赤い砂漠」と、そしてちょっと毛色の変わった「唇からナイフ」(ジョゼフ・ロージー監督)はDVDを持っている。「太陽がいっぱい」よりも「太陽はひとりぼっち」の方がいいと思っていたような気がします(もはや、どんな映画だったか、よく思い出せませんが)。

ともあれ、実際の女の子たちとは無縁だったからこそ、現実の世界(実)ではなく、想像上の世界(虚)に憧れたのだろうか。自分では覚えていないのだけれど、不登校の時期もあったようだから、ますますその癖が強くなったのかもしれない。

幸か不幸か、長ずるに及んでも、現実の世界よりも想像上の世界の方が居心地がいいのはそのせいなだろうか(書きながら気づいたのですが、この方が怠け者にはたやすい)。そして、今となってはもはや手遅れだけれど、ちょっとまづかった気がしなくもないのです。

モニカ・ヴィッティやアヌーク・エーメも心のありようはもとより、表層の下にある骨格や筋肉等々が、その表情のありようをつくったのだ(考えてみれば、これまた至極当然)。とすると、僕などはせいぜい心のありようを鍛えるしかなさそうです。


* 写真はブログ「わたしという寓話」から借りたものを加工しました。
** 雑誌の映画特集で知ったのですが、好きな映画として、ほぼ同世代の栗野宏文が「唇からナイフ」を(別の号の特集では、「男と女」を挙げていたことがある)、一回り下の松浦弥太郎は「情事」とモニカ・ヴィッティを絶賛していた。二人ともが東京育ちの、都会っ子ですね。


2022.02.09 夕日通信(*コメントやお便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

ミースと古いアパートメント


新聞を読んでいたら、広告欄にあった落語CD全集が目にとまった。時々同種のものを見かけるから、きっとまあ人気があるのでしょうね。その時は、古今亭志ん生から柳家小さんまでの12人の名人の話芸を集めたもの。もちろん全員がとっくに鬼籍に入っていることは言うまでもないけれど、僕も彼らが存命中に演じるのを聞いたことがない大家も混じっている。

先日80歳で亡くなった柳家小三治はもとより、それよりも前の古今亭志ん朝や立川談志の世代も含まれない。彼らよりもさらに前の名人ということなのだ。どうやら人は、同時代の名人だけでなく、どうかするとそれ以上に自分が生まれる前の名人の話芸を聴きたくなるらしいのだ。これはいったいどうしたことだろう。

と思って考えてみれば、それは不思議なことでもなんでもない。つい忘れがちだけれど、僕たちは日常的におなじことを経験している。絵画は言うに及ばず(何百年も前のものをごく普通に楽しむ)、音楽もクラシック音楽に限らず、ポピュラー音楽だって流行りの新しいものだけでなく、古いものも聴く(あのビートルズやビーチ・ボーイズも、もはや半世紀以上も前のグループなのだ。ああ!)。


*

近代建築の巨人ミース・ファン・デル・ローエは、自分が設計した摩天楼には住まずに、古いアパートメントでごく普通の家具に囲まれて過ごすのを好んだと言う。アメリカの建築家A・M・スターンはこれを評して、「ミースは古いアパートメントに住み、グラスを片手に自分が設計したビルを眺めるのが好きなのだ」というふうに揶揄した*

僕は初めてこのDVDを見たときに、えっと思ったし、ちょっと嫌な気がした。ミースに対してです(スターンの物言いも気になったけれど)。これがいいですよと人に差し出すものと自分が日常的に好むものが違うことについて、違和感を覚えたのでした。

しかしよく考えてみると、これもまた至極当たり前のことではないかと思ったのです。私人というか生活者としては古いものを好むけれど、公人というか創作者としては新しいものを創り出したいと願う。すなわち、立場の違いによるもので、ミースはその二つともを大事にした。二つの才能に恵まれたことを生かした、むしろ羨ましいいき方ではあるまいか、と思ったのです。もしかしたら、皆さんはすでに気づいていたのかもしれませんが。

ただ、大いに憧れはするのですが、二物を持たぬ身としては、以前にも書いたように、「建築的革新」よりは、「生活」によりそったいき方に、「建築」よりは「住宅」に徹するほうが良さそうです(「間取りアドバイザー」の用はありませんか?)。

それにしても、このところは落語を聴く機会がめっきり減りましたね。ほとんど放送されなくなってしまった。落語家のみならず漫才師も出番は、ほとんどバラエティ番組に限られているようですが、本拠地である演芸場のお客の入りはどうなのだろう?。


* DVD「ミース・ファン・デル・ローエ」で見たのですが、今手元にないので正確な言い方は不明。なお、写真はアマゾンHPから借りたものを加工しました。


2022.02.02 夕日通信(*コメントやお便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

日本語殺し


今の人たちは昔の人に比べて若い(というか、正確には昔の同年齢の人に比べて若く見える)ことについて、以前にも書いたことがありますが、今回もまた年齢に関することから。

少し前のことだけれど、久しぶりに映画「マイフェアレディ」を観たのです。1964年製作、ジョージ・キューカー監督、イライザを演じるオードリー・ヘプバーン、イライザをレディに仕立てようとするヒギンス教授役のレックス・ハリスンが主演のミュージカル映画ですね。アカデミー作品賞のほか8部門を制した。
この2人は今の感覚からすると、ちょっと年取っているように見える(大人びていると言うべきかも)。ヘプバーンは1929年生まれで当時24歳、ハリスンは1908年生まれの当時56歳。それからもう一つ、主演の2人の年の差、21歳。これに限らずヘプバーンの映画は、そうしたものが目につくのはなぜでしょうね。

たとえば、「ローマの休日」(1953公開)のグレゴリー・ペック(1916年生まれ)の時は、13歳差(ま、これは大した差じゃない)。「麗しのサブリナ」(1954)のハンフリー・ボガート(1899年生まれ)とは、30歳差。「パリの恋人」(1957)のフレッド・アステア(1899年生まれ)の時も、同じく30歳差。「昼下りの情事」(1957)のゲーリー・クーパー(1901年生まれ)とは、28歳差。という具合に、けっこう年の差が大きいものがある。しかも、それは見た目にもあきらかなのです。

それにしても、不思議な気がしますね。同じようなことを感じた人は他にもいるようで、年齢差について調べたものもあったし、今ではSNS上に年齢差を気持ち悪く思う若者たちの意見が散見されると書いたものもありました。おっと、横道に逸れてしまった。


*

さて、ニュースを見ていたら、株式市場の呼び方が変わるらしい。東京証券取引所は20224月、現在の1部、2部、マザーズ、ジャスダックの4つの市場区分を「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編するということなのだ。
ちょっと驚いた。いや、もはや驚かないけれど、いやな気分になったのだ。もちろん、幸か不幸か株にはまるで縁がないのだけれど、なぜ英語のカタカナ表記なのか。日本語を使わないのはどうしたことだろう。他にもありますね。すぐに思い出すのは、JRJAJT等々のアルファベットの略称。つい最近も日本通運がグループブランドをNXとしたようです。

最近は、テレビやラジオで見聞きする話し言葉の半分というのはちょっと言い過ぎかもしれないけれど、それに近い割合でカタカナ語が混じる。「ガバナンスが重要で、そのためにはコンプライアンスが大事」、「まずコンセプトを何にするか」等。さらに、「真のポリティクス(政治)においてはマジョリティ(多数派)の声はもちろんだが、マイノリティ(少数派)の声にも耳を傾けることがインポータント・マター(重要な事柄)だ」というような、わざわざカッコ書きで日本語訳をつけた文章などは笑止千万。ヒギンズ教授に倣って言うならば、「日本語殺し」。

日本語で表現するのがむづかしい時は仕方がないけれど、ごく普通にいうことができる場合は日本語を使えばいい。これは別に僕が愛国主義者というわけではないのです。ま、単に僕がわからないだけというせいなのかもしれないけれど。

「本日のブリーフィングのアジェンダは、一つ目はダイバーシティーの実現に役に立つインフルエンサーをどうやってみつけるかについてです。二つめは我が社の事業のリノベーション。特にアセットを生かしつつイノベーションを実現する際のセルフガバナンスの重要性について、レポートしてもらいます。ぜひコンセンサスを得たいと思います。エビデンスを残しておくことを忘れないように」**と言われて、すんなり耳に入ってすぐに意味がわかるあなたは偉い。ですが、やっぱりちょっと変なのではあるまいか(これって、ただのコンプレックス?)。

こうして、日本語が滅び、やがて日本がなくなりはしないかという気がしたのでした。

* 写真は、日本取引所グループのHPから借りたものを加工しました。
** 流行りのカタカナ語を適当に組み合わせてみました。


2022.01.26 夕日通信(*コメントやお便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

大昔」って、いつのこと


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先の日曜の夕方、ラジオを聞いていたら、「大昔のことですが、…」と言う。さていつ頃のことかと思っていると(みなさんはいつごろを思い起こすのだろうか)、「1982年のこと、…」と続いたのでした。

そう言ったのは、音楽評論家の湯川れい子(御年85歳)。えっっ、一回り以上も違うのに。しかも、僕はそんなに昔のこととは思わないのだ(その当時の記憶はほとんどないけれど)。80年代をなんだか新しく感じたままなのは、ほんとうに新しい時代だったということだろうか。それとも、僕自身がもはや成長しなくなってしまったせいだろうか。このほかにも湯川さんとは異なる感想を持つことがあったのですが、ことほど左様に、年代や時代性に対する感覚は人それぞれのようです。

自覚している以上に、身体的にも精神的にも年寄りであることを痛感した出来事でありました。

プリンターが壊れて修理に出したことは先に書きましたが、僕は目で見ないと文の校正ができないので(この理由は、以前にも書いたように、なんとなくわかった気がしている)、しばらく短い文でお茶を濁すことにします。

* 写真はNHK FM 「岡田惠和 今宵、ロックバーで」のHPから借りたものを加工しました。


2022.01.19 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

号外 初積雪


ちょうど松の内を過ぎた時にメールがあって、「夕日通信」の謹賀新年の年号が2021年になっていたことが判明。やれやれ、今年も前途多難かと思ったのですが、これは前年度に作成したものだから、今年は違うかもと思い直すことにしました(是非、そうあってほしい)。

もう一つ、こちらは少し前、まだ松の内のこと。珍しいことに、2信目の賀状が届いた。「10坪あれば十分住めます。書物はどこかに寄付しよう」と、大きな字で書いてあった。この歳になって自前の住宅が欲しくなったと書いたことに対する返信で、励ましてくれたのだ。さらに、「死ぬまで建築設計をすることに決めました。後継ぎはいませんが。やるだろ!!」とも。最初は10坪を10年と読み違えて、やっぱり10年か。それでもやるべきか、10年持つだろうかなどと思ったりしていたのですが(やっぱり、今年も怪しい?)。歳のことは忘れた方がいいのかもしれませんね。

頑張ろうという気になりました。何をどうするにせよ、残された年数をぼんやり過ごすわけにはいかないのだ。




さて、1月6日は雪になると聞いていたのに、午前中はその気配がなかった。それが、午後になるとチラチラと小雪が舞いはじめ、あっという間に暗くなって本降りとなり、庭や木々はみるみる白くなっていった(雪が積もるのが本当に早いことは、これまでも何回か経験している)。

雪や暴風雨などは外に出れば、必ずしも楽しいものではない。濡れたり、滑ったり、大変だ。しかし僕は、家の中から外を眺めていると、むしろ外が荒れれば荒れるほど嬉しい気分になる。守られている気がして快適さが倍増するのだね。住宅の役割のうちの一つ、シェルターを実感するのだ。これが、気に入った空間ならばなおさらのはず。




でも、夜や翌朝は大変だ。雪に覆われた白い景色は美しいけれど、道路は凍結し、滑りやすくなって、安全に移動するのが困難になる。そのせいで、注文した本も予定より遅くなった。それでも僕にとってはたいしたことじゃないし、困りもしない。いまの僕なんかは、美しさだけを享受して、ああこれは「外に出るな」ということだ、いまの状況下での天の配剤だと思ったのだけれど、仕事のある人はそうはいかない。だから、雪は楽しいとばかりは大ぴらには言えませんが。

でもそっと言うなら、このくらいのことで、大きな被害が出ないのならば、たまにはいいような気がする。色々と気づくことがあるのだから。


2022.01.12 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

号外 謹賀新年





2022.01.01 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

散歩の途中で スキマも劇場編・1




年末も押し詰まった頃になって、やっと前庭がすっきりした。枯れ草がぼうぼうの状態だったのが、ようやく刈り取られたのだ(大家さんがなかなか渋いのです)。すると、早速小鳥がやってきて、何かをついばんでいた。やっぱり、小鳥だって、すっきりした場所が必要なのですね。

その後で、石垣の方もさっぱりとなっているのに気づいて、残念(ま、それなりの理由があるのでしょうね)。

さて、僕は一時、ベンチ写真家になろうと思ったことがありました。当時いろいろなところで目にしたベンチ(特に、芝生の上に置かれた少々古びた木製のベンチ)が新鮮で、これを主役に写真を撮ろうとしたことがあった。しばらく続けました。それを元写真家だったという女性に見せたらあんまり感心しない様子だったので、そのままになっていました。次はスキマ写真家が面白そうと思って、鹿沼の路地の写真集を見せてくれた「かぬま通信」の主筆に話したことがあったのだけれど、これも芳しい反応がなかったために結局撮らずじまい。今は石垣劇場写真家(これだって、誰も褒めてくれたわけじゃない)ですが、スキマ写真家もベンチ写真家も捨てがたい。これからまた始めてみようと思います。






小さな隙間から覗くと、切り取られた景色がそれぞれに面白い。まずは第1弾、うちのアパートと隣家の擁壁の間(典型的ではないけれど)。赤い実が鮮やかなセンリョウ(たぶん)と枯れススキと冬の青空。そして、隣家のバルコニーを支えるスチールの脚。もう1枚は逆から見たもの。同じところだけれど、ずいぶん違う。


2021.12.22 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

散歩の途中で 石垣は劇場編・3


前回の掲載原稿を書いていた翌日のラジオからは、ハリー・ベラフォンテのカーネーギー・ホールでのライブ盤が。完全版かと思っていたら、ダイジェスト盤のようで、「ダニー・ボーイ」は冒頭の語りの部分が省略されていたのが残念。
紹介していたのは、南佳孝。ほとんど年は変わらないのに、都会っ子の彼は、小さい時からこういうのを日常的に聴いていたのですね。

もう一つ、先日久しぶりに卒業生からメールが届いたのですが、「隕石を手に入れました」という件名がついていました。文中には、「素晴らしい宇宙の写真集を発掘し、隕石を手に入れました」とあったから、手に入れたのが写真集だけなのか、それとも隕石(のかけら)の実物も手に入れたのかは不明ですが。
これに対して僕が返信に書いたことといえば、「僕はどんぐりを5個拾って、持ち帰りました」(しかも、正確には6個だった。もう一個は、その後でポケットから出てきた)。

これらの彼我の違いには、ちょっと感慨深いものがありましたね。




今回の石垣劇場の舞台は、擁壁の石垣を穿って作られた車庫の上。真ん中に草が紋章のように生えています。排水のために開けられた穴に根付いたもののようです。面白いなあ。かぬま通信なら、何と言う?「車庫の上の不思議、」、それとも「野草としての主張、」だろうか(それより、読点の意味を早く教えて欲しい)。
でも、壁の上の排水口やら何やらの並び方がバラバラで気になるのが、残念。


2021.12.15 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

散歩の途中で 石垣は劇場編・2


今年も残すところ1ヶ月を切った。結局、たいしたことはほとんど何もしないまま、過ごしてきたことになる。
本当にあっという間だ。
コロナがようやく落ち着いてきたと思ったら、また新しい変異株が出てきた。強力だと言うので、ちょっと心配。
さて、どうなるのやら。





それにしても、石垣の上の植物はたくましい。
小さいけれど、それぞれに美しい花を咲かせ、きれいな葉の色を見せている。
この一輪の黄色い小菊も鮮やかです。

ラジオからは、ナット・キング・コールの歌が流れている。レコードを聞きたいところだけれど、あいにく手元にはない(昔、あんまり年の離れていない叔父が好きで、教えてくれた)。最近は、こうした古い曲が心地よい(必ずしも、リアルタイムで聞いていたわけでもないのに)。思い切って、寺町へ取りに行きたくなった。



2021.12.08 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

散歩の途中で 石垣は劇場編・1


前回のNice Spaces で、「住宅に対する欲求はあるから、かろうじて人間らしさの全面喪失は免れているのでは」と書いたけれど、解説者はただ「人間は着飾りたいという欲求を持っている」と言っているだけで、住まいに対する「欲求」が人間らしさの条件かどうかはわかりませんね。
どうも、自分に都合よく受け取っていたのではないかという気がします(反省)。おまけに、いつも後になって気づくのだよ(やれやれ)。



生きる権利、

ちょっと「かぬま通信」を真似して書いてみたのだけれど、どうでしょう。もしかしたら、「石垣の上の奇跡、」か。
ところで、最後の「、」はどういう意図なんでしょうね、気になります。はじめは読点の間違いかと思ったのですが、どうもそうではなさそうです(このスタイルは、けっこう多用されている)。

でもね、僕はもう少し饒舌にならないと気が済まないようです。

名も知らぬ植物はどこにでも生きている。しかも、美しい。石垣の上を這うようにして伸びるこの葉は、なんという名前なのだろう。名前を知らないというのは寂しい。

というふうに。さらには、名前を知らないうちは本当に知ったことにはならないのだから、なんて筆が滑りそうです。

だから、イケナイのだね、たぶん。


2021.12.01 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

ライカじゃないけど


ニュースを見ていたら、ピンクのチョコレートがあるという(当然、着色したものでなく、カカオそのものに由来する)。ただ、この色を取り出すのには相当苦労したらしい。だから、こちらは人工的に作り出したものではないけれど、以前には人為的に青いバラを作り出したという報告やオリンピックに向けて秋に桜を咲かせようという試みがあったことを思い出した(その後どうなったのだろう)。これらには技術的な意味があることはわかるけれど、でもちっとも面白いと思わないのです。どうして、本来の良さや好ましいイメージを壊す必要がある?と思うのだ。これは、やっぱりこちらの感覚がもはや古いまま進取の気性を欠いてしまったせいなのか、はたまた時代のスピードが速すぎるのか。でも、こうしたことを面白がりたいという気にもならないのだ。

このところは、近所を歩いていて、写真を撮ることが多い。これを1枚の葉書にするのだ。その気になって見てみると、近くにも案外面白いものがたくさんあることに気づく。今はけっこう花が咲いている。野の花や草木も、それぞれに美しい。ただの葉っぱにだって見とれてしまうことがある。そして、自然の妙というのか、造形的にも面白い景色がある。おかげで、町、いや近所を歩くときの目が変わった気がします。

しかし残念なのは、その名を知らないものが何と多いことか。花の名前に限らず、星の名前もそうだ。いかに大事なことを知らないまま過ごしてきたことかと、思い知らされるようだ。で、調べて見るのだけれど、なかなか見つからない(スマートフォンだとほぼ一発でわかるソフトがあるというのだけれど)。おまけに、運よく見つかって、その時は分かってもすぐに忘れてしまう。覚えられないのだ(ま、今に始まった事ではない……)




だから歩く時は、小さなデジタルカメラを必ず持って出る。画質にも大きな不満はないし、何より軽くて良い(スマートフォンのカメラ機能はなかなかのものだと聞くけれど、たぶん気分が違う)。そして、目についたものがあると、カメラを向けてパッと撮る(ちょっと木村伊兵衛ふうでしょう。ライカじゃないのが残念)。

本当は構図をきちんと考えて撮る方がいいのはわかっているけれど、なかなかそうはいかない。第一、ピントを合わせるためには被写体を真ん中に持っていかなくてはいけない。それに、液晶画面ではすぐには決めかねる時があるし、花があるのは人家の周りということも多い。別に急ぐわけではないけれど、ぐずぐずしていて不審者と思われるのもかなわない。で、後から切り取ることになるのですが、これがまた、けっこう悩ましいのだ。加えて、ソフトの使いこなし等の制約もある。

ただし、たぶん、見る人はあんまり気にしないかもしれない。ああ綺麗な花だ、美しい色だなあと思いこそすれ、もうちょっと左を切って、右に寄っていればいいのになどと思いながら見る人は、そう多くはいないのではあるまいか。

しかし、作る側はそうはいかない。もしそうなら、自分で作る必要もない気がする。もとより、「美の神は細部に宿る」などと大げさに言うつもりはないけれど。

どうせ同じことだからということにして、例えばどうせ明日も使うのだからと思って、ものを出しっぱなしにしたのなら、何も考えず、何も感じないで暮らすのと同じということになりそうだ。全てのことが、どうでもいいことになってしまいそうな気がするのです。日々の小さなことを大事にしないのなら、大きなことを大事にすることはさらにむづかしいのではあるまいか。さて、それできちんと暮らしていると言えるのだろうか、という気がするのです(ちょっと大げさかもしれないけれど)。ただ、「言うは易く、行うは難し」という格言はここでも生きているようなのです(やれやれ)。


2021.11.24 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

続・スコットランドの鳥、コルシカの豚


このところはメールを読む機会が少なくなって、届くのはアマゾンからのものばかりと書いたばかりだけれど、社会との接点がほとんどこれだけ、買い物だけというのはどうにもいけない気がするのです。元々が社交的な性格じゃないし、一人でいることが苦になるわけでもないのですが、いくらなんでもまずいのではあるまいか。このままでは、無精髭(デ・ニーロを見習わくてはいけない。映画の中の彼は、退職後も毎朝きちんと髭を剃り、ネクタイを締める。たぶん、自分を甘やかさないために)と同様、いよいよ頑迷さばかりが増すようで、ちょっと怖くなる。それで、ついグラスに手が伸びてしまうのですが……。

はじめは、少し前に雑誌やニュースで知った、ビールやウィスキーの定義をめぐるヨーロッパと日本における違いについて考えようとしていたのだけれど……。実は、先回例に引いたスコットランドの村々の人々とは大いに違うことを改めて確認して、反省しているところなのです。例えば、スペイサイドのウィスキーの名門蒸溜所の所長である職人は、自分がそこに移ってから初めて仕込んだウィスキーが来年やっと市場に出るんだと言う。しかし、彼はもうすぐ定年で、見届けることができないかもしれないのだ。それでも、彼は少しも悲観することなく、「良いものを次の世代に引き継ぐことが、使命なのだ」と誇りを持って言い切る。

別の村では、廃線となった駅舎をカフェに改装し、コミュニティの核として再利用している。そこで働くのは、ボランティアのおばあちゃんたちだ。何のためにと問われて、「村の心」、「村のまとまり」のためだと口を揃えて答える。


*

そしてまた、金色に輝く大麦畑脇の小道を、安全に通れるようにとせっせと一人で整備し続ける年配の男性もいる。リタイアしたので「コミュニティへの恩返し」をしているのだ、と言う。これを聞いて、自分は全然できていないと恥じる若いアナウンサーに対しては、「年取ってからでいいんだ。若い時はいろいろと大変だから」と励ます。もはや若くない身にとっては、耳が痛い、ちょっと堪えます。

イギリスやアイルランドに張り巡らされたフットパスの存在も、きっと、権利と義務、あるいは受け取ることと与えることの釣り合いとも言えそうな、そうした気持ちがあってこそだろう。

ところで、英国に限らず、ヨーロッパの人々が街の魅力について言う時に、一様に「まるで、村に住んでいるよう」と口にするのをよく聞く、と言うか目にします(元は、たいてい紀行番組やドキュメンタリーです)。大きな都市の中にあっても自分が住んでる地域の住み心地の良さを測る指標の一つに、「村のよう」というのがあるようなのだ。この時の村というのは、自然ということもないではないけれど、むしろ人と人の交流のありようについて語ったものですね。このことも、わが国とはずいぶん違っているようです。

我々の国では近代以降、若者にとって村は出るべきところだった。「ムラ」は近代的な生活とは正反対の封建主義の生活の象徴。以来、村は見捨てられ、人々は都市に集中することになった。そして、人と人の結びつきは煩わしいものとされて、付き合いは極めて限定的なものとなって、地域の共同体としての姿はもはや失われたように見える。時々、例えば大きな災害の後などには、決まって隣人のありがたさ、絆などという言葉が持ち出されて流行ったりするけれど、やがてすぐに忘れ去られます。

おしなべて欧米好きの国民が、生活の仕方、取り組みについては、案外お手本とすることは少ないようです。ついでに、思い出したことを一つ。最近、近所では歩道沿いのツツジが刈り込まれて綺麗になった。同時に、その片隅にあって美しい花を咲かせて楽しませてくれた芙蓉は、バッサリとやられてしまった。以前には桜の並木が切り倒されたこともあった。こうした仕業には、疑問に思う以上に、腹がたつ。

なぜこういうことになるのか。これらの態度に共通することがあるのかないのか。あるとすれば、それは一体何なのか。何故のことなのか。

融通無碍の柔軟性のなせる技(発揮される時と、ない時がある)なのか。もしかしたら、都合の良いものだけを取り入れるということなのか。それはやっぱり、「いま」と「ここ」という時間と空間認識によるものなのだろうか。

原則主義と現実主義。どちらを重視するのか。いずれにせよ、バランスが大事なのだろうと思います。しかし、軸を持たないことにはそれもむづかしそうです。建前と緩やかさの並存は、白洲次郎が言うところの「プリンシプルのない日本」ということになるのだろうか。とすれば、自身もそうだということにもなりそうです。心しておかなければいけません。


* 写真は、ブログ「日々の出来事」から借りたものを加工しました。


2021.11.17 夕日通信(*コメント、お便りをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

スコットランドの鳥、コルシカの豚


スコットランド人の女性が北部の田園地帯を貫く細い道を歩いている途中で、農場から道に出てきた数羽のキジを見て「おいしそう」と言ったのだった。あまりにも唐突で、一緒に歩いていた日本人は驚き、当惑します(当然ですね)。


*

日本語を話すスコットランド人女性が日本の女性アナウンサーを案内しながら6日間かけて、ウィスキー醸造所が散在する地域を貫き内陸部から北海に達するスペイ川沿いの道を歩く。途中で見学したウィスキー醸造所では、22年間も樽の中で眠っていたウィスキーを試飲する。そして、道端のラズベリーを摘んで食べたりしながら歩いていくのだけれど、その途中のことだった。なんの前触れもなく、突然、冒頭の場面が現れたのだ。

そして、別の一本では、コルシカの養豚家が「毎日、愛情いっぱいに育てていますよ。それでこそいい製品になる」と言い、「命と命をつなぐ仕事をしている」のだと誇りを持って言う。歩いている「ファガティ(豚の血のソーセージ)」を見せようと案内されて、放し飼いの黒豚を見てかわいそうだと言って涙ぐむ日本人の女性アナウンサーに対して、同行していたコルシカ人女性は「彼らは嬉しい気持ちで過ごしたし、彼らの命の目的は加工食品になることですから」と慰めながら、歩いている「ファガティ」を見やるのだ。

「いい製品になる」とか「目的は加工食品になること」とか、ほとんどの日本人は、違和感を覚えこそすれ、そんなふうに考えることはないのではあるまいか。

それで、今やイギリスの代表的なカリズマシェフとして知られるゴードン・ラムゼイのテレビ番組を見ていた時のことを思い出した。昔のことなので細かいことはもう覚えていないけれど、こちらも負けず劣らず衝撃だった。彼は幼い娘たちと一緒に七面鳥を飼っていた。名前をつけて、毎日可愛がりながら、世話をするのだ。ある日、クリスマスの日だったか、鳥小屋に行き、いつものように「〇〇ちゃーん」と声をかけ、小屋から出す。そして、その七面鳥はディナーのテーブルを飾ったのだった。小さな女の子たちは知っていたのだったか。そのことを知った時、彼女たちはどう思ったのだろう。

もうひとつ、このところ寝しなに読んでいる「ドリトル先生航海記」では、高名な博物学者で獣医でもあるドリトル先生は、様々な動物と話ができるし(今は貝語に挑戦中)、たくさんの動物を飼っている。以前いっしょに暮らしていた妹よりも有能だという家政婦のアヒル、ダブダブもいる。にも関わらず、皿の上のソーセージやらお肉を食べるのだ。一体どうなっているのかしら、と思ってしまう。しかも、仲間としての動物たちと学問のための資料としての動物は明確に区別されているようなのだ。

それで、ふと思いついたことがあるのです。それは、「かわいそう」は、今や世界語となった「かわいい」と同じではないかということ。もちろん意味のことではなく、その出自、背景ということです。それは、よく言うなら、日本人は全体をみる、総体に関心がある。悪く言えば、情緒に傾きがちで、表層的である(これはまさしく僕自身のことに他ならない、ということに気づく)。

とにもかくにも、彼らと我らの気持ちのありようはかくも違うようなのだ。我々もたいていの人は動物をかわいいと思いながらも、肉食をする。それでも、食肉用の動物とそうではない動物(例えば牛)に対する感情はあんまり変わらないのではあるまいか。食肉用の動物を見てもやっぱり可愛いと言い、売られていく時にはかわいそうと思うのではないだろうか。少なくとも、生きている動物を見て、「ああ美味しそうだ」と思うことはほとんどなさそうだ。

彼と我の精神のありようにおける割り切り方や合理性の違い、このことに、今更ながら驚く。わかっていても、つい感傷的な気持ちを抱くのが我々の多くに共通しているような気がするのです(ただ、これが持続するかというと、また違うようなのだけれど)。

さらにもうひとつの違い、いつも感心させられることがあるのだけれど、もはや長くなってしまったので、これは別の機会に。


* 写真は、ツィッター「ヨーロッパ旅行 情報部」から借りたものを加工しました。


2021.11.10 夕日通信(*コメントをこちらから、ぜひどうぞ。 a poor old man)

小説とエッセイのあいだ


思うところがあって、「赤頭巾ちゃん気をつけて」、ついで「風の歌を聴け」を読み返した。後者はご存知村上春樹のデビュー作ですが、知らない人のためにちょっと説明しておくと、前者は発表された時ちょうど僕と同世代の高校生の「薫」くんが主人公で、作者は同名の庄司薫。大ベストラーだった。ついでに言うと、庄司薫は「ライ麦畑でつかまえて」の影響が大とされて批判されることもあったけれど、その饒舌で柔らかな口語体の文体をはじめとして、村上春樹との関係もよく言われるところです。




読んだのは、高校生の頃、新潮文庫になって再発売されたことを知った時、そして今回と、覚えているだけで3回目。初回の時は、シリーズ4部作はもちろん、別名で書いたものからエッセイ集まで、出る度に全部読んだ。一方の村上春樹は、たぶん自分で発見した初めての作家だった(誰かの紹介や既に定評があるというのではなく、自分が本屋で手にとって、ちょっと立ち読みした後で購入した本ということです)。しかし、ある時まで新刊が出るたびに熱心に読んでいたけれど、それ以降は文庫本で出るエッセイを時々読むくらい…。

「赤頭巾ちゃん気をつけて」の2回目は出版社を変えて文庫本で再発売された頃で、シリーズ全4冊を読んだ。その時は「僕の大好きな青髭」が一番のような気がした(よく覚えていないけれど)、今読むとしたら「白鳥の歌なんか聞こえない」をいいと思うかもしれない(もちろん薫くんではなく、死んでいく人へのシンパシーのせい)。今回は、さすがに昔と同じような受け取り方はできないし、違和感を覚えたところもあった。

それでも、薫くんの信条である他者に対し「やさしくあること」、そして、できるだけ「自分のことは自分でする」ということに対する思いは変わらない。この二つは一見遠く離れているようだけれど、たぶん、他者に対し「やさしくあること」は自分に対しても「やさしくあること」だし(もちろん、自分に甘く、他者に厳しいという態度とは全く異なる。自戒せよ)、「自分のことは自分でする」という態度は「やさしくある」ということと不可分であるに違いない。そして、歳をとるとなかなかこれが困難になるようだ…。

いや、こんなことを書こうとしたのではないのだ。「赤頭巾ちゃん…」は、地の文、あるいは独白という形で語られる薫くんの「思い」の量が多い気がしたのだった。これに対し、「風の歌…」の方は会話体の方が断然多い(こちらもやっぱり、印象はまるっきり違った。随分書き込みがあって、会話するように読んでいたようだったのに。でも、おかげで得るところがあったけれど)。いずれにしても、人は年を経ると相手は変わらないのに、こちらの受け取り方、感じ方が変わるということを改めて実感する(もちろん、逆もあるはず。ま、いつまでも変わらず一緒というのも困るといえば困るけれど)

アメリカのミステリー作家クーンツが「思想や信条についての考えを述べたいのならば、エッセイで書けばいい。小説は物語を書くものだ」というようなことを言っていたことを思い出して、なるほどこういうことだったかと思ったのだった。

どこに住みたいかということについて説明するのにはエッセイが向いていそうだし(もちろん、小説でも書けないわけじゃないと思うけれど)、なぜそう思うに至ったのかという心の動きを記述するには小説が向いているかもしれない(これも、逆もありうるだろうけれど)。

それで今度は、イタリアを題材にしたものを書いている(または、書いた)女性3人のことがちょっと頭に浮かんだ。塩野七生は小説、須賀敦子はエッセイ(フィクションを交えた)、そして内田洋子はエッセイの形を借りた小説と言えるのかもしれないと思ったのだ。

今や、小説らしい小説、エッセイらしいエッセイからエッセイの姿をした小説まで、あるいは小説のようなエッセイと言っていいようなものまであるのだね。それでも、形式にはそれにふさわしい内容が一応はあるのだろうと思います。ひとまず変化球はよして、直球の会得を目指そうと思う(今更ですが)。

ちょうど届いたばかりの「移動祝祭日」(「いどうしゅくさいじつ」と読むということを初めて知った)。この冒頭に、「この本はフィクションと見なしてもらってかまわない」とある。これを読んで、不意に気づいた(これも、今頃かと言われそうだけれど)。エッセイは何となくノンフィクションと思い込んでいたのは誤りだった。考えてみれば、エッセイはルポルタージュである必要はないし、ただ、ある「思い」や「考え」を伝えるための形式の一つなのだ。

対象が何であれ、小説であれエッセイであれ、あるいは建築であれ住宅であれ、形式とその性質、そしてそこで扱われるべき内容の関係を正しく理解して取り組む必要があることを、改めて思い知った気がしたのでした(なんだか当たり前のようで、パッとしないけれど。あ、これはいつものことか)。


2021.11.03 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)

辞書に対する不満


なぜ、載っていない!? 正確には、なぜ説明がないのか。

僕は、比較的よく辞書を引く方だと思う(といっても、何の自慢にならないのですが)。わからない言葉が出てきたら引くし、正確にはどういう意味なのか確認するためにも引くし、どんな漢字だったかをみるためにも引く。あるいは、対義語は何か、類義語はなんだったか。こんなふうに、辞書を引く機会は四六時中事欠かないのですが、なんのことはない、知らなかったり忘れたりしたものが多いってことです。おまけに、案外、知っているつもりでも、改めて問われるときちんと説明できないことも多い。

そんなわけで、とにかくよく引く。その時、僕が手にするのは、たいてい電子辞書。さすがに今となっては紙の辞書を取り出すことは滅多にないし、インターネットで確認することもあんまりないのです(いつも接続しているわけじゃないし、パソコンと向き合っているわけでもないので、即時性に欠けるし、手間もかかる。ただ、英語ではどういうのかを知りたい時は、インターネットに頼ることが多い)。世の中は、音楽の聴き方などと同様に、こうした調べ物もインターネット経由が主流なのだろうか。




ともかくも、それで不満に思うことの筆頭は、辞書を引いた時に「…に同じ*」とあること。いかにも不親切じゃないか。早く知りたいから引いたのに、これでは辞書を引いた意味が半減する。仕方なく「…」を引き直すのだが……。なぜ、同じ説明を載せないのか。辞書を手に引く身としては、すぐに意味が知りたいのだ、確認したいのだよ。

紙の時代なら、わからなくもない。同じものを繰り返し載せていたらページ数が多くなって、厚いものとなってしまい、扱いやすさはもちろん経済的にもうまくないことになりかねない。編集作業も煩雑かもしれない。

ところが、今や電子ファイルの時代なのだ。同じことを繰り返し載せても、ファイルのサイズはさほど増えないだろうし、大した手間じゃないはず。

たぶん、電子辞書用に新しく編集し直したというよりは、紙のものをそのまま流用しているせいではないかと想像しているのですが、どうでしょう(ただ、たまに、紙のものよりも説明が簡便になっているような気がすることもあるのだけれど、これは手元のものが古いせい?)。そう言えば、手に馴染んだ電子辞書のメーカーのSSIは、トップブランドの一つだったのに、すでに製造をやめてしまった。もはや、電子辞書も過去の遺物になりかかっているのだろうか(もしや持ち主も、か)。それとも、今でも辞書は、やっぱり紙のものが基本なのか。

もしそうならそれはそれでいいけれど、媒体が変わる時には、その形式にあった作り方をしてもらいたいと思う。せめて、電子辞書の中でリンクが貼ってあって、「…に同じ」とあったらすぐに「…」のところへ飛べるくらいにはして欲しいのです。もしかしたらこれは、現在の技術ではむづかしいことなのか。あるいは、経済的な問題?とにかく、もっと使いやすい電子辞書を作ってくれ!


* このいい例がないかと探そうとすると、今度はなかなか思いつかなくて、またイライラする(探しようがないし、八つ当たり気味であることはわかっていても、それでも腹が立つ)。品も何もあったものじゃない気分になるのだ(ああ、嫌だ)。



2021.10.27 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)

無いのと、一緒


この間書いた後で、思い出しました。お手本になりそうな老齢の女性。少し前に亡くなったけれど、八千草薫、そして存命中の草笛光子。前者はいかにもたおやかだし、後者は凛としている(ヴァネッサに近い)。いずれもが、気品がある。こんなことから始めたのは、ちょっとイライラすることがあって、我ながら気品のかけらもないなあと思ったから。

探すのだけれど見つからない。必ずあるはずなのに、どこにあるかがわからない。確かに持っていたはずの本を探していたのです。




あちこちに分散して置いてあるし(同じ家の中のことです)、奥深くにしまいこんでいるものもある(棚の中の本やCDは二重三重に)。このために、どこに置いたかわからなくなってしまったのだ。それもこれも、ものが多いせい。

本末転倒も甚だしい。すぐに手に取れるように所有しているはずなのに、見つけられずに時間ばかりかかって、腹立たしくなってくるのだ。おまけに不経済でもある。以前にここでも書いたように、遠ざけようとしまい込んだ、キース・ジャレットのCDを買い直す(さらに悪いことには、それ以外のものまでも*)羽目になってしまうようなこともある。

考えてみると、本にしろ、CDにしろ、DVDにしろ、取り出すものはそう多くはない。読んだり、聴いたり、観たりするのは案外限られているのだ(たまに例外があるけれど)。

とするなら、そこから外れるものは廃棄するか、手放すか、それとも一旦箱に詰めて収納するか(こちらは一時的な収納スペースの確保のためにしかならない)。何らかの手段を講じなければならない。考えるまでもない。わかりきったことなのだ。

まだ学校にいる時、幌を上げないオープンカーの話題が出た時に、それは「可能性があるかないか。可能性を担保するためなのだ」と教えられたことがあった(すなわち、鎌倉の近くにいながらなかなか行かないのと同じ。すなわち、行こうと思ったらいつでも行ける、幌を上げようとすればいつでも上げられるという安心感ってことですね)。

一方、たまたま開いた本の中で、吉田秀和は「本でもなんでもあんまりたくさん所有するのが好きでな」いと書いていた。「少し溜まってくると重苦しい気がしてくる」そうなのだ。うーむ、そうなんだと思って、所有欲がなく、その分音楽にしっかり向き合っているのだろうと、羨ましくもちょっと憧れたりしたけれど、もしかしたら彼の場合は、必要になったらいつでも手に入れられる「可能性」は常に保たれているということもありそうな気がする(これは、ただのジェラシーかも)。また、本が、今読んでいる一冊だけが、目に見えているといいという話しになったこともあったけれど、こちらは所有するのがその1冊だけというのではなかった。

読むのかどうか、聴くのかどうか、あるいは観るかどうかわからないものに執着するというのは、ずいぶん女々しい(こういう言い方は、いまなら性差別とされるかも。悪気はありません)ような気がしてくるけれど……。なぜこういうことになるのか。

でも、僕と同じような人はいるもので、吉田と同じ音楽評論家でもある片山杜秀がそうらしい。彼は吉田とは逆に、聴くことができないこと(あるいは、観ることだったか)はわかっていても「エアチェックがやめられない」、と書いていたのを読んだことがある。ま、これで安心してはいけないけれど)。ついでに言うと、村上春樹は本に関しては吉田派で、レコードについては片山派ということのようです。

人のことはともかく、なんとかしなくてはいけない。整理しなくてはいけない。捨てなくてはなりません。しかも残された時間のことや、本やCD、DVDの類の保管場所として借りた寺前の状況のことを考えるならば、すぐに取り掛からなければいけないのに。それができないのだ。

それでも、ごくたまにだけれど、いいことがないわけじゃない。先日のBRUTUSの特集で村上春樹が紹介していた『アメリカの鱒釣り』を読みたくなって探していたら、武信の『詩的快楽の行方』とか和田誠の『倫敦巴里』とかホッパーの絵の表紙が素敵な『and other stories とっておきのアメリカ小説12編』とか、はたまた吉田秀和の全集の一部だとかが出てきて、また読んでみたい気になることもある(『アメリカの…』も、時間がかかったけれど見つかりました。となると、次は酔っぱらいのブコウスキーか。たしか、『町でいちばんの美女』があったはず)。

ところで、こうした態度はいったい何故なのか。やっぱり「可能性」?僕の場合はただの「なまけもの」、しかも貧乏性の、それなのかもしれない。しかし、そんなことばかりも言っていられない。もはや、猶予はないのだ。まずは必要になったときに比較的手に入れやすいもの、例えば大小のダンボール箱や美しい瓶の類は、できる限り捨てることにしよう(捨てることに慣れるのだ。できるだろうか…)。


* アマゾンで中古を買うことを覚えたのですが、安く買えるのは助かるけれど、簡単にぽちっと買えるのが怖いのです。


2021.10.20 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)

こないだの続き、のようなもの


こないだは、バッハばかりに手がのびて困る、というようなことを載せたけれど……。

それでその時にも書いたように、ラジオをつけっぱなしにしていることが多くなった。ま、気分が変わっていいのだけれど、なかにはすぐにスイッチを切りたくなるような番組もあるね(この対策としては、手元にあるCDを端からかけるという方法はどうだろう)。

それでもラジオを聞いてると、思いがけず懐かしい曲が流れてくることがある。たとえば、ある日の夕方は「霧のサンフランシスコ」、「アンチェインド・メロディ」、「イエスタデイ」等々がかかった。もちろん、リアルタイムで聴いたものばかりではないし、しかも当時に聴いた歌手のものでもなかったけれど、これらが妙になつかしく感じられるのは、いったいどうしたことか。これまで何回か書いたように、僕は記憶力が極めて貧弱なので、たいていはいつ頃聴いたものかも定かでないし、それらの歌と結びついた思い出というようなものはほとんどないのにも関わらず……。


*

懐かしいといえば、聞けば必ず一番と言っていいくらいなつかしく思うのはビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに」。2度目の大学受験の準備のために家から遠く離れて暮らしていた頃に、何をするでもなくラジオを聞いていた時によくかかっていた気がする(というのは、本当はよく覚えていないのです)。たぶん、夕暮れ時ではなかっただろうか(だから、何かの番組のテーマ曲だったのかもしれない)。のんびりとしてのどかな調子のこの曲を、ぼんやりと窓の外を眺めながら聞いていた気がする(いつだって、ぼんやり。ぼんやりとした記憶の中でさえ、ぼんやりとしているのだ。だから、だめなのだね。三つ子の魂百まで)。とくに好んで聞いていたわけではないと思うけれど、ごく稀に思い出すことがあります。そしてもうひとつは、前にも書いたことのある「頌栄541番」 。こちらは時々、ふとしたはづみに口をついて出ることがある。

なぜなのかしらね。ほとんど当時の記憶がないにも関わらず、こういったものを不意に思い出すというのは。不思議です。

ところでそのあとに、新聞で片岡義男が、コーヒーと小説の関係について訊かれて、「ストーリーを進めるには、少なくとも2人の人が要る」、「一人でしみじみコーヒーを味わう、といった描写からはストーリーは展開しない」と書いている*のを読んだのです。なるほどね。僕にストーリーが書けないわけがわかったような気がした。それからもうひとつ、かつて何人かで話をしているときに、問いかけながら話すと自分の考えが前に進んだり、新しいアイデアを思いついたりするのが多かったことも思い出しました。こんなふうに、やっぱり一人では何をやるにしてもむづかしいのだ。

しかし、その一方で、一人でいることを好むようなところがある(人見知り、わがままということだろうか)。能動的に活動しようとする積極性に欠けるのです(我ながらこれではちょっと困るのではないか、と思う時がある)。さてどうしたものか。もしかしたら、1人称で考える、というか、書くことから一旦離れてみるのがいいのかも知れない。


* 写真はビリー・ヴォーン楽団の「波路はるかに」EP盤のジャケット。いかにも古いことがわかります(1957年のリリースのよう)。アマゾンのHPから借りたものを加工しました。
** 朝日新聞2021年10月6日朝刊「語る 人生の贈り物」片岡義男編第13回


追悼:落語家柳家小三治が亡くなった。享年81歳(それほど大きく違うわけじゃない)。志ん朝のような華やかさはなかったかもしれないけれど、飄々とした佇まいと話芸が好きでした。文庫本で出た「ま・く・ら」、「もひとつ ま・く・ら」も面白かった。

2021.10.13 夕日通信(*コメントはこちらからどうぞ)

演奏者の向く先


演奏会では、たいてい主役が聴衆の方を向く。ヴァイオリニストは聴衆と正対するようにして弾くし、アリアを歌う歌姫は聴衆に向かって歌う。なぜか、というのも変。というかあたりまえすぎる。至極当然。音や声も良く届くし、なんといってもその姿を正面から見てもらうことで、主役が誰かをはっきりと知らせることができる。聴衆も安心して聴くことができて嬉しいに違いない。

でも、ピアニストはそうはいかない。正面を向こうとすると、ピアノの陰に隠れてしまうし、ピアノの大きさも目立たなくなってしまいそう。だから、斜めというかちょっと横向きにならざるを得ない。それでも演奏者の表情や身振りの半分は、聴衆から見える。

そう考えると、指揮者はいやでしょうね。たぶんその日の音楽のありようを主導してきた主役であるはずの彼や彼女は、聴衆からは背中しか見えない。特にカラヤンやクライバー(息子クライバーの方)のように、見せることを意識していたと思われる指揮者にとっては不満だったのではあるまいか(それでも、背中で十分に語ることができた)。これは指揮すべきオーケストラの方を向かなければ、その役割を十分に果たせないことになるので、仕方がない。


*

しかし、オルガン奏者はどうなのだろう。

演奏会が終わって、付録みたいにつけられていたパイプオルガンの独奏を見ていたら、気になった(残念ながら実際のコンサートではありません。こないだテレビを見ていて、思ったのでした)。パイプオルガンの奏者は、ほとんどが後ろ向きに弾く。なぜ、正面を向かないのか。

まず、あのおびただしい数のパイプは、聴衆の正面の壁に取り付けられているのが普通。音響的には、それが最も効果的なはず。だからコンサートホールでは、ほとんどすべてがそうなっているのではあるまいか。

でも、演奏者までが聴衆に背を向けているのは、なぜなのか。聴衆の方を向いて演奏することもできそうだけれど…。ちょっと気になったので、考えてみた。オルガンの位置は、音響効果を損なわないため、ということはわかるのだけれど…。もしかしたら、パイプと演奏者が正対しなければならない機械的な制約があるのだろうか(小さなチャペルで、横向きに座った演奏者を見たことがあるような気もするのですが…)。それで、以下のことを思いついたのだけれど、どうでしょう。

ひとつには、もともと教会でのパイプオルガンの演奏は、まず何よりも神に捧げるものだった(教会で入り口側に設けられることが多いのも、祭壇側には形状的に取り付けにくいこともありそうだけれど、このせいもあるような気がする)。あるいは、神の偉大さを信者に伝えることが目的だった。

もうひとつが、一番目の理由と関連するけれど、パイプオルガンの演奏者が聴衆と正対すると、演奏者自身が神またはその代理人として君臨することになるのではないか(これは神様の座を奪うようで、上手くないのではあるまいか)。というようなことだったのですが、どうでしょうね(でもこの場合、神様から聴衆への贈り物を届けるという風に考えるとどうなのか)。

いずれにしても、教会ならばいざ知らず、コンサートホールではもはや関係なさそうな気がする。やっぱり、なにか機械的な制約があるのだろうか。こんなふうに中途半端で、最後まで自分で追求しようとしないのがなまけものの証拠のようで、嫌になってしまう(やれやれ)。

ところで、そんなことを考えて何の役に立つのか、という人はまさかいないと思いますが(ここに書いたものの、ほとんどすべてがそうなのだから)、中にはそういう変わった人があるかもしれません。さて、何か役に立つことがあるのか。もちろん、何の役にも立ちません(少なくとも、これを読んでいる人にとっては)。

ただ、何とどう向き合うか、それによって受け取るものが異なるようです。そして、人にはもう一人の自分、あるいは他者と言うべきか、そうした存在が必要なのかもしれないと思ったのでした。

そういえば、このところ聴くのはバッハばかり、しかも限られた曲ばかりになるのはどうしたことだろう。モーツァルトさえも聴くことが少くなった。吉田秀和が妻を亡くした時に、かろうじて聴くことができたのがまずバッハだったという。あんまりうまくない兆候に違いない気がする。これからは意識して、別のものを聴くようにしなければ(こういう時、ラジオが役に立つ)。


* 写真はサントリーホール、ヤマハのHPから借りたものを加工しました。


2021.10.06 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

年をとってからの顔


繰り返して観る映画がある。と言って、世に名高い名作映画というわけではないし、新味があるわけでもない。それでも時々観返したくなるような映画のタイプというのがいくつかあるのだけれど、一つには「ハート・ウォーミングな」と言われるようなもの(やっぱり、甘ちゃんなのだ)。ちょっと気持ちを和らげたい時に観る。先日見たのは、『ジュリエットからの手紙』。

舞台となったのは『ロミオとジュリエット』の街、イタリア・ヴェローナ。ジュリエットの生家には、世界中から手紙が届く。これに対して、「ジュリエットの秘書」と呼ばれる人々によって返事が書かれるようになったというのだ。映画はそんな「ジュリエットの手紙」から始まる。

原題が“Letter to Juliette” なのに対し、邦題は『ジュリエットからの手紙』となっているのが面白い。前者は物語の発端の元を表しているのに対し、後者は直接的な始まりを示しているように見える。あるいは自らの働きかけか、受け身か。一方、ヒュー・グラントの『Re:LIFE~リライフ~』は原題が“The Rewrite”だったので、ちょうど逆ということになるのだろうか。ということは、彼の国とわが国の特徴を示すものではないということなのか、ちょっと残念な気もするけれど。でも、主体の有り様の違いを示しているとも言えそうなので、この点では二つのタイトルの付け方はやっぱり同じと言っていいのかもしれない。

ソフィーは雑誌『ニューヨーカー』で働く調査員。早く自分の記事を書けるようになりたい、と願っている。婚約者で、近々イタリアン・レストランの開店を控えるヴィクターとともに、ヴェローナにやってきた。観光を楽しみたいソフィと、レストランのための食材業者巡りが一番の目的のヴィクター。やがて2人の気持ちがすれ違いはじめ、お互いに別行動することに。翌日、ソフィーはひとりで『ジュリエットの家』を訪れ、そこで壁に貼られた手紙を回収して返事を書く「ジュリエットの秘書」と呼ばれる女性たちと出会い、記者志望の彼女は手伝わせてもらうことになる。

ソフィーが手紙を回収していると、壁の煉瓦の一つが抜け落ちて、見るとその奥には一通の古い手紙が。それは50年前に書かれた、クレアというイギリス人女性からのもの(これが原題の所以)。手紙を読んだソフィーは、その手紙の返事を書かせてもらうことに。そして、届くかどうかわからない手紙を時間をかけて書き上げる(こちらが邦題)。


*

それから数日後、手紙を受け取ったクレアに付き添ってヴェローナにやってきた孫のチャーリーが、「ジュリエットの秘書」たちのオフィスを訪れた時に、ソフィーと出会う。ソフィーは、チャーリーに余計なことをしたと非難されながらも、異国での恋の相手、ロレンツォに会おうと決意したクレアと物語の結末を見届けたいと、「同行させてほしい」と頼み込んで「ロレンツォ」を探す旅に出発する。

絵の勉強をするためにやってきたイタリア、シエナで、15歳の時に出会った青年を50年後に探しにやってきたクレアを演じた、ヴァネッサ・レッドグレーブが美しい。僕は年寄り映画が好きだった時があったけれど、その時はもっぱら男の俳優に注目してみていた。いわば、老後のお手本としてみていたわけです。女性だってお手本にできないわけではないはずだけれど、なかなか、そんな風に考えることはなかった。そのせいか、年取った女優で印象に残っている人(役)があんまりいないのです。

かろうじて思い出せるのは、例えばジュディ・デンチ、シャーロット・ランプリングくらい。そうそう、わが国には樹木希林がいました。いずれも個性的な俳優で、美貌や若さを売り物にした女優ではないけれど、ある種の美しさ、というか気品があるように感じたことがあった。ただ、当時既に70を越えていたヴァネッサ・レッドグレーヴは、彼女たちとは異なり、味があるというようなものではなく、凛としていて美しい(女性的というよりは、男っぽい顔立ち)と思ったのです。さらに言うのは、ちょっとはばかられる気もするけれど、なんと魅力的な老女であることかと感じ入ったのでした。

リンカーンの言葉だったか、よく「40過ぎたら自分の顔に責任を持て」ということが言われますが、これは男に限らず、女の人も同じなのだね(当たり前か。原文には"Every man over forty is responsible for his face"とあるようだけれど)。それまでの生き方、過ごし方が顔に現れるというのだ(ヴァネッサは反体制の闘士としても知られた)。持って生まれた造作は仕方がないとしても、それが表すものは自分の責任なのだ。僕はいまや40をはるかに超えてしまったというのに、このことを思うとちょっと恥ずかしいね。ずいぶん長い間、ぼんやりとした顔で暮らしてきたのだ、と思い知る。もはやこれまでのことはどうにもならないけれど、これからは責任の持てる顔を作るべく暮らしていかなければならない。さて、いったいどういう暮らしをすれば良いものか。果たして間に合うものだろうか(と言って、誰に見せるというわけでもないけれど)。


* 写真はhmhmから借りたものを加工しました。元の画像は予告編からということです。


2021.09.29 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

保守性を自覚する


とある午後、例によってラジオをつけっぱなしにしていた時のこと。こんなことを書くのはちょっと気がひけるけれど、嫌な気がした。


*

そのうちに、ノイジーな音でポップスを編曲し直したような音楽が聞こえてきたのです。

「ジャズ・トゥナイト」の再放送。夕方の番組構成が変わって、それと知らずに聞いていた頃から、進行役の大友良英の誠実な語り口を好ましく思っていた。しかし、この曲はどうしたことか。

彼が若い頃に作ったアルバムの曲ということのようだったけれど、聞いているうちに、何となく覚えのある曲だという気がしてきた。しばらくして、思い当たった。そして、あの曲をここまで汚い音でやるのかと思ったのだ。実験的、新しい試み。それ自体は結構なことだし、必要なことだけれど。

曲の名は、「悲しき天使(Those Were the Days)」。その昔、ポール・マッカートニーの秘蔵っ子というメアリー・ホプキンスが歌って、ヒットした。僕は、これを耳にすると今でも、ちょっと切ない気持ちになる。かつて若い頃、洋々たる未来あり、それを手に入れることを信じて疑わずに、グラスを掲げていたのに、やがて歳をとって、その居酒屋の窓に映った自身の姿を見て、そうではなかったことを思い知らされる、といった歌詞だから(ま、大抵の大人に当てはまりそうです。それにしてもなぜ、こんな歌を若い女性が歌うことになったのだろう)、ハッピーエンドの歌ではない。甘く叙情的な音だけでなく、苦いものが混じるのは当然だ。だから、その部分に注目し、強調するやり方があっていい。

しかし、音をガリガリと思い切りノイジーにして歪ませ、捻じ曲げて叙情性をひとかけらも残さない。そこまでやらなくてもいいだろう、と思ったのだ(というか、何も「悲しき天使」じゃなくてもいいじゃないか)。しかし、感じ方、作り方は人それぞれだ、というのが当然だろう。実験的な音楽、新しいジャズの試みだと言うのなら、これもその内の一つに相違ない。僕の反応は、昔流行った言い方に倣えば、守旧派だと弾劾されるべきものかもしれないし、筋金入りのジャズファンには分かってないなあと言われそうな気もする。

しかし、やっぱり僕はこれを好まないし、こういう音楽を聴きたいとは思わない。気持ちの上ではそうじゃないつもりでいたのが、案外、自分が保守的な性向だったのだということに思い至りました。改めて思えば、小説の嗜好、映画の好み、好きな建築なんかもそういうところがあるね。

加えて、このところの関心は、本であれ、音楽であれ、映画であれ、なんであれ、もっぱら古いものに向かっていたのだけれど、もしかしたらこれから、積極的に新しいものに触れようとする方がいいのだろうか。


追記:この時の僕は、黒田恭一の教えるところの、わからないものを知ろうとする「尋ねる耳」を忘れていたのかもしれません。そうした耳をもって何回か繰り返して聴けば、嫌じゃなくなるかも(慣れの効用ということもあります。ま、好きになることはあんまりなさそうだけれど)。


* 写真はNHKのHPから借りたものを加工しました。


2021.09.22 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

レコードを磨く


エアコンを新しくしたら、2週間に一度フィルターを掃除するようにとあった。今の時代、なんでも省力化、時短化が当たり前かと思っていたら、そうでもない。便利なものをただ便利に使おうという無精は、やっぱりそう簡単には許されないようなのだ(自動フィルター掃除機能付きというのもあるけれど、これはこれで問題がある。業者に依頼するクリーニング等、主として経済の問題ですが)。ま、自分を甘やかさないための工程だと考えて、ありがたく受け取ることにしよう。

LPレコードを聴こうとする時もそう。音はいいのだけれど、似たようなところがあります。馴染みのない人のために書いておくと、まず30cm角*ほどのジャケットから盤面に触れないように気をつけながら出して、盤面と針先についた埃を払って、プレーヤーの蓋を開けてターンテーブルに載せて、針のついたアームを盤の外周のところへ持っていき、ゆっくりと針を下ろしたところでようやく音が出るという一連の手続きがある(レコードは、盤面に刻まれた溝をダイヤモンドやサファイヤの針でなぞって音を拾うのです)。スイッチ一つで聴けるというわけにはいかず、CDやインターネット等による聴き方に比べると、ややこしいし、ちょっと手間がかかる。面倒といえば面倒だ。しかしその分、気分は否が応でも高まります。

おまけに、レコード盤そのものの手入れというものがあって、手入れをしながら「聴き込まれるほどに盤の見た目はくたびれていく反面、音は良くなる」と中古レコード店の店長は教えているし、レコード好き、レコード収集家としても知られる村上春樹はLPレコードの利点は、「第一に、レコード盤の入れをしてあげればそのぶん音が良くなる」、「第二にオーディオ周りを整備すれば、音質が向上するというメリットもある」と言います。すなわち手をかけたらかけた分の「レコードの恩返し」があり、そうした「ヒューマンなリレーションシップのあり方が、〈略〉堪えられないのだ」と書いている。これに対して、「CDではそんなことはまず起こらない」とも。




効果を求めるなら、それなりの投資(エネルギーの投入)が必要だということですね。ま、特に第二の利点は至極当たり前だけれど、こちらは残念ながら誰にでも実践可能というわけにはいかない。それができる人はいいけれど、僕などはとてもそうはいきません。だから、簡単な道具を手に入れて、せっせと磨くことにしたのだ。元々から手元にあるものについては購入時に静電気対策等の簡単な処理はしていたから、まあ綺麗にしていると思う。問題は、これからやってくることになっているレコードだ。ずいぶん長い間聴かれていなかったようだから、汚れもついているに違いない。なかなか大変そうだし、面倒といえば確かにそうなのだけれど、靴を磨く、あるいは窓を磨くことと同じと心得よう。これからは、できることをやって、心豊かに暮らすのだ。人に対するのとは違って、期待しても悪くない「恩返し」が必ずあるのだし(何と言っても、村上センセイのご託宣だ)、そのための手続きも慣れれば苦にならないはずなのだから。

汚れの具合に応じて、ただホコリを取ることから、クリーニング液と専用クロスの組み合わせ(ここまではすでにやった)の他、今は水洗いという荒療治まであるようだから、いずれ試してみることにしよう。


* この大きさが良くも悪くもレコードの特徴の一つ。収納には不利だけれど、モノとしての存在感は圧倒的。例えばCDと比べると、面積は6倍ほどもある。レコードを聴こうとする時、または磨こうとする場合には必ずジャケットを手に取ることになる。したがって、アートワークとしてのジャケットをみる時に、その印象は圧倒的だ。一方のCDジャケットは残念ながら、小粒でもピリリと辛いというわけにはいかないようだ。このことには、また別の機会に。

2021.09.15 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

悔恨の日


日頃なんとなく思っていることを、ある時にはっきりと思い知らされる、といういうようなことがあります(もう聞き飽きたと言うかもしれないけれど、ぼくの場合、たまにではなくしばしばあるのが困りもの。しかも、今更ながらというのが結構あるのです)。




エレクタ・シェルフの足元のキャスターを取り付ける鋳物の部分が壊れたために、詰め込んでいた本やらDVDやらを全て一旦出さなくてはならなくなった。その時に目についた、昔の雑誌の1冊が気になって読んだのです。それは俳句入門の特集だったのだけれど(最近になって時々、俳句らしきものを作るようになった)、「あっ」と思ったのはそれではなくて第2特集を読んだ時。早世した落語家、古今亭志ん朝の小特集だった。彼は早くから天才と呼ばれていたのですが、若い時から親しく付き合った俳優の寺田農は、むしろそれとは逆に「努力の天才。〈中略〉噺家はここまでしなければいけないのかと思うほど、凄まじい努力をした人です」と言うのです。

志ん朝に限らず、名をなした人はすべからくこうしたもの、だろうと思う。自負とともに(たぶん)、打ち込み方が尋常じゃないようなのです(自ら吹聴こそしないけれど)。これは有名無名を問わず、そうなのではあるまいか(ごくごく稀に、例外的な天才というのもいるかもしれないけれど)。

僕は早々と自分の能力に見切りをつけて、教師(文字通り教える人、というかもっと正確に言うと、僕の場合は浅学非才ゆえにただの伝える人)に徹しようと思い定めた(ちょっと甘えた言い方ですが。これも、もう終わった)。能力のことはもちろん本当だけれど、もっと大きな原因は怠け者のせいなのだ。

僕は最近になってようやく、このことを改めて後悔するようになったのです。誤解のないよう急いで言うなら、名を成したかったというわけじゃありませんよ。何かを成し得たかも、と言うつもりもないのです。ただ、成した事の大小にかかわらず、何かに打ち込むことによってはじめて、人は達成感や満足感みたいなものを得ることができるだろう。それが生活に充実をもたらすだろう、と思うのです。そして、体の芯に錨のようなものを据えることになって、ふらふらと揺らぐことがないと想像するのだ。ま、「無駄な時間を楽しむ」というベネチア人の生き方にも惹かれるけれど(こちらの少なくとも半分は得意中の得意)。

思うだけではいけないので、これからは何かに打ち込んで暮らさなければと願うのです。まずは、住環境の整備だろうか。最初は片付けから始めるべきか。それとも、比較的たやすく取り組むことができそうなことからか、例えば、お酒のつまみの作り方を極めるとか……。

その前に、一日にリズムを与えるような幾つかの日課を定めて、定着させることの方が先かもしれません(言之易而行之難)。


2021.09.08 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

アタマと眼


エアコンの取り付けに関しては、量販店の外注による取り付け工事はけっこう良くない評判が多いようだったので、ちょっと心配もしていた。しかし、背に腹は変えられない(第一選べないし、ここ何日かは寒いくらいですが、何と言っても、立秋は過ぎたとはいえまだ夏真っ盛りだったのだから)。

量販店での購入時には、時間指定不可なので、7時半ごろに連絡が入るということだったのが、8時近くになってもかかってこない。その後、ようやく連絡が入って、待ちくたびれた頃にやっと現れたのは一人きり。販売店では二人1組ということを聞いていたので、尋ねると一人だという答え。なんだか、怪しいなあ。ちゃんとやってくれるだろうか。ちょっと不安がよぎった。





でも、いざ始まってみると、意外にも丁寧な仕事ぶりだった。大家から聞いていた取り付け方を伝えると、そうじゃないと言う(すでに、パイプスペースには塩ビ管が設置されていたのだ。ま、あたりまえか)。そして、古いエアコンを外して3本の菅を見るなり、「ひどいな、これは」と呟いて、ほらと見せてくれたのが断熱処理をしていない排水菅。さらに、本体と排水管や冷媒菅等3本の菅を収容するパイプを繋ぐ蛇腹は規定よりも短く切ってあったらしい。

ちょっと安心して(と言うのは、彼の取り組み方のことです)、「実は心配していたのです。……」と言うと「そうなんですよ。いい加減な業者が多すぎるのです」と困ったように答えるのだった。話し好きで、友人とお酒の席を楽しむことと温泉や旅行が大好きで、今はこのふたつともができないので、ストレスが溜まっているとのこと。僕は温泉にはさほど惹かれないと言うと、信じられないという顔をして、「えーっ」と言った。一方、家賃が自分たちよりも新しい居住者の方が安いことについては、二人ともに大いに憤慨した。

こんな風に、取り付け作業は極めて順調に進行して、2時間ほどで完了した(どうやら、当たりの業者だったのようでした)。ただ、テキパキと仕事を進めてくれるのは良かったのだけれど、それでもちょっと気になることがいくつかある。




一つには、エアコン本体の取り付け位置。引き戸の縦枠に中心を揃えてくれれば良かった。もう一つは電源コードが手前から出ていること。

なぜなのだろうか。本体の取り付け位置は取り付けマニュアルの指定通りということだろうし、電源コードの方は天井のコンセントが手前の方にあるせいだろうか。たぶんそうでしょうね、正確さと効率を大事にしているようだったから。他にも、技術的な制約があるのかもしれない。

さらに、本体からの蛇腹のホース、そしてこれと壁の穴の隙間を埋めるパテの処理も気になった。カバーはないのですかと聞いたら、あるけれど16,000円かかりますという。たぶん、無駄な出費を強いらないようにということだったかもしれないけれど、事前に訊いて欲しかったな(あ、これは販売店の側の問題か。その時は、いかにも貧乏な顔をしていたのだろうか)。

ともあれ、人には、それぞれ得意不得意、あるいは関心の行方、デザインに対する感覚はさまざまだということですね。ただ、こうしたことを訊きながらやってくれたらもっと良かったのに、と思ったのでした(でも、たいていの職人やデザイナーの本心は、そうじゃないのかもしれません)。

ま、慣れてしまえば、さして気にならなくなるけれど(気にしすぎるのもどうかと思うけれど、これはこれでちょっと困る)。

しかし、それよりも何よりも、さらに重要なことがある。なかなかはかどらないけれど、まずは片付けなくちゃいけません。散らかっていると、なんだか落ち着かない(よく言われるように、部屋の状態は頭や心のありようなのだから)。捨てられないのが最大の難関(これは一体どうしたことか。捨ててしまえば、無くてもさして困らないのは十分すぎるほどわかっているはずなのに)。


2021.09.04 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

反省


用事のついでに、本屋に寄った時のこと。


*

ちょうど、よく読む雑誌の発売日だった。退職してからは定期購読はしなくなったものの、やっぱり雑誌が好きなのだね。で、雑誌売り場に行ってみると、確かに並んでいた。特集は「やさしい気持ち」。ちょっと気になって、手にとってパラパラとめくって見たけれど、目新しいものはなさそうな気がした(焦って買うと、同じような特集の雑誌がすでに何冊かあったり、時には再編集版とか番外編というのもあったりするのです)。

で、もう一つの雑誌のところへ。そして、結局こちらを買うことにしたのでした。

帰りの車の中で、このことがなんだか気になって、考えているうちに思い当たったのだ。

「やさしい気持ち」という言葉に慣れすぎたのではないか。ということはつまるところ、そのことに鈍感になっていることであり、傲慢な態度で接していることではないか。もしかしたら、実際にはもはや失ってしまっているのではあるまいか、と思ったのだ。

一方、買って帰ったのは「映画特集」号。毎年繰り返される企画の一つ。

結局のところ、易きについたのだ、という気がしたのでした。さらに、これまでにガラクタ類はずいぶん溜め込んできたけれど、一方で失った大事なものがあるかもしれないとを思うと、ちょっと恐くもなった。反省。

ついでにもう一つ。

先日、エアコンを入れ替えたけれど、もしかしたらその必要はなかったかもしれないという話。別の用で来てくれた業者の人が、エアコンの室外機が汚れているせいかもということを教えてくれたのだった。室外機の掃除なんて今まで聞いたこともなかったけれど、確かに真っ黒。そして、恐る恐るつけてみると、動いた。しかも止まらない。知らないということは、実際に損をすることでもあるのかもしれません。気をつけよう。


* 画像はマガジンハウスのHPから借りました。


2021.09.01 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

カタカナ語の隆盛について


ぼんやりと暮らしていても、なんとなく気づく。というか気になることはいつだってあるということは、もう何回も触れたとおり(ま、僕がぼんやりしすぎで暇にしているということかもしれませんけれど)。さらなる問題は、それが意味のあることかどうかということですが……。


*

夕方ラジオを聞いていたら、松任谷由実のアルバム「時のないホテル」を紹介していた。1980年発表という。僕は松任谷由実と言うと、うろ覚えだけれど、学生だった時の学園祭に荒井由実として活動していた、まだ有名になる前の彼女がやって来るという時に、家で汗をかきながら課題の図面を描いていたことを思い出す(呼んだ人は、先見の明がありましたね**)。

最初の曲がかかって、ああいかにもユーミン(!?)らしいなあと思って聞いていたのだけれど、しばらくして違和感を覚えた。途中で英語の歌詞が挿入されたのだ。

なぜなのだろう。彼女の歌は音のひとつひとつに言葉が一音一音乗せらているように感じがするのに。たぶん、英語でなくちゃメロディに乗らないわけではないし、伝えられないわけじゃない。英語の歌詞が入っているのは1曲だけだったから、海外進出のための戦略でもないだろう。

英語の歌詞がなくても十分に新しさを表現できただろうと思うけれど。というかむしろ、日常的な一場面を切り取った歌詞ならなおさらそのはずだろう。洒落た雰囲気を作り出そうとしたのだろうか。はたまた、もしかしたら別の理由で英語の歌詞が必要だったのだろうか。それとも、純粋に音の響きの効果をねらって取り入れたのか。でも、他の曲にはそうした試みはないから、ちょっと不思議。

ところで、多くの人がカタカナ語を使いたがるのはなぜだろう。例えば、最近では価値観の多様性を言うのにダイヴァーシティと言い、趣旨あるいは狙い、目的とでも言えばいいところをコンセプトという。何か外国語を使えば、格が上がるとでも言うようだ(かつては、漢語が流行った)。自国第一主義(ここはナショナリズムというのがしっくりくうるようだ)を言う人たちがこのことに言及しないようなのはなぜなのだろう。

ホットケーキはホットケーキでいいし(ま、パンケーキと言いたいのならそれでもいい)、ビーフステーキをわざわざ焼き厚切り牛肉などと言う必要はもちろんないのだけれど。

田村隆一が、「ニセ詩人といふのはモテる。普通の詩人はモテない」と言って、ニセ詩人、すなわち作詞家やコピーライターを詩人と呼ぶ風潮を揶揄したという気持ちがわかるような気がするのです(ま、例外はあるとしても)。と言いながら、ついカタカナ語を使う自分に気づいて恥ずかしくなることがある。


* 写真はNHKのHPから借りたものを加工しました(でも、文字の部分の改行は直せない。気になります)。
** 僕が通っていた学校は九州にあって、しかも4学年が揃っても全学で4学科480人という極く小規模だった。観客動員数はあんまり見込めなかったのではあるまいか。


2021.08.28 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

白昼夢、か


コロナ感染の勢いが止まらない。ま、このことはオリンピックの開催前から予測されていたことだし、オリンピック開催期間の状況を見ていても、こうなることは想像できた。安全、安心、国民の命が第一と言いながら、それでも開催し、しかも対策の不備が度々指摘されることになったのはなぜだったのだろう。やれば、何かしらやった意味がある。そのことは疑いようがないけれど、これが今のような状況下でやることが多数の人々にとって有意義かどうかということではあるまいか(相対的に考えるということは教わったはずなのだけれどね)。

閉会式をたまたまよそで見たけれど、しばらくすると猛烈に腹が立ってきた。これを見た人々、特に若い人たちはどう思っただろう。一方で大はしゃぎなのに対し、他方は自粛を求められている。このことを「受け入れよう」という気持ちになるものだろうか。


*

そして、今度はパラリンピックが始まる。さらなる感染拡大の契機とならないことを願うばかりだ。

緊急事態宣言の適用範囲の7府県へ拡大することに際して、ある知事は担当の経済復興担当大臣(厚生労働大臣ではない)に事前相談したというニュースがあった。これはなぜなのだろう。もしかしたら、病床の確保等医療体制のことよりも、安全の確保よりも、何より経済を基本に考えるということなのだろうか。

学校の一済休校はしないということについての、文部科学大臣の説明。学校は児童生徒にとって学習だけでなく、セーフティネット等としての意味はコロナ禍下でも変わるところがない、ということのようだった。例えば、お店の経営者にとっての経営はコロナ禍下で意味が変わるということだろうか。もう少し、丁寧な説明がされないのはなぜなのか。

パラリンピックは、オリンピック同様無観客で開催。ただし、学童、生徒の見学は例外。教室で授業を行うのと変わるところがないためだと言う。本当にそうだろうか。

さらに、オリンピックが多様性、平等性の象徴だと言うのなら、なぜパラリンピックと同時開催しないのだろう。あるいは同じ名称としないのか。運営団体も別だし、ま、想像がつかないでもないけれど、ちょっと不思議。

あるニュースキャスターが日本人のゲストには低姿勢なのに、韓国人のゲストに対しては随分と高圧的な物言いをするのを見たけれど、これはどうしたことだろうか。

もう一つ政治的な話題(不得意だけれど)。一方の経験の乏しかった党派の失敗は許さず(期待が大きかったから失望した)、他方ずっと中枢を担ってきた党派に対しては不手際を責めながらも失望することがなさそうに見える人が案外多いこと。これは、政治の場面に限ったことではないはずなのに。可能性よりも安定性を、ということなのか。「やり直せる社会」は求めない、ということか。

どうしたことか、その他諸々、不可解なこと、理解しがたいこと、腹立たしいことには事欠かないのです。

あ、でもこれは本当にあったことなのか。正しく記憶したことのなのだろうか。もしかしたら、やっぱり悪い夢でも見ていたのではあるまいか。

追伸:今日の夕刊に、チャーリー・ワッツが亡くなったことが載っていた。享年80歳。とくに年取ってからの彼は、ストーンズの中にあって端正さが際立ってかっこよかった。


* 2021年8月23日朝日新聞「天声人語」


2021.08.25 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

死はわが隣人


歳をとるということはこういうことなのか。今までなんでもなかったことが、簡単にはできなくなってくる。しかも、それは不意にやってきたという気がするのだ。おまけに、使い慣れたものを中心に、身の回りのものが次々に壊れてゆく。ま、当然古いものということになるから、仕方がないのかもしれない。

プロジェクター、DVDプレイヤー、AVアンプ、ガスコンロ、エアコン、譲り受けたオーディオアンプ、LPおよびCDプレイヤー、スピーカー等々。そして、長年使っていたエレクターシェルフの足元もついに破損した(しかも複数)。修理ができるものあれば、できないものもある。そして先日は、とうとう自身が壊れかけた。

そんな時に、最初に務めた職場の広報誌が届いたので、懐かしくなって開けてみた。と、「えっ」とおもう人たちの訃報が載っていた。僕より少しだけ年上の人かほぼ同じくらいの人が数人含まれていたのだ。あんなに溌剌として素敵だったのに、という人も。


*

急に、「死」が身近なことに感じられたのだ。文字通り「死はわが隣人」ということを、いつでも我身に起こりうることとして、改めて思い知ったのだった。同時に、これからの行く末のことが気になってくる(もちろん、来し方が気にならないわけではないけれど、もはや過ぎたことだ。「終わりよければ、すべてよし」という言葉もある。今となっては、こちらの方が重要。というか、もはやこちらに賭けるしかない)。

「このままぼんやり暮らしていいのか」という問いが、頭から離れない。何が重要かは人それぞれに違うはずだけれど、僕の場合、なんと言っても「終の住処」のことが気になってくる。先日新聞の投書欄で見た、81歳で家の建て替えを決意し、実行したという人のことが思い出されて、もう一度取り出して読み返した。その家は十分に快適なのだけれど古いものなので、予測されている南海トラフ地震で建物の下敷きになって親が死んだら子供たちに申し訳ないということだった。わが家も、地震が来たら本やらDVDやら棚やらに襲撃されることは間違いがない。

僕には子どもはいないけれど、それでも、新しい場所で「あと何年暮らせるのか」ということは、もはや意味がない気がしてきたのだった。何年であれ、賃貸であれ持ち家であれ、自身が気に入った空間で、気持ちよく暮らしたいのだ。

とはいうものの、実際には簡単ではない。何と言っても、年金暮らしの身なのだ。どうしたら工面できるのか。無芸の身には、これが難関。これが若い時だったら……、と思わないこともないけれど、それはもはや叶わないことなのだ。さて、どうする。ちょっと焦る。


* 2021年7月25日朝日新聞「声」欄掲載


2021.08.21 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

僕がブログを続ける理由


僕が怠け者であること、一つのことを続けることがなかなかできないことについては、これまでも何回か書いたことがあります。それでも、このブログだけは続いている。読者はごくごく限られているのに(しかも残念なことに、その数は一向に増えそうにない)。

それでも続けられているのはなぜだろう、と考えてみた。

もちろん、そのごく限られた人達に読んでもらいたいということがある。

だとしたら、これはメールだけでも事足りるかもしれない。むしろその方が確実に届くだろうし、読む人の手間を省けそうでもある。

ならば、他に理由はないのか。

と、不意に思い当たった。

だいたい僕は頭の中だけで考えることができない。簡単な計算だって、紙に書かないとできないのだ(暗算ができる人の頭の中はどうなっているのだろう)。文章だって、材料を書き出しす事から始めなければできない。あるいは図にして見るまでは、わからない。要するに、目に見えるようにしないとだめなのだ。




だから、何か思いついたら、まずはあり合わせの紙にメモをする(たいてい、裏紙のことが多い。まっさらの紙はなぜかかしこまってしまい、なんだか書きにくい)。これを元に、パソコンで書く。そして印刷したものに、付け加えたり削ったり、修正を加える。さらにこれを印刷し、また朱を入れてゆく、ということを繰り返すのだ(ま、その割には……、というのは仕方がない)。

つまり、もう一つの大きな理由は、僕がいっぺんに考え抜くということができないということによる。文章を作り、それをほんの少しだけ良くしようとすることについてはいうまでもない。そしてそれ以上に、そのことを通じて、ゆっくりと少しずつ考えを進めるために書く。複雑なことがすぐには理解できないので、理解を深めるために書くことが必要なのだ。だから、読んだ人の意見を聞くことができるなら、僕にとっての書くという行為はさらに意味のあるものとなるだろう。運が良ければ、第3の考えに辿りつくことがあるかもしれない。そしてさらに運に恵まれたならば、読んだ人にもわずかながらでも何かしら益になることがあるかもしれない、と願わないわけでもないのです。


2021.08. 18 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

オリンピックの開催に反対する


いよいよ始まってしまいますね。コロナ禍が勢いを増す中、東京は非常事態宣言下での、東京オリンピック。

僕はもともと政治的な人間じゃないし、ここでなんと言おうと別に変わるところがないのですが、ただこうした場を(極めて細々ながらも)運営しているのなら、(自己満足だとしても)もう一度書いておく方がいい気がしたのです。




開催地の東京をはじめとしてコロナ禍は収まるどころか、ますます増大している。緊急事態宣言が出されて、飲食店や酒店に対しては圧力が強められる一方、オリンピック開催についてはさまざまな綻びが報告されているにも関わらず、相変わらず「安心・安全」を繰り返すばかりのまま、今日まで来た。一体なぜなのだろう。

今、参加しようとする競技者の数以上に、会いたいのに会えない、提供したいのに提供できない、働きたいのに働けない等々の状況を抱えている人々が多数存在しているはず。こうした状況を放置したまま、誰のため、何のためかについては置き去りにされたままのオリンピック開催に突入する。

その中で五輪辞退をいう選手も出てきたようだ(プロテニス選手に多い)。これを評して別のスポーツ選手は「テニス選手のようにオリンピック以外の場があるからいい」というような発言をした。あるいは、「五輪を開催するにあたって国民の税金がたくさん使われていると思うんですよ。なのに国民が見に行けないっていうのは、じゃあ一体誰のための、何のための大会なのか、という疑問がもちろんある。アスリート*はやっぱりファンの前でプレーしたい」(これって、結局はアスリート、というか自分第一ということですね)、等々。

おかしいですね。悪気はなかったかも知れないけれど、つまるところは自分の事しか考えていないのだ。

自分のことを大事にしないで他者のことを大事にすることはできないはずだけれど、それは他者のことをないがしろにしていいということではないのだ。こういう人たちが「アスリート」だと誇り、オリンピック出場を当然のことのように言い、「有観客の開催」を要望するというのには全く共感できない。笑止千万と言いたいくらい。彼らがオリンピックに出場したい気持ちはわからないわけではない、複雑な感情を抱えたまま出場する選手もいるようだ。しかし、そのこととこの状況下で開催するということとは全く別のことだと思う。

バッハ会長の一連の発言にも驚く。「日本の皆さんのリスクはゼロと言える」、「選手を歓迎してほしい」、「新型コロナウイルス感染状況が改善した場合は観客入場を検討してほしい」等々の要請、さらには我が国の首相のこれに対する返答に唖然とする(他のJOC関係者の発言も同様)。

これでは、オリンピックに期待どころか、商業主義の人々に主導される状況を見ていると、その存在意義を疑わないではいられない。気分が悪くなる。いつの頃からかプロ選手の参加が認められたが、こうした競技には大抵W杯をはじめとする世界規模の大会があるのだ。オリンピックは商業主義と国威発揚の合体ということなのだろうか。知性や理性、教育の効果は無力のように見える。なんだか、このことはオリンピックに限らず、そして、世界の行方さえも危ういように思えてくる。

思えば、今回のオリンピックには様々な不祥事、嘘が付いて回った。過去のオリンピックではどうだったかは知らないけれど、このことはとりもなおさず関係者の大義は言葉だけとする商業主義、認識の甘さが増大していることを示しているようだ。

「舐めた真似をするんじゃないよ」、と言いたい気がします(ちょっと、品がないけれど)。

そして、気分を晴らすために、荒唐無稽なアクション映画を見るのです。


* この言葉もいつの間にか定着しているようだけれど、なぜ競技者じゃいけないのか。


2021.07. 21 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

終の住処


例によって、ぼんやりとテレビを見ていた時のこと(まるで、ぼんやりとしていない時はないようだ。やれやれ)。

NHK Eテレ(それにしても、なんという名称だろう)の「ハルカの光」。震災後、訳あって故郷を後にして、東京の照明器具店で働くようになった少女ハルカが主人公。自ら名作ドラマと銘打っているのはどうなのかと気になるけれど、毎回照明器具の名作が登場する。

その最終回、照明器具のことは忘れた*けれど、その中で気になる言葉があったのだ。


**

照明器具店にやってきたハルカの父(演じるのは甲本雅裕。故郷を出奔した娘と対峙する、不器用な父親の滲み出る切なさ、哀愁があって、いいです)が、住宅を建てようと思うのでこれに合う「電気」を選びたいのだと言う(「電気」というのは、照明器具のことです。これをハルカに咎められるのですが、ちょっと残酷)。

彼と彼の妻は震災によって家を失った後、仮住まいに暮らしている。事情があってハルカが出て行き、生きる力も喪失した夫婦はこれに甘んじていた。すっかり諦めていたのに、不意に「このまま終わっていいのか」、「終の住処がこれでは、寂しすぎないか」(正確じゃありません。だいたいこんな感じのことということです)と思い至って、もう一度家を建てることを決心した。それに至る過程についての説明はない(ま、ハルカのことが含まれることは確実だろうけれど)。

ちょっとグッときました。鋭い矢尻の矢で胸を射抜かれたような気がした。参ったな。もう一度、自身の「住むための空間」を設えることについて考えてみようと思った。これを物欲と言うのか、そうではないのか。

僕は若い頃は政治にほとんど関心がなかったものの、「借家政策」こそが取るべき政策だと思って支持していた(すでに書いたことがあったかもしれない)。観念主義、教条主義の陥穽に陥ってしまっていたのかもしれない。あるいは、ただの若気の至りか、とにかく家を「所有する」ということについては考えないようにしていた。

思えば、僕が敬愛する大学院時代の先生たちは皆、共産主義または社会主義の支持者のようだった(たぶん)。同時に、彼らは全員が自身の住む家を持ち家として所有していた(このことについて、すでに書いたことがあっただろうか)。これは、共産主義・社会主義的な考え方と持ち家を持つことが対立しないということなのか、それとも住まいに関心があるならばこれを所有すること(そして、これを自由に作り変えること)の魅力には抗し難いということなのだろうか。

今の僕の場合、経済的な効率の点から言うと、もはや不合理というのは論を待たない。家を新しくしたところで、そこであと何年暮らせるかわからないし、第一いつまで生きているのかさえ不明なのだ(もうそんな歳になったのだ)。

ともあれ、いや、だからこそ、残された時間が短いからこそ、悔いのないようにしたいという気持ちが強くなるのだ。そして、分を超えているかもしれないのだけれど、怠け者でぼんやりと過ごしたまま何も成さなかったこれまでのことを思うと、せめてこのくらいのことは実現したいものだと願いたくなるのだ。


* 写真を見たらわかると思うけれど、ポール・ヘニングセンのテーブル・スタンドでした。
** 写真はNHKの番組HPから借りたものを加工しました。


2021.07. 17 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

もっと困った


暑い日が続きます。気がつけば7月ももう半ばで、梅雨明けも近そうだから、無理もない(でも、僕はなぜか季節の感覚を失いつつあるようです)。そして暑さは、これからさらに本格化する。

それで、エアコンを使う機会も増えてきた。日中は、窓を開け放って凌いでいるけれど、雨の日や夕方になるとそういうわけにもいかないので、エアコンに頼らざるを得ないのだ。

そんなある日のこと、点けたと思っていたエアコンが止まっているのに気がついた。で、改めて点け直す。すぐに動き始めて、涼しくなる。

別の日、点けたはずのエアコンがまた止まっている。誤って、タイマー設定でもしたのかと思って設定し直して電源を入れた。何事もなかったように動き始めた。やれやれ。

それからしばらく経つと運転音が聞こえなかったので見にいくと、やっぱり停止していた。今度は本体をよく見たら、緑のランプが点滅していることに気づいた。除湿を示すランプ。能力を超えたのかと思って、冷房に切り替える。と、また涼しくなったので、一安心。


*

ややあって、また見るとやっぱり緑のランプが点滅していた。ああ。これは不具合が生じたのに違いない。説明書が見当たらないので、インターネットで調べて見るとありました(便利ですねえ)。点滅回数で故障の種類がわかるというので、改めて確認したら3回の周期。室外機基板/コンプレッサーの故障らしい。

困った。これからが夏本番というのに、故障なんて。「雨あがりの夜空」の気分。でも考えてみたら設置してから10数年も経っているのだ。仕方ないといえば、仕方がない。暑さのピークは、あとひと月ほどか。ならば、だましだまし使えるのか。いっそエアコンなしの生活に戻って見るのも良いかも、という気がしてくる。

ただ、よく考えてみれば老朽化はこちらも同様。機械以上に年を経ているのに、無理は禁物なのだ。でも、機械を入れ替えるとなればそれはそれでまた大変。経済的なことはもちろんだけれど、機械の搬入と取り付けのためのスペースを作り出さなければないけないのだ(やれやれ)。

それにしても、「ものは必要な時に壊れる」(マーフィーの法則)というのはよく当てはまる。しかも、こうしたことには連鎖があるようなのだ。古いオーディオ機器類は軒並み修理が必要だし、コンロも怪しくなってきた(しかも同じものはすでになく、似たようなものは随分割高だ)。他にも色々とあって、なんと物入りであることか(ふーっ。年金暮らしに入ったばかりというのに)。参ったな。

でも、もっと困るのはこの状況で、もはやオリンピックやむなしとする雰囲気ではないか、という気がするのだけれど……。


* 画像は、ジャパネットたかたのHPから借りたものを加工しました。


2021.07. 14 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

ちょっと困った


以前、ここに書いた年寄り(ミステリ)小説は、まだ読んでいない。白状すれば、未だ入手していないのだ。

言い訳をするなら、いくらなんでも89歳の主人公というのはどうか(参考になるかのか)とか、字が大きくなっているのはありがたいけれど、そのせいで上下2巻本となり、文庫本なのに合わせるとほぼ2,000円ほどにもなるしなあとか(ちょっとせこいようだけれど、年金暮らし)、ちょっと評判がよくないぞとか(しかし好きな小説が恋愛小説というのが気になる)等々がある。




分けても大きいのは、丸谷才一の「快楽としてのミステリー」のせい。これを改めて読んでいると、どれもがむやみに面白そうで、未読の気がするものをいくつかアマゾンに注文している(最初に読んだ時も、購入予定の印があるからもしかしたら重なりがあるかも)。先に誘惑に抗しきれずに注文した「ストリート・キッズ」が新作と変わらずに楽しめたこと、しかも中古本で安く手に入れたのが案外綺麗で良かったことが後押ししてくれる。

おまけに書店の本棚には、これまで馴染んできた作家の新作が全く見られなくなった反面(例えば、SJ・ローザン)、一方チェスタトン等のミステリの古典と目されるものは目にするようなのだ。

中には読んだ気がするようなものもあるけれど、中身はどうせ覚えていないのだ。でも、そうしてばかりいると、他のジャンルの本を読む時間がなくなってしまう(いくら良くできたミステリ、たとえばチャンドラーのような探偵小説が優れた文学でもあるとしても)。

ところで、少し前にジャズの本をまとめて読んだ時があった。ジャズそのものについてはもちろんのこと、ジャズ・ヴォーカリストとポピュラーの歌い手の違いがわからなかったのだ。そん時に、寺島靖国という人が「古いものはもういい。とにかく新しいものを一枚でも多く聴きたい」というようなことを言っているのを読んだのだった。

その時は、そんなものかと思っていたのだけれど、いまの僕はちょうどその逆の状態のようだ。読む小説といえば再読を含めて古いものにいきがちだし、音楽もそう。新しい音源といえばラジオくらいで、新譜のCDはずいぶん長い間買ったことがない。サブスクリプションとは無縁。

分けても映画が特にそうで、なぜか未見のもの、特に新しいものにはさして食指が動かない。映画を観ようと思って、棚を探していても大抵は、結局すでに見たものを選ぶことになるのだ。

これはなぜなのだろう。新しいものへの憧れを失ったのか。冒険心や好奇心の喪失か。もはや回想する時期に入ったせいなのか。はたまた生きる力の減衰の現象のためなのだろうか。

もしかしたら、ずっと子供っぽい暮らし方をしてきて、ついにそれに耐えきれずに、一挙に老境へと突入してしまったのかもしれない。

さて、何をやればいい。


2021.07. 10 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

不勉強を恥ぢる


今頃になって知ること、がある(恥づかしながら、この年でも。しかも少なからず……)。ま、当然と言えば、しごく当然ですが。ただ、そんなことも知らなかったの、と言われそうなことです。

ビールを前に、窓の外を眺めながら、目黒区総合庁舎を舞台にした番組をチラチラ見ていたときのこと。


*

外観は縦の線が強調されたルーバーが目につく。よく見ると、縦の線と横の線が交わるところの内側は直角ではなくわずかなアールがつけられている。設計は村野藤吾。旧「千代田生命保険本社ビル」(1966年)。

いかにも村野好み(あんまり知らないのに)、という気がした。建物に辿り着くまでのアプローチも、とても気持ちよさそう。中に入ると左右対象ではなく、東西の開口部から入ってくる光の具合を考慮して設計されている。


*

外部の通路にかけられたアルミの庇を支えるのは、ランダムに並べられた細い柱。ちょっと驚いた。今頃になって知ったことというのは、このことなのです。僕がランダムに並べられた柱で覚えているのは、コールハースのパリの家「ヴィラ・ダラヴァ」(1991年)、屋上に作られたプールの先にはエッフェル塔という、あれです。いかにも脱構築主義という気がしたのだけれど、それよりも前に村野がやっていたことに驚いた。(ま、コールハースの方はランダムに並んでいるだけでなく、垂直でもないけれど)。知っている人は、当然知っているわけで、今頃かよと言うでしょうね。今頃になって、と言ったけれど、本当のところはたいていこんな風なのだね(よく教壇に立っていたものだ。ああ、恐ろしい。汗顔の至り)。

でも改めて考えてみると、案外不思議じゃないのかもしれない。村野は、西洋の近代建築に精通していたのは無論のことだけれど、日本建築にも通じていた(彼の自邸は民家を移築したものだし、そこには桂離宮の残月亭の写もある。しかも、これにはいくつかヴァリエーションがあるようだし、数寄屋造りの傑作とされる作品もある。決して合理主義だけではなかったし、視覚的な喜びにも心を砕いていたはずだから。

それでついでにと言うと変だけれど、ちょっとニーマイヤー(あんまり褒められることは少ないようだけれど、結構好きです)のことを思い出した。一筆書きのようなシンプルな美しさと楽しさに満ちている。彼も初期の近代建築の洗礼を受けた頃を除くと、直線だけで構成されたものはない(たぶん)。西洋のモダニズム建築に学び、その影響から逃れようとしたけれど、自身が育った国の気候風土や文化的環境からは逃れられなかった、というか向き合わざるを得なかったということなのかな。

村野の階段はいいなあ。番組によれば、「階段の魔術師」と言われたそうだけれど、恥づかしながらそのことも知らなかった。移動のための設備ということだけと違った、インターナショナル・スタイル以前の西洋建築に見られるような合理的だけじゃない造形的な美しさや見るものを楽しませる仕掛け等の工夫が凝らされた階段の魅力がある。

過去や先達に学びながら、しかし形式主義にとらわれない柔らかな態度がそこにあるということだろうか。誰か教えてください。

ちゃんと勉強しなくちゃいけませんね(いくつになっても)。


* 写真はテレビ大阪のHPから借りたものを加工しました。


2021.07. 07 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

テニスの頃


ビールを手にして、テレビをつけたら、ウィンブルドン大会の中継をやっていた。コロナ禍がなかなか収まらない中で、やっていたのだね(たぶん、経済優先ということなのだろうけれど、大丈夫なのだろうか。イギリスでも感染者は再び増加しているようだし、大きな大会やお祭り等大規模な催しの後の感染者の増加が、次々に伝えられている)。テニスを見ていたいという気分ではないけれど、自身がテニスをやっていた頃のことを思い出した。

短大に就職が決まってからの最初の懇親会の時だったか、半ば強引に、有無を言わさずという感じで誘われて、学生の部活動が終わる午後7時半から1時間半ほど、週2ないし3回ほどもやっていた(大人のクラブ活動)。授業の数も多かったし、その準備等で結構忙しくかったはずなのに、そのあとはほとんど必ず居酒屋へ行っていた(しかもその後、僕は新宿まで連れられていくことが少なからずあったのだ)。ずっとやっていた人のことはいざ知らず、なぜか声をかけられた新人たちは参加するのが当たり前のことだと思っていたのだ。中には、生まれたばかりの赤ん坊をお風呂に入れた後から駆けつけるという後輩もいたくらい。

楽しかったなあ。まだ若かったのだ。

でも、今やその時の仲間とテニスをすることはない。もう会うことも滅多になくなった。会いたいと思っても、もはや叶わない人もいる。その中にはテニスやらスキーに誘ってくれ、本当に親しく接してくれた、今の僕よりもうんと若くして亡くなった先輩も含まれる。生きている者も皆、年を取ったのだ。




ちょっと懐かしく思い出したことを書こうと思って始めたのに、ニュースを見ていたら悪いことばかりが伝えられる。第5波がやってきそうだとか、先に挙げたイベントの後の感染者の動向。国内のワクチンの量も十分ではないようで、自治体の大規模摂取や職域での摂取を一時中断すると言う。そうした中、太平洋・島会議で我が国の首相は、島嶼国にワクチンや提供やこれに伴う技術協力をすると伝えたらしい。このこと自体は悪くない。僕は、何が何でも自国ファーストじゃなくちゃいけないとは思わない。そうした考えには組したくない。

しかし、その一方でオリンピックやパラリンピックの開催については、相変わらず「安心、安全」、「万全な感染対策」、「しっかり準備」を繰り返すばかりだ。具体的な手立てを示すことなく、あるのはこうあってほしいという気分だけだ。これはおかしいだけでなく、早くもほころびが出てきた。

それをいうなら、まずは状況をきちんと把握したた上で、計画を立て、拡大の要因をできるだけ排除してからにしてほしいと思う。多くの人が指摘するように、このところの我が国のリーダーたちは歴史から学ぶことがないようだ。情けなくも悲しく、暗澹たる気持ちになるばかりだ。


2021.07. 03 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

速報・村上春樹の新刊『古くて素敵なクラシック・レコードたち』をめぐる感想




先に掲載した「これっていいことなのか?」で触れた「プレ村上レイディオ」の中で『僕の素敵なクラシック・レコードたち』が紹介されていたので、知ってはいたのです。そして、ある日の朝刊の広告でも見かけた。となると、買わずばなるまい。

で昨日、早速書店に走って、手に入れた。

のですが、ちょっとがっかりすることも。




何と言っても、サイズが小さかった(本も、ジャケット写真も)。新聞広告を見たときには正方形に見えたので、てっきりこれはLPレコードのジャケットサイズに違いないと思ったのだった。実際には縦は文庫本よりはちょっと大きいくらい。なぜこんなサイズになったのだろう(ま、想像がつかないわけでもないけれど)。繰り返すけれど、僕は、LPのジャケットのサイズ、すなわち約30㎝×30㎝だと思い込んでいたのだ(この理由はわかるでしょう)。

新聞広告や本の帯の惹句には「美しいジャケットをオールカラーで紹介」とあるし、さらに本を開くとまず冒頭には「なぜアナログ・レコードなのか」という文があって、その中で「ジャケットのサイズがCDよりずっと大きいというところも気に入っている。手にとって眺めるにはちょうど良いサイズなのだ」とか「ジャケット・デザインにかなりこだわる」とか書いてあるのだ。ちょっと矛盾していると言うか、書いてあることと実際のデザインに乖離があるのがわかるでしょう(もちろん、村上春樹は装丁デザイナーではないし、ジャケットの紹介が主題ではないけれど)。

それからこれは、薄いプラスチックのケースに入っているのですが、本の厚みのプロポーションはCDCDケースの関係に近いので、そのせいなのか、とも思った……。いずれにしてもちょっと理解しにくいことですね。あんまり気にしなかったということなのか(たぶん、ありえない)?しかも、昔の輸入盤やCDのようにビニルに包まれていたしなあ(やっぱり、中途半端な感は否めない。あ、もしかしてこれは立ち読み禁止ということか?)。

ところで、取り上げられている曲についてみるなら、僕の持っているレコードとはあんまり重ならないし、演奏家の選定もずいぶん違っていた(彼の所有枚数と僕のそれとは桁違いに違う上に、僕はレコードよりもCDの方が多いのです。なんといっても、かつてレコードは高かった)。

まず1枚目で取り上げられていたのは、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」。僕はストラヴィンスキーなら「春の祭典」の方に馴染みがある(ミーハーってことなのか)。続く2枚目のシューマンの「交響曲第2番」。彼は、「シューマンの交響曲の中で最も目立たないかもしれない」と記しているけれど、僕は世評に名高い「第3番ライン」よりも「第1番春」の方が喜ばしい気分が感じられて好き(音楽的には僅かな瑕瑾があるとしても)。続く3枚目は、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第25番」。この曲もふだん取り上げられる機会が少ないのではあるまいか、という気がする(あんまりよく知りませんけど)。僕は何と言っても、「第21番」の美しさに惹かれる(これは、この曲が使われた映画のせいかもしれない)。

さらに曲と演奏者の組合せで言うなら、ざっと見ただけだけれど、レコードに限らずCDも含めて持っていたのはビーチャムの「ディ―リアス作品集」。カール・ミュンヒンガーによるバッハの「音楽の捧げ物」あたりのようだった(ま、レコードだから、古い録音のものが多くなるので当然か)。それにしても、かなり個性的な選定のようだ。

こんな風に、僕の予想や思い込みとはずいぶん違っていました。でも、知識や感想については、さすがに感心させられます。感想は結構感覚的だけれど、よく違いを聴き分けているのだなあという気がする。

でも、羨ましいですね。細かなニュアンスを聴き分ける耳、表現する文章力、加えてレコードの収集とこれをよく聴くためのオーディオ装置*にかけることのできる経済力。何より、こうした半ば趣味的な本を決して安くはない価格で出版できるということ(そして、実際に売れる)。

とすれば、値段は2800円か3200**と少し高くなっても、あるいは2枚(冊)組としてもいいから、本のサイズはLPジャケットと同じにして欲しかったな(経済原理の主張に対して、デザイナーと村上春樹の気迫が、ちょっと足りなかったのではあるまいか)。

ま、四の五の言わずに楽しめばいいんでしょうね。


* オーディオ装置を整備すれば、音質は向上するというメリットもある。たとえば、カートリッジを交換する」などとあります。最近のカートリッジはずいぶん高くなっているようだし、針も交換しなくちゃいけません。オーディオ装置にこだわり始めると、際限がないようです。
** その昔、LP レコードはだいたいこの値段だった(気がします)。


2021.06. 30 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

「なんだかなあ」


もうひとつ、直近の出来事を巡ってのことを(忘れないうちに)。

つい先日、2人目となる訪問客があった。コロナ禍の中で友人とも会えずに「なんだかなあ」という気分で過ごしているという中で、これの解消を兼ねて手伝いにやってきてくれたのだ。

まあ、懐かしくも楽しいひと時を過ごしたのだけれど、あとでちょっと、いや大いに反省したのです。

思い返すと、会話の端々に教師の癖が混じるようだった。

「なんだかなあ」の気持ちを(年長者として)受け止めて励ましてやれば良いのに、つい長舌になり、教える時のような口調になってしまうようだったのだ。そのくせ、こちら側の「なんだかなあ」のことについては、つい口を滑らせてしまう(ああ、恥ずかしい)。困ったものだ。

いつまでも、昔の癖(立場)を引きずったまま暮らすのは、いかにもまずいのではあるまいか。こうしたことを自覚することなく捨てきれないでいるというのは、これもまた自身を甘やかしながら、ぼんやりと暮らしていることの証しそのものではないか、と思い至った次第なのです。

でもね、これって続けることのできない、しかし捨て切れずに溜め込むという、自分自身の姿そのままということじゃないか(猛省)。





2021.06. 28 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

これはいいことなのか?


テーブルの上に出してあった携帯電話に偶然触れたら、メッセージが届いていることに気づいた(たいてい、バッテリー切れで気づくのはだいぶ後になってからなのだが、この時は昨日の用事のために充電していたおかげでちゃんと働いていた)。




見ると、本日(27日日曜日)午後7時から「村上レイディオ」の放送があることを知らせるもの。差出人は、ヨコヤマセンセイ(ありがとうございました)。

実は、このことは知っていたのでした。先日新聞のラジオ欄を見ていて、「プレ村上レイディオ」とあったのを見つけてちょっと驚いたのです(ま、驚くことには事欠かないけれど)。その後、「村上レイディオ再放送」を見つけてさらに驚かされた。そして、ちょっと考えたこともあったので、今回は予定を変更して(ま、そんなに大層なものではない。おまけに定例の土曜日にアップできなかったこともあって、急拵えの原稿を用意しようとしていた)、このことについて。

不定期な放送だったのが月1回のレギュラー番組になったばかりか、「プレ村上レイディオ」(この時は、本人の登場する場面は限定的)に続いて、さらに再放送番組までが組まれる。その人気ぶり、そしてFM東京の力の入れようが知れますね。さて、これは聴取率の優先の故か、あるいは新番組を作るだけの余裕が失われているのか。

すごいなあ。彼の人気ぶりはもとより、これを見逃さないで利用しようとする企画も。ま、こうしたことは当たり前といえば、極めて当たり前だという気もしますが、これは聴き手に対するサービスか、はたまた経済的な仕組みのなせる技なのか、あるいはその2つなのか……。

気になったことというのは、果たしてそれが望ましいことなのか、そうではないのかということ。どうでもいいようだけれど、なんだか気になったのです。「村上レイディオ」に限って言うなら、別にどうってことない、と言うかむしろ喜ばしいことのような気もするけれど、一方でこうした状況は必ずしもそうではないのではないか。慣れてしまってはいけないのではないのではないか、という思いがしたのです。

人気のあるものと、そうでないものの2極分化。あるいは、持てるものと持たざる者、富めるものと貧しきもの、東京都それ以外(これに関しては、コロナ禍の影響でやや別の動きが進んでいるようだけれど)等々、ふたつの乖離がさらに急速に進んでいるように見える。かつては大きな部分を占めていたように思われる、その中間部分がない。選択肢が少なくなり、多様性が失われる予兆じゃなないことを祈りたい。これは、幸福なことではないというのは、自明だと思うのだけれどね。


* 写真はFM東京のHPから借りたものを加工しました(ついでに言うと、この原稿は、「村上レイディオ」を聞きながら編集しました)。


2021.06. 27 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

来客の効用


先日、寺前の部屋に初めてお客を迎えた。僕以外で足を踏み入れたの最初の人というのでは、もちろんない。しばらく会っていなかったので一時談笑の時を過ごそうということで、訪ねてきてくれたのだ。ただ、だからと言って、特別なもてなしをしたわけではなく、ビールとワインとナッツを用意しただけ。張り切って準備することも考えないわけでもないけれど、自然体が良さそうだし、おまけに、訳あって今はキッチンに立ちにくい(こちらから招待するようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだ)。

久しぶりに顔を合わせたのだけれど、話し始めると話は弾む。話題も多方面に渡る。例えば、気に入ったレコードをかけながら話しをするから、自ずと演奏者や曲についての感想が口をついて出る。

さらに、そこから派生して、芸術家やクリエーターの存在意義について。彼はブライアン・イーノの「アートとは別にやらなくてもいいことのすべてを意味している*」を引用しながら、これを支持する。一方、僕はちょっと違うような気がすると返す。

それまでも、格別寂しいとも思わなかったけれど、やっぱり気が合う人**との会話は楽しい。おかげで、楽しい一時を過ごすことができたのでした。

来客のもうひとつの効用は、このための準備、片付けですね。大急ぎで、散らかっていたものを整理する。すなわち、テーブルの上をきれいにし、床にとりあえず置いてあったものを取り除く。カーテンの止め方を揃えたり、傾いていたものを真っ直ぐにする等々。




要するに、目にうるさく感じるものを一旦取り去って、目に見えないところに収納するだけのこと。それまで何となく気になっていながらそのままにしていたものを、急ごしらえながら、直す。つまりは、片付けが進むのだ。しかし、はっきり言ってしまえば、隠すだけのことだから、一時的な対処療法で根本的な解決とは言えないのだけれど、目に見えるところはスッキリするから、当然のことながら、気持ちも良くなる。

幸いここには、造り付けの深い収納がある。ただ、これは便利だけれど、逆に隠せるスペースがある分、内部はごちゃごちゃのまま、モノが増え続けるということにもなりかねない。この辺りはバランスでしょうけど、それでも、隠せるスペース、散らかせるスペースがあると、他の空間をすっきりと保ちやすい。


* その意味は、「アートは経済活動ではない」ということのよう。平たく言えば、お金儲けを目的にやることではないということでしょうね。これなら分かる気がする。
** これは意見が同じ人というわけではありません。


2021.06. 23 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

番外編・理解できない


最近、理解できないことをいくつか。

歳のせいか、理解できないことが、格段に増えた。例えば、次に示すようなこと。




① 感染者が増加傾向にあるのに、「緊急事態宣言」を解除したこと。
② 頼みとしているワクチン接種の予約がままならない中で、オリンピック開催を決めたこと。
③ しかも、専門家集団の意見と逆行する形で、有観客とし、関係者は人数に含まれないこと(招待者についても同様で、酒も提供するらしい)。
④ 首相が中止を求めても、実施するとしたというIOC幹部の発言。

本当に会いたい人とは会えない状況は置き去りにしたまま、「国民の命を守ることが私の責任」と言い、「安心安全」を繰り返しているけれど、その具体的な中身と根拠は示されない(このことだけにとどまらない)。さらに、目先のことばかりを気にしているように見える。何か不可侵の領域を自から作り出して、がんじがらめになっているようだ。あ、もしかしたら、これらは「中止」の世論を作り出すための方策だろうか!?。

ごく大雑把に言うなら、こうした状況は世界中で起きているように思えてならない。時代は新しくなっているにも関わらず、独裁主義が跋扈しているように見えるのだ(それも、ずいぶん前から)。僕が「普通」じゃない?

このほか、交通事故を起こした90歳にもなろうかという元官僚が、相変わらず元官僚として紹介されるということや、80万円(僕にとっては大金ですが)くらいの贈賄で議員辞職を余儀なくされる一方で、もっと大規模な疑惑が不問のままにされていること、違反で離党した議員の復党が取りざたされていること等々。本当に枚挙にいとまがない、という感じがします……。

これは、どうしたことだろう。本当に「学ばない」のだなあと思わざるを得ないのだ。

個人的なレベルでは、当然もっといろいろなことがあるけれど。


追伸:気分一新のために、「ワイルド・スピードX3」を観た。「映画空間400選」に「ワイルド・スピードX2」が取り上げられていて、「至って単純なレースシーンさえもまったく飽きさせない」などと書いてあったので、閉塞感を晴らすべく、同シリーズの一つを観ることにした。言ってしまえば、「つまらない」「荒唐無稽」「稚拙」「作り物っぽい「お気楽」等々。なんだか、論評も書けば勝ちみたいなところがあるような気がしたけれど、しかし、映画は確かに一種の爽快感があったのだった(ちょっと怖い)。


2021.06. 22 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

レコードの音再び


ここのところまた、本の置き場所としたDIYのスペース*に足を運ぶようになった。先日書いたように、オーディオとヴィジュアルのためのスペースとしようというわけです。このために遮光カーテンも買った(でも、なかなかうまくいきません。ま、暫定的な対応ということで値段のことをはじめとして色々あるけれど)。そしてこれももうご存知のように、家に新しいオーディオ・セットがやってきたので、それまであったものを運び込んだのです。

結構手間取ったのですが、セッティングを終えて(アンプやプレイヤー類を乗せた台が動かせるのがどんなに楽だったか。結線の際、機器類の背面に回ることができるというのは素晴らしい)、鳴らしてみた。




特に、レコードをかけたときは驚いた、ハム音もしないし、なかなかいい感じ。音量を上げてみると、さらに良く聴こえる。試しに同じ曲でCDと比べてみると、レコードの方がいいようだ(村上春樹のいうとおり)。特に音の深み、柔らかさ。すなわち、ぼやけたというのではなく、潤いがあるような気がするのだ。ま、機械や気分のせいかもしれないけれど(だとしても、気持ちよく聴けるのに越したことはない)。

それで、家にあったポピュラーミュージックのレコードを全部運び込むことにした。そして、並べ替えたりしていたら時間はあっという間にすぎる(それでも、昼食の問題があるので、だいたい9時過ぎから12時過ぎくらいまでで退散することが多い)。クラシックの分は、オーバーホールに出しているプレイヤーが戻ってきた時のためにとっておくことにした(だいたい早朝はクラシック音楽を聴くのだけれど、このところなぜか何しろ朝が早いのだ)。

ところで、レコードを整理していたら、もはや名前さえも知らないようなものが出てくる。どういうものなのか、なぜ買ったのか(昔は、レコードは決して安いものではなかった)。不思議だけれど、楽しみでもある。これから少しずつ聴いてみることにしよう。

でも、段ボール箱に入ったままの本を早く並べないといけないのに、なかなか進みません。なんとなく気が乗らないのだ(誰か助けてくれないかなあ、というか助けてください)。


* 気分を高めるために、手帳には“STUDiO”と書くようにしているのですが、なんだかなあ……。


2021.06. 19 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

ああ(覚えていない)!


このところはずっと、丸谷才一の随筆集やアンソロジーを読み継いで(再読して)いた。

第一に面白いし(博識ぶりと見識には圧倒されるけれど。一体、あの世代までの知識人はすごいね。今の人は知らない)、ひとつの話題が短いので、ベッドの友には持ってこいだ。でも、小説家なのに(しかも優れた小説家なのに)、小説よりも随筆集の本の方が断然多いというのはどうしたこととだろう)。




そんな中、本の整理をしている時に「料理で読むミステリー」というのを見つけて、パラパラとめくっていたら、「本物の分厚いチーズバーガー」というのがあって、思わず座り込んでしまった。俄然、「本物のバーガー」のことが気になったのだ。でも、これは本の紹介文につられたというわけわけでは、残念ながら、ない(もう少し、原作中のハンバーガーの場面と関連させて紹介してあったならよかった)。僕は滅多にハンバーガーを食べないし、そもそもハンバーグが好きではないのだけれど、しかしなぜか、ごくたまに美味いハンバーガーに惹かれる時があるのだ(これはなぜだろう)。これが登場するのは、ドン・ウィンズロウ著「ストリート・キッズ」。

実は、僕は一時、このニール・ケアリーを主人公としたシリーズを好んで読んでいた。ウィンズロウはその後「犬の力」をはじめとする大作を書くようになり、僕もそちらに引きずられるようになって、やがて遠ざけるようになった(これは文字通り、どこか目につかないところへやってしまったのだ。キース・ジャレットのCDの時と同じ)。

それで急に、また読みたくなって(ちょうど、丸谷の本を読み終えたところでもあった)、すぐに探してみたのだけれど(一度ならず)、やっぱり見つからない(これも、キース・ジャレットの時と同じ)。一旦読みたいとなると、その気分はなかなか治りませんね。手に入らないと、なぜか欲しくなってしまう。これって、考えてみれば、ちょっと不可解。

で、仕方がないからアマゾンに頼ることにした。中古本は安いし(何しろ年金暮らしの身。小説に限らず愛用するようになった)、たいていは結構綺麗なのだ。

読み始めたら、ちょっと驚いた。こんなストーリーだったっけ。ストーリーは、ほとんど、いや全く覚えていなかった(ついでながら、この頃のニールは案外嫌味な青年だった)。でも、当然ながら、ちゃんと面白く読めるのだ。

これでは、新しいミステリー本を買う必要なんてないではないか。

ただ、読み進むにつれてもう忘れていることもあるようだった(もしかしたら、記述されていないのかもしれないけれど)。例えば、小さい頃に両親が行方知れずになったニールは、ひょんなことから探偵業の支障となったグレアムのことを「父さん」と呼ぶようになるのだが、これがいつのことなのか、契機はなんだったのか、もう覚えていないのだ*。


それが、ミステリー本だけのことなのか(そうであって欲しいけれど)、そうではないのか。そう言えば、丸谷の編んだミステリーについての本のうちの一つ「探偵たちよ スパイたちよ」の冒頭には編者自らの手になる「なぜ読むのだらう?」が収められている(ついでながら、「だらう」というのは書き間違いではなくて、彼が旧仮名遣いの支持者であったせい)。果たして、ミステリーを読みたくなったときに、古いもの(これなら売るほどある)を引っ張り出してくれば済むことなのかどうか。

やがて、それよりももっと恐ろしい疑問が浮かんだ……。

もしかしたら、これまでの過ごし方そのものがそうしたものだったのだろうか(ああ)。


* 急いで戻って、ざっと探してみたけれど、結局わからずじまいでした。


2021.06. 16 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

どうでもいいことのようで、そうではない


映画を観ようと思った。もちろん、映画館でというわけにはいかない。視聴環境では色々と問題があるけれど、自宅で観るよりない。

ただ、何を観るかが決まらない。いつものことだ。何を見たいというわけでもなく(もしそならすぐに決まる)、また何を観たところでそれなりに楽しめるはず、ということはわかっているのだけれど、なかなか決まらないのだ(これは、一体どういうことなのだろう)。


*

「ボトル・ドリーム」を観ることにした。もう何回か観たことがあるものだけれど、ワインやら料理やらの出てくる映画は大抵いつ見ても面白い、外れることが少ない。「ソウル・キッチン」や「三ツ星シェフフードトラック始めました」なんかは、何回も観た。この他にも、「マーサの幸せレシピ」(これはとても好き。ハリウッド版「しあわせのレシピ」よりも断然いい、と思う)、「星降る夜のリストランテ」、「二つ星シェフ」等々。「ボトル・ドリーム」も途中で寝なかった!

で、次も同じくワイン映画を。今度は「プロヴァンスの贈り物」にしよう。これももう、何度目になるだろう。映画そのもの、ストーリーはどうってことはないような気がする(リドリー・スコット作品にしては、ってことです)。でもそこに出てくる景色は美しい。いつだったかにも書いたことがあるけれど、紗がかかったような風景や、光を浴びて輝く葡萄畑の美しさは、「ボトル・ドリーム」同様、格別だ。

となると、スクリーンじゃなくてTVディスプレイなのが惜しい気がしてくる(古いプロジェクターがついに寿命が尽きたのだ)。僕は2つの差は、まずは大きさの違いだと思っていた。確かにその差は相当に大きいのだけれど、むしろそれよりも画面がマットかそうでないか、艶があるのか艶がないのかということが気になったのだ。綺麗さということでいうなら、ディスプレイの方が綺麗だと言えるかもしれない(写真と同じ)。でも、作り物めく。これも想像力で克服できることなのだろうか。このことは音楽よりも大きい気がしたのだけれど(あくまでも僕はってことですが)、さてどうだろう。

もちろん、一幅の絵、映像の構図としても美しいことはいうまでもない。

ところで、小さな違いを気にしないというなら、「美の神は細部に宿る」という言葉を引用するまでもなく、やがてなんでも同じということになりはしまいか。こうしたことは日常生活の場面においては、枚挙にいとまがない。

それにしても、プロジェクターとスクリーンを2組揃えるのはきついなあ。しかも、部屋の暗さを確保するのは案外むづかしいのだ。さて、どうしたものか。

ちっぽけな世界においても、世界はむづかしいことにあふれている。


* 写真はアマゾンから借りたものを加工しました。


2021.06. 12 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

捨てられない


片付けても片付けても、スッキリしない。

と言いたいところだけれど、ま正直に言うならそこまで徹底して片付けられているわけでもない。しかし、気分としてはそんな感じ(だから、あくまで気分です)。片付けようとする気持ちもすぐに萎えてしまう。




モノが多くて、減らしても減らしても、減らない。と言うのは実は嘘で、本当は減らせないのだ。なぜか、なんでも溜め込んでしまう。本、雑誌、CD、DVD等は言うに及ばす、空き瓶さえも捨てられない。そして、幸か不幸か、時々それが役に立つ(容器としてはもちろん、例えばモランディに倣った瓶の並べ方)。使おうと思ったら、たいてい役に立てることができるのだ(きっと、これがダメなのだね)。たまらないのは、知恵とお金だけだ(あるいは、人との関係もか?)。

「断捨離」ブームよりもずっと前に、「捨てる技術」という本が流行ったことがあった(もちろん、僕も手に入れた)けれど、確かに「技術」が必要なのかもしれない(まだ手元にあるから、もう一度読み返してみようかな)。

一時は、昨今の流行に反対して「好きなものに囲まれる生活」を提唱する五木寛之を頼りにしていたのだけれど、スペースの関係でそうもいかないのが残念。おまけに、先日遺品整理もやるという運送業者の人に「物が多いと残された人が、大変」と聞いた。で、時々整理に取り掛かろうとするのだけれど、なかなか上手く実現できないのは、「決断力」の不足だろうか。その前に、「覚悟」が必要なのだろうか、それとも「諦め」なのか。

僕と同じような性向で、しかし無類の整頓好き(彼は打ち合わせが終わると机の上に出した資料や道具類を全て元の場所に戻した)の建築事務所を自営する後輩からは、引越しを機に大量のものを嫌々ながら捨てたら、予想とは異なってとても爽快だった、という話を聞いたことがある。ということは、引っ越すしかないのか。

ともかくも、物が少ない空間での生活に憧れはあるのだけれど、なかなか実践はむづかしい。


2021.06. 09 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

捨てる技術

先週ぐらいに本屋さんで辰巳渚の「新捨てる技術」なる文庫の新刊をみた。手に取ってまた読んでみようかかなと思ったが買う程でもないかとその場を立ち去った。
このブログを読んだので、新刊のお知らせをしようとAmazonを検索すると、その「新捨てる技術」はもちろん検索にヒットしたが、それと同時に
「あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいこと ひとり暮らしの智恵と技術」という本が上がった。レビューをよむと彼女と遺作となると書いてあるではないか!
そう、辰巳渚さん2018年に交通事故で亡くなったいたのでした。
彼女の本をすごく読んだというのではないのですが、生活哲学者と自分をなのるそのライフスタイルに共感することが多かったのです。年齢も同じだったので、なにか考え深いものがあります。
合掌。 2021.06.09 
y

yさま

こんにちは。

「捨てる技術」、たぶんこうした本は「技術」そのものよりも気持ちの問題が大きいのでは。確かに技術的に解決することもあるとは思うけれど、それほど大した違いがあるようにも見えない気がします。むしろ、受け取る側の気持ちによるところが大きい。すなわち、技術の背後にある著者の思想がどれだけ読み手に影響するかということが分かれ目ではないか、と思うのです。 2021.06.10 夕日通信

オーディオ機器の入れ替え大作戦


古いオーディオ機器を譲ってくれるという人がいて、梅雨入り前に運び込もうと思った。

それは30年以上も前の機械だけれど、当時の銘品(と言う)。今まで使っていたもの(これもお下がりだった)よりもさらに20年ほども古い。

それなのに、なぜ入れ替えようとしたのか。ちょっと上のクラスで僕にはとうてい手が出ない製品ということもあったけれど、手持ちのソフトは古いものが多い。そこで、古いソフトには当時の機器の方が適しているのではないかと思ったのだ(「新しい酒は新しい革袋に」の逆)。そして、ちょっとレトロな雰囲気も好ましい(ま、正真正銘、年寄りになったということか)。それで、新しい中級品よりは古い高級品(というのは、あくまでも僕にとってということだけれど)を家のメインシステムとすることにした。

ラインナップは、アンプはラックスマン、CDプレイヤーはソニー、スピーカーはハーベス、そしてオーディオラックとサブウーファはヤマハ。皆とてつもなく重い(当時は、重量=性能という考え方があった。今はむしろ逆のようにも見える)。おまけに、ずっと気になりつつもそのままになっていた棚と床の間に空きを設けることができて、なかなかいい感じだけれど、喜んでばかりではいられない(フローリングの色の違いが、長い年月を物語っている)。




とりあえず繋いで鳴らしてみると、何しろ古い機器類だから、問題続出。CDプレイヤーは読み込まないし、一見綺麗に見えたスピーカーは、ウーファユニットのエッジにわずかにヒビが入っているし(急いで調べてみると、材料の性質によるもので、よくあることらしいが、修理して使う価値はあるということだった)、エンクロージャーの突き板も一部剥がれた。後から運び込んだレコードプレイヤーもカートリッジの交換のほか、オーバーホールが必要なようだ。アンプも同様(で、プレイヤー2つとアンプはすぐに運ばれて行った。スピーカーについては別の専門業者に訊いてくれるということだったけれど、いずれ同じことになるかも)。

ところで、コードの問題はなんとかならないものか(かのスティーブ・ジョブスは人目に人目にふれない基板の見え方にさえも目を光らせた)。

この通り、まあいろいろと、順風満帆とはいかないし、物入りだけれど、楽しみでもある。何しろ時間はある、はずだから。

これまでのKEFのスピーカーとDENONのアンプとCDプレイヤーは、いちおうDIYで改装したもう一つの場所に運び込んだ。そしてLPプレイヤーもその予定。まずはここを、昼間に映画を見たり音楽を聴いたりすることのできるスペースとしようと思っているのだけれど、さてどうなることか。


2021.06. 05 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

感覚的であること、論理的であること


何れもが大事であり、それぞれに価値があることは言うまでもない、と思う。反対する人は少ないのではあるまいか。

にもかかわらず、一般的には、論理的である方が優れている、あるいはその方が望ましいと思われているようでもある。そして、その差は案外大きい気がするのだ。例えば、ちょうど今ラジオから流れているビートルズ。このポップス界最大の伝説的なグループを代表するのは誰か。一人だけあげよと言われたら、ジョン・レノンというのが大勢ではあるまいか。もう一方の、ポール・マッカートニーは分が悪いように見える。




二人はいずれもが大スターだけれど、違いは大きい。片方が若いうちに悲劇的な事件により亡くなり、他方はもうすぐ80歳という今でも創造的な活動を続けているということのほかに、方やコンセプチャル、方やメロディ・メーカー。意味の重視か楽しさの優先か。理性か感性か。精神性か官能性か。要するに、論理性を重視するのか、感覚を大事にするかと言っても良さそうだ。

もちろん、前者がジョンで、後者がポール。大雑把にいえば、こんなイメージではあるまいか。もちろん、そんなに綺麗に分けられるものではないけれど。たとえば、ジョンには「ロックン・ロール」というアルバム*もあるし、ポールには「レット・イット・ビー」をはじめとする詞曲がある。

ところで、言葉の力は大きい。誰も見たことのないものを想像させるには、言葉なしに描きだすことはむづかしいはずだ。言葉で考えた意味をそのまま伝えようとするなら、小説や評論が適している。一方、音楽や映画、絵画には不向きだろう。文字には文字の、音には音の、絵には絵の適性、それでしか実現できない表現の方法や内容、そしてよろこびがあるのだ。

だから、というのではないけれど、僕にとってはメッセージ性の強いベートーヴェンよりもモーツァルトやバッハが断然好ましいし、ふだん聴くにはビートルズよりもビーチ・ボーイズの方がいい。

さて、僕が自身を感覚的だと思うのはたぶん、言い換えるならば「考え抜く」ということが不得意、というかできないためのようだ(これは致命的な気もして、ちょっと寂しい)。

ロンドンのレコード店の店主は、レコード店で「働くことがとても楽しい」と言う。何か、打ち込めるものがあればいいのだけれど……。


* ビートルズにも、「ロックン・ロール・ミュージック」というコンピレーション・アルバムがあります。


2021.06. 02 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

54年後の「男と女」


久しぶりにレンタルショップへ出かけてきた(何しろ時間はある)。お目当てはアクション大作、のはずだったけれど思いがけず発見したのが、「男と女-人生最良の日」。以前、東急文化村シアターで見損なって、そのままになっていた。思い返してみれば、それから1年と3ヶ月以上も経っている。コロナ禍は未だ収まらず、相変わらず猛威を振るっているのだ。

「男と女」は一番好きな映画。なぜかこれを、中学生の時に観ている(田舎育ちにも関わらず)。なぜかそれ以来、アヌーク・エーメの美しさにすっかり魅了されたのだった(田舎育ちの、純朴な中学生だったにも関わらず)。この時は30代半ばのはずだけれど、今の30代の女性とは随分違って見える。今は歳をとるのが遅くなっているのだ。もちろん、映像も美しい、と思った、はず。


*

ルルーシュは、「男と女」の続編を何度か作っている。その中にはアメリカ資本の要請を受けて西部劇に仕立てたものもあったようだけれど(未見)。正統な続編、「男と女Ⅱ」はイマイチ、だった。それでも観たいと思ったのは、ポスターで見たジャン・ルイ・トランティニアンが気になったから。オリジナルの時はちょっと軽いような印象だったのが、今回は渋い、というか透明感が感じられたのだった(上手に年を重ねることができたのだ)。ただ、ピエール・バルーがいなかったのが寂しい。彼は、残念ながら5年前に82歳で他界してしまっている。だいたい想像がついたと思うけれど、集まった3人の年齢はほぼ90歳前後。

僕はなかなかそうはいかない(つまり、今の風潮の例に漏れず、あるいはそれ以上に、うまく年を重ねられない)。そんな時に届いたJAF MATEに連載中の松任谷正隆の記事には、はたと膝を打った。彼は今年70歳を迎えるけれど、「頭の中が10代から発達していない」、「つまり、外見はじいさん、しかし中身はガキ」と書く。今まであんまりシンパシーを感じることはなかったのに、この時ばかりは、まさに自分のことだと思ったのだった。

映画についていうなら、新鮮なようで、陳腐でもあるような台詞。例えば、「映画と現実とは違う」。一方で、人はなぜ映画を見ると問い、「映画はいい」と言う。しかし、いうまでもなく映画は、何より映像の喜びが第一。

ルルーシュは幾つになっても、映画が好きなようだ。何より映画を作ることが楽しいようなのだ。ちょっと憧れます。

ところで、「時間はある」というのは、怠けようと思えばいくらでも怠けられるということ(これは得意技)。しかし、何か充実した暮らしを作ろうとしたら、やることは山ほどある。むしろ、時間はいくらあっても足りないはず、なのだけれど……。


* 写真は、ブログ「ルゼルの情報日記から借りたものを加工しました。


2021.05. 29 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

方丈への気持ち、ちょっと再燃


新聞の書評欄の冒頭に「酒を読む」というタイトルの記事があって、その中で太田和彦の「70歳、これからは湯豆腐―私の方丈記」が取り上げられていた。太田和彦は居酒屋評論家として名高い。著作だけでなく、テレビの番組でもおなじみ(本も読んだし、一時は録画してもらったものをよく観ていました)。元々は資生堂でアートディレクターとして活躍したようですが、僕は寡聞にしてこの分野での彼の仕事は知らない。おまけに、最近は見ていてもちょっと偉くなり過ぎたような気がしてきて、楽しめなくなっていたのです。でも、また読んでみたくなった…。


*

ここでも何回か触れてきたように、ちょうど僕自身も同じようなことを考えて、安い部屋を一つ借りたのでした。しかし、いろいろと予期しないことが出来して、早々と路線変更を考えざるを得ないような気になってきていたところだったのです。

でも、この記事を読んで、もう少しだけやってみようかという気になってきた。ま、何にでも初めは面倒がつきもの。わかっちゃいるけれど……。年取ったら、面倒なことが文字どおり面倒になってしまうのです(やれやれ)。


* 写真は、ツイッター「類的酒場の放浪日記から借りたものを加工しました。


2021.05. 26 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

時間が逆転する時


録画してもらったDVDを見返すことはこれまでもやってきたことだけれど、最近はちょっと不思議な思いをすることがある。

以前見た時は年上だった人が、再び見た時には自分の方が年上になっていたということがある。そのことに不意に思い至った時には、不思議な思いにかられるのだ。例えば、開高健の最後の紀行ビデオ「スコットランド紀行」。彼がこれを作ったのは50代の後半。僕がそれを見た時はまだ30代。しかし、今やこちらの方が作られた時の年齢をはるかに超えてしまった。

こうしたことは、もちろん録画した番組に限らない。映画だってそうだし、小説だって変わるところはない。しかし、これらよりも録画したものの方がそうした印象が強いのは、それを見た時の年月がはっきりしているせい、だと思う。そして、その時の自身のありようと見返したときの自分との違い(あるいは変わらないこと)にハッとするのです。


*

よく見るのはドキュメンタリーと並んで紀行番組だけれど、この間見たのは64歳のカフェのオーナーが登場する物語。最初に観た時は、随分年上のような気がして、「ふーむ」という感じだったのが、再見した時はこちらの方が年上になっていたのだ。

彼は若い奥さんと再婚して、3人の子供がいる。はじめはパリ郊外でカフェを経営していたが、人通りが少なく儲けもなかった。そこでパリの近くでカフェを持ちたいと思っていたところに、今のカフェが売りの出されたので購入した。都会にあって庶民的なところが気に入ったという。

そして23年、今では地域にすっかり溶け込んで、通りの住人の憩いの場になっている。やってきた彼らは思い思いに過ごすことができる。コーヒーを飲まなくてもいい。常連客には、ただで夕食まで出す。シリア人のオーナーは、これに満足しているらしい。いいなあ。

それだけでなく、夜になると若い音楽家に演奏の場を提供していて、「若者たちの解放区」になっているというのだ。

ちょっと憧れます。ただ、問題はこちらがちょっと年を取りすぎたことと、そのためか最近の若者の多くとこちらの常識に対する感覚が大きく異なるようにみえること……、なのだ。


*写真は、BS朝日「ヨーロッパ路地裏紀行」のHPから借りたものを加工しました。


2021.05. 22 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

サスティナブルであること


このところ、サスティナブル社会の構築についての意識が急速に高まったようだ。我が国においても、SDGsやら脱酸素社会やらの、実現に向けた目標設定の宣言等々が取り沙汰されている。

フランスでは、一般の使用者が自分で家電の不具合を修理するための相談サイトが人気で、メーカーも修理のしやすさを謳うようになったらしい。消費することから使い続けることへの転換が始まった、ということだろうか。

一方、我が日本の状況はどうだろう。ずいぶん遅れているのではないか、という気がする。以前にも書いたことがあるけれど、修理を依頼したら買い替えを勧められたということも珍しくなかった。使い続けるよりも新しいものに変えるということは、ごく自然に受け入れられているように見える。例えば、iPhoneは新製品が出るたびに買い換えるという人は少なくない。




このHPの作成ソフトも発売後3年を待たずにサポートが打ち切られた*。これはちょっと、いくらなんでもひどすぎるのではあるまいか。買い取り制から月額制に変わったせい(現在、様々な分野で主流になりつつある)。ま、販売会社にとって利潤は大きいに違いないけれど。また、より便利になったということもあるかもしれない。しかし、これを喜ぶ人はよほど最新の技術が好きか、あるいは必要としている人、しかも経済的に恵まれた人だろう。なぜ、こんなにも企業の利潤追求の姿勢が露骨になり、利用者も渋々ながらにせよ受け入れているのだろうか。

例えば、iPhoneやMakbookの製造元であるアップルも新しい技術を普及させるために、それまでの古い技術を切り捨てることをやってきた。その姿勢は新しい技術の普及に貢献したし、それを使う喜びを提供した。しかし、今後は同じようにはいかないのではないか。というか、新しい技術の提供だけでなく、例えば先のフランスの例のように、必要に応じてそれまでの機械やソフトを使い続けるためのサービスと並存することが望ましい。使い捨てからの脱却、利潤だけでなく社会との共存、すなわち一部の強者ではなく大部分を占める層への配慮が、サスティナブル社会の実現のためにも大事であると思うのだ。


*2017年9月発売2919年12月サポート終了。写真はリンク先から借りたものを加工しました。


2021.05. 15 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

使い切る喜び


これまで、ボールペンの芯を使い切ることなく、無くしたり、あるいは詰まらせてしまったりしていた。それがとても残念な気がして、なんとか使い切りたいものだとずっと思っていた。やがて、よく使う筆記用具のひとつからボールペンは去って、メモやこうした文の修正等にはフリクションペン、すなわち消せるボールペンになった。




これは便利だけれど、インクの消費が早い。おかげで、何回も使い切る経験をした。でもそれが嬉しいかというと、さほどでもない。はじめの頃こそ嬉しかったけれど、だんだん慣れてきて、このささやかな喜びもやがて失せ、むしろ減りが早いことを嫌うようになった。改めて替え芯を眺めると、減りが早いだけでなく、インクの量も少ない。

やっぱり、こうした感情は相対的、というかわがままなものだという気がした。


2021.05. 12 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

ドヴォルザーク交響曲第8番第3楽章の謎


一体、普段あんまり褒められない性質の一つには、「センチメンタル」ということがあるのではあるまいか。

確かに、褒め言葉の一つである「理性的」の反対の性質だ。余計なことを付け加えるなら、僕自身は明らかに「理性的」であるよりは「感覚的」、さらにはっきり言うなら「センチメンタル」な人間なのだ。僕自身については残念ながらダメな気がするのは措くとして、「センチメンタル」であることはダメなのか。


*

ゴールデンウィークのある日、と言っても、今の僕にはあんまり関係がないようなものだけれど(もはや毎日が日曜日の身だし、未だに終息の気配がないまま拡大し続けるコロナ禍の影響もある)、ドヴォルザークの8番を聴いていた。クラシック音楽ファンからは、通俗的だとして退けられることが多いのではないかという気がするけれど、どうでしょう。ま、たしかにそういう部分があるかもしれない。でも、好きなのだな。美しいと思う。特に、第3楽章。クラシック音楽随一のセンチメンタルな曲という評を読んだ覚えもある。すなわち、美しいと言っても、叙情的、情緒的な美しさですね。おまけに、この曲との馴れ初めにはちょっとした経緯もある。

ところで、音楽好きな人はオーディオファンの言う音の良し悪しは関係ないと否定しがちだけれど、本当にそうだろうか。僕は、音の良し悪しは少なからず関係するような気がするけれど(やっぱり想像力が欠如しているということなのか)。ともかくも、これは演奏者によらずよほどの例外を除いて、あるいはよっぽどのへそ曲がりでない限り、ほとんどの演奏で美しい、と思えるのではあるまいか。

そんなわけで時々聴くのですが、この間は、この第3楽章がちょっと突然変異的というか、その前の2つの楽章と違いすぎて、起承転結というのにはあまりにもかけ離れている気がした(例によって、ただの思いつき、それだけのことだけれど)。それでも美しいことに変わりはない(もちろん情緒的なそれで、構築的な美しさとは全く異なるけれど)。

この乖離は、どうしたことだろう。なぜなのだろうと気になったのです。

第3楽章はとりわけスラブ色が濃いとされる。としたら、故国の民族音楽の特徴、美点、すなわち情緒的な美しさを最大限に発揮させた音楽を作ろうとして、構築的な美しさのバランスを欠くことを恐れずに冒険を試みたのだろうか。この曲は、レコードのジャケットにあった解説によれば、それまでの交響曲の形式を大きく逸脱しているという。そして、彼はそうして作り上げたこの曲を、さらに有名な9番が完成した後でも大事にしていたようなのだ。新しさを付け加えようとしてこれをなし得た、という自負の故に違いない。

ここまで書いてきたような感想は、ただの素人の思いつきでたいして意味はないのですが、それでも全く無意味というわけでもないだろうと思うのです。だから、こうして書いている次第ですが、ただの知識不足かもしれないし、誤解したのかもしれない。あるいは、また別の理由なのかも。その可能性は大である。そうだとしても、いくばくかの意味があるはず。

少なくとも「ボケ防止」、「生存確認」の手段にはなる。自身を客体化して見ることにもなるだろう(いわば自身との対話、独学のようなものです)。もう一つ、うまくいけば別の読み手の目に触れた時に、それが別の新しい見方を誘発することがあるかもしれない(それが、万に一つだとしても。ま、この文の場合、読み手の数を考えるなら、その確率はさらに減少するわけですが)。さらに、教室の中のような開かれた対話が生まれればなお良い。

すなわち、それが、論評や文章の持つ効能の一つである、とも思う。

急いで付け加えるなら、残念ながら僕のものはいつもただの感想、思いつきにとどまっているわけですが、それでも大局においてはさほど変わるところはないのではないか(居直るようだけれど、そうでなければ、書いたり、作ったり、デザインしたり、話しをすること、そして読むことさえ意味はほとんどなくなってしまうようだし、学ぶこともないのではないかという気がする)。

それにしても、センチメンタルであることは、……。

2021.05. 08 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

デザインに対する姿勢の違い


先ほど届いた夕刊の1面の見出しは、「行き場を失う北の幸」、「百貨店の物産展 コロナで中止相次ぐ」。目を留めたのはそれではなく、掲載されていたポスターの写真に小さく、「あべのハルカス7周年記念」とあったこと。大阪に日本一の高層ビル誕生のニュースを聞いたのは、最近のことだと思っていたのに。時の過ぎ去るのは、予想以上に早い。

さて、ぼんやりとDVDを観ていた時に思ったことを。

何かといえば、例によって録画してもらっていた紀行番組(ちょっと古い)。今回は久しぶりにイタリア、ミラノからナポリまで。途中、いくつか懐かしい場所が出てくる(いつだったかの新聞の雑誌の広告に、年取ってから大事なのは「回想する力」というのがあった)。

紀行番組だから、当然鉄道が出てくる。で、登場したのは「イタロ」。最高速度300km。イタリア版新幹線ですね。


*

ただ、その形状、見た目はずいぶん違う。日本の新幹線はご存知の通り、カモノハシに例えられるような長いノーズが特徴。スピードを得るために、少しでも空気抵抗を減らそうとする試みでしょう。


**

これに対して、ヨーロッパのそれは、従来のデザインとさほど変わるところがないように見える。

この2つのやり方の違いは、何に起因しているのか。ちょっと考えてみたので、それを書いてみることにしようというわけ(ただの思いつきです)。年代や技術力の違いということはもちろんあるとしても、それだけではないという気がしたのです。乱暴に言うなら、以下のように考えた。

日本の効率の追及に対して、イタリア(ヨーロッパ)の、それまでのイメージの継承。イメージの刷新に対して、イメージの連続性の重視。ドラスティックな変更と緩やかな変化、と言うこともできるかもしれない。明治維新のことを思い出すまでもなく、日本人は保守的のように見えて、漱石が言ったように案外未練なく伝統等を捨て去ってきた。すなわち、「ここと今」の重視。

自動車のデザインだって、似たようなところがありそうだ。空気抵抗を減じるために、流線型、曲線を多用する。このことが、F1をはじめとするレースカーならいざ知らず、一般の街中を走る車の場合、どのくらい影響するのだろうか(役に立っているのだろうか。現実的なレベルでということですが)。デザインする意味の一つは、「イメージ」の表現なのだから。

日本の生真面目さ、あるいはデータ主義、形式主義。これに対して、欧米の楽天、感性と形態の重視。

「効率またはデータ」の追求か「イメージまたは官能性」の重視かということで言えば、かの国とこの国における市場や駅舎の作り方でも顕著である気がします(これについても、すでに触れたたことがある)。知ってのとおり、前者の天井は低く、後者のそれは高い。前者の場合は効率を優先したのに対し、後者ではイメージ、具体的に言えば広場的なイメージを重視した結果ということが言えそうです。さて、どうでしょう。

こうした考え方は、欧米コンプレックスと言われかねない気がするし、それも仕方がないと思うこともあったのですが、今は、必ずしもそうではないと考えるようになったのです。そして、このことを嬉しくも思わないのだけれど……。


*写真はサイトみんカラ-Carviewから借りたものを加工しました。
**写真はイタリア情報サイトBUONO! ITALIA から借りたものを加工しました(僕が見たのは、もっと角ばっていた。今はさらにノーズが伸びているようですが、日本の新幹線ほど極端ではありません。でも、だんだん似てきているのはしょうがないことなのか)。


2021.05. 01 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

トシヨリBOOK




朝早く、「すごいトシヨリBOOK」を読み終えた。このところずっと、なぜか5時よりもうんと前に目が醒める。そこで、仕方なくベッドを出て、本を読むってわけ。朝早く目が覚めた時には、思い切って起きてしまうというのは村上春樹も言っていたし、この「すごいトシヨリ…」にも書いてあります。村上は、そのあとずっと仕事をするらしいけれど、ここにはどうせすぐ眠くなるから、その時にまた寝るとあった(この辺りは、年齢の違いだろうか)。そういえば、外山滋比古もいったん起きて、新聞を読んだ後でもう一度寝るというのではなかったか。僕の場合は、今のところ一度起きたら、たいていもう眠れません(やっぱり、寝るのにも相応のエネルギーがいるのだ)。

著者は、ドイツ文学者の池内紀。僕は、彼にはNHK-FMの「日曜喫茶室」で親しんでいた。ゆったりとした語り口が好ましかった。そういえば、ホスト役のはかま満緒やもう一人の常連のゲスト安野光雅も同じような感じだった(ま、いずれもがかなり年配だったせいかもしれない)。でも、3人ともが、もはや鬼籍に入ってしまった。

購入したのは2018年6月頃のようだったから、3年ほどもほったらかしていたことになる。前にも書いたように、「年寄りもの」から遠ざかろうと思ったことがあったけれど*、ちょうどその直前のことだったのかもしれない。

でも、これが再び読み始めてみると、案外面白かった(というより、身につまされた)。たぶん、「トシヨリ」がうんと現実的に感じられるようになってきたのだ。例えば、「予想外のところで見た時、見知らぬ自分がいる驚き」なんていうのは、まさにこないだ味わったばかり**。それから人の話にすぐ口を挟む「横取り症」。これなんかも大いに気をつけなくちゃね。彼は70歳になった時に、「自分の観察手帳」をを作成することにし、「すごいトシヨリBOOK」と書きつけた。おまけに「77の時には世の中にはいない」***という予定を立てた。この前提に立った方が決断しやすい、というのです(運よくこの年齢に達した時には、さらに3年延長するらしい。確かにすごい、ような気がする)。

ね、なんだかずいぶん参考になりそうでしょう。ま、若いみなさんにとっては、そんなわけはありませんね(こういうのが老いの自覚ってやつなのかも)。

それで、しばらく遠ざけていた年寄り小説も解禁しようかという気がしてきた。ちょうど、いくつか気になる新刊が出ているようだし。

「老いた殺し屋の祈り」(マルコ マルターニ、ハーパーコリンズ・ジャパン)
「もう耳は貸さない」(ダニエル・フリードマン、東京創元社)
「素晴らしき世界」(マイクル・コナリー、講談社)

最初のものは、イタリアの著名な脚本家の初めての小説といういのだが、もう映画化が企画されているようだ(そういえば、この2年ほど日本のミステリ小説界を席巻した、アンソニー・ホロヴィッツも脚本家だった)。2番目のものは「もう年は取れない」、「もう過去はいらない」に続く第3作目。第1作の時から2つ年取って、なんと89歳になった元刑事の老人が主人公。そして、3番目は、定番。ボッシュが新コンビを組んだという。

今度は、手本にしようという邪心は捨て、純粋に楽しむために読むつもりです。年取って本当に老いを感じる頃になったら、自分の心のままにというのがいいような気がする(そのくらいのわがままは許されるだろう。ま、迷惑をかけるようだったら困りますが)。これはちょっと、練習の必要がありそうだけれど。

つい先日、篠田桃紅が亡くなった。107歳。


* 「何度か目の所信表明
** 書いたはずなのにと思って、探してみても見当たらなかった。違うところを探していたのでした。最近はこうしたこともよく起こるのです。Nice Space #2-007 スタジオ改修・第1報
*** 池内は、77歳で亡くなった。


2021.04. 28 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

フレンチ・マスタードの逆襲


僕たちは、まだ夕方の早い時間に、ステーキを食べているところだった。ビーフ・ステーキ。つまり牛肉を焼いたってこと。

ちょっとした贅沢だ。

でも(言うまでもなく)、立派な肉じゃない、和牛A5ランクというようなものではない。もちろん、そんな余裕はないのだった。ついでに言うなら、ワインだって同じ。スクリュー・キャップの安物。

「かたいよね」
「そうだね」
「味もないよね」
「ちょっとね」
「いまいちだよね」
「うん」

ボブはどんな気持ちでいるのだろう。僕たちがステーキについて話している時に、不意に思い出したのだった。ボブはアメリカで義理の父親の牧場を手伝っている。彼とはイギリスの大学街で出会った。あるカレッジのホール(ホールというのは食堂のことだ)で、隣り合わせたのだった。確かクリーブランド出身(セルとクリーブランド響について話したような気がする。たぶん、コロンビア大学だったかイェールだったかからやってきた大学院生)だったのではあるまいか。やがて、パブでも話すようになり、互いのことをいくらか知るようになった。

初めてパブで話した時に、彼は、「イギリスの学生は勉強しないんだよ」と言った。でも、公平のために言添えておくなら、別のパブでイギリス人たち(一人は、アイルランドからやってきた学生)は「アメリカ人学生はまったく勉強しないね」と言うのだった。なぜこういうことになるのだろう。ところで、アイルランドでは、欧米には珍しく(たぶん)、成人しても親と一緒に暮らすことが多いということのようだった(ちょっと日本と似ている)。

ボブは少し前に、「僕はどうしたらいいのだろう」というメールをよこしていた。

ひとまずは、「OK. You must be OK」と書いたけれど、僕は英語が得意じゃない(ま、それを言うなら大抵のことがそうだけれど)。しかもパソコンの調子が悪くなって、すぐに送信することができなかった。何しろ僕のデスクトップは、ほぼ10年選手なのだ(やれやれ)。

ステーキのことに戻ろう。

僕はちょっと思い出して、冷蔵庫から小さな瓶を取り出して、少しだけ掬って小皿に載せ、食卓に戻った。

「これをつけて食べてみて」。
「なに?」
「ためしてごらんよ」
「あ、おいしい」
「でしょう」
「うん」
「本質的ではないけれどね」
「たしかに」
「でも、食べられるようになった」




「たしかに。で、なんなのこれは」
「フレンチ・マスタード」
「なるほど。調味料をあなどってはいけないのね」
「主役じゃないけどね」
「たしかにね。でも、脇役をあなどっちゃいけない」

料理をする人にはすでにわかっていたかもしれないけれど、辛味が少なく、なめらかな口当たりの、いわゆるフレンチ・マスタード。粒入りマスタードでもなく、和辛子でもない。種の入った粒マスタードはよく使うけれど、フレンチ・マスタードは長い間試す機会がなかった。正直なところ、うまい使い方がよくわからなかったのだ。でも、フライド・ポテトにつけてみたら案外いける。でもよく考えてみたら、当たり前。サンドイッチやホット・ドッグなんかには使われている。ホット・ドッグの場合は、もっと黄色いものが使われているようだけれど(アメリカン・マスタード?)。ステーキの時にも、試してみていたのだ。

そして、しかも、もしかしたら、この肉はボブの牧場からやってきたのかもしれない(その可能性はゼロではない)、と思ったのだ。

そんなことがあったせいで、僕は時々ボブのことを思い出すようになって、またメールをやり取りするようになったのだった。


2021.04. 24 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

マスタードなら/コールマンの歌を聴け

ソースならリーペリン。
マスタードはコールマン。
試してください。(第1報)


「気にする事はないさ、誰だって何か抱えてるんだよ。」
「あなたもそう?」
「うん。いつもコールマンマスタードの缶を握りしめて泣くんだ。」
彼女は楽しそうに笑った。何年か振り、といった笑いだった。
「ねえ、何故ジンジャー・エールなんて飲んでるの?」僕はそう訪ねてみた。「まさか禁酒してるわけじゃないだろ?」
「ん・・・・・・。そのつもりだったんだけど、もういいわ。」
「何を飲む?」
「白ワイン。」
「スクリューキャップでもかまわない?」
「ん・・・・・・。よく冷えていれば。」(第2報)2021.04.25 y

yさま

こんにちは。

イングリッシュ・マスタードの定番ですね。リーぺリンのウスターソースは、昔から馴染みがあったけれど、マスタードに関しては、どういうわけかイギリス産には縁がなかった。知らないわけでもないけれど、なぜでしょうね。やっぱり、スーパーで見かけないせいかな(しかし、ちょっと和がらしに似ていませんか)。もう一つ、僕は英国びいきだけど、ある時期は好んでフランスのものを使うことがあったのです。こちらも理由は思い出せないけれど、ちょっとひねりを効かせたものがいいと思っていたのかも(でも、食品についてはフランスが正統か?)。
ついでに言うと、マイユの瓶の形も好きです。 

確かに、白ワインは冷えてれば……。 2021.04.26 夕日通信

改装大作戦・幻の番外編


パソコンの前に座ったら、ちょっと座面が低い気がした(これって、足が長いってことか)。

で、椅子を変えてみようと思ったのです。正直なところを言えば、ハンス・ウェグナーのPP502なんかが良さそうです。ま、これは到底無理。手持ちのもので凌ぐしかない。

椅子を運ぶには車がいる。ただ、あいにく愛車ミニ・クーパーは車検に出しているところ。代車というか、先方の駐車スペースの都合でワゴン車がやってきたのだけれど、あいにく、僕はミニより大きな車は運転した経験がほとんどない。オートマチック車も同様。おまけに、車道から敷地内に入るためには、短いけれど、車1台がやっとというほど狭い道を通らなければいけない……。困った。

でも、やっぱり背に腹は代えられない、というか、早く整えたいという気持ちを抑えられない(実際問題としては、大して違いないはずなのに)。僕は、自他共に認める怠け者であるにもかかわらず、インテリアの小さな工夫に関しては、なぜかすぐにやらないと気が済まないのです)。

そこで、日曜の朝早くに車を出すことにした。これならゆっくり運転しても、他の車に迷惑をかけることはないだろう、というわけ。




椅子を交換した後は、フルーツ皿を載せていた古びた台を持ち帰ることにした。何と言っても、一番多くの時間を過ごすのは自宅なのだ(これからは、自宅の方も少しずつ)。この古い台がやってきた時には、リートフェルトのレッド&ブルーチェア風に塗り替えようと思っていた。それか、ヤスリをかけて、生地を生かしたまま塗装し直すのがいいかとも考えたのだけれど、案外このままがいいような気がしてきたのはどうしたことか。

で、結果はどうだったのか。

実は、以上のことはあえなく幻と消えたのでした。運転にちょっと自信が持てなかったのと、当日はなぜかずいぶん早くに目が覚めてしまい、眠れないままだったのだ。結局、睡眠時間は3時間と少しだけ。そのため、何をしたかは言わないけれど、いつも以上に注意力が散漫になっていたのは明らかだった……のです。


2021.04. 20 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

改装大作戦・速報1


先日は壁を塗り替えたことをNice Spacesに書いたけれど、今回はその後の進展のとりあえずの報告




二つの研究室による、シェアハウス化計画の作業スケジュールが決まった(しかも、ちょっと早まった)ことに合わせて、少し急ぐ必要が生じることとなった。1階に仮置きを許されていた、段ボール箱や家具什器の類を移動しなくてはならなくなったのです。そこで、学生諸君の手を借りながら、和室部分の方はなんとか空にすることができた。ついでに、3階の家具の搬入もひとまずは終えた。これは、イマイクンとフジキクンの二人の働きに負うところが大だった。二人とも、面倒くさがるそぶりはみじんもなく、アイデアを出したりしながら、せっせと動き、おまけに最後は床の掃除までもしてくれたのだ(ありがとう)。






とりあえず並べてみたのが、これ。あんまり以前の姿と代わり映えしないようだけれど、これは致し方のないところもある(と思う)。何しろ使っている家具その他は、全く変わるところがないのだ。はじめは、全面的にやりかえるつもりでいたのだけれど、思うところがあって、結局流用することにしたのです(このため、「間に合わせ」からの脱却は、もう少し先になりそうです)。いちおう、デスクトップのパソコンも使えるようになった(ただし、プリンターとの接続はまだ)。そして、本棚のうちアクタスの方のダボが行方不明になっているので、ここも手付かずのまま。

これから少しずつ、照明やポスター等の装飾、そしてA&V設備を試していくつもり(少しずつです)。お楽しみに(!?)。


2021.04. 17 夕日通信(*コメントはこちらからもどうぞ)

撤収大作戦・速報その3 – しばしのお別れ


完全撤収の期限まで、いよいよあと1日半。学生や卒業生の力を借りつつ、どきどきしながらやっています。

ということなので、現況の写真はなし。

研究室の撤収が完了したら、パソコン環境を含めて新しい環境の整備が整うまで、しばらく更新を休止します。再開が叶うまで、しばらくのお別れです。




正門前の桜は、ほぼ満開です。


2021.03.27 夕日通信

撤収大作戦・速報その2


完全撤収の期限まで、残すところ1週間と少し。さて、あの後の進捗状況はどうだったのか。実は、サボることなく少しずつやっていたにも関わらず、なぜか片付いた感が乏しかった。




それが19日の土曜日には、卒業生のアクト夫妻が来てくれて、手伝ってくれた。彼らの働きぶりは素晴らしく、テキパキと梱包し、片付けていくのでした(時に、必要なものまで捨てようとするのが気になったけれど)。おかげで、ずいぶんと進んだ。何しろ片付けてくれた本人たちが、ずいぶん綺麗になった、というくらいです。若い卒業生たちのパワーはすごい。写真の部分のほか反対側の棚が撤去され、机の足元の箱類が綺麗さっぱりなくなった。

彼らは他の用事があったので、3時間ほどの作業の後帰っていったのですが、この調子だと彼らがあと1日ばかりも手伝ってくれたら、完全に片付くのは間違いない。でも、そういうわけにもいかないのがちょっと残念(彼らは、新婚ホヤホヤなのだ)。もう少し、自分で頑張らなくちゃ。

ところで、まだ作業は十分にあります。時間と、よれよれのオイボレを助けてやろうという心優しい気持ちの、2つともを持った人がいれば、ぜひ援軍にどうぞ。

最後に、良いニュースを。




横浜の開花宣言はもうあったけれど、正門のところの桜の木も、いくつか白い花をつけていました。場所によっては3分咲き程度のところもあるようでした。今日が曇りだったのが、ちょっと残念。


2021.03.20 夕日通信

撤収大作戦・速報その1


気候はだいぶ暖かくなってきたけれど、一向に晴々としないのが当方の気分。

完全撤収の期限まで、残すところ2週間あまり。本当は3月4日までだったのが、幸か不幸かすぐにあとを襲って入る人がいないため、少し猶予をもらいました。これまで当ゼミの4年生や他のゼミの4年生と3年生の協力のもと、大部分の箱詰めはすませたのですが(底面積がA3サイズで小ぶりとはいえ、その数180超)、それでもなかなか片付いた感がしなかった。




ところが先日、卒業生のイナザワサンとスヤマクンがやって来て、ゼミ室の壁1面分の本棚やスチールケースをトラックで運んでくれたので、進んだ感じは一挙に高まったのです。で、いよいよ作業は大詰めに…とい言いたいところなのですが、一人では大物は運べないし、小物についても、まだまだ残っている荷物を見ていると呆然とするばかりで、片付ける気になるまでに時間がかかり、なかなか進まないのです(だから、本当はこんなことをしている場合ではないのです。おまけに、膝や腰も痛み始めてきた)。

時間と、よれよれのオイボレを助けてやろうという心優しい気持ちの、二つともを持った人がいれば、ぜひお越しください。

最後に、美しい景色を。




中庭にはもう、ヤマザクラの白い花が咲いていました。


2021.03.17 夕日通信

ソール・ライターに思うこと


先日ちょっとだけ触れた、日曜美術館「ソール・ライター」を見て思ったことを少し。




僕は、この時に取り上げられた日本での2回目となる展覧会「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展を観ていました。渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムでの開催(Bunkamuraは、なぜ英語表記なのか?)。それはともかくも、併せて「映画「男と女 人生最良の日々 2019を観るつもりだったのだけれど、こちらは良い席が空いていなくて断念したのでした*(僕は、誰にも邪魔されずに映画を観たいだけなのですが、なかなかうまくいきません、やれやれ。気がつけば、あれからもう1年も経っています。ああ)。付け加えるならば、その何年か前に開催された1回目、「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 永遠のソール・ライターソール・ライター」展ももちろん観たのです。それで、彼の写真をさらに好ましく思うようになった。

ソール・ライターは、80歳を超えてから「世界に発見された」写真家ということらしい。

と言っても、彼がスポットライトを浴びた時代がなかったというわけでもないらしい(だから正確には、「再発見」というのが正しいのかもしれません。彼は、「エル」や「ヴォーグ」をはじめとする一流ファッション誌でファッションカメラマンとして活躍した時期もあったようなのです。

しかし、撮影中にあれやこれやと口を挟みたがるクライアントに嫌気がさした彼は、撮影の真最中にスタジオを出て行った。その後は、電気代や水道代が滞っても気にすることがなかったというのだけれど、ちょっと驚きますね。しかも、その後も仕事の依頼を断ることさえもあったようなのです。それで、友人は「君はチャンスを逃す才に恵まれている」と言ったというのですが。

彼はもともと画家を目指していたようです(ちょっと歯切れが悪いのは、初めて知ったせい。だから、彼の写真が絵画的である気がするのだろうか)。ユダヤ教の家で育ち、高名な宗教学者だった父親から画家や音楽家はいいけれど、写真家は最も低く位置付けられる職業だと言われたということだった。偶像崇拝を排除する宗教にあっては、写真はタブーにも等しいということなのだね。

彼の作品が好きという柴田元幸は、彼を評して、自身を主張し謳いあげることを強いられるアメリカにあって、決して声高に自己主張をしないで、自分らしい生き方を貫いた人として賞賛します。それで、数年前に亡くなった、同じくニューヨークで87歳まで街のファッション写真を撮り続けたビル・カニンガムを思い出した。写真は全く違うけれど、生き方は似ているところがあるのではあるまいか。

それで、今頃になってちょっと恥ずかしいけれど、僕は彼らに憧れるのです。

何に?写真の才能に?

無論、それもないとは言えません。ライターやカニンガムの写真だけでなく、その生活の有りようにも。

というか、むしろ何よりも、虚飾から離れて世間に認められたいという気持ちからはるかに遠ざかった生き方に惹かれるのです。僕は、恥ずかしながらこの歳になっても、たった一人でもいいから、誰かにわかって欲しいという気持ちから逃れることができない。すなわち、彼らの「孤高」からは、はるかに遠いのです。だからこそ、あこがれるのだろうと思うのです。

それから、うんと昔と同じような気持ちでレコードに針を降ろす。何にも成長してはいないのだ。昔のまま。「お前に呼びかける こらえきれず…叫び続ける」。さて、今の僕にとって、「お前」というのはいったい何なのか。


* 夕日通信「アップルストアのあとは渋谷」


2021.03.10 夕日通信

もう一つの「久し振り」


実は、前回の久し振りの「メールネーム」の掲載が遅れたのは、ちょっとした訳があった。それが、もう一つの「久し振り」。思い切って、美術館に出かけてきたのだ(そんなことをしている場合か、と言われそうですが)。

何かと言えば、三菱1号館美術館で開催中の「テート美術館所蔵 コンスタブル展」。うかうかしていると、また中止の憂き目に遭いかねないと思って出かけたのでした。

でも、ちょっと不思議なのは、前回の「非常事態宣言」下の時は休館や中止が相次いでいたのに、今回はそうではありませんね(感染者数は断然多いようなのに。これは一体、どういうことなのだろうか。ちょっと不思議)。






当日はあいにくの曇りがちの天気だったけれど、家から駅への道の途中や美術館の前の中庭には梅の花がちらほら咲いていた。もう春なのだね。でも、この中庭にも途中の広い通路というか広場というべきかのビルとビルの間に挟まれたオープン・スペースにも、人の姿はほとんど見られなかった(このあたりの風景は全く日本的なそれとは違っているという気がしますが、いつもいいなあと思いながら眺めるのです)。

中へ入ると、まずは検温と消毒の指示。念のためにと思って何度でしたかと聞くと、37.5度より高いか低いかだけの表示ということでした(案外、大ざっぱなのだね。ちょっと拍子抜け)。

その時案内されてエレベーターに乗り込んだのは、僕1人だけだった。会場内へ入っても、人は少ない。おかげでゆっくり見ることができた。

よく知られているように、ジョン・コンスタブルは、同時代の画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーと並んでイギリスの風景画家の2大巨匠として並び称されているし、人気も2分しているようです。しかし、これまたよく言われるように、わずか1歳違いの二人の画家の絵を観てみるとずいぶん違いますね。

一つ年下で遅咲きのコンスタブルは、風景の価値を発見した。彼は戸外での制作や光の扱いで新しい試み(ターナーと同じく、印象派の先取り)をしたようだけれど、新しさは感じにくいように感じる。(ついでにいえば、例えば中央よりもやや下側の水平線とその下に三角形を作る構図が多いような気がした)。また、彼の絵は写実的で、静的。

いっぽう、ターナーは写実的とは言いにくい。光の扱い方や描き方が写実とは離れて、「イメージ」を伝えようとしているように見える。動的かつ劇的で、そして透明感はさらに際立っている。

好みを言えば、断然ターナーだけれど、その何日か後に再放送していた番組で、僕の好きな写真家のソール・ライターの特集を見ていた時に、彼は「声高にメッセージ(今時の言葉で言えば、コンセプト、あるいはマニュフェストでしょうか)を主張しようとしない」というようなことが語られているのを聞いて、これはコンスタブルの絵も共通している気がした。すなわち、風景や対象が魅力的だから描くし、撮るのだという姿勢(僕は、これには全く共感する。僕がカメラを向ける時も同じです)。ただ、彼の写真の味わいは、むしろターナー的のような気がするけれど。

いずれにせよ、僕は、作品から直接的なメッセージを受け取るよりも、それに触発されるような形である考えにたどり着く(と言うか、妄想をたくましくするという方がいいかもしれませんが)という付き合い方が好ましい。逆に言うなら、そうした関係を生みやすい作品の方が好き。

なんだかちょっと矛盾しているところもありそうだけれど、僕はやっぱり、理屈や論理よりも、視覚的で感覚的な喜びが第1の人間のようです(ただの勉強嫌い、ということなのかもしれませんが)。


2021.03.01 夕日通信

何年ぶりかに、メールが届いた


久しぶりに、何年振りだろうか、いや本当に何年振りかに夕日通信にメールが届きました。嬉しいなあ。

届いたメールは、以下の通り。しかも最初のメールネーム(いや、正確には最初の頃はいくつかあったか)。それでも、新しくしてからは初めてだからだから、やっぱり第1号。 2021.02.26 夕日通信


拝読して、早速お送りしています。メールネームはn.1738!。先生の安否確認の為にHPチェックしますね~💡更新楽しみにしてます。 2021.02.25 n.1738

n.1738 さま

どうもありがとう。

拝読なんていう言葉も使うのだねえ。でも、「安否確認」のためなのですね(やれやれ)。それでも、やっぱり嬉しい。ありがとう。これからもどうぞよろしくお願いします。 2021.02.26 夕日通信

何度目かの所信表明


少し前まで、年齢のことを気にしていなかった。というか、若い時の気分のままだったということなのです。したがって来し方行く末についても、気にすることなく暮らしてきた(なんという愚かさよ!このことは、もう書いた気がする。とすると、愚かさはさらに増す)。

それが、ある時から、急に考えるようになった。特に、今後のことだけれど。これから、いったいどうなるのだろう。となると、一方で過去のことも気になり始めた。なにしろ、これまで何もしないまま過ごしてきてしまったのだ。

そう思いはじめると、世の中には「人生の収穫期は80歳になってから」、「年取ってからこそわかる人生の豊かさ」、「今こそ噛みしめる人生の喜び」といったタイトルの本*が溢れていることに気づく。目にするたびにそうあったらいいと願ったりもするけれど、本当だろうかと思う。もちろん、そんなわけはないのです(ま、中には例外的な人もいなくもないだろうけれど)。

だから、それらは、せめて気持ちだけでも充実をめざす、あるいはそれまでの悔恨を忘れて気分だけでも前向きにしてくれる仕掛けとしようということだろうか。とするなら、それらを必要とする人が少なからずいるということに違いない。

でも、そう思ったところで、何の慰めにもなりませんね。これは、誰かと比較してどうこういう問題ではないのだ。まして、同じようなことを感じている人が多いか少ないかといったことでもない。

為すべきことをついに知ることなく自覚せぬままぼんやりと暮らし、成しえなかったことの多さに驚き、これを恐れるのだ。そして、もはや過去を懐かしみ、悔いるしかないのかもしれない。ちょっと寂しい。いや、相当に寂しいことだ。

若い気分のまま気楽に暮らして、そのことに気づかず、あるときに不意に思い当たる。いわば、壮年期が、成熟する期間がすっぽり抜け落ちていることに、今更ながら驚嘆し一時的な金縛りにあうのだ。若いみなさんには、この轍を踏んでほしくない、と心底思うのです(もしかしたらこれは杞憂に過ぎず、そうした人はあんまりいないのかもしれないけれど)。

で、これからできることをやるしかない、と思い定めるのです(何度目かの、ささやかな所信表明)。




でも、まずは筋金入りの怠け者からの脱却を、どうしたら果たせるものか(ここからして、脳天気と言われそうだけれど)。で、藁にもすがるような気持ちで、いくらかの共通点が見い出せなくもないようなメイ・サートン(ただ、それがほとんど負の部分において、というのが残念)を手に取る。彼女は詩人あるいは小説家として成功した人だけれど、内省し、生きる歓びだけでなく、失敗や恐れについて繰り返し書いている彼女の本なんかを読んで、慌ててこうした気分への処し方、味わい方などを学ぼうとするのです。

ところで、練習のつもりで一時良く手に取った老人を主人公にした映画や小説、これらもやっぱり、あんまり参考になりませんでしたね。だって、彼らは何と言ってもヒーローであり、ヒロインなのだから。ちょっと、真似できないのだよ。


**

でも、先日の新聞に載っていた記事にはちょっと心が動かされた。それは『惜別』という欄で、100歳で亡くなったという女性の作家、久木綾子さん。彼女は、なんと89歳の時に初めて小説を書いた。写真も凛としていて好ましい。少し勇気づけられました。なんと言っても、89歳までにはもうしばらく間がある、はず(たぶん)。


* このタイトルは、思いつくまま僕が適当に作ったものです。同名の本が実際に存在するわけではありません(信じて、へぇと本屋で探してみようと思った人がいたら、ごめんなさい)。ただ、こうした類の題名の本が目につくというだけのことです。
** 写真は朝日新聞のサイトから借りたものを加工しました。


2021.02.23 夕日通信

「疑い」こそ想像の源 - 日常を疑う(教員コラム再掲#3)


「…を疑う」シリーズ再掲の最終回。一部改変しました(ま、読む人がいるかどうかは、相変わらず疑問ですが)。文中にシリーズ第4弾とありますが、実は第5弾でした。第4弾は「椅子は座るためのもの?-既成概念を疑う」でした。


「疑い」こそ想像の源 - 日常を疑う


教員コラムでの「……を疑う」シリーズ第4弾です。「えっ、信じるんじゃなくて……?」と思いましたか。あなたは、きっといい人に違いない。でもね……。

始めは、「人は住宅にしか住めないか」という題で書こうとしていたのですが、その前に思い出したことがあったので、こちらについて。

設計演習(とくに低学年)の案を学生と一緒に検討する時によく見られる場面の一つには、以下のようなやりとりがあります。

「どうして、こうしたの?」
「家がこうなんです」
「でも、こうする方が気持ちよく使えそうでしょう?」
「はい。でも、家がこうだし、友だちの家もこうなっていたので」

たとえば、シンクと冷蔵庫がちょっと遠いような場合でも、彼または彼女はなぜそれが問題になるのか不思議なよう。「だって、普通でしょ? 家がそうだもの」というわけです。すっかり馴染んでしまっているせいで、さほど不都合を感じることがない。

日常的な経験や慣れは手強い。他の経験が乏しい場合はなおさらです。

そして、それらが悪いというわけではありあません。と言うか、むしろとても大事にすべきことだと思うのです。が、ただ、これを当たり前として信じて疑わない限り、新しいアイデアや場面は生まれないし、今までに見たことのない景色をつくり出すことは出来ない。

自身が経験し慣れ親しんだものとは異なるものを積極的に見て、それらを比べる(つまり相対化する)ことによって、それらの良い点や悪い点を把握し、その後で何かをつけ加えたり、減らしたり、変化させたり、あるいは全く違ったものとするのが良い。すなわち、もっと良くしたいと思うならば、今あるものを当たり前としないで、「疑う」ことが大事な役割を果たす、と思うのです。

手始めに、みなさんがあって当たり前、ないと困ると思っているもの、たとえばスマホの電源を一度切ってみると良い。そのことが生活のありようにどのような変化をもたらすのか、あるいはもたらさないのか。実際に試してみる、体験してみるのが一番です(自分が望ましいと思う生活にとってどちらがより相応しいか、良いか悪いか考えるのは、その後で)。これは誰もが、簡単に出来ることです。

住まいのことで言えば、たとえば部屋全体を明るくする天井灯を消して、小さなスタンドライトなどだけを点灯してみるのです。テレビを消してみるのもよいかもしれません。きっと、慣れ親しんだ生活空間が違って見えるはず。きっと、その違いに驚くのではあるまいか。


*

1年生が初めてインテリアをデザインする演習では、与えられた空間を、お風呂や洗面所・トイレの水廻りスペースを除いて(これだって、必ずしも除かなくてもと思うけれど)、壁やドアを使わないで家具で仕切ることによって必要なスペースをつくりだし、しかも訪問客があった時のプライバシーも確保するという課題をやりました。

すなわち、寝る場所と寛ぐ場所を壁で仕切られた部屋としてはいけない。プライバシーを守るのに、壁やカーテンを用いることはできない。当たり前と思っていたやり方を禁じられた学生たちは、当初はいちように戸惑っていたようですが(何しろ初めてのことですから)、家具の置き方一つで、生活の仕方も景色も変わるということに気づいて、やがて面白いものが出来てきます。

日常を大事にするのと同様に、その一方では日常の当たり前を疑う目と心を持つことが、デザインするためには欠かせない。そして、それこそが日常を豊かなものに変える力となる。念のために付け加えるならば、これは奇抜なものをつくりなさいということとは全く異なることなのです。(2019.04.25) 


*1年生の提出作品。


2021.02.22 夕日通信

やってみなはれ―「効率主義」を疑う(教員コラム再掲#2)


ついでに、教員コラムの「…を疑うシリーズ」は、まとめて見ることができるよう、一部改変して再掲することにしました(ま、読む人がいるかどうかは、やっぱり疑問ですが)。なお、記念すべき第1回目は「#147 番外編 『オリジナル信仰』を疑う(教員コラム一部改変して再掲)」、そして第2回目は「#148 番外編 『初志貫徹』を疑う(教員コラム一部改変して再掲)」です。


やってみなはれ―「効率主義」を疑う


今回は、ゼミ活動のトピックについてというよりも、受験生の皆さんや在学生たちに伝えたいことを書こうと思います。教員コラム「……を疑う」シリーズの第3回目です。

たとえば、旅先で列車に乗っていて窓の外を眺めている時、あるいは街を歩いている時に、いいなあと思う景色に出くわすことがあります(たいてい、特別なものでも何でもないごくありふれた風景なのですが)。それからカメラを取り出して写そうなどと思っていたら遅いので、あらかじめカメラを準備するようにしていますが、ずっと電源を入れっぱなしにして待つわけにもいかず、間に合わない時があるのです。


*

こんな時はしようがないときっぱり諦めるしかないのだけれど、少しタイミングが遅れるかもしれない場合に、撮ろうかどうしようか逡巡しているうちに被写体は遠くに過ぎ去ってしまい、結局撮れずじまいということもよくあります。この時は、後悔することになる(チャンスは前髪をつかめ)。また、移動中に素敵な景色に出くわしても、先を急いで撮らずじまいということがあるのですが、やっぱり撮っておけばよかったと悔やむのです。まずはシャッターを押し、その後で写真がうまく撮れたかどうか判断すればよいのだね。なんといっても、撮らないことには始まらないのだから。

ところで、演習の時に学生たちの案を見ていると、前回の時の赤鉛筆や青鉛筆がそのまま残ったものを持ってくる者がいます。しかもそれが少ない数ではないようになってきた。

そのことを指摘すると、「言われたところは、直しました」と悪びれるところがない。彼らにしてみれば、余計なことはしないけれど、必要なことはやりましたということでしょうね。でも、これは大きな間違い。全体を描き直すことで気づくことがあるのです。一見、効率的に済ませたと思えるかもしれないけれど、実はあたらしい発見する機会を自ら放棄したというのに等しい。何より自らデザインし、これをさらによくしたいという姿勢に欠けるのが致命的です。よいアイデア、デザインは選択肢の数が大事で、たいていたくさんのスケッチの中から生まれるということを忘れている。いちばんいいアイデアは、多くの日の目を見ないアイデアの上に存在するのだから。

もう少し慣れてくると、ふたつのアイデアのどちらにしようかと悩む学生が出てきます。まず、「両方試してみたら」と言うのですが、この時も、「うーん」と唸るばかりで、いっこうに手を動かそうとしないことが多いのです。これも無駄を嫌ってのことのようですが、実際には非効率的なことをしているのに気づいていないのだね。アタマだけで考えようとして立ち止まるより、手を使って模型をつくって比べる方が一目瞭然、よほど早く片がつくというもの(念のために言うと、プレゼンテーションだって宿題のレポートだって何だって同じことです)。 梅棹忠夫が言うように、「人間の頭のなかというものは、シリメツレツなものである**」と思います(ま、天才は別でしょうけれど)。だから、思いたったら即実行、頭を使って推敲するのはそのあとからとするのがよい。


***

「やってみなはれ」というのは、日本のウィスキーの生みの親、鳥井信治郎のものづくりや何かを始めようとする時の姿勢を伝える言葉として有名です。先のような時に使ったというのとは少し違うけれど、心に留めておいて損はない。口を動かしてばかりで、頭の中で考えているつもりになって堂々巡りするよりも、まず「やってみる」、「手を動かす」というように憶えておけばよい。

逡巡するよりも考え込むよりも、まず「やってみなはれ」、と(自戒を込めて)言いたいのです。(2016.05.19


* 運がよければ、こな瞬間も。
** 梅棹忠夫「知的生産の技術」、岩波書店、1969
*** 創始者」鳥井信治郎と2代目佐治敬三の信条、「やってみなはれ」。僕は。これをかつてのアイドルに一人開高健によって知ったと思います。


2021.02.22 夕日通信

「自分」を信じる力-または「疑う」を疑う(教員コラム再掲)


最後に書いた教員コラムは、リンクを貼っただけだったので、これからも見ることができるよう、一部改変して再掲することにしました(ま、読む人がいるかどうかは疑問ですが。以前、国立西洋美術館でやった「ヴィルヘルム・ハンマースホイ-静かなる詩情」展の特設サイトのコラム欄に寄稿した文章を読めなくなった経験があるのです)。



「自分」を信じる力


これまでは、ここに何回か書いてきたものは「……を疑う」と題するものでした。これまで疑ってきたものは、「初志貫徹」、「オリジナル信仰」、「効率主義」、「既成概念」、「日常」。

それは、僕が日頃接する学生の皆さんの多くが、世の中に流布している情報や教えをあまりにも素直に受け入れているような気がしたからでした。その反面、自身のことはあんまり信じていない、というか自信がないようにも見えたのです。

そこで、今回はこれまでとは違って、「自分」を信じるということについて書いておこうと思います。

過信は禁物だけれど、自分の「感性」、あるものに接したときに感じたこと、見たときに思ったことをもっと大事にした方がよい。自分の中で生まれたものを大事にしないで、外からの情報、権威に頼るというのはやっぱり寂しいし、ほんとうに「わかった」ということにはならない。たとえば、絵画を観た時に自身の「感覚」よりも、以前に教えられた知識を思い出そうとしたりすることはありませんか。あるいはあらかじめ学習しておいたことに従って観ようとすることも。

と言うのは、何より、自分を信じて取り組むことでわかることがあるし、生まれるものがある、と考えるからです。

自分にできるかしらと考えて躊躇するより、好きだから、やりたいからと飛び込んで、いい結果を手にした卒業生も知っていますし、逆にあまりにも謙虚で臆病になりすぎために、結果的にそこから遠ざかってしまった例も見てきました。

効率や安全を求めるあまり、第1歩を踏み出すことができないままでいる、ということはよくあることです。ただ大抵の場合、十分にわかってから始めようとしたら、なかなか始められないのではないか。これはどうなっているのだろう、あれはどうだ……。いつまでもきりがありません。

できるかしら、才能が……と思うばかりでは、何も手にすることができないまま、時が過ぎていく。やってみて、うまくいかなければ、やり直せばいい。

何より、人に教えられた通りに理解しようとするよりも、自分が感じたことから出発して、これ育てようとする方が嬉しい。あるいは、言われたことをやるばかりよりも、自分がやりたいと思ったことに取り組む方が楽しいし、力が入るに違いない。

さて、それまでをどう過ごすか、どう乗り切るのか。それが問題です。




今まで、「人の言うことを気にするよりも、自分のやりたいことを」と言った人は何人もいたはずですが、皆さんが知っている人で誰かいないかと思って検索してみたら(でもこういうところが、僕がすでにダメなような気もしますが)、意外な人の言葉がありました。たとえば、W・A・モーツァルトは、「他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ」(“I pay no attention whatever to anybody’s praise or blame. I simply follow my own feelings.”)と言っているよう*です。この他にも、ビートルズを抑えてトップになったレッド・ツェッペリンも「誰がなんと思おうと、決してわき目を振ることはなかった。……流されることはなかった」と、親交のあったミュージシャンは語っています**。

念のために付け加えると、人の言うことを聞くなというのではありません。しかし、今の自分のままでいいと言うつもりもないのです。何を聞き入れ、何を聞き入れないかは、最終的にはあなた自身が決めるしかないということなのです。

ところで、「モーツァルトは天才だから」と思ったあなた、彼はこうも言ったようですよ。「私は生涯で一度も、独創的なメロディーを作ったことがない***」、「わずかな違いを大切に****」。そして、ここに挙げたようなことは、何もモーツァルトだけじゃなく、多くの先人たちも異口同音に言っていることなのです。ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズも自伝の中で、同様なことを書いています。
何事も、やって見なくちゃ始まりません。逡巡しているばかりではどうなるものかわからない。まずは、自分の眼と心を信じることから始めればいい、と思います。どうか、可能性の芽を自ら摘まないために、自身を鍛えてください。

*https://www.goodreads.com/author/quotes/22051.Wolfgang_Amadeus_Mozart
http://fukushima-net.com/sites/meigen/1824
東西の多くのサイトで引用されていましたが、引用元が不明で信ぴょう性の確認はできません。それでも、真偽を問わずに励まされる言葉だと思います。
** 「 SONG TO SOULE #5『天国への階段』」(BS-TBS)の中で、フェアポート・コンヴェンションのデイブ・ペグ。
*** https://note.com/hisatune/n/n661903d3a9eb
**** https://meigen.club/wolfgang-amadeus-mozart/


2021.02.19 夕日通信

卒業生の来訪、またはジャズ・バーの誘惑


いよいよゼミ室を閉じることになったことを知って、4年か5年か前の卒業生が全員揃って訪ねてきてくれた。

久しぶりに会って楽しかったし、元気な様子や成長ぶりを見ることができて嬉しかったのだけれど、ちょっと気になることが。彼や彼女たちが口を揃えて、「これからは、もう学校に遊びに来ることはないかも」と言うのです。えっと思ったけれど、訊くと、もはや「よく知っている先生がいなくなってしまう」ということらしい。彼らが親しんでいた授業(わけても演習)の担当者は、いつの間にかほとんどいなくなってたのだね(確かに、ここ数年の変化はずいぶん大きい)。

で、改めて思ったのでした。卒業生や在学生とが集うことのできる、サロンのようなものがあるといいのに……。

ないものは作ればよい。いつまで続くわからないけれど、自身がそれにかかわることができるといいかもしれない。もちろん、彼らのように思っている卒業生ばかりではないだろうし、彼らにしたって気まぐれだ。その言動には、多分にお世辞が含まれていることも十分承知しているつもりだけれど。

としても……。でも、なあ……。何と言っても、無い袖は振れない。

幸い、と言うのか全く当てがないというわけじゃない。ちょうど、2つのゼミが合同で進めようとしている改修プロジェクトの対象となっている、空き家の一角を「借りませんか」という誘いを受けていたところなのだ。多くの本を中心としたものの置き場も確保しなくちゃいけないこともある。渡りに船?

それならついでに、本やものの保管場所ということだけではなく、もう少しちゃんと考えてやってみることにしようか、と思った次第なのだけれど……。さて、どうなるものやら。いずれにしても、さしあたっては、本の置き場の確保が急務。そして、理想を言うならば、カフェのようなものを併設したサロンになればいいのだけれど、ま、望みすぎというものでしょうね。

経済のことが問題なのは、相変わらず同じなのだ(なにせ、無職の身)。まあ、期間限定の「遊び場」と考えるといいのかもしれない。


*

実は、ジャズ・バーやカフェに「憧れる」ということもある。といっても、これを自身で運営したいというわけではなく、その佇まい、すなわち、磨き込まれたカウンターの向こうに、レコードとプレイヤー、アンプ、そしてちょっと大きなスピーカー(ただし、大きすぎない。もう一つ大事なことは、ウィスキーの瓶が整然と並んだ姿)に、心惹かれるのです。せめて、雰囲気だけでも……。

聞きたいことがあったので、そのついでに「こんなこと」のごく一部と「間に合わせの生活からの脱却」への希望を後輩に伝えたら、「小さくても良いから土地を買って(借地でもいいと思う)自分の理想のこれからの居場所を造るのが、〈略〉一番いいと思うのですが……たとえ小さくても(失礼…でも大きいものを造る必要はないでしょう)」という返事が来た。さらに、建築史家の「故村松貞次郎も晩年自分で木造の書斎を造られていましたが、それを考えて造っていくというのもこれからの楽しみになると思うのですが…」続いていたのだ。

うーむ………。なかなか魅力的で、抗し難い気がする。しかし、こちらはさらに時間との競争という問題が加わることになるのだよ。


* 写真は、「Casa BRUTUS ROOM WITH SOUND 」で見て、「CREA Traveller」のHPから借りたものを加工しました。ただし、これはジャズ・バーではなくてミュージック・バーを自称しています。ジャズファンは凝り性の人が多いのか、はたまた別の理由によるのか、スピーカーの大きさが全く違うようで、断然大きいのです(ま、これはこれでたいそう魅力的なのですけれど)。


2021.02.16 夕日通信

ちょっと変、または新しいアイデアの見つけ方


いくつかの義務を終えて、久しぶりに映画を観ようと思った(というのも変かもしれないけれど、前回からもう1と月ほども立っているのだよ!ああ、怖い)。

スクリーンを立ち上げ、古くなって不具合も目立つようになったプロジェクターもセットした。DVDも前もって用意してある。珍しいことに、今回は観る映画はすでに決まっていたのです。で、さっそく映写開始。

画像は写っている。が、ちょっと小さい。それで調整する(少し前までは、棚の上に設置していたのが、リモコンが壊れたために、目に前において操作しなければならなくなったのです。やれやれ)。音も出ているし、字幕もちゃんと日本語表示になっている。

ただ、台詞が聞こえていないようなのです。あら……。どうしたことか。

もしかしたら、新しい演出なのだろうか。こういう映画だったかという気もしたけれど(実は2回目。というのは、もう一度観たいと思いながらなかなか探せなかったのが、ようやく見つかった)、自信がない。でも、こうした演出でもおかしくないように思えてきた。さらに、そればかりかちょっと斬新な試みのような気にさえなったのです。

それが何かと言えば、「ディナー・ラッシュ」(もうご存知のように、「レストラン映画」が好きなのです)。当時流行の最先端だった、ニューヨークはトライベッカにあるイタリアンレストランを舞台とするお話。ま、勘のいい人ならば気づいたかもしれませんが、マフィアも絡んでいる。

でも、やっぱりちょっと変。

と、突然日本語が飛び込んできた。

えっ。


*

どうやら聞こえていたのは、FM放送。つまりラジオだった、というわけ。AVアンプの音声入力の選択が間違っていた(朝の設定のままになっていた)ようなのです。

でも、案外面白い気がした。僕が知る今の学生諸君の大方は(あるいは学生に限らないかもしれませんが)、デザインの趣旨をコンセプトと呼び、これは頭で操作するものだと思っているように見えます。でも、頭でっかちになるのは、ややもすると堅苦しくて、むしろ型にはまったような、つまらないものを生みがちでもあるのではないか。

それが、手違いから生じたことを面白がって、これを生かすようにすると、出来上がったものも面白くなることがある。そんな気がするのですが、さてどうでしょうか。

実際にも、色々とありますね。身近なところでは、コカ・コラ。シャンペン、電子レンジも。さらに、ノーベル賞受賞の研究においても複数あるようなのです。例えば、コカ・コラはコカの飲み物に混ぜるはずだった水の代わりに、炭酸水を入れ間違えた結果だということらしい。

ま、頭の中で全て作り上げることができるという人には関係ないのでしょうがね。

で、映画はどうだったかっていうと、この思いつきを書きとめようとしていたら、観るのをすっかり忘れてしまっていました。また、別の機会に。


* 大写しにした画像のため目立ちますが、アンプのツマミが埃をかぶっているのは(不覚。気づかなかった)、リモコンで操作するため触らないせいです(ああ、恥ずかしい。掃除しなくっちゃ)。もう一つ、セリフが字幕表現という演出なら、英語の字幕も表示されていなくてはいけないことに今頃になってようやく気づきました(やれやれ。最近はこんなふうであります)。


2021.02.13 夕日通信

イーストウッドの映画・2


卒業研究の発表が終わり、久しぶりに映画を観た(というのは、映画館ではないけれど、スクリーンに映写して観たということです)。

家で映画を見ようと思った時に、いつも時間がかかるのは何を観るかということ。何しろ、録りためてもらったDVDが何枚もある。学生には、いつも「決めかねたらどちらを選んでも同じ」と言うのに(ま、これは選択肢が少ない場合)。そこで、箱に入ったままでまだラベルを作っていないものを眺めているうちに、2枚を取りだし、ようやく決めた。決めた理由は、上映時間の長さ。かたや148分に対し、もう一つは96分。

で、何を観たか、と言うと「ハドソン川の奇跡」(原題:Sully)、2016年、イーストウッド監督作品。

2009年1月15日に起こった、アメリカの航空会社の大型旅客機エアバス(重量70トン)の不時着水事故、いわゆる“ハドソン川の奇跡”の映画化。厳寒のニューヨークの空港を飛び立ったUSエアウェイズ1549便は離陸直後、鳥の群れに接触したために、両エンジンが完全に停止してしまう。機長のチェスリー・サレンバーガー(愛称サリー、57歳)と副操縦士のジェフ・スカイルズ(49歳)は、引き返すことも、他の空港にも着陸できないと覚悟する。直ちに、サリーは、眼下に見えるハドソン川に機体を着水させることを決断し、実行する。停止してからわずか208秒。機長の操縦の巧さ、クルーの沈着な避難誘導、駆けつけたフェリーや水上タクシー、あるいは救助隊等の協力で、大事故にも関わらず、1人の死者も出さなかった。ウィキペディアによれば、離陸から着水まで、わずか5分の出来事だという。

このことで、サリーは一躍ヒーローとなるが、後日事故調査委員会の調査により、飛行機は出発地ラガーディアだけでなく、他の空港にも着陸が可能だったとされる。したがって、彼らは間違った判断をしてクルーや乗客の命を危険に晒した罪を問われることになって、決着は公聴会の場に持ち越される……。


*

さて、観終わった後の感想はどうだったか。なかなか面白かった。そして、いかにも、イーストウッドらしい気がしたのです。

その特徴を一言で言うなら、やっぱり「品の良さ」。ここには、これ見よがしの演出がない。ドラマチックに盛り上げるという手法、いかにも映画的と言えるような作り方は見つけにくい。むしろ、どちらかといえば、淡々と物語は進んで行く。

不時着の不当性を追及されているので、主人公に苦悩と葛藤はあるのは当然だけれど、声高に叫んだり、大仰な身振りや深刻な顔をして見せつけるというようなことがない。いわば、あざとさや押し付けがましさを感じるところがないのです。だからこそ、作品の中にいつの間にか引き込まれるのかもしれません。短さも気にならならなかった、と言うのも変だけれど、時間のことを忘れていた。短くても、名人のスケッチを見た時と同じように余韻が残るのだろう、という気がします。

昔見た、彼を取り上げたドキュメンタリーの記憶を辿れば、彼の撮影現場は静かだと言うし、撮り終わるまでの時間も早いらしい。

さらに、映画.comに掲載されたインタビューにでは、トム・ハンクスは「時々、(イーストウッド)監督は撮影をカットしない。ずっと回し続ける。だから、(そのキャラクターの)振る舞いがどういったもので、自分がしていることについてちゃんとアイデアを持っていなくてはいけない」、「気をつけていないとまたカメラが戻ってくる可能性がある」ので「『まずい、僕らはまた写っている。早くちゃんと振る舞わなくちゃ』となったりした」と言っています。

一方イーストウッドは、「物事に対する、人々の自然な直感が重要なんだ。俳優たちは、自分が何をしなければいけないか、どうすることになるか分かっている。〈中略〉でも実際は、現場でそれをやるまで分からないんだ」と語っている**。

なんだか、芝山幹郎が手放しで賞賛するのがわかるような気がしてきました。

それから、主人公の機長サリーを演じたトム・ハンクスの変貌ぶりにも驚いた。さらに、「ラブ・アクチュアリー」のサラ役のローラ・リニーがサリーの妻を演じていたのも懐かしかったし、副操縦士のアーロン・エッカートも渋い大人になっていました。


* 写真は映画「ハドソン川の奇跡」オフィシャルサイトから借りたものを加工しました。
**https://eiga.com/official/hudson-kiseki/


2021.01.25 夕日通信

「おもてなし」の心、またはラブコメのわけ


オンデマンド形式の授業のQ&Aを書くために、受講生の質問や感想を見ていたら、ある感想のところで目が止まった。あ、読むとしないで見ていたと書いたのは、ディスプレイ上のことだから。コロナ禍の大流行でいろいろなことが変わったけれど、これもその一つ。おかげで、ずいぶん目が弱った気がする(困りました)。さて、その質問というのは、用意した動画(ただのナレーション付きのスライドのことです)の冒頭に出てくる映画は「恋愛ものが多いですね。好きなんですか」、というものでした。

できるだけインテリアデザインに関心を持ってもらおうと、その日のテーマに関わる映画の1場面を紹介するようにしているのだけれど、取り上げた映画のジャンルについて訊かれたのは初めてだったので、ちょっと驚いた。ま、そんなに真剣に見ていることはないだろう、と半ば思っていたのです。






それから、最初の回だったか、「裸足で散歩」のいくつかの場面を並べて見せて、駆け出しの弁護士の夫ロバート・レッドフォードを助けるべく、若い妻のジェーン・フォンダがいかにも住みにくそうな空間を、古道具屋で手に入れた家具を中心にしたインテリア・コーディネートによって暮らしやすい空間に変えようとする奮闘ぶりについての説明をした時には、「私は最初のちょっと変な空間が好きです」という感想があったことを思い出しました(この感想には、ちょっと感心しました)。

ともあれ、「(恋愛ものが)好きなんですか」と訊かれて、「はい、そうなんです」とはちょっと言いにくい(という気がしたのは、いったいなぜなのか?)。




なぜ「恋愛もの」が多いのか、即ち「ラブコメ」がよく登場するというのには、もちろんわけがあるのです。まず第1に、学生たちは興味を持ちやすいのではないかと思った(何と言っても、若いのだから)。第2に、主人公の住まいがしばしば登場する。そして、それは主人公である彼女や彼の性格や嗜好を表す材料、しかも重要な要素にもなるわけです。ポップなインテリア、落ち着いたインテリア、デコラティブなインテリア、シンプルなインテリア、等々。主人公と彼らを取り巻く人々は、いったいどんな居住空間の中で暮らしているのか。彼らはどんな人物なのか。何れにしても、多くの場合、インテリアのデザインにも気を配られることになるはず。ラブコメとインテリアのデザインは、案外相性が良いのではあるまいか。

インテリアのありようは、当然そこの居住者の人となりを表わす。洋服のコーディネートが素敵なヒロインやヒーローが暮らす居室に、みすぼらしいインテリアはたいていの場合、似合わない。このため、ややスタイリッシュの方に傾く気配があるようなのが気になるけれど。

そして、これがどのくらい学生たちの現実と対応しているかは、また別の話。僕は、理屈の上では合っていないとおかしいと思うけれど、実際は案外そうでもなさそうです。洋服に気を使う学生が、食事の時にも同じように配慮するかというとそうではないことは少なからず経験します。例えば、ゼミ室でパックに入ったご飯を器に移し替えて食べようとしたら、なぜそんな面倒なことをするのかと訊かれたことがある。こちらが、なぜそうしないと訊き返したいくらいのものだけれど……。

と書いたものの、かく言う自分自身のことだって、威張れたものではありません。卓上が散らかったままになっていることが少なくないのです(で、気づいた時に、これではいけないと慌てて片付ける羽目になる)。実際には、こうしたことがままあるだろうと想像するのですが、映画の中ではそうはいきません。

もう一つ、これは第1の理由とも関わるけれど、ラブコメは、映画を観る人の日常と極めて近い非日常(または、日常に挿入された非日常)が少し拡大されて描かれたフィクションという性質もあるのではあるまいか。したがって、主人公に共感するばかりでなく憧れの対象ともなって、しかも届かない憧れというわけではないという気がするのです。

さらに、言うまでもなく、住まい手の心のありようがインテリア空間の状態にも現れる。元気のない時は、部屋のしつらいまでには気が回らない。これなんかも、ラブコメに向いているのではないか(ま、これはラブコメに限りませんね)。

ところで、今回延期された東京オリンピックの招致運動の際に使われた「おもてなし」という言葉が流行ったことがあったけれど(ついでにいうと、ちょっと変な言い方だった)、これは何もお客、他者に対する気持ちばかりではない。自分自身に対しても同じように向けられてよいものだと思う。さらに言うなら、自分に対してできないことを、他人に対して果たしてできるものかどうか、という気がするのです。


2020.12.27 夕日通信

路地裏の真実


フィンランドの路地裏の店でレコードやCDを売り、マニアックなお客を相手にする。仕事を趣味とした初老の男性が主人公。ヨーロッパの各地のメインストリートを入った路地に暮らす人々を紹介する「ヨーロッパ路地裏紀行」シリーズの中の一つ。ちょっと前のものだけれど、家具の修理屋、民芸品の女店主、手作りの金の専門店、毎朝カフェでコーヒーを飲みながら新聞を飲む老婦人等々が毎回2人ずつ取り上げられる。いずれもがごく普通の市井の人々だ。




久しぶりに見たら、さらに続けて見たくなった。時々バックに流れる10ccの ”I'm not in Love" もいいし、斉藤由貴の抑えた語り口もことのほかよく似合っている気がする。主人公の2人の他にも、毎回たくさんの人々が登場し、様々な人生を垣間見るのだから、教えられることも多い。店の品物の埃を毎日払いながら言う。品物が多いので、「毎日少しずつ」。確かに、「続ける」ことこそが大事なのだ。頭ではわかっているのに、当たり前すぎるくらいのことなのに、実践するのは簡単ではない。少しずつで良いから「続ける」、これができるかどうかが命運を分ける。

そして、「今日と明日は違って見えます。1週間もつ花も、枯れてこそ美しい花もあります。何にしても、常に同じ状態というものに私は魅力を感じません」、と言うのは、テレビ業界から転身したというロンドンのフラワーデザイナーの女性。ちょっと転身に憧れる。でも、枯れてこそ美しい花もあるのか。

冒頭近くでの「華やかな表通りの、一歩向こうに、街の素顔が待っている」や、あるいは終わりに出てくる「華やかな表通りに真実はない。路地裏にこそ人生の全てがある」という決め台詞も文字にするとちょっと気恥ずかしい気もするけれど、斉藤のナレーションで聞くと、なるほどそうか、と思わせられる。このところ、昔録ってもらった紀行番組を見ることが増えた*。

そして、いつも驚かされるのは、登場する人々が「ここは、小さな村のようだ」、「ここでは必ず誰かと会って、話をするんだよ」、「何と言っても、ここが一番」と口を揃えて言うこと。大都会に住む人々も、地方の文字通り小さな村に暮らす人たちも、年を重ねた人も若い人も、近隣に住む者同士の結びつきの強さを誇るのだ。これは、わが国では滅多に見られないことではあるまいか。彼らは連続性の中に生きており、我々はやっぱり「今」と「ここ」で、さらに「私」としてしか暮らさないということなのだろうか。

ところで今は、You Tube やサブスクリプションのサイト等から、音楽をインターネット経由で聴く人も多いに違いない。いや、もはやこちらの方が主流なのでしょうね。レコード屋さんはいうに及ばす、CDショップもCDやDVDのレンタルショップもどんどん少なくなりつつある。

僕の後輩も家を建てた後、リタイアするのに合わせて、オーディオ機器を入れ替えた。僕もスピーカー選びにちょっと付き合ったのだけれど、その時にもう一つの中心となったのが、インターネットとつながって世界中のラジオやハイレゾ音源を再生するシステムだった。




「ものが増えないし(増えたら、かみさんに叱られる)、すぐに聴きたい曲が聴けるのがいい」と言うのだ。音も断然いいということで、一時随分話題になったようだけれど。今はまた、村上春樹のように「音がいい」ということでレコードを支持する人たちがいるし、一方吉田秀和は「立派な機械でなきゃいけないとも思わない」。(それでも音楽の本質は掴める)「と思う」と言い切る。

僕はレコードやCDを手にする方が好き。でも、先の2人のような「音」、あるいは「音楽」に関わる理由ではない。目で見て、手で触ることのできるものでしか確認できないのだ。想像力が欠如しているというかことなのか。インターネット経由というのも嫌いだから、新しい技術についていけない、時代遅れの人間というのかもしれない。

中身さえ良ければそれで十分、というわけにはいかないのだ。中身が大事であることはもちろんだけれど、魅力は中身だけではなく、パッケージも合わせてのことだと思うのです。

急いで付け加えるなら、思想や心情はどうだと訊かれたら、そのことはまた別の話と答えたいけれど、それだって表現の仕方や実践しているかどうかが問題だという点から言えば、同じようなものだと言えなくもない。抽象論だけを言う人は、例えばどういうことですかと訊いても、大抵は答えに窮することが少なくない気がする。と言うのは、持たざる者の僻みだろうか?

ところで、何かやること、積極的に取り組めることを見つけないと、グラスを手にしながら一日中ぼんやり暮らしそうなのが心配。


* 手近にあったシリーズもののごく一部を並べて見たけれど、こうやって見ると、実にたくさんのものがあるね。他にもいろいろあるので、たぶん、ほぼ確実に、全部は観きれないのではあるまいか。それでも止めることができない。これは性分、あるいは習慣でしょうね。同じようなことを、音楽評論家、政治学者の片山杜秀が書いていたのを読んだことがある(彼は、さらに筋金入りのエアチェッカーのようです)。ま、一定期間続けるとなかなかやめられなくなるということでもあります。

2020.12.20 夕日通信

ティーチ・ユア・チルドレン


簡単な仕事を済ませた後の夕方、FMラジオをつけたら「夜のプレイリスト」(再放送)が始まったところ。この番組では、一人の出演者が気に入った、というか大事なアルバムを1日1枚、5日間に渡って掛ける。時々聞く。その日取り上げられていたのは、映画「メロディフェア・オリジナル・サントラ盤」(と言っていたような気がしていたのだけれど、あとで確認したら番組表には「小さな恋のメロディ オリジナル・サントラ盤」とあった。




ともあれ、僕は、映画「小さな恋のメロディ**(邦題)」と言えば、ビー・ジーズを思い出す。そしてやっぱり掛かったのが、幼いヒロインの名前を冠した「メロディ・フェア」。僕はビー・ジーズはあんまり得意じゃないけれど、この曲は美しいと思うし、ちょっとセンチメンタルな気にさせられる(主にメロディ、もちろん主人公ではなく、旋律の方によるのですが。彼らの声や歌い方も、この曲にあっているようです)。と言っても、若い人にはなんのことかわからないでしょうね。

そして、しばらくして聞こえてきたのが、「ティーチ・ユア・チルドレン」。こちらも、負けず劣らず魅力的です。言わずと知れた、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングによる名曲。4人の中で唯一イギリス出身である、グラハム・ナッシュの作。他の3人のものと比べるとずいぶん情緒的のような気がする。




ごくごくたまにですが、何かの拍子にこれを聞くと、僕はこれまでの暮らし方を残念に思うような時がある(ま、「残念」に関して言えば、これに限ったことではありませんが)。それで、その代わりに学生たちのことに置き換えてみたりするのですが、なかなかうまくできない。とても務まらなかっただろうことを思い知るのです。学生と接するのは長くてせいぜい4年、子供となればそうはいかない。実際の子供に向き合うのは数倍、あるいはそれ以上に大変なことに違いない。世の親たち、あるいは子育てを引き受けてきた人々のなんと偉いことか、と感心するのです。そして、ため息をつく……。

それから、同じくC・S・N&Yによる「僕たちの家(Our House)」を思い出した。こちらもナッシュ作の美しいメロディと、”Our house is very, very, very fine House”が耳に残ります(いずれも、アルバム「デ・ジャブ」に収められている)。英国出身のグラハム・ナッシュは、哲学的、あるいは衒学的な歌詞を書く人でもあったようだけれど、そのせいか、「僕たちの家」については、本人は若気の至りというのか一時的な感情だったというようなことで、その後あんまり歌わなかったようです。

それでも、基本的には情緒的な人ではないかという気がする。うんと昔に聴いた、彼がイギリス時代に所属していたホリーズのヒット曲も、作者は違うけれど、同じテイストがあったのではあるまいか。我が国と同じく島国のせいか、たぶん日本人のそれと似ているところがあるのかもしれません。あるいは、僕が情緒的な人間的だというだけのことかも。

ちょっと、「ティーチ・ユア・チルドレン」の歌い始めの部分を訳してみることにしようか。

まず元の歌詞は、以下のようです。

You who are on the road
Must have a code that you can live by
And so become yourself
Because the past is just a good-bye

即席に訳してみたのが、次のもの。歌詞にはなっていないけれど、いちおう同じように韻は踏んだ。

君、道の途中にある君のことだよ
生きるための規範ってものが必要になるんだから
そして、君自身でなくちゃ
なぜって、過去は過去でしかないんだから

ところで、これが散文で長いものだと、説教臭く聞こえてきて、きっと辟易するのではないかと思います(実際に経験することがある。このところ我が国で目につく大勢からなるアイドル・グループがその典型ではあるまいか。もちろん、メロディや歌い方も大きく関わる)。

このところのこの国における傾向(特に教育の現場において)は、中身が大事であるということで、その表現の仕方やパッケージのありようには無頓着な風潮があるような気がする。

さて、子供ってのは一体、誰のことなのだろう…。

なんだか色々と考えさせられますね。やっぱりナッシュの真骨頂ってこと?

で、久しぶりに(ほぼ四半世紀振りほどを経て⁉︎)、LP「デ・ジャブ」を聴いてみることにした***。

こんなことを考えていたら、改めて思い至ったのは、当たり前といえば至極当然のことだけれど、「教える」ということは、「教えられる」ということでもある。と言うか、これがないとつまらない。だから受け身だけの相手は面白くない。そして、教えられる相手というのも、「学生」や「子供」に限らない。自分自身に教えられることだってあるという気がしたのです。


* 写真は、アマゾンから借りたものを加工ました。
** 手元に、BSで放映されたものを録画してもらったものがあるのです。懐かしい気がして録ってもらった。しかし、ちょっとだけ観てみたけれど、もう一度観たいとは思わなかったな。やっぱり、見るべき時、聞くべき時、出会うべき時というのがあるのだね。
***若々しいことはいうまでもないけれど、歌声の重なりが美しい。でも、ニール・ヤングが参加しているのは不思議な気もする。パワフルな一方で、やっぱり情緒的なところもある(と言うより、信条が込められる分、気持ちが鮮明になって切実さが増すということだろうと思う)。ナッシュ以上に、他のメンバーとの違いが際立っている気がします。


2020.12.12 夕日通信

顔について


溜まっていた新聞の切り抜きをやっていたら、上方歌舞伎の第1人者坂田藤十郎が亡くなったことを報じた記事が目に止まった。88歳とあった。僕と年齢が近くはないけれど、はるかに先というわけでもない。と書くと、また亡くなった人を懐かしむのかと言われそうだけれど、そうではないのです。

そこに掲載されていた、顔写真に目が行ったのでした。




その時に何を思ったかと言うと、上品な「顔」だということ。さらに言うなら、立派な人は風貌も立派なのだなあ、と感心したのです。

よく耳にする「40すぎたら自分の顔に責任を持て」というのは、第16代アメリカ大統領リンカーンの言葉のようですが、ダメな人間はやっぱり貧相な顔になるような気がする。そして、このところのZOOMでいやおうなく目にせざるを得なくなった自分の顔を思い出して、大きなため息をつくのです。

やれやれ、結局、同じことになってしまうようです。

これを書いた後、コロナ禍の影響で学内で行うことになったシルキー・クリスマスのイベントのファッションショーの会場で、終わった後に学生たちに「写真を撮りましょう」と言われて、そんな話をしたら、「自分の顔を好きにならなくちゃ、楽しくありませんよ」、と軽々と切り返された。大したものだなあとちょっと感心しました。


2020.11.22 夕日通信

またまた一人


ショーン・コネリー。と、聞いてわかる人が、さてどのくらいいるのだろうか。彼が亡くなったことをニュースで知った。享年90歳。

このところ見ることがなかったし、かなりの年には違いなかったので、もう引退していたのだろうということは感じていたのです。

コネリーは言うまでもなく、映画「007シリーズ」のジェームズ・ボンド役で大スターとなった。でも、僕が彼の映画を積極的に観るようになったのは、そのうんと後、彼が初老という時期を越えた頃からのこと。以前にも書いたかもしれないけれど、年取ってからのお手本として見ていたのです。なんと言っても、渋くてかっこいい(ちょっと貫禄がありすぎて、とても真似できそうにありませんね)。

*

で、追悼する意を込めて手元にあった「小説家を見つけたら」を観直すことにした。2000年の作品だから、彼が70歳の頃の作品。ちょっと調べてみたら、俳優としての最終出演作の2つほど前の作品のよう(案外早くから引退していたのだ。新聞によれば、これには事情があったらしい)。そして、手持ちのDVDの中にはどんなものがあるかと思って、抜き出してみた。思った以上にあった。この他にも録画してもらったものもある。

映画は、1冊だけ出版した小説がピューリッツア賞を受賞して時代の寵児となるものの、その後筆を絶って世間と絶縁して暮らす老小説家が、たまたま出合った少年の文才に気づき、やがて指南するようになり、次第に友情を育んでいくという話。

それでも、正直にいうなら映画自体は、やっぱり既視感がつきまとう。例えば、「グッド・ウィル・ハンティング」(1997)。そして「セント・オブ・ウーマン」(1992)などが思い浮かぶ。才能がありながら機会に恵まれなかった若者が、ある人物に出会って開花する、というのは前者と同じ。しかも、監督もガス・ヴァン・サントだし(ある映画のサイトでは「常に尖った題材を扱う」とあるのですが…)、その脚本を書き主演を務めていたマット・デイモンも最後の方に顔を出していた。そして、主人公にかけられた疑いを年配の友人となったコネリーがその窮地を救うというのは、後者のアル・パチーノと同じ。




この映画については以前にも書いたことがあって、その時は彼が窓を磨くことについて書いた*のだけれど、今回は文章を書く時の心得というのが印象的だった。曰く、文を書き始める時は、「考えるな。考えるのは後だ」。「初稿はハートで書け」と言い、そして「頭を使って書き直す」と続ける。すなわち、最初は考えすぎずに思いつくまま書いて、その後にじっくりと推敲せよということですね。まるで、丸谷才一のようなことを言うのだ。でも、2人の巨匠が言うように、これは大原則だと思います**。しかも、このことは文章に限らず何であれ、という気がする。他には、「文頭に接続詞を置くな」というのもあった。

でも、改めて見直していたら、ここでのコネリーはほとんど酒浸り、と言うかいつもグラスとJ&Bの瓶を持っているのだ(僕は、最近はウィスキーから遠ざかっているのだけれど、これは今すぐにでも真似できるかも)。それに、なぜかテレビが3台もあって、それぞれがちゃんと映っているのだ。外の世界とつながる数少ない手段の一つというわけだろうか。

彼は、若者の窮地を救った後(外へ出る恐怖を克服して)、故郷のスコットランドに旅立ち、やがて亡くなる。そして、彼が文才を認めたはるかに年下の友人に住まいを残した。

彼が寵児となった後の暮らしは、幸せではなかったかもしれない。しかし、亡くなる前、「人生の冬」において、彼はたぶん為すべきことをなして死んでいったということでしょうね。ま、映画だから、と言えばそうに違いないけれど。

あ、彼が自転車に乗って街に出るときの佇まい、所作もいいです。ちょっと真似したくなります。僕は、姿勢のいい人にはむやみに憧れるのです。明日は、久しぶりに自転車で行こうかな。

季節がいつの間にか移っているように、時は知らぬ間に過ぎてゆく。容赦がない。今更という気がよぎるけれど、そんなふうに言っているわけにはいかない。残された時間は多くはないのだ、という思いが込み上げてくるのです……***。


* Nice Spaces #68 「窓を磨く」
** 文章を書くことの楽しさについては、吉田秀和の言葉を引用して触れたこともあります。
***さっさと実践しなさい、という声が聞こえてきそうです。


2020.11.14 夕日通信

さよなら、新しい「家族」


先に言っておくと、タイトルにある新しい「家族」というのは、フランス人シェフの言葉。10年来3つ星レストランをともに支えて来た師匠を亡くして、消沈したシェフは「家族」を失った気分だったと言う。それで「新しい家族を作る」つもりではるばる日本にやってきた。彼は妻子がいるということなので、この「家族」とは違う、いわば同志的なつながりをもった共同体ともいうべきもう一つの「家族」だろうか。


*

彼は、老舗ホテルに誘われて来日した。日本の料理にも関心があったようだけれど、その時には、何より「新しい家族」を作るつもりで来た、と言うのだ。念のために付け加えると、この時は先の妻子同伴でというのだから、覚悟のほどが知れる)。

そのため、新しい場所で彼は、新しい環境に溶け込み、色々と学び、発見しようとして、料理はもとより、将棋などの他の文化にも積極的に取り組む。そして、日本語を交えながらキッチンで料理する姿はとても楽しそうだ。仲間たちと一緒にいる時は、さらに嬉しそうに見える。

僕自身は正直なところ、ここ最近はうまくいかなかった。今年はと期待した代の時も、なぜか最終的には残念な結果になった(というか、殆ど最悪だった)。こちらの力不足、ということがあるには違いないけれど……。それから、もしかしたらそれまでも同様で、気を使ってくれていたのかもしれない。こちらがそれと気づかなかっただけなのかも(大いにありそうだ)。と思うと、ああ恐ろしい。

ま、仕方がない。ケ・セラ・セラ。なるようになる。それしか言いようもないけれど、できるものなら「人生は旅だ」、「料理も旅だ」と言うシェフにあやかりたいものだ、と願うのだ。たぶん、その時々に出会いがあり、発見があり、幸福があるようなのだ。

さらに彼は、20年前は料理に「足すこと」を考えていた。今は「引く」ことを考えると言い、そして、「料理は建物みたいなものだ」とも。

そんな時に、卒業生が不意に訪ねてきた(けっこう前のことですね)。1級建築士試験の受験に備えて、卒業証明書を取りに来たついでに寄ってくれた。話しているうちに、不意に、勉強するのが楽しいと言う。ただ覚えるのでもなく、分かる(仕組みや理屈、そしてたぶん学ぶ意味も)のが楽しいと言うのだ。

こうしたことがあると、心が解けるようでうれしい。ちょっと、ほっとする。ほんの少しだけ、気分が軽くなる。やっぱり、真剣に取り組んでいると、人は成長するのだという思いを強くするのです。そして、そういうことを思いださせてくれる人が、卒業生にいることが嬉しい。

ただし、このところの僕の周辺の状況はと言えば、今年もまた似たようなことが繰り返されそうな気配があって、心配しているところ。

僕は、言われた通りにやる(あるいは、拒否する)というのではなく、文字通り共に作り上げることを願っていたのだけれど。なかなかうまくいきませんね。やっぱり自身を疑わざるを得ないのかもしれないのか……。遥か昔に流行った歌の一節のように「みんなおいらが悪いのか。そんな話があるものか」と口走りたくなるのだけれど、でもその前には、「誰のせいでもありゃしない。みんなおいらが悪いのさ」と歌われるのだった。

投稿すべきかどうか、けっこう長い間迷っていたけれど、ともあれ、新しく始めるためのことだ。「HPの更新が滞っていますね。……」、という言葉に叱咤激励されて投稿することにした。


*写真は帝国ホテルHPから借りたものを加工しました。


2020.10.14 夕日通信

驚かされたこと


驚かされたことはいっぱいありすぎるくらいにあって、いまさらという気もするけれど……。

ある朝のニュースを見ていて驚いた(というのは本当だけれど、落ち着いて考えてみればもはや当たり前のことかもしれない)。


*

何かといえば、ロシアで開催されたという武器の見本市。

一方で平和を謳い、他方で武器の開発、販売を目論む。「盾」と「矛」は、いうまでもなく昔からあることですが、理想と現実のギャップにいまさらながら驚かずにはいられないのです。いい年をして青臭いことをいうなと叱られそうな気もするけれど、これはおかしい。各国のリーダーには、「進歩」、あるいは過去に「学ぶ」ということは無意味なのだろうか**。かつてリーダーシップを発揮しようとしてきた大国でさえも、自国第一主義を臆面もなく主張するようになった。

でも、武器の製造元の広報担当者が、誇らしげに語る言葉とは裏腹に明るいとは言えない表情をしていたのが、かろうじて救いのような気がしました。

もう一つ、驚かされたことについて。

正直にいうなら、驚かされたというより心配になったという方がいいような事なのですが。

新政権が発足した折の世論調査で、「森友・加計学園問題」や「桜を見る会」の再調査の必要性について、30代以下の回答は「必要なし」とする人が6割ほどもあると言っていたようなのです***。「えっ。うそ。まじ!」。思わず、若者の言いようをそのまま返したい気分になる。しかも、それが案外ありそうだと思えてくるところが、ちょっと心配。

3つ目は、……。ま、このくらいで留めておく方が良さそうです。

最近は、映画も観ていないなあ。なんだか観る気力さえも萎えてしまったみたい。


* NHKのHP 8月24日付のニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200824/k10012580411000.html
** 昨日(9月22日)の朝日新聞朝刊の「折々のことば」(鷲田清一)に、「これほど知識が溢れているのに、それが知恵に結びつかない時代は、実際これまでの歴史にはなかった」(人類学者、ティム・インゴルド)というのがあった。
*** 確認しようとして検索したのですが、どうしてか見つけることができなかった(不思議)。したがって、確かではありません。


2020.09.23 夕日通信

続・小人閑居するのこと、またはマンネリと革新の間


例によって、ちょっと前のこと(いや、もう少し前。正確には半年ほども前のこと)。いつもの如くぼんやりしている時に、ふと思いついたことについて。

よく、「創造的でありなさい」。「創造的であろうとすれば、自己模倣であってはならない」、と言われる。すなわち、昨日作ったものと全く違ったものを作り出すのが、真に創造的であるということですね。FMラジオでも「ビートルズは、2度と同じことをやならなかったのがすごい」というようなことを言う。どうですか。あなたは賛成ですか?というか、本当にそう思うのだろうか。と訊いてみたくなるのです。

先に言ってしまうと身もふたもない気がしますが、僕はそれは違うのではないかと思った。常に違うものを作ろうとすれば、積み重ねというものはない。ある事柄であれ、テーマであれ、技術であれ。すなわち見かけ上の新しさはあったとしても、洗練や進歩と呼ぶようなものは存在しない。もしかしたら、天才はそうしたことを乗り越えて、できるのかもしれない。そうした人なら、常に革新こそを求めるという行き方、生き方も当然あるだろうと思います。

よく研究しないまま言うなら、例えば前者はピカソ。積み重ねよりも革新を求めた(もしかしたら、能力に恵まれすぎたために飽きっぽかったのかもしれませんが)。これに対し、後者はといえばセザンヌ、…と言っていいのか(彼は革新的なことを成し遂げたけれど、より良い表現を求めて同じような絵を何枚も描き続けた画家でもある)。


*

**

建築家で言うならば、誰がいるのだろう。誤解を恐れずに言うなら、前者はコルビュジエだろうか。後者は、まずはミースを思いつく(ミースは不本意かもしれません。いや、不服に違いない)。言うまでもなく、いずれも傑出した建築家です。しかも、ほぼ同じ時代を生きた。一見するといずれも変わったように見えるけれど、コルビュジュエの変貌ぶりに比べると、ミースは延長上にあるようだと言えそうな気がするのです。

で、平凡な僕たち、いや僕が倣うべきはどちらか。これは、もちろん、ミースだと思います。ミースは新しさを感じさせながら、いつでもミースらしさを失うことがない(これは、自己模倣とは一線を画そうとするのは恐ろしくむづかしそうですが)。まず殆どの場合、彼には及ぶべくもないわけですが。あ、これはあくまでも姿勢の話です、建築に限ったことでもありません。

でも、俳優はどうでしょう。むしろ、あるイメージが定着してしまうと困ることがありそうだけれど。笠智衆のような人はいますが、例外的ではあるまいか。彼のような場合、創造的であるということは、どういうことだったのだろうか。もしかしたら、モーツァルトが言ったいう「わずかの違い」を大事にするということだったのだろうか。

そこで、やっぱり訊きたくなるのですが、あなたはどっち派?どちらを目指したい?

とは言うものの、実際には、一つ前の作品、過去と無縁と言うことはまずないのではないか。画家や建築家などの場合、作風が変わることがあっても、それはそれまでの蓄積と無関係ではなく、最前面あるいは表層の表現が変わっただけと言うのが正しい気がする……(当たり前すぎる?)

とすれば、何であれ試み、あるいは試行錯誤を続けるしかないように思わざるをえないようなのです。

真に創造的であるということは、一体どういうことだろうね。


* 左のヴァイセンホフ・ジードルンクはADF webmagazine、右のクラウンホールはウィキ ペディアから借りたものを加工しました。
**左のヴァイセンホフ・ジードルンクは、ADF webmagazineから借りたものを加工しました。


2020.09.19 夕日通信

また一人


少し前のことだけれど、山崎正和が亡くなった。

まだ、86歳だったという。ま、平均年齢から言えば決して早すぎるということはないはずだから、まだというのは変かもしれないけれど、ちょっと驚いた。もっと年上だと思っていたのです。




僕は彼の熱心な読者というのではなかったけれど、そして彼の政治的立場は措くとして、それでも彼のいくつかの著作*や、とりわけ丸谷才一との対談(なんと100回以上にも及んだという)に教えられたし、大いに楽しんだ。その丸谷は1925年生まれだから、1934年生まれの山崎とはほぼ10歳ほど違う。僕はすっかり2人は同世代だと思っていたのだった。

読んでいる限りは、2人の間に年の差のことを感じさせるところがなかった。対談の相手は年の差を超えてお互いに刺激し合っていたということですね。彼は、やっぱり「演技する精神」が身についていたのだろうか。あるいは、「やわらかな」それも。

ともあれ、僕とは一回り以上も違うから大先輩には違いないし、妥当と言えば確かにそうなのですが、いつものことながら僕自身が大事なことを年相応に身につけることなく過ごしてきたのだということを思い出さざるを得ない、そんな気にさせられたのでした。

*ちょっと探してみたけれど、これが見当たらない(やれやれ。片付けなくちゃ)。


2020.09.16 夕日通信

久しぶりに銀座


先日、銀座に出かけてきた。目指したのは、とある帽子店。





地下鉄の駅を出ると、見慣れたものと全く違った景色が目に入ってきた。そのせいで、出口を間違えたのかと思ったくらい。壁や柱が化粧直しされて、明るくなった印象。柱と柱の間に置かれていたオブジェも撤去されている。これって、オリンピック仕様なのか?本当に久しぶりだったので、その変貌ぶりに驚いた。

少し早く着いたので、伊東屋に寄ろうとしたら、まだ開店前。入口の扉をみると、開店は11時とある。コロナの影響で、どこも開店時間が遅くなっているようなのだ。

ならばと、松屋へ。入り口で体温のチェックと手の消毒から。デザインギャラリーを覗いて時間を潰そうとしたのだけれど、特に目新しいものは見当たらなかった。それにしても、お客が少ない。まだ早い時間ということもあるのだろうが、こちらもやっぱりコロナの影響も大きそう。

それから再び、伊東屋へ。ファーバーカステルのシャープペンシル用の替え芯の軟らかいものを探そうと思ったのだけれど、0.7ミリは2Bがあったものの、1.4ミリのものはBまで。それ以上軟らかいものはない。残念。でも、なぜだろう。あんまり軟らかい芯は流行らないのだろうか(人間は、あんまり柔らかすぎても困るけれど)。

それから、いよいよお目当ての帽子店へ。ここにもお客は誰もいなかった

暑い中でもきちんとスーツを着たお店の人に、探しているものを伝えて相談する。

とちょっと予想外の指南。色はグレーを勧められ、予め目星をつけていたイギリスのメーカーのクリスティーズではなくノックスのもの(こちらはアメリカ、NYが本拠)。その方が、日本人には向いていると言う。そういうものかと思って、購入することにしたけれど、ちょっと予算超。あとで、逸品と謳った店の名を冠したオリジナルの、予算よりも安いものがあったことに気づいたけれど、後の祭り。ま、当たり前だけれど、ノックスのものが悪いわけじゃない(たぶん)。被りこなせるのか、それが問題だ。




それから、三越の上の眺めの良い天一で、ランチの天丼(この辺りがちょっと小心者)を食べて帰りました。高いところから眺める銀座の街は、決して調和の取れた美しい街とは言い難いけれど、なんだか懐かしいような嬉しい気分になる。


2020.09.14 夕日通信

僕が「やっぱり撮っちゃう」もの


ワタナベくんは、サワガニなんかを見ると撮らずにはいられないらしい。このあいだは、別の川でトノサマガエルが目当てだったのに、やっぱり「撮っちゃっ」た*そうです。

実は(と言うほどのことでもないけれど)、僕にも撮らずにはいられないものがあるのです。

それは光と影がつくりだす模様。いつだって同じものがないから、いつまでも飽きることがない。




こうした、偶然に現れるものに惹かれるというのは、自身で作り出す力がないせいではあるまいか。ふいにそんな気がして、ちょっと寂しいような気分になった。

*かぬま通信(鹿浜通信)


2020.09.12 夕日通信

間に合わせの恐怖


あるものでなんとかする。工夫でしのぐ。これを、なんと言うか、日々の方針、一種のモットーとしてきた(ま、理由は色々とある)。

先日来、ソファの前のローテーブル代わりに使っていた棚の天板をもう少し小ぶりなものにすることを考えていた。

たまたまちょうどいい大きさの合板の端材があったので、これを塗装しようと思って、塗料のことを確認したり、尋ねたりしていたのです。でもなかなか進まない。ちょっと面倒だと思ったのだね(ご存知のとおり、生来の怠け者)。で、しばらく放っておいた。それでも、時は過ぎてゆくし、なんとかなるものだ(⁉︎)。

そうしているうちに、以前にエクステンション用の机の天板として拵えたものがあったことを思い出し、これを流用しようと決めた。手近にあった板ダンボールにベニヤを張ったもので、これはもう塗装も済んでいる。

それで探してみたのだけれど、これが見つからない(やれやれ)。ようやく見つけ出し、いざ切ろうとしたらこれが結構手強いのだ(手軽さに走ることへの戒めか)。ベニヤの厚さは3ミリ程度だから簡単だろうと高を括っていたのだけれど、いざ取り掛かってみるとなかなか進まない。30ミリの板ダンと一体化して、カッターの刃が入りにくくなっているのだ。それでも、なんとか切り出すことができた。翌日からしばらくは腕が痛かったけれど(でも、しばらく、なぜ痛いのかわからなかった……)。

しばらく眺めていると、板ダンボールの側面が綺麗じゃないのが気になる。ハニカム構造の断面が、潰れてしまっているのだ。で、どうしようかと辺りを見渡すと、プラダンの端材があったので、またまたこれを利用することにした。ほんとうは、薄い木の板があればよかったのだけれど。ま、仕方がない。




部屋が狭いので、小さくなった分、前よりは扱いやすくなったのはいいけれど、ふいに脳裏に浮かんだことが……。

工夫と言うと聞こえがいいけれど、簡便なだけの間に合わせじゃないか。しかもあたりを見回すと、こうしたもので溢れている。工夫が適度に混じるといいけれど、そればかりというのはどうなのか。安直に間に合わせたものに囲まれた、間に合わせの空間の中の、間に合わせの生活ということになりはしないか。そして、間に合わせの人生(うーむ)。これは、ちょっと寂しい。立て直さなくては。

と、頭の中も同じではあるまいかという気がして、怖くなったのでした。


2020.09.10 夕日通信

教員コラムに掲載

いつの間にか、8月もはや半ば。
この間、順番が回ってきた教員コラムに掲載しました。
ちょっと柄にもないことを書いた気もしますが、よければどうぞご笑覧あれ。


2020.08.10 夕日通信

イーストウッドの映画のいくつか


この間(どのくらい前のことかというのは、想像してみてください)、久しぶりにDVDのレンタルショップに行った。借りるときはセルフレジ方式で、初めてのことだったから、結構めんどくさい。ここにもコロナ禍の影響。

あいにく目当てのものは見つからなかったのですが、不意に目に飛び込んできたものがあった。で、もう一つと思って物色したら、こちらも運よく見つかったので借りてきた。

今回はそのうちの一つ、クリント・イーストウッド監督、主演の「運び屋」。実話に基づいたものということもあってか、公開時には、ちょっと評判になったのではあるまいか。そういうわけで、日曜の昼間、部屋を暗くしてスクリーンを降ろして観た。休みだったとは言え、昼間から暗い中で映画を見るのは、ちょっと背徳的な感じがして、昔の映画館にいる時のことを思い出しました。


**

で、映画はどうだったか。けっこう楽しめたのですが、正直に言えば既視感があった。今や巨匠と呼ばれるほどのイーストウッドも、なんだかワンパターンのように見えたのです。それで、次は「人生の特等席」を観ることにした。こちらは自身で監督したものではないけれど、やっぱりよく似ていると思った。

すなわち、年取った男と家族の和解の物語。その筋の運び方も、ちょっと型にはまりすぎのような気がした。こうしたものをいくつか撮るというのは、イーストウッドに思い当たる節があるのか。それとも普遍的なテーマと思ったせいか、ただ面白いと思ったのか。それでも、嫌だとは思わなかったのです。これ見よがしの大げさな身振りはないし、後味がいいというか、年取ってからのイーストウッドの品の良さ、格好の良さのせいかもしれません。

少し前に、「荒野の用心棒」から「ダーティハリー」を経て「ブラッドワーク」まで、イーストウッド主演作を続けて観たのでした。というのも、何を見ようかと迷って思いつかなかった時に、手元の「映画一日一本365」を眺めていたせい。ところで、先日オンラインで始まったばかりの授業の中で、「基本的に毎日1本は映画を見ています」と書いてきたツワモノがいました*。なんと1年生!。彼女のお勧めは、C・S・ルイス原作の「ナルニア国物語」。僕は観ていないけれど、彼とはオックスフォードでの同僚でもあったトールキンの「指輪物語」に基づく「ロード・オブ・ザ・リング」3部作が案外面白くて3本続けて観たので、これも観てみようかしらん(このジャンルは、ちょと苦手なのです)。

著者の芝山幹郎は、普段はけっこう辛口なのに、どういうわけかイーストウッドに関してはべた褒め、手放しと言っていいくらいの褒めようです。僕は、それほどまで……、というのではないけれど、彼の作品は、ほとんど見ているし、DVDも持っている。やっぱり好きなのです(実は、うんと昔のテレビドラマの頃から見慣れているしね)。それにしても、ね。

そう思いながらも、圧倒されるのは90歳にもなろうかという時に、映画を撮ろう、しかも主演まで務めて、という気持ちの強さ、凄味。ほんとうに大したものだ、と感心するのです。そのくらいなら……、と言う人がいるかもしれないけれど、そんなに易しいものじゃない気がする。
少なくとも自分のことを思うなら、あと何年元気でいられるのか。10年も残っているかどうか。それより何より、その前に何かを作り出そうとする気力が残っているものか……。さすがに、ちょっと恐ろしくなりました。

* 写真は、海外ドラマNavi:https://dramanavi.net/movie/news/2019/03/80.php
**それから、もう1ヶ月ほども経った。

2020.06.21 夕日通信

「スカボロー・フェア」からわかること


今回は、めずらしく書きたて(?)。ほやほやです。ほとんど推敲もなし。ほとんど書きっぱなし(ま、あんまり褒められたことではありませんが)。

しばらくしばらく前に、ケルト音楽のテイストに惹かれると書きましたが、「スカボローフェア」もその流れを汲む(たぶん)。

なぜ、これを聴こうとしたのか*。ともあれ、聴きたくなったので、授業の合間にYouTubeで聴いた。そして、確か「SONG TO SOUL」にあったはずと思って、帰宅してから視聴した。色々と思うことがあったので、このことを。

詩作の方法がその一つだったけれど、それは今回はパス。で、学生のみなさんが手こずっているに違いない「オリジナル」であること、「オリジナリティ」の呪縛から逃れる方法についてです。


**

「スカボロー・フェア」はアメリカのフォーク・デュオのサイモンとガーファンクルによって歌われ、映画「卒業」で使われて大ヒットした。

でも、この曲は彼らが自分たちだけで作り出したものではなかった。

元の歌は、イギリスの古謡。歌詞は、ちょっとシュールです。なんと16世紀頃まで遡ることができるらしい。

ところで、デビューした当時のサイモン&ガーファンクルは全く売れなかったらしい。売れたシングル盤はたったの3,000枚。このことに甚く失望したポール・サイモンは英国へ渡る。当時流行っていたフォーク・バーみたいなところで週給5ポンドで雇ってもらうことを頼んで。彼は、ここで、「スカボロー・フェア」と出会ったという。自分を信じ、自身の思うところに従うというのは、何かを成し遂げるためには不可欠のようです。

その2年前には、ボブ・ディランが訪れていて、これをリメイクして「北国の少女」という歌を作った。この系譜はたぶん、それからわが国の「5番街のマリー」(こちらは歌詞において)にも連なっていると思います。

ともあれ、彼らはこれに「詠唱」というタイトルの部分をつけて歌って、大ヒットさせた。ちょっと古い例を挙げたために、僕が古いってことですが、ピンと来ないかもしれませんね(ま、これは勘弁してくださいと言うしかないけれど)。

たとえは古いけれど、つまりは、過去のものと関係なしに創造するというのは、まずありえないってことです。それは、住宅においても変わらない。仮にそうしたものがあったとしても、つまらないような気がします。がんばってください。

僕も、まずは、ポップ・ミュージックを遠ざけないで、また時々聴こうと思います***。


* 元を辿れば村上RADIOでした。
** 写真は、タワー・レコードのHPから借りたものを加工ました。
*** さっそく、手元にあったレコードの中から ”Bridge Over Troubled Water” を取り出して聴いてみた。本当なら、”Parsley, Sage, Rosemary and Thyme” が良かったのだけれど、あいにくLP盤は見つからなかった。それでもやっぱりCDよりも気持ちよく聴くことができました。ちょっとだけ、切ないような気分になりかけたけれど。


2020.06.19 夕日通信

「きらクラ」終了


FMを聞こうとしてスイッチを入れたら、NHK-FMの「きらクラ」終了するという。「きらクラ!」というのは、気楽にクラシックの省略形、だろうと思います。2012年4月から今年の3月29日まで放送された。

その前の落語家の笑福亭笑瓶とソプラノ歌手幸田浩子のコンビの時代の「気ままにクラシック」(「きまクラ」)が閉じる時のことを覚えているけれど、その時から8年経ったということ。そんなに経ったという気が全くしないのだ。

早いよ。あっという間。時間はまるで、サラブレッドのように走り抜ける。いやもっと早いね。文字通り、光陰矢の如し。

最近は、特に楽しみにして聴いていたということではないけれど、馴染んだものがなくなるというのはやっぱり寂しい。それにこのところの(ま、8年くらいってことか)NHK-FMの番組はつまらなくなる一方のよう(テレビほどとまでは言わないけれど)。いや、ただ僕と相性が悪いというだけなのですが。

ま、何事にも終わりがある。

これからも、しばらくは、こうした別れを経験するに違いない。そして、やがては……。

さて、それまでをどう過ごすか、どう乗り切るのか。それが問題だ。

こんなことを書きつけていた時は、オオシマザクラがやっと満開になりかけていた時だった。その頃から、ぼんやりしているうちにもはや二月ほども経ってしまったようです。やっぱりね、……。

そして、さらにその後、と言うかこれは正真正銘ついこの間のこと。

「トーキング ウィズ 松尾堂」の試作版の放送(15年前というのだが)があった。たぶん、コロナ禍のせいですね。こちらは、「日曜喫茶室」の後継番組だから、あれからもう15年経ったということなのだろうか。いや、いくら何でもそれはない気がする……*。

ここでも感じることは同じです。時の経つのは早い。恐ろしいほどに早い。まるで浦島太郎のような気がしてくる。そして、やっぱり後継番組よりも前の方が相性が良かった。


**

さらに、「きらクラ」の後継番組となった「かけクラ」(正式名称は「×(かける)クラシック」。最近はなんでも縮めるのだ。なんだかなあ***)に対する感想も変わらなかったのですが、その5回目だったかを聴いているうちに、なかなか面白いと思うことがあったのです。

その日は、「かけるロック」という題で、ロックかけるクラシック、クラシックとロックの関係がテーマ。

聴いているうちに気づいた、と言うか気づかされたのだ。まず音楽があって、時代の気分やテクノロジー等々の影響こそあれ、音楽は音楽。ジャンルは便宜的なもの。時代によって、あるいは作曲家や演奏者によって、その表現の仕方がそれぞれ違うだけ。そういう気がしてきた。おまけに、その気になって聴いてみると、クラシックの中にもロックっぽさを感じる曲が結構ある。その後にたまたま聴いたヘンデルにさえも、そういう部分がある気がした(ま、ヴィヴァルディやバッハがそうだとするなら、全く不思議ではないわけですが)。

いい音楽とそうでない音楽、というか好きな音楽と受け入れにくい音楽があるってことか、と今更ながら思った次第でした。


* いくら何でもと思ってWikipediaをみると、「日曜喫茶室」は2007年3月までは、毎週日曜日に放送されていた。2007年4月からは「トーキング ウィズ 松尾堂」が始まったために、2008年4月からは毎月最終週だけになった。はかま満緒がなくなった後の過去の放送の再編集版分も含めて2017年3月まで、ということでした。
** 写真はNHKのHPから借りました。
***もう一つついでに言うと、「きらクラ」と書いた自分にちょっと腹が立った。なんでも縮めて言うことが嫌いなのに、ついこれに倣ってしまったことに腹が立つのです。


2020.06.17 夕日通信

村上RADIO、イメージのオリジナリティ


先日、と言ってもちょっと前のことだけれど(ま、僕にとっては普通のことですけど)、「村上RADIO」特別編『明るいあしたを迎えるための音楽」の放送があったことを知ったのです。かつての村上ファンとしては、聴きたい。僕は小説だけじゃなく、ポップ・ミュージックの好みも相性が良かった(僕も、ビートルズよりもビーチボーイズ派でした)。

でも、もう放送日はとっくに過ぎていて、後の祭り。聴くことは叶わなかった(これもよくあることです)。

その後、演習のZOOM会議の最後の方で、これを聴いたというヨコヤマ先生が「とても良かったですよ、さすが村上春樹」、「選曲がよかった」などと褒めたのでした。

うーむ。「でも、村上春樹の声は、イメージと全然違うよね」と、一度だけ聞いたことのあった僕は、選曲とは関係のないどうでもいいことを口走るしかなかった。聴きたかったなあ。


*

聞き逃しサービスのことを思い出して、調べて見たけれど見つからず、ようやくテキスト版があったので、早速プリントアウトしてみた。そしてそのタイトルを眺めると、確かに、名曲揃い。……。ちょっと書き出してみようか。

まずは、モダン・フォーク・カルテットの”LOOK FOR THE SILVER LINING”。うーむ、これはいきなり、覚えがない。次は、スプリングスティーンの”Waitin' On A Sunny Day”。スプリングスティーンはよく聴いたけど。”Raindrops Keep Falling On My Head”。映画「明日に向かって撃て」の主題歌。アイズリー・ブラザースとバートバカラックの組み合わせは知らない。続いて、”Here Comes the Sun”/ニーナ・シモン。”You've Got A Friend”/キャロル・キング。似たようなものはたくさんあるけど、やっぱりいいですねえ。さらに、”Over the Rainbow”/エラ・フィッツジェラルド。”Sun Is Shining”/ボブ・マーリー、”What A Wonderful World”/ルイ・アームストロング。”Happy Birthday Sweet Darling”/ケイト・テイラー。”Smile”/エリック・クラプトン。”My Favorite Things Featuring Kathleen Battle”/アル・ジャロウとキャスリーン・バトル。”She Wore a Yellow Ribbon”/小野リサ。”Happy Talk”/ナンシー・ウィルソンとキャノンボール・アダレイ。”They Can't Take That Away From Me”/ブライアン・ウィルソン。”Put on a Happy Face”/トニー・ベネット。もう一度、”Over the Rainbow”/フレッド・ローリー。”We’ll Meet Again”/ペギー・リー。”君がみ声に我が心開く(Mon coeur s'ouvre à ta voix)”/ジークリット・オネーギン。そして、クロージングは、”What the World Needs Now Is Love”/ウェイウェイ・ウー。以上、全19曲。

曲名とこれを歌っている歌手を含めて同じもののレコードはもちろん、CDを含めてもほとんど持っていないものばかり。曲は知っているけれど、歌っている歌手が違うというのも多いし、全く知らないものもいくつかありました。それほど年が離れているわけではないけれど、案外慣れ親しんでいたものは違うものなのだね。

で、思ったこと。

確かにいいかもしれない。いい気がする。

しかし、ちょっと悔し紛れ、いやへそ曲がりというだけかもしれないないけれど、気になることがあった。何かというと、そのほとんどすべてが、曲のタイトルから連想されるものからの選曲のような気がしたこと。何しろ、レコードファンとして知られる村上春樹の選曲の割りには当たり前すぎるのではないか。ま、ダメな選曲というのは、例えば映画「ラブ・アクチュアリー」の結婚式の時のDJのように、たくさんありそうだけれど(ベイシティ・ローラーズは悪くなかった)。

それから、ふと気づいた。もしかしたらこのことは、名曲はタイトルと歌の内容が不可分になっている証し、ではあるまいかと思ったのです。

村上センセイ、ごめんなさい。

PS.でもその語り口を聞いてみると、世界の村上と言えども、時代の影響は逃れらないのだな、同世代の人なのだなあ、という思いを強くした次第。もはや「老成する」ことから切り離されてしまった時代なのだ、という気がしたのです。


*画像は、FM東京のHPから借りました。アルバムを印刷してみたのですが、ファイルサイズがバラバラなのか、画面とは同じようにはいかなかった。東京FMのスタッフの皆さんも、やっぱりそんな暇はないのだね(まあいいけど)。


2020.06.15 夕日通信

言葉の威力


何の番組だったかFMラジオをつけていた時に聞こえてきたのが、「ダニー・ボーイ」。かつて、よく耳にしたことのある歌。いかにもノスタルジーを感じさせるメロディは、「ロンドンデリーの歌」としても知られる。元はと言えば古いアイルランド民謡のものらしい。

19世紀半ば頃のアイルランドの大飢饉を逃れて大勢の人々が目指したアメリカで、歌詞がつけられ、ビング・クロスビーが歌って大ヒットしたという。

大ヒットは、言葉があってこそという面も大きかったのに違いない。言葉によってわかりやすく表された思いと、メロディの持つ性質が相まって、そこに込められた思いを共有することになったのではあるまいか。

言葉の威力、あるいは魔力か。

古来、言葉は時に、人を死に至らしめるほどの影響を与えることさえあった。特に、昨今のネット上の出来事は痛ましい。

一方、言葉なしだからこそ想像力を刺激し、感性に訴えるかけるものもある。例えば、絵画。器楽曲。

なんでも、一律に決められないということだろうか。

でも、それらの大部分は、題名がつけられている(たまに、無題というタイトルがつけられていることもありますが、これってどういうことなのだろうね?)。




よく知られたものでは、ベートーヴェンの「運命」がある。この呼び名は、ベートーヴェンが弟子の「冒頭の4つの音は何を示すのか」という問いに対し、「このように運命は扉をたたく」と答えたことに基づくという。信ぴょう性は怪しいらしいけれど。名前のついたものは、他にもある。「英雄」、「田園」「エリーゼのために」、「月光」あるいは「熱情」や「悲愴」等々(おや、皆ベートーヴェンのもの、めったに聴かないものばかり)。もちろん、ベートーヴェンのものに限らない。そして、こうした曲に付けられた題名は本人がつけたものばかりではない。誰がつけたかはともかくも、こうした名前のついたものの方が断然人気があるのは事実らしいのだ。

そういえば、生まれた子供に名前をつけるのに随分と考えるという話もよく聞く。「猫に名前をつけるのはむづかしい」、というエリオットの言葉もある。

ともあれ、親しみやすさ、覚えやすさ、何よりイメージのもたらす力が大ということの証明。でもいいことばかりではない。聴(聞)く方、あるいは観る方に予断を与えてしまう。その功罪はひとまず置くとして、題名の力、すなわち言葉の持つ力がいかに強力か、ということがよくわかる。ゆめゆめ、「タイトル」を侮ることなかれ(あ、僕のタイトルの出来とは関係なしにです)。

それにしても、アイルランドやスコットランドの旋律はなぜか心に深く染みるのだよ。


2020.06.13 夕日通信

チーフタンズ


最近はめったにポピュラー・ミュージックを聞かなくなったのは、先回書いたとおりです。新型コロナウィルスの流行以来、とくに気が塞ぐようなことが多くなった今、過剰さや過激さが疲れるような気がしてしまうのかもしれません。それでも、ラジオは時々つけているのですが。




そんな中で、たまに聴くのはチーフタンズとヴァン・モリソンの「アイリッシュ・ビート」。耳に馴染んだケルトっぽさ満載。スコットランドやアイルランドのメロディは、かつて夏目漱石を慰めたように、われわれの多くが昔から、小さい頃から親しんでいますね。その一方で、日本語の歌と違って、言葉の意味に捉われ過ぎることがない(と思うのは、耳の悪い僕だけ?)

たぶん、このせいと、うんと昔にたまたま隣り合わせた、母親を見舞いに帰省するという親切なアイルランド出身の若者が「チーフタンズはアイルランドの宝」、と言ったか「スペシャルだ」と言ったかしたことを思い出すせいかもしれません。

僕は記憶力がすこぶる悪くて、とりわけ大学生の頃までのことはほとんど覚えていないのです(いくらなんでも友人たちの顔を忘れることはないけれど、彼らと何をしたかということはほぼ忘れている)。しかし、それでもこうした良い思い出のようなものが、あんがい、われわれにとって大切なのに違いない。と、いう気がします。

そんなこともあってか、このところは程よく枯れたポップスまたはロック歌手の誰かが、アイルランドやらスコットランドの古い唄を歌ったCDを作ってくれないものか、と願っているのですが、なかなか出ませんね。日本の歌にそういう思いを持ちにくいのは、日本語の歌詞が善かれ悪しかれ直接的に入ってくるせいがあるのかもしれません。

またしても、なんだかどうでもいいようなことを書きました……。ま、このことを言いはじめればなんにも書けない、というか書くことがない。何と言っても、近況報告の手紙のようなものですから、勘弁してください。

どうぞ、くれぐれも気をつけてお過ごしください。


2020.06.11 夕日通信

容れ物としての私、または 10数種類のCD


僕は色々なジャンルの音楽を聴きます(本当は、自分で演奏すると言いたいところですが。残念。近々始めることにしよう)。このところは、クラシックを聴くことが多い。自然に、ロックや、ジャズを聴くことがうんと少なくなった(しばらく前には、またジャズのCDを買い直していたのに)。

と言って、別に気取っているわけではないのです。クラシック音楽を聴く時だって、叙情性に惹かれる。有り体に言えば、感覚的に受けとっているだけのような気がします(と言って、内省的に過ぎるのもちょっと困る気がするけれど)。

例えば、モーツァルトのピアノコンチェルト21番の第2楽章*とか、シューベルトの9番や即興曲集とか、あるいは、バッハのゴルトベルク**だって。いわゆる大衆的人気のあるものばかり。

加えて、ドヴォルザークが好きなのです。




夕暮れになると、9番やら8番を、そして時に7番も、聴きたくなる。メランコリック。ふだんクラシックを聴かない人だって、8番の第3楽章や9番の第 2楽章の冒頭は必ず耳にしたことがあるはず。特に後者は「家路」の名前で知られてますね。ことほど左様に、感覚的というか情緒的な聴き方をしているのです。同じ曲のCDやレコードが何枚もある。こないだちょっと出して見たら、9番だけで10数枚あった。これ以外にも、つい最近聞いていたはずのもので見当たらないものがいくつかあるし(最近はこういうことがよくある)、レコードも含めるとまあ結構な数ではある。他の曲でも同じようなことがあります。

そのうちに、こういうところがだめなのだという気がしてきた。すなわち、収集癖があるけれど、完全ではない。というか、徹底できない、中途半端(ある種、必然的ですが)。とするならば、数は少なくとも、もっと聴き込む方がよい。かつて、黒田恭一は、好きな曲の好きな演奏のCDは買わない。知らない曲を買う方がよいと書いていた(この当時は、今よりうんと高かった。レコードが2800円、CDはだいたい3200円とある。もちろん、インターネット配信などはなかった)。なんども聴くうちに好きになって、新しい世界が広がるというわけです。

それはともかくも、このドヴォルザークの音楽を認めていた(たぶん)、僕の好きな指揮者のジュリーニに励まされるのです。

彼は、自身が優れた音楽であると認めたもの以外は録音しなかった(らしい)。例えば、シューマンの交響曲は第3番「ライン」だけで、大人気の第1番「春」は録音することがなかった。つまり、商業的であるよりも音楽的だったということでしょう(おまけに、インタビューやDVDで見る限り、その振る舞いはずいぶんとエレガントだった)。その彼が、ドヴォルザークに関しては、7・8・9番特に後の2つは何回も録音を残しているのだ(だからと言って、僕が彼と同じように良さを理解をしているかというと、これはまた別の話ですが)。一方、ほぼ同世代のカリスマ、カラヤンは請われれば、コンサートでは絶対に演奏しない曲でもレコーディングしたらしい。でも、これはきっとクラシック音楽の普及を考えてのことかもしれません。

ところで、当のドヴォルザークは、「スラブ舞曲」が人気となった当初は、大衆受けする音楽より芸術性の高い音楽に取り組みたいと思っていたということのようですが。

こんなふうに辿ってみると、僕自身はいつまでたっても受け取るだけ。しかも小さな容器にすぎず、自分自身はほとんど空っぽのまま、感覚的な対応にとどまっているのだ。とても残念なことだけれど。同じ容れ物でも、お手本となる歌集をしっかり我がものとし、生活の規範としたという源氏物語の中の貴族たちのように、徹底できるのならよほどましというものだけれど。




こんなことをぼんやりと考えていたところ、届いた夕刊に「なんでそんなことができないの」(耳が痛いです)と題された記事が載っているのを見つけた。読んでみると、「何にもできないこと」を武器にして、「何にもしない自分」をレンタルするサービスを始めたというものだったのでした。

なるほど。ただ、そうなりたいのかと言うと、……。第一、僕自身はそうした才覚も、徹底もないのだ。そこで仕方なく、また「(これから)どうなるのだろう」と独り言ちるしかなかったのでした(半ば他人事みたいなところが、問題)。


* これはスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」で使われたことで有名になった(らしい)。うんと昔観て、DVDを探してみたのだけれど、廃盤のようで中古品は恐ろしく高い。
** これもよく耳にします。例えば、あのビフォア3部作の最初の作品「ビフォア・サンライズー恋人たちの距離(ディスタンス)」でも使われています。


2020.06.07 夕日通信

家の庭はバルセロナ(か?)


これは、一部の人には少し話したことだけれど。

この間アパートの前庭の草が刈り取られてから、時々小鳥が来るようになった。
そして、その鳥なのかどうかはわからないけれど、窓越しに耳に入ってきた鳥の鳴き声が、ピース、ピースと聞こえたのでした。

お、ここはバルセロナか、はたまたカタルーニャ地方の何処かなのか。それとも、カタルーニャの鳥たちがここまでやってきたのだろうか。


*

というのは、20世紀最大のチェリストだったパブロ・カザルスが94歳の時、1971年の国連での演奏会において、「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴くのです」と言って、カタルーニャ民謡の「鳥の歌」を演奏したというエピソードを思い出したため。

ああ、鳥は、好きなところへ飛んでいけるのだ、と思った。大西洋を渡る時、ロッド・スチュワートも「I am flying, I am flying like a bird」と歌っていたのではあるまいか。

でもよく考えたら、彼は、鳥が飛ぶことをいうだけで、どこまでも飛んでいけるということじゃないのだね。

む!?。とすればやっぱり、つかの間ここがバルセロナだったってことなのか……!?

ともかくもはっきりしていることは、どうやら人間は鳥にも劣るらしいってことかもしれません。

* 鳥は写真を撮ろうと近づくとすぐに飛び去ってしまうから、写真に収めるのはなかなか至難の技です。そこで、カザルスのCD「鳥の歌-ホワイトハウス・コンサート」(1961年)のジャケット写真で我慢してください。


2020.06.01 夕日通信

ジャズのようなバッハ


朝、ちょっと早起きしたときのこと。

FM放送をつけたら、ジャズのような音楽が流れてきた。

あれ、確か「バッハの平均律」ということではなかったのか。それで、目が覚めました。ひょっとして、ジャズバージョンか(ジャック・ルーシェ、あるいはオイゲン・キケロのような)?もしかしたら、チェンバロの響きのせいか。その後のナレーションで、紛れもなくバッハそのもの、古楽器のトン・コープマンの演奏による「平均律第2巻」と分かった。

僕は、うかつにも第2巻は、レコードやCDはあるのにほとんど聴くことがなかった。しかも、たいていは第1巻の、しかも1枚目を聴くことが多かった(CDの2枚組で1枚分の厚みしかないケース入りのものはスペースファクターはいいけれど、開けにくいのでつい遠ざけてしまうのです。責任転嫁はいけませんが)。




それから、グルダのピアノで確かめたら、第2巻のはじめのいくつかはやっぱりジャズっぽい*と思った。ヴィヴァルディの「四季」はロックだと言った人がいたけれど、それに負けず劣らず、バッハの一部はジャズ的な要素を含んでいる(ような気がする)。

少し前には、ジャズ・ヴォーカルとポピュラー・シンガーの区別がわからないというようなことを書いた**のに、変なのですが。

何がジャズを感じさせたのか。僕は音楽理論を知らないので、本当のところはわからないのですが、短い音と長い音、あるいは小さな音と大きな音の連なり方のせいか、装飾的な感じや揺れの感覚というようなものが生まれて、溌剌として弾む推進力、感情の発露、自由さや即興性(のようなもの)を感じさせるのではあるまいか、と思った次第でした。第1巻は、そうでもないのはなぜだろう。面白いね。

ま、音楽はもともとクラシックもジャズもない、ただ音楽があるということなのだろうか。

* 演習の打ち合わせ(ZOOM会議!)で、ジャズに詳しいヨコヤマ先生にこのことを話したら、マルサリス兄弟の父親のピアニストで、つい先日亡くなったエリス・マルサリスが、「バッハはジャズだ」というようなことを言っているらしい。ま、当然といえば当然。昔からバッハとジャズは親しかった。バッハをジャズらしくアレンジした演奏はもちろん、ジャズピアニストがことさらジャズ風を主張せずに弾いたものもある。バッハを手持ちの本をちょっと見たところでは、ジャズとの関連に触れた記述がなかったのに(クラシック関連の本だから、当然かもしれません)。
グルダはジャズに関心を持ったピアニストですが、このことは「平均律」の演奏とは関係ないと思います。それでもちょっと残念な気がするので(本を読むのは他の人と同じことを書かないため、と言う梅棹先生の意見には逆行するけれど)、せっかくだから書いておくことにしようと思います。
** note : FY+W, Design Studio https://note.com/fyw/n/n9753fbd92251


2020.05.27 夕日通信

もう一つの不思議


最近は、コロナ禍のことのほかにも、ささやかなことだけれどもいろいろと気になることがあるのです。で、もうひとつ。

時々に、口をついて出てくる歌がある、のです。

https://youtu.be/sj75Lr0XwR0

何かといえば、卒業式など、折々に歌われた賛美歌。「父、御子、御霊の大御神に、……」。僕は、もちろんクリスチャンではないし、信仰心があるわけでない。とくに、今の状況では……。

初めて勤めた職場がミッション系の学校だったので、確かに耳にする機会はよくあったのです。でも、三つ子の魂百までというのには、もはやいささか歳を取り過ぎていた(と言わざるを得ません。たぶん、その10倍くらいには)。

しかも、最初はなじめずに戸惑うばかりで、歌うことはとてもできなかった。そして、時間が経って慣れてきても、やっぱり歌うことができなかった。そもそも、人前で歌うという経験がなかったのです。それで、その度に口パクでごまかしていました。ま、取り立ててひどい音痴ではないと思うけれど、と言ってもちろん上手いわけじゃない。だから、人前で歌うなんて言語道断、思いもよらなかったのです。

しかも、それを聞く時は、必ずしも楽しい時、めでたい時ばかりではなかったのです。むしろ気が重くなるような場面が少なからずあった。例えば、毎年夏休みの終わり頃に2泊3日の予定で全学生、全教職員が天城の施設で過ごす行事が開催されていました(今となれば、これも懐かしい想い出だけれど)。この時は、毎日朝から晩までびっしりと行事が組まれ、その中に何回か説教と賛美歌があったのではあるまいか。

それなのにどうしたことか、……。いまでもやっぱり人前で歌うことはないのに、ふとしたはずみで、口をついて出てくる。

やっぱり、年を取ったということ、知らないうちに過去を懐かしむようになったということなのだろうか。それとも、もしかしたら三十男の魂百までということもあるのか(ま、百までは生きないだろうけれどね)。

ちょっと不思議。


2020.05.25 夕日通信

ステイホームの謎


謎、というか変じゃありませんか。

安藤忠雄の番組だったか、テレビを眺めていた時に、最後に「ステイホーム」の文字が出た。僕はこれって何、って思ったのでした。

今の状況下では、「できるだけ家にいよう」というメッセージに対しては、異論はないのです。というか、むしろそうする方がいいのだろうと思います。

でも、これを呼びかける時に発せられる言葉や、添えられる言葉「ステイホーム」、これに違和感を持つのです。なぜ英語(しかもカタカナ)でなくてはいけないのか。「家にいよう」あるいは「家で過ごしましょう」というのではダメなのか。その理由は何。


*

試みに「ステイホーム」の画像を検索してみると、たくさん出てきます。そして、アルファベット表記、すなわち英語が断然多いのだ(中には、日本語で、家にいようといった文字が添えられているものもあった)。一方「家にいよう」の類いは、キャンペーン用の画像はうんと少ない。ここでも多いのは英語(こちらが主です)と併記、または英語のみのものも出てくる。一体、誰に伝えようとしているのだろう。

でも、こうしたことは昔からあることで、他にも目につきますね。今更言うことでもないのかもしれない。もしかしたら、日本人の英語力は格段に進歩したってことか。だったら、めでたいことです。喜んで祝いましょう。

同じく、「ソーシャルディスタンス」というのも気になるけれど、「社会的距離」、これは正しいのか。でもぴんとこない。車間距離に倣えば人間距離となりますが、これではまずいので、人と人の距離、あるいは対人距離とか。すぐには思いつきませんが、何れにしても当たり前の日本語を使えばいいのにと思う。

もう一つ付け加えるなら、ちょっとコロナ禍ハイみたいになっているのではないかと思うこともあった。

このところ、変なことが多くなった気がします。

* 東京都HP https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/diary/news/stay_home.html


2020.05.23 夕日通信

スッキリと密生の間


はじめに、すっきり(したこと)について。

ある朝、窓を開けて驚いた。前日まで、勢いよく茂っていた草がすっかり刈り取られていたのだ。今までは、何ヶ月もほったらかしで、伸び放題でベランダまで侵入するくらいになってようやく刈り取ってくれていたのではないかという気がするけれど、そうでもなかったのか。ともあれ、気分がいい。大家さんに感謝。時々、小鳥もやってくるようになった。でも、今年はサツキだったかツツジだったか忘れたが、これが見当たらなかったのはどうしたことだろう。




できれば、ここを戸外生活の場と使えたらいいのだけれど。ベランダからは手すりを跨がないと無理だし、おまけに、高さの差も結構ある。ここに出ようとすれば、一旦玄関から外に出て、フェンスの僅かな隙間をすり抜けるしかないのだ(ごくたまに草刈りのための職人さん以外に、なぜか、使うことを全く想定していなかったのに違いない)。




一方、これと逆なのがキャンパスの中庭。普段は大勢の学生に踏み潰されていて見ることがなかったクローバーが、今年は白い小さな花をつけて、地表を柔らかく覆っているのだ。周りの木々もいよいよ緑翳を濃くして、そのコントラストが際立って、美しい。

しかし、その分寂しさも増すようなのだ。

一方、数日経ってベランダの前の庭を見ると、もう草があちらこちらに茎と葉を伸ばし始めている。生命力のなんと強いことか。普段は自然と対立することが多いけれど、我々もその一部だということを思い出せばよいのだ、と気づいた。


2020.05.19 夕日通信

久しぶりに、ラブコメ

ラブコメ、あるいはロマコメ。言わずと知れた、映画のジャンルの一つ。ロマンスとコメディの合体したものですが、大抵軽くみられているようだ。映画好きに「どんな映画が好きかと問われて、「実は、ラブコメが好き」なんて答えようものなら、もう相手にしてもらえない。ただの娯楽映画じゃないか、と言うのだね。

だいたい、そういう人が好むのは、文学的、哲学的な思想を含んだものや、実験的な試みが明確なもの。文芸大作といったもののようだ。その理由はと言えば、それらは人間の本質をついたものだから、映画とは何かを問うものだから、すなわち芸術作品、ということになるのではあるまいか。

もちろん、時に、あるいはしばしばそういうことがあるだろう、と思う。

しかし、僕にとって映画はまず楽しみのために観るものなのだ。だから、そこで使われた手法やそれが新しく発明された技法なのかどうかにはさほど関心がない。次に、強いていえば自身のありようを確認するための物差しということがある。そうした意味では、ラブコメは格好のジャンルなのだ。

ロマンス、誰かを好きになるというのはほとんど例外なく、人間ならば誰にでもあることではないか。すなわち、最も普遍的なテーマの一つなのだ。当然、そこには人々の思いや生き方や暮らし方があらわれる。そして、何か普遍的なこと、心に響くことは、必ずしもしかつめらしい表情で語られたものばかりではないはず。モーツァルトは、「音楽は決して耳ざわりであってはならない。むしろ耳を満足させ楽しみを与える、つまり常に「音楽」でなくてはならない」と言ったそうだけれど。

映画も同じではあるまいか。

ラブロマンスもコメディも大作映画、実験映画に比べて一段低く見られがちだけれど、そうではないことはそれぞれにいくつもの名作があることが証明している。当然この2つが組み合わさった時においても。そして、マニアックな映画好きの中にも、たぶん多くはないかもしれないけれど、実はラブコメが好きという人が存在していることを知っている。

もう一つ、映画は現実の自分と違った世界を見るための装置、と言えるのではあるまいか。憧れることが、生きる力となる。そういう意味では、ラブコメは僕自身にとっても、最も大事なジャンルの映画かもしれないという気がするのだ。

しかも、その時々の風俗、流行もしっかりと入っていて、観ていて楽しいのだ。


*

で、こないだ観たのは、最もラブコメらしくないラブコメ。「アンコール!!」。主演は、テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレーヴ。ちょっと変わったコーラスのグループで歌うことを楽しみにしていた妻。歌うことをしようとしない夫。やがて、妻は癌の再発を告知され、歌うこともままならなくなる。最後に歌ったのは、シンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」。「あなたの本当の色が見える。私はあなたを愛しているから」。妻が夫に伝えようとして歌った。父と息子の和解の物語でもある。音楽映画であると同時に、立派にラブコメでもある。ちょっと「ブラス!」と似ているところがある(もしかしたら、リメイクと言っていいかもしれないくらい)。

で、この映画が公開された時のテレンスは73歳、ヴァネッサは75歳。すなわち、年寄りのラブコメなのだ。年を重ねた彼女のラブコメ、というかファンタジー映画には、その少し前の「ジュリエットからの手紙」というのもある。こちらは年取った世代と若い世代の2組が関わるちょっと複雑な構造(と言うと大げさだけど)。さらにラブコメ的かも。ヴァネッサがより素敵に見えます。一方、テレンス・スタンプの枯れ方、というか年の取り方は羨ましい。「ジュリエットからの手紙」のフランコ・ネロも然り(ヴァネッサの何度目かの夫でもある)。こうしたお手本がたくさん存在していることを、映画は教えてくれる。

センチメンタルといえば、そうに違いない。でも、悪くない感傷、品がよくて、決してベタベタしすぎない。たぶん、人はリアリズムだけでは生きていけない。ファンタジーが不可欠なのだと思うのだ。そして、それはきっと、年には関係ないのだろうという気がする。

いつだって僕らは、「ラブコメ」を必要としているのではあるまいか。

* 写真は映画データベースサイトのIMDbから借りたものを加工しました。
https://www.imdb.com/title/tt1047011/


2020.05.10 夕日通信

小人閑居するのこと、または午後3時の誘惑

大変な状況がいまだに続いていて、依然として先が見えません。

皆さんは、毎日をどのように過ごしているのだろうか。お元気ですか。

僕は基本的に、毎日職場に出かけます(時々、休むけれど)。

外出自粛が言われる時に、と思うかも知れませんが、人と会うことはほとんどないのです。移動は車だし、さほど時間もかからない。おまけに、職場にはたいてい人はいないのだから。

それでも、ヒゲは剃るし、きちんと歯も磨いて出かけます。だけど、さすがにネクタイは締めません。リタイアした後も毎日きちんと髭を剃り、ネクタイを締めると言うロバート・デニーロのようにはいかないのがちょっと残念。少しばかり憧れないわけでもないけれど(もちろん、映画「マイ・インターンの中の彼のことですが)。ついでに言うと、アル・パチーノは、昼間から大きなグラスにウィスキーをたっぷりと注ぐ(こちらは、「セント・オブ・ウーマン」)。

なぜそうするのか。と言えば、たぶん僕が怠け者、それも筋金入り、その方面の遺伝子もしっかり受け継いでいるせいだから、と思う。

そして、出かけて一体何をするのかと言えば、これまた残念ながら大したことはしないようなのです。

まず、お湯を沸かすために電気ポットに水を満たして(その前に、窓を開けることもある)、電源を入れる。次いで、真空管アンプとCDプレイヤーの電源ボタンを押し、CDを選ぶ(たいていワンパターンなのだけれど、迷い始めると長くなったりすることがある)。それから、コーヒー豆を挽き、ゆっくり淹れる。そして、さらにゆっくりと時間をかけて飲むと言いたいのですが、案外早く飲んでしまうのはどうしてだろう。やっぱり、余裕がないということなのかね。

それから、パソコンを立ち上げてメールのチェックをし、必要があれば返信する。でも、このところの状況のせいか、行き交うメールの数がすごいのだよ(しかも、ほとんどが仕事に関係ありそうです。もはや、遅れをとっていそうです)。皆、家にいながらもしっかり仕事をしているってことなのか(偉いなあ。僕には到底無理)。

その後、ちょっと授業の準備なんかをする。とはいうものの、正直なところ、結構大変(オンライン授業でやるということになって、これまでと同じようにはいかないことがいろいろと多いのです。そうそう、このための資料も職場にあるというのも、出てくる理由の一つです)。

それから、お昼ご飯の用意をして、食べる。これもあっという間です(おまけに、準備と食べる時間のバランスは相当悪い)。

さらに、もうしばらくは仕事をしたり(時々オンラインでZOOMの勉強会などもある)、その他たまにはこうしてHPをアップしたりするのだけれど、午後3時近くになるともう帰ろうかと言う気になる。早く家に帰ったところで、大して変わり栄えはしないのに。なぜか、そんな気になるのです。それに、この時間帯にスクリーンを降ろして映画を観るというのは、いくら他に人がいないと言っても、なんとなく憚られるのです(この辺りが、気が小さいね)。

で、片付けをして、さっさと帰途につく。

帰ったら何をしているかというと、職場と同じようなこと(ちょっとした書き物とか)をしたり、CDをセットして、まだ明るい外の景色を眺めながら早めのビールとかに走る。そして、夕ご飯が済むと映画を見たりするのだけれど、これが案外見慣れたものを選んだりするのだよ。

こうして書いていても、なんだか本当につまらない暮らしぶりという気がしてくる。しかも、これに意味を与える努力をするでもなく、いやこれでいいのだと言い切る気力もないのが、我ながら残念。


*

例えばこの間のある日は、「星降る夜のリストランテ」を観た。ローマのあるレストランでの一夜を描いたもの。冒頭はシェフが誕生祝いのケーキを作っている。いろいろなことがまだ分化し過ぎない良き時代の話。たくさんのお客が入ってくるけれど、ことさら言うほどのドラマチックな事件は起きない。そして、騒々しいと言いたいくらいに賑やかだけれど、一方で不思議に静かな映画でもある。それはたぶん、それぞれが抱えた孤独のせいに違いない。

狂言回し的な役回りの老詩人が渋いのでちょっと調べてみたら、ヴィットリオ・ガスマンという人。「シャーキーズ・マシン」の犯罪組織のボス役だった(ま、面影はある。演じた時の年齢も16・7歳ほども違うしね。それに役柄のせいもあるけれど、年の取り方の参考になりそうです)。

で、なぜわざわざ不要不急、取り立てて必要のなさそうな職場へ通うのか、ということについてですが、ちょっと考えた。改めて言うほどのことはもちろんないのだけれど、それが日常だからというのではない。むしろ、その逆で、日常に倦んでいるからという気がするのです。

僕がうんと若かった頃愛読した庄司薫の「赤頭巾ちゃん」シリーズの中で、「逃げて逃げて逃げまくれ」というような言葉がありました。すなわち、余計なことには首を突っ込まないで、本当に大事なことだけに精進しろということだと思いますが、韜晦も含んでいるに違いない。たぶん、これは相当な達人だからこそ言える言葉のような気がします。

だから、真に受けてはいけない。他ならぬダレカサンのようになります。

ついでに付け加えておくなら、この間亡くなった坪内祐三は新潮文庫で復刊された「僕の大好きな青髭」の解説の中で、「同じテーマと構造を持つ『IQ 84』より〈中略〉ずっと純文学的な完成度が高いことを確認した」、と言っています。ま(あんまりいなそうだけれど)、興味と関心のある人はどうぞ。

* 写真は映画データベースサイトのIMDbから借りたものを加工しました。
https://www.imdb.com/title/tt0140603/?ref_=fn_tt_tt_3


2020.05. 01 夕日通信

空っぽの春



あたりは、もうすっかり春。日も長くなった。
いつものように、中庭には明るい春の光が満ちている。




そこにないのは、主役である学生の姿。
うるさく感じる時もあるけれど、いないと寂しい。




花を落としてやや侘しげだった桜の木は、いつの間にか艶やかな緑に輝く葉をつけている。
やがてまた、賑やかさで満たされる時がくるに違いない。


2020.04. 26 夕日通信

速報・桜便り4(最終便)



今年の桜も終わり。もはや花びらはすっかり落ちて、枝にはわずかしか残っていない。
咲くものは散る。生命あるものには、限りがある。

新型コロナが、一刻も早く終焉することを願うばかり。


2020.04.09 夕日通信

速報・桜便り3



中庭のヤマザクラはもう終わり。すっかり花がなくなり、葉桜になった。
真ん中あたりのオオシマザクラと手前のソメイヨシノは、まだ花をつけている。




正門の桜は、しばらく天気が悪く寒かったせいか、まだ満開に近いくらい。

4月に入って、新社会人となった彼ら、彼女らはどうしているだろうか。


2020.04.03 夕日通信

「週末ときどき映画館」構想

構想というよりは、夢想、妄想の類ですが。

ゼミ室の片付けの途中、映画を観る、と言うか月に1回か2回くらい、関心のある学生に例えば建築家やインテリアのおもしろいラブコメ等の映像を見せて、ゲストとともに語ろうという、以前に考えていた企画を思い出し、実践してみようかという気になったのです。




そのためには、室内を暗くしなければならない。でも暗幕はないので、とりあえずハイサイドライトを塞ぐことにし、ミースとコルビュジエの力を借りることにした(と言ったって、板ダンに写真を貼っただけ)。あとは、ちょっと不足だけれど、ブラインドで我慢するしかない*。

一方、室内と廊下と隔てるドアにも大きなガラスが嵌め込まれている。




で、このガラスを塞ぐだけではつまらないので、上映中の掲示をすることを考えた。暇ですねえと言われたらそれまでですが、これも、あの孔子が教えるところの、「頭の中の地獄」から逃れるための方法の一つなのだよ。考えようによっては、今は時間もある。そこで、手元にあった薄いダンボール板とスチレンボードの端材を使って即席のものを拵えた。

となると、やっぱり何かを観たくなる。残念ながら、遮光は十分とは言えないが、なんとか観ることができる程度ではあるようだ。さて、何を観るか。気持ちをほのぼのと暖かくしてくれるもの、あるいはぽっと温めてくれるもの。笑わせてくれるもの。スカッとさせてくれるもの。熱くしてくれるもの。

まずは好きな映画ベストから、「男と女」、「冒険者たち」、「アメリカの夜」。残念ながら、いずれも手元にはなかった、自宅に持ち帰っていたのだ。それでは、録画してもらった「ブレードランナー2049」はどうか。長すぎる(何といっても3時間ほどもかかる)。「明日に向かって撃て」は?やっぱり、ちょっと長い。「リトルロマンス」は?手元にない。いっそ、いかにもイタリア映画らしいふざけつつもしゃれている「黄金の7人」や「踊れ!トスカーナ」はどうだ?やっぱりない。あれもダメ、これもない、なんやかんやで、結局観ることができないままに終わった。

それで家に帰って、久しぶりに「プロヴァンスの贈り物」を観ることにしたのでした。このところの落ち着きかない気分をなだめるのにちょうどいい気がしたし、ラブコメとインテリアを考えるのにも役に立つかもしれない。おまけに、自分がこれからどこに住み、どんな生活をするのかを考えるのにも。

と思ったのでしたが、しかし……。

ともあれ、ここが「Nice Space」になればいい、と願うのです。


* でも、その後、映写してみると、やっぱり暗幕を手に入れたくなった。もう少し、暗い方がよい。その方が集中できそうです。フック付きの強力なマグネットがあるから、案外簡便に取り付けることができるかもしれない。
もっと簡単にできないかと思って、試しにダンボール板をガラスとブラインドの間に挟んでみたところ、案外効果がありました。手元にあったものは2/3弱程度の大きさだけれど、それでもうんとよくなった。この時観たのは、「ロバート・ヴェンチューリ&デニス・スコット・ブラウン」。久しぶりでしたが、こちらも面白かった。


2020.04.01 夕日通信

4月!

新聞を開くと広告と一緒に、来月のカレンダーがあった。毎月月末になると、入ってくる。

ああ、……。

もう月末か。そして、もう4月なのか、という驚き。いかにも陳腐で、「なんだ」と言われそうだけれど、ついこないだ新年を迎えたばかりという気がするのに、この早さはなんということだ。このことはいつも感じることだし、周りの学生だって同じようなことを言う。しかし、今年はさらに早い。その加速ぶりが尋常ではない気がするのだよ。

おまけに、今年の4月は新型コロナウィルスの影響で、学校の行事は全て中止。授業もない。

ただ、日本でのコロナ新型騒動の発端となったダイヤモンド・プリンセス号が横浜港を50日ぶりに離れたというニュースを聞いた時は、むしろ、まだ50日だったかと思ったのだった。この違いは、いったい何なのだろう。

ともあれ、5月以降の時間は、さらに短く感じることになるに違いない。

この時間を、有効に使わなければいけないと肝に銘じる。




目下、ゼミ室の片付け中。学生たちの私物があって、なかなかスッキリとはいきません。ただ、片付けている途中に行方不明になっていた花瓶がひとつみつかり、先日もらった花を水切りをして、ようやく移し替えることができたところ。


2020.03.27 夕日通信

速報・桜便り2

24日は学位記(と正式には言うようだけれど、卒業証書のこと)の授与が、学内でありました。コロナウィルスの影響で卒業式が中止になったために、その代わりというわけ。卒業するゼミ所属の学生たちも、ひとり、また一人と、証書を手にしてやって来た。

卒業式も卒業パーティもなくなったけれど、それでも、言うまでもなく皆うれしそうだった。やや風が冷たかったものの文字通り雲一つないくらいのいい天気だったし、桜もきれいだった。(僕の時は、どうだったんだろう。全然覚えていないのです。何しろ遥か昔のことだから)。

分けても、ふだんはボソボソとかろうじて聞くことのできるほどの小さな声で話していた学生が、この日ははっきりと聞こえる声で、堂々と話したのには驚ろかされた。さらにもう一つ、感心することが。当たり前といえば至極当たり前のことですが、あることに対して彼は、きちんと対応して去って行ったのでした。

でも、めでたさは中くらい……。


光る川面

正門の桜

ほぼ満開

彼らの未来は、咲き誇る桜や、春の陽を受けて光る川面のように、輝くだろうか。


2020.03.25 夕日通信

結局、シンプルが一番だったということ

このところ、家にプリンターを設置するための台を考えていました。

机とその脇のキャスター付きの棚の間には、25ミリほどの段差がある。これにまたがって置くために、この段差をどう解消するかが問題。印刷された紙が落ちないようなスペースの確保のことも。さらには、手持ちの材料とDIYの技術のことも課題でした。

スケッチしながら、初めはベニヤ板を考えていたのだけれど、厚さ18ミリ程度の板を鋸でまっすぐに切る技術力を解消するのに板ダンを使おうと考えた。でもプリンターの足とダンボールが接する部分の強度が心もとない。ならば、薄い板を貼るか、……。

で、帰ったら、それらの材料を忘れてきたことに気づいた。それでも、取り急ぎ使いたい事情があったので、とりあえず脇の棚に直接置いてみた。と、はみ出ることなく収まった。さらにセットアップして印刷してみると、排紙受けも自動で出てきたのです。




なんのことはない。何も足さずに、ただ置けばいいのでした。

結局、やってみなくちゃわからない、ということなのか。いや、下手な考え休むに似たり、のような気がする……。

最近は、こうしたことが多い。あとから考えると実になんでもないことに気づくのに、なぜか時間がかかるのです(やれやれ)。


2020.03.24 夕日通信

速報・桜便り1

いつのまにか、春である。

うかうかしているうちに、外はもうすっかり春になったようです。

このところの世の中の慌ただしさとは関係なしに、前回に書いた後からはすっかり暖かくなって、もはや春そのもののような陽気です。コートもいらないくらいに暖かい。自転車で走っていても、顔に当たる風が気持ちがいい。

中庭を眺めていたら、何やら白いものが。

あれっと思って、近づいてみると、桜の花が咲いていたのだ。今まで気づかなかったのだけれど、いつから咲いていたのだろう(余裕がないことおびただしいね。ちょっと恥ずかぢしい)。

中庭にあるオオシマザクラ*、ヤマザクラ、ソメイヨシノの3種ともが花をつけていた。とするならばと思って、正門の近くに行ってみると、やっぱりここでも薄桃色の花が(まだ3分咲きくらいですが)。


中庭の3種の桜

ヤマザクラ

オオシマザクラ

正門のソメイヨシノ

写真は撮ってみたのですが、風が強かったので、さてうまく撮れたかどうか(結局、次の日に撮り直しました)。

今、世の中は楽しい気持ちになりにくいけれど、桜は美しい。でも、今年は梅をちゃんとみなかったな。
 

* 日本固有の桜で最も古いらしい。3種のうちで、最も咲いている花が少なかった。


2020.03.22 夕日通信

慌ただしさの中の不幸と幸福

このところの世の中の動きは、いつも以上に慌ただしい。新型コロナウィルスの感染は一向に終息する気配がないばかりか、それは益々勢いを増すようだ。

このため、一斉休校や卒業式等のイベントの中止、わけても小さな子供を持つ共働きの風の生活や経済に与えている被害は甚大のよう。この他にも、気温、その他諸々……。何があっても、不思議じゃないような雰囲気がある。これに便乗する動きも散見されて、一体どうなっていくのか。ちょっと怖くなる。

ある日は灰色の雲におおわれ、時折雪が混じるような、いかにも冬らしい天気だった。しかし、その翌日は明るい光に満たされた、春の風景が目に入ってくる。なんでもない景色がとても美しく見えて、愛おしくなる(と思うと同時に、灰色の冬の景色が懐かしくもある。これはいったいどういうことだろう)。


自宅の近所の夕景

朝の平潟湾

そんな季節外れのような陽気の日に出かけようと思って、チェックしたら……。

なんと! 打ち切りになった、と。

先日書いたばかりの「ハマスホイ展」は延期されていたのが、ついに再開されることなくそのまま中止されてしまったということなのだ。やれやれ。さて、もう一方の映画はどうなのか。

やっぱり、先延ばしはいけないね。「グラスの縁に唇をつけたら、とことん飲み干しなさい」。あとから戻って来た時には、もう残っていないかもしれないという言葉を思い出す。でも、僕は、まだ触れてもいなかったのだ。ただ、口にしようとしていただけなのだよ(とほほ)。

ま、先手必勝。チャンスは前髪をつかめ。見る前に跳べ。歩きながら考えよ。といった言葉を知らないわけではないのだけれど、本日只今のところは、先のシュニッツラーだったか、それに触発されて続けられた開高の言葉なのだったかが棘のように刺さるのだ。

そして、「釣魚大全」のアイザック・ウォルトンが引用したた聖書の中の言葉 、”Study to be quiet.”を改めて噛みしめる。

やっぱり、年を取ったのだ。このことを思うことがなかったというわけじゃないけれど、ほんの最近までついぞそんな風には思ったことはなかった。


2020.03.21 夕日通信

作家のドキュメンタリー映画

疲れた時、というか気持ちが萎えて何もする気が起きなくなった時には(これが案外ある)、様々な分野の作家たち(建築家だけでなく、例えば料理人や編集者といったの人たち)のドキュメンタリー映画を観る。

といって、彼や彼女たちと同じようになりたい ーー 例えば良い作品を作りたい、とか、多くの人に認められたい、とか ーー そういうわけではないのです。創造の秘密を知りたい、ということでもない。まあ、そうしたことがあれば、あるいは分かればいいのかもしれないけれど、それよりもすっかりぬるくなった気持ちに火をつけるために観る。もう一度やる気を取り戻すための、いわばカンフル剤です。

ともあれ、そのためには自身と同年輩かそれ以上の人のものが望ましい。自分よりも年取った人があんなにも活動的だ、前向きだ、ならば……、という具合に。それが若い人だったなら、感心はしても、なかなかそんなふうにはなりにくいような気がする(あくまで、僕の場合)。




で、今回は建築家のノーマン・フォスターを観た。彼は1935年生まれということだから、資格は十分(ニーマイヤーのものだったらなお良かったかも。何しろ90歳を超えてなお、という彼が主人公なのだ)。ところでフォスターの方は、実はもう何回か観ているのです。一度観たら、必要な時に思い出せば十分でしょうと言う人がいるかもしれない。理屈の上では確かにそのとおりだけれど、怠け者にとってはそうはいかないのだよ。おまけに、その度ごとに学ぶことがある(ただ、忘れているだけかも知れないけれど)。

例えば、「意志の力で、弱さを克服しようとしている」。まさに、見習わなければならぬべきこと。

他にも、「実用的なのに、こんなにも美しい」、というのがあった。

彼がデザインした橋を評してのナレーションの言葉。当たり前といえば、当たり前なのですが、僕らは無名の日用品が時として美しいことを知らないわけじゃないのに、そのことをつい忘れがちになる(新しくデザインされたものについては、特に)。

実用性と美しさは対立するもののように扱われがちだ。「見た目は良いけど、機能的じゃないし」とか、「とっても美しいけれど、中身がないね」とか、あるいは「内容が大事でしょ」、という具合。デザインする場合でも、一方が他方のために犠牲になるのは仕方がないこと、至極当然のことのように語られるのもよく耳にする。ま、確かにそういう例も少なからずありそうだけれど。

そしてもう一つ、服装はちゃんとしなくてはとか、スケッチはシャープペンシル(鉛筆)にしよう、とも思い定めた(と言うか、改めて決心しました。何しろ、忘れっぽい形式主義なものですから)。


2020.03.15 夕日通信

ハマスホイ展、の前

うかうかしているうちに、もはや3月も中旬に入ってしまった。新型コロナウィルス感染症の大流行で、全国一斉の休校や、はたまた卒業式の中止を決めた学校やらなにやら慌ただしい、

帰省から戻ったら出かけようと思っていた展覧会の情報を夕刊で確認しようとしたら、ちょっと変。いつもより美術館の数がうんと少ないのだ。どうしたことかと思えば、その下に「主な臨時休館」という欄があった。このことに限らず、その影響、というか被害は僕なんかが想像する以上に甚大なよう。

で目当てはと言えば、東京都美術館の「ハマスホイとデンマーク絵画」。ハマスホイにはほんのちょっとした縁があって、前回の展覧会*の時に併設されていたHPに書いたことがあった。その時はハンマースホイと記されていたが、彼のことは全く知らなかったので、送ってきたいくつかの作品(すなわち複製)を大急ぎで眺めていたら、なぜか(一見正反対ように見える)アメリカの画家エドワード・ホッパーと通じるところがあるような気がしたので、そのことについて書いた(ちょっと乱暴 !?)。




ともあれ、同じ日の紙面には、作品名「カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地」が合わせて紹介されていた。題名通り、室内を描いたもの。彼の絵はたいてい室内を描いている(というか、僕はそれ以外見た覚えがない)。

そこにあった、展覧会を企画した山口県立美術家の学芸員萬屋氏の解説によれば、近代化で失われつつあった古い文化を象徴し、「当時の人は、古い文化の残り香をハマスホイの絵を通して感じていたのでは」ということのよう。

前回の展覧会のポスターには「静かなる詩情」とのコピーが添えられており、同時に「北欧のフェルメール」という紹介のされ方だったように思う。今は、この惹句がなくても通用するようになったということだろうか。新旧の二人の画家は光の扱いや正確な構図の中に潜むふしぎの趣向が特徴的だということは共通していると思うけれど、ハマスホイのマットな質感の表現で、簡素と静謐さ、そして透明感はさらに際立っている。今回の展覧会の開催は、単にハマスホイの知名度が増したというだけでなく、物が溢れる中にあってこのところ流行している生活上のミニマリズムの追求とも通底するところがあるせいもあるように思える。

ぜひ実物を前にして確かめたいところだけれど、さて、観ることができるだろうか。おまけに、映画の方もまだ果たせていないのです。


* 国立西洋美術館 2008年(なんと……!)。ポスターに用いられている絵はなぜか今回と同じ。


2020.03.12 夕日通信

目に見えるもの、見えないもの

これまた帰省中の昼下がりのこと。

いつも以上に暇だったのは、新コロナウィルス騒動の影響。面接が禁止されているせい。

お昼ご飯を作って食べて、ラジオをつけたらどうも面白くない(おまけに電波の入りが悪いので、かろうじて聞けるのは1局だけ。選べないのです)。そこでテレビをつけてみると、マネの「オランピア」が映っている。何かと思えば、オルセーの特集番組のよう(やっぱり、新聞がないと、不便)。

そして、続いて聞こえてきたのは、「理想化されたものでない現実のものの持つ美しさをマネは描いた」というようなこと。確かに、作り物でないリアルなものを描いた絵には、ただ美しいというだけでなく、いろいろなことを考えさせる力がありそうだ(当然、作意が含まれているのだから)。


マネ 「オランピア」*

しかし、正直に言うなら、そこに現れた2つの絵では、実際に存在する女性を描いたマネ
のものではない、(すなわちリアルに描いたのではない、たぶん)マネ以前のもう一人の画家が描いた絵の中の女性の方を美しく、魅力的と思ったのだ(ま、当たり前と言えば、ごく当たり前)。これって、僕が時代遅れの感覚の持ち主だということなのか、はたまた現実を直視しないぼんやりとして暮らしてきたせいなのか。

でも、やっぱりそうしたことを考える画家もいたのだね。例えば、マネより少し後のギュスターヴ・モローは、「目に見えるもの、手に触ることのできるものを私は信じない」、「私は見えないもの、感じるものだけを信じる」**と言う。だからと言って、モローが古いというわけじゃもちろんない。

僕の場合は、マネじゃないもう一人の画家の手になるものの方が好ましいと思っただけに過ぎないのですが。蛇足めくことを、もう一つ付け加えるならば、写真の登場(すなわち19世紀初頭)以前と以降では、画家の対象に向かう態度もまた大きく変わったのに違いない。

価値観は時代とともに移り変わるが、必ずしも同時代に生きる個人のそれとは一致しない。さて、それは幸せなのか、それともそうではないのか。

暇にしていると、いろいろと気になるのです。


* 画像はウイキペディアから借りました。https://ja.wikipedia.org/wiki/オランピア_(絵画)
** 初めて知ったのは何によってだったかは忘れたけれど、たとえば『ギュスターヴ・モロー研究序説』には「私は私が触れるものも、私が見るものも信じない。ただ目に見えないもの、感じるもののみ信じる」とある。


2020.03.08 夕日通信

オー・マイ・ゴーッド!

いったいなぜ、こういうことになるのか。

いえね、図書館からの帰り道、いつもと違うところを通ってみようと思ったのです……。

暖冬とは言っても冬だから、葉がすっかり落ちて枝だけになった街路樹が行儀よく立ち並んでいる(これもなかなかいいものです)。少し進むと、ちょっと変なものが目に入ったのです。

車道沿いに植えられた、葉を落とした細い木々の向こうに、それはありました。




枝を切り落とされて、ほとんど幹だけになった少し太めの木々。その形が無残なのだ。そもそも、なぜ切らなくちゃいけなかったのか。歩道沿いだから、歩行者(場合によっては自転車も)の通行の邪魔になったということだろうか。だとしても、切り方を考えて欲しいのだ。以前、家の近所でも桜の並木が根元からバッサリと切られたことがあった(おかげで、桜はもう見ることができない)。人は、こうしたことを平気でやってしまうことがままある。

障害、あるいは危険な部分だけをうまく切ることができなかったのだろうか。ここにも効率性が優先されているという気がする。人の生活と空間の関係を考え抜いた建築家吉村順三は、暖炉の炎の形が悪いと言って薪を並べ替えた、という話を思い出したのでした。




別の日に再び眺めたら、角度によっては2本の木たちが手を広げ、天を見上げて嘆いているように見えなくもない気がしました。「オー・マイ・ゴーッド!」。


2020.03.05 夕日通信

戸建て住宅か集合住宅かを巡る話

ずいぶん前のことになるが、当時は建築家で東工大の先生でもあった坂本一成の講演を聞いた時のこと。

彼は、「皆さんは、正直なところ、集合住宅よりも1戸建ての方がいいと思っていますよね」というようなことを言ったのだった。

えっ。驚いたというよりも、そんなことを言うのかと思った。そのずっと前から、都市部では集合住宅が主流だったし、そこでどうやってコミュニティを作り出すかが問われていた。僕自身も、持ち家よりは借家を供給する方が良いと思っていたし、そのためには戸建てよりも集合住宅が有効だと信じていたのだ。

昨年末頃だったか、例によってゼミ室に集まった3人で、集合住宅がいいのか、それとも戸建てがいいかという学生の質問について話していた時に、坂本一成の話が出て、僕がその話をすると、坂本は「社会と住戸が直接つながっている1戸建て」と「間に挟まれた共用の入口ホールを介して接する集合住宅」を比較して言ったのだと教えられた。

僕は、(過度に)押し付けられたコミュニテイよりもプライバシーを保つことを擁護する発言かと思っていたのですが、そうじゃなかった。真逆の意味だったのだ。確かに、当時の一般的な気分としては、プライバシー重視に傾いていた。たぶん、彼もそのことに不満を持っていたけれど、直接的にコミュニティの重要性を説くよりも具体的な住宅に対する嗜好、願望を肯定することから始める方が、「コミュニティ」と「プライバシー」、地域との関わりについて考えるための契機とするのに有効だと考えたということなのでしょうね。まいりました。当然、彼はそのことを踏まえた集合住宅を作っていて、その時は「コモンシティ星田」が紹介されていた。


*House SA

ただ、彼自身は名作の誉れ高い「水無瀬の町家」に住んだ後に、自邸として設計した家はやっぱり独立住宅だが、開口部は大きいものの、外に対して特に積極的に関わろうとしたということでもないように見えるのだ**。

ということは、文字通り境界をなくして、見たり見られたりしながら外の社会と直に繋がるというのではなく、プライバシーも守りつつ、外を見ながらいつでも直接すぐに地域社会との出入りができることを心に留めておこうとするための仕掛け・工夫なのかもしれない。

* 写真は八王子美術館HPから借りたものを加工しました。 http://www.yumebi.com/acv53.html
** このことについて坂本自身が語った記事が掲載された雑誌を貸してもらっているけれど、訳あって未読。全然わかっていなかったということになるかも。


2020.02.27 夕日通信

週に2度目の銀座の景色

先週は2度も銀座に出かけることに。前の週の分を入れるとなんと3度目(最近では、1年分。いや半年分くらいにはなりそうだ)。

用件は、やっぱりアップルストア。修理されて戻ってきたものが、どういうわけか不調だった。充電ができなくなってしまっていたのだ。で、サポートセンターの指示に従って、アップルストアに持ち込むことになったというわけ。さらに訊けば、いちばん早く手にすることができるのは店頭での受け取りだというのだ。それで3度目。たまたま、新橋で大学の友人たちと会うことになっていた(ラッキーのような、そうでもないような)。

外出時の楽しみはと言えば、これはランチに決まっている。ただ、2度目に持ち込んだ時は後にも用事があって、時間もあんまりなかったので、デパートのレストラン街へ(当然、昼酒というわけにはいかなかった)。

そこでの眺望とサービスは素晴らしかった(老舗百貨店の誇り?)。先日のお店とは雲泥の差。




床から天井までのガラス窓の空間は、入った途端、息をのむほど。と言うのは大げさだけれど、そのくらい解放的で気持ちがよかったのだ。しかし、席に着き、落ち着いたところで改めて見るガラス越しの景色は、素晴らしいとばかりとも言えないのだ。青空や遠くまで見渡せるのは確かに気持ちがいいのだけれど、ビルの屋上が残念なのだ。たいてい、設備の室外機等の置き場と化しているのだね(その点、あの安藤建築はきちんと配慮されている)。

各企業の旗艦店として、贅を尽くして個性を競いあうビルが建ち並ぶ一方で、こうしたものを見るのは普段目にすることが少ないだけに、余計に寂しい。

頭隠して尻隠さず、というか目につくところだけを繕うようで、臥龍点睛を欠くと思うのだ。


2020.02.18 夕日通信

ことの善し悪し

2月15日は学科展の開催中に開かれた卒業生と在学生の交流会。

ずいぶん集まった。百人は超えていたよう。いろいろな卒業生と話をして、楽しかったのだけれど、こうした会につきものといえば、写真。

卒業パーテイーやら何やら、会の度ごとに、どういうわけか皆やたらと写真を撮りたがる。しかも、ほぼ映っている人間の数だけスマホやらカメラが気の毒な撮影者に渡されるのだ。分けるということはしないのか(と、思うのだ。ま、たしかに面倒だけど)。

それが、今回は写真が送られて来たのだ。集合写真は共有しなければと思って、各期の取りまとめてくれた新旧の学生たちに送ったら、今度は何枚か別の写真が送られてくるようになった(ああ、こんなこともあるのか)。で、積年の疑問は一応解けたのだけれど、ちょっと参ることが。

すなわち、自分の写った写真を立て続けに見ることになったのです。これが困った。僕は昔から写真を撮られることを好まない。というか嫌いなのですが、ますますいやになりそう。

というのは、他でもなく、そこに写った年取った顔を見るわけで、これがたまらなく嫌なのだ。思わず目を背けたくなる。僕の先生たちはみな素敵だったのに、僕自身は貧相であることを認めないわけにはいかない。自身がいかにぼんやりと暮らしてきたかという証拠を突きつけられるようなのです。


2020.02.17 夕日通信

アップルストアのあとは渋谷

アップルストアのあとは、当然ランチ。ちゃんといくつか候補を調べておいた。

で、で近くのお店へ。グルメサイトの評判も上々(この辺は、抜かりがないです。おまけに、名門料亭の出身の看板が出ていた)。

すんなり入れたのですが(なにしろ、人出が少ない)、通されたのはカウンタの一番奥から2番目の席。狭い通路を体を壁に平行にしながら進むと、目に飛び込んできたのは、流し。えっ!?うそ。そう、シンクと調理台がついたアレです。心底驚いた。僕の席と背後の壁の間には、何とシンクのユニットが置かれていたのだ(銀座のカウンター席は鬼門か)。

よほど、引き返そうかと思ったけれど、あいにく次のお客がすぐについてきたので、それも叶わなかった)。

観念して座って、注文したらさほど待つこともなくやってきたけれど、天つゆがない。ここも、塩で食べよというのか(塩は2種類置いてあった)。それで、天つゆをお願いしなければならなかった。はじめに出てきた海老は美味くて、気を取り直したのだけれど、あっという間に並べられた次からのものは油ぽくてダメだった(ま、お客は入っていたから、これでよしとする人も少なからずいるのでしょうね)。

お金に糸目はつけないという人を相手にする高級店はともかく(無縁です。ちょっと残念な気もするけれど)、ごく普通のお店は、いまや値段の安さだけが勝負できる要素なのだろうか。お客をもてなそうという気持ちはないのか。この頃の風潮かも。直前のアップルストアのサービスとの違いに驚くばかりでした。

店を出た後は気を取り直して、渋谷へ。買いたいものがあったし、観たいものがあった。何と言っても「男と女–人生最良の日々」。




めでたく、目当てのものを手に入れると、隣の映画館へ。で、驚いた。人がいっぱい並んでいたのでした。しかも、チケット売り場で訊くと、空席も残りわずかだというのだ(当然、いい席はない)。やっぱり、人はノスタルジーを必要とするのか。でも、映画館のサービスは行き届いているようでも、なんだかいい加減ですね(例えばポスターの貼り方とか)。中身が良ければ、伝わりさえすればいい、というような風潮がここにも?




それはともかく、ひとまず映画は諦めることにして(ゆっくり楽しめないというのでは嫌だから)、もう一つのお目当て「ソール・ライター展」ヘ。こちらもまあまあの入り。何年か前にもやったばかりだから、人気があるのだね。

それで気づいたこと。それは……。

僕は、持続することが大の苦手だということ。本当に感覚的でしかも刹那的な人間なのだ。持続できていることと言えば、いつまでもぼんやりと過ごすことくらい。これを根本的に変えるのは相当むづかしそうだけれど、それでもいくらかは持続するべく日々務めなければ、いけない。


2020.02.17 夕日通信

MacBook Proの帰還

ある時から、キーボード入力がうまくいかなくなった。j が打てたり打てなかったり、あるいは j の次に打ったつもりの文字が先に来てしまうようなことも。これは困った。さらに、突然(不運はいつだって突然やってくる)画面の下の方に黒い影がいくつか出るようになった。しばらくそのまま使っていたのですが、やっぱり気になる。インターネットで調べると、キーボードの不調は他にもあったようで、サポートの対象になっているものもあった。

で、思い切って修理に出す事にして、アップルストアのジーニアスバーを予約し、出かけて来た。

久しぶりの銀座は、平日のせいか案外人が少ない。アップルストアもいつもほどじゃない。これはきっと、例のコロナ・ウィルスのせいに違いない。第一外国人の姿が見当たらないのだ。そのせいか、店員の人も余裕があって、親切。

ジーニアスバーの予約時間にはまだ少し余裕があったので、まずはなぜか僕のところにやって来たiPhone Xのカバーをと思って伝えると、エレベーターのところまで案内してくれた。2階に着くなり今度は別の人が寄ってきて、色々と世話を焼いてくれる。選び終わると、手にしたiPoneで在庫確認を連絡したかと思う間もなく、下から商品がやってきた(すごい連携ぶりにちょっと驚いた。これって当たり前?)。

そのあと、4階に行くとこれまたすぐにカウンターまで案内されて座ると、今度はしばらく待つことに。壁にかかったディスプレイに映し出されていたのは、CGによるリンゴのマーク。カラフルな線や円が集まったり散ったりして、何種類かのマークが現れる、ただそれだけ。図形がひとつ。文字はなし。極めてシンプル。中にはフラワームーブメントの時代に一世を風靡したピーター・マックスを彷彿させるようなものもあって、退屈はしなかった。

待つことしばし、若いスタッフが目の前にやってきて、どんな問題なのかを聞いてくれる。説明すると、実際に試してみたり、状況をiPadに打ち込んだりする(その指の動きの素早いことに、びっくり仰天)。

その結果はといえば、キーボードの不具合、ディスプレイの不良ともに確認できたので修理しますという。出費を覚悟したのだけれど、なんとAppleCareの期間中だというのだ。とうに過ぎていると思っていたら、「あと72日残っています」。ラッキー!なんという幸運。でも修理には1週間ほどかかるというので、覚悟を決めた(ちょっと大げさ)。

ところが、その後メールが入っていて、修理が終わったので木曜に出荷しましたというのだ。これには驚いた。早い!助かった。実際、不便を感じていたし、これまたちょっとばかり大仰だけれど、なんだか身体、脳の一部をもがれたような気がしていたのだ(昔は、こんなものはなかったのに。もしかしたら、若者たちのスマホもそんなものだろうか。としたら、笑えないね)。でも、そこにあった修理の状況というボタンを押すと、なんと「修理を行わずに製品を返却いたします」。その次には、「お客様のMacBook Pro (……) はまだ修理作業中です」という文面があったのだ。

やれやれ、どうなっているのだろうと思っていたら、中1日おいて届いた。



心配しながら開けてみると、ディスプレイとトップケースを交換しましたという報告書が同封されていた。トップケースって何と思ったけれど、まずはひと安心したのもつかの間。立ち上げてみると、画面に表示されたのは言語設定。ああ、初期化されたってことかと観念して*(たぶん、データはそのままでしょうと言ってくれていたのに)、ただ念のためにと思ってアップルサポートに訊いてみると、その画面が出たというだけでは必ずしも初期化されているとは限らないのだと言う。

えっ。で、ひとまず電話を切って、もう一度立ち上げ直してみるとやっぱり同じ画面が。それでも、ままよと少し進めたり戻ったりしていると、いつもの画面に戻った。ふーっ。ああ疲れた。でも、おかげで、入力はすこぶる軽快、ディスプレイも問題なし。よかった。ありがと。

でも、年を取ると、昔はなんでもなかったことが、けっこう大変に感じられるのだ。

この後、また……。


*もちろん、Time Machineでバックアップは取っていたけど。


2020.02.10 夕日通信

久しぶりに「映画館で映画」、のつもり

これって当たり前、ですか。

皆さんは、映画をどこで観るのだろう。絵は、たいてい美術館で、というのは今でも案外変わらないような気がするけれど。

「映画は映画館に決まっている、当たり前でしょ」、と言うのだろうか。それならそれは喜ばしい気もするけれど。そもそも、映画を見る機会はどうだろう。多いのか少ないのか。映画産業の衰退が言われて久しいけれど、それは産業としての「映画」であって、映画自体の魅力は今でも健在なのか。

映画館で映画を見る醍醐味、それはなんと言っても、大画面や大音響等、そこでしか得られないものがある。これは認めないわけにはいきません。でも、僕は密かに映画好きを自認していますが、このところ映画館に出かけたことがないのです。で、どうするのかと言えば、だいたい自宅やその他のところでDVDを80インチほどのスクリーンに投影して観る。ただし、機器や住環境のせいで、十全な環境というわけではありません。映画館とは全く比較にならないし、整えられたいわゆるホームシアター環境からもほど遠いくらいプアだけれども、それでも僕は映画館よりも自宅で観る方を選択したい気分が強いのです。

その理由はと言えば、たわいもないことだけど……。誰も気にしないかもしれませんが、今の(いや少し前の映画館)は、座席指定やら、総入れ替え制やらで必ずしも楽しむのに適していないように思うのです。

それだけだったらいいのですが、隣のカップルのおしゃべりや、ちょうど真ん前に座ったおじさんの頭の様子や整髪料の匂い等々気になって、映画に没頭しにくいことが多すぎるのです。おまけに、映画館の数が減ったせいで、遠くまで出かけなくてはいけない(やれやれ)。




でも、今度は映画館に行こうと思うのだ。DVDが出るまで、待てない。それは、公開されたばかりの「男と女 人生最良の日々」。クロード・ルルーシュ監督、アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニアン主演。

前にも書いたことがあるけれど、「男と女」はマイベスト1位か2位(というか同率1位)の座は変わらない。今回のものは、その53年ぶりの続編。と言っても2番目というわけでなく3番目。普通だったら、自己模倣、成功体験の再生を狙うようで嬉しくない(実際2回目のものは、あんまり楽しめなかった)のだけれど、今回はぜひとも見たい。ま、そんなに気負うこともないのですが。幸いというか、評判も悪くないようだし、新聞の広告に添えられていた推薦文も期待を高めてくれる。そして、ルルーシュ監督のインタビュー記事も。

ただ、やっている映画館が近くにはないので、すぐには行けないのが残念(忙しい時もあるのです)。ま、たぶん、遠からず機会があるはず。

それで、なぜ観たいのか。最初に観た時は、正直に言えば、ルルーシュの映像やフランシス・レイの音楽ももちろんだけれど、なんと言ってもアヌーク・エーメの美しさ(たぶん、誰かのイメージに重ねていたような気もする)。ともあれ、今回は、彼らの3人ともがいずれも80を超え、特に主演の2人は90を目の前にした年齢なのだ。

ある時に(ふいに)、老いを自覚せざるを得ないことを思い知って、それ以来しばらくは「年寄り」(と言って悪ければ)「高齢者」を題材とした映画を観るようにしていたのだけれど、今度は監督もまぎれもない高齢者(なんと言っても、80歳を超えているのだ)。そうそう、イーストウッドのもの(前作)も観なくちゃいけない。それは、たぶんお手本、あるいは参考事例をさがしているのだ、という気がするのですが(なかなか歳を取るのも、楽じゃありません)。

こうした嗜好も、改めて考えて観ると、自分が論理的であるよりも感覚的である、あるいはそういうふうに世間に対処して来たということだろうと改めて気づくのです。ついでに、もう一つ。前回書いたことと矛盾するところがあるかもしれないけれど、年を取ってからも、それなりに創造するということが可能なのかもしれないという気がした(僅かな希望かも)。

でもね、不思議なのは、「男と女」はリアルタイムで観たと思っているのだけれど、早熟な都会の少年(例えば、服飾評論家の栗野宏文さんのような)ならさもありなんという気もするけれど、田舎の純朴な少年がどうして観ることができたのだろう。不思議です。


2020.01.29 夕日通信

またしても

XTCを聴いて再確認した。そして、もうひとつ気になることが……。

FMラジオをつけっぱなしにしてぼんやりと聞いていたら(レコード・プレイヤーを修理した際に、雑音なしに受信できる方法を業者の人に教えてもらった)、XTC特集というのが聞こえた。このバンドのレコードは持っている。で、懐かしくなって、ちょっと耳を傾けたのだ。

XTCは70年代のバンドで、今の若い世代にも人気があり、とくにギタリストが好んでいるという。1977年のデビュー。その頃はパンクが人気で、あのセックス・ピストルズが隆盛を誇っていた。同時代にデビューしたバンドは他に、ポリス、U2、トーキング・ヘッズ等がいる。これらもよく聴いたし、ちゃんとLPやCDも持っている。

司会者が(今でも人気のロックバンドのメンバーらしい)、いいなあ、再結成してほしいなと言い、今66歳くらいだからできるはずなんて明るく断言する(思わず、エッと口走ってしまった。ほんとに再結成したバンド、しかも60も半ばを過ぎたほどの歳にもなるバンドを聴きたいのか !?)。

デビュー盤というのがかかったのだけれど、パンクっぽさを残しつつも、短い音を連ねたちょっと軽めの音。これが受けたのだろうか。ついで、ビートルズのア・ハード・デイズ・ナイトの最初の音から始まる曲も。あれっと思った。これらには聞き覚えがないし、なんだか記憶とは全然違うのだ。もっとプログレ、あるいはフュージョンっぽいところがあったのではないか?(スピード感があって、しゃれた音だったような気がしたのだけれど。レコードを聴いてみなくちゃね)。

で、レコード棚を確認してみたら、見当たらない。XTCと思い込んでいたのは、どうやらブランドXでした(ま、名前は似てなくもないのではあるまいか)。こちらも、1970年代半ばの結成だけれど、フィル・コリンズなんかも参加している(やれやれ。思い込みは怖いね)。たぶん、プログレが好きだったので買ったのだろうと思う(フィル・コリンズの前には、キング・クリムゾンのビル・ブラフォードが予定されていたようだから*)。またしても(ああ)。

こんなふうに記憶が曖昧ということは、記憶力が低下した、あるいはもともと極めて乏しいということももちろんあるけれど、もうひとつ気になることが……。もしかしたら、自分が好きというより、流行りの音楽を聴いていただけなのだろうか(そうだとしたら、ちょっとがっかり)。ま、ま当時はだ大人になりきれていなかったってことか。でも、今はどうだ(よもや、流行りとは良くも悪くも関係ないけれど、世評に流されてはいまいか)。

で、さらに後から思ったのだけれど(こんな風に、いつも遅いのです。とほほ)、現役の若いミュージッシャンが「いいなあ。復活してほしい」などと言ったのは、たぶん現役の、しかも程々に若いせいに違いない。すなわち、彼はお為ごかしで口走ったわけではなく、ましてやノスタルジーで言うはずもないので、きっと新しい音楽を作るためのヒントとして有効だと思ったのに違いないのだ(浅はかでした。ごめんなさい)。これはいうまでもなく、昔から続けられてきた芸術やデザインを革新するための方法のはずだからね。

* https://ja.wikipedia.org/wiki/ブランドX


2020.01.24 夕日通信

さっぱり

と言ったからといって、「さっぱりだめだった」。あるいは、ただの「さっぱりです」という時の意味ではありません(僕のふだんが、そうしたことがほとんどであるにせよです)。

で、なにかといえば、朝起きて外を見たら、目に入った庭の景色がいつもと違うような気がしたのです。先日、伸び放題になっていた雑草がようやく刈られて、ずいぶんとさっぱりしたというわけ。




茶色い土が現れ、わずかに薄い緑が混じった庭の表面にはやわらかな光が射して、細長い影をつくっていて、とても美しかった。おまけに、その上には、雲ひとつない青空。

とても気持ちのいい朝だったのです。

まだちょっと気が早いかもしれませんが、風は冷たいのだけれど、もうすぐ春が来るのだという気がしたのでした。







おまけに、出勤途中ではこんな風景にも出会った。

ね、いかにも春らしい気分になるでしょう。


2020.01.21 夕日通信

謹賀新年

遅ればせながら、新年おめでとうございます。





今年こそ、さっぱりとした気持ちで過ごしたいと思います。


2020.01.09 夕日通信

季節のご挨拶

今年も残すところあと2日。いつもながら思うのは、本当に時が過ぎるのは早い。あっという間です。反省することも同じ。毎年、変わるところがない(やれやれ)。

このホームページも再開したはいいけれど、ほとんど投稿することのないまま終わらなければならないようです(おまけに、不具合もそのまま)。事情があって、しばらくは更新もままならなくなります。

新年からは、少なくとも定期的にエントリーできればと思います。

良いお年をお迎えください。


2019.12.30 夕日通信

昔に戻る、またはリンゴの木

最近はこれまでは思いもしなかったことに、不意に気づかされる場面が増えた気がします。

このところの自身の状況を鑑みると、「還暦とはよく言ったものだなあ」という思いを強くするのです。もしかしたら、僕だけのことなのかもしれないのですが。

たとえば若い頃、というかまだ幼い精神の時代に親しんだものやその時の自身のありようにもう一度触れることが、それほど嫌ではなくなった。もちろん、恥ずかしくて赤面したくなることがないわけでもない。ただ懐かしいというだけでなく、むしろその時の新鮮な感覚に還るような気がすることがあるのです。

まだ若かった頃の気持ちを思い返す、と言うより同化するという感覚が近いかも知れない。だから赤面しなくてもすむのでしょうね。ま、しょっちゅうそればかりではまずいけれど。そして、こちらは相当恥ずかしいことですが、改めて思うのは、その頃に比べて必ずしも自身のありようが進化したわけでもないようなのです。

一方で、ルターだったか誰だったか、「たとえ明日世界が滅びるとしても、今日私はリンゴの木を植える」というような箴言もある。たぶん、昔に戻る、戻ってみる感覚というのは、そのことを実現するための方法のひとつなのだと思いたいのだ。

ともあれ、こちらが発信しないと返信も望めないので、まずはこちらから夕日通信に載せようと思います。

蛇足ですがもうひとつ、「NICE SPACES」について言えば、「SPACES」と題したからには、基本は物理的で具体的な空間のありようについて、写真付きで書くことのできるものにしたいと思っているのです(さて、うまくいくかどうか)。


2019.12.24 夕日通信

みなさん、さようなら(ご挨拶)

何に限らず、今のありようを変えようとすると、いろいろなものとの別れを伴うことになります。

一方で、人はすぐに変わることはできないという報告もある。

で、「みなさん、さようなら」という映画のことを思い出した。2003年のカナダとフランスの合作映画です。

と書きかけていたところでしたが、ちょっと早くなったようです(さようならを言う時期と理由、のことです)。

学校のHPで割当られた容量を超えたために、続けることが困難になったのです(できるだけたくさんの人に利用
してもらいたいので、増量はできないということでした。しかたがありませんね)。

新学部の発足前に各自HPをつくるようにと言われて、苦戦しながら始めたのでしたが、だんだん続ける人がいな
くなりました。 よく続いたものだと我ながら感心した。だいたい、僕は自他共に許す、怠け者。飽きっぽい性質
で、長続きしないのです(やれやれ)。 過去のものを削除すればいいのですが、ま、潮時かと……。

映画では、余命が無くなったことを知った父親レミに対し、反発していた息子のセバスチャンは父におだやかで
楽しい最期の時を迎えさせてやろうと奔走します。そのかいあってレミは、家族や友人たちに囲まれて安らかな
最期を迎えることになる。

その中で、レミが「フランソワーズ・アルディが好きだった」というようなことを言っていたのがおかしかった。
いい年の大人が死を前にして、ですよ。ま、分からなくもない気がします。 でも、うろ覚えです。 レミが言うと
おり、フランソワーズ・アルディは確かに素敵なのでした(アルバムも、映画も。ところで、僕はその時に何と
言うのだろう……)。

おもしろうてやがてかなしき……。

レミはまわりの人間たちのおかげで最後まで幸せだった、と言っていいのでしょうね。

誰であれ、できることならばおだやかで安らかな最後を迎えてほしいし、自分自身もそうありたいもの。でも、
今の時代、なかなか簡単に行きそうにはありません……(やれやれ)。で、あわてて「オール・アローン]なん
かを掛けたりするのです。

さてどうする。

そうそう、というのも知らず知らずのうちに、自身をレミに重ねていた、というかそうせざるを得ないような年
にいつのまにかなっていたのでした。

サイト内のいくつかを閉じて*、とりあえずこれをアップしようと思います。

みなさん、さようなら。ごきげんよう、どうぞお元気で。精一杯、気持ちよく楽しくお過ごしください。

ただ、書きかけていたものもあるので、もしかしたら新しいサーバーを探して、もう少しの間だけ続けるかもし
れません……(未練でしょうか?あ、これは都はるみの名曲の歌詞「北の宿から」**)。

そしてカーラジオから流れてきたのは、「さらば青春」。これまた、すんなりと。うんと昔に聴いていたものの
一つ。いつのまにか避けるようになっていたのでしたが。

* と思ったのですが、文字通り直接に学生諸君に向けて書いているところは残しておいて、いずれ再開しようと
思い直しました。
**僕は歌謡曲は滅多に聞きませんが、耳に入ってきた時に、「あ、いいなあ」と思うことがたまにあります。た
ぶん、やや感傷的になって、感情移入してしまうのだね。


2018.10.14 夕日通信

美術展の後の楽しみはランチのはずが

久しぶりに横浜美術館、の後はランチ。

ま、これが楽しみのひとつなのです。ゆっくりとビール(または日本酒、ワインの時も)を飲みながら展覧会を
振り返って、食事するというわけ。

今回は久しぶりに天丼をと思ってとあるお店へ行ったのですが、席に着いたら食事を終えた年配の女性たちがコ
ートをバサバサと振って水気を払いはじめた。ま、気持ちは分からないでもないけれど、食卓の前ですよ(外で
やってほしいね)。

でもね、これだけではすまなかった。

こんどはやっぱり年配の(悪いのはあんがい年寄りではあるまいか)、少し遅れて入ってきた男性2人組。

やや年下なのかそのうちの一人が「日本酒はおいしいですよね」と言うと、もう一方の男性は大きな声で「日本
酒は甘い。辛口と書いてあっても甘い!」と返す。

「鰯も高くなりましたね」。

「でも大衆魚でしょ。高いと言っても一人一匹あればいいんだから、たいして高くないよ」と、またしても大声。
いちいち大きな声で否定する。もう一人の方はおだやかに話しているのに。

「野菜だって、型にはめて同じ型にしなければ、もっとおいしいはずなのに」。

「味は一緒」と一喝する。

やれやれ。残念だけれど、人間は同じじゃない。偉そうに振る舞いたい人たちがいるのだよ。かつての日本人の
美徳を壊しているのは若者ばかりではないね(はっきり言えば、その多くは戦後生まれの年寄りではあるまいか。
反省)。




またしても、つまらないことを書いてしまいましたね(どうぞ、勘弁を)。梅雨の晴れ間の素敵なキャンパスを
思い出して、気分を直してください。

と書いていたら、関東地方はなんともう梅雨が明けたらしい。最初に聞いた時は、はしなくも「うそ!」と声を
上げてしまいましたが、どうやら本当のよう。6月中の梅雨明けは初めてだと言うのですが、ま、何事も初めて
はある。

梅雨明けのように、さっぱりとした気持ちで過ごしたいものです。


2018.06.30 夕日通信

疲れた……

と言うか、いやになってしまった。気持ちが萎えてしまって、途中で出てしまおうかと思ったのだった。

映画館やコンサート・ホールでの話じゃありません。

教室、すなわち仕事場での話。正確にいえば、とある授業のためのちいさな会議室でのことなのですが。

先週、提出すべき課題がほとんどできていなかったので、今週は必ず提出するようにということにしたのでした。
しかし、今回も、状況はほとんどと言っていいくらい、変わってはいなかった。おまけに、このことにたいして
悪びれる風もない、ように見えた(これは朝のゼミでも感じたこと。一方、教養ゼミの一年生たちの真剣さがが
救いだったけれど)。

だから、冒頭のように思った次第だった……。

このことが何に起因するのか。彼らの取り組み方のせいか、はたまたこちらのやり方が悪いのか……

こんなことがあったせいで、心身ともにすっかりくたびれてしまい、早々と帰ることにしたのです(このところ、
なぜか疲れることが続く)。

この時は、自転車だった。強風のせいで倒れたのか、前方に取り付けた籠が歪んでしまって、見るも無惨な姿に
なっていた(とほほ)。

気を取り直し、侍従川が見えるところに出たら、その水位がほぼ最高位(もはや、引き潮ぎみだったけれど)。
ラッキー!




水を満々と湛えた、この景色が好きなのです。 以前、フィレンツェのアルノ川のように見えなくもないと書いた
こともあるくらい(ま、ちょっと無理があるけれど、そのくらい魅力的な時がある)、とくに水かさを増した時
はちょっとヴェネチアの運河のように思えなくもないよ。

で、いそいで向こう側に渡って写真を撮ったのだけれど、これが良くなかった。道路を挟んだこちら側からの景
色とはちょっと違っていたのです(当然ですが、視線と川のつくる角度が浅いともっと迫力があるのだ)。

ともあれ、水と夕日のつくる景色に慰められて帰途についたのでした。

ただ、前回と今回と同じようなようなことが続くなら、それがこちらの取り組み方・やり方のせいということに
なれば、戦線離脱、撤退、リタイアすることを考えなければいけません(そして、自分を鍛え直すとともにあた
らしい暮らしを始めることも)。期待していたせいもあって、寂しい。ま、しようがないか。


2018.06.29 夕日通信

久しぶりに横浜美術館

本当に長い間出かけたことがなかった。よくは覚えていないけれど、開館したての頃には行ったことがあるのです。
とすれば、ほぼ30年前?

なぜかあんまり足を運んだ記憶がないのですが、今回のものは見ておきたかった。




その展覧会はと言えば、英国テート美術館のコレクションから来た『ヌード』展。ついでに変なことを告白する
なら、オスカー・ニーマイヤーが女性の曲線が一番美しいと言い、机の前に大きな写真を貼っているのを見て、
抵抗感というのかある種の後ろめたさのようなものが無くなった。

けっこう長い間の開催だったのに、ぼんやりしているうちにいつのまにか最終日が近づいていたのです。それで、
本来なら平日に行きたかったのだけれど行けず、雨模様の土曜日に出かけることに。このため、人出が少ないの
ではないかと期待して行ったら、そうでもなかった。そして、やっぱり年配の人が多いように見受けられた(だ
いたい、どこでもそんな気がするのはどうしたことだろう。かく言う僕自身もそのうちの1人なのですが)。

会場に入ってすぐ大きな看板の写真を撮ろうとしたら、黒服のお姉さんが飛んできて、写真はロダンの『接吻』
を撮ることができます、と言う。なぜだろうね。ただの看板、案内板で会場の様子とはぜんぜん関係ないのに。

見て思ったことは、肉体の美しさを知るのには素直に表現した写真や彫刻が一番ということ。『オフィーリア』
を描いたあのミレイや人気のルノワールの女性の裸体は、その肌や曲線のテクスチャーが美しくないのだ。ま、
絵だからということがあるわけだけれど、それならばピカソらのデフォルメの方がいっそ面白いし、ヘップワー
スの単純化された石像の素朴さが好ましい。しかし同じ単純化したものでも、僕の好きなジャコメッティによる
作品がピンと来なかったのは、僕が単純な視覚的人間だということなのかしらね(やれやれ)。

会場の横浜美術館は、日本建築界の大巨匠丹下健三の手になるもの。シンメトリーで石板を多用した建築は古典
的なスタイルをめざしたようだけれど、内部ともどもあんまり魅力的とは思いませんでした。


2018.06.24 夕日通信

新しいものをひとつだけ

先日、ミニがようやく戻ってきた。

ほぼ1年前に板金と塗装をやり替え、すっかり痛んだ革巻きのステアリングを木製に交換したのだけれど、梅雨
入り直前になって屋根の溝の部分に小さいけれどやや深い錆びが見つかったのだ。

大修理を終えたばかりなのに(結構な額だったのです)……、と思いながらも、致命傷になる前に直さなければ
なりません。で、ふたたび整備工場行きと相成ったというわけ。

当初、そんなに時間はかかりませんよということだったのだけれど、結局一月半ほども掛かったのでした。

どうせならということで、錆が気になっていたワイパーと塗装の剥がれかけたドアミラーもステンレス製のそれ
に交換することにした(整備工場から戻ってくる時は、何かしら新しくしたいという気持ちがあった。ささやか
なお祝いのつもりです)。しかし、実際に見て決めることができなかったために、ちょっと不安も。




戻ってきたのを見ると、まあ悪くない。見慣れるにつれて、だんだん良く思えてきた。

ごくちいさなパーツでも新しくなって戻ってくると、嬉しいし、何より新鮮に感じられるのだね。

もう何十年も前に伊丹十三が、お金はないけれどオシャレ上手なパリの女の子たちは、手持ちの服に流行のもの
をひとつだけ足すのだ、と書いていたような気がするのですが。


2018.06.16 夕日通信

他山の石

先日はあいにくの雨(まあ、梅雨だから)。

いつもの並び方に倣ってバスを待っていたら、年配の男性がやってきた。

何も言わずに、時刻表を見るために標識(道路と直交するように設置されている)と僕の間に、体の向きを変え
て割り込んできた。で、ちょっと傘からの雨粒が掛かることになった。

彼は、気にするそぶりもない。これで僕は大人げなくちょっとむっとするのですが、もちろん表には出しません。
しかもその後彼は狭い歩道に立ちながら、時刻表と住居の壁との間から動こうとしないのです。ということは、
当然道を歩く人が通れないので、その度に彼は傘を振り回すというわけ(やれやれ)。

その後に並んだ妙齢の女性は、当然時刻表の反対側、つまり僕と時刻表を挟んで並んだ。こうすると、道を歩く
人を邪魔しない程度のスペースは確保される。ちょっと考えたなら気づきそうなものですが、件の男性はおよそ
20分ばかりもずっと車道と自分の間に時刻表を挟むように立つことを止めなかったのです(割り込まれることを
恐れでもしたのかね)。

またしても、自分のことしか考えていない年寄りを見てしまった。以て他山の石とすべし。

でも、これは年寄りだけのことと思ってはいけませんね。

いよいよ憂鬱な梅雨の季節がやってきました。負けずに乗り切ろう。






残念なお年寄りの場面の写真はいうまでもなく撮れなかったので、別の素敵な(!?)場面を。


2018.06.14 夕日通信

ある日の羽田空港フードコート

少し前の話ですが、その日もまたトレイを抱えてフードコートへ。




フードコートはちょっと混んでいて、やっと見つけたのが彫刻(裸婦像)の真後ろの席。ちょうど演習*でも触れ
たようなことだったので、思わず写真を。

テーブルに着いて写真を撮ろうとして見上げてみると、スクリーンが下ろされていて、ちょっと残念。快晴にも
かかわらず、コントラストにめりはりがなく、何ともしまらないのです。




料理は先月と同じく握り鮨とお酒のセット。今度は小鰭があった。テーブルに着いて、トレイを置いてみると、
皿の大きさとお鮨の量が合っていないような気がした(ま、小鰭がプラスされているからし方がない)。そんな
ことを思いはじめたら、今度はなぜプラスチックのペラぺラの皿なのだとちょっとした怒りが。下げ口があるの
だからなくなる心配は少ないはず。トレイやら食器やらのことをもう少し考えるといいのにね(美味しさが増す
はずだし、省資源にも役立つ)。

ところで、来るまでの車中では新書を読んでいたのですが、一時間ばかりでほぼ三分の一ほど読める。新書って、
こんなに早く読めるものだったか。しかも示唆に富んでいる。

ふと目を上げると、一つ空いた隣にビールを運んできた人が居た。「はい」と言って置いても返事をするでもな
く、新聞を読み続ける人も。けっこう似たような年格好なのに、どんな関係なのでしょうね。そこにさらにもう
一人加わった。それでも件のオジさんは新聞を読みつづけている(ビールはちゃんと手にしていたけれど)。そ
の後も、二人は料理を運ぶために席を立つわけだけれど、オジサンの態度はいっこうに変わるところがない。ま、
いろいろな人がいる。

今日読んでいた本の中には、インターネットに慣れた世代のコミュニケーション力の欠如について触れていたけ
れど、案外年配のオジサンも変わらないよう。ともあれ、こうした関係、オジサンにはなりたくないものです。

*バス停を計画する課題に先だって、3つのパーツを用いたオブジェをつくる際に、オブジェの置き方と見る人の
関係についての話。


2018.05.30 夕日通信

予習のはずが、一夜漬け

少し前に、映画「 ラストべガス」(2013)を観た。


*

主演は、マイケル・ダグラス、ロバート・デ・ニーロ、モーガン・フリーマン、そしてケヴィン・クライン。彼
らには共通点があって、ひとつは全員がオスカー保持者ということ(昔なら、「アカデミー受賞豪華4大スター、
夢の競演」とでも言ったかも)。

もうひとつは、これこそが僕が観ようとした最大かつ唯一の理由なのですが、彼らが皆若くない、はっきり言え
ば年寄り。このところ、老人の映画をよく観るのです。その前は「ジーサンズ」を(以前はちょっと予習の意味
でと思って観ていたのですが、いまや一夜漬けをしているようなものかも。でもね、付け加えると、年寄りとは
言ってもその中ではまだ若手のはず)。

で、「 ラストべガス」ですが、映画自体は取り立てて言うほどのこともない。ただのパタン化されたストーリ
ーのひとつ( 悪くとれば、年相応に成熟していない 。時代の特徴かもしれません)。ま、楽しめないわけでは
ありません(予告編はこちら)。

では何が気になったのかというと、70歳までずっと独身でプレイボーイだったマイケル・ダグラスが若い女性
と結婚しようとしかけた理由をデ・ニーロ他の仲間に吐露した時の言葉。

正確ではないけれど、こんなふう。「自分が、老人であることはわかっている。でも、心のどこかがそのことを
受け入れることができないのだよ」。

なんだか(というよりも、むしろとっても)よく分かる気がした。あくまでも、気持ちはということですが。長
編小説は心に響く一行があればいいというのを読んだ覚えがあるけれど、これに倣えばまあ観たかいがあったと
言えるのかもしれない。

たぶん、その理由の一つには僕がぼんやり暮らしてきたということがありそうですが、それ以上にもはや死を遠
いこととは感じられない年になって、自分と次の時代とつなぐものがなにもないということかもしれない(五木
寛之は「60代は孤独を楽しむ」と言っているようだけれど。なかなか、むづかしそう)。また、「生まれる時と
死ぬ時は一人」とよく言われることについても、少し前までは、ごく当たり前のこととして捉えていた。

これは、人に知られるような作品をつくるとか、思想を展開するとかの大それたことではないのです。どう言え
ばいいのかと思っていたところ、先日の朝日新聞朝刊「折々のことば」にしっくりくるものが載っていました。

曰く、

それが未だ見ず名も知らない人の心を、わずかに温め幸せな気分もたらすなら……この世に存在するたしかな意
味と資格を持つ(15代 樂吉左衛門)**

こう語った対象は名のある芸術家の作品ですが、このことは忘れて文字通りに受け止めることにしたいのです。

気がつけば、たとえばこうしたものが、なにもないのだ。

しかたがないので、いまは亡き恩師夫妻のことを思い出して(とても素敵に見えたけれど、もしかしたら、 彼ら
も同じようなことを考えたことがあったかもしれない。たぶん、物理的なものは残さなかったよう)、わが身を
励ますのです。

ついでに言えば、ちょっと派手めの演奏を聴かせた指揮者のゲオルグ・ショルティはけっこう年とってから離婚
し、その後に出会ったうんと若いBBCの記者と、しかも彼女は既婚だったにもかかわらず半ば強引に説き伏せて
結婚したらしい***。

だからどうだと言うこともないのですが、このくらい情熱的ならばまだしも、一方では時に邪魔に感じるような
中途半端な気持ちは残っていたりする(あくまでも、対象ではなく情熱の話です。やれやれ)。

それでも、たいていのことは気持ちの持ちよう次第なのではあるまいか、という気もやっぱりするのです(そう
言えば、五木の盟友だった矢崎泰久が彼の著書を評した時の副題に「逆転勝利の楽しみ」****と付けていたのには
思わず笑った)。

*  写真はallcinemaのHPから借りたものを加工しました。
** 2018年4月15日付け朝日新聞朝刊
*** ずいぶん昔にドキュメンタリを観た。うろ覚えですが、指揮ぶりと同じなのだなあと思ったことを思いだした。
**** 介護ポストセブンHP 【書評】『孤独のすすめ 人生後半の生き方』~逆転勝利の楽しみ


2018.05.28 夕日通信

ルドン展

三菱一号館美術館で開催中のルドン展に行ってきた。

先日は行きそびれたのですが、今回は演習の授業を終えた後に約束していたヨコヤマセンセイと一緒に出かけま
した。

夜、というか暗くなってから訪れたのは初めて。ちょっと回り道をしたけれど、本当にあの界隈は日本離れして
いるよう。今回通った道に面した店先にはテーブルが出ていて、外国人を含むたくさんの人で溢れていて、 ま
るで、パリやニューヨークの路地のようでした*。






もちろん、美術館が面する中庭にも多くの人がテーブルを囲んでいました。この美術館は会場を移動する時にこ
こを眺めることができ、絵を観る以外の喜びがあって、とても楽しいのです。




で、美術館に入ると、とても混んでいた(金曜は9時まで開いているから、仕事帰りの人が観ることができるの
だ)。それとも、ルドンは人気なのかしらん(そう言えば、このところ美術館通いが続いているけれど、たいて
い混んでいた)。

僕は、ルドンは好きというほどではないのですが(でも、図録を買うために並んでポストカードを見ていたら、
本物以上に素敵に見えたりした)、ヨコヤマセンセイはルドンのややくすんだ青が昔から好きだったらしい。見
終わってもうひとつの目的地に向かう道すがら、彼は琳派との類似性に触れ、僕は漫画(北斎漫画)の影響があ
るに違いない**と話した。

そのあと行ったバーでは10枚ほどの絵が展示中で、居合せていた作者(女性)とも話したりして、楽しい時間を
過ごしました。

* 急いでいたので、写真を撮ることはできませんでした。
** でも、翌日インターネットで調べてみると、すでに指摘されているようでした。余談ですが、あんまり好きでは
ないというのは、初期のものはちょっと不気味ということが大きいのだけれど、そのことに加えてその後の作風は
やや賑やかと感じるのです。


2018.05.20 夕日通信

携帯電話があれば!

美術展を2つはしごすることになったのはもちろん観たかったこともありますが、もうひとつわけがあった。




それは、忘れ物を取りに行く必要があったこと(やれやれ)。

一つは横浜で帽子、もうひとつは池袋でやっぱり帽子。いずれも買ったばかり(しかもそのうちのひとつは昨夏
なくして買いなおしたもの)。これらはあることを確認していた(威張るわけではないよ。先の夕日通信で書い
たように、他にもターナー展の図録があったのですが、こちらは見つからなかった。とほほ)。

で、美術館に行く前に横浜でひとつめの帽子を受け取り、美術館をはしごした後に開店時間を見計らって池袋に
向かった。そこで、問題発生。

あんまりなじみのない街の小さな店には、なかなか行き着けない。

地図を片手に(このくらいの準備はちゃんとします)、何人かの通りすがりの人に聞いて漸くたどり着くことが
できた。しかし……、ドアが開かない。押しても引いてもだめ。当たり前のことながら、何度やってもだめでし
た。

もしかしたら休み?不吉な思いがよぎったけれど、店の前にはメニュが椅子の上に載せられている。わずかに見
える店内も電気*が点いている。で、ドアを叩いてみたのだけれど応答なし(何回かやって見たのだけれど、やっ
ぱり同じ)。

そこで、電話をかけたら…と思って電話ボックスを探した。と、幸運なことにすぐ近くにあったのです……。し
かし、電話帳がないのだ。棚にはなんにもない。きれいさっぱり、からっぽ。しかたがないので、もう一度お店
に戻って電話番号が載っていないかとなんどもメニュやチラシを見たけれど、見つからない。


**

この時ばかりは、「ああ、携帯電話があれば!」と思ったのでした(そのせいで、お店や電話ボックスの写真を
撮っておく余裕もなかった)。

* でも、照明のことを電気と言うのはどうしたことだろう。「電気を消して」という具合に。
** 写真はAppleのHPから借りたものを加工しました。


2018.05.17 夕日通信

久しぶりに、はしご

美術展を2つ、ということです。

一つめは東京都美術館の「プーシキン美術館展」、もうひとつは国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館展」。




前者は「旅するフランス風景画」の副題が示すように、画家たちが描いた風景画を集めたもの。有名なあのマネ
のほうではなく若き日のモネによる「草上の昼食」がお目当てですが、この他にもセザンヌの「ビクトワール山」
シリーズやルソーらの作品がある。

年代別に分けられたセクション毎に風景と人間との関係が異なるのが分かるようで、面白かった。それから、当
然と言えば至極当然ですが、写真が登場して以来それとの違いを表現しようとして描き方が変化する様子も明快
に理解できる(これは、「プラド美術館展」でも同じ)。




後者はスペインの宮廷画家として活躍したベラスケスが呼び物。お客さんはこちらの方が断然多く入っていて、
絵の前はどのセクションも人だかりがしていた。

ただ、プロポーションや静と動の混在がいかにも不自然な気がしてあんまり楽しめなかったというのが、正直な
感想。たとえば、馬上の小さな王子を描いたものは、馬は走っているのに、王子はまるで静止した肖像画のよう。
僕は、頭で理解しようとすることを避けようとして、まずは「好き」かどうかを基準に観るのです。

休憩のために入った部屋で上映されていた動画によると、ベラスケスが描いた軍神マルスの兜の模様は一つ一つ
は意味のない形で描かれており、印象派の先駆けであるという解説には驚かされました(ま、これも、先の不自
然さも、絵画ならでこそということかもしれないと、ちょっと反省)。

コルビュジエの国立西洋美術館を出ると、ちょっと不思議な気がした。というのは目の前の東京文化会館(こち
らは彼に学んだ前川国男作)のたたずまい。コンクリートがなんだかきれいなったようで、このために時の経過
や荒々しさが減じて、薄く軽く見えたのです*。

* ちょっと調べてみたら、2014年にリニューアルしたとあった(これまで気づかなかったのは迂闊)。


2018.05.16 夕日通信

行った、見た、忘れた!

その日は大学時代の恩師を囲む会。

池袋の「自由学園明日館」でやるから、その前に新宿で開催中の「ターナー展」を見ようと出かけた。





「ターナー展」は数年前にもやったから、結構人気なのだろうか。今回の展示は大半が比較的小さな作品だった
けれど、数は多かった。

1820年頃が境だったろうか。それ以前の絵はいずれもがそれまでの絵と変わるところがないような気がして、
さほど魅力的には思えなかった。僕は、印象派の先駆とも見える「ノラム城、日の出」や「テレメール号」* の
ように景色の輪郭が溶けて周囲と混じりあうように描かれた絵が好きなのだ。

それでも図録は購入することにして、その後まだ時間があったので同行していた友人とカフェで軽く食事をする
ことにした。

友人は「西口公園」や隈研吾の「庁舎」を見るつもりでいたのだけれど、やっぱり久しぶりに会うと話はいろい
ろとあるのだね。気がつけば、開宴の時間が迫っていた。

なんとか遅刻しないですんだのだけれど、席に着いて「あっ」と思った。「ない!」。図録を入れた袋を忘れて
きたようなのでした。

その後、2次会、蕎麦屋と続いたのですが、その時には帽子をまたどこかに置いてきた(やれやれ)。

*残念ながら今回の展覧会では、これらの絵はありません。


2018.05.14 夕日通信

速報・隈研吾展

東京駅にあるステーションギャラリーで開催中の、「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」。




平日なのにもかかわらず、案外人が入っていた。しかも年配の女性が多い(安藤展の時と同じ)。しかも建築関
係の人でもなさそうに見えたのは、「現在の日本で一般の人が知っている建築家は安藤忠雄と隈研吾くらい」と
いう証左だろうか(先日、なぜか日本の小説家で誰もが知っている人は誰だろうという話になり、次いで建築家
でも知名度のある人は少ない、安藤サンと隈サンくらい?ということになったのです)。




展覧会の中身はと言えば、その素材や使い方の多様性に驚いたのですが、これはもしかしたら(誤解を招きかね
ませんが)彼が始めからオリジナルな視点から出発しようとするのではないせいかもしれません。いいなと思っ
たものをこだわりなく取り入れて、それを展開することによって、新しさを生み出そうとしているように見える
のです。

様々な素材を加工し、それらを重ねたり、つないだり、ずらしたりすることで異なった表情が現れるのを面白い
と考えたのではあるまいか。建築模型においても、外観の表情は詳細な表現が施されているのに、内部は空洞と
いうのも表層への関心の高さを示している(これは、ヘルツォーク・アンド・ド=ムーロンを髣髴させる)。

さらに、曲げたり、膨らませたり、吹き付けたりという技術的な好奇心も強いよう(こちらは、ちょっと強引か
もしれないけれど、紙管の板茂を思い出した)。北欧の住宅や藤森照信ふうの植物の屋根や鬼頭健吾ふうのモビ
ールも混じっている。

シルキーの会場構成のヒントになりそうなものがたくさん。

学生諸君は急いで見に行くべし( 写真撮影OK 。5月6日まで)。

すぐ近くの三菱一号館美術館で「ルドン展」をやっていて、周辺の空間ともども心惹かれたのですが、断念(少し
疲れたのと、遅くなると雨が降りそうだった)。ついでに言うと、ステーションギャラリーと外とのつながりは今
イチで、残念。


2018.04.26 夕日通信

スターバッックスの教育

このところ、信じられないようなことがあちらこちらで起きていますね。

堂々と自国第一主義を唱えたりや独裁をめざす動きが目立つし、一方でそのせいなのか権力におもねるような不
祥事が相次いでいる国もある。世界はどうなるのだろう、いったい我々が住む国は大丈夫なのかと思ってしまい
ます。

これらのことを引き起こしている人たちは、以前に書いたことがあるようにおしなべて(ほぼ最高の)高等教育
を受けている。すなわち、教育がいよいよ無意味に思えてしまうような気がする。




そんな時、先日の夕刊*に、「スタバ、全米8000店一時休業へ」、「待ち合わせの黒人客逮捕 批判殺到」の見
出し。またかと思う。

読み進めると、当の黒人2人は何も買わずに座席に座り、トイレを使おうとしたが、店側はそれを断り、退去を
求めたが2人はそれを拒んで、店の通報で駆けつけた警官に手錠をはめられて連行された。

これを居合わせた客が撮影し「私たち白人が同じことをしても、こういうことが決して起きないのはなぜか」と
写真付きでツィートした。それで、店の前に抗議の人が集まり、スターバックスのボイコットを呼びかける動き
が起きた、ということのよう。

そうした動きを受けてスターバックスは、研修を実施するために休業を決めた。しかも、スターバックスは難民
の入国を制限する大統領令に反対して彼らを雇用する計画を打ち出したリベラルな体質だったというのだ……。
とすると、対応は店員個人の考えによるものだったのだろうか。

で、僕は「教育」の効果に失望したかと言うと、そうではなくて、スターバックスに教えられたのです。歩みは
遅いことがあるかもしれないけれど、(自己教育を含めて)「教育」を諦めないで続けようとする姿勢が重要で、
可能性を信じる方がよいと思ったのでした。

*朝日新聞2018年4月18日付け夕刊


2018.04.21 夕日通信

冬に逆戻りした翌日は

いよいよ春、と思った矢先だったのに、先日はまるで冬に逆戻りしたような天気。




空はどんよりと曇り、最高気温も15度前後と肌寒かった。

こうした予期せぬことが起こるのは、悪いことだけでなく、いいことだって起こりうるということ。


*

翌日は、また晴れて暖かな日射しが戻った。

何にせよ悲観的にならずに、よりよいことを願いながら暮らすのがよい……。

*写真は、わけあって夕景です。


2018.04.20 夕日通信

速報・2018年の桜

久しぶりに学校へ出てきたら、桜がもう満開。








今年の桜は早い。山桜はもう散りかけていた。

明日の卒業式を祝うかのよう。でも、僕は風邪でひどい有様(やれやれ)。


2018.03.23 夕日通信

オムライスと福岡空港フードコート

福岡空港でオムライスを食べた、というわけではありません。

では何かと言うと……、まずはオムライスを作った話から(もう3回め)。

時々オムライスをつくるのは、これが好きだということももちろんあるけれど、それとはちょっと違うのです。

むしろ技術的な関心が大きい。どうやればきれいなオムライスができるか。さらに言うならば、孔子の教えだと
いう頭の中の地獄(というか気力の喪失)から逃れるための方法*。だいたい、オムライスは格別においしい食べ
物というわけでもないような気がするし、いつでも食べたいというのでもないのです。ま、誰か、食べてみたい
などと言う人が現れたなら、また違った感興があるかもしれないけれど。




で、できあがったのはこんな感じ(今度は、もう少し付け合わせのビジュアルに気を使うことにしよう。それか
ら黒胡椒を白胡椒に変えると見た目はもっと良くなりそう)。

本題は、2月末の福岡空港フードコート。

ちょっと早い時間のせいか空いていた。で、そのままそこで食べることに。

お店を選んで注文し、席に付いて、辺りを見わたすと、なんだか土産物屋の前に座っているみたい。

目の前にはお土産を売る簡単な店舗が並び、天井も低い。開放感もなにもなく、非日常的な高揚感も(BGMこそ
ジャズピアノが流れているけれど)、日常空間の中の猥雑さもないない。オムライスほどの意外性もない。せっ
かく改装したというのに。

空港はもう少し日常から離れていてほしい(しょっちゅう飛行機で飛び回っているビジネスマン/ウーマンはどう
思うのだろうか。 ジョージ・クルーニー主演の「マイレージ、マイライフ」をもう一度観直すべきかも)。

出発まであと一時間弱。どうせまた遅れるのだろうけれど(と思っていたら案の定。これも日常の一部になってし
まった。やれやれ)。

やっぱり遅れたけれど、空港の写真がなかったので、オムライスの写真と同時掲載というわけでした。

*開高健「知的経験のすすめ」(1987、青春出版社)


2018.03.10 夕日通信

フリースタイルスキー・スキークロス

先月の帰省中の実家で空いた時間にテレビをつけたら、やっていました。ま、オリンピックの真っ最中だったか
らね(オリンピックはどうも……という気がしながらも、つい見入ってしまった)。

一口にスキーと言っても、今はいろいろな競技があることがわかったのですが、けっこう危険を伴うように見え
るものが多い。

その中で気になった言葉。


*

「無難に行って3位を守るよりも、リスクを冒しても上位をめざす」。カナダのC・デルボスコ選手のスタイル。
フリースタイル・スキーのギャンブラーと呼ばれているらしい(確実な順位よりもチャレンジを楽しむ、という
ことか知らん)。いいね(成績だけを競うのなら、つまらない。競技での話だけれど)。

また、他の種目を見ていても、精神力というかプレッシャーに押しつぶされない気持ちの強さが決め手のようだ
(たぶん、上位の選手たちの技術力は伯仲している)。

とすれば、学生諸君の取り組みの姿勢についても、同様のことが言えるのではあるまいか。戦時中の「欲しがり
ません、勝つまでは」というような精神主義や根性論だけではどうにもならないが、気持ちの持ちようの力は大
きい。

* 写真は、https://mobile.twitter.com/MarimoMagnet/status/966176477539651585 から借りたものを
加工しました。

2018.03.04 夕日通信

三寒四温

よく晴れてもう春と思うような日の翌日は曇って、まるで冬に逆戻りしたかのようになることがある。

三寒四温(冬の季語のようだけれど。晩秋から初春にかけて、3日間くらい寒い日が続いたのちに4日間くらい暖
かい日が日が続き、これを繰り返すこと*)。しかし、確実に季節は前に進んでいる。






稲を刈り取られた後の田圃も、手を入れられたところは緑を増してきています(これも重要)。

なかなかうまくいかないように感じている学生諸君は、これらのことを思い出せばよいのではないかしら。

* デジタル大辞泉(電子辞書)


2018.03.03 夕日通信

二月の羽田空港フードコート

ここでもやっぱり、春が近づいていることが知れます。スクリーン越しの空があかるいし、壁面に映る光りの線
も鮮やかさを増したように見える。

お蕎麦屋さんが変わっていて、初めて食べたのですが、正直に言うなら先代の方が好み。しかし、お店のサービ
ス担当の女の子はなかなか手際が良かった。

フードコートはあいにく混んでいて、相席だった。おまけに、彼らがあんまり愉快とは言えない話をずっとして
いたので、ゆっくり食べられず、春の気分が台無し。写真も無し(やれやれ。こうした傍若無人なふるまいには
困ったもの。当人たちはそれで楽しいのだろうけれど)。




食事を済ませた頃に、隣のテーブルが空いたので、すぐに移りました(でも間髪を入れずにもうひとりお客が。
それから写真を)。

飛行機は案外空いていて、3列席を独り占め。一方、ファーストクラスやクラスJの席は満席だったようなのは、
ここでも2極化が進んでいる?


2018.03.01 夕日通信

老婆心

一昨日17日は、2つのゼミ合同の卒業生と在学生の交流会。およそ100人ほどが集まった。卒業生たちの話を
聞いていると、皆がそれぞれにしっかりと活躍している様子が知れてまずは一安心。特に、司会を生き受けてく
れた卒業生は当意即妙、素晴らしかった。社会の波に磨かれたせいだろうか。

ところで、先にも書いたように、最近の学生の振る舞いが気になる。

ちょっと辛いことがあったりきつい思いをすると、すぐに投げ出してしまったり、関心を失ってしまうように見
えるのです。

また、即効性と実効性と効率性ばかりを優先しがちなところもあるよう。

こんなことでは、後々後悔することになるのではあるまいか(と、心配になった次第)。もう少し続けてほしい
し、なによりしなやかな心、折れない気持ちを持ってほしいのだ(半面教師のような僕が言うのもなんですが)。

そこで、もう既に書いたことも含まれるけれど、彼らが銘じておいていい言葉だと思うものを3つ。

まずは、一つめ。

かつてまだ若かった頃、居酒屋に集まってはグラスを空けながら、時の経つことを笑い飛ばして、これから成す
はずの素晴らしいことを考ていた若者が、やがて年を経て同じ居酒屋の前に立つ。そのたたずまいは何も変わっ
ていないように見えたけれど……、

In the glass, I saw a strange reflection
Was that lonely woman really me?
私はガラスの中に映った不思議なものを見た
あの寂しげな女性は私だった?

と自問し、

Oh, my friend, we’re older but no wiser
For in our hearts, the dreams are still the same
ああ、友よ、私たちは年を取ったけれど、賢くはならなかった
心の中には未だ夢は同じまま

と呼びかける。Mary Hopkin –「 Those Were The Days」*の一節。うかうかしていると、あっという間。




二つめは皆さんの多くが愛用するMacやiPhoneやiPadを世に送り出したスティーブ・ジョブズの言葉。

「たいていの人は目標をやり遂げる前に、あきらめてしまう」

と、NHKのクローズアップ現代に出演した時のインタビューで話しています。彼自身は目標へ到達するまであき
らめることをしなかった。

三つめは、以前に取り上げた開高訳によるアルトゥール・シュニッツラー**の言葉。

「総じて言うて、人生は短い。だから、ランプの消えぬ間に生を楽しめよ」。

これらをどう解釈するか、生かすも生かさないも、受け取る側次第。ただし、時の経つのは速いのだよ。

* ホプキンはビートルズのアップル・レコードの第1号アーティストしてデビューし、マッカートニーがプロデュ
ースしたこの「Those Were the Days」は、1968年に発表されたもの。とすると、ホプキンはこの時、なんと
18歳(この年でこういう歌を!?。恐るべし)。

**シュニッツラーはオーストリアの劇作家。映画「輪舞」の原作者でもある。

(リンク等については後ほど。しばらくお休みします)


2018.02.19 夕日通信

映画「ヒッチコック/トリュフォー」

ヒッチコックを敬愛するトリュフォーは、かつてヒッチコックにインタビューして、映画づくりのバイブルとも
賞される「定本 映画術」を著した。




映画「ヒッチコック/トリュフォー」はこれの様子を記録した写真と音声と、ヒッチコックから大きな影響を受
けた10人の監督たち(この中には、「ビフォア3部作」のR・リンクレイターも)の言葉を織り交ぜながら進ん
でいく。

ヒッチコックは、「映画は観客のためにつくられることを忘れてはならない」と言い、彼らを喜ばせるために力
の限りを尽くした。一方、トリュフォーは「作家主義」を出自とする。これは、「大衆性」か「芸術性」かとい
うことではない。これは必ずしも対立するものでなく、両立できるもので、これを体現したのがヒッチコックそ
の人だというのだ。

ちょっとぼんやりしながら見ていたので、よく理解できていないかもしれないけれど、観る人が喜び、かつ何か
しらその人らしさ、すなわち「個人の痕跡」=「個性(オリジナリティ)」が見て取れる、ということこそが肝
腎ということだろうか。そして、このことは必ずしも世間的に有名かどうかを意味しない(無名のすぐれた職人
技のように)。

とすればこれは、映画だけでなく、それが創作行為、表現行為である限り、何にでもあてはまりそうです。

*写真は映画.com http://eiga.com/movie/84626/ から借りたものを加工しました。


2018.02.17 夕日通信

早春の色二様

立春を過ぎてもなお寒い日が続くけれど、一歩外に出ればもう春らしさがいっぱい。






キャンパスにはあかるい光りが満ちているし、目の前の川面の水の色も青さを増して、確実に春が近づいている
ことが知れる。やっぱり、立春というのは伊達ではない(!?)。

しかし、ちょっと心配なことも。

今は、ちょうどHED展*の間際で、まさに今朝が搬送の日。ゼミからも出展するのですが、これへの取り組みが
いまひとつ。提出期限に間に合わなかったり、間に合ったものでも、 つくっただけましとでもいうのか、さら
によくしよう、もっとよく見せたいという気持ちが乏しいように見えるのだ。検討を重ねながら少しずつでもよ
いものにしていくということは、演習のエスキースチェック等で体験しているはずなのに。

これはいったいどうしたことだろう。

忙し過ぎるのか(今の学生にとって、アルバイトは不可欠)、時間管理がうまく出来ないのか、等々いろいろと
想像がつく。それぞれに、事情もあるのに違いない。

それでも、思わずにはいられない。

彼らは、ものをデザインする、ものをつくる、表現するということにさほどの関心、こだわりがないのか。

はたまた、こちらがだめなせいなのか……。

*横浜そごう9階で、2月16日から21日まで開催。ぜひお出かけください。


2018.02.15 夕日通信

「男と女」の次は

「男と女」の後、次は何を観ようかと考えていて(映画を1本観ると、不思議なことに続けて観たくなります)、
ふいにルルーシュと「ビフォア・サンセット」の監督リチャード・リンクレイターの手法はよく似ているのでは
と思ったのです。と言うのも、「ビフォア3部作」も好きな映画だから。




で、採点よりも「ビフォア・サンセット」。

どちらも、もうそれほど若くはない男女二人が主役(「男と女」の方が少し年上のように見えるけれど、それは
時代のせいで、案外同じくらいではあるまいか)。この二人の感情の動きを捉えようとして、ドキュメンタリの
要素がある。登場人物が少ない。短い間のことを扱う。おそらくは撮影日数も。 ドラマチックな場面は少ない。
このため、何に語らせるのか、カメラワークが重要、等々。

けっこう共通点がある。

一方、ルル—シュは台詞をできるだけ切り詰めて表情や風景に語らせようとするのに対し、リンクレイターの方
はほぼ会話と表情(そして風景)だけで成立させようとするところが異なる。

似ているところも違うところも含めて、やっぱりリンクレイターはルルーシュの映画を好きなのかも、という気
がしてきたでしょう。影響されるということはそういうことでもある(あ、実際のところは、影響の有無は分か
りません)。おまけに、ヒロインのジュリー・デルピーはフランス人。

ついでに言うと、主役のイーサン・ホークとデルピーは「ビフォア・サンセット」の脚本に参加しているだけで
なく、ホークには小説や監督作品があり、デルピーはちょっとあけすけだけれど、洒落ていて面白い映画を何本
か監督しています(この3人は、お互いに影響しあう関係なのかもしれません)。

もうひとつ、ルルーシュとリンクレイターの二人は、ともにシニカル、だけどハッピーエンドを願っているよう
でもある。

ま、こんなことはどうでもいいことなのだけれど、こうやって考えたりすることは、(少なくとも、個人的には)
何かしら役に立っているようにも思えるのです。

あ、若い人は「ビフォア・サンライズ」を先に見る方がいいかも。

ああ、またしても「サイテン」が……。


2018.02.09 夕日通信

夕空の角度

帰り際、エレベーター横の踊り場から見えた夕空のおおきな雲の形とあかるい黄色の光りが美しかった。

そこで、すぐに5階へ。踊り場からは視界が狭いのだ。




5階へ上って、誰もいない教室の窓を開け、カメラを構えた。でも、下で見た時となんだか様子が違う。大きな
雲を下から見上げた時のダイナミックな感じがないのだ。このことは下に降りて車を走らせてから、なおいっ
そう思ったのでした。

ついそれまでの癖で5階に行ったけれど、同じ景色でも見る位置や高さで印象が大きく異なることを忘れていた
のだね。

車を止めて、撮ることができなかったのが残念。ま、電線やら何やらのことを考えると、こちらにも欠点がある
と宥めながら諦めることにしたのでした。

で、またしても採点は進まなかった……。


2018.02.08 夕日通信

ドーヴィルまではどのくらい

冬のドーヴィルの浜辺がとても美しい。




久しぶりに見た映画「男と女」の一場面。もう何十年も見ていなかった(記憶と違っていたらどうしようと恐れ
たためでした)。

しかし、心配無用。ぜんぜんそんなことはなかった。アヌーク・エーメはもちろん、クロード・ルルーシュのつ
くる画面もフランシス・レイの音楽も素晴らしい(彼ら、特にルル−シュやレイは、うんと若い時にそれをやっ
てのけた)。

僕はいろいろなものに憧れたのに、ぼんやり暮らしてきたのだね(どうやら、根っからの怠け者に生まれついた
よう)。それにしても、ずいぶん若い時に見たのはどうしてなのだろう。

若い頃の僕は、ポピュラー音楽はたいていアメリカかイギリス(ビートルズよりもビーチボーイズ派)、ファッ
ションはイギリス贔屓(これにアメリカとフランスを少し)。なのに、いちばん好きな映画はなぜか断然フラン
ス映画。「男と女」、「冒険者たち」「アメリカの夜」。 ちょっと不思議。 もちろんイギリスやアメリカの
映画で好きなのもたくさんあるけれど。

そして、ヒロインのアヌーク・エーメは格別。そう言えば、「冒険者たち」のジョアンナ・シムカスも、「アメ
リカの夜」のジャクリーヌ・ビセットも。ついでに言うと、「八月の鯨」(これはアメリカ映画)の二人だって
(この時なんと93歳と79歳)。

魅力的な映画には魅力的な女優がいるというのも、案外的外れではないのではという気がします。

でも、A・エーメの夫(実生活でもそうだった時もあるようです)役のピエール・バルーは見かけはたいしたこと
はないけれど、穏やかな佇まいと歌は素晴らしい。「冒険者たち」のリノ・ヴァンチュラはもっとさえないいで
たちだけれど、とても渋くて良いし、若い頃を過ぎても好きなことに打ち込む姿はもっと良い(しかし、それより
もずっと前にエーメと共演した「モンパルナスの灯」では、モディリアニを食い物にするひどい画商役だった)。
「男と女」のもう一人の主役ジャン・ルイ・トランティニアンはそうでもなさそうですが、彼とヴァンチュラの二
人ともが自動車に命をかけていて、少しずつ似ているところがある。

そうそう、「男と女」は車好きにもたまらない。たとえば、ジャン・ルイが乗るフォード・ムスタングの他にもオ
ースティン(モーリス)・ミニやらたくさん出てきます。ヘッドライトが丸目だった頃。

「男と女」が制作された頃、雨の日のパリでは遠出を諦めて「映画」を観るか家で「トランプ」か「ラジオ」しか
楽しみがなかったらしい(映画の中でカーラジオがそう言っています)。テレビが主役でなかった時代。いい時代。
もちろん日本にもあったわけだけれど。




ところで、ドーヴィルまではどのくらい。例えば、パリからは何時間。


2018.02.07 夕日通信

我が意を得たり

日曜の朝、のんびりと新聞の書評欄を読んでいたら、おっと思わずぼんやりしていた目が覚めるような文に行き
当たった。

曰く「文学は実学である」。

これはなかなかお目にかかれない言い方ではあるまいか。文学は「実学」でなければいけないとは思わないので
すが、小説を読むのはただの楽しみ、役に立たない暇つぶしのように言われるのがなんだか気に入らなかった。
しかも、その後にはこうありました。

「文学は批評精神を磨く道具である」。

我が意を得たり。




書いたのは島田雅彦、評者は斎藤美奈子。さっそく買いに行かなければ……。と、はしゃぐこともないけれど。
おまけに、設計演習における課題と同様だと思ったのです。

僕は、本を読む時に、小説も評論も何もジャンルにかかわらず、まずすることがある。それは、2色か3色のフ
リクションペンを側においておくこと。だから、本を読むときこれがないとちょっと落ち着かない。

大事だと思ったり、面白いと思ったりした時には赤い線を引き、上に青で簡単なメモを書いておく(色を変える
のはたいして意味はありません。自分が思ったことは別の色にしておきたいというのと赤ばっかりだったら目が
疲れそう、というだけのことです)。

読み終えた後に、この線とメモをたよりにもう一度ざっと読み返すのです(そうしないと、忘れてしまうから。
これは、梅棹忠夫の「知的生産の技術」に学んだこと)。本を読む時はだいたいこのやり方(読書ノートを付け
るまではなかなかいきません)。学生諸君にも勧めるのですが、なかなか受け入れてもらえないようです。

小説も設計の課題も、言うまでもなくフィクションで、小説の世界は実際にあったことではないし、課題は現実
に施主がいるわけでもなく建つこともない。しかし、ここから何を読み取るか、何を問題として受け取り、どう
対応するかによって、それが持つ価値、というかもたらす意味は大いに変わるはず。

別の言い方をするならば、本を読む人、課題を設計する学生がそうした「問題意識=批評的精神や想像力」を持
たない限り、それが何であっても同じこと。ただのゲームになって、見かけ上面白く読んだ、上手にまとめたと
いうことに過ぎない。と、言ってよいのではないかと思うのです。

今日は卒業生のコバヤシくんが訪ねてきてくれたのですが、彼と話していてよりその思いを強くした。そして、
それにも増して、しっかりと考えていることに感心しました。


2018.02.06 夕日通信

大いなる誤解



よく晴れた朝、侍従川の水面に映った景色が美しかった(ちょっと印象派の絵を思わせる)。自転車を止めて、
写真を撮り、しばし見入った後、再び漕ぎ出した。

と、道路の際に何やら鳥のような姿が。

鴨も日向ぼっこ、それとも美しい景色を眺めているのかと感心して、少し戻ってカメラを構えた。

でも、何かが変。

近寄っても、動く気配がない。

おかしい……。

もしや……。




で、さらに近寄ってみると……。それはただの空き瓶、でした(やれやれ)。


02.04 夕日通信

心に届く「言葉」

人が発した言葉が胸を打つ時がある。

それは彼や彼女が有名か無名かは関係ない。

それらはたいてい声高に叫ばれたりはしない。

ひっそりとつぶやくように表現されるのだ。

とくに深淵めかすことなくシンプルな言葉で語られる。

しっかりと生きた人だけができることのような気がする。

クリームのベーシストだったジャック・ブルースは、誰もがやったことがなかった新しい音楽をつくろうとして、
ビートルズやビーチボーイズの影響を受けているけれど、自身はポップ・ミュージシャンでなかったので「結局、
オリジナルなものになった」 と言う。






元ザ・バンドのリヴォン・ヘルムは「良い音楽を残さないのは問題だ。若いミュージッシャンのためにも演奏す
るべきだ*」と言い、また晩年になってスティックの持ち方を変えたことについて、それまでは「欲を出して、
曲に良くないことをやろうとしていた」と(こんな老爺になれたらいい。風貌も品がある)。

そして、ある音楽プロデューサーはこんなふうに。ソング・ライターになりたかったら「諦めずに続けなさい。
センスや技量を磨きながら、大きなチャンスが来るまでは他の仕事もつづけなさい」。

これらは、音楽に限らず、何にでも当てはまりそうです**。

* この時のレヴォン・ヘルム・バンドのキーボード奏者として、あのドナルド・フェイゲンの名前が出てきたの
には驚いた。「良い音楽」でつながったのだろうか。
** BS-TBS「SONGTO SOUL」#115 R.I.P. Music Legends 〜素晴らしい音楽は永遠に〜


02.03 夕日通信

雪は厄介だけれど

夜の9時。




街灯に照らされながら降る雪を眺めていると

やっぱり美しいと思う。

明日は厄介だけど。




翌朝は、さほどではなかった。惜しいようなほっとしたような……。


02.02 夕日通信

「制約」の功罪

ラジオで聞いていいなあと思った曲を改めて聴き直すと、「あれっ」と思うことが少なくありません。




たとえば、ずいぶん前のことだけれど、カーラジオから流れてきた曲が大変美しかった。サイモン・ラトル指揮
のマーラー作曲「交響曲第10番」(未完の曲です)。

さっそくCDを手に入れて聴いてみたのだけれど、車中で聞いたほどの感動はなかった*。

なぜだろうとずっと思っていたのですが、ある時(というのはつい先ほど)ふいに気づいた。わかったような気
がしたのです。それは、その時の状況に付随する制約、ある種の不自由さがもたらしたことではあるまいか。

車の中では、たいていそれを聞くしかない。なんといっても運転中なのだから。ということは、制約があって、
聞き方としてはずっと集中しているわけではないけれど、良いと思ったところだけをちゃんと聴くことになって、
その印象が頭に残る。

ところが、CDやYouTubeなんかは途中で切ることができる。自分が良いと思ったところまで辿り着く前に、他
のものに変えたりすることがあるのです。もちろん、当然期待値も高まっているわけだから、よけいにそうなり
がち。

で、逆のことも。




この間ラジオで紹介されていたジャック・ルーシェ・トリオの「プレイ・バッハ」の中の一曲。番組の中で出演
者の三人が三人とも「いいでしょう」「いいですねえ」と褒めるのを聞いて、ちょっと聴き直してみようという
気になったのでした。残念ながら、同じものはなかったので、家にあった彼らの「ゴールトベルク変奏曲」を聴
いてみた(実は、初めて聴いた時はあんまり好きにはなれなかった)。すると、これが案外よかったのです(こ
ういう場合もある)。

でもね、その時は食事中で、おまけにお酒も入っていた(これって、ちょっと不自由な状況!? カーラジオの時と
一緒!?)。

* あとで改めて聴き直したら、やっぱりいいなあと思いました。しかし、あれが一番だという気も(これは記憶
が美しくしているせいなのかもしれない)。しかし、このCDもいつのまにかどこかにまぎれてしまったよう。
写真はバーンスタイン指揮のもの。


01.31 夕日通信

大雪

この日は午後から大雪という予報が出ていたので、用事は午前中にすませて備えた。




ところが、お昼ご飯をすませても、まだ雪が降る様子はない。録画してもらった音楽DVDをのんびりと眺めてい
て、ふいに外の様子はどうかと気になって見てみると、辺りは真っ白。雪も途切れることなく降っている。

なんだか、嬉しい。

暗くなっても雪はやむことはなく、美しい景色だと思った。




翌朝は晴れていたが、雪は残っていて、朝陽を受けた街がやっぱり美しく見えた。

しかし、車は出せない。自転車も、歩くことだってむづかしそう。ま、たいていのことはこうしたもの。




で、オムライスをつくることにした。


01.24 夕日通信

ある「言葉」から受け取るもの

ちょっと変に聞こえるかも知れないけれど……。

何人かの学生と話をした時のことなのですが、「若いということはいいなあ」と思ったのでした。ま、その中に
は必ずしも楽しい、ハッピーなことばかりではないことも含まれていたのですが……。

人は誰でも、いくつになっても、いろいろと経験する。 例えば今までやって来たことがうまくいかず、築いてき
たことを白紙に戻さなければならないようなはめになった時に、 もう立ち直れないほどに落ち込んだり、体中の
水分が無くなったのではと思うくらい泣いたりするかもしれない。そんな気持ちを全身全霊で受け止めることが
できるのは、たぶんよくも悪くも若い時だからこそではあるまいか。

辛いことには違いないけれど、でもそれだって考えようによっては、新しい可能性を手にしたと言うことだって
できる。なんであれ、「若い」ということは失敗もするかもしれないけれど、取りもどす時間もエネルギーも十
分に残されている季節のはずだから。だからうらやましいのです。

で、前回のHPで書いた直後に、今度はこんなことを書くのは何なのですが、夕刊を見ていたら、驚くべきことに
遭遇したのでした。曰く、「……。私は演技への情熱がない俳優ですが、これからは出演のオファーに、前向き
にイエスという気持ちになれた」。




かつて「ラブコメの帝王」と呼ばれたヒュー・グラントが、インタビューで語った言葉*。 ああ、こういうこと
を言う人がいるのだと思った。あんまり聞かない(ということは、たいてい良いようには受け取られない)ので
すが、正直に言えばちょっとほっとしたのです。「○○に一生懸命取り組んでいます」、「命がけでやっていま
す」ということが求められるような世界で、なんという言い方であることか(ま、額面通りに受け止めるわけに
はいかないという気もしますが)。なお、この発言の前には、こんな言葉が。「この映画には不思議と心を動か
された」。

実は、以前に一度だけ似たような経験をしたことがあって、自分の存在が(かろうじて)許されるのだ、と思っ
たことがあった。簡単に言うなら、一般に言われるような「仕事一筋」の生き方をしていると言って見せたりし
なくてもいいのだ、と言われた気がしたのです。

さらに、何かを「成し遂げようとする」ことに熱心でなかった人間でも、もう一度生き直せばいいのだと励まさ
れた気がしたのでしたが、今回も同様な気持ちになったのでした( 年を取るに従って、ついこれに甘えたくなる
……、のだ。またまた反省)。

*朝日新聞 2018.01.19付夕刊 映画欄。
ついでに言うと、「ノッティングヒルの恋人」や「ラブ・アクチュアリー」、「ラブソングができるまで」など
は楽しめるのですが、「アバウト・ア・ボーイ」や「フォー・ウェディングス」なんかはちょっと苦手。

01.21 夕日通信

パッションの力、盗み取る才

いつ頃からは覚えていないけれど、比較的最近になって デビッド・ボウイに興味を持つようになった(そのため、
LPレコードはおろかCDも1枚もない、のです。そういえば、CDを買わなくなって久しい)。


僕のまわりには彼のコアなファンが何人かいて、年末にもらった年賀状を繰っていた時も、ボウイが亡くなって
寂しいというのがあった。

彼は、自分のことを「(人格の)コレクターだ」と言う*。「触媒的な存在でいたい」とも。いろいろな役を「演
じる」ということなのでしょうね。例えば、ロッカー、ヴォーカリストの役を演じる。彼は自分をロックスター
ではなく「アクター(=演技者)」と言っているので、あるイメージを演じるロッカーの役を演じるという方が
正確かも。

しかも、「暗いトンネルを抜け」るためにそのイメージさえも何度も変え続けてきた。そして、そのことを徹底
的にやってみせることで成功を収めてきたのだ。

若い頃はそういう彼にまったく惹かれなかったのだけれど(ま、僕はたいてい何でも人より遅れるのですが)、
最近になって興味が出てきたのです。たぶん、その頃の僕は「何者か」になりたかったのだ。そして、その後何
年もの年月が過ぎた。




彼は音楽の世界で、演じる自己を徹底してプロデュースし続け、そして確立してきた(これは彼が、何かを成し
遂げた人々と同様に、そのことに対する並外れたパッションを持っていて、しかも真摯に取り組んだからに違い
ない)。また、当時の彼のバンド仲間の一人は「盗むのがうまい」と評しています(このことは過小評価され勝
ちだと思うけれど、きわめて重要な能力のひとつではあるまいか)。

一方、僕はと言えば相変わらず容れ物のままで、しかもごく小さな容れ物でしかないのですが、遅ればせながら
彼に倣って、その小さな世界で自己を再構築することに取り組まなければならない、と思うようになったのでし
た(やれやれ。でもこのことさえ忘れそうになることがあって、はづかしい)。

誤解されるといけないので大急ぎで付け加えると、楽曲も魅力的なものが揃っています(ま、 当然と言えば当
然ですが)。

*引用は「デビッド・ボウイ 5つの時代」(2013、イギリスBBC制作/NHKBS1)による。併せて「SONG
TO SOUL ジギー・スターダスト/ デビッド・ボウイ」(BS-TBS)も観直しました。


01.19 夕日通信

「慣れ」の効果



昨年の春にお店でもらったショッピングバッグ(?)を見るともなしに見ていたら(しばらくの間、本棚の隅に
引っ掛けておいたのでした)、不意に使ってみようかしらという気になった。

「慣れ」というのか、はたまた「慣らし」というべきか、眼に(そして気持ちにも)馴染むまでに時間がかかる
のだね。

ただ先日のラブコメ「ラブ・アゲイン」の時のように、慣れ過ぎてしまうと、また別の問題が生じることもある。
厄介ですね。


01.17 夕日通信

捨てる経験

年末に、初めて本を捨てた。しかも大量に。

家が引っ越しが多かったために、母の実家である叔父の家に預かってもらっていたのだけれど、納屋が雨漏りす
るようになって修理した際に、整理することに。と言っても大小さまざまな箱(段ボール箱や木箱)をいちいち
開けて確認するわけにも行かない。始めはそうしていたのだけれど、らちがあかないので、すっぱりと諦めるこ
とにしたのでした。




残念な気がするけれど、早晩またこうしたことを体験しなければならない時がやってくるに違いない。そのため
の(ちょっと辛い)練習。

五木寛之が、現在はモノを捨てることが流行だけれど、逆にモノに埋もれて暮らすのもあっていいのではないか
というようなことを言っていたのを見たことがある。僕自身は、憧れは別にして、明らかにそちら側のタイプな
のだ。

しかし、捨てなければならないものは、モノばかりではない。


01.16 夕日通信

ラブコメの効用

先日、いっしょに演習をやっている同僚が、「ラブコメで何かやりましょう」と言う。

あんまりラブコメが好きそうには思えないのだけれど(だいたい、かつて映画は女優で見ると漏らした時に、だ
からだめなんですよと言った張本人なのだから)。僕はラブコメが案外好きで、「ラブコメに学ぶインテリア
を何回か書いたりしているのです。

で、どんな計画があるのかは知らないのだけれど、ともかく予習しておこうと思い立ち、何にしようかとインタ
ーネットで調べてみたら、史上最強のラブコメという評判のあった「ラブ・アゲイン」(2011)を観ることに。


*

高校時代からの付き合いの妻エミリー(ジュリアン・ムーア)から突然離婚を告げられた中年のキャル・ウィー
バー(スティーブ・カレル)が紆余曲折を経て、よりを戻すというのが話の中心。未練を断ち切れないキャルが
毎晩バーで嘆くのをなぜか見かねた、若くてかっこいい遊び人のジェイコブ(ライアン・ゴスリング)が魅力的
になるコツを教えてくれるという。




その時のエピソードの一つが面白かった。まずは服装からということで服を選びに出かけた際に、ジェイコブは
キャルの履いていたニューバランスを取り上げ、いきなり放り投げる。「お前は学生か。スティーブ・ジョブス
か。アップル社のオーナーか」と問いただし、そうでなければ、「スニーカーを履く権利はない」と言い放つ。
そして、キャルがこれで十分というギャップのジーンズもママ用ジーンズだと切り捨てるのです。

このことは、洋服の価格や品質、そしてカタチよりも、それが持つ記号性が重要と言っているのだね。すなわち、
見られたい自分の姿をきちんと認識し、これを実現するために相応しいイメージの服をちゃんと選べということ
でしょう(映画が作られた頃の日本での大方の考え方とは少し違うような気がするけれど、ひとまず措く)。

これを愚かしいことだと言って退けることは簡単だけれど、けっこう重要なのではあるまいか。本質が大事なの
だから着るものは何でもいいのだと言い切るのも正論だとは思うのだけれど、年だけ重ねていてもなりたい自分
に成り切れない身としては、せめて形でもという気がするのです。

日常にどっぷりと浸かって慣れてしまえば、刺激も驚きも喜びもなくなり、生きているということさえも錆び付
いてやがて輝きを失ってしまう。

ラブコメから学ぶことは、インテリアばかりではなさそうです。

さて、どんなアイデアなのかしらん。

*写真は、「ラブ・アゲイン」の公式HPから借りたものを加工しました。


01.14 夕日通信

遅ればせながら、謹賀新年

気分がよかったこと。

年が開けてしばらくした頃に帰省先から戻ってきて、夜遅くに駅からバスに乗ったのだけれど、その時の運転手
さんがよかった。

降りる人がいるたびに、「ありがとうございました」と言う。そして、(遅いですから)「お気をつけてお帰り
ください」と声をかけるのでした。

ま、当たり前と言えばそうに違いないけれど、こうしたことが絶えて久しいのではあるまいか。いっぽう、お礼
を言って降りるお客もほとんどいないのだ(お金を払っているのだから当然、というのではさびしい)。

お互い様の気持ちで、日々を過ごす。深夜のバスの運転手さんのような人が増えると、うんと気持ちのいい社会
になるに違いない、と思うのです。




良い年でありますように。


01.12 夕日通信

教員コラムvol.231再掲

教員コラムに掲載されたものを一部加筆して、再掲します。

椅子は座るためのもの?−既成概念を疑う

当たり前ですね。「椅子は座るもの」。そう思っている人が殆どだと思います。

学生たちに訊いても、まずそういう答えが返ってくる。したがって、たいていの場合、椅子の評価はまず座り心
地。それからカタチ、材料となるのではあるまいか。「いちばんいい椅子は何ですか」というよくある質問も、
たぶんこのため(使い方も座り心地の指標もたったひとつしかないかのようです)。

でも、モノ(椅子)はひとつの機能だけではないし、椅子は座り心地だけで評価されるものでもありません。 お
まけに、その座り心地でさえいろいろある。 仕事をするための椅子とくつろぐための椅子とでは求める座り心地
や形が違います(ソファで仕事はできません)。

「えっ」という声が聞こえてきそうだけれど、そういう人だって実は経験しているはずなのです。たとえば、カ
ジュアルな服とドレッシーな装いは場面に応じて着分けているはずだし、プリントされた絵柄が気に入っている
お皿だって、飾ったりするのではありませんか。

だから、椅子についても、お皿と同じように考えて飾ってもいいというふうに思いつくのは当然です(そうでし
ょう?)。あるいは、モノを飾るための台、スペースとして使うのだってぜんぜんかまわない。もちろん、他の
ものについても同じこと。




座ることを目的としない椅子は、たとえば倉俣史郎作「ミス・ブランチ」、アレッサンドロ・メンディーニによ
る「ラッスー」等が知られてます。この他にも映画やテレビドラマにもよく登場したチャールズ・R・マッキン
トッシュの「ラダーチェア」も座れないことはないけれど、むしろ眺めたり、飾ったりするのに向いている。写
真のジオ・ポンティ作の超軽量椅子「スーパーレジェーラ」もそんな気がします。よく目にするアルヴァ・アア
ルトの「スツール」は小さなコーヒーテーブルのようにも使えます)。

先入観を捨てて、ちょっと見方を変えて物事に向き合えば、きっとあたらしい発見があるはずです。レポートや
課題に取り組む時も実生活の場面でも、常識や既成概念の束縛から離れて自由になろうと心がけるのがよい、と
考えるのです。

ところで、この時期の3年のゼミ生は、横浜シルク博物館で開催される「シルキー・ウィンター・フェスティバ
ル」の会場構成の準備の真っ最中。12月1日から1月8日まで開催です。本コラムがご覧頂ける時にはもう過ぎ
ていると思いますが、メイン・イベントの12月17日「シルキークリスマス」には本学科山﨑ゼミの学生による
ファッションショーもあり、このためのインスタレーションも行いました。


12.25 夕日通信

ちょっと気になった

先日、ずっと続けてきたちょっと不思議な3人だけの忘年会でのことが、ちょっと気になった。

いつの頃からか、この年齢も仕事も異なるメンバーがリタイアした時には、スコットランドのウィスキー醸造所
をめぐる旅をしよういうことになっていて、実現するのは3年ばかり先のことになりそうということだったので
すが、今回、3人が無理なら2人だけでも来年視察しておくのはどうだろうという話が出た。

それを言い出したのはいちばん若くて、仕事柄もあってのことか、いちばん時代に敏感であろうとしていた。そ
れが、今はそうでないと言いだした。例えば音楽を聴く時にも、新しさは気にしない、もっと言うなら新しいも
のは聞く気がしないとも。驚いてその理由を問うと、「安定を乱したくない」のだと言う。

そして、その翌日にも同じようなことを、さらに若い同僚からも聞いたのです。

唐突な気もして、「えっ」と言う気持ちは否めないのですが、そうしたものなのだろうか。僕も別に流行を追い
かけようという気持ちが強いわけではないけれど、そのことによって安定をみだされたくないと思うことは(た
ぶん)ない。




となれば、僕は安定期を過ぎて、線香花火が終わる直前のような状況ということだろうか(うーむ)。

そんなことを考えてから、ふいに「もしかしたら、僕は彼らのようにストレスにさらされることなく、脳天気に
過ごしているということか、ということに思い当たり、しばし呆然として、うなだれたのでした。

来年は……。

よいお年をお迎えください。


12.24 夕日通信

速報・卒業研究提出

昨日は卒業研究の提出日。

僕がかかわった学生は、いずれも間に合ったようです(でも、学科全体を通じて、今年はいつにもまして設計が
少なかったのは寂しい。いったい、どうしたことだろう)。




最近は提出時刻の運用が厳しくなっていることもあって、ここ数日はなんとか間に合って欲しいと願いながら、
ハラハラしていました。 比較的余裕を持って提出した学生もいたけれど、一方ギリギリまで心配させられた学
生も(でも、特に焦っているふうではなかったので、本人は案外そうでもなかったのかも)。

ただ、間に合ったから良いというのではなく、結果がどうだったか、これが自分ができる最良の結果だったのか
を心に留めておいて欲しいと思います。

僕は、「出さないより出す方がいい」、(当たり前のようですが)10を追求して7しかできずに「断念した」と
いうよりも、5であっても「出した」ということの方が学生にとっては断然良い体験だろうと思っているので、
スケジュールの管理がむづかしい(事前に締め切りを設定して、間に合わなかったら諦めてもらうということに
すればいいのかもしれませんが、それができないのです)。

さらに、彼や彼女らが何かしらの思いやアイデアを持ってきたのなら、それに対して僕なりに一緒に一生懸命考
えるつもりでいますが、何もなくあなた任せで「どうすればいいんですか」というような尋ねられ方をされたら、
具体的な対応はできない。せいぜい一般論的な言い方ができるだけです。

つまり、スタートからゴールまでのやり方をすべて示して、やらせるというやり方はとてもできないのです(彼
らの作品であるということと、当方の能力のせい)。

さて、今年の卒業研究生はどう感じたのだろうか。

けっこう長い間体験し続けてきたのだけれど、なかなかうまく行きませんね。


12.21 夕日通信

また、中庭にテント

食堂に行く途中に、またまたテントを発見。今度のは、屋台と小さなテントの組み合わせ。

おまけに、フード・トラックも来ていました。




さっそく写真を撮りに行って訊くと、卒業研究のためのデモンストレーションらしい。

まだ昼休み前だったのに、けっこう学生も集まっていました(飲食が絡むと強い、というのは本当)。

テントは、やっぱりいいね。もちろん、こうした試みも。


12.19 夕日通信

ささやかな改訂版

このところ瓶シリーズが滞っていますが、例の繭玉のランプに少し手を加えました。




電球を40WのLEDの変えたのですが、あんまり変わった気がしなかったので、その前に瓶を並べてみた。

さて、どうでしょう。

さらに間に間に合わせの和紙を挟んでみたりもしたのですが……。和紙を重ねて洗濯糊で張りを出したら、もう
少しよくなるかも(近いうちに試してみることにしよう)。


12.18 夕日通信

思い込み

帰宅途中に買い物をしようと、スーパーマーケットに寄った時のできごと。




買い物を終えて自転車に鍵を挿そうとしたら、奥まで挿さらない。当然、廻すこともできない。

何回やってもうまくいかないのです。鍵はこれしかないから、間違えようもない。

外は真っ暗になるし、しようがないので、自転車は置いていくことにして、元自転車競技部だった昔の同僚に連
絡したら、翌日鎌倉に用があるついでに来てくれることになった。

彼も、まずは鍵を挿して廻そうとするのですが、当然廻らないので、「鍵は本当にこれですか?」と聞かれた。
「もちろん。ポケットの中にはこれしかない」と答える。

と、おもむろに油を取り出し、注し始めた。しかし、いくら注しても、廻る気配がないのです(たいていは、油
切れが原因で、油を注すと直るようなのですが、それでも、焦るふうもない)。しばらくして、うーむ、壊さな
くちゃいけないかなあという呟きが聞こえた。

観念しながらも、 ふと鍵にはちいさな紐がついていたはずだということを思い出し、もう一度ポケットを探ると
なにやらちいさな鍵らしい手応えがあった(何度も何度も確認したはずだったのに)。取り出してみると、まさ
に紐がついた鍵。まさかと思って渡すと、するりと廻った。

申し訳なく、恥ずかしくもあって、しばし言葉を失ったのですが、彼は声を荒げることもなく、「なに、思い込
みってのは誰にもあります」。 それから少し話をしたあと、 最後までおだやかな表情を崩すことなく、「壊さな
いで、よかった」 という一言を残して帰っていきました。その時彼が乗ってきたのは古ぼけたごく普通の自転車。
内装3段の変速ギア付きで、辻堂から鎌倉までなら、このくらいで十分らしいのです。

たいしたものですね。年下なのに、参りました。


12.13 夕日通信

中庭に赤い車両

ちょっと早めのランチを取るために非常階段を降りていったら、目の前に赤いミニバン。

見ると六浦ミニと書いてあり、さらに良く見ると横浜消防とある。 一瞬ぼやか、と思ったけれど、サイレンも鳴
らなかった。




しばらく前に学生支援センターが主催した「炊き込みご飯」の時に聞いていた、「防災体験の日」なのでした。
なるほど、少し離れたところには揺れを体験できる車が止まっていました。

なかなか得難い経験ができるイベントだと思いますが、周辺に学生の姿は少なかった。ま、少し早かったせいも
ありますが、やっぱり食べ物には負けるということかも。

経験できる時にしておかないとね。


12.08 夕日通信

富士山の初化粧の時

ずいぶん前のことだけれど、10月26日は富士山が初冠雪というニュース。でも、その後のニュースでは、初の
雪化粧ということらしい。すなわち、正確に言うと初めて雪が積もったことを人の目ではっきりと確認すること
ができたということのようでした。

ともかく、そのことには全然気づかず、当然のことながら写真も撮れなかった。5階にいたころは、よく見てい
たのに。

しかも、帰り際に踊り場から見た夕焼けがとてもきれいだったのに、やっぱり写真を撮らなかった(撮れなかっ
たのではなく、撮らなかったのです)。

なんという余裕の無さ(やれやれ)。

寒くなると、ここからでも雪を冠った富士山が小さいけれどもよく見えるのです。




先日、六浦キャンパスから戻ってくると、階段を上る途中で、きれいな夕焼けが見えました。そこで今度は、急
いでカメラを取りに行って、5階まで上って写真を撮りました(ちょっと遅かったよう)。と言うからといって、
余裕があるわけではないのが残念。

もう12月も半ばになろうとしている!


12.07 夕日通信

オリジナルと模倣の間

テレビのニュースを聞いたあとつけっぱなしにしたまま、書き物をしていたら、驚いた。エルガーの「威風堂々」
が始まったと思ったら、演歌になったのでした。いったい何だったのだろう。ちょっと気になって調べてみたの
ですが、わからずじまい。「威風堂々」という演歌があるようなので、題名が同じなので流したということなの
だろうか。

続いて歌われたのは、『Sailing my life セイリング・マイ・ライフ』。こちらは、ベートーヴェン『悲愴』をも
とにしたもののようでした。

平原綾香がホルストの木星のメロディに歌詞を乗せた歌を作ったのは、以前ラジオで聞いてうっすらと知ってい
たのですが、彼女には本家エルガーの「威風堂々」に歌詞を付けたものもあるようです。

ともあれ、音楽はジャンルの違いこそあれど、その距離はあんがい小さいのかも。そして、あらゆる領域で問題
になるオリジナルと模倣の間も。何回かここでも書いたことのあるキース・リチャーズが言うとおりですね。

おまけ 



冬が来た印。侍従川にたくさんの水鳥(鴨と思っていたのですが、鴨は潜らないと聞きました)。


12.03 夕日通信

「真剣」の練習・その後

これからCDよりもレコードを聴くことにしようかということは、先日ここに書いたとおりですが、思い立って、
どんなものがあるかちょっと調べてみた。ロックやクラシックがほとんどなのですが、ジャズも少しあった。

マイルス・デイビスとジョン・コルトレーンを始めとするマイルスの周辺、たぶん聴き始めた頃からしばらく後
に流行った「沈黙の次に美しい音*」を標榜しジャケットも美しかったECMレーベルのもの、そしてなんとナッ
ト・キング・コール等の古いジャズ・ヴォーカルもあった。

前にも触れたことがありますが、僕はよく読んでいたクラシックを中心としていた音楽評論家黒田恭一が、「若
い頃にジャズを聴かない人は優しくなれないようだ」というなことを書いていたのに驚いて、あわてて聴くよう
にしたのでしたが、それほど遅くはなかったのかも(ただし、その効果は……)。




その中に、キース・ジャレットのケルンのソロ・コンサート*もあったので、これを聴くことにしようと思ったの
でした。先日からふいに聴きたくなって、CDを探していたのだけれど一枚も見つからなかったのです(何年か前
に、彼のソロは情緒的すぎるような気がしてもういらない思ったことがあったので、他のものも含めてどこかに
失せてしまったのかも)。

で、レコードを聴いてみた。

1枚めのA面の出だしは、やっぱりと思った。B面に移ったら、映画音楽にも使えそうな叙情性は消えて、俄然
ジャズらしくなった。でも、今の僕にはチック・コリアのソロの方が好ましく思えたのでしたが、今晩もう一度
ゆっくり聞き直してみることにしよう。

ところで、聴くという行為はライブがいちばんというのは今でも変わらないけれど、一期一会と言えばちょっと
大げさですが、その時の空間と音を共有する場に立ち会うという点で、レコードはそれに比較的近いところがあ
るのではあるまいか。

すなわち、丸くて大きな黒い円盤を袋から取り出して、ターンテーブルの上に載せ、アームを盤上まで慎重に運
び、その後に針を下ろすとようやく音が出てくるという一連の行為が、擬似的に演奏者と聴く側の関係をつくる
ような気がするのです。

おまけに、レコードは片面が長くてもたいてい30分ほどしかないので、聴きながら何かをするということにはな
りにくい(コンサート・ホールの時と同じ)。僕は音楽を分析的に聴くということはしない(というかできよう
もない)のですが、音楽と向き合うのにレコードは好ましい。

そして、レコードのほうが音がやわらかいのか、音量を上げても気にならないこともいい。とはいえ、大きな音
は出しにくいので、弱音は聴きとりにくくなるけれど、一方でその分耳をすませるという利点があるのです(す
なわち、真剣に聴く練習)。

* "The Most Beautiful Sound Next To Silence"(ウィキペディアを参照)
**これもECMレーベル


12.02 夕日通信

不自由という自由

音楽番組を見ていた時に教えられたこと。

「表現することだけに集中できる自由」。

ジャズ・ピアニストの小曽根真が言っていた言葉。

若い頃は即興性を発揮できるジャズが自由で、音が指定されているクラシックは不自由だと思っていた。それが
実際に取り組んでみると、音符は決められているけれどその表現は演奏者にゆだねられていて、むしろ自由性を
感じた、と言うのです(台本と役者の関係と同じ)。


*

音楽的な表現をする上で、一見不自由だと思っていたことが、ちょっと見方を変えたら、ぜんぜんそうでなく、
むしろ可能性を感じた、というわけ。

「不自由の中に自由を見いだす」というのは、取り立てて新しいわけではないけれど( 皆さんもたとえば、校
則で決められた服装コードの中で、いろいろと工夫をしたのではあるまいか)、束縛から逃れて思いのまま奔放
に弾くこと(一定の形式はあるとしても)を旨とするジャズ・ピアニストの口から聞くと、新鮮な気がしたので
す。

たぶん、デザインを始めるときにおける過去の作品との関わり方、それを参考にするかあるいはあくまではじめ
からオリジナリティを重視するか、という態度と似ているような気がします。

デザインしようとする時に、はじめから独自でなければいけないという姿勢や、こうでなければならないという
態度は、ドグマに縛られているようで、かえって不自由なのではあるまいか。

ま、自分の至らなさを露呈するようで、恥ずかしいのですが、「学ぶ気になれば、何からでも学ぶことができる」
というパブロ・カザルスの言葉を思いだします。


*写真は、以下のサイトから借りたものを加工しました。
http://www.kajimotomusic.com/jp/news/k=2858/

12.01 夕日通信

速報・続インテリアは、工夫次第

というか、トライ・アンド・エラーと言うべきかもしれません。




繭玉のランプシェードは、音楽を聴くような時には光りが強すぎることを解消するために、それまで使っていた
(と言うか、かぶせたままにしていた)和紙を前面に置いてみた。光りはやわらかくなっていい感じ。

しかし、繭玉の面白さはありませんね。だから、次は光源を変えてみようと思う。これは簡単だし、費用も少な
くてすむので、手軽に試せる。あくまでも、家庭での話ですが。




さて昨日の、シルキー・ウィンター・フェスティバルの会場の搬入、設営ですが、壁面の構成は想像していた以
上に良かった。臨機応変に現場で対応できたことも悪くなかった。まずは、彼らの奮闘ぶりをほめておくことに
しよう。ただ、その他の部分では、準備不足が明らかでした(残念ながら、これは隠しようがなかった)。

コンセプトがいくらよくても、込めた思いを表現することができなかったなら、意味がない。とすれば、十分に
表現するための手段を考えておかなくてはいけません。事前の準備が効いてきます。もう何回も体験しているは
ずなのに、なかなか身に付かないのはなぜだろうね(これは彼らに限ったことではありません。反省)。


11.30 夕日通信

インテリアは、工夫次第

シルキー・ウインター・フェスティバルの締め切りが近づいて、漸く気合いが乗ってきた学生たちが予行練習で
つくったものをもらってきた。

風船に紐を巻き付けさらに和紙をのり付けしたあと、風船を割ると出来上がるらしい。

繭玉をイメージした床置きのオブジェに改めて取り組むと面白いことになるはずと思っていたので、ちょっと嬉しかった。

で、さっそく家に持ち帰り、洗濯糊でコーティングしたあとで、電球にかぶせてみた。




ちょっと、光の方が勝ち過ぎていたり、紙の小片が目立ち過ぎいう気がしたけれど、悪くはない。試作品と言えど
も、馬鹿にしたものではありません。結構面白いし、役にたつ。

これからいよいよ搬入、設営です。少し準備が遅れ気味だったのが気になりますが、さてどうなるか。


11.29 夕日通信

欲しいなあ

ハードイ・チェア(別名BKFチェア)のキャンバス地のものが見当たらないのでずっと探していたら、アマゾン
であるフランス製のキャンプ用の折り畳み椅子が目に止まった。

ぱっと見た目は良く似ている、ように見えた。カタチだけでなく、キャンバス地の色めも柿色でオリジナルのも
のとよく似ているようだ。おまけに、この折り畳みの仕組みを最初に作った会社だという。購入者の評判も上々。
で、ついポチッとした。

到着して、さっそく組み立ててみたら、たしかによく似ているところがあった。しかし、すぐに全然別物に見え
てきたのでした。




背もたれの布の線がほぼまっすぐ、しかもその幅に対して座面の幅がずいぶん狭い、そして背面のフレームを挿し
込む部分と布の角度が一致していないなど目につくところが大きく違っていた。このため無骨に見えて、簡素だけ
れど曲線のたっぷりとしたハードイチェアの優雅なたたずまいとはほど遠い。おまけに、4本の脚のうち前方の1本
が浮いていて、気持ちが悪い。

やっぱり、使い方も違うし、レプリカというのではなくて、一見似ているけれどまったく異なるものと言うしかな
い……。購入した人たちはこのことはさほど気にならなかったのでしょうね。

ただ、座面の先端はそのカーブが実現できているのだから、背もたれの部分でもできないはずはないし、それと座
面の先端の幅をもっと広くしてくれさえすれば、ほとんど満足なのだけれど……。そうできない事情があったのだ
ろう、と思うしかありません。残念。

「欲しい」の気持ちの中には、機能やコンセプトだけでは満たされないものがあるのだ。

欲しいなあ。キャンバス地のハードイ・チェア。


11.28 夕日通信

もうすぐ冬

このところめっきり寒くなったね。

東も西も今季の最低気温を更新し続けているが、とくにここ数日はまるで冬みたい*。

車窓から見る景色も、緑が消えて土の色と枯れ葉色が目立ちます。

もうすぐ冬がやって来るのだね。




それでも、田圃や畑の上ではもう春への備えが始まっているようです。

寒さに負けないように。

*数日前はそうだったのだけれど、でも日曜日は案外過ごしやすかった。


11.25 夕日通信

「真剣」の練習

昨日届いてた雑誌の特集の冒頭に、村上春樹のインタビュー記事が載っていた。




僕は、彼の小説を読まなくなってからはけっこう経つけれど、エッセイはたいてい今でも読む(前にも書いたか
もしれないけれど、僕にとって、彼は自分で発見した初めての作家だと思っていた)。インタビュー記事もまあ
同じです。

その中に、次のような一節があった。

レコードは、「2800円もしたんですよ」。当時の「2800円ってすごい金額なんです」。それをコツコツお金を
貯めて買っていたから、「聞き方も真剣でした」 。


*

なるほど、そうだったと頷いたあとに(僕のころはもう少し安くなっていて、2500円がだいたいの相場だった
ような気がする。 おまけに、レコード・プレイヤーに文字通りなくてはならないカートリッジの針も時々変え
る必要があって、しかもそれがけっこう高かったのです)、あっと思いました。

僕には、その「真剣さ」が足りなかったのだ。

これからは、レコードを中心に聴くことにしようかな。いよいよCDもなくなるのではという時期のようですが。
村上春樹のそれとは比べようもないけれど、レコードも何百枚か、レコード・プレイヤーもフォノイコライザー
付きのアンプもまだある。

「真剣」になることを学ぶために、ね。

レコードを聴く経験と、CDやダウンロードしたものを聴くのとは大きな隔たりがあるのではあるまいか。

だから、学生の皆さんにとっては、大変、申し訳ないのだけれど、今しばらくの間、僕のことは、「反面教師」と
して見てもらうしかなさそうです。ごめんなさい(ぺこり)。

*写真はCasa BRUTUS特別編集 音のいい部屋掲載のものを加工しました。


11.25 夕日通信

モランディに倣う・番外編

先日来、モランディの静物(1920)を再現すべく努力中なのですが、なかなかうまくいかない。

瓶の大きさが違うせいか、カメラの性能のせいか、はたまた写真の腕が悪いだけなのかわからないのだけれど、
なかなか再現できないのです。




で、もしかしたらモランディの絵もセザンヌやフェルメールと同じように、多角的な視点で描かれたのかもしれ
ないと思ったのです。ま、可能性は小さいかもしれませんが、もしかしたら本当にそういうことがあるかもしれ
ません。

それが正しいかどうかは別にして、実際に自分でやってみたからこそ気づく(というか、思い至る)ことがある
のだ、ということを再認識したのでした。

手と眼で考えよう。

*りんごの籠のある静物
https://ja.wikipedia.org/wiki/ポール・セザンヌの作品一覧


11.16 夕日通信

評論家は必要?

「置き家具は住まい手の個性の表現」、「住まいの中のインテリアは住まい手が王様」なのだから、好きな家具
は人それぞれでいい。

そんなことを学生に言ったら、それなら「どうして、何のために専門家(評論家)が存在しているのですか」と
訊かれた(ここでいう専門家、評論家は性能や価値を評価して、推薦してくれる人ということのようで気になる
けれど、ここではひとまず措くことにしましょう)。

それでは、評論家は要らない?と尋ねると「要らない」、その理由は「個人が好きに決めればいいのだから」と
いうのが多数。

で、こんなふうに答えた(以前にも同じようなことを考えたことがあったはずだけれど)。






たしかにそういう部分があるかもしれない。しかし、それでも評論家(あるいは平凡な教員さえも)の存在理由
は失われない。というのは、いずれもが正しいことを教えてくれるからというのではなく、(そうしたこともあ
るに違いないけれど)それまでとは違う別の見方を提示するという点にこそ意味があるのではあるまいか。

そのことによって、それを読んだり聞いたりした人が自身の理解や世界を深める契機となることこそが重要で、
そうした視点を示すことができれば、そして彼らの好奇心を刺激できれば、それが正しいかどうかはさほど問題
ではないのではないのではあるまいか(ちょっと自己弁護めくけれど)。

まさにちょうどその後に、僕のHPでのモランディのように瓶を並べてみる試みについて、「面白いね」と言って
くれる人がいて励まされたのですが、彼もHPで書いた(紹介した)ことを読んで、もう一度自分がモランディや
琳派の絵をなぜ好きなのかを問い直して、明確にすることができたということなのでした。

ね、考える契機になりさえすれば存在理由があり、それが正しいかどうかさえもたいした問題ではなくなるのです。

だから、皆さんが教室で質問された時や、ゼミでは立派な意見を言おうとするよりもなによりもまず発言すること
こそが大事ということですね。少しは気分が楽になりましたか。案外、宝石の原石のような見方が隠れているかも
しれません。


* このところずっと欲しいと思い続けているのですが、キャンバス地のものが見当たらない。画像は、以下のところ
から借りました。
 https://ameblo.jp/mizu-uho-o/entry-11568513748.html
** こちらは座り心地の良さを聞いてちょっと憧れているのですが、部屋を選びそうです(値段も高い)。 画像は、
以下のところから借りたものを加工しました。
 http://storesystem.hermanmiller.co.jp/fs/hmjapan/chairs/ES67071OU2109


11.15 夕日通信

夜の侍従川

すっかり暗くなった夕暮れ。 あいにくの小雨まじり。

バスは1時間以上待たないと来ないというので、しかたなく歩くことに。




その時の写真。

ちょうど満潮で水位が高く、目との距離も短いので、水面が眼前に迫ってくるようで美しい(のですが、写真で
はいまいち?)。


11.14 夕日通信

壁に現れた抽象画ふたたび

先日の中庭に突如出現した屋台の写真を撮っている時に見たもうひとつの風景。

白い壁に映し出された木々の影。




前にも取り上げたことがあるのですが、今回の方がよりコントラストが効いていて、より面白い気がした。

白地に黒の画像は抽象画ぽくてリアルでも人物画でもないし、あらためて見るとあんまり似ているところはない
のだけれど、なぜか決まって映画「アメリカン・サイコ」のロバート・ロンゴを思いさせるのです。

11.12 夕日通信

紅葉したキャンパス

暖かい日があるかと思えば、急に冷え込む。相変わらず不安定な陽気ですが、それでも季節は確実に変わってい
るよう。

キャンパスも色づき始め、落ち葉が目立つようになってきました。




正門を入ったすぐのところの大木は、もうすっかり紅葉しています。

皆さんもどうぞ体調に気をつけて、お過ごしください。

附記:差し替え予定の瓶の配置の写真はなかなかむづかしくて、思うようにいきません。

11.05 夕日通信

モランディに倣う・4

モランディの画像をチェックしていた時に、モランディは瓶の素材すなわち「材質感自体はどうでもよくて、画
面のなかでどれだけ力を持つか、もしくはボリュームがどれくらいあるかなど、パワーバランスをむしろ重視し
ていたのではないでしょうか」という指摘*があるのを見つけました。


**



そこで、材質感の違いはひとまず於くことにして、手持ちの材料(球体のものがなかったので、キウィ・フルー
ツで代用。それ以外はすべてガラス製)で最初期の作品の置き方に倣って並べてみた***。

オリジナルは、真ん中にほぼ同じボリュームの高さの異なる瓶と筒、向かって左には球状の何か、右には斜めに
置かれた浅い器、いずれもが不透明で、左右の2つずつがそれぞれ茶と白の。全体的に画面の平面のほぼ真ん中、
しかも中央の2つがやや奥に、左右がやや手前に配置されています。

このことによって、中央の2つを中心にそれぞれが均衡を保っているが、よく見るとわづかに左がさらに前方に
あって、右から左へ緩い弧を描いている。すなわち、囲われた空間ができていて、重心がつくりだされているよ
うに見える。しかも、 置かれたものの手前と奥の2つの空間も出現している。その他、いくつかの類似性によっ
て、いくつものグループが出来上がっています。

たとえば、色の違いに注目すると左右2つの空間が現れるし、大きさに注目すると中央と両端のバランスに目が
いく。 おまけに、テーブルとその背景も濃淡の茶色。 モランディは、空間の多層性についても意識していたの
だろうか。

で、自分で並べてみたものはモランディのそれとは逆に、たまたま大部分が透明なものですが、つくりだされる
空間は、材質によらないけれど、透明か不透明等の違いは印象を大きく変えますね。モランディは、ほんとうに
気にしなかったのか知らん(「印象に頼るな、本質を見よ」ということかもしれませんね)。

それにしても、「モランディに倣う・2」は、観察が甘過ぎたね。なかなか一筋縄では行きません(でも、始ま
りは第一印象)。

* https://bijutsutecho.com/insight/286/ 攻めまくる静物画家モランディを学芸員・成相肇が語る 
ここには、「よくモランディの絵画は『静謐』『静寂』といった形容で語られますが実は静かではないんです。
『シンプル』でも『簡素』でもありません。実物の作品は図版とは見え方がまったく違います」ともあった。同
じことはジャコメッティにも言えそうです。
**http://czt.b.la9.jp/morandi-tnrankai.html
***ちょっとバランスと見る角度が違うようなので、後日差し替えます。

11.03 夕日通信

DIY、というほどではないけれど

このところ、簡単な仕事は食卓ですることが多くなった(と言っても、せいぜいみじかい書き物か、授業の準備
が主なのですが)。

そうすると、やっぱり自ずとテーブルの上が雑然としてくる(筆記用具や鋏、カッターナイフなどの文房具や書
類等が常駐します)。なかなかスッキリとしないのです(気持ちのいいインテリアは、食卓の上に何も置かない
ことと教わったのに、です)。

で、考えた(工夫せよ。ないものは、自分でつくる。むろん、すぐに手に入り、簡単にできること、です)。

簡単な仕切りをつくることにしたのでした(それより、仕事机で仕事をすれば、という声もありそうですが)。

有り合わせのものでつくるのだから、材料の寸法なんかは思い通りには行きません。そこで、工夫というか、材
料を組み合わせることになる。






で、上のようなことに(構想5分、制作10分。はじめは、杉か松の板を買ってこようかとも思ったのだけれど、
これも思い直した。できるだけ手軽に、がモットー)。

つくりはじめたときは、横の寸法が不足している2枚のプラ段をつないで、継ぎ目は写真かなんかで隠そうかと
思っていたのですが、継ぎ目がなくしかも浮かせた方がすっきり見えるはずなので、足りない分は長さは十分
だけれど高さの足りなかった別の素材(バルサ材)とすることにしました。

ま、ちょっと剛性が足りず、貧乏くささは否めないけれど、ないよりはましという程度にはうまくいったのでは
あるまいか。それでも、ほんのちょっとしたプロポーションの違いでずいぶん違って見えるので、案外むずかし
い(大きいものに限らず、小さいものもバランスが大事)。

中央のミースの写真は、新しいゼミ生を迎えるためにゼミ室を設えようとしてつくった余りもの。ちょっとアク
セントという他に、自戒のために(彼は、「面白い人間よりも、良い人間になりたい」と言いました)。

後ろのコルクボードにはいろいろなものが乱雑に貼られているので、隠すというよりはたぶん、領域を明確にす
るためと言うべきではないかと思っているのですが(ま、片付き過ぎている家は、落ち着かないということで、
勘弁を)。


11.01 夕日通信

もうひとつの魅力

何回も書いたように、ターミナル駅の天井は高くあって欲しい、そして抜け感もある開放性を実現して欲しい。
これが揃えばもうほとんど満足なのですが、でもこうした駅が日本ではなかなか目にすることができないのが残
念(たぶん、どこかに実現しているかもしれないけれど)。このほかにもうひとつ、望むことがあるのです。




それは、行き止まりの駅であること。

ここが始まりであり、ここが終点である、という感じがするのが好ましいと思うのです。

もしかしたら、日本的な時間の認識や空間の規定の仕方とは相容れないのかもしれません(一方、西洋の時間認
識の一つには始めと終わりがはっきりしているものがある。おまけに、イギリスには「ランズ・エンド」という
場所もある)。

あんまり見かけないのは、やっぱり、どこが始まりで、どこが終わりか明確にしないのが日本の時間認識のひと
つというせいだろうか。それでも僕は、潔さ、あるいは明晰さを確認するかのような気がするし、さらには高揚
感と寂寥感がないまぜになった、ちょっとロマンチックな気分になるのです。

たとえば、地下鉄銀座線の「浅草」、京急羽田線の「羽田」、松浦線の「有田」駅。ただね、前のふたつが地下
鉄線であったり、後者はごく小さなローカル線であるのが残念なのだ。

でも、ありました。




先日ゼミ研修旅行で行ったJR長崎駅。 ホームに出て改札に向かうと、線路は行き止まりであることが知れ、お
まけに改札のすぐ向こうは広場、すなわち街に続いている。ほとんど、理想に近い。

これが、もう少しホームやコンコースの天井が高くて広ければね、言うことはないのです(だから、ヒューマン
スケールも善し悪しなのだね)。

鉄道つながりでもうひとつ。僕のブログを読んでくれたヨコヤマセンセイから。特急「緑・ハウステンボス号」
のインテリアのモチーフは、オランダ出身の画家ゴッホの絵ではないかと聞かされました。彼の筆遣いと色をモ
ザイク状にしたものに違いないというわけ。なるほどそうなのかと思っていたら、でもそこで勘違いしたんです
ね、と続いたのでした。

で、教訓。良く言われるような歴史やら土地やらの文脈からモチーフを見つけることが重要というのはもちろん
だけれど、それよりも、その生かし方、すなわち取り入れて出来上がった結果がもっと大事ということですね。
コンセプトが良ければOK、ではないのです。


10.28 夕日通信

もうひとつの要素

ほぼ改装が完成しつつある福岡空港の出発保安検査場を上から眺めていたら、やっぱり、魅力に欠ける。

楽しくないのだね(ビールが片手にあったにもかかわらず)。というか、まったくわくわく感や高揚感が感じら
れないのだ。

また馬鹿の一つ覚えみたいに「高さが足りない」と言うのか、と思ったあなたは、まあ当たっているのですが、
その時にふと思い至ったのはそのことではありませんでした。

では、何だったのか。




それは、「抜けた感覚」がないということでした(ま、高さとも大いにかかわるけれど、壁面の量が大きい)。

レンゾ・ピアノが関西国際空港について語る時に、人が「ヒューマンスケール」のことばかり言うのは愚かなこ
とだと言っていたことを思いだします。

たぶん、人がたくさん集まる場所を楽しく、かつ魅力的にするためのキーワードの中には、「高さ」と「抜け感」
(すなわち「開放感」を生み出すための要素)は外せないのではあるまいか。


10.27 夕日通信

10月の田圃



あれから一月ほど経った水田の多くは、もはや実りの時を過ぎて、豊穣の実は刈り取られていた。もはや残り少な
くなったそうでないところは、黄色く色づいて重くなった穂を垂れている。




その中で刈り取られたはずの水田に、また新たな緑が広がっているところがある。

よく見ると、茶色く枯れた茎のところから、緑の葉が伸びているのだ。自然の生命力の強さに改めて驚かされる
ばかり。

見習わなければいけませんね。


10.24 夕日通信

3列シートにおける攻防

たとえば飛行機の3列シートの真ん中に座った場合。

どちらの肘掛けを使うべきか、決めかねることが多い。というか、そもそも主体的に決められないことがあるの
だ。普通席の掛けは幅が狭いから、2人が同時に使うことができない。したがって、その使い方は隣り合わせに
なったもの同士の阿吽の呼吸によるのだが、時に無頓着な人がいるのだ。

今回はあいにくその真ん中の席で、右隣りに座っていたのがちょっと太目の中年のオジさん。

テーブルを広げて、ノートを取りながら本を読んでいる。なかなか熱心なことだなあと感心していたのだが、そ
の折に両方の肘掛けをしっかり占領しているのだ。

サービスの飲みものが運ばれてきた際に、肘掛けの中に収納されているテーブルを出そうにも、おじさんの腕が
あるために出せない。彼の左手が浮いた時を捉えて出そうとしても、気がつかないよう。

お茶の入ったカップを受け取るときときにいよいよ出さなければと思って、少し強引に開けようとしたらやっと
気がついてくれた。しかし、その後はまたもとのまんま、隣の乗客のことを気にするふうはない。悪気があるの
かないのか、いずれにしても自分のことしか眼中にないという困り者(時々、こういう人がいるのだね)。

その後に乗った佐世保行き特急「みどり・ハウステンボス号」は2列席だったけれど、幸い乗客が少なく、隣席は
あいていたので、肘掛け問題が再発することはなかった。

しかし、新たな問題が……。






新しくなったインテリアのシートカバーとカーテンに呆然となったのでした。

いったいどうしたのか、誰が、どんな想いでデザインしたのか。JR九州の列車のデザインは工夫されているもの
が多く、好ましいと思っていたのだけれど、「みどり・ハウステンボス号」はどうやら裏目に出たよう(残念)。
というか、この路線の車両だけが軽んじられて、蚊帳の外に置かれているような気さえするのだ(行き先には、
人気の「ハウステンボス」があるというのに。やれやれ)。


10.22 夕日通信

モランディに倣う・3

その気になって、というのは変だけれど、改めてモランディの作品を見直していると、並べられた瓶は案外素材
や大きさ、そしてとくに形が異なるものを並べていることに気づきます。しかも一口に瓶と言ったけれど、実は
水差しやカップの他、一見器ではないように見えるものも含まれていることももままある。したがって、その中
には方向性を持つものも含まれることがあるのです。





最初は要素を少なくするために、まず瓶ではじめて、大きさを変えずに色や形の異なるものを並べ、しばらくはそ
のバリエーションを記録してみようと思っていたのですが、たまたま大きさと色がまったく異なる瓶を脇に置いて
いたところ、けっこう面白かったので、これも載せてみることにした。

並べ方によって、一つの空間が出来上がることもあれば、2つの空間が生まれることもあることがわかります。


10.08 夕日通信

少し驚き、ちょっと嬉しい

こないだ、外国に行ってきたという話しを聞いた。それも複数の学生から。それはなによりと言うと、「先生が
言っていたから」というのです。

たしかに、折に触れて言っていたのだ。できるだけ若いうちに異文化を体験しておくのがよいと思っていたから。
僕は、実際に外国に行ったのが、比較的遅かったのです。それでも、いわゆるカルチャー・ショックというのが
あった。彼の国とわが国との違いを意識するようになったし、それが何故のことなのかということも考えるよう
になった。となれば、若いうちの方がよい。

たぶん、カルチャー・ショックというのは、自身が育ったところ以外ならば、日本のどこに出かけても体験する
ことだろうと思うのですが、外国に出かけるとより切実に感じるはずだし、インパクトも大きい。つまり、一方
では同じ日本だという意識が強く働くし、他方ではやっぱり違う国なのだからという気持ちが大きく影響する。




また、本を紹介してくださいという学生も。やっぱり、「本を読むようにと言われてから、読むようにしているの
です」と言う(しかも、週に2冊ほども)。

その素直さに驚き、うかつにものは言えないぞと自戒したのですが、ちょっと嬉しかった。

で、そのうちの一人は村上春樹は読んだことがないというので、やっぱり「風の歌を聴け」辺りからと思ってこれ
をすすめた(前にも書いたような気がするけれど)。すると、何がいちばん面白かったですかと聞かれたのだけれ
ど、やっぱり「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」かな(しかし、あるはずなのに、探してみても
見つからなかった)。

でも、本は出会いもの、というふうにも思います。ある本に相応しい時期に出会う、あるいは発見するというのが
いちばん幸せなのではあるまいか。彼らの間では、伊坂幸太郎がブームのようだったけれど。

ところで、今年のノーベル文学賞は、日本生まれ英国育ちのカズオ・イシグロだと言う。映画「日の残り」の原作
者ですね。映画も観たし、何冊か読んだことがある。村上春樹は受賞しなかった。

それよりもなによりも、思ったのは、こないだボブ・ディランの受賞に驚いたのに、もうまた、その時期になった
のかということ。やれやれ、本当に早い。


2017.10.06 夕日通信

モランディに倣う・2

モランディと琳派の類似性については以前触れたことがあるけれど、今回はその差異性について少し。

琳派が同じものを並べて描くようになったのに対し、モランディは同じ瓶でも色や形や大きさが異なるモノを並
べたものが多い。

で、差異性ですが、同じものを並べると構成そのもの(すなわち配置)がより強く意識されるのに対し、大きさ
や色の違うものが入るとそのリズムにさらに変化、ニュアンスが加わることになる(たとえば音の大小)。








まずは、彼が瓶を描きはじめた1920年代の作品に倣って、4つを一列に並べたものから。そして、モランディは
光りの変化を嫌って、窓から入る光りを遮断していたというのですが、ここでは人工照明を避けるために光りを半
分だけ遮断したもの2つと、人工照明によるもの。この3つは同じ瓶ですが、構図がちょっとだけ違う。
モランディは、先の回で書いたようにけっこう近接しているのが多いのです。

ちょっと面白そうなので、しばらく瓶を並べてみて、写真に撮ってみようかと思っている。

ところで、モランディの作品と、先日たまたま取り出して以来よく聴いているアルヴォ・ペルトの「アリーナ」と
はその静けさと変奏という点でとても近しいものがあるように感じた。もし、展示中の美術館で小さな音量でBG
Mを流すことがあるとしたら、ぴったりではあるまいか。

このところ急に寒くなった。玄関先で自転車に乗ったところで、おじさんに「寒いね。気をつけて」と見送られて、
坂を下った。冷たい風が体を打って、まるで冬みたい。しかも、やけに背中の方がスースーする。あ。何と、そこ
にあるべきはずのリュックがない。忘れていたのでした(やれやれ)。日常生活は、かくも不協和音だらけです。


2017.10.04 夕日通信

脇役と主役の等価性

前回、福岡相互銀行本店について書いた時の磯崎事務所のピンク・フロイドの話しを思い出して、久しぶりに昔
のピンク・フロイドを聴きたくなった(というか、観たくなった)。で、急いで家に帰り、彼らの比較的初期の
映像を収めた「ライブ・アット・ポン
ペイ
」を。




ポンペイにある廃墟となったスタジアムで、無人のライブ演奏を行い、これの様子を中心に映画にしたもの。

久しぶりに観るとなかなか面白い。改めていろいろなことに気づきます。後年、巨大かつ膨大なPA装置で知ら
れた彼らですが、この時はそれほどでははない(ま、当然)。犬の鳴き声を収録している場面では、新しいこ
とというのは、やっぱり、それまであったものに何かを付け加えることなのだということに( あるいは減らす
ことも。しかも、ミュージック・コンクリートは彼らの発明ではない)等々。




このこととは別に、改めて思い知らされたのが、脇役の重要性。「ユージーン、斧に気をつけろ」という曲の中
で、ロジャー・ウォーターズがベースを弾くのを止めて、銅鑼を打ち鳴らす場面があるのです。ま、ちょっと大
げさで思わせぶりと言えばそうなのですが。

打ち鳴らされる時間はごく短いけれど、これがあるのとないのでは印象はずいぶん違うはず。

クラシックの曲でも、大太鼓やシンバルなど、ごくごく短い時間しか登場しない楽器があり、演奏者がいるわけ
ですが、これらをちょっと過小評価していた気がしたのです(たとえば、楽でいいなあ、とか)。

たしかに登場する時間は短くても、それがもたらす効果はきわめて大きいし、その音の大きさやタイミングで印
象はうんと変わるに違いない(下手をすれば、一瞬で台無しにしてしまうことになってしまうことさえも)。す
なわち、何を演奏する人であれ、どんな音であれ、作品全体に奉仕しているということ。したがって、演奏者は
その一瞬を見極め、その時までためた力を爆発させるまでの緊張は相当なものがあるだろう。大変なのは、出す
音の数によるだけではないのだね。

ここでも、「神は細部に宿る」のだ。

たしかに、主役が明確なものはわかりやすい。しかし、一方でまた主役ではないものが果たす役割の大きさを知
ることになったというわけでした(いくつになっても。というか、いい年になっても……。やれやれ)。


おまけ 中秋の名月




10月4日は、中秋の名月。満月ではなかったようだけれど、澄み切った冷たい空気の中、雲がかかる月は美し
かった。


2017.10.04 夕日通信

生き延びること

これまたちょっと前のことだけれど、父母懇談会で福岡に出かけてきました。

会場に行くのに少し時間があったので、駅前に出てみた(ま、食事のこともあったのは事実ですが)。と、懐か
しい建物が眼前に。

福岡相互銀行本店。設計は、世界のスーパースターになる少し前の磯崎新。ちょうど僕が学生だった頃のことで、
通っていた大学は福岡だったので、アルバイトに行っていた友人たちも何人かいた(福岡の事務所では、ずっと
ピンク・フロイドの曲がかかっていたということを聞きました)。






当時(ずいぶん前のことですが)、福岡相互銀行の軟らかな質感のインド砂岩を貼った外観は新鮮だった(入口
部分はつるつるの大理石と錆を浮かせたコールテン鋼)。今となれば、少しばかり古くさいというか、まわりの
建物とはずいぶん異質な印象です。まわりは、ガラスを多用したもっと軽みを感じさせる建築ばかり。その中で、
「墓石」のように建ち続けることを意図していたのかもと思ったりもします(なんといっても廃墟を原点とする
建築家ですから。でも、建物はあんまりくたびれた感じはありません)。

その後、やっぱり当時の若手スター建築家だった黒川紀章の手になる福岡銀行本店も竣工した。こちらの外観は
黒味がかった花崗岩を貼った硬質の四角い塊りを大きくくりぬいて都市に開放したデザインが特徴的だったとい
うことは、黒川の方が建築と都市との関係に敏感だったということかしらん(ミースのシーグラム・ビルディン
グを他の建物と決定的に異なるものとしているのは、建物の前面を公共空間として開放したことにあるという説
があります)。

ともあれ、それから半世紀にもなろうかというほどの時を経て、福岡相互の名称も西日本シティ銀行に変わって
いたのでした。僕たちが記憶していた「磯崎の福岡相互」ではなくなっていたのです(しかし、まだ現存してい
た)。

だから、時代(あるいは社会の状況)は変わるということを意識しておかなければいけないと言うべきかもしれ
ないのですが、そのこととは別に夢を持ち続けつつ、しかもしぶとく生き延びて欲しいと思うのです(人並み外
れてのんびり、ぼんやりと過ごしてきた身で言うのは、ちょっと恥づかしいのですが)。


2017.09.30 夕日通信

神は細部に宿る

先日、外でお鮨のランチを食べた時に気づいたこと。

味は悪くない(ような気がする。ぼくは、お鮨はまずくなければ、それほど差が気にならない。というか、わか
らないのです)。ま、今回は姿はいまいちだったのですが(こちらは気になる)、それより気になったのがお箸。

割り箸なのだけれど、これが具合が悪い。やわらかくて、先が太くぼってりしていて、口にあたる度に気になる
のです。

ま、安いランチなのだからしょうがないと言えば、たしかにそうなのですが。ともあれ、これが改善されると、
印象はぐっと上がるのではあるまいか。

と思っていたところ、またまた同じような経験をすることになったのでした。






例の羽田空港第1ターミナルのフードコートのお蕎麦屋さんでのこと。蕎麦を盛る笊も変わっていた。最初遠目
で見た時は、おっ清々しいなと思ったのでしたが、よく見ると白い竹の肌はざらついているようで細い削り残し
の繊維も見える。以前の使い込まれて飴色になった笊とは雲泥の差だけれど、これから時が経てば美しくなるの
だろうか。おまけに、割り箸がお鮨やさんの時と同じ。

経費節減のせいか(としても、費用対効果の点では、結果は明らかではあるまいか)。ま、ちりも積もればと言
うけれど、これがどれほどに節約になるのだろうか。それとも味が良ければ、これにこだわる必要はないという
ことなのか。

もちろん、お鮨やさんの本領は鮨だし、お蕎麦屋さんは蕎麦、すなわち食べ物に決まっているわけですが、それ
が一定の水準を超えていることは当たり前として、さらに魅力的なものとするかどうかは、器やお箸が果たす影
響も大きい(あるいは、サービスも)。

別に高価なものでなくてもよい(と思うのですが)、そこにも配慮があることが感じられたら、お客はきっと気
づいて喜ぶのではあるまいか。たとえば、欠けた器がそのまま出てくるのは興ざめだけれど、それが金継ぎされ
ていたら、貧乏臭いと思うはずもない。

「神は細部に宿る」というのは、あのミースも口にしたそうですが、大事なのだなあと今さらながら思った次第。
細部にこだわるというよりも、そういうところまできちんと目を行き届かせるということだね。そういえば、画
龍点睛を欠くという言葉もある。

ところで、フードコートのスクリーンは、曇りだったせいか外されていましたが、端の2列を除くと網入りの擦り
ガラスぽくて透明度に欠けていました(これでは、魅力が半減)。でもなかなか気づかないものだ、ということ
に改めて気づいたのでした。

ま、 今まで何を見ていたのということになりそうです が、 別の見方からすれば、 人はいくつになっても気づく
ことができるということでもある(やれやれ。いくつになっても、反省することがあるものだね)。


2017.09.29 夕日通信

9月の田圃

もうすぐ10月だけれど、9月が終わらないうちに少し前のことを。



車窓からの景色は、ついこないだまではやわらかな緑一色だったのに、もう黄金色が混じっていた。田んぼ毎に
色や背丈はほとんど揃っているのだけれど、細い畦道1本挟んだけの隣同士でも色が明らかに異なっていることが
あるのは、どうしてだろう。




美しい実り(豊穣)の季節はもう間近。

でも、思えば、水田はいつだってそれぞれに美しい。


2017.09.27 夕日通信

夕照橋の夕景にも負けない

野島夕照橋付近の夕景は、知ってのとおり金沢八景の一つ。

久しぶりに夕照橋を通る機会があったので。




23日に野島の旧伊藤博文金沢別邸で行われたコンサートに行く途中で、出くわしたのでした。「野島夕照」とは
ちょっと違うし、今となっては当時の様子も想像するしかありませんが、それでも水面に揺らめきながら映って
いる夕陽や小さな船のある景色はなかなかのものでした。

旧伊藤別邸に着くと、開場まではまだ少し間があったのですが、もう並んでいる人がけっこういました。そこで
会った学生も一安心しているよう(コンサートは、水沼研究室の手になるものでした)。

次から次に来場者があり、会場はすぐに満員の盛況。登場した3組のグループの唄と演奏もよかった。

しかし、なんといってもいちばんは、企画し、設営し、この時を迎えた学生たちの嬉しそうな笑顔。コンサート
が終わり、帰りを急いだ時に挨拶を返してくれたときの表情は、さらに素敵でした。一生懸命に取り組んできた
ことをやりきったという達成感のもたらす喜びと満足感が溢れていました。


2017.09.26 夕日通信

秋学期が始まった

昨日、一昨日は秋学期のオリエンテーテーション。いよいよ、新学期がスタートしました。




いろいろと思うことはあるのですが、今学期の研究室のありようは少なくもこんな感じで行きたい、と考えるの
です。余計なものがない状態(「一事が万事」と言うように、他のことにおいてもこの方針を貫きたい)。

たとえば、ゼミの運営も、こんなふうに風通しよくやっていければいい。

ただ、年齢とともに体力だけでなく気力も衰えるのだということを実感するのです。良くスポーツ選手が、体力
と気力の限界と言うのを聞いて、体力はともかく気力はと不思議に思っていたのですが、体力や気力の総量とい
うのがあるのかもと感じることが増えたのは否めない(恐ろしいことに、寛大である力についても同じであるか
のようなのです)。

だから、学生諸君には、上手、下手ということではなく(ちょっと、都合のいい言い方に聞こえるかもしれませ
んが)人任せにしないで、ぜひ自発的に一生懸命取り組んで欲しいと思うのです。

ところで、今日は彼岸の中日。

守衛さんに呼び止められて、「正面入口から入ってください」と言われて、「えっ、なぜ」と思ったのですが、
秋分の日でお休みだったというわけ。予想最高気温は23度(もはや、夏は去りました)。

2017.09.23 夕日通信

あっという間に、秋 !?

帰ろうとして、1階へ降りた時に驚いた。8月の最後の日のこと。

ドアのこちら側には、すでに色づいた葉っぱが何枚も散らばっていた。

この日は台風の影響ということで雨模様で、気温も低く、風も強かった。風とともに葉っぱも入ってきたのに違
いないのだけれど、ほんの少し前までは夏だったのが、あっというまに秋の気配を帯びていたのでした。

しかも、この日の最高気温は24度、翌日はさらに下がって21度というのだ。

暑さ寒さも彼岸まで。今年はお盆過ぎ辺りから涼しくなったように、今は地球環境の変容で必ずしもそうとばか
りは言えませんが、やっぱり先人の経験知はすごいね。

これからあっというま秋に向かうのか、それとももう少しの間夏ががんばるのか。いずれにしても、秋はという
か夏のおわりがすぐそこまでやってきているようです。




出入り口に吹き込んだ落ち葉だけでなく、研究室の窓のすぐそばの木々の緑の葉の中にもいつのまにか赤く色づ
いたものがもう混じっていました。

時間が経つのはあっという間だよ、学生諸君。悔いを残さぬように。

それにしても、異常気象であることは否めないようです(というか、こんなにも毎年異常気象が続くようなら、
もはや異常とは言いにくい気もするけれど)。翌9月1日も入口あたりには落ち葉が散っていました(これは、も
ちろん前日の残りものではないよ。この日は雨こそまだ降っていなかったけれど、とても風が強かったのです)。

2017.09.02 夕日通信

アルベルト・ジャコメッティ

ジャコメッティ展に、漸く行くことができた。

ジャコメッティは好きな彫刻家だし、彼の作品をこれほどたくさん一度にまとめて見る機会はそうはない。

しかし、卒業研究のミーティングを終えた時は、もうお昼時。実はどうしようか迷ったのでした。今から出かけ
るのは、ちょっと中途半端な気がする。お昼ご飯とお天気のことを心配していたのでした。でも、ぐずぐずして
いると行きそびれてしまう。そんなことは断じてあってはならない(以前、新聞の販売店の懸賞で当たった招待
券の期日を過ぎていることに気づいて、ちょっと気分が萎えたことがあったのです)。




ジャコメッティが気になるのはいくつか理由があります。

まずひとつ目の理由は、なんといってもギリギリまで削ったものであってもなお圧倒的な存在感があり、しかもご
く小さいものでも同じものがない(これは、単なる手の跡の違いではない気がします)。このことは、今回の展覧
会で改めて思い知りました。

もうひとつは、若いころのアイドルを介して知った芸術家であり、そして彼のモデルを務めた矢内原伊作がその時
の様子を描いた本に感銘を受けたのです(というか、その壮絶とも言うべき創作への取り組み方に圧倒された)。

あ、お昼ご飯の心配というのは、たまにしか町に出ないから、ちょっとおいしいものを食べたいと思ったというだ
けのことです。天気の方は、夕方から雷を伴う大雨になるかもという予報に恐れをなしたせい(こんなものです)。




今回の展覧会で、僕が気に入ったのはごく小さいもの、そしてちょっと自分でも驚いたのだけれど、ごく大きいも
のでした。一般に、小さいものは迫力に欠けがちだし、違いがわかりづらい。大きいものは迫力はあるかもしれな
いけれど、大まかな印象になりやすい。

急いで付け加えるならば、表現されたもののほとんどが人体で、まれに犬や猫が混じるくらい。小さいものという
のは、マッチ棒とほとんど同じかそれよりちょっと大きいくらい。大きいものは実物の1.5倍〜2倍くらいでしょう
か(といっても長さの話で、ボリュームとしてはむしろ小さいのですが、これがことのほか存在感があった)。

彼は、「見たとおりにつくろうとするのだが、同時にそれはほとんど不可能だということを知る」というようなこ
とを言っているのですが、まさか文字通りに見たものをそのまま表現しようとしたものではないことは一目瞭然で
すね。ということは、彼がそこに見て取ったもの、すなわちその本質ということになるはず。真摯に見つめる芸術
家の目にはこう映るのかと改めて驚かされるのです。

そして、それが見るものを刺激する。しかも、筋金入りの怠け者にさえも、こうしてぼんやり暮らしているのが恥
ずかしく、ちゃんとしなくてはと思わないではいられない気にさせるのです。

2017.09.01 夕日通信

参りました

この夏、田舎の実家で、ひとりテレビを見るともなくつけていた時のこと。

それはNHKの日曜美術館「北大路魯山人」特集だったのですが、ぼんやりしていたら、ふいに聞こえてきた樹木
希林が発した言葉に驚かされた、というか感心したのでした。曰く(正確ではありませんが)、

「私は持って生まれた『ほころび』を、人間としてダメなところを、修繕しながら生きているのです」。




あわてて画面に目をやり、ああ、真剣に生きてきた人はこういう風な表情をして、こんな表現をするのか、と思
わず見とれたのでした。参りました(反省)。

*写真はNHK日曜美術館のHPから借りたものを加工しました。

2017.08.29 夕日通信

何と闘うのか

またしてもテロ。

先日、スペイン・バルセロナのランブラス通りを中心にテロが発生しました。




かつて訪れたランブラス通りは広くて、花屋さんの屋台が多く、歩道を挟んでテラス席が昼も夜も賑わっていま
した。

なぜ、人は人を憎み、他者に対して物理的および心理的な危害を加えようとするのか。誰と、何と闘っているつ
もりなのか。

その3日後、まだ痛みや苦しみも癒えぬ間に、今度はフランス・マルセイユで同じような車の暴走によるテロが。

なぜだろうね。こういう状況をつくりだすことで、何らかの喜び(誰かのため、あるいは自身のためであるとし
ても)があるのだろうか。こうした状況をあらためるのはとてもむづかしいことはこれまでのことでわかってい
ることだけれど、一方で原理的には至極簡単なことであるような気もするのだ。

そのあとで、フランスやイタリアでミシュランの星を取った日本人シェフを特集したDVDを見ていたら、夫であ
るシェフを評して、「人を妬まず人の悪口を言わず、愚痴も聞いたことがないという人なので、尊敬しています」
と言う妻が現れたのでした。すごいね。えらいなあ。「羨ましい」なんて言っていたら、だめですね。

彼らは、人と争うというよりも、自分自身と格闘しているようでした。

2017.08.28 夕日通信

緑の絨毯

博多駅をしばらく過ぎると、車窓の外には緑が広がる。




美しく育った稲穂が織りなす緑の絨毯。

先月はまだ苗のようで水の方が目立っていたのが、今やすっかり成長して緑一色になっていた。成長の早さに驚
くべきか、それとも時の経つのが早いと思うべきなのか。

もうしばらくすると、この景色は豊穣な実を包み込んだ輝く黄金色に変わっているはず。

それに引き換えわが身は、これまでにいったい何を実らせたのか(やれやれ)。

2017.08.26 夕日通信

フードコートにはつきもの、だけれど

食事を頼む前は満席。
出来上がった食事を持ってフードコートへ。さて空いているだろうか。どうだろうと思って行くと運よくひとつ
だけ空いていた。安堵して座ったらすぐに、3つばかりも空きました。やっぱり回転が速いのだね。




で、座った席というのが問題。すぐ隣にゴミ箱、そして食器の下げ口がある。いずれも必要なものだということ
はわかりますが、何とかならないものかね(それとも、みんな気にしないのかしらん?)。

蕎麦屋へお盆と空いた食器を下げる途中で気がついたのですが、カツカレーが人気のよう。やっぱり夏(に限り
ませんが、とくに)はカレー?それとの洋食の定番中の定番とんかつが人気なのか。ま、そのふたつが合体した
のだから、無敵ってことでしょうね。

と、その時、お蕎麦を載せたお盆を持ってフードコートに向かう長身の女性とすれ違ったのでした(ふーむ)。

2017.08.25 夕日通信

空の上で気がついた

あれっ。

ない。

ないぞ。

カバンの中やポケットを探してみても、やっぱり、ない。




なにがっていうと、帽子。例のニットのベレー帽が見当たらなかったのでした。

さて、どこでなくしたものか。

駅まで歩く間が恐ろしく暑かったので、電車に乗ったらすぐにジャケットも帽子も取ったのでした。空港に着い
て電車を降りる時にジャケットを着たのですが、帽子はどうしたのだったか。落としたのは、その時かも。ある
いは、羽田空港のフードコートでか。

さらに特急列車の中では、切符が無くなった。降りる段になって、前のシートの背もたれのミニポケットに入れ
ておいた切符のうち1枚が見当たらないのだ。

これは、まあはっきりと思い当たる節がある。僕は通路側だったのですが、途中で乗ってきた隣席のおじさんが
降りる際に、誰かが切符が落ちましたよと言ったのでした。おじさんは当然それを持って行ったのですが、その
切符がたぶん僕のもの。僕と前のシートの背もたれの間を通り抜ける時に、引っかかったのだね(その間隔は狭
い)。

一瞬焦ったけれど、幸い無くなったのが指定席特急券だったので、ことなきを得た(駅を出る時に、指定席か自
由席かを確認することはない)。

実家に着いて、いざ自転車で母のところへ行こうとしたら、今度は空気が抜けている。さあ、困った。近所の自
転車屋へ出向かなければならないが、もはや6時をまわりそう。やっているかどうか(半分閉めているような自
転車さんなのだ)。

行ってみると、入口のところがいつものように半開きになっている。ああ、よかった。中に入り声をかけると、
腰の曲がったおばあさんが出てきて、「すみませんねえ。これから(空気入れ機の)電源を入れるから、もう少
し待ってくださいね」と言う。やれやれ。それでも待つよりしかたがない。

機械に投入する50円硬貨に交換してもらう際に、空気を入れるときはネジが緩んでいてはいけないことを教えて
もらった(別の自転車屋では、中のネジを緩めてと教わったはずだったのだが)。ともかくも空気を入れること
ができた。定休日を尋ねると、「不定休だけど、日曜は開けることにしている」。「休みの時しか来れない人も
いますから」という答えが返ってきた。

悪いこともあれば、いいこともある。

それから後も、自転車の鍵(チェーン)がなくなった。

やれやれ。ともかくも、いろいろなものをなくした夏でした。

ま、あるものでやっていくしかないね。去る者(無くなる物)は追わず。とっかえひっかえするよりもひとつのも
のを続ける方が身に付くってこともある。もうしばらく、がんばることにしようか。


2017.08.24 夕日通信

美しい夕空



少し遅くなって帰ろうとしたら、窓の外に美しい夕暮れの空が。
久しぶりに夕景を撮りました。

ちょっとばたついてたので書き忘れていましたが、9日は72回目の長崎原爆の日でした(6日は広島)。


2017.08.10 夕日通信